「あとつぎ」(事業継承)問題の台日文化比較 ―新聞記事の GTA 分析

德明學報 第三十八卷第二期
民國 103 年 12 月 pp.13-24
「あとつぎ」
(事業継承)問題の台日文化比較
「あとつぎ」
(事業継承)問題の台日文化比較
―新聞記事の GTA 分析を通して―
The comparison of the problems about passing down family
business in Japan and Taiwan
-using GTA(Grounded Theory Approach)through newspapers-
賴玉芬Yu-fen Lai
東呉大学日本語文学科博士課程
PhD student, Department of Japanese,
Soochow University
要旨
グローバル化の時代、世代間の価値観も激しく移り変わる中で、ファミリー企業の「あとつぎ」問
題が大きな課題として浮かび上がってきている。同じく儒教の影響を受けている台湾と日本社会では、
この「あとつぎ」
(事業継承)をめぐる様式において、その共通性、あるいは相違性はどのように存在
しているのであろうか。この文化現象について、異文化比較の観点からの分析が必要であるように思
われる。
この観点から、近年の新聞報道記事を対象に検索し、材料をGTA分析した結果、台日の相違のポ
イントは、台湾が「血縁(親の愛情)」を重視するのに対して、日本では様々な「工夫」による戦略を
重視する点にあることが明らかになった。
キーワード:ファミリー企業、事業継承、相続、GTA 分析、血縁
Abstract
In the era of globalization, people’s ideas keep changing from generation to generation. How to pass down
the enterprise has usually been a big problem for people working on family business. As Japan and Taiwan have
been influenced by Confucianism, are there any similar or different points that can be observed in family
business in both two places? Then, such cultural phenomena are expected to be analyzed through comparing
recent news.
The conclusion of the analysis is that Taiwanese usually focus on the bond of family; on the contrary,
Japanese usually focus on the strategy to keep family business.
Key words: family business, pass down enterprise, pass down ( inherit), Grounded Theory Approach, kinship
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德明學報
第三十八卷第二期
1. はじめに
グローバル化の時代、世代間の価値観も激しく移り変わる中で、ファミリー企業の「あと
つぎ」問題が大きな課題として浮かび上がってきている。同じく儒教の影響を受けている台
湾と日本社会では、この「あとつぎ」
(事業継承)をめぐる様式において、その共通性、ある
いは相違性はどのように存在しているのであろうか。この文化現象を、近年の新聞報道記事
を材料として検索し、異文化比較の視点から分析してみる必要があるように思われる。
まず、後継者難の具体例を掲げよう。日本での 2013 年 12 月 31 日付の新聞報道1によると、
京都の飴店「桂飴本家 養老亭」の 12 代目店主の遠山隆夫氏が、お客さんに支えられて伝統
を守れた、と言いつつも、後継者が不在で、創業 357 年に及ぶ歴史に幕を下ろしたという。
一方、台湾でも、2012 年 5 月 13 日に台中の有名な太陽餅(太陽ケーキ)の店「太陽堂餅店」がや
はり後継者難で、創業 106 年で店を閉めることになった。
「あとつぎ」の様式は伝統事業の発展と関わりのある文化的項目の一つであり、経営上の
問題のみならず、社会の文化様式を表す象徴でもある、と考える。本稿は、同じ高齢化、少
子化が進んでいる中、地域的に近い台湾と日本、両社会における「あとつぎ」問題について
新聞記事のコーパスから研究対象を選び、具体的な事象からその共通性と相違性を分析する
ものである。
本稿の目的は、これまで儒教の影響のもとにおいて発展してきた両社会のファミリー企業
が、近年の後継者難という問題に対して如何なる問題に直面し、いかに対処しようとしてい
るのか、新聞記事を通して、それぞれの状況を明らかにすることにある。両社会の状況の比
較を通して、核心的な文化様式の違いが見えてくるのではないかと考えるのである。
2. 先行研究
2.1 日本語による文献から
後藤俊夫(2006)は、日本の 100 年以上営業を続けた企業を対象として、一連の調査研究
を行った。そこでは、圧倒的多数の企業がファミリー所有であることを指摘し、日本での継
承は「ファミリー内部に」
「ファミリー外部に」
「廃業」の 3 つのパターンがあると述べてい
る。更に、同氏は Colli の研究を参考に、以下のような見解を示している。
ファミリーの意味と範囲は、東アジア諸国間で必ずしも同一ではない。日本では婚
縁や養子も血縁と同様に家族の一員として認識するが、韓国では血縁のみを一族として
認識する。中国は日本よりも家族主義の色彩が強く、また日本では長子相続制度が明治
憲法下では一般的であったのに対し、中国人社会では同世代の男子の間における財産の
均等分割が通常となっている。
(後藤俊夫 2006:70)
一方、松岡ら(2011)は、京都の老舗企業を対象に、事業継承と経営革新についてのアン
1
2013 年 12 月 30 日 Yahoo ニュースより http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20131227000067
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「あとつぎ」(事業継承)問題の台日文化比較
ケート調査を行った。その結果、創業者からの世代順は平均 5.11 代目で、長男が 64%を占め、
長男以外も含んだ男子とすると 77.1%と、圧倒的に男の子供が多いことが分かった。そして、
京都では「家」を守ることで事業の継承がより大事になると認識されていることを明らかに
している。
また、経営学の立場からの横澤利昌(2012)によれば、経営の継承について、「人材育成は、
老舗企業の100年経営が存続してきた成功要因のなかでも、極めて重視されている。」と述
べている。そして、継承問題についての調査した結果では、「従業員の育成」(56.8%)が上位
に、「後継者の育成」
(33.8%)が中位にランクされている。ただし、
「経営陣へ血族以外から
の参画」(13.5%)は比較的低位にランクされている。
2.2 中国語による文献から
藤間秋男は、
「日本人はよく周りの関連相手と協力しながら繁盛の目標を追及する。個人の
利益だけを狙うのではない。この精神が老舗と呼ばれる企業に見られる」(呂美人訳)2と指
摘している。また、同じ中華文化圏である香港の家族企業に関しては三代連続の発展が困難
であるといった香港中文大学の研究結果も出ている。
范博宏(2013)には、
「家族企業は半世紀以上華人の経済成長の重要な源であるが、しかし、
後継ぎ競争の問題で却って発展の足かせになり、企業の運営にとって大きなチャレンジャー
になる」3とある。
陳其南(1986)は伝統家族制度と企業の組織について中国、日本、西欧諸国を比較した。陳
(1986:16)は「日本によくある婿養子は非血縁関係の親子関係がほとんどである。一方、中国
には「贅婿」
(以下、婿入り)があるが、
「婿養子」はない。
「婿入り」になった人は改姓しな
くていいが、財産も継ぐことができない。死後もそのうちの仏壇にまつられることにならな
い。
「入り婿」は、いわば「余計な」存在であるとされるのである。それに対し、日本の婿養
子は婿でもあり、後に養子になり、妻の姓に改姓し、家を継ぐことができる。近代の政治関
係での有名な例として、首相経験者の岸信介と佐藤栄作が挙げられる。もともと兄弟だが、
栄作が佐藤家の婿になり、改姓した。」4と「継承」のためのしきたりとして婿入りし、有利
な立場を獲得するのが日本社会で一般的な現象であると述べている。
それに対して、許亞文・黃錦山(2010)は台湾の百年以上歴史の老舗を対象に、あとつぎ
と世代の間の関係について調査した結果として、「あとつぎ」(継承)動機は、①先祖代々の技術
を継ぐ、②相続の使命感、③義務を果たす、④親や先代の苦労をいたわる、⑤老舗の既存利
2
原文:
「日本人不會只顧私利,擅長與周遭的人取得合作、一起追求繁榮目標。體現這種精神最好的,則是那些被稱
作老舖的日本企業。」
3
原文:
「家族企業是半世紀來華人世界經濟成長的功臣,但家族的接班問題卻往往成為企業營運的大挑戰。家族成員
及專業經理人,不僅要釐清家族內特殊資產的傳承問題,更要克服族企業接班時出現的內外路障,才能協助家族企
業做到基業長青、避免因接班減損企業價值。」
4
原文:「在日本相當普遍的,
「婿養子」(mukoyoshi)之觀念最能夠顯現出此種非血緣的親子關係。在中國只有「贅婿」
而無「婿養子」
,贅婿被招入其岳父家時,並不能改姓,也不能繼承其財產,死後其神主牌不能入其祠堂或公廰。
「贅」
婿在系譜上的意義是「多餘的」
。而日本的婿養子不僅是女婿,且在一進門之後即為養子,更改為妻家的姓,完全取
得繼承妻家家督的地位。近代在政界上頗為有名的例子,如岸信介與佐藤榮作原為親兄弟,榮作因入贅佐藤家而改
姓。」
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第三十八卷第二期
益(例えば長年の常連客、先代からのいい人脈)の五つ5であるとまとめている。(筆者抄訳)
社会的に変化の激動期である近年、企業の連携も必要になって、ファミリー企業の会社間
の併合が多くなっている中で、その経営はどのように維持されて、
「あとつぎ」問題にどのよ
うに対処しているのか。本稿は、社会性を反映する新聞記事を材料にその状況の一端を解明
するものであるが、その結果は、日台間の企業、さらには民間交流における相互理解にも貢
献するものと考える。
3. 調査方法
本稿は、台日の新聞記事を対象に GTA 分析法に基づいて、
「あとつぎ」に関する分析を行
うものである。日本の記事は、『読売新聞電子新聞資料庫ヨミダス歴史館』(1999/6~2013
/8)から「あとつぎ」で検索してヒットした 18 編を分析対象とした。台湾の記事は、
『中国
新聞電子新聞資料庫(知識贏家)
』6(2006/11~2014/1)から「繼承」で検索してヒットし
た 12 編を分析対象とした7。すなわち、ここ 15 年来の社会現象として反映された「あとつぎ」
問題の方法に焦点をあて、報道内容の文脈から両社会の対応に関する比較分析を行うわけで
ある。
GTA とは「Grounded Theory Approach」の略で、戈木(2006)によれば、データに基づ
いて分析を進め、データから概念を抽出し、概念同士の関係付けによって研究領域に密着し
た理論を生成しようとする研究方法である。他の質的研究方法と異なるのは、元(原始的)
データを重視する切片化の作業、及び分析の最終目標が理論を作り上げるという点にある。
なお、ここでの「理論」とは、データから抽出された複数の概念(カテゴリー)を体系的に
関係づけた枠組みのことである。最後のコアカテゴリーが生成されるまで、複数回の階層的
関係付けと、要因、状況、現象からどういう結果が生じているかといった構造的側面を通し
て、要素のグループ化と概念の抽象化を追究していくのである。
本稿で GTA 分析を採用した理由は、取り扱う資料が報道文であるために、内包された要素
を細かい単位から、類似している要素を階層的にグルーピングしていくことが、報道文を網
羅的に解析するのには相応しいと判断したからである。
分析手順としては、まず具体的なデータを意味で切片化し8、順序により、番号をつける。
次に、そのデータ内容によりラベル名をつける。複数の相似性のラベルをいっそう抽象度の
高いカテゴリー名で包括する。その分析の一端を示すと、表1と表 2 のようになる。
5
原文:①傳承祖傳技術②延續家業之使命感③履行義務④不忍父母長輩勞累⑤老店基本生存利基
中國時報知識贏家
7
検索するさい、30 年間と設定して、データを抽出したが、日本の場合は、1999 年以降のもの、台湾は
2006 年以降のものしか出てこなかった。
8
戈木クレイグヒル滋子(2006)によると、
「データの切片化は、分析のはじめにデータを十分に読み込ん
で、それに親しんだ後で行う作業です。質的研究でデータの文脈を把握することは非常に重要です。
(中
略)文脈に沿ってデータを読むと、偏見や先入観に満ちた自分流の読み方をしてしまうおそれがあり
ます。
(中略)データから概念を適切に抽出し、理論化に向かいやすくするためには、いったん文脈を
断ち切って、データを多角的に検討して解釈することが必要になります。こうも読める、ああも読め
ると十分に検討して概念の正体をつかんだ後で、最適な名前をつけることが必要です。そのための技
法がデータの切片化なのです。(p.85-86)」
。筆者は分析するさい、記事の内容に即して客観的に同じ基
準で分析‧検討した。
6
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「あとつぎ」(事業継承)問題の台日文化比較
表1
データ
新聞記事データ分析例(ラベル化)
元データ
ラベル
番号
N3
・・・経営しながらあとつぎの適任者を探す
あとつぎ探しの困難
が、
「一科迎王船」をつくる職人がいなくなっ 伝統文化の祭業を担う職
た。あとつぎがいても手伝うだけの存在で 人の不在
ある。(近年來造船師傅迅速凋零,就算有
C2
兒子繼承衣缽也只能做到協助刨製、組裝,
傳承不了老師傅的功夫。)
N:日本語
C:中国語
表 2 新聞記事データ分析例(カテゴリー化)
データ
元データ
番号
ラベル
カテゴリー
あとつぎの息子が期待される
こと
経営しながらあとつぎの適任
者を探すこと
N1
あとつぎ探しの不安
継承問題で不安
父が子に覚悟を促すこと
父が弱い子を助けること
父が共存共栄のモラル
同業者を村として助け合うべ
村で共存共栄の信念
きモラル
地域・村での伝統を
維持する希望
(虫明焼の)あとつぎを期待
されること
違う畑(放送局)に就職
N2
父の作品に再び感動
U ターンするあとつぎ
出藍の誉れ
あとつぎを決意すること
修業をつづけること
父の「伝統」を追い抜くこと
伝統を越えること
さらに。これらを総括し、最終的にコア概念を抽出する、といったルーチンになるわけで
ある。
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4. 結果分析と考察
新聞記事のデータを階層的にグルーピングして処理し得た最終的結果のコア概念が、日本
は「工夫を重んじた戦略的新展開」であり、台湾は「血縁の愛情による難題への対処」であ
るという核心的概念が得られた。以下、そのプロセスを分析、論述する。なお、
【】はカテゴ
リー、《》はサブカテゴリー、<>はラベル名を表す記号である。
4.1 日本:工夫を重んじた戦略的新展開
日本については、新聞記事のデータから「工夫を重んじた戦略的新展開」という核心的概
念が得られた。その中に内包されたカテゴリーとしては、
【継承問題の不安】、
【地域・村での
伝統を維持する希望】、【出藍の誉れ】、【家の文化財保存の優勢を活用】、【研究開発による古
業の復活】、【常に変化させることで、時代を生き抜くこと】、【高度成長期に貧困から脱皮】、
【独創の個性を保つ誇り】、
【伝統に流行の要素を注入】
【計画的に振興策を講じること】、
【後
続困難な職業が姿を消すこと】、
【商法原理を活かして世代交替に成功】といったものがある。
工夫を重んじ、
不況を乗り越え
工夫を重んじた戦略的新展開
•高
•度
•成
長
期
•【変化を持たせること】
•【研究開発による古業の復活】
•【流行的要素を注入】
•【計画的な振興策】
•【伝統の有利性を活かすこと】
•【商法原理を活用すること】
•【独創的な個性を保つこと】
【継承問題の不安】
《あとつぎ探しの困難》
《伝統文化を担う
職人の後継者問題の深刻さ》
【伝統を維持する希望】
《地域・村で共存
共栄を目指す信念》
図 1「工夫を重んじた戦略的新展開」のイメージ図構造
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「あとつぎ」(事業継承)問題の台日文化比較
その土台にあるカテゴリーは【継承問題の不安】と【伝統を維持する希望】といった二つ
相反する概念である。
【継承問題の不安】のなかには、
《あとつぎ探しの困難さ》
《伝統文化を
担う職人の後継者問題の深刻さ》が含まれる。さらに具体的に見ると、父親は<子に覚悟を
促し>ているが、子が期待通りになるとは限らず、その結果、親は<経営を続けながらあと
つぎの適任者を探さざるを得ない>という継承問題に対する不安が募っている、と報道され
ている。
しかし一方では、
【伝統を維持する希望】があり、特に《地域・村で共存共栄を目指そうと
する信念》が強いのであるが、その中身は、<親から続く共存共栄のモラル>の言い伝えを
受け継いでいることや、<同業者を村として助け合うべきモラル>を守るといった伝統によ
る縛りが存在するということである。
以上のような困難に対して、様々な工夫がなされている。その取組みは、図 1 の中央に示
したカテゴリーで、
【常に変化を持たせること】
、
【研究開発による古業の復活すること】、
【伝
統に流行の要素を注入すること】、【計画的に振興策を講じること】、【家の文化財保存の優勢
を活用】、【後続困難な職業の減少】、【商法原理を活かして世代交替に成功】、【独創の個性を
保つ誇りの獲得】などである。
なお、
【常に変化を持たせること】の中では、
《加工業が時代に相応しい新製品の生産》
、及
び《努力し続けて不況を乗り越えること》といった概念が抽出された。具体的事例としては、
<金属加工業に思いがけない転がり込み>、<新たな加工の腕の研磨>といった対処法であ
る。そして、<光ファイバーの時代の訪れ>で、<トップとしての極細電線を作り、成功を
収めたこと>である。その結果として、思いがけず<時代の変化とともに航空機部品を生産
するようになったこと>である。
【研究開発による古業を復活】というカテゴリーでは《漁村の継承の厳しさ》と《養殖研
究の復活》、また《廃業寸前の栽培業》《新商品開発に情熱》といった項目が含まれる。そし
て、<高齢者ばかり><漁村のあとつぎの不在>、<漁業就業者の減少>の中で、<漁業の
復活>、開発研究が重ねられ<養殖研究による成功>、<人工飼育に成功>、<世界をリー
ドする技術>といった事例があった。
【伝統に流行の要素を注入】というカテゴリーに、
《狂言師の復活》、
《伝統の曲に新しい気
風を追加》、《庶民への拡大》といった概念が抽出された。<狂言師茂山千作の復活に向けて
の頑張り、<新作狂言を伝統の曲に加えての新曲作成>、その結果としての、<観客席の満
席>、そして<人気を保持>といった事例があった。
【計画的な振興策】を講じるというカテゴリーに、
《あとつぎがないことで家族経営が難航》
、
《計画的振興策がものをいうこと》の二項目が含まれる。
<九州農業の 5 割にあとつぎの不在>があるという。<家族経営が主流>であるが、<後
継者の高齢化による危機>、<若手の育成計画>といった事例があった。そして、<後継者
のやる気を引き出す具体的な振興策が重要>であるという結論が得られた。
【伝統の有利性を活かすこと】というカテゴリーに《あとつぎによる雛人形の継承》、《文
化財的な家の保存という有利性の活用》が含まれる。<雛人形を家として大切に継承>する
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ことから、山形では<あとつぎに新しく雛人形を公開する行事>を行い、<山形雛人形展示
による観光事業としての展開>といった事例があった。これは、つまり、<文化財という伝
統の活用>による展開の具体的な事例である。
【商法原理を活かして世代交替に成功】のカテゴリーに、
《農業の継承の危機》、
《市場原理
や企業経営原理を活用》、
《世代交替に成功》といった内容が含まれる。<日本の農業の体質
の弱さ>、そして<農業就業者の次々の引退>の中、<U ターン就農者の若手の増大>、<
世代交代で農業活性化のチャンス到来>、<市場原理に対応する体質を改める体制>が作ら
れ、<企業のノウハウを導入しての経営>、<政府によって決められた輸入と備蓄を組み合
わせていくという基本戦力>に乗るといった方略が見られた。なお、少数ではあるが、U タ
ーンした二代目が出藍の誉れのごとく、古い伝統に新しい要素を注入して成功した事例も見
られた。
【独創的な個性を保つこと】のカテゴリーに、
《独創を重んじる京精神》
、
《個性を追求し続
ける誇り》が含まれる。京都の歴史と伝統にある<独創源の新‧旧融合の寛大さ>が注目さ
れる。例えば、<京の商家に生まれ育った学者には京都人として共通性>があるという。そ
れらが<独創性を生んだ京大学風>、<新しいものを追いつづける進取性>、<形は古くて
も技術が進歩すればいいものになること>、<職‧住‧遊を融合したヒルズの構築>など、
誇りとかかわっての展開の具体例が生み出されたのである。
こうした工夫が講じられる中で、失敗してしまった例もある。例えば、行商人のように、
【後続困難な職業として姿の消失】といった廃業の運命に陥った事例もある。
《後継者不足で
行商人の姿が消失》
、
《職業柄継続が困難》の二項目である。例えば、<八束町のボタン行商
人が消失姿>、<行商人の県内から隣県、北海道、鹿児島への流出>、<ボタン行商人が高
齢化で、年々減少>、<島の基幹産業だった養蚕の衰退>、<ある行商人がこんなきつい商
売は娘には不向き>と言いつつ、自分の代でやめることに決めた事例などである。
【高度成長期に乗じて貧困から脱皮】というカデゴリーには、
《あとつぎが農家に残ること》
、
《高度成長が地方に活気をもたらしたこと》の二項目が含まれる。
以下は、東北地方の報道である。時系列で見ると<(1954)農業のあとつぎの進学ができ
ないこと>、<集団就職で若者が都市へ行ってしまったこと>、<県内の就職者が1割ほど
に減ったこと>、一方、<(1962 年)高度成長が進み、若者が県内に残るようになったこと
>、<(1971 年)都会への就職列車が廃止されたこと>といった流れが鮮明に読み取れるの
である。
4.2 台湾:血縁(親の愛情)重視による難題への対処
台湾については、新聞記事のデータから「血縁(親の愛情)重視による難題への対処」と
いう核心的概念が得られた。その中に内包されたカテゴリーとしては、【若い世代の不安】、
【あとつぎ問題の深刻化】、【親の愛情に基づくあとつぎ】、【どうにか生き抜くこと】といっ
た 4 項が抽出された。
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「あとつぎ」(事業継承)問題の台日文化比較
【血縁(親の愛情)重視に
よる難題への対処】
•【血縁(親の愛
情)重視のあとつ
ぎ】:《親、土地
への恩返し》《親
の愛情を基に、後
継していくこと》
•【対策】:《人材養成が政府の急
務》《計画的に専門の教育を受け
させること》《大衆化を重んじる
こと》《富豪家族のあとつぎを養
成学校の設立》《大衆化を重んじ
ること》
【若い世代の不安】
:《失業、低賃金、不況で不安》
《創業の苦労、方法を知らず、社会的人脈不足、
家族間の利益争いで失敗を招くこと》《国内外の
事情で生存競争が激しいこと》《多岐的な親疎関
係のあとつぎで、より困難をきたすこと》
図2「血縁(親の愛情)重視による難題への対処」のイメージ図構造
【若い世代の不安】には、
《失業、低賃金、不況で不安》、
《創業の苦労、方法を知らず、社
会的人脈不足で、家族間の利益争いもあって失敗を招くこと》、
《国内外の事情で生存競争が
激しいこと》、《多岐的家族親疎関係のあとつぎで、より困難をきたすこと》などが内包され
ている。例えば、<失業率が高く、派遣会社が多くなり、「終身雇用」が夢になったこと>、
<グローバルな現象として所得が減り、資産価格の上昇>、<二代目、三代目は苦労したこ
とがなく、外国へ留学して帰国後に管理職につくので、実際の体験がなくて快楽を求める趣
味が多く、自然に富を積蓄することが困難>、<息子、婿、嫁といった多岐に亘るあとつぎ
による互いの利益争いの勃発>などといった問題が出てきている。
【あとつぎ問題の深刻化】のカテゴリーには、
《富豪の二代目としての相続争い》、
《伝統文
化を担う職人の後継者難が深刻さ》という問題が現出している。
こういった風潮の中での【対策】も見られた。《人材養成が政府の急務》
《計画的に専門の
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第三十八卷第二期
教育を受けさせること》、
《富豪家族のあとつぎ養成学校の設立》、《大衆化を重んじること》
などの対策、工夫である。
その対策を根本で支えているのが【血縁重視のあとつぎ】であると見られる。中には、
《親、
土地への恩返し》
、
《親の愛情、血縁としての愛情による後継》といった項目である。例えば、
<米業の親の急死で教師の息子があとつぎになったこと>といった事例である。
その対策による結果として、
【どうにか生き抜くこと】ができたという場合も現出している。
《二代目の活躍》
、
《廃業になったのもあるが、古都で伝統業による生き抜き》などである。
そして《少子化で、婿、嫁による後継》といった親族間の世代間による伝統の変化も見られ
るのである。
例えば、<藍少廷が 15 回国際調理コンクールにおいて、マトン料理で第 3 位に受賞>、<
新莊の中正路にある「響仁和」の制鼓業が民国 18 年に創立>、<二代目の王錫坤が父親の事
業を受けつぎ、さらに発展>などといった事例である。
5. おわりに
以上、台日の「あとつぎ」
(事業継承)のありようについて検討してきた。その結果、台日
の相違点は、台湾が「血縁(親の愛情)」を重視するのに対して、日本ではさまざまな「工夫」
による戦略を重視する点にあることが明らかになった。
台湾では、事業継承がうまくいかないことが多く、その点が大きな課題になっているのに
対して、日本での事業継承は相対的にはスムーズに行われているようである。その理由の一
つは、本稿で明らかにしたような点にあるのではなかろうか。
血縁による「相続」と「事業継承」とは本来別物なのである。日本での事業継承は「革新
的後継者による乗っ取り」であるとする見方さえも存在する(AERA 編集部 2014)
。このあた
りに台湾と比較しての日本企業の存続の強さがあるように思われる。
参考文献
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許亞文・黃錦山(2010)
:百年老店的接班傳承與代間關係之研究。教育部樂齡學習網
http://moe.senioredu.moe.gov.tw/ezcatfiles/b001/download/attdown/0/%A6%CA%A6~%A6
%D1%A9%B1%B1%B5%AFZ%B6%C7%A9%D3%BBP%A5N%B6%A1%C3%F6%
ABY%A4%A7%AC%E3%A8s.pdf
陳其南(1986):傳統家族制度與企業組織─中國、日本和西方社會的比較,文化軌跡,下冊,婚
姻、家族與社會。台北:允晨文化出版。
付記
本稿は、2014 年 7 月、ICJLE(日本国際教育学会、シドニー)においで口頭発表した内容
を中核としてまとめたものである。発表に際して貴重なアドバイスを頂戴した方々に、この
場を借りて厚くお礼を申し上げる。
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德明學報
第三十八卷第二期
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