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「市民科学」第 2 号(2007 年 2 月)
大学教員にウェブサイトから質問する
ルイ・パスツール大学のウェブサイト『科学‐市民』
齋藤芳子
(名古屋大学高等教育研究センター助手)
「不思議だな」とか、「もっと知りたいな」とか思うことがあっても、更に詳しく深く調べる手段がなくて、その
ままにしてしまったという経験をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。最近はインターネットでキーワード検索
をすることも多くなりましたが、キーワードがうまく見つからない、なんていうこともまま起こります。
ここでご紹介する『科学‐市民』(原語はフランス語で“Science-Citoyen”)は、市民から寄せられる科学的
な質問に専門家が答えてくれるウェブサイトです。ウェブサイトを覗いてみると、「ナノテクノロジー」(図参
照)、「石油」、「太陽系外の惑星」、「電磁波の人体影響」、「遺伝子組み換え作物」、「食品添加物」といった
話題が並んでいて、その話題ごとにウェブページが作られています。話題の数は、少しずつですが年々増
えています。たとえば「電磁波の人体影響」のウェブページでは、「電磁波とは何か」「日常生活のなかの電
磁波」「物質との相互作用」「報告書や勧告」「文献」「リンク」「私たちの回答」などの内容が見られます。「あな
たの質問」のページから質問したい内容をオンラインで送ることができて、しばらくすると「私たちの回答」の
ページにあなたの質問と専門家による回答がセットになって掲載されます。回答は1つだけのこともあれば、
何人かの専門家からの回答が署名入りで掲載されることもあります。
特定の科学技術分野に偏らず、幅広い科学的質問に答えている『科学‐市民』は、どのような意図で、誰
によって始められたのでしょうか。話は、フランス・アルザス州・ストラスブール市にあるルイ・パスツール大
学に、MCST(Mission Culture Scientifique et Technique)という組織が新設された 1998 年に遡ります。
MCST は日本語に直訳すれば「科学技術的精神風土の使節団」となるでしょうか。“市民の科学技術的な
精神風土を涵養すること”が使命となっている、学長直属の組織です。総勢 10 名ほどのスタッフには、科学
技術史や生物学の博士、科学技術コミュニケーションの修士のほか、インターンシップ中の理系大学院生も
います。
1998 年当時、大学内のいくつもある博物館を統合して、アルザス州の市民が科学技術に触れることので
きる一大拠点とする、というプロジェクトが州政府の肝いりで進んでいました。その担当部署として MCST が
設置されたのですが、州政府は方針を転換し、子供向けの体験型科学館が新しく作られることになりました。
仕事のなくなった MCST は活動を凍結、その後の活動をどうするか、議論を重ねました。折しも、市民に科
学技術知識を教えれば諸々の問題は解決できるとする科学コミュニケーションのあり方に、限界が見えてき
たころでした。MCST も、科学と社会の橋渡しとしての機能を担うことを決意し、博物館の統合のほかに新た
な活動を加え、ふたたび動き始めます。
『科学‐市民』もそういった新しい活動の1つです。MCST の当時のメンバーが「このインターネット時代に
ふさわしい活動をしよう」という思いを形にしたものでした。『科学‐市民』は、①市民の科学的知識のレベル
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を問わない、②社会的な関心をよぶ科学的話題を選ぶ、③単に質問を受けて回答するだけでなく、市民と
科学者の対話の場(フォーラム)をめざす、という方針に基づいて作られ、ウェブサイトは 2001 年2 月に公開
されました。運営する MCST には大学から資金が出ているほか、地域の科学技術政策の一環としてアルザ
ス州からの予算もあります。2006 年度の予算総額は約 500 万円(34,000 ユーロ)で、ウェブ作成にかかる人
件費が主な支出となっています。
現在の運営方法は次のようになっています。
1)
テーマをたてる; MCST のメンバーを中心とする運営委員会が、ニュースなどを参考にして社会的
話題を選択します。
2)
回答陣を選ぶ; テーマにあわせて教授数名を選んで回答者グループに入ってくれるよう依頼しま
す。寄せられた質問から回答・掲載するものを選んだり、回答を作成または推敲したりします。
3)
質問を受け付ける; テーマごとのウェブページを作成して公開します。このウェブサイト以外には
広報活動はしていません。また、一度立ち上げたテーマを閉じることはなく、いつでも質問が受け付
けられる体制になっています。
4)
回答する; 寄せられた質問は回答陣が選別することになっていますが、今までのところは全てに回
答し、ウェブに載せています。回答には、MCST の担当者が回答陣とやりとりしながら作るものと、回
答陣の教授が直に作るものがあって、後者の場合には署名入りで掲載されます。また、科学的に答
えがひとつに定まらないような質問については、複数の回答を載せることもあります。
図 ナノテクノロジーを取り上げた『科学‐市民』のウェブページ
(URL http://science-citoyen.u-strasbg.fr/dossiers/Nano/DGNanotechnologies/ 2007 年 2 月 4 日)
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これまでのところ、『科学‐市民』へのアクセス数は飛躍的に伸びてきました。フランス語で書かれたウェブ
サイトだけに、世界各地のフランス語圏の国や地域からもアクセスがあり、いまでは半数を占めています。夏
休みや冬休みの頃になるとアクセスが減ることから、生徒・学生らが期末レポート対策に閲覧したり、学校の
先生が授業の準備に利用したり、という可能性も高いと考えられます。また、いくつかのテーマは立ち上げ
たものの質問がなかったり、ある時期を境に動きがなくなったりしています。そういったテーマをいかに活性
化するか、また、質問が来てから回答が掲載されるまでの時間を縮めて臨場感を出せないか、など、MCST
では検討を進めています。その一方で、教授を回答陣へ誘ったときには、すんなりと受け入れる率が着実
に増えてきているという印象があるそうです。政府などからの研究資金が減り、民間からの資金が望まれるよ
うになっていることと関係があるのでは、と MCST では見ています。大学の存在意義をアピールする必要が
出てきたというのです。
ウェブサイトへのアクセスは多くても、初めに思い描いたような議論の場となるまでにはいたっていません。
これまで市民から寄せられた質問には、純粋に知識を問うものが多く見られました。インターネットを用いた
議論の形成は、やはり難しいことなのかと思わされます。反面、この『科学‐市民』の状況は、市民が大学(の
教員)に求めるものを表しているとも言えます。市民は特定の専門分野における知識・知見を尋ね、大学教
員は、学問研究を社会から付託された者として、その質問に誠意を持って答えている、というシンプルな図
式がそこにはあります。
市民社会の到来にともなって、科学技術にまつわる意思決定に市民が参加すること、そのような仕組みを
作ることが望まれています。そのため、日本における科学技術コミュニケーションの目的は、意思決定のた
めの議論ができる市民および研究者を育てることに、重心が移されてきました。それは、MCST も同じです。
ただし MCST では、『科学‐市民』のほかにも、カフェ・シアンティフィーク(日本ではサイエンス・カフェとして
お馴染み)、市民が研究者と議論する「科学の庭」会議などなど、幾つものコミュニケーション機会を提供し
ています。それぞれの機会は、「大学開放」「対話の促進」「研究への理解」「科学への興味」「知識の提供」
などの目的がいろいろな形で組み合わさっていて、対象とする市民層もさまざまです。その目的や対象に
あわせて、コミュニケーションの手法が選ばれ、実施されているので、全体として“科学技術的精神風土の
涵養”が期待できるように思われます。
最後に、日本語で読める科学的話題の Q&A ウェブサイトを2つほど、ご紹介しましょう。1つは、映画「日
本沈没」の封切りにあわせて、東京大学地震研究所の教授が開設した『「日本沈没」と地球科学に関する
Q&A コーナー』です。ネタバレ注意の Q&A は、封切り後しばらく間をおいてから掲載するなど、気配りが利
いています。期間限定だそうです。
もう1つは名古屋大学天体物理学教室の皆さんが運営する『宇宙100 の謎』です。宇宙に関する質問を募
集し、天体物理学の教授から若い大学院生まで、また文学や哲学の教授も加わって、回答しています。回
答に対して、さらに質問やコメントを募集してもいます。質問募集期間は過ぎてしまいましたが、とくに面白
い Q&A100 個を選んでイベントをしたり本にしたりという予定があり、まだまだ目が離せません。
知的な関心や興奮を市民と研究者が共有できるような科学技術コミュニケーションにも、いろいろな形が
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ありえます。インターネットを利用する『科学‐市民』のようなコミュニケーションなら、気軽に、手軽に、始めや
すいことでしょう。これをきっかけにコミュニケーションの世界が広がってくれたら、と思っています。■
<参照ウェブサイト>
『科学‐市民』 ウェブサイト (URL http://science-citoyen.u-strasbg.fr/)
『「日本沈没」と地球科学に関する Q&A コーナー』ウェブサイト
(URL http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/filmnc06/eri_qa.html)
『宇宙 100 の謎』ウェブサイト (URL http://www.a.phys.nagoya-u.ac.jp/100nazo/)
本稿の内容は、『基礎科学のための市民的パトロネージの形成』プロジェクト(研究代表者 名古屋大学
教授・戸田山和久)として、平成 17 年度科学技術振興機構社会技術研究開発事業 21 世紀の科学技術リテ
ラシープログラムより助成を受けた研究成果に基づいています。
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