53.中枢神経及び筋原性による 言語機能障害へのアプローチ ~発声支援システムを活用して~ 〇松元 【 目 泰英(鹿児島県立桜丘養護学校) 川野るみ子(鹿児島県立桜丘養護学校) 山口三重子(鹿児島県立桜丘養護学校) 川上 実(鹿児島県立桜丘養護学校) 落司 鮫島 治(鹿児島県立桜丘養護学校) 的 寿秀(鹿児島県立桜丘養護学校) 】 近年,特別支援教育では,障害の重度・重複化,多様化が進んできている。そのため,肢体不 自由特別支援学校には発声・発語機能に障害を有する子どもも少なくない。その解決策としては, AAC(拡大・代替コミュニケーション)の活用が盛んになってきている。しかし,その一方で, 発声・発語の指導が見過ごされてきている傾向が見られる。そこで,本研究では発声支援システ ムを活用し,発声・発語の表出の指導に重点をおくことを目的とした。 【 イントロダクション 】 中枢神経及び筋原性による言語機能障害へのアプローチについては,山川(ことばの障害の評 価と指導3,大修館書店) ,高見,高橋(アドバンスシリーズ:コミュニケーションの臨床3:脳 性麻痺,協同医書出版社)らが述べているが,専門性が高く,なかなか特別支援学校の職員には 広く行きわたっていない現状がある。また,近年の肢体不自由特別支援学校に在籍する子どもは, 障害が重複化し,肢体不自由だけの障害ではなく,知的障害を併せ有している場合が少なくない。 そのために,ことばの教室等で行われている一般的な発声・発語指導では難しい現状がある。知 的障害を併せ有する子どもたちに,より主体的な学習活動を促すためには,活動内容自体が楽し くてすぐに結果をフィードバックできるような工夫をする必要がある。そこで,発声支援システ ム「あいちゃんのて」 (シスターコーポレーション)を活用し,発声・発語の表出の指導を行った。 最初に,この発声支援システムである「あいちゃん のて」について説明しておく。この機器は,本来は難 聴障害用の発声支援システムであり,そのため,視覚 的なフィードバックにより,発声・発語を促すように なっている。このため,音声での入力が苦手な子ども でも興味・関心を持って取り組むことができる。更に 20 を超えるゲーム的な練習ソフトで構成されている ため,子どもの実態に応じて,興味・関心のある学習 活動を行うことができる。 写真1 ― 255 ― 「あいちゃんのて」のセット 以下の五つの点が大きな特徴になる。 ① 子どもにセンサー装着などの負担をかけない。 ② 多感覚の活用により効果が向上する。 ③ 興味・関心を持って楽しく学習できる。 ④ 子どもの進捗状況に合わせた練習ができる。 ⑤ パソコンの知識がなくても操作ができる。 今回は,先天性筋強直性ジストロフィーの子どもと 脳性麻痺の子どもに活用してもらった。そのうち,先 天性筋強直性ジストロフィーの子どもには,週一回の 写真2 「あいちゃんのて」の一画面 写真3 自分自身での口唇マッサージ 学習を自立活動の時間に,一年間継続して行うことが できたので,その結果をここに報告する。 【 方 ① 法 】 実態 本児は小学部上学年に在籍している。日常生活 での指示は理解でき,ひらがなも読むことが可能 である。発声・発語の表出の面では,障害からの 上口唇の短縮のため,口唇閉鎖が難しい。また, どうしても,舌のスムーズな動きがでにくいこと による発声の不明瞭さがあり,本児の言葉を聞き 取ることができるのは,担任等の限られた人にな る。 また,呼気を長く続けることが難しく,一語一 語区切って発声している。 ② 将来像 本児の障害や年齢等を考慮したときに,全ての 発声をクリアにすることは難しいと考える。将来 的には,AAC(拡大・代替コミュニケーション) の活用も視野に入れる必要があるが,それはあく までも補助的な手段として考え,挨拶,指示,短 い会話等は,本児の音声によるコミュニケーショ ンを行い,場面に応じて,AAC(携帯用会話補 助装置を考えている)を併用して会話することに なるのではないかと考えている。 写真4 ― 256 ― ウエーファメソッド ③ 指導の実際 ・目標:おおきなこえで,いっぱいおしゃべりしょう ・学習の流れ 過 程(時間) 導 入 (5分) 主 な 学 習 活 動 指 導 上 の 留 意 点 ①始まりの挨拶を行う。 ①②大きな声で挨拶をしたり,目標を読 ②本時の目標を読む。 めるように促す。 ③口唇マッサージ(バンゲード法)を ③口唇マッサージでは,衛生面に気をつ 行う。 ける。自分自身でも行うように促す。 ④舌の動きでウエーファを操作する。 ⑥ひらがなカードでは,本児の発音が得 展 開 (35分) ⑤コミュニケーションカードを読む。 意な語から始める。 ⑦「あいちゃんのて」の活用場面では, ⑥ひらがなカードを読む。 ⑦「あいちゃんのて」を活用し,発声・ 難しい内容を本児が選択した場合,みほ 発語練習を行う。 んと一緒にしてもらうことにより,でき ⑧時間的に余裕があれば,「アミボイ たという達成感を本児に持たせる。 ス」を活用し,発音してみる。 終 末 (5分) ⑨今日の感想を言う。 ⑨⑩大きな声で挨拶をしたり,感想が言 ⑩終わりの挨拶を行う。 えるように促す。 最初の数ヶ月は,本児に適切な学習内容を試行錯誤してきた。結局,上記のような学習内容に 決定し,一年間継続することになった。このような内容になぜ絞り込む必要があったのかを以下 に述べる。 ①の学習活動・・・始まりの挨拶は本児の好きな活動である。 「これから,二時間目の自立活動の お勉強を始めます。礼」という一年間通して決まった文章のために,文章を一語一語拾い読みせ ずに発声できるという良さがある。 ②の学習内容・・・最初は,毎時間同じ学習内容だと本児が飽きてしまうのではないかと考え, 少しずつ目標を変えて学習に取り組んだ。しかし,目標を変えてしまうと,そのたびに,目標を 読むとき,一語一語拾い読みの状態になった。更に,学習内容は同じ方が,本児も学習の見通し がつきやすく,学習意欲も高いようであった。これらのことを考慮し,一年間「おおきなこえで, いっぱいおしゃべりしょう」という同じ目標を設定し,毎時間読んでもらうことで,発声がスムー ズになった。 ③の学習活動・・・口唇の動きを引き出すために,口唇マッサージを行った。口唇マッサージと しては,摂食・嚥下訓練等で最も一般的なバンゲード法を取り入れている。最初は,教師がマッ サージの全ての活動を行ったが,徐々に本児一人でもできる内容については,本児自身に行って もらうことにした。 ④の学習活動・・・舌の動きを良くするために,ウエーファを使ったウエーファメソッドを取り ― 257 ― 入れ行っている。 ⑤の学習活動・・・コミュニケーションカード(自作 教材)は, 「おはよう」 「こんにちは」 「いただきます」 等,日常生活で,本児の使用頻度が高いと思われるこ とばを取り上げ,スムーズに発声できるように,毎時 間取り組んだ。 ⑥の学習活動・・・ひらがなカードは,公文式の「ひ らがなカード」を使った。本児は,ひらがなは読める が,拾い読みの状態なので,最初にひらがなが一語書 写真5 「あいちゃんのて」を活用する本児 いてある面を読んでもらい,その後に裏面の単語を読 んでもらうようにした。そのことで,一語一語区切らずに,一つの単語として,読める単語が増 えた。 ⑦の学習活動・・・この発声支援システムは, 「いき」「こえ」「あいうえお」 「しいん」「いんりつ」 から構成されている。 「いき」, 「こえ」の内容に,最初に取り組み,その後は本児の学習意欲が低 下しないように好きな内容を自由に選択させて,取り組んだ。 ⑧の学習活動・・・音声認識ソフトである「アミボイス」を活用し,本児の発声が,視覚的にす ぐにフィードバックされるようにした。興味・関心が高まると思い取り組んだが,実際には,学 習時間の関係で数回しか取り組めなかった。 ⑨の学習活動・・・短い文章で良いので,本児の自発的な言葉を引き出すために,この学習活動 を行った。 ⑩の学習活動・・・始まりの挨拶と同じで,毎時間同じ文章を繰り返すことにより, 「これで,二 時間目の自立活動のお勉強を終わります。礼」という決まった文章を一語一語拾い読みせずに発 声できるという良さがある。 【 結果及び考察 】 一年間取り組んできたが,発声・発語が非常にクリアになるという大きな変化は見られなかっ た。やはり,障害からくる口唇の短縮や滑らかな舌の動きを誘発することは難しかった。しかし, 多くの点で本児に,改善が見られたので,以下に述べる。 ① 大きな声が出るようになった。 ② 滑らかに発声できる単語が増えてきた。 ③ ひらがなを読む力が定着した。 ④ 意欲的に発言する場面が見られるようになった。 ⑤ 積極的に他者と接する場面が多く見られるようになった。 以上のような改善点が見られている。 ①~③は本児の発声・発語の技能的な面の向上を表している。④,⑤は,それに伴う本児の態 ― 258 ― 度の変化を示している。おそらく,大きな発声が見られたり,相手が分かりやすい言葉が増えた ことにより,他者(子ども,教師等)と本児が接する機会が自然と増え,そのことが,本児の発 声・発語の表出を増やし,コミュニケーション意欲を向上させていると考えられる。この意欲の 向上が,更に本児の発声・発語のクリアな表出を促すことに繋がるであろう。このような好循環 は,今後も続き,本児のよりクリアな発声・発語の増加とコミュニケーションの意欲の向上を期 待させる。一方,口唇破裂音「マ行」 「パ行」 ,舌の巧緻的な動きが必要な「サ行」などでの発声 には,どうしても限界があり,将来は,AAC(携帯用会話補助装置)を併行して,コミュニケー ション能力を高めていく必要があると考える。そのために,最近,iPod touch(AACデバイス) に Voice4u(音声ソフト)を入れ,日常生活でのAACの活用も練習し始めている。 発声支援システムである「あいちゃんのて」については, 「いき」 「こえ」の内容は,本児の意 欲を高めるには適切な内容で,おそらく多くの子どもにも活用できるものと考える。しかし,音 声認識については,微妙な発声の違いで,発声したつもりの音声を間違って認識している場合が 多かった。これは,音として一語だけを拾うために,音声認識の誤りが多いと考えられる。一方, 音声認識ソフトである「アミボイス」は,文章として,音声を認識するために,誤りが少なかっ た。音声認識ソフトには, 「アミボイス」以外に, 「ドラゴンスピーチ」や「ビアボイス」等がで ているが,バージョンアップされていないようである。これは,音声はみんな個々に微妙に違う ため,その違いを補正して音声認識するには,現在の最新技術を駆使してもおそらく難しいので はないかと思われる。今後,この分野の開発が期待されるところである。 【 引用参考文献 】 ことばの障害の評価と指導3,大修館書店,大石敬子 編 アドバンスシリーズ:コミュニケーションの臨床3:脳性麻痺, 日本聴脳言語士協会講習会実行委員会 編集 だれでもできる発音・発語指導,湘南出版社,柳生浩 【 経費使途明細 】 あいちゃんのて(発声支援システム) 252,000 円 アミボイス(音声認識ソフト) 20,205 円 ミルクせんべい(ウエーファ) 4,000 円 公文式「ひらがなカード」 1,260 円 iPod touch(AACデバイス) 20,900 円 Voice4u(音声ソフト) 合 3,500 円 計 ― 259 ― 301,865 円
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