水稲生育診断のための簡易な近赤外デジタルカメラ撮影手法 ビジョンテック ○岡田周平 茨城県農業総合センター農業研究所 1.はじめに 2−2 水稲の生育状況を定量的に評価する測器として, 池羽正晴 使用した測器 2007 年 6 月∼9 月の 11 日間,SPAD-502 による計測 接触型の葉緑素計(SPAD−502,コニカミノルタ社製) とADC3 による撮影を同日に行った。加えて,観測時 が普及している。しかし,水田に入っての計測は, の日射環境を把握するため,圃場に隣接して観測さ 重労働で時間がかかる。一方で,地域全体のコメの れている 10 分毎の日射量のデータ(kW/m2)を用い 品質を向上させてブランド化を図るなどの目的のた た。表 1 に研究に使用したSPAD-502 とADC3 の特徴を め,短時間で多地点の生育状況を定量的に観測でき 示す。また,図 2 にADC3 で撮影した画像サンプルを る測器や測定法が求められている。 示す。 表 1.使用したセンサ そこで,正規化植生指数(NDVI)を取得できる市 販の近赤外デジタルカメラ(ADC3,米国 TETRACAM 社 葉緑素計 近赤外デジタルカメラ 製)を SPAD-502 の代替として用いる観測法について SPAD-502 ADC3 検討した。 機種 観測の省力化のためには,畦畔からの観測が望ま しい。しかし,畦畔付近の水稲は,圃場の内と比較 して日射等の生育環境が異なり,観測結果は,圃場 代表性に乏しいと考えられる。そこで,畦畔から 1.5m 特徴 ・接触型 ・非接触型 ・SPAD 値 ・可視緑,可視赤,近赤 程度内側を観測するため,畦畔から斜め下向きに撮 外のデジタル画像 影した場合の精度に着目して研究を行った。 2.研究方法 2−1 観測対象地 観測は,茨城県農業総合センター農業研究所の水 田圃場で行った。図 1 に観測を行った圃場の配置と 施肥窒素量を示す。 追肥0.6a 区 追肥0.2b 区 基肥0.6kg/a 基肥0.6kg/a 追肥0.6kg/a 追肥0.2kg/a 図2 追肥0.4a 区 追肥0b 区 ADC3 で撮影した画像サンプル (R:近赤外,G:可視赤,B:可視緑, 基肥0.6kg/a 基肥0.6kg/a 追肥0.4kg/a 追肥0kg/a 2007 年 9 月 18 日) 追肥0.2a 区 追肥0.6b 区 基肥0.6kg/a 基肥0.6kg/a 追肥0.2kg/a 追肥0.6kg/a 追肥0a 区 追肥0.4b 区 基肥0.6kg/a 基肥0.6kg/a 追肥0kg/a 追肥0.4kg/a 2−3 計測方法 (1)SPAD-502 SPAD-502 による計測は,圃場の平均的な生育状況 にある株のなかから 1 圃場あたり 20 株を対象とし, 1 株ごとに最上位展開葉を挟んで計測した。 図1.観測圃場の配置と施肥窒素量 (2)ADC3 の影響を評価した。 ADC3 による撮影は,撮影高度や角度を固定するこ とが望ましい。しかし,三脚を用いようとすると, 70° 60° 50° 40° 0° 30° 畦畔の幅が狭い,凹凸があるなどの問題があり,持 ち運びや水平の確認などの作業が発生し,撮影作業 が煩雑になる。そこで ADC3 を手にもって撮影するこ とにし,真下方向の場合は肩の高さから,斜め下方 向の場合は頭上から撮影を行った。 はじめに,晴天,曇天など日射環境の変化にとも なう各波長帯の入射光量の変化を補正するため,硫 酸バリウムの塗料を塗布した簡易白色版(山下ら, 図 4 撮影角度の NDVI への影響評価のための 2001)を真上から撮影し,続いて圃場を真下向き, 撮影概略図 または,斜め下向きに撮影した。 ADC3 の撮影画像は,付属のソフトウェアで画像処 2−5 解析方法 理し,NDVI 画像を作成して画像全体の平均 NDVI を求 各圃場で計測した SPAD-502 の 20 回の平均値を用 めた。図 3 に ADC3 の画像から NDVI を求める処理フ いて,ADC3 の画像から求めた NDVI との統計解析を行 ローを示す。 った。 USB接続して 画像をPCに取り込む 3.結果および考察 3−1.ADC3 による撮影角度の NDVI への影響 簡易白色板の画像を 可視緑,可視赤,近赤外 に分離 図 5 に,同一地点を斜めから撮影したときの角度 と求めた NDVI の関係を示す。 簡易白色板の画像の 可視赤,近赤外の デジタル値を使用して 補正係数を求める 1.00 0.95 1回目 2回目 0.90 0.85 0.80 NDVI 水稲の画像を可視緑, 可視赤,近赤外に分離 0.75 0.70 補正係数を使用した NDVIを求める 0.65 0.60 0.55 図 3.ADC3 の画像から NDVI を求める処理フロー 0.50 0 2−4 ADC3 による撮影角度の NDVI への影響 ADC3 を手持ちで撮影する場合,撮影時の角度に若 10 20 30 40 観測角 (deg.) 50 60 70 図 5.ADC3 撮影角度の NDVI への影響 (2007 年 8 月 1 日) 干の差異が生じる。そこで,図 4 に示したように, 水田内にポールとビニール紐で草丈とほぼ同じ高さ 30°,40°,50°斜め下向きで撮影したときの NDVI (70cm)に 83cm(縦)×87cm(横)の撮影ターゲッ は,1 回目が 0.73∼0.76,2 回目が 0.74∼0.75 とほ トを設定し,ADC3 を三脚に設置し(約 155cm), 0° ぼ同じ値を示した。したがって,手持ちで撮影する (真下),30°,40°,50°,60°,70°斜めから, ことによる多少の角度の差異は,NDVI に大きく影響 ターゲットが中心に映るように連続して 2 回撮影し しないと考える。 た。その画像から NDVI を求め,撮影角度の NDVI へ 3−2 真下向き撮影と斜め下向き撮影の比較 撮影者の影響を含まない 4 圃場でみると,真下向 7 月 24 日快晴日に 12 時から 16 時まで,毎正時か きの撮影で得た NDVI は,太陽高度が高いほど NDVI ら,真下向きと斜め下向きで対象圃場の撮影を行っ が低くなる傾向が見られる。一方,斜め下向きの撮 た。図 6 に 7 月 24 日の日射量の推移を示す。 影で得た NDVI は,真下向きと比べて NDVI の変化が 1.0 小さく,特に,撮影者の影の影響を含まない 4 圃場 0.9 では時刻に関係なくほぼ同じ値をとっている。 2 日射量 (kW/m ) 0.8 なお,試験圃場は一般の圃場に比べて小さいため, 0.7 試験区外が映りこまないよう,約 30°斜め下向きで 0.6 0.5 0.4 撮影した。一般水田では,観測角度を 45°程度にす 0.3 ることで撮影者の影が映りこんでも影になるピクセ 0.2 ルの割合は少なくなるので,撮影者の影響は小さく 0.1 なり,露出時間の問題は回避できる。 0.0 0:00 4:00 8:00 12:00 16:00 20:00 0:00 時刻 図 6.対象圃場周辺の日射量(2007 年 7 月 24 日) 1.0 表 2 に 7 月 24 日の NDVI と SPAD 値の相関係数を示 0.8 す。相関係数は,いずれの時刻も真下向きの方が高 0.6 みられる。 50 40 0.5 30 0.4 0.3 真下12時 真下13時 0.2 真下14時 真下15時 0.1 真下16時 SPAD 0.0 表 2.真下向きおよび斜め下向き撮影時の NDVI と 観測圃場 共分散 データ数 図 7.真下向き撮影 NDVI の経時変化 12 時 0.86 0.17 8 (2007 年 7 月 24 日) 13 時 0.82 0.14 8 14 時 0.79 0.11 8 15 時 0.78 0.13 8 16 時 0.85 0.12 8 12 時 0.61 0.15 8 13 時 0.74 0.15 8 14 時 0.61 0.11 8 15 時 0.70 0.08 8 16 時 0.83 0.09 8 60 1.0 斜め下 影を含まない 影を含む 50 0.8 0.7 40 NDVI 0.6 30 0.5 0.4 0.3 斜め12時 斜め13時 0.2 斜め14時 斜め15時 0.1 斜め16時 SPAD 0.0 の経時変化を示す。図 7 および図 8 の右側 4 つの区 で値がばらついているのは,太陽を背にして撮影し て画像の約 1/3 に撮影者の影が含まれたことにより, ADC3 の露出時間の自動設定が適正に行われなかった ことが原因である。 20 10 0 追肥0_a 追肥0.2_a 追肥0.4_a 追肥0.6a 追肥0.2_b 追肥0_b 追肥0.6b 追肥0.4_b 図 8.斜め下向き撮影 NDVI の経時変化 (2007 年 7 月 24 日) SPAD値 0.9 観測圃場 図 7 に真下向き,図 8 に斜め下向きで求めた NDVI 10 0 相関係数 撮影時刻と方向 20 追肥0_a 追肥0.2_a 追肥0.4_a 追肥0.6a 追肥0.2_b 追肥0_b 追肥0.6b 追肥0.4_b SPAD 値の相関関係(2007 年 7 月 24 日) 真下 影を含む 0.7 NDVI い。一方,共分散は斜め下向きの方が小さい傾向が 60 影を含まない SPAD値 0.9 図 9 に真下向きに撮影した ADC3 の NDVI 画像,図 SPAD 値は,食味の指標となる玄米タンパク含量と高 10 に斜め下向きに撮影した ADC3 の NDVI 画像の例を い相関があることが知られている(たとえば岩手県 示す。 農業研究センター,2007)。 7 月 24 日の段階では,植被率が約 85%で,画像平 SPAD-502 は,1 圃場あたり 20 株計測するのに 10 均の NDVI には,水面や土壌面からの情報が多く含ま 分程度かかる。一方,ADC3 の場合,1 圃場を簡易白 れる。一方,斜め下向き撮影した画像は,見かけの 色版の撮影を含めて 1 分程度と効率的に測定できる 植被率が高くなるため(約 95%)NDVI が安定したも ため,観測数を大幅に増やすことが可能である。 のと考える。 したがって,植被率の高い生育後期に食味推定な どの目的で同時期多地点のデータを必要とする場合, ADC3 による斜め下向き撮影は,SPAD-502 の代替とし て有用である。 40 y = 74.661x - 21.629 r = 0.91 SPAD値 35 30 25 図 9.真下向きの NDVI 画像(2007 年 7 月 24 日) 20 0.60 0.65 0.70 NDVI 0.75 0.80 図 11.出穂期以降 5 日分の 13 時斜め観測 NDVI と SPAD 値の相関関係(2007 年 8 月 8 日∼9 月 4 日) 4.おわりに 今後は,玄米タンパク含量の分析結果との相関関 係を評価するとともに,データの処理を簡便化し, 図 10.斜め下向きの NDVI 画像(2007 年 7 月 24 日) 近赤外デジタルカメラによる簡易な撮影法による玄 米タンパク含量推定の実用化に向けて研究を進める。 3−3 出穂期以降の SPAD 値と NDVI 図 11 に,全ての圃場で出穂し,植被率が 100%近 い 8 月 8 日∼9 月 4 日の 5 日間に計測した SPAD 値と また,植被率が低い出穂以前の栽培管理に役立て るための観測方法,およびデータの利用方法につい ても検討する予定である。 13 時に斜め下向き撮影した NDVI の関係を示す。なお, 使用したデータは,影の写り込みを避けるため,各 参考文献 圃場の東側から撮影している。 1)山下 恵,吉村充則,土田 聡,本多嘉明,梶原 8 月 21 日と 9 月 4 日の撮影は晴天であったが,8 康司,2001.簡易白色板作成法の検討およびその 月 8 日,8 月 14 日,8 月 29 日は晴れと曇りが交互に 性能評価・校正,写真測量とリモートセンシング, おとずれる,一般に悪条件とされる日射環境下での 40(2),pp.26-32. 観測であった。しかしながら,SPAD 値と斜め撮影し た NDVI の間には高い相関がみられる(r=0.91)。 出穂後 10 日前後から刈り取りまでの 40 日間の 2)岩手県農業研究センター,2007.ひとめぼれの玄 米タンパク質含有率を葉色から推定,研究レポー ト,375.
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