社会保険料の賃金への影響について 大森、労働経済学、7.2.1 Borjas,G. Labor economics, 4th edition, McGraw-Hill International Edition, Chapter 5, 5-3: Policy Application: payroll taxes and subsidies N・グレゴリー・マンキュー『マンキュー経済学Ⅰミクロ編』 足立他訳、東洋経済新報社、 2000 年、168-178 ページ これらの教科書では、保険料(税金)のかかり方は、従量税である。しかし、日本の社会 保険料は従価税である。以下では、従価税の場合の労働市場の均衡について考察する。 1. 負担割合と名目賃金 名目賃金:労働者に名目で支払われる賃金(社会保険料を引き去る前) s: 保険料率 α: 労働者の負担割合(たとえば、労使折半なら 0.5、企業のみの負担ならば 0) 事実1 αと実質の負担割合とは無関係(Borjas の教科書参照) 保険料がゼロであるときと比較すると、保険料がsであるときには、需要曲線の高さと供 給曲線の高さの比率が 1 + (1 − α)s 1 − αs (1) となっていなくてはならない。(1)は、αにかかわらず、1/(1-αs)の部分を非常におおまかに 近似するならば、1+sとなる。(ただし、これはかなり大まかな近似なので、s やαが大 きいときには、近似は正確にならないことに注意。) 練習問題:(1)を 1+s で近似することにどの程度の誤差があるかを、計算により示しなさい。 1+sで近似できることを前提とすると: ――>均衡での企業の支払賃金(保険料込み)・労働者の受取賃金(保険料引去り後)・ 雇用量は、sのみに依存し、αには依存しない。 ――>均衡における企業の利潤・労働者の効用は、sのみに依存し、αには(ほとんど) 依存しない。 では、αの違いはどこに影響を与えるのか? 1 ――>名目賃金 名目賃金とは、労働者負担分の保険料を引き去る前の賃金、あるいは、企業の支払賃金か ら企業負担分を引き去った額 需要曲線と供給曲線の高さの比が(1)となるような雇用量を Ls1、このときの需要曲線の 高さを Wd1(企業の保険料込み支払賃金)、供給曲線の高さを Ws1(労働者の保険料引き去 り後の手取り賃金)とする。当然、 Wd 1 Ws 1 = 1 + (1 − α)s 1 − αs (2) が成り立つ。 労働者負担がα、保険料がsのときの名目賃金をwαとすると、 1 1 wα = Ws Wd = 1 − αs 1 + (1 − α)s (3) したがって、名目賃金はαに依存する。αが高いとき(労働者負担が高いとき)、名目賃 金が上がるが、労働者の手取りは変わらない(実質上、労働者の効用に変化はない。)こ ととなる。Ws1、Wd1(均衡における労働者の手取り賃金および企業の支払賃金)を決める のは、労働需要の賃金弾力性および労働供給の賃金弾力性(弾力性の逆数の比)。 負担割合が弾力性の逆数の比率になる理由 需要曲線上の価格の変化をΔWd とする。 ∆Wd = Wd − W * 1 供給曲線上の価格の変化をΔWs とする。 ∆Ws = W *-Ws 無税のときの均衡価格 1 W* 無税のときの均衡雇用量(数量) L* 無税のところから、税を課した結果、均衡は、 需要側の価格(企業の支払価格): Wd 供給側の価格(労働者の手取り価格): 均衡雇用量(数量) L 1 (4) Ws 1 (5) 1 税により、(4)と(5)が異なる値を取ることに注意(税のくさび)。 無税のところからはかった、価格の変化が、ΔWd、ΔWs である。 2 ∆Wd + ∆Ws = Wd − Ws = 税額 1 1 となるため、税額が企業と労働者で分担して負担されたと考える。 ΔWd、ΔWs の大きさはどのようにして決まるか? 需要曲線上の動き(以下はプラスになるように定義していることに注意) ∆Wd = − ∂Wd ⋅ (−∆L) ∂L (6) ただしここで、 ∆L = L1 − L* 供給曲線上の動き(以下はプラスになるように定義していることに注意) ∆Ws = ∂Ws ⋅ (−∆L) ∂L (7) ★(6)、(7)がそれぞれ、図の上でどこの長さに対応しているかを確認すること。 ★数量の変化は、(6)、(7)で共通であることに注意。 (6)、(7)を変形する。 ∆Wd = {− ∆Ws = { ∂Wd L* W* ⋅ * } ⋅ { * } ⋅ (−∆L) ∂L W L ∂Ws L* W* ⋅ * } ⋅ { * } ⋅ (−∆L) ∂L W L (8) (9) (8)式の最初の{}内は、需要の価格弾力性の逆数であることに注意。 (9)式の最初の{}内は、供給の価格弾力性の逆数であることに注意。 たとえば、 − ∂Wd は、需要曲線の傾き(プラスになるように定義している)である。 ∂L (弾力性は、 数量の変化率 価格の変化率 弾力性については、大森、5.5 節、マンキューの第 5 章等を参照) 3 1 W* ∆Wd = ⋅{ } ⋅ (−∆L) ε d L* (8)’ 1 W* ⋅ { * } ⋅ (−∆L) εs L (9)’ ∆Ws = ここで ε s は労働供給の賃金弾力性、 ε d は労働需要の賃金弾力性を示す。 事実2 上記の議論から、負担の割合は: ∆Wd 1 / ε d 需要の弾力性の逆数 = = ∆Ws 1 / ε s 供給の弾力性の逆数 となる(弾力性の逆数の比) 事実2の意味 労働供給の弾力性がゼロのとき ――>労働需要の弾力性は正であるとすると、実質負担はすべて労働者(労働供給の弾力 性はゼロだから、その逆数は無限大) 社会保険料は実質的にすべて労働者が負担する→ ∆Wd = 0 。したがって、 W * = Wd 1 このときにも、実質的には労働者がすべて保険料を負担していても、αが異なれば名目賃 金は異なることに注意。 4 2. 均衡の作図の方法 ステップ1.補助線を引く ・補助線(緑色)は、需要曲線の高さに外生的に決まる定数( 1 − αs )を掛け算して 1 + (1 − α)s 引く。 ・この定数は税のある場合の、 Wd Ws 1 1 の比率の逆数であることに注意。これにより、垂直な 線を引いた場合に、需要曲線の高さ(Wd)と、補助線上の点とでは、その比率が、 1 + (1 − α)s :1 1 − αs となる。 ステップ2.均衡雇用量と、労働者の均衡での受け取り賃金の導出 補助線と、供給曲線が交わる点の横軸の値が、課税がなされたときの、均衡の雇用量(L1) である。縦軸の値が、Ws1(均衡における労働者の受け取り賃金)である。 ステップ3.企業の均衡での支払い賃金の導出 L1 から垂直に線を引き、それが需要曲線と交わる点での賃金水準が、Wd1 である。 ☆上記の作図の方法により求められた均衡点は、以下の2つを満たすことに注意。 (a) 需要量と供給量の一致(需給均衡) (b) Ws 1、Wd1 の比率が、ちょうど税金に対応する分だけ離れている・・・課税されたときの 条件を満たしている。 3. 連立方程式を用いた解法(計算問題の解法) 需要曲線と供給曲線が式で与えられている計算問題を解く場合には、たとえば以下のよう にして解くこともできる。 以下の 3 つの方程式を連立させて解く。 Wd Ws 1 1 = 1 + (1 − α)s 1 − αs 5 L = D( Wd ) 1 【労働需要関数】 L = S( Ws ) 【労働供給関数】 1 ここで、 L = D( Wd ) は、賃金 Wd であるときの労働需要量を示す労働需要関数、 1 1 L = S( Ws ) は、賃金 Ws であるときの労働供給量を示す労働供給関数である。 1 1 ① 労働需要関数の右辺に入ってくる賃金の変数は、需要者(企業)の支払う税込みの賃金 1 Wd であり、一方、労働供給関数の右辺に入ってくる賃金の変数は、供給者(労働者) 1 の受け取る税引き後の賃金 Ws であることに注意。 ② 以上の 3 式を連立させると、雇用量の需給均衡が成立することと、 D( Wd ) = S( Ws ) が 1 1 成り立つことが対応していることに注意。 6 価格 Wd: 需要者の支払い賃金 Ws: 供給者の受け取り賃金 L1: 均衡の雇用量 Wd1 Ws 課税されたときの 均衡雇用量 1 需要量、供給量 L1 L1 7
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