第81号

O―
―
―
1998年 6月 25日発行
チ ャベル ・ニ ュー ス
“)第 81号
神 戸松 蔭女 子 学 院 大 学
神戸松蔭女子学院短期大学
宗教 セ ンター
神戸市灘区僚原伯母野山町
1-2-1
1 9 鶴年 6 月 2 5 日発行
俗 化 の時 代 に
入学感謝礼拝講話﹀
︵
宗教主事 勝 村 弘 也
わ たし たち は科 学 技 術 の時 代 な いし 技 術 革 新 の時 代
に生 き ています 。 わ た し が小 学 生 の頃 、 日 本 で テ レビ
。
、
旗 送 が始 ま り ま し た 現 在 では 衛 皇 放 送 に よ って地
球 の裏 側 で起 こ って いる出 来 事 の実 況 中 継 が 見 ら れ ま
、
す 木 ツ ヨンが 普 及 し た の は つい最 近 の話 で、 わ た し
が学 生 の頃 は大 学 の理 系 の研 究 室 でも 一台 あ る のを 共
。
。
同 で って いま し た そ れも
が
な も の でし た
使
操
作
大
変
。 は
で 科学
今 では こど も か パ ソ コ ンタ ー ム で遊 び ま す
、
技 術 の進 歩 が 全 体 と し て大 間 を 幸 福 にし た か と 言 う
と 、 それ は疑 間 です 。 例 えば 、 わ た し た ち は 地 球 規 模
の深 刻 な 環 境 破 壊 の問 題 に直 面 し て いま す 。 環 境 破 顔
は別 に最 近 始 ま った わ け では あ り ま せ ん が 、 世 界 政 治
。
の中 心 課 題 にま でな った のは 最 近 の事 です そ れ ほ ど
。
深 刻 な事 態 が 進 行 し て いる の です ま た 宗 教 の側 か ら
は、 現 代 を世 俗 化 ︵82 ︺
営︻
S 一︼
g ﹀ の時 代 と し て捉
。
え る こと が 出 来 ます つま り 宗 教 の固 有 の価 値 が 一時
、
的 に見 失 わ れ るよ うな 時 代 か つて は崇 高 であ った も
のが陳 腐 に見 え た り、 日常 生 活 か ら 姿 を 消 す よ う な 時
。
代 と し て把 握 でき る の です 日 本 で は つい百 年 ち ょ っ
、
と工
刷ま では 人 々が家 畜 の肉 を 食 う 事 は め った にあ り
ま せ ん でし た。 仏 教 が殺 生 を 禁 じ て いた か ら です 。 ど
こ の駅 前 でも ハン木 ︱グ を 食 べら れ る 現 在 か ら は 想 像
、
。
、
でき な いよう な 話 です が これ は 本 当 です 現 在 純
枠 に宗 教 的 な 理 由 か ら ﹁肉 食 を し な い﹂ 人 が い る と す
う。 し か し
る と、 す いぶ ん変 わ った 人 に見 ・
える でし ょヤ
あ る女 が 銀 貨 十 枚 を 持 って い て、 も し そ の 一枚 を な
く し たと す れ ば、 彼 女 はあ か り を つけ て家 中 を 掃 き 、
それ を 見 つけ る ま では注 意 深 く 捜 さ な い であ ろ う か 。
︵ルカ福 音 書 一五 章 八 節 ︶
世
これ は言 では よく 理 解 さ れ た の です 。 と こ ろ が 、 今 ダ
イ エ タトをす ると か、 美 容 の た め てと か で、 野 菜 や 果
、
物 だ け を 食 べ て ﹁肉 食 を しな い﹂ 人 が い る と す る と
みな さ ん は変 な 人 には思 わ な い でし ょう 。 肉 を 資 べな
い点 では、 結 果 的 に同 じ事 を し て い ても 、 そ の 理 由 は
。
大 き く 異 な って います 江 戸 時 代 の お 坊 さ ん は 宗 教 的
な 理由 か ら肉 を 食 わ な い の であ り 、 美 容 の た め に肉 食
を し な い人 は世 俗 的 な 価 値 観 に従 って そ う し て い る 事
にな りま す。 現 在 は世 俗 化 が 大 規 模 に起 こ って い る た
、
め に 宗 教 的 な 価 値 観 や行 動 の意 味 が 人 々 に 理 解 さ れ
にく く な り ま し た。 ひと が 生 き る 意 味 や 人 生 の価 値 を
、
真 正 面 か ら問 題 にし な い時 代 に わ た し た ち は 生 き て
いると 言 っても よ い でし ょ つ。
しか し みな さ んが 、 宗 教 的 な 価 値 を 全 く 理 解 でき な
く な った のか と いうと そ う ではな い でし ょ つ。 さき は ど
パイ プ オ ルガ ンで奏 楽 を 聴 き まし たが いか が でし た か 。
そ の音 色 、 音 の書 き は主日段 臨 き慣 れ て いるも のと は違 っ
、
て いま し たが す ば ら し い音 楽 だ った の で はな い でし ょ
う か。 世 俗 化 の時 代 と いう のは、 宗 教 的 な 価 値 が 消 滅
し た り無 用 にな った り し だ し た の で は な く 、 た だ 一時
。 こ よう
的 に見 失 わ れ た だ け です
の
な 事 態 を 神 の蝕
。
一
8︼
︵
o8 亀 Ooじ と 表 現 し た 思 想 家 が いま す エク リ
プ スと いう語 は、 国 蝕 や月 蝕 の時 に使 う 表 現 です 。 太
、
陽 ゃ月 が消 滅 し た の ではな く 一時 的 に隠 れ て見 え な
く な った事 を 意 味 し ていま す 。 丁 度 そ の よ う に神 が 姿
、
を隠 し て 宗 教 的 な 価 値 が 見 失 わ れ た の です 。 ル カ 福
青 書 一五 章 八 節 以 下 は大 切 な モ ′を な く す 体 験 に つい
。
て語 って います あ る女 が 家 の中 で銀 貨 を 一枚 な く し
ま し た。 銀 貨 が消 滅 し た の で は な い。 あ る は ず な の で
。
す だ か ら必 死 にな って見 つか る ま で捜 す の です 。 こ
れ は銀 貨 よ りも も っと 大 切 な モ ノを 探 求 す る 事 の た と
。
。
え です 宗 教 的 な 価 値 の探 求 と一
言 っても よ い でし ょう
では聖 書 の話 って いる価 値 、 わ た し た ち が 見 失 って し
ま った モ ノと は何 でし ょうか 。 それ はす で にみな さ ん が
ことば では よく 知 っている事 柄 です 。 隣 り 人 を 愛 し 、
、
。
神 と 共 に生 き る事 それ が 探 求 さ れ る べき 道 な の です
第81号 (分
チ ャベル ・ニ ュー ス
1998年6月 25日発行
入学感 謝 礼 拝 説教
司祭 テモテ内 日望
。
二 つの出会 いが与 えられました
私 たち の教会 のm歳 のおばあち ゃんと の出
。
会 いです このおば あち ゃんは日と足が不自
、
由 でず っと寝 たきり の状態 ですが 起床 の時、
食前と就寝 の前 にはミ ッシ ョンスクールに通 っ
ていた頃 に覚えたお折りを唱え、営曇怒を歌 っ
ておられます。お祈 りと自分 の好 きな賞美歌
は全部覚 え ておられ、 お会 いす ると聞かせ て
いただき、 その度 に感心 させられます。神様
に視線を向け、祈 りを通し て神 様 に感謝し、
営美歌を歌 って神様を賛実す る日々を過ごし
、
、
ておられ 同時 に お世話 にな っている家族
の人 に対 し ても感謝と愛す る気持 ちを忘れな
いでねご し ておられます。
もう 一つの出会 いは、 この4月から チ ャブ
レンとし て勧 いている学校 での中学生 ・高校
。
、
生と の出会 いです 学生 たちは ク ラスの中
、
で タラブ で友達 の輸がど んどん広 が ってい
きます。中高生 になりますと、今 ま での親 や
、
、
先生 の関係 よりも友人 仲 間 恋人と いう結
、
、
び付さを強 め そ の中 で新しい自分を発見し
。
、
創造 し ていく 大切 な時期を過ごしています
この私 に与 えられた二 つの出会 いを通して、
。
﹁
青春﹂ に ついて考 え ていきましよう
、
この ﹁
青春﹂と いう漢字を見ますと 横 の
。
。2
線 の多 さ に目が引かれます 1本 あります
、
しかし、﹁
青春﹂と いう漢字を良 く見ますと
横 の線 を支 え ているも のに気付 かれると思 い
ます。 ″
青″と いう漢字 には横 の線を支 え て
いる 一本 のタテの線、 これ は神様 のこと であ
ク
りまし ょう、
春″ と いう漢字 には機 の線を
。
″
支 え ている 人″と いう字 これはまさ に人
。
間 のこと でありまし ょう このよう に考 えま
、
、
すと ﹁
青春﹂と は 横 へ横 へと 友達 の輪 を
、
、
広げ いろ いろな人 と出会 い その中 で新 し
い自分を発見し ていくとき、 と同 時 に、 ﹁青
、
春﹂ とは 神様 に出会 っていくとき でもあり
まし ょう。 旧約聖書 の ヨ ヘレト の言葉 姥章 1
、
節に ﹁
青春 の日々にこそ お前 の創造こ に心
。
、
を留めよ。
﹂ とあ ります 青春 の日々 にこそ
、
神様と出会 って 神様を知 る必要があるよう
。
です 〃
青″と いう漢字 のわずか 一本 のタ テ
、
の線 ですが この 一本 のタ テの線を大切 にし
、
、
、
て このタ テの 一本 に出会 い 深く知 り 愛
し続 ける こと によ って、 このタテの 一本 にい
、
つも目を向 け続 ける こと によ って い つま で
も ﹁
青春﹂ を生き続 ける ことが でき る のであ
ります。 それ はち ょうど先程 わ話し た私 たち
の教会 の皿歳 のおばあち ゃんの姿 でもあると
。
思 います お世話 にな っている家族 の人 たち
に対 し、感謝 の気 持ちを忘れ る ことなく心 か
ら愛す る、と同峙 に神様 にい つも視線を向k
タ テの線を 心の支えとしている姿。おばあち ,
ん に会 う度 に ﹁
青春を生き ていら っし ゃるな
あ ︱﹂ と感 じます。
、
、
皆様 は この大学 に入学 され タ テと の出
、
会 い す なわち神様と の出会 いが与 えられま
した。 まさ に ﹁
青春 の出会 い﹂ が与 えられ た
と言 ってもよ いでし よう。 この出会 いは、皆
、
様 にと って最も力強 く 頼 りになる こと であ
りまし ょう。 たとえ この茉晴らし い出会 いに
、
、
価値 を見 つけられなく ても い つの日か
今
その出会 いが素敵 な意味 を持 つと心 から信 じ
、
て学生生活を過ごす ことが でき るならば 神
、
様と の出会 いは 皆様 にと って最高 のブ レゼ
ント になる ことだと信 じ ています。
、
、
﹁
青春﹂と は 歳 の岩 い時代 若 々し い肉
、
、
体を指す言葉 ではなく 多くの人々と出会 い
、
、
多く の人 々を愛 し 神様と出会 い 神様 にい
、
つも目を向 け て 神様 を実し続 ける こと、 こ
れ こそが青春を生き ると いう ことだと思 いま
。
す
マル ヨ
にイ エス が られた ﹁
音
音
語
福
様
最も
2
8節 から︲節 。
1章 2
重要な掟﹂ があります ︵
3 ︶
、
これ によると 一つは ﹁
心を尽くし 精神を尽
くし、思 いを尽くし、力を尽 くし て、 あな た
。
の神 であ る主 を 愛 し な さ い﹂ も う 一つは
﹁
隣人を自分 のよう に愛 し な さ い﹂ と あ り ま
。
す このイ エス様 が語 られた ﹁
逮さ重要な擁﹂
こそ、神様と友人 を愛す る ﹁
青春 の生 き方﹂
そ のも ののよう に思 います。
これから始ま る大学 での学生生活 で、多 く
の友 に出会 い、愛し続 け、同時 に、神様 には
、
、
会 い 神様を愛 し続 け て ﹁青 春 ﹂ を言 び を
も って過ごし ていただきた いと希望します。
、
大阪聖 二 一教会牧師 プ ー ル学 院中 高 チ ャ
︵
ブ レン︶
3 日、 大
これ は4月 2
短 英文学科 の新 入生
の感謝礼拝 における講話 です。
全 九九七年
、
、
い厳社 一エエ三円︶
荒井章三 ﹃ユダヤ教の誕生﹄
、
、
著者 は放浪 奴隷 お囚など 一千年 にもわ
たるイ ォラ エル民族 の吉難 の歴史 を具体的 に
、
説明し ﹁さまよえる ユダ ヤ人 ﹂ が神 への信
、
仰をど のよう に研ぎ澄まし 唯 一神 ヤ ハウ ェ
、
を礼拝 する にこ ったかを 古代 オリ エントの
さまざまな文化を紹介 し つつ、 ユダ ヤ教 の正
。
典 ﹁
聖書﹂ を読 み説 いている
、
本書を読む に つれ 読者 はますます 旧約聖
、
書 に興味を抱く こと はもちろん のこと 現代
もなお デ ィアスポ ラ ︵
離散 の民︶とし て世界
h 劉 封 町繭 鞠 一
の共同体 ︵
城砦
、
か んぬき︶と鏡
都市︶ は 城 円を そ の閂 ︵
で閉じ ること で敵 の侵入を防賀し て市民生
、
活 の安全 を保持 しましたが この円 は この
ほか公的生活 の中心的な役割を担 っていま
した。 たとえば門前 で長老 たちは集ま る市
﹁
認封 射簡軸製鋼
J
はキ の円 で
で ﹁わ た し
言 われ た の
。
です そ こ
必 ず開 か れ
う″ と
るか ヽ
このイ エスのみ言葉 は聞く人 々が思 いも
しなか った福音 でした。 ユダ ヤ教 では神 の
、
国 の円 は律法 の条件 に適 い それを守 って
いる正し い者 と認め合 う者 ︵
義人︶ にのみ
、
開かれ 律法 に反す る人 々 ︵
罪人 や ユダ ヤ
教 の割礼を受 け ていな い外国人︶ には回 く
。
閉ざされ ていると考 えられ ていました と
ころがイ エスは このよう に神 の意 み に線遠
いと され ていた門外 の人 々に ″
あな た に固
く閉ざ され ている円を熱心 に叩きなさ い、
︵マタイ による福音書 7章 7節︶
。
円 をたたき なさ い
、
。
そう す れ ば 開 か れ る
民を前 にし て重要議題を審議 したり裁判 を
。
執行 しました また城門 の屋上 では番兵が
、
行き交 う人 々を常時監視 し 外敵 の侵入な
ど緊急事態 が発生 したとき には ラ ッパを吹
いてこのことを市民 に彗告 しました。 この
よう に共同体全体 の平和 のため城門 はと て
も重要 な機
能 を果 し て
いました。
さ て、 イ
エスは 私 た
ち にそ の よ
0 ・7 とも
あ る﹂ ︵ョ ハネ による福 音 書 1
︶
、
言われたイ エスが この円から入 って神 の
国 の養 いを受 けな さ いと私たち に勧められ
る のです。
、
∧求 めなさ いV
、
∧探 しなさ 一
⋮︱︰
︱︰
︱︰
︱︰
︱⋮
︱⋮
︱︰
︱⋮
︱⋮
︱ヽ
を たたけV
福音、それはギリシャ語でユアングリオ ﹁
ン
す
”
″
,
非
”
和
時
付
中
中
的
中
キ
一
時
仰
帥
一
い
理
一報
離
馳
磯
楳
唯
軒
中
却
確
非
申
”
”
慕
い
中
一
い
穀
うな固 く閉ざされた門を叩けと言われまえ
この円とは人 々を神 の国 に迎 え入れ る城円
、
、
であ り また神 の民 の共同体を守 り 悪 の
。
力 の侵入を防ぐ大切な城 円 です と ころで
イ エスは神 の国 はそこに入 ろうと真剣 に願
う人 に開放 され ているが、人 はそ の円を熱
心 に叩かなければならな いと言 われる ので
、
。
す このよう に考 え ていき ますと 神 の国
に入 るため の円 はイ エスご自身 であ ること
。
が分か ります そこでイ エスは私 たち にご
、
自 身 に熱 心 に尋 ね ま た∧ 求 め な さ い∨
。
∧探 しなさ い∨と言 っておられる のです
│
各地 に生 きる ユダ ヤ人 の真摯 な 日常生活 や民
、
族 の特性 を学 ぶ ことが でき ユ/ ヤ人 に親 し
。
みを覚 えるよう にな る な お著者 がと く に強
、
調し ている ことは ユダ ヤ人 は自 ら に降 り注
いだ音難 の歴史を通し て自分 たち の宗教を作
り上げた のではなく、 そ の歴史的経験を通し
、
て神 の愛 と正義 神 の救済 と書き の真実を確
信 し て神 ヤ ハウ ェヘの信仰を抱 く にこ ったと
いう こと である。 このこと は ユダ ヤ数が習俗
とか上俗的習慣など ユダ ヤ人共 同体内 で言 わ
ば自然発生的 に形成 されたも のではな いこと
。
を意味 し ている 読者 が この観点 に立 って自
、
分 の周辺 にあ る宗教を考察す るとき 著者が
、
語 る ユダ ヤ教 さら にキリ スト数を加えた聖
。
書 の信抑 の特異性 を発見す る こと であ ろう
、
旧約聖首学︶ で
本書 の著者 は本学教授 ︵
このほか にも多く の著音 や訳書 がある。
/′
1998年6月 25日発行
チ ャベル ・ニ ュー ス
0 第 31号
1998年 6月 25日発行
ニ ュー ス
チ ャベル ・
◎ 入学感出れ拝
0
今年新 た に本学 に入学 した学生 ︵
大学2
42︻
4
、
9
短大 5
名︶を対象とし 各学科 ごと5回 に分
け てチ ャベルで入学感謝礼拝 が行 われた。講
、
話 は本学教員 のほか 3人 の日本聖公会司祭
によ ってな された。本誌 にはこの議話 の二 つ
。
を掲載 しました
◎ カ レ ッジ アワー に ついて
、
ト
リ
キリ スト
キ
ス
教
概
説
教
学 Iを履修す
、
る に際 し て、 カ レ ッジ アワー ︵
前期 後期各
3回︶を受講 しなければな りません。 これ に
︲
0
4、 ︲
4
ついては ﹁一九九八年度学生 便 覧 ﹂ ︵︲
ページ︶を読 ん で確 認し てくださ い。
◎海外 ワーク ・キ ャンブ
、
毎年 2名 が参加し ていましたイ ンドネ シア
バリ島 での ワーク ・キ ャンプは、同国 の社会
情勢 不安定 によ って今年度 の実施 が中止とな
りました。
◎学外 キ リスト敏時座
昨年 に続 いて六甲 カトリ ック教会を会場 に
し て本学 キリ スト教文化研究所 はキリ スト教
。
講座を開護し ています 今年 は ﹁
創世記 の人々﹂
1
シリ ーズ です。第 4回 は7月 1
日
︵
土︶午後
2時 から です。詳細 は宗教 セ ンタ ー掲一
不板 を
ご覧くださ い。
◎ オルガ ン ・レクチ ャー コンサート
6
8
0
2
7
日
は
第1
回
月
上
1
︶午前 1時 より4分
︵
、
。
間 チ ャベルにお いて開催 されます 是非お
、
。
出 でくださ い ︵
詳細掲示 無料︶
◎ チ ャベル ・コンサートのご案内
通 年
真― ン ・サ ー ビス 毎 週 月 ∼ 金曜 日 P m 0 3 5 ∼ 0 臨
月 月
9 拘
いずれも午後 3時 より です。詳細 は宗 教 セ ン
ターま で。 ︵
学生割引 あり︶
。
◎宗教〓手 に聴村弘也先生が就任 された
、
前宗教 主事 後藤博 一先生 は教務部長 に就
。
任されまし た
入学 感 謝lL拝 大 学 。英語 英 米 文学 科 、短 大 ・
生活 道 形学 科 /21日)
短大 ・
英 文学 科 (23日)短 大 生活 科 学科 (2日 )大 学 ・
国 文 学科 (28日)
誕生 日感謝 礼 拝 (23日)
カ レ ッシア ワ ー 短 大 (21日)大 学 (28日)
5月
誕生 日懸 謝 れ 拝 (28日〉
オル ガ ン・レクチ ャー ヨ ンサ ー ト (16日)
6月
カ レ ッジア ワー 短 大 (4日、25日)大 学 (18日)
誕生 日感 謝 礼 拝 (18日)
レ・ニ ュ ー ス第81号 発行 r25日)
チ ャベフ
オ ル ガ ン●レタチ 十 コ ンサ ー ト (20日)
カ レ クフア ワー 大 学 (2日)
7月
誕 生 日懸 謝 iし拝 (16日)
オル ガ ン・レクチ ャー コ ンサ ー ト (18日)
聖 歌 隊合 宿練 習 シ オ ン会 奉仕 活 動
カ レッシア フ ー 大 学 (22日)短 大 (29日)
誕生 日感 謝 礼拝 0日 )
チ ャヘル ・ニ ュ ー ス第骸号 発行 (15日)
オル ガ ン●レクチ ■― ヨ ンサ ー ト
11月 カ レ ッ シア ワ ー 大 学 ( 5 日、 1 9 日〉短 大 ( 1 2 日、2 6 日)
大学 祭 開会 ,L拝 (7日)
逝 去 者 記念 ⅢL拝 (12日〉
発生 日癌 封ⅢL拝 (19日〉
チ ャベ ル ・ニ ュ ー ス第鶴 号発 1予 (26日)
オ ル ガ ン`レ クチ ャー ヨ ンサ ー ト
, 2 月 誕 生 日感 謝 礼 拝 (10日)
ク リス マ ス1し拝
キ ャン ドルサー ビス (16日pm4 31)タ リスマスキし拝 (17日anl1 00)
1 9 9 9 4 1 月 誕 生 日感 謝 キL拝 (14日)
2月
卒 業感 謝 礼 拝 (6日)
オル ガ ン ,レ クチ ャー ヨ ンサ ー ト
3月
チ 十ベ ル ●ニ ュ ー ス第33号 発行 (20日)
オ ル ガ ン ●スチ ュ ー デ ン トヨ ンサ ー ト
バ ッハ・コレギウム ・ジ ャ木ン 金自
楽監督 ・
、
鈴木雅明本学講師 東京芸大助教授︶ によ っ
S・ ッ 作曲 の
て今年度 は8回 にわたりJ・
バ
ハ
0
。 2
教会 カ ンタータその他が演奏 されます 第 ︲
︲
、 2
7日
回は6月 2
回 は9月 5日 ︵
︵
上︶ 第 ︲
土︶
(紅
お
1998年度 宗教センター活動の日程 督
ユ
議主
言
げ
野景
19984 4月
第31号 “ )