金属ブラシと金属スリップリングの接触通電における接触

日本工業大学研究報告 第 46巻 第 1号 (平成 28年6月)
Report of Researches, Nippon Institute of Technology, Vol.46, No.1 (June 2016)
修士論文概要
金属ブラシと金属スリップリングの接触通電における接触電圧降下特性へ
およぼす潤滑油の影響†
武正
豊*
(2016 年 3 月 18 日受理)
Effect of lubricant on the contact voltage drop between a metal brush and metal slip ring
Yutaka Takemasa
(Received March 18,2016)
The metal brush is mainly used for measurements of systems containing brushes and has been applied to
the rotating body within DC power supplies of electrical equipment. Meanwhile, a sliding contact has been widely
used to exchange electric power between a stationary unit and movable unit. It is important to increase the
lifetime and reliability of devices that use sliding contacts. The present study investigated the standstill and
contact voltage properties during the sliding of a metal brush and metal collector ring.
図 1 に実験機の外観を示す.銅スリップリングとマイク
はじめに
1
ロメータシンブルに取り付けた金属ブラシを接触させる.
スライディングコンタクトシステムは,静止体と可動体
回転時にはスリップリングを駆動モータで回転させる.
図 2 に実験回路図を示す.直流安定化電源から正ブラシ
間において電力をやり取りする方法として,現在でも広く
使用されている.貴金属ブラシは,主に回転体をともなう
を介し,銅スリップリングさらに負ブラシへ通電する.
計測用ブラシとして幅広く利用されている.また,近年,
このとき,正ブラシと銅スリップリング間の接触電圧降
産業界の電気設備等における回転体への直流電力供給用と
下と負ブラシと銅スリップリング間の接触電圧降下を測定
して貴金属ブラシが適用されている 1).これらは,貴金属
する.この装置により,通電電流毎の接触電圧降下測定(0
ブラシの長寿命化が求められており,信頼性の向上が重要
~2A
な課題である.
5N
0.1A ずつ)・接触荷重毎の接触電圧降下測定(0N~
0.5N ずつ)を行った.実験試料として金ブラシ(金・
本研究では,金属ブラシと金属スリップリング間の静止
0.5 ㎜φ)・銅(タフピッチ銅・0.5mmφ)の 2 種類を用いて
時と摺動状態における接触電圧降下を測定するとともに,
銅リング(タフピッチ銅)に接触通電した際の接触電圧降
潤滑油を塗付した場合の接点部への影響を明確にすること
を目的とする.
そこで,電流と接触電圧降下の関係(0~2A)と接触荷重と
接触電圧降下の関係(0N~5N)について実験を行った.実験試
料として金ブラシ(金・0.5 ㎜φ),銅(タフピッチ銅・0.5
㎜φ)の 2 種類を用いて,
銅スリップリング
(タフピッチ銅)
と接触通電した時の接触電圧降下測定を行った.また,長時
間摺動時における潤滑油の影響を考察するため,摺動実験機
図 1 実験機外観
を用いて Ag-Pd ブラシと金メッキスリップリングの長時間
摺動実験を行った.
2
2.1
実験方法および実験条件
静止・摺動時における金属ブラシと金属スリップ
リングの接触通電におよぼす潤滑油の影響
_____________________________________________________________________________________________________________________________________________________
本論文の一部は,電子情報通信学会機構デバイス研究会 2016 年
3 月 17 日において発表予定.
*
電子情報メディア工学専攻 2148007 上野研究室
†
101
図 2 実験機回路図
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表 2 長時間摺動における金属ブラシと金属スリップ
下,ブラシ・リングの表面状態の観測を行った.なお,潤
滑油は導電性グリースと合成エステル潤滑油を使用し,静
リングの接触通電実験条件
止時と摺動時における接触電圧降下を計測した.
Ag-Pd合金
(Ag38wt%+Pd42wt%+Cu16wt%)
ブラシ
表 1 静止・摺動時における金属ブラシと金属スリップ
スリップリング
リングの接触通電実験条件
実験
電流
荷重
金属ブラシ
スリップリング
潤滑油
回転速度
電圧-電流(V-I)
特性
0.1-2A
3N
金メッキ真鍮リング
DC5A
400[min-1]
反時計回り
合成エステル油(synthetic fluid esther)
実験室
電流
回転速度
回転方向
潤滑油
環境
電圧-荷重(V-L)
特性
2A
0-5N
実験結果
3
金ブラシ:0.5mmφ
3.1
銅スリップリング(タフピッチ銅)
静止・摺動時における金属ブラシと金属スリップ
リングの接触通電におよぼす潤滑油の影響
潤滑油なし/導電性グリース
/合成エステル潤滑油
3.1.1
電流毎の接触電圧降下測定(V-I 特性試験)
図 5 から図 8 に V-I 特性を示す.電流値が上昇するにし
0[min-1] 100[min-1]
たがい接触電圧降下が上昇することが確認できる.銅ブラ
2.2
長時間摺動における金属ブラシと金属スリップ
シと金ブラシを比較すると,静止接触・摺動接触ともに金
リングの接触特性におよぼす潤滑油の影響
ブラシの方が接触電圧降下が高いことが確認できる.また
図 4 の回路において,潤滑油を塗布した金メッキスリッ
静止接触において潤滑油無しと導電性グリースの接触電圧
プリングと Ag-Pd ブラシを摺動接触させ,長時間摺動にお
降下は低いが,合成エステル潤滑油の接触電圧降下が 4~5
ける接触電圧降下・電圧変動幅の測定,表面状態の観測を
倍ほど高いことが確認できた.
行い,時間経過毎の接点部におよぼす潤滑油の影響につい
摺動接触の銅ブラシ接触電圧降下特性において導電性グ
て考察した.試料として 2 セットの金メッキスリップリン
リースが最も低く,次に合成エステル潤滑油,最大値を示
グと Ag-Pd ブラシを用いる.1セットは,3 個のリングより
したのは潤滑油なしとなった.摺動時の金ブラシ接触電圧
なり,中央の補助リングで,正負リングとブラシ間それぞれ
降下においては,合成エステル潤滑油が最も低く,次に潤
の接触電圧降下を測定できる.なお,正負リングの名称を 1+
滑油なし,最大値が導電性グリースとなった.
リング・1-リング・2+リング・2-リングとする.
潤滑油の種類で変化した理由として導電性グリースは静
止接点の接点復活剤などに使用されており,導電性ポリマー
が接点部の通電の手助けを行う.しかし,摺動接点において
接点部が摺動しており接点部が変わることで導電性ポリマ
ーの働きが低下したことが要因と考える.合成エステル潤滑
油は導電性グリースとは正反対に,高速タービンおよびコン
プレッサーの潤滑などの摺動接点に使用されており,優れた
温度特性・酸化防止性などを有しているが静止接点におい
図 3 実験機外観
ては摩擦などの影響が尐ないため接点部の通電を阻害し,
静止時において接触電圧降下を上昇させたと考える.
図 4 実験機回路図
図 5 静止時 V-I 特性(Cu-Cu)
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図 6 静止時 V-I 特性(Au-Cu)
図 9 静止時 V-L 特性(Cu-Cu)
図 7 摺動時 V-I 特性(Cu-Cu)
図 10 静止時 V-L 特性(Au-Cu)
図 8 摺動時 V-I 特性(Au-Cu)
図 11 摺動時 V-L 特性(Cu-Cu)
3.1.2
接触荷重と接触電圧降下の関係(V-L 特性試験)
図 9 から図 12 に示す結果より,導電性グリースを除く
潤滑油なしと合成エステル潤滑油において,接触荷重を徐々
に増加させた場合,接触電圧降下が低下することが確認で
きた.導電性グリースを塗布した際,接触荷重を増加して
も大きな変化が確認できなかった.静止時の潤滑油なしと
合成エステル潤滑油は荷重を増加させた際急激に接触電圧
降下が上昇する現象が見られたが,上昇後は徐々に接触電
圧降下が減尐することが確認できた.摺動時の潤滑油なし
図 12 摺動時 V-L 特性(Au-Cu)
と合成エステル潤滑油は荷重の増加にともない徐々に接触
電圧降下が減尐することが確認できた.なお,図 11 と図
12 の V-L 特性において非線形特性を示した.
3.2
長時間摺動における金属ブラシと金属スリップ
リングの接触特性におよぼす潤滑油の影響
個別リングによる摺動試験は 10000 時間を超え,全体的
に接触電圧降下は上昇傾向が見られる.特に 1-リングと 2+
リングが上昇傾向が見られる.
1+リングと 2-リングは接触電圧降下が上昇と下降を繰り
返している状態である.
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とを示した.摺動接触では,金ブラシにおいて合成エステ
ル潤滑油を塗布した場合接触電圧降下が低くなることが確
認できた.これは,摺動により接点部の皮膜が薄くなりト
ンネル効果 2)によって通電したためと考えられる.
4.1.2
接触荷重と接触電圧降下特性(V-L 特性試験)
金ブラシ・銅ブラシ共に接触荷重の増加にともない,接
触電圧降下が低くなる傾向を示した.この要因として,ブ
ラシとスリップリング間に介在した潤滑油が荷重の増加に
図 13
1+ring 接触電圧降下特性(11000 時間)
より接触点から排出され,潤滑油の皮膜抵抗
2)が減尐した
ためである.とくに低荷重(5N 以下)の範囲では非線形の特
性を持つことがわかった.導電性グリースでは潤滑油中の
導電性ポリマーの働きにより,荷重を増加させても接触電
圧降下に変化がないことが確認できた.
4.2
長時間摺動における金属ブラシと金属スリップ
リングの接触通電におよぼす潤滑油の影響
長時間摺動実験において,接触電圧降下特性から潤滑油
が尐量介在する場合は接触電圧降下が 30mV と低く,電圧
図 14
1-ring 接触電圧降下特性(11000 時間)
変動幅も小さい.しかし摩擦が増加したことで摩耗粉が見
られた.なお,潤滑油が多く介在する場合は接触電圧降下・
電圧変動幅も 80mV と高いが,摩擦が小さく,摩耗粉も尐
量であることが確認できた.これらの接触電圧降下の上昇
原因として,潤滑油の劣化によるものと考えられる.潤滑
油の劣化により,潤滑油の粘度が変化し,リングとブラシ
間の膜厚が増加し,
接触電圧降下が上昇したと考えられる.
このことから,
潤滑油の劣化によりその粘度が高くなり,
ブラシとリング間の膜厚が増加し,トンネル抵抗が高くな
図 15
2+ring
接触電圧降下特性(11000 時間)
った結果,接触電圧降下が上昇したと考察する.
5
まとめ
以上のことから,接触電圧降下特性に及ぼす潤滑油の影
響として,潤滑油を塗布した場合は接触電圧降下が高くな
る.また,静止時では,導電性グリースの接触電圧降下が
最も低いが,摺動時では合成エステル油の接触電圧降下が
最低値となった.長時間摺動実験においては潤滑油の劣化
が接触電圧降下に大きく影響していることを明らかにした.
図 16
2-ring 接触電圧降下特性(11000 時間)
参考文献
検討・考察
4
4.1
1)一木利信:
“電機用ブラシの理論と実際”
,コロナ社(1978)
(p197~199)
静止・摺動時における金属ブラシと金属スリップ
2)土屋 金弥:
“電気接点技術”
,総合電子出版社, (1980)
リングの接触通電におよぼす潤滑油の影響
4.1.1
電流値と接触電圧降下特性(V-I 特性試験)
指導教授
金ブラシ・銅ブラシ共に合成エステル潤滑油を塗布した
際に静止接触の接触電圧降下が潤滑油なしと比較して高く
なった.これは,ブラシとスリップリング間に潤滑油が介
審査委員(主査)
准教授
審査委員(副査)
教授
青柳 稔
審査委員(副査)
教授
吉田 清
審査委員(副査)
在し,通電時の接触抵抗が増加したためである.また,導
電性グリースを塗布した場合,グリース中の導電性ポリマ
ーが通電の手助けをしたことで接触電圧降下が低くなるこ
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上野 貴博
澤 孝一郎