[アイディ英文教室連載コラム] 『どこが間違っているのかな?!』 第 7 回『キス・キス』(開高健訳) 形容詞編 2015 年 9 月号 そのⅠ 柴田耕太郎 10 年かけてロアルド・ダールの短編集(The Collected Short Stories)を点検し終わった。 一字一句精読し、市販訳(早川書房版)と比べてゆくのである。 このシリーズは開高健、田村隆一などの名手が翻訳しているのだが、若い頃読んでいて 読みづらいと思った。やはり誤訳・悪訳がボロボロ。 でも興味を覚えた。一応の英語使いが間違える箇所なら、一般の英語学習者にとっても 苦手な箇所のはずだ。ならばそれを列挙し説明をつけ学習者に裨益しようと、当欄の姉妹 コラム「誤訳に学ぶ英文法」(アイディのホームページにあり)で連載してきた。 このコラムでは、それを作品集別、品詞別に分類し、誰もがつまづきそうな箇所でそう 複雑でないものを選んで解説してゆく。5 作品集×12 品詞として計 60 回。5 年かかるだろ うが、辛抱強く読んでゆけば、実力向上疑いなし。パズルを解くように楽しんでいただけ れば幸いです。 ①『女主人』より 原文と市販訳: ‘They sound somehow familiar’ he said. ‘They do? How interesting.’ 「何か聞いたことのある名前ですね」と彼はいった。 「そうお?それはすばらしいわ」 背景: 素人下宿を求める青年と、その女主人のやりとり。青年は宿帳にある名前が、何か事件と かかわりあいがあったような気がして、女主人に尋ねる。 ヒント: interest の基の意味を考える。 解説: interesting は、他動詞の現在分詞形の形容詞で「人に興味を起こさせる」の意味。この「人」 とは自分も含まれるわけだから、 「あなたの言ったことは何とわたしに興味を起こさせるこ とか」。do は代動詞(=sound) 修正訳: 直訳「そう聞こえます?興味深いことね」 意訳「あら、どうしてかしら」 ②『ウィリアムとメアリイ』より 原文と市販訳(1): … , every now and then a pair of eyes would glance up from the book and settle on her, watchful, but strangely impersonal, as if calculating something. 「・・・、ときたま二つの眼が書物から、油断なく、けれど何かを計算するかのように、 異常なほど無関心にそそがれるのだった。 」 背景: オックスフォード大学哲学教授の夫をもつメアリイは、その夫の冷たい視線がいつも気に なる。 ヒント: 英語の形容詞は意味範囲が広い。日本語ならどう言うかじっくり考えないと、作者の言わ んとするところとずれてしまう。 解説: impersonal は「非人間的に」。無関心なのでなく、感情を殺している、その様が異常に思え るのだ。 修正訳: おそろしく無機的に 原文と市販訳(2): …provided, of course, that a supply of properly oxygenated blood could be maintained. 「それも酸化した血液の補給が維持できればのばあいだがね」 背景: 脳だけを生き永らえさせる実験について医師が説明している。 ヒント: 「酸化した」ら錆びてはしまわないか・・・ 解説: 「酸化した」では、物が悪くなってみたいだ(その場合 oxide, oxidized を使うだろう) 。こ こは「酸素をきちんと供給された血液」のこと。 修正訳: 血液への酸素の供給がきちんと 原文と市販訳(3): ‘Like hell, you wouldn’t,’ I said. ‘You’d be out cold, I promise you that, William. …’ 「まさかそんな」と私はいった。 「いや、きみは完全に冷たくなっているんだ、ほんとうだよ、ウィリアム。・・・」 背景: 脳を生きながらえさせる実験説明の続き。 ヒント: out は副詞、cold は形容詞だが意味に注意。 解説: この形容詞 cold は「死んだ」の意味。副詞 out は強調で「すっかり」。 修正訳: 完全に死んでいるんだ。 原文と市販訳(4): ‘Isn’t he sweet?’ she cried, looking up at Landy with big bright eyes. ‘Isn’t he heaven? I just can’t wait to get him home.’ 「かわいいんじゃありません?」彼女は、大きな輝く眼でランディを見上げながら、そう 叫んだ。 「かわいらしいでしょう?あたくし、家へ連れて帰りたくてしょうがありませんわ」 背景: 死んだ夫の脳と目玉が洗面器にプカプカ浮かんでいるのを見て、妻が発した言葉。 ヒント: heaven は形容詞。 解説: heaven が、「すばらしい」とか「しあわせ」といった意味で形容詞として使われている反 語(he は、脳髄と目玉だけになっている夫)。この台詞で小説が終るので、オチになるよう なことばが欲しい。 修正訳: あの人って、ステキ ③『天国への登り道』より 原文と市販訳: Assuming (though one cannot be sure) that the husband was guilty, what made his attitude doubly unreasonable was the fact that, with the exception of this one small irrepressible foible, Mrs Foster was and always had been a good and loving wife. 本当にフォスター氏が、こんなことを企んだのだとしたら(これとてはっきり断言できる わけではないが) 、この態度たるや、まさに非難さるべきものだ。というのは、このささい な、不可抗力のやまいが玉にキズで、その他の点では、フォスター夫人はまことに申し分 ない、可愛い奥さんだったからである。 背景: 意地悪な夫に対し、いつも耐えていた妻が反撃に転じる。 ヒント: guilty, unreasonable などに、いつも第一義を充てないこと。loving「愛する」でいいです か? 解説: assuming thay は「…だと仮定して」(=if)。guilty は、この場合「生じたまずい事に対して 責任がある」(⇒非難されて然るべき)の意。つまり、「本当にわざと意地悪していること」。 doubly は「一層」、unreasonable は「不当な、不合理な」 。loving は、他動詞の現在分詞形 の形容詞「人を愛する」(この場合、人とは夫のこと)。さらにそれが形容詞化した「愛情に 満ちた」 。 修正訳: 全体の直訳「(確かとは言い切れないが)夫に責任があると仮定して、その夫の態度を一層不 当にしたものは、このささいな抑制できない欠点の例外はあるが、フォスター夫人はその 時も、それまでもずっと良き愛情あふれる妻であったことだ。」 全体の意訳「どうも夫は確信犯であるように思えるのだが、このささいな欠点はあるにせ よ、フォスター夫人は申し分ない妻であることが、夫の分をさらに悪くする」
© Copyright 2024 Paperzz