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平成 24 年度 工業と技術者 第 11~12 回 講義内容(H24.12.10,H24.12.17)
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11. 技術者倫理
参考書 藤本 温,川下智幸,下野次男,南部幸久,福田孝之「技術者倫理の世界」森北出版(2002)
11.1 技術者の立場と技術者倫理
技術者 ・・・ 多くは被雇用者
↳ 公衆の利益を考える責任 ← 会社の利益と反する場合も
判断に迷うとき・・・正解は無い → 決断の必要性
↑
倫理 ethics
技術者倫理
公衆に対して重大な弊害が生じないように,あらかじめ予防を行うにはどうしたらよいか,会
社の中でどのようなシステムを作っておくならば,重大な事故や過失を防げるかを研究
事例 1: スペースシャトル「チャレンジャー」の問題(配布資料)
技術者倫理の視点(主要なもの。全てではない)
・個人の問題
高度の専門性を持った個人としての立場と責任
・組織の問題
問題を回避するシステムが備わっているか?← 組織の圧力の問題(~企業倫理)
・安全工学,リスク評価の問題
フールプルーフ
フェイルセーフ → 冗長性・・・一つ壊れても次がある
ex. 飛行機のエンジンが一つ故障しても飛行可能
11.2 厳密ではない学としての技術者倫理
アリストテレスの学問分類
厳密な学
・・・ 数学,自然学(物理学),自然学
厳密ではない学・・・ 倫理学,政治学,技術の関する学
(複雑な学)
⇓
工学も倫理も複雑な学
何れも何重にも制約受ける
技術者倫理はそれ以上に複雑
11.3 倫理とはなにか?
倫理 ethics ≈ 道徳 moral
倫理 ・・・ 個人的意見ではない
共同体ないし社会における価値を反映
倫理・・・ 悪人を善人にするノウハウではない
倫理教育の対象者を悪人としているわけではない
善人だから倫理は必要ないということはない
11.4 法と倫理,倫理綱領など
倫理に固有な
ところは外側
法 ・・・ 明文化
倫理
部分
法
道徳
倫理 ・・・ 非明文化
↓
技術者倫理の世界では
倫理規定 などがある ← 学会など
倫理綱領
資料:応用物理学会,原子力学会
倫理綱領の意味に対する様々な考え方
・プロであるという意識を高める
↳ 制度的に高い倫理性が義務づけられている医師,弁護士,建築士などに比べて技術者は制度
的に認められていない
・社会に対する責任
↳ 社会契約的な意味・・・ 学会 ←→ 社会
平成 24 年度 工業と技術者 第 11~12 回 講義内容(H24.12.10,H24.12.17)
・技術者が自らどのように専門職として行動するかを規定
↳ 専門職間の取り決め
・行動指針を示す
・緩いガイドラインを与え,個々のケースは個人の判断に任せる
―― 倫理を「強制」ではなく,「推進」することが目的
11.5 専門職としての技術者の立場と倫理
専門職・・・公衆の健康,安全が脅かされていることに誰よりも早く気づく可能性
⇓
事例 3 参照
「技術者は公衆の福利に関する義務を最優先に考慮する」
= NSPE (全米プロフェッショナル・エンジニア協会)規定
雇用主 どちらに対して倫理的にすべきか?
公衆
―― 心の中では葛藤
基本的には個人の責任となる ← 法人の犯罪能力を認めていない
法人の責任・・・個人と違って動機ではなく行動に責任があると言われている
11.6 専門家と素人の関わり ← 医療
パターナリズム・・・ 相手にとって良いことをあたかも親であることにように他者が判断
インフォーム・ドコンセント・・・ 説明と同意
パターナリズム・・・独善的になりやすい(時には人を見下す,バカにする)
弱いパターナリズム ・・・ 時には必要 = 相手を保護する
強いパターナリズム
ex. 原発広報
反対派
無知
と考える
住民
反対の為の反対
⇒ 安全を強調しておけば良いとの立場
-(現在)→ 本当の情報の公開の必要性の認識
医療分野におけるインフォームド・コンセント
←→ 説明責任,情報公開
医師 ・・・ 直接患者と対峙
技術者・・・ 日常的に受益者と関係を持つことはほとんどない
パターナリズムに陥らないため
← 公衆の安全+説明責任,情報公開
10.7 倫理と安全性
安全性と受け入れ可能なリスク
安全 ≠ 危険 0
いかにしてリスクを低減するか―― 説明責任
安全 = 許容しえないリスクが存在しないこと(危険が最も低い状態のこと)
事故の原因となった人への道徳的責任の追及
・業務過誤モデル(malpractice model)
専門職はその専門業の標準的な運用手順に従う義務 (裏マニュアルなどは非難の対象)
・合理的注意モデル(reasonable care model)
「正常で慎重な非専門家が心に描くような合理性の基準」
→ これによる「正当な注意」に欠ける・・・ 非難の対象
cf. ハインリッヒの法則
重大事故 1:軽微な事故 29:ヒヤリハット 300
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事故 ← 熟練,高度な注意によって保たれる安全
・・・ 本当の意味で安全とはいえない
⇒ フェイルセーフ ・・・ これも絶対安全とは言えない
フールプルーフ
・安全装置によるリスク低減
← 失敗から学ぶ
・確率,統計学に根拠をおく安全対策
・・・ 未知の事故への対処,小さな確率で発生する突発事故
・安全であれば何をやってもよいのか?
リスクトレードオフ
トレードオフ ―― 同時達成不能な要因のかねあいをはかること
リスクの受容に対する「合意」の形成
リスク ・・・ 引き受ける
危険 ・・・ 避ける,取り除く
10.8 倫理の三理論と功利主義
徳倫理学
倫理の三理論
義務倫理学
功利主義 ・・・ ここでは主としてこの立場をとる
行為者
倫理問題 行為
の 3 つのレベルで分析できる
結果
○ 功利主義 utilitarianism (帰納主義 consequentialism)
・・・ 結果による判断
正しい行為 = 「最大多数の最大幸福」の実現を目指す
cf. 費用便益計算との違い
↳ 企業の立場だけを考慮して行われる。利益を追求
結果で判断 ex. CO2 排出量取引など
功利主義の優れた点・・・「解決」を優先していて「効果的」
PL 法 ―― 功利主義と同様結果で判断
「過失責任」(従来) → 「結果責任」
(PL 法)
過失主義-(移行)→ 厳格主義 = 製造物の欠陥を基本とする賠償責任
← 過失主義では被害者の救済困難
ex. カネミ油症事件(1962)
(米ぬか油に PCB 混入したための大規模中毒事件)
・・・ 和解までに 17 年を要した ← 当初は過失責任を問われた
⇒ PL 法では,過失ではなく欠陥を基本とする賠償責任
製造上の欠陥
製品の欠陥 設計上の欠陥
指示・警告上の欠陥
○ 義務倫理学
・・・ 結果によって行為を評価することを否定
動機が大切
義務感 ・・・ 自律が大切
普遍化しても矛盾が生じない格律 = 道徳法則
○ 徳倫理学
・・・ 「中庸」の理論
徳 = 優れた性質
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10.9 内部告発
会社の利益 ←――→ 公衆の安全
利害相反
(現実には,広い意味/長い目で見た場合 公衆の安全を脅かすことは会社の不利益)
事例 4: ギルベインゴールド
技術者が問題を指摘して,上司に報告したがストップをかけられた場合の対応
① 何もしない
② 会社を辞める
③ 会社の(短期的)利益に反しない代替案を考える 通常はこれらを考える
④ 社内の友人に相談
⑤ 上司に相談
⑥ 社内のトップに相談
⑦ 監督官庁などに密告する ・・・ まともに取り上げてもらえない可能性がある
⑧ 内部告発する ・・・ 自分が犠牲になる可能性大(解雇,嫌がらせなど)
(①,⑧は両極端。中間の可能性を考える)
技術者としての責務
Ⓐ 社員として会社の利益を推進する義務
Ⓑ 自分自身の経歴を守り,向上させる義務
Ⓒ 監督官庁などに対して正直である義務
Ⓓ 技術者として公衆の安全を保護する義務
→ これらをよく考えて対処する必要がある
① 内的 ←→ 外的
内部告発の種類 ② 個人的 ←→ 非個人的
③ 政府部門 ←→ 非政府部門
技術者倫理の扱うもの
・・・ 非政府部門での非個人的,外的内部告発
内部告発の条件
1. 一般大衆への被害が及ぶか?
これらがみたされれば 全てが満たされる
2. 上司へ報告したか?
道徳的に許される
場合義務となる
3. 内部的に可能な手段を試みつくしたか?
(ディジョージ)
4. 自分が正しいことの証拠はあるのか?
5. リスクを考慮したか? 成功の可能性はあるのか?
自分がそのような状況に陥った時の行動の目安(ディジョージによる)
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ンドに言うには,
「君は,技術者の帽子を脱いで,
I. 事例
参考書:日本技術士協会訳編「科学技術者の倫理
経営者の帽子をかぶりたまえ」.先刻の打上げ中
-その考え方と事例-」丸善(1998)
止の勧告は,逆転されたのである.
ボイジョリーは,この技術者の勧告の逆転に,
事例 1:スペースシャトルチャレンジャー号惨事
激しく動転した.人間として,疑いもなく,宇宙
1986 年 1 月 27 日の夜,モートン・チオコー
飛行士たちの安全を気遣った.死と破壊を引き起
ル社の技術者,ロジャー・ポイジョーは,非常事
こすようなこと の一員でありたくなかった.
態に直面した.スペースセンターは,翌朝の打上
しかしながら,これにはそれ以上のことが関わ
げに向けて秒読みを始めていた.しかしながら,
っていた,ロジャー・ボイジョリーは,気遣う市
スペースセンターとのテレビ会議で,彼の上司ロ
民というだけではすまない.彼は,技術者であっ
..
バート・ルンドは,打上げに反対する技術者たち
た.O リングが信頼するに足りないことは,専門
.
の勧告を伝えたのである.この勧告は,O リング
職としての技術業の判断であった.彼は,公衆の
の低温でのシール性能についての技術者たちの
健康と安全を守る専門職の責務があり,そして明
懸念にもとづいていた.
らかに,その責務は宇宙飛行士たちにも及ぶと信
...
ロジャー・ボイジョリーは,O リングにともな
じていた.いまや,その専門職
の判断は踏みにじ
う問題を知りすぎるほど知っていた.O リングは
られつつあった.
ブースター・ロケットの各部間のシール機構の部
ジェラルド・メーソンのロバート・ルンドに対
品である.もしその弾性をあまり失うと,シール
する指図に反するが,ロジャー・
ボイジョリー
がうまくいかなくなる.結果は,高熱ガスの漏洩
は,
自分の技術者としての帽子を脱ぐのが適切だ
であり,貯蔵タンク内の燃料への点火であり,そ
とは思わなかった. 技術者としての帽子は誇り
して,破滅的な爆発である.
の源であり,そしてそれは一定の義務をともなっ
技術的な証拠は不完全だが,不吉な前兆を示し
.........
ていた.彼は思うに,1 人の技術者として自分の
ている.すなわち,温度と弾性の間に相関関係が
最良の技術的判断をし,宇宙飛行士 を含む公衆
あるのである.比較的高い温度でもシール周辺で
の安全を守る責務がある.それゆえに,チオコー
いくらかの漏れはあるが,過去最悪の漏れは
ル社の経営陣に,低温での問題点を指摘して,打
53F(11.7℃)で起きていた.打上げ時の予想大
上げ中止勧告を逆転する決定に,最後の異議申立
気温度の 26F(マイナス 3.3℃)では,O リング
てを試みた.最初の打上げ中止勧告に戻るよう,
の温度は 29F(マイナス 1.7℃)と推定された.
気も狂わんばかりに経営陣の説得に努めたが,無
これは,以前のどの飛行の打上げ時の温度よりも
視された.チオコール社の経営者は,最初の打上
ずっと低い.
げ中止勧告の決定を逆転したのであった.
いま,スペースセンターとのテレビ会議は,一
翌日チャレンジャー号は,発射後 73 秒で爆発
時的に中止されたままである.NASA は,チオコ
し,6 人の宇宙飛行士と高校教師クリスタ・マコ
ール社の打上げ中止勧告に疑問を呈し,チオコー
ーリフの命を奪った.痛ましい人命の損失に加え
ル社が,技術者と経営者による再検討のために.
て,この惨事は 何百万ドル相当の装置を破壊し,
テレビ会議の中止を要請したのである.スペース
そしてまた,NASA の評判を劇的に落とした.ボ
センターは,チオコール社の承認なしには飛行を
イジョリーは惨事を防ぐことには失敗したが,自
決定したくないし,チオコール社の経営者は,技
分の専門職の責任は,自分が理解していたように,
術者たちの同意のない勧告は出したくない.
実行していた.
チオコール社の上級副社長ジュラルド・メーソ
ンは,NASA が飛行を計画どおり成功させたがっ
事例 2: フォード社のピント
ているのを知っていた.また,チオコール社が
1960 年代後半,フォード社が設計した コンパ
NASA との新しい契約を必要とし,打上げに反対
クト車ピントは,重量 900 キロ未満,価格 2,000
する勧告がその契約獲得の見込みを大きくする
ドル未満で販売するものであった.外国製のコン
はずのないことも知っていた.結局,メーソンは,
パクト車との競争を目指して,フォード社は 2
その技術データが決定的なものではないことに
年弱でこの車を 生産に持ち込んだ(通常の 3 年
気づいた.技術者たちは,飛行が安全でなくなる
半と比べて).この短期間の粋があるので,技術
正確な温度についての確かな数値を提出できな
性よりも スタイルが優先され,そのために技術
いでいた.彼らの拠りどころは温度と弾性の間の
的設計が通常よりも制限された.その結果,ガソ
明らかな相関関係と,O リングの安全性という重
リンタンクの最適位置は後部車軸とバンパーの
大な争点には保守的になる傾向である.
間と決定された.差動歯車ハウジングのボルトの
スペースセンターとのテレビ会議は間もなく
頭が露出していて,後ろからの衝撃でタンクがそ
再開されるはずで,そこで決定されなければなら
れに向かって動いた場合に,タンクに穴をあける
なかった.ジェラルド・メーソンがロバート・ル
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ことがありえた.
よっている:
法廷でその衝突試験がつぎのように説明され
<要素>
1971 年費用
た:
将来の生産性損失
これらの原型は,2 台の生産ピント車とと
直接
$132,000
もに,フォード社で衝突試験がなされ,とり
間接
41,300
わけ後部の事故における燃料システムの完
医療費
全性を判定するようにした……原型は後面
病院
700
から時速 21 マイル(33.8 キロ)で移動障壁
その他
425
(=ムービング・バリア)がぶつかると,タン
財産損失
1,500
クが前方に動かされ,そこに穴があき,燃料
保険管理
4,700
漏れを生じた……1 台の生産ピント車は,時
法的および裁判所
3,000
速 21 マイルでの固定障壁(=固定バリア)へ
雇用者損失
1,000
の衝突試験によって,タンクの燃料注入口が
犠牲者の苦痛
10,000
もげ,差動歯車ハウジングのボルトの頭によ
葬儀
900
ってタンクに穴があいた.少なくても 1 回の
資産(失われた消費) 5,000
試験では,漏れた燃料がドライバー席に入っ
その他事故費用
200
てきた.
合計/死亡者
$200,725
フォード社はまた,タンク内にゴム製の隔膜
(bladder)を装着した場合,およびタンクを後部車
フォード社が,技術的設計における安全改良をす
軸の後ろではなく上に置いた場合について,後面
べきかどうかを決めるについて,上のような数値
衝撃試験をした.この両方とも時速 21 マイルの
を用いることの妥当性を討論せよ.もし君たちが
後面衝撃試験に合格した.
それが妥当でないとおもうなら,代案として何を
連邦政府はガソリンタンク設計への規制の強
提案するか?
化を推進していたのだが,ピント車はその時点で
適用可能なすべての連邦安全基準に明らかに適
事例 3: 公共の福利
合していた.J.C.エコルドは,フォード社の
(藤本温 他著「技術者倫理の世界」森北出版
(2002) p.38)
自動車安全デイレクターであって,「衝突による
燃料漏れと火災にともなう死亡者」と題する研究
XYZ 社は,製造廃棄物を廃液処理施設に放出
を発表した.この研究の主張によれば,その設計
する許可を得るために 60 日以内に届けを出すよ
を改善する費用(1 台 11 ドル)は,その社会的
うに州の公害防止局から通告された.また,XYZ
な受益を上回るという.その報告の注記 に述べ
社は,適合しなければならない最小限の基準につ
られた費用と受益は,つぎのとおり である.
いても通告されている.
<受益>
当局の信頼を得る努力として,廃液処理施設が
節約
熱傷死者
180
製造廃棄物を受け入れた後であっても,なお定め
熱量傷者
180
られた環境基準に合格することを示すために,会
車両炎上
2,100
社は技術者ジョン・ドウをコンサルティング・エ
単位費用 $200,000/死亡者
ンジニアとしてのサービスをさせ,詳細なレポー
$67,000/負傷者
トを提出させるために雇った.
$700/車両
ドウは調査完了の後,書類としての報告を完成
合計受益 180×$200,000+180×$67,000
する以前に,プラントからの排出物が排水処理施
+2,100×$700
設の水質を,定められた基準よりも悪くするであ
=49.15 百万ドル
ろうとのことを結論づけていた.ドウは彼の調査
<費用>
の結果を口頭で,XYZ 社に通知した.そうする
販売
乗用車
1,100 万台
と,会社はドウが実施したサービスの対価を全額
軽トラック
150 万台
支払ってドウとの契約を終了させ,文書化した報
単位費用 $11/乗用車
告書を会社に提出しないように指示した.
$11/軽トラック
その後,ドウは当局が公聴会を開催したこと,
合計費用 11,000,000×$11+1,500,000×$11
および XYZ 社が現在の排出物が最低基準を満た
=137 百万ドル
しているとの見解を示すデータを報告したこと
死亡者,負傷者,および損害車両の数の推定は,
を知った.
統計的研究による.人間の生命の損失$200,000
ドルは,全米高速道路交通 安全管理局の研究に
事例 4: ギルペイン・ゴールド
よるもので,死亡者の社会的損失はつぎの計算に
登場人物:フィル・ポート,環境業務管理してい
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るマネジャー;デビッド・ジャクソン,技術者で
君はそれを知っているね.その試験は感度が十分
あってフィル・ポートの下で働いている;トム・
でなく,そのレベルを正確に反映していな
リチャーズ, 環境技術コンサルタントであって
い・・・・・・〔ここで,Z コープ社が生産量を 5 倍に
Z コープ 社を解雇された;ウインスロウ・マッ
する契約を結んだことが告げられる.〕
シン,引退した工学教授;ダイアン・コリンズ,
デビッド・ジャクソン:これは重大な問題かも
その地方の工場の副社長,
しれませんよ,フィル.わが社は水処理にかなり
フィル・ポート:われわれは Z コープ社にお
のお金を投資しなければならなくなります.
いて,環境を最優先とします.それだけが,私が
フィル・ポート:それは簡単だよ,デイブ.排
この仕事を進めたいという方向です.われわれは
水に容認されている濃度を超えないように流量
ビジネスを,法に密着して厳格にやります‥‥
を増やすと,必要な濾過がどれほど増えるか,計
デビッド・ジャクソン:私は排水試験から,以
算したまえ.
前より高いレベルのデータを得ていまして,その
デビッド・ジャクソン:しかし,それでもわが
レベルは一定で,市の許容値よりほんの少し高い
社は大量の毒物を排出することになるんです,フ
レベルです……なぜ市はこのことに気がついて
ィル,あなたも知っているでしょう.下流で処理
いないのでしょう?
しきれないほどの量なんです.早速,市役所へ行
フィル・ポート:このデータはちょうど線上に
って,この状況を話し,警戒するよう言えません
あるんだよ.われわれはたぶん限界を超えてはい
か?
ないんだ.
フィル・ポート:もし君が,余分のお金をたく
デビッド・ジャクソン:私はもっと多くの試験
さん使わないでこの問題を解決できるなら,みん
をする必要があると思います.
な別の目で君を見るように なるよ.これは君が
フィル・ポート:われわれには,なんでも二重
輝くチャンスかもしれないよ・・・・
チェックして多くの時間と多くの金を費やす余
ダイアン・コリンズ:わが社はいま市の規制に
裕はない.ここは大学じゃない,デビッド.これ
従っているんですか?
はビジネスなんだ.
フィル・ポート:たてまえとしては,そうで
デビッド・ジャクソン:これらの金属は危ない
す.しかし,予想される生産量の増加で‥‥‥
ビジネスです.われわれがいま話しているのは砒
ダイアン・コリンズ:ギルベイン市の水処理
素と鉛ですよ.
担当者の意見を聞きましたか?そうじゃないで
フィル・ポート:私はこれを 15 年間やってい
しょ.われわれは汚泥の事業をやっていますか?
て,OK のように思えるよ.
いませんね.あなたは,汚泥が安全でないことさ
デビッド・ジャクソン:しかし,私は 市に対
えも知らないのです.私が見たところ,これは市
して最終責任があり,私が署名する データが精
の問題ではなくて,この環境業務部の問題です.
確であることを知る必要があります,いま私が懸
いま私は解決方法を求めます.このことは お金
念するのは,生産のピーク時に,下流で処理でき
を使うことを意味しませんよ,会社は余裕がない
る以上の多量の砒素と鉛を放出していることで
のです.
す.
デビッド・ジャクソン:あなたは少しもわかっ
フィル・ポート:しかし,それは君にはわから
ていませんね,そうでしょ,ダイアン?わが社は
ないよ,このデータは,下流で何が起きているか,
市の下水システムに毒物を捨てているのです.法
われわれに何にも語ってくれない.いいかい,も
律がそれを容認するかどうかはとにかく,毒物の
しわれわれが問題を起こしているなら,下水道担
かなりの量が汚泥のなかに集積して,それが農場
当者から連絡があるはずだ.そうじゃないかい?
主へ渡されるのです.
それが彼らの責任さ.彼らは,われわれのパイプ
ダイアン・コリンズ:いいですか,デイブ,私
から何が出てくるか知らせてくれて,それから先
も野菜を食べる.私は,あなたと同じように,意
は彼らの仕事だよ……
図してだれかに毒物を食わしたりはしませんよ.
トム・リチャーズ:君たちは,重大な 問題に
しかし,貴方はその懸念を立証するデータを持っ
気づいているね.この工場は水処理システムに重
ていません.わが社はいま市の現制を守っていま
金属を捨てていて,それは簡単に処理できないの
すし,市議会が法律を変えるまではそれを続けま
だよ.
す.
フィル・ポート:私はそんな状況だとは思って
デビッド・ジャクソン:私は,わが社は公衆に
いないよ,トム.私が言いたいの は,市の要求
対してもっと広い責任があると思います.
する試験システムからのデータは,受入可能な限
ダイアン・コリンズ:まったくその通りです.
界内にわが社があることを示しているというこ
わが社はこの市に,何千もの仕事とかなりの課税
とだよ.
源を与えています.われわれはコンピュータ・ビ
トム・リチャーズ:その試験には欠陥があって,
ジネスをやっているのです.市は汚泥のビジネス
平成 24 年度 工業と技術者第 11~12 回授業配布事例集および倫理綱領
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をやっているのです.市がそれを危険と考えれば, 8. 会員は、専門家としての自己研鑽に勤めると
販売を中止することもできるのです・・・・・・
ともに、他の技術者・研究者の能力向上を支
デビッド・ジャクソン:ウインスロウ教授,わ
援する。
れわれはここで何を話しているのでしょう?Z
9. 会員は、活動の成果の公開に努める。また、
コープ社に水処理システムを改善するよう強制
研究ならびに技術活動の中で、安全に関わる
しても,破産はしませんよ.
社会的に影響の大きな事柄が生じたときはこ
ウインスロウ・マッシン:われわれはだれに賛
れを速やかに公開する。
成する決定をするのかね?
デビッド・ジャクソン: これは会社の過失で
2. 原子力学会倫理規程
しょうか,法がこの大量の毒物を容認するなら?
2005 年 11 月 25 日第 477 回理事会改訂承認
トム・リチャーズ:法律に欠陥があるんだよ.
我々日本原子力学会会員は、原子力技術が人類
ウインスロウ・マッシン:それはわれわれの責
に著しい利益をもたらすだけでなく、大きな災禍
任ではない.市の責任だ.
をも招く可能性があることを深く認識する。その
トム・リチャーズ:君はこの件で君の良心に従
上に立って原子力の平和利用に直接携わること
って行動している.つまり,人々が害されるかも
ができる誇りと使命感を抱き、原子力による人類
しれず,君はそういう人といっしょに生きて行か
の福祉と持続的発展ならびに地域と地球の環境
ねばならないということだ.
保全への貢献を強く希求する。
ウインスロウ・マッシン:もし君が公表すれば,
日本原子力学会会員は原子力の研究、開発、利
仕事を失うことは確実だろうよ.トム,ずっと遡
用および教育に取り組むにあたり、公開の原則の
って考えてみても,君 には賛成しないな,私は
もとに、自ら知識・技能の研鑚を積み、自己の職
デビッドが公表すべきだとは思わないよ.
務と行為に誇りと責任を持つとともに常に自ら
を省み、社会との調和を図るよう努め、法令・規
則を遵守し、安全を確保する。
II. 倫理綱領,倫理規定
1. 応用物理学会「倫理綱領」
これらの理念を実践するため、我々日本原子力
応用物理学会会員は、自然科学を研究し発展さ
学会会員は、その心構えと言行の規範をここに制
せると同時に、物理学、化学等の自然科学の概念、
定する。
手法、手段を駆使して、革新的技術の開発や新し
憲章
い材料を創製する応用物理学分野での活動を通
1.会員は、原子力の平和利用に徹し、人類の直
じて、社会の発展に貢献することを責務としてい
面する諸課題の解決に努める。
る。会員は、自らの責務の重要性と社会への影響
2.会員は、公衆の安全を全てに優先させてその
の大きさとを認識し、専門家として、同時に責任
職務を遂行し、自らの行動を通じて社会の信
ある個人として、本綱領を遵守する。
頼を得るよう努力する。
1. 会員は、応用物理学分野での活動を通して社
3.会員は、自らの専門能力の向上を図り、あわ
会の発展に貢献する。
せて関係者の専門能力も向上するように努
2. 会員は、取り扱う技術や材料が地球環境に悪
める。
影響を与える可能性があることと、技術的錯
4.会員は、自らの能力の把握に努め、その能力
誤が人の安全と健康ならびに社会システムの
を超えた業務を行うことに起因して社会に
安全性に影響することを認識して、良心に従
重大な危害を及ぼすことがないよう行動す
って研究ならびに技術活動を行い、技術の安
る。
全性と技術への信頼を確保する。
5.会員は、自らの有する情報の正しさを確認す
3. 会員は、すべての人に対して、人種・国籍・
るよう心掛け、公開を旨とし説明責任を果た
宗教・職業・性別・年齢・障害などに囚われ
し、社会的信頼を得るように努める。
ることなく、公平かつ真摯に対応する。
6.会員は、事実を尊重し、公平・公正な態度で
4. 会員は、職務及び日常生活において、プライ
自ら判断を下す。
バシーの保護、人権の尊重、公私のけじめな
7. 会員は、あらゆる法や社会の規範に抵触し
ど、社会人としての規範を遵守する。
ない範囲で、自らの業務に係る契約を尊重し
5. 会員は、真摯に研究ならびに技術活動を行い、
て誠実に行動する。
得られる結果に誠実に対応する。
8.会員は、原子力業務に従事することに誇りを
6. 会員は、他者の研究ならびに技術活動の成果
持ち、その業務の社会的な評価を高めるよう
を尊重するとともに、正当に評価し、建設的
努力する。
に批判する。
7. 会員は、著作権・特許等の知的財産権を尊重
する。