技術だ。ともかく、人々というのは化学なんかよりももっと興 ブラッドフィールドのギャング 味深いものだ。だろう?」 私は彼に同意した。すぐに私たちは、コートをとり、ステッ ヒュー・アシュトン 著 キを持ち外に出た。10 月の暖かい日だった。気が付くとリージ ェント・ストリートの人混みにいた。通りは、仕事の行き帰り や買い物をする人々であふれていた。ホームズは歩きながら、 注記 目に付く男女について話し続けた。人々の些細なことでも目に この話は、100 年前ロンドンに住んでいた著名な探偵、シャー 留めることは彼の習慣であり、この些細なことから、その人た ロック・ホームズの友人であるドクター・ワトソンの手による ちについての重要な事実を多く解き明かすことができた。 ものである。銀行で見つかった箱に入っており、ある友人によ 「そこの男性を見るんだ」そう言って、私たちの近くにいる って、ロンドンから著者に送られてきた。ドクター・ワトソン 若い男性を指差した。 「そこにいる勤め人、若い女性を待ってい がダンスパーティでアイルランド人の女性に興味を持ったこと る」 からして、初期の事件と思われる。のちのホームズの物語では、 ホームズから学んだ方法を使って見た。自分で分かったこと ワトソンが結婚している。そのことが理由で、ここで書いてい は、彼が言及したその男は、時間の大半を机に向かって過ごし る風には、この女性について書いていなかったのであろう。 ている人間だということ。腕に服の跡がついていることからし このエピソードは未発表であり、しかも初稿、手書きの悪筆 て、書き物を多くしている。手に花を抱えている。周囲に目を である(ジョン・ワトソン氏は医者であり、医者というのはし 配っていたので、おそらく女友達以上の誰かを待っているのは ばしば悪筆である)。紙は大変古く今や変色していた。 明らかだった。これらのことは確実だろうと思っていた。とい うのは、ホームズが以前私に教えてくれたことだったからだ。 時計を失くす ここでの私の考えは正しかった。ホームズにこの考えを話すと ホームズとのこの事件は、とても奇妙に始まった。この私の それは正しいと言ったので、私はうれしかった。 友人には、必要とし、なお且つ欲していた仕事が得られていな 「我々の前にいる、小さな子供連れの女性はどう思う?」彼 かった。何もすることがなく退屈しており、彼と同じ部屋で過 は訊いた。その女性は、小さなかわいらしい少年の手をひいて ごすことはとても困難だった。彼は何時間も座ったままのこと いる。少年は 4 歳かそこらだろう。二人は、リージェント・ス がよくあり、ヴァイオリンを一般的なやり方で弾かずただ楽器 トリートの、おもちゃを売っている有名な店のウィンドウに見 を弄び、いわゆる音楽ではなく騒音で、私は聞き苦しかった。 入っている。彼女は高価な、流行の最先端の洋服を身に着け、 化学実験で忙しくしているときもあった。この実験で、ひど 子供もとても高品質な服を着ていた。 い臭いと煙が立ち込め、部屋にいるのは苦しかった。しばしば 「興味深いケースだ」彼は言った。二人は振り返って、私た 私は窓を開けて、臭いと煙を外へ出し、新鮮な空気を入れた。 ちから遠ざかるように通りを歩き始めた。「とても興味深い」 ビンが割れて、床に茶色いしみが広がることもあった。このベ 私たちが、目の前で二人を見ていたとき、女性は、少しよろ イカー街 221B の部屋を所有するハドスン夫人はこれが不快だっ めいたようだった。たぶん、誰かに押されたようだったが、人 たが、彼女は忍耐強い女性でホームズや私を居させてくれてい 混みの中で見るのは難しかった。彼女は少年に倒れ込み、さら る。もちろん、部屋の損害に対して彼は弁償した。 に少年が歩道から車道へと倒れ込んだ。乗合馬車が速いスピー ある日、ホームズが実験をしている最中に、ビンを割ってし ドで近づいてきており、何もしなければ、彼がその馬車の下に まい、大きな音とかなりひどい臭いがした。 落ちて死んでしまうように私には思えた。 「もし神を信じるなら」彼は言った。 「神はきっと、できる限 その子供の危険な状況が分かったとき、その女性に叫んだ。 り速やかにこの実験を止めよとおっしゃっているのではないか。 「気を付けて! お子さんが車道にいます! 助けます」私は やるたびに失敗している」 車道でその子に走り寄って、彼を抱きかかえた。できる限り早 私は窓を開け、割れたグラスを掃除するのを手伝った。 く、大きな 2 頭立ての乗合馬車のレーンから彼を引きずり出し 「これを終えたら、外出して別の科学を試そうじゃないか」 た。大きな車体が私のすぐそばを通り過ぎた。そのとき馬の体 「何の科学のこと?」私は訊いた。 温や臭いが感じられるほどの近さだった。少年は、女性が私の 「もちろん、人々を観察し、彼らがどういう人で何をしてい 方に来るときには泣いていた。彼女は私の腕から少年を受け止 るのかを解き明かすのだ。探偵という私の仕事では一番有益な ブラッドフィールドのギャング The Bradfield Push め自分の腕で抱いた。 1 「ありがとうございます。ありがとうございます」彼女は私 ていた。 に叫んだ。「この子を救ってくれました。私のかわいい坊やを」 「何時だね?」お気に入りの椅子に座って、彼が訊いた。 私は、できることをしたまで、と言い、彼女はまだ泣いてい 無意識にポケットに手をやり、私はチェーンを出した、ない、 る少年を抱いていた。彼を安心させ、泣き止ませようとした。 「助 もちろん、その先には時計などない。 「盗まれたんだよ」私は言 けることができてよかったですよ」私は彼女に言い、私も彼を った。 「誰にやられたのか分からないんだ。チェーンは切られて 安心させようとした。数分後、子供は泣き止んだ。 いる。誰かが盗んだというのは疑いようがないのだけど」 「もう落ち着いたようです」女性は私に言った。 私は、時計を失くしたことに関して、ホームズが何か気休め 「奥さん、私は医者です。医者としての意見ですが、お子さん になるようなことを言ってくれるのかと期待したが、顔に笑み は、こんなことがあっては具合が悪いはずです。できる限り早 を浮かべていた。 く病院に連れて行かれてはどうでしょうか。馬車をお呼びして 「笑いごとじゃないよ」私は言った。 「高価な時計だったんだ。 差し上げましょうか、もし何か乗り物をお待ちでなければです それにこんな形で失くすなんて非常に残念だよ。時計のチェー が、もちろん」 ンが切られているんだよ」 「そうしていただけると大変ありがたいです」彼女は答えた。 「ああ見たよ」彼は言った。 「一部始終を見たんだ」 「どうか馬車を呼んでください」 「なんだって?」私は叫んだ。 「君は、僕の時計が盗られるの 私は車道に降りて、手を挙げた。馬車が近くで止まり、私は を見ていて、何もしなかったのか?」 少年を中に乗せた。ホームズと私は女性が乗り込むのを助け、 「何もしなかったとは言ってない」静かに答えた。 「ここを見 馬車は出発した。 て」自分のポケットに手を入れて閉じたまま手を出した。私の 馬車が去った後、ホームズは静かな声で言った。 「一度、ベイ 目の前に手を持ってきて掌を開くと、そこには私の時計があっ カー街に戻ってくれ。後で合流する。質問はなしだ。さあ行く た。 んだ」彼は自分で馬車を呼び飛び乗った。杖で馬車の天井を小 「なぜ!」私は叫んだ。彼の行動には完全に驚かされた。 「ど 突き、御者にいくつか指示をしたが、私には聞こえなかった。 こで見つけたんだい? 通りに立ち尽くしていたが、時間を確認してから、帰路につこ 「僕は、君から時計を盗んだ人物から盗ったんだ。彼女が君 うと思った。時計を取り出した。正確には、チェーンを取り出 から盗んだ同じやり方で」 したが、その先にあるはずの時計がなかった。いったいどこに いったんだ? どうやって?」 「彼女?」私は言った。 「それは、本気で言ってるのかい? 僕 なくしたことが分かって、怒るどころではなか から時計を盗んだのは女性だって?」 った。高価なものだったし、除隊のときに友人からもらったも 「そう。車道に落ちた子供と一緒にいた女性だ。君が子供を のだった。私の名前と大事な日付がいくつか刻まれていて、私 彼女に戻して泣き止む間に彼女は盗んだんだ。はさみを持って にはとても意味あるものなのだ。どのように時計を失くしたの いて、チェーンを切り慣れていた」 か、落ちてしまったのかとチェーンの先を見た。驚いたことに、 「驚いたよ、ホームズ」私は言った。 「なぜ? 彼女は裕福な チェーンの先は切られており、壊れたわけではなかった。事故 女性に見えた。なぜそのような人が時計を欲しがる?」私は少 の結果、落ちたのでもなかった。盗まれたのだと悟り、怒りが し考えた。 「どうやって君はスリの技を学んだんだ? こみあげてきた。明らかにスリの手にかかってしまったのだ。 やり方を教えたんだ?」 誰がその 私は、ほかのもの――金銭などだ――を確認したが、大丈夫で、 「若いころに」ホームズは話した。 「すばらしい技を持つプロ 時計だけがないようだった。誰が盗ったのか見当もつかなかっ のスリと友達だったんだ。商売のコツを教えてくれて、僕もい た。ホームズと私は、この日、何百という人々を通りで見た。 い生徒だった。それに、仕事中のスリへの目配り方も教わった。 あの人々の中の誰かがもう私の時計を持ち、ほかの誰かに売っ そういうわけで、僕は君の時計を盗んでいる女性に気付くこと ているに違いない。警察に行くのは時間の無駄のように思われ ができたんだ」 た。有益な情報は何一つないのだ。私は、時計を盗った人物に 「今、その友人は?」私は訊いた。「警察に捕まった?」 怒りながら、ホームズを待つべく、ベイカー街に歩いて戻った。 「いいや」彼は笑った。「もうその仕事はしていない。今は、 北部の田舎で、小さな教会を取り仕切っているよ。昔みたいに 私がいかにして時計を失くしたかを説明するホームズ 彼のサービスを利用できないのは残念なのだが。でも、君に時 1 時間ほどホームズを待った。彼が部屋に戻ってきて、部屋の 計を戻せたことができてうれしいよ。彼女に気付かれないよう 隅に帽子を投げかけたときでさえ、私はまだ時計について考え ブラッドフィールドのギャング The Bradfield Push に盗ったからね。我々が彼女を馬車に乗せるときに」 2 「君が彼女を追いたかったのはそれで?」 れ」 「そうだ。それから言っておくよ、ワトソン。楽しいちょっ 私は、ホームズの本棚のところまでいって、彼が言った名簿 としたダンスをしてきたよ」 を上からおろした。すぐに、私は答えを見つけた。 「問題の家は、 「どういう意味だい?」私は訊いた。 「何のことを話してるん サイレンセスター侯爵が所有していて、夫人と住んでいるね」 だい?」 「僕の記憶が正しければ、侯爵と夫人は二人とも年輩で子供 「つまり、僕が追った馬車だが」彼は言った。 「走っていると はいない」彼は別の本を取り出し見ていた。 「そうだ、思った通 きは、ウェスト・エンドに行くものと思っていた。ロンドンの りだ。合っている。だが。君の時計を盗り僕がつけたあの女性 高級住宅地だからね。ところが、貧困街に行き、彼女は馬車を は、彼らと知り合いに違いない。これはドアを開けた使用人に 止めた。あの少年がおり、別の女性が道端で彼を待っていて、 よって証明される。ノックや呼び鈴を鳴らす前にもうドアを開 手をとったんだ」 けていたから」 「じゃあ、リージェント・ストリートで僕たちが見た少年は、 「その家の客だと思うのかい?」私は言ってみた。 彼女の子ではないと?」私は訊いた。 「その可能性は高い」彼は同意した。 「君は、あの女性の話し 「その通り。あの子供はその 2 番目の女性の息子とみていい 方におかしなところがあったことに気付いたかい?」 だろう」 「わずかにおかしい感じはしたけれど。でも彼女はほとんど 「それで、僕の時計を盗んだ女性は? なぜ彼女はそんな風 話していなかったから、確信は持てないな。どういうこと?」 に子供を借りたのだろうか?」 「僕にはオーストラリア人の話し方のように思えた。そう思 ホームズは笑った。 「君は自分の質問にもう答えているよ。彼 ったのは、彼女の声にある何かがそう思わせた。それに、子供 女は、いたいけに見える少年を借りたんだ。そして、車道に子 のことを君に話したとき、彼女は「larrikin」という単語を使 供を押し出した――」 っていた。これは、我が国では今は使われない。だが、オース 「彼女がわざとそうしたって言うんじゃないよな? 事故で トラリアでなら使われている」 はないと?」 「それはどういう意味?」 「事故などではなかった。子供は実はそんなに危険ではなか 「少年のことを話すときに使われるんだ。悪がきというよう ったんだ。もし君が素早く対処しなくとも、彼女には救う余裕 に。彼女はオーストラリア出身なんじゃないかと思うんだ」 はあったんだ。彼女は、君が親切な人間で少年を救うと踏んで、 「でも、どうしてサイレンセスター侯爵のところに滞在して イチかバチかでやってみたんだと僕は思うね。君はきちんと割 いるんだろうか? 彼女が何者か突き止められるのか?」 り振られた役を演じたってわけさ。君と彼女が子供の面倒をみ 「できると思う。今日はまだだが。明日、とりかかろうと思 ているすきに、はさみを取り出して、時計のチェーンを切った う」 んだ。君に気付かれないように」 「どうやって?」私は訊いた。 「ホームズの言っていることは理解できるし、誰かがそんな 「僕の方法なら知っているだろう、ワトソン」彼は私の脇に ことをするのだと思うと全く恐ろしいよ。馬車から子供が降り あった新聞を取り、それを読みだした。 「やあ」突然彼が言った。 た後はどうなるんだい? 「これはとても興味深い」 女性はどこに行った?」 「ああ、それがもっとも興味深い。馬車は、エッジウェア通 「何が?」私は訊いた。ホームズが手に取る前に私はもう読 りからハイド・パークの方向に返り、マーブル・アーチで彼女 みかけていたので、少しイライラした。彼はそうしてよいかと を降ろした。僕も馬車を止めて、アッパー・グローヴナー・ス 私に尋ねなかったし 、これはうれしいことではなかった。 トリートまで徒歩でつけた。彼女はそこで大きな家に入ったん 「最近、宝石や高価な品を失くす人が多いらしいね」 だ。制服を着た使用人が彼女にドアを開けていた。その使用人 「どうしてそれが興味深いと?」 は彼女を知っているようだった。階段を上がってノックをする 「この人たちの全ては、ダンスパーティに出席していたんだ。 前にもうドアを開けていたんだ、ノックなどなくてもね」 裕福な人たちで、社会的にも地位が高い。これはきわめて深刻 「彼女はその家に住んでいると?」 だ。今回が 4 週間で 4 回目のケースだ。 「だろうね」ホームズは返した。 「そうでないとは考えにくい」 「警察が君のところに助けを求めてこないなんて驚きだな」 「誰がそこに住んでいるの?」私は訊いた。 「僕もだよ。レストレード君は明日にでもやってきて、この 「定かではないが、住所氏名録を見てくれないか。アッパー・ 事件に協力するよう頼みに来るじゃないかな」 グローヴナー・ストリート 45 番に誰が住んでいるのか教えてく ブラッドフィールドのギャング The Bradfield Push 3 レストレード警部、助けを請う す、ワトソン先生」彼は椅子に深く座り、私が渡したタバコを 翌日、私はホームズをほとんど見なかった。朝食のときには、 吸った。 「この 4 週間あまりで、このような事件が 4 件起こった 私も早く起きたのだが、彼はもう出掛けてておりメモが残され のはご存じで? ていた。 いないケースがさらにいくつかあります。報じられておりませ 「終日外出予定。夕食はともに。SH」 新聞が報じておりました。ですが、知られて ん」 私は、ベーコンと卵の朝食を食べ、それから有意義に時間を 「同じような催し物で行われた犯行ですか?」私は訊いた。 過ごした。昔の本を数冊読んでいると、ハドソン夫人が入って 「ええ。ダンスパーティですとかその種のイベントで起きて きた。 います。さらに言えば、盗まれた宝石はすべて値の張るもので 「お客様ですよ、ワトソン先生。レストレード警部がいらし す。それぞれ、少なくとも 1,000 ポンドの価値はあります」 てホームズ先生とお話したいと」 「そうでしょう。同種の催し物ということでしたら、それぞ 「残念ながら」私は言った。 「ホームズはいないのです。この れのイベントにはそういう人たちがいるわけでしょう。出席者 メモによれば、夕方まで戻りませんよ。恐らく、私が警部の助 たちのリストをチェックして、宝石を盗るような人物を見つけ けになるかと」 られなかったですか?」 「では、お連れします」 警部は私の意見に笑った。 「先生、それぞれのパーティには同 レストレード警部が入ってきて、私たちはあいさつをした。 じ人たちが出席しています。どこでダンスパーティが執り行わ 部屋を見回したので、私はホームズが不在であることを謝らな れるかとか、誰が主催しているのかとかは問題じゃないんです。 ければならなかった。 ゲストのメンバーは同じグループの人たちなんですよ。この人 「それは残念ですなあ。でも、たぶん私の用事をお聞きにな たちは、とても身分の高い方たちです。この種の方たちは、パ って、ホームズさんとあなたがこの件に関して私どもを助けて ーティで警察官に監視されるのを好みません。私どもがみなさ くださるかどうかお分かりになるのではないですか。我々には んにお尋ねしたとして、すぐに出ていけと言われます、必ずで 困った問題がございまして、解決にどうすべきか皆目分かりま す。このような状況で動くのは容易ではありません」 せんでね」彼は話した。 「困難なご状況というのはお察しします。変装させた警察官 「もしや、ここ数週間、会合やダンスパーティで宝石が紛失 をパーティに配置することができませんでしたか。そうすれば、 している件ではありませんか」私は言った。 誰も警察官だと気が付きませんよ」 この発言の効果は絶大だった。彼は椅子に座ったまま動かず、 「やってみました」彼は答えた。 「警察官はいい使用人ではな 話もできないようだった。口を開けたままで驚いて私を見てい いんですよ、分かったんですけれども。この案はうまくいきま た。少し間があって、彼は笑い出した。 せんでした」 「どうやってそれをお知りになったのですか」ひとしきり笑 「今回は、ホームズと私はどういうお手伝いができるとお考 って訊いた。 「この部屋に入る前には、シャーロック・ホームズ えでしょうか」 その人以外は、今日私がここに来た理由を推測しえないと思っ 「会合やダンスパーティに、ゲストとして出席していただき ていましたよ。たぶん、シャーロック・ホームズでさえね。訪 たいのです」 問の理由は誰にも言っておりません。でも今や、こちらが口を 私は笑った。 「ホームズや私がそのようなパーティに招待され 開く前に、その事情をあなたがお話しになった。思うんですが、 るなんて思いもしませんでした。私たちは、 『社交界の名士たち』 近い将来、ホームズ氏はおひとりではなくなると思われません と同じ身分ではありませんから」 か。あなたは彼と競うほどになられて、ベイカー街 221B には二 「今回はそういうことになるでしょう。しかし、ふさわしい 人の探偵がいることになるでしょう。おっしゃったことには驚 人たちに私がお話ししまして、あなた方をご招待するべく手配 きました。どうやってお分かりになったのですか?」 することはできると思いますね。そこにいらっしゃって、ホー 「ホームズと私は昨晩、まさにこのことについて話していた ムズ先生とあなた様に注意深く周囲に目を配っていただいて、 のです。実のところ、もっと早くにお呼びがかからなかったの 興味を持たれた事柄について報告していただければと」 で、驚いています。恐らく、あなたが詳細を私にお話しになり、 「被害者と盗られた宝石のリストをお持ちですか?」私は訊 ホームズが帰ってきたところで、あなたが話してくださったこ いた。「そういう名簿はホームズには有益でしょう」 とを彼に伝えることになるでしょう」 「そうおっしゃるのではと思っておりました。ここに来る前 「それはとてもいいアイディアですね。ありがとうございま ブラッドフィールドのギャング The Bradfield Push に私が作ったものがこれです」と彼は一枚の紙を渡した。 「もう 4 一つ、申し上げるべきことがありまして。ウェスト・エンドを を見た。古い服を着て、不躾に私を見た。足が長いせいで、ズ 縄張りにしているスリの一団があります。仕事は通りでやって ボンは短く、ジャケットも彼には小さいようだった。 まして、高価なもの――時計などですが――が盗まれたという 「あんたがシャーロック・ホームズだな」男は変な声で言っ 報告が多くあがっています」 た。 「私が知っているのはそれですね」と私は言った。レストレ 「いいえ。私の名前は、ドクター・ワトソンで、ホームズの ード警部に私の時計がその前の日に盗まれたことについて話し 友人です。彼に用があるのですか?」 た。だが、ホームズがスリから取り返したやり方については触 「知りたいのはこっちで、あちらが訊きたいことがあるんだ れなった。ホームズがアッパー・グローヴナー・ストリートの とよ。部屋で待たせてもらうよ。中にいれてくれ」 家までスリをつけたことも話さなかった。 言い争いはしたくなかった、たぶん私の方が彼より若くて強 私が時計を失くしたことを彼は気の毒がり、退出する前に帽 いだろうが。ドアを開けて部屋の中に入れた。 子をとった。 「ここに座るよ」私に言って、ホームズがいつも座っている 「このように私どもを助けてくださって、あなたもホームズ 椅子を動かした。 さんもお優しい。ご存じかと思いますが、時として捜索します 「その椅子はだめです。それは――」と私が言うと 男女を捕まえるのは難しい場合が我々にはございます。私たち 「――私のいつもの椅子さ」と彼は、全く違う声で答えた。 をお手伝いくださるホームズさんは親切です。本当に頻繁に、 振り返ってみると、ホームズが椅子に座っており、驚く私を笑 ホームズさんにご提供いただくアイディアは、事件を解決に近 っていた。変装用の白髪を取り、手に持っていた。 づけるものがあると認識しております。大変助かります」 「ホームズ!」私は大きな声を出した。「いったい……?」 これには笑うしかなかった。時々答えが分からず自分の事件 「ワトソン、僕にとっては、シャーロック・ホームズとして を解決できない、とレストレード警部が認めたくないというの 知られていることがよくないときもままあるんだ。他人なるの が分かった。しばしばホームズの助けを受けて、それについて は気分がいい。本日、イーノック・マスターソンはとても忙し は誰にも言わず、自分の手柄としていたのだ。ホームズはそれ く、アッパー・グローヴナー・ストリートのとある家の馬の世 について特に怒ってはいなかったが、笑っていた。ホームズに 話の手伝いをしていたんだ。彼は、その間、興味深いことを多 とっては、事件を解決するだけで十分だったのだ――お金も名 く学んだのだ。少し時間をくれないか。着替えて体を洗って、 声も必要はなかった。 一日の出来事を話すよ」 レストレード警部が帰った後、彼が話してくれたことについ 彼は立ち上がって部屋を出た。数分後に戻ってくると、自分 て考えた。裕福で有名な「社交界の名士たち」とホームズや私 の服を着ており、清潔な顔になっていた。 「このほうがいい」彼 がダンスをすることを考えると、面白かった。しばらくこのよ は言って、椅子に座った。 うなことがなかったので、楽しみに待っていた。 「一日について話す前に、渡したいものがあるんだ」と私は 言って、少し前に警部からもらった紙切れを手渡した。ホーム 怪しい人物に遭遇――結局、疑いは晴れる ズはそれを読んだ。 午後、私は散歩をした。レストレード警部が言及していたス 「これは、僕の考えにむしろ反するね」と困惑の表情を浮か リを探していたが、そのような人物は見当たらなかった。 べた。「この問題に関する答えが分かったと思っていたんだが、 ベイカー街に戻ったとき、階段を上ろうとしてハドソン夫人 これを読んだ後となると、不確実だね。振り出しに戻ったわけ が呼び止めた。 だ」ホームズは私の表情を見て理解していないと分かり、話を 「すみません、部屋の外に男性がお待ちになっていることを 続けた。 「君は、今の変装の理由を推測していただろう。つまり、 お知らせしたほうがいいと思いまして。あそこに立って、動か 君の時計を盗った婦人の本当の名前を解き明かし、アッパー・ ないんです」 グローヴナー・ストリートの家は誰の家なのか、を解き明かす 「どれくらい立っているのだね?」 ためだ。それで、変装して使用人になりすまし、あの通りで馬 「30 分以上はいらっしゃるかと」 を世話し、彼女が入った家のほかの使用人に話しかけたんだ。 「紳士と言えるような人ですか?」 ほかの家の馬も世話したから、僕自身にはあまり注意をひかず 「いいえ、全然。紳士などではないとお答えしますね、申し にすんだ。その女性だが、どうやら、オーストラリアから来て 上げるなら」 いるね。侯爵とは親戚で、たぶん、家族は裕福だろう。名前は 階段を上がって、ドアのそばにたっている白髪まじりの老人 ブラッドフィールドのギャング The Bradfield Push ミス・キャサリン・レイバーン、6 週間前にここに来て、友人や 5 親戚を訪ねている」 奇妙だ」 「彼女はミス・レイバーンということなのかい? 結婚して 「もしかすると、真相にたどり着くかもしれないよ」私は彼 おらず、あの子は彼女の子供ではないと?」 に知らせた。 「君が、ダンスパーティに招待客として出席してほ ホームズは頷いた。 「それが正解だろうね。あの辺りの使用人 しいというレストレード警部の提案に賛成するなら」 たちは、彼女が子供と一緒のところなど見たことないと。ほか 「もっと楽しい暇つぶしの方法はあると思うがね」彼は言っ の家族からあの子供を借りて、自身の子に見せかけたというわ た。「だが、当然このパーティには、『社交界の名士たち』もス けだ。ワトソン、君の場合に窃盗が行われたのは認めざるを得 リたちもいるとしたら興味深いね」さらに微笑みながら付け加 ないね」 えた。「二つのグループに属する者がいるだろうね」 この言葉には賛成しないわけにはいかなかった。 「でも、彼女 は裕福な家の出だと君は言ったね。なぜ、彼女は昨日したよう パーティに行き、新しい友人ができる なやり方で盗みをしたいのだろうか?」 二日後、ホームズと私は、レディ・ド・ギアのダンスパーテ 「それが、僕も理解できないところだ。訳もなく人を盗みに ィのために、パーク・レーン通りにある彼女のロンドンの家に 駆り立てる精神の病がある。だが、だいたいそういう人間は盗 向かった。有名な招待客がたくさんいて、新聞で知っていた名 みをする前は何も考えていない。昨日の場合、ミス・レイバー 前の人物たち数人に私は紹介された。だがもともと知っている ンは準備をしていた。はさみを持っていて、しかもそれは頑丈 人はそう多くはなかった。ホームズは、多くの著名な人物に紹 なものに違いなかった。チェーンをやすやすと切りおおせるよ 介されたが、すでに誰であるか認識されていることを誇らしく うなね。さらに、子供を連れていた。僕らはプロの仕事につい 思うホームズを見るのは、なかなか楽しかった。あでやかな女 て話しているとしか思えない。でもなぜかが分からない。彼女 性たちが、美しく正装し、高価な宝石を身に付けていた。これ は金持ちに見えるし、イギリスで最も裕福な部類の邸宅にいる は、私たちが捕まえようとしている人物たちの注意をひくだろ んだ。甚だしく困惑するね」 う。 「間違いはないのかい? 昨日、僕の時計を盗んだ女性と同 ダンスが始まり、私は若い女性に紹介された。彼女は美しい じなのか?」 赤毛と緑の瞳で、裕福なアイルランド人の子女だった。とても 「それについては疑いの余地はないね。使用人が、あの家か 率直で友好的で、私たちはダンスをしながら話をした。実際、 ら出かける、似たような人は見なかった。そして、僕が馬にブ 昔からの友人という以上で、その夜、初めて会ったとは思えな ラシをかけているときに、その女性だと教えられたんだ。君の かった。私は、ホームズが非常に巧みに踊ることを知り、とて 時計を盗んだ女性と今日見た女性が同じ人物だということに疑 も驚いた。ダンスがうまいとは考えもしなかった。 問の余地はない」 何度か踊った後、アイルランド人のこの友人と私は、食べ物 「摩訶不思議じゃないか」私は言った。 や飲み物が用意されている部屋に移った。座ってアイスクリー 「そうだ。というより、状況はさらによくなくなった。僕ら ムを食べていると、ホームズが踊っていたご婦人と何か食べて が話題にしていたダンスパーティや会合でなくなったものや宝 いることに気付いた。驚いたことに、その女性は、私の時計を 石のすべての背後には、この女性がいるとみていた。言いかえ 盗んだミス・キャサリン・レイバーンだった。 れば、今朝、レストレード警部が君に会いに来た理由だ。しか 二人が一緒にいるのは非常に興味をかられ、あまりに二人に し」彼は私が渡した紙を持ち上げた。 「これは、ぼくのこれまで 注目していたので、私の新しい友人がそれに気付くほどだった。 の考えを覆すよ」 「あのご婦人を知っていらっしゃるのですか?」彼女は訊い 「どういうことだい?」 た。 「それとも、あの男性かしら? 「このリストに載っているある人物、3000 ポンド相当の高価 りのようですね」 なブレスレットをなくした人物は、ミス・キャサリン・レイバ あちらにとても興味がおあ ホームズと友人であることを隠す必要はないと思ったので、 ーンなのだ」 そのことはエイリーン・オラファティ(この若い女性の名前だ) 「つまりそれは、彼女が無実ということだろう」 に誇らしく話した。しかし、彼の名前も知らず特に何の意味も 「たぶん、ダンスパーティでなくなった宝石に関しては無実 ないと分かり私はがっかりした。 「ごめんなさい、その方のこと だろう。だが、僕は彼女が君の時計を盗ったところを見ている は知らないんです」彼女は言った。 んだ、ワトソン。君の時計を盗りながらも、同時に自分の宝石 「彼と一緒のあのご婦人は知ってますか?」 が盗まれる、などということはありうるのだろうか? 「たまたまなのですが、ええ。サイレンセスター侯爵のさる ブラッドフィールドのギャング The Bradfield Push とても 6 親戚で、オーストラリアからいらっしゃっているんです。3 週間 こういったたぐいの、女性についての話は本当に嫌だったが、 前ぐらいに、ダンスパーティで知り合いました。あの夜のこと 避けるのは不可能に近かった。彼は私の腕をとって、飲み物が はよく覚えています。あの日、パーティで、ペンダントのロケ ある場所へ連れて行った。彼は大きな声で二人分を頼んだ。彼 ットが盗まれたんです。父は大変怒りました」 のと私のと。 「それは大変でしたね。それは、高価な宝石だったのですか? 使用人が私たちのところに二つ持ってきたが、かなりおかし 「父が言うには、とても高いものだそうで、もっと注意しな な口調で話すので、訊いてみた。 「レディ・ド・ギアのところで ければだめだと。でも、私は何が起こったのか分からないんで 働いているのかい?」 す。ロケットはチェーンについていました。チェーンは壊れた 「いいえ、サー。今晩は、パーティに食事を提供するための はずで、ロケットは床に落ちたはずです。ダンスの後に、よく 会社で働いております」 見まして、使用人たちにも見なかったかどうかと訊きましたが、 「ロンドン出身じゃないのかね?」 無駄でした。あなたなら見つけてくださったかもしれませんね、 「いいえ。出身はオーストラリアのシドニーです。6 週間前にこ そのような有名な探偵とお友達なのですから」そう言うと、彼 こに来たんです。すみません、失礼いたします。ほかのお客様 女はかわいらしい顔に微笑みを浮かべ、それは子猫のように見 がお待ちですので」彼は立ち去り、ワインのボトルを開け始め えて、私は心奪われた。 た。 彼女の話にはとてもひきつけられた。私自身の時計の話とか 友人のブルックフィールドは聞いていて、少し怒ったようだ なり似ているからだ。「もしや、チェーンはまだお持ちでは?」 った。 「おまえ、なんで使用人に話しかけるんだ? 紳士たるも 彼女に訊いた。 「変に思われるかもしれませんが、それを見たい の、そんなことはしないものだぞ」 んです」 これについては、だんまりを決め込んで、代わりにロンドン 彼女は怪訝な表情を浮かべた。 「ご友人に探偵がいらっしゃる で何をしているのか訊いた。 「あらゆることさ」彼は大きな声で から、そんなことおっしゃるのですね」彼女は私に言った。 「確 話した。明らかに、そのグラスが初めてではなく、この夜はす かバッグの中にあったと思います」中を調べて、金のチェーン でに飲んでいた。 「我々はものを失くした人々に支払ってやるの を取り出して私に渡した。 さ。俺はこう言えるぞ」ここで彼の声は一層大きくなった。自 明るいところでよく見ると、驚くべきことが分かった。チェ 分では静かにしていると思っているようだが。 「こういうパーテ ーンはカットされている。数日前に私の時計にされたことと同 ィでは多くのものがなくなっている。極めて奇妙だ、だろう?」 じように見える。 ここまで多くの人たちが聴いていた。 「このことは、警察には?」彼女に訊いた。 返事をするすきがなかったのは、ホームズがそばにいたから 「いいえ。新聞に名前が載るのを父が嫌がりますから」 だ。 「静かにしろと君の友人に言ってくれ」彼は怒った声で言っ 私たちは、ダンスに戻り、少し踊って話を続けた。彼女は翌 た。 「彼は飲みすぎている。我々で彼を連れて帰ろう」ホームズ 日にはアイルランドに戻るから、早い時間の列車に乗らなけれ と私はそれぞれ彼の腕をつかみ、待たせてあった馬車に乗せた。 ばならないとのこと。私は外に連れ出して、彼女を馬車に乗せ 使用人がブルックフィールドの帽子とコートを持ってきてくれ、 て帰らせた。 馬車に押し込むのを手伝った。それから出発した。 ダンスホールに戻ると、赤い顔をしたかなり太った男がいた。 ホームズが振り返った。 「君に怒ってしまったことを、謝るよ。 彼はちょっとばかり、この世の良いものを享受しすぎているよ 君の友人は少々うるさくて、我々の計画の邪魔をしかねなかっ うだった。 たんだ。彼が飲みすぎたのは君のせいではないとは、分かって 「ワトソンじゃないか」彼は叫んだ。驚いて彼を見たら、知 いる」 っている人物だった。 「気にしないよ」私は言った。 「覚えているよ、ブルックフィールドじゃないか」彼は、軍 「よかった。さあ、そろそろ時間だ。帽子とコートを取って 隊時代からの旧友だった。「まだインドにいると思っていたけ ど? きて、ベイカー街へ歩いて帰ろう。歩くにはいい夜だ」 今は何をしているんだ?」 帰り道は、アッパー・グローヴナー・ストリートを通ること 「同じ質問をさせてもらうよ、おい。もうインドはたくさん にし、ホームズは、45 番地のところで止まった。 「使用人は寝て だ、先輩。向こうでは病気になって今や本国だよ。見たよ、か いなくて、ミス・レイバーンが帰ってきたときに中に入れるた わいらしいミス・オラファティとさっき話しているのを。かわ めに待機しているはずだ」そう言って、暗い窓を見た。 いいオンナだな?」 ブラッドフィールドのギャング The Bradfield Push 「君が彼女と踊っているのは見たよ。そういったことに秀で 7 ているとは知らなかった、本当のところ」 もしもの時に助けが呼べるよう、警察のホイッスルも持った。 「なんでもないさ。いくらか知っているスポーツもあるって 「今夜は、君のアイルランド人の友人はいるのかい?」ホー ことさ。うまく踊るのは容易だと分かってね。すてきなスリと ムズは会場に入る前に訊いた。 踊っていて、最大限彼女に注意を払って見ていた。彼女の目は、 「残念ながらいないはずだよ。今朝の早い列車で、アイルラ 別の人が着けている高級な宝石に頻繁にくぎ付けになっていた ンドへ戻ったはずなんだ」 よ。それに気づいてすぐ、僕はその部屋の別の場所で踊るよう しかし、うれしいことに、彼女の立っている姿が見えた。私 にしたのだ。彼女にとって、楽しくない夕べだったと思うね。 の方へ来て微笑んだ。私はホームズを紹介して、彼女は握手を 盗みをやる機会を与えなかったから」静かに笑った。 した。 「ということで、パーティで宝石を盗んでいるのは彼女とい 「ワトソン先生は、有名なご友人について昨晩たくさん話し うのは、疑いないのか?」 てくださいました。お会いできてとてもうれしいです」 「彼女だと確信している。もう一つ。我々が飲み食いしてい 「今日のイベントは、あまりあなたを興奮させすぎないとい る間に、彼女の鞄の中の紙切れに気が付いたよ。オーストラリ いのですが」彼は言った。 アからのメッセージのようだった。それをとって、気付かれな 「どういう意味ですか? いように内容を書き写したよ。ほら」 「ちょっと待ってください」彼は言った。 それを見せてくれたので読んだが、間違った綴りのメッセー 「アイルランドに帰られたものと思っていましたよ」私は言 ジで、宛名はミス・キャサリン・レイバーンだった。 「『GLEBE PUSH SALED LAST NIGHT STOP SUGEST COME HOME NOW STOP JAY』 ホームズさん」 った。 分 「帰ろうとしたのですが、今朝、父の具合が悪くなったんで からないな、ホームズ。理解したのかい?」 す。後でまた帰ります」 「いいや。でも明日できるだろう。君は何か分かったことが 「今朝あなたのお父様の具合悪くなられたということを聞い あったかい?」 て、何よりです」思わず言ってしまった。 「すみません。言いた 私は、アイルランド人女性と彼女のロケットがなくなった話 かったのは、今日またあなたにお会いできてとてもうれしいと をした。 いうことです」私は、ミス・オラファティは、私の言葉ではな 「お手柄だよ、ワトソン! それはすばらしいね」 く、その意味を理解してくれたようでうれしかった。私の間違 「まだあるよ」オーストラリア出身の使用人との会話を話し いをホームズは笑っていた。 た。 「失礼」ホームズが彼女に言った。 「友人と内々で話がしたの ホームズは私の話を聞いて、すぐに興奮した。 「それは、なく ですが」 していたパズルのピースだよ。今や、僕はすべての質問に対す 彼は、小さい声で私に話した。 「もし何かおかしなものを見た る答えが分かったと信じるね。期待以上の働きを君はしてくれ り聞いたら、笛を 3 回鳴らすんだ。助けに来るよ。君が僕の笛 たよ」 を聞くことがあるかもしれないが、そのときは頼む」 もちろん、それを聞いてうれしかったが、彼を理解してはい 「分かった」 なかったので、そう言った。 私たちは、ダンスが行われている部屋に入り、私はミス・オ 「心配無用だ。明日、レストレード警部が手配して、我々は ラファティと少し踊った後。飲み物を取りに行った。 ジェフリー卿とレディ・マーチモントのパーティに出席できる ミス・キャサリン・レイバーンが、この間の夜私が話したオ 予定だ。明日は、素晴らしいエンターテイメントの夕べとなろ ーストラリア人の使用人と話しているのを見た。話しているこ う」 とが聞こえるように近寄った。 「……あれには、それ以上よ。3000 の寝打ちがあるわ。それ 再びパーティ、そして事件解決 で、75 しかとれなかったの」彼女が使用人に言っている。 翌日の夜、私たちは、最上の礼装でパーティの準備をした。 「最善を尽くしたよ」使用人が言った。 「アムステルダムで売 出発前、ホームズが振り向いて言った。 「準備をしておいた方 るために宝石を持って行くときは、それ以上にはならないよ。 がいいかもしれない。問題が起きるとは思わないが、何事も分 持ってないものは出せない、あちらがお金を出さないのなら」 からないからね」 「それ以上、何もしないのなら、私は手を引くわ。続行しな 私は、軍仕様の拳銃を持っていたし、ホームズは、お気に入 いで家へ帰るわ。Glebe Push がオーストラリアからここに来る りの乗馬用の鞭を携帯した。二人ともコートの内側に隠した。 のよ。彼らが到着するまでそんなに時間はないし、やめなきゃ ブラッドフィールドのギャング The Bradfield Push 8 ならない」 私は訊いた。 「俺のこと、警察に言うんじゃないだろうな、ベッキー」 「二人が歩いているのを見て明らかだった。あの日を覚えて 「そうしてほしいならするわ。あなた・・・」彼女は何か単 いるか?」 語を言ったのだが、女性が使った単語は聞いたことがないもの 私は思い出そうとした。 「ああ。子供が車道側を歩いていた」 だった。 「私に渡すよりずっと多くのお金を取っているって、知 「その通り。自分の子供を危険な車道側を歩かせる母親はい ってるわよ」 ないものだ」ホームズが話しているのを聞いているとき、サド 「お前それは」使用人が訊かれているのを察して話すのをや ソープの顔が不機嫌なのが分かった。 めた。 「それから、警部、あなたからいただいた書類があります。 女性は、辺りを見回して私に目をとめた。 「あなたを知ってま 盗まれた宝石のリストです。なくなったもののすべてははさみ すよ」彼女は言った。 「前に、リージェント・ストリートで時計 を使ってとることができるものです。一つを除いては」 を持っていた男でしょう。帰るときに時計はなくなったわ。こ 「それはどれですか?」 こであなた何をしているの?」使用人は私の方に向かってきた。 「ブレスレットは、ミス・キャサリン・レイバーンによって 「だめ、ジェム」彼女が言った。 「ここでは何もしてはいけない 盗難が報告されている。それだけは同じ方法で盗ることができ わ。彼女が見ている」部屋に入ってきたミス・オラファティを ない。お気づきでしたか。警部」 指した。 「いや全く」レストレード警部は答えた。 「なくしていないの 「そのまま動かないで」私は二人に命令した。ポケットから に、なぜ彼女はなくしたと報告したのでしょうか? それから、 笛を出して、3 回鳴らした。すぐに音楽がやみ、ホームズが部屋 もしこちらがレベッカ・サドソープなら、キャサリン・レイバ に走ってきた ーンはどこに?」 「レベッカ・サドソープ、ジェレミー・アトウッド、動くな」 「あなたの最初の質問に対する答えるとするなら、ブレスレ 彼は叫んだ。二人は動かなかったが、アトウッドの手がコート ットは、ミス・レイバーンとして私たちが知っていた女性から の中に入った。ホームズは鞭でそれを打った。それが以前踊っ 私たちの関心を離すためになくしたと報告したのだと。ミス・ たことのある男だと気が付いて、サドソープの顔が変わった。 レイバーン自身は、ブラッドフィールド・プッシュのメンバー そのとき、レストレード警部が制服の警察官たちと到着した。 に殺された。――プッシュとはオーストラリアの言葉で「ギャ 「連れていけ」命令して、瞬く間に遂行された。彼はホームズ ング」を意味し、サドソープはこれに所属していた。私は、彼 に向き直った。 「すばらしいですね。どのようにこの事件の答え 女がサンドイッチを食べるために手袋をはずして、彼女の手が に辿り着かれたかお話しになれるでしょうね」 赤いのを見た。このことから、彼女は「社交界の名士」の一員 「たぶん、我々だけであればお話しできるでしょう」ホーム ではないことが分かった。もしそれには理由があるとしても、 ズは、部屋いっぱいにいる客たちを指して示唆した。 ミス・サドソープ、あなたの食べ方がまた、そういう名士に見 「もちろん」レストレード警部が言った。部屋はすぐに人が られるものとは違うと言えるでしょう」 いなくなった。ミス・オラファティは一緒に留まって話が訊き 「殺しに関してはそうじゃないね」サドソープは叫んだ。 「私 たいと言うので、ホームズはぜひそうしてくれと言った。 が宝石を盗んだとしても、ミス・レイバーンを殺してはいない。 「サドソープがここにいるドクター・ワトソンの時計を盗ん 私は彼女の使用人だった。私たちは、オーストラリアから船に だのは数日前だった。はさみでチェーンを切ったのだ。彼女は のって旅立った。南アフリカのケープタウンについたとき、彼 今もはさみを持っているはずだ」 女は病気になって死んでしまった。そこでは誰も私たちを知ら 「私のロケットもそういうことだったのね!」ミス・オラフ ないから、彼女の洋服とお金を盗って、彼女になりすますこと ァティは言った。 は簡単だった。彼女の遺体には私の名前をつけて、私はみなに ホームズは彼女の方を向いた。 「あのケースもそうだと確信し 使用人が死んだと言った。彼女は今、南アフリカで眠っている。 ています。子供が彼女の実の子供ではないこと、それは子供が 私には良くしてくれた。私も彼女を好きだったし、亡くなった 車道に落ちた『事故』の前には分かっていた。彼女をつけて子 後も大事にした。イギリスでは誰も彼女を知らないと私に話し 供を別の人間に引き渡したのを見てすぐに、確信した」 ていたので、彼女になるのは簡単だった。すべてがうまくいっ 「私をつけたのはあんたか」オーストラリア人女性は言った。 たが、船の上ジェムに会ってしまった」 「あんた、賢いんだろう」 「ああ、ジェレミー・アトウッド、ブラッドフィールド・プ 「子供が彼女の子じゃないとどうやって分かったんだい?」 ブラッドフィールドのギャング The Bradfield Push ッシュのリーダーだ。今日、警察の記録を見ていたよ。どうや 9 って知り合った?」 「あたしの父親がプッシュにいてあいつのために働いていた ことがあった。ジェムは私たちには近しい存在だった。誓って 言うが、イギリスでは、いい人生を送りたかった。ジェムは、 もし私が言った通りにしなかったら、私のことを警察に言うぞ と」 「それで、パーティで宝石を盗むことになったと。それから 彼は宝石を売っていた?」 「その通り。それを持って外国に行って――」 「アムステルダム」私は言った。 「そう、アムステルダム。そこで、そういうマーケットがあ って、あまり質問されないから。彼はそこで売って金を得て、 イギリスに戻って来ていた」 「宝石は国外で売られたのだろうと思っていた」ホームズは 言った。 「イギリスだとその品々は知られ過ぎていて売ることは できないでしょう。今夜盗まれた 2 つはどれほどになるのかに 興味がありますね」 「もし個室がございましたら、サドソープを調べる女性がお ります。我々の警官の一人がアトウッドをお調べします」警部 が言った。 二人は連行され、ホームズに彼が振り返った。 「ホームズさん、 あなたの方法は、とても巧妙ですが、我々は最後には同じ場所 に辿り着くと思っておりました」 「それは大いにありますね」ホームズは言って笑った。だが、 彼は自分自身の言葉を信じていないと私は思う。 ミス・オラファティが話しかけてきた。 「今夜のお話とドキド キする出来事でお腹が減りました。どこか、レストランへ行き ませんか?」 「ぜひそうしましょう」彼女に言った。 「ホームズと警部はま だ話すことがたくさんあるでしょうから」 ホームズに後から聞いたのだが、サドソープとアトワードの 捜索であの夜盗まれた宝石が発見されたようで、10000 ポンドは くだらない価値だそうだ。サドソープが盗みに使っていたはさ みも見つかった。 あの晩に盗まれた宝石以外のすべては、もうなくなってしま っていた。アイルランド人の我が友人が持っていたロケットは 見つからず仕舞いだ。 ホームズは後で、サドソープについて話すときに言った。 「決 して女性を信じてはならないね」 それは言い過ぎだとそのときは思ったのだが、翌月意見を翻 した。新聞でミス・オラファティが、イギリス軍のルーカン大 尉と結婚したと読んだからだ。 ブラッドフィールドのギャング The Bradfield Push 10
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