気候変動に関する意思決定 ブリーフノート

2011 年 2 月 25 日発行 気候変動に関する意思決定ブリーフノート
気候変動に関する意思決定
No.11
No.11
ブリーフノート
(2011 年 2 月 25 日発行)
本紙は、環境研究総合推進費 E-0901 の成果や議論をお知らせするための情報誌です。
1.国際動向
目
次
カンクン合意の概要(久保田 泉:国立環境研究所)
(1) はじめに
2010 年 11 月 29 日から 12 月 10 日まで、メキシコ
1.国際動向
カンクン合意の概要
のカンクンにて、気候変動枠組条約(以下、条約)第
16 回締約国会議(COP16)
、京都議定書(以下、議定
書)第 6 回締約国会合(CMP6)が開催された。
議定書第 1 約束期間後の国際枠組みに関する合意が
2.森林の扱い
COP16 における吸収源としての森林の扱いにおける
合意事項
期待されていたコペンハーゲン会合(2009 年)では、
主要国首脳によるコペンハーゲン合意ができたもの
の、COP では正式に採択することができず、
「留意す
る」こととなった(コペンハーゲン合意の評価及びそ
の後の主要国の動向については、「気候変動に関する
意思決定ブリーフノート」No.5 参照)
。
今次会合では、カンクン合意が採択された。カンク
ン合意とは、AWG-LCA 及び AWG-KP の成果を COP
及び CMP 決定として採択した 3 つの決定の総称であ
り、内容は、コペンハーゲン合意と基本的には同じで
ある。
本記事では、カンクン合意の内容を紹介する。
(2) COP/AWG-LCA の成果
①共有のビジョン
長期目標については、「産業化前のレベルから地球
平均気温の上昇を 2℃以内に抑えることを目指して、
温室効果ガスの排出を削減する観点から、…温室効果
ガスの大幅削減が必要であること…を認識する」とさ
れた。コペンハーゲン合意では、2℃目標への言及は
あったものの、参照レベルが不明だったが、今回は明
記された。また、
「長期目標の強化(1.5℃も含む)を
検討する必要性を認識する」とされた。
全球規模の排出のピークアウトの時間枠や 2050 年
の目標については、COP17 において検討することに
なった。
②緩和(先進国・途上国両方)
今次会合では、AWG-LCA でも AWG-KP でも、コ
ペンハーゲン合意に基づき各国が提出した排出削減
目標(先進国)/緩和行動(途上国)をどのように位
置づけるかが論点のひとつであった。議論の結果、先
進国の削減目標をリスト化したものを文書 X、途上国
の緩和行動をリスト化したものを文書 Y とし(両文書
はこれから作成)、COP 決定では文書 X 及び Y が、
1
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CMP 決定では文書 X がそれぞれ留意されることとな
償・損害賠償を扱うための作業計画の設置(島嶼国が
った。これらが UNFCCC プロセスにおいて正式に位
強く求めてきた)等に合意した。
置づけられたのは、今次会合の重要な成果のひとつで
④資金
ある。
コペンハーゲン合意では、先進国は、共同で、短期
先進国の削減目標については、IPCC 第 4 次評価報
資金(2010 年~2012 年)については 300 億 USD に
告書によって推奨された(recommended)レベルと
近づく新規かつ追加的な資金の供与を、長期資金につ
一貫性を保つように、目標レベルを引き上げることが
いては、2020 年までに官民合わせて年間 1,000 億
要請されている。先進国の目標の達成に関する仮定及
USD を動員する目標を約束した。短期資金について
び条件(市場メカニズムの利用、森林吸収源の算入、
は、緩和と適応とにバランスよく配分されること、ま
目標レベルを上げるための方策)を明確にするため、
た、適応支援については、最も脆弱な途上国(LDC、
条約事務局がワークショップを開催することになっ
小島嶼国、アフリカ諸国)に優先して配分されること
た。先進国の削減目標及び吸収源に関する測定・報
とされた。また、条約下の資金メカニズムの運営主体
告・検証(MRV)については、実施に関する補助機関
として「コペンハーゲン緑の気候基金」を設置するこ
会合(SBI)に国際評価プロセスが設置された。その
とに合意した。
ほか、先進国は、低炭素開発計画/戦略を策定し、こ
カンクン合意の採択により、コペンハーゲンの合意
れらをいかに達成するかを評価し、毎年インベントリ
の内容が正式に位置づけられたほか、新たに設置され
を提出することになった。
る基金の名称は「緑の気候基金」とされ、同基金は、
途上国については、資金支援及び技術支援を得て、
先進国と途上国同数のメンバーから成る理事会(定員
2020 年における BAU からの抑制(deviation)の達
24 名)によって管理されることとなった。同基金の制
成を目的として、緩和行動を実施することになった。
度設計は今後の交渉に委ねられ、設計を検討する移行
また、主要論点のひとつであった、途上国の緩和行動
委員会(定員 40 名。内訳は、先進国 15 名、途上国
の MRV については、国際的な支援を受けた緩和行動
25 名)が設置された。また、同基金の暫定的な受託機
は国際的な MRV の対象となり、国際的な支援を受け
関は世界銀行とされ、基金運営開始から 3 年後にレビ
ないものについては国内の MRV の対象となり、専門
ューが行われる。
家による分析を通じて 2 年に 1 度の国際協議及び分析
⑤技術
(ICA)を実施することとなった。MRV や ICA に関
するガイドライン等は今後策定される。
技 術 移 転 に 関 す る 専 門 家 グ ル ー プ ( EGTT ) を
COP16 の終了と共に任務終了とし、適応と緩和に関
市場メカニズムについては、1 つもしくはそれ以上
する行動を支援する技術協力を促進するために、「技
の市場メカニズムの設置を COP17 で検討することと
術執行委員会」と「気候技術センター」から成る「技
された。
術メカニズム」が設置されることになった。
③適応
(4) CMP/AWG-KP の成果
適応については、コペンハーゲン合意の内容を尐し
具体化したものとなっている。
上述の通り、コペンハーゲン合意に基づき先進国が
提出した排出削減目標をリスト化した文書 X を作成
「カンクン適応枠組み」を新たに設置し、すべての
し、CMP がこれに留意するとされた。なお、このパ
国が、適応行動の計画・優先順位づけ・実施、影響・
ラには、文書 X の表の内容が第 2 約束期間に関する締
脆弱性・適応の評価、社会経済・生態系システムの対
約国の立場及び議定書第 21 条 7 項(附属書の改正手
応力の構築等を通じて、適応に関する行動を強化する
続に関する規定。附属書 B の改正は関係締約国の書面
こととなった。そのほか、最後発発展途上国(LDC)
による同意を得た場合にのみ採択される)に基づく締
による中長期の国家適応計画の策定及び実施のため
約国の権利を害するものではないとの脚注が付され
の支援プロセスの設置、「適応委員会」の設置(途上
ている。
国が強く求めてきた)、気候変動影響に伴う損失補
このほか、AWG-KP の今後の交渉は現在の議長テ
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キストを基に進めること、先進国に対し IPCC 第 4 次
された。これにより先進国、途上国の交渉担当者がそ
評価報告書に示された削減幅に従って目標レベルの
れぞれの課題を念頭に置いて議論することで、当事者
引き上げを求めること、そして、各国の排出削減目標
としての自覚があった。これに加え、第一約束期間に
を京都議定書下の排出削減目標(約束期間全体の排出
おける LULUCF や新規植林・再植林 CDM(A/R
量を平均して算出する)に変換する作業が必要である
CDM)での運用規定を巡る交渉では、森林を目標達
ことに合意した。
成に利用する場合はできるだけ使い難くしようとい
(5) 今後の予定
う、ディスインセンティブ指向の議論だったことへの
AWG-LCA は、任務を 1 年延長することになった。
反省が見られた。このため、両課題とも如何に多くの
AWG-KP は、これまで通り、
「議定書第 1 約束期間と
国を LULUCF の 3 条 4 項や REDD に参加させるか
第 2 約束期間との空白期間が生じないように作業を完
というスタンスで、合意文書が作成された。また、第
了させる」とされている。
一約束期間においては吸収源の運用規程を巡って、収
次回 AWGs は、2011 年 4 月 3 日~8 日にバンコク
束させる方向が見えないまま議論が長く紛糾した。
において開催されることとなった(これに先立ち、3
COP15 以降では、それが教訓となって原則論に必要
月 30 日~4 月 2 日まで、地域グループ会合が開催さ
以上にこだわらず、対立点を整理・解決しようという
れる)。同会期中に、カンクン合意に基づく関連ワー
気運があり、それが COP16 で交渉が進展した背景と
クショップが開催される。この会合において、
言える。
COP17/CMP7(2011 年 11-12 月、南アフリカのダー
バンにて開催)までのスケジュールが決まる見込みで
1)LULUCF(3 条 3 項、4 項での森林の扱い)
ある。
(1) COP16 での合意が急がれた
コペンハーゲン会合から 1 年経って、コペンハーゲ
第一約束期間における吸収源の交渉を巡る最大の
ン合意の内容を COP/CMP の場で正式に採択したこ
問題点は、各国の削減目標を決めてから京都議定書 3
とは意義深い。カンクン合意では、コペンハーゲン合
条 3 項、4 項における森林の定義や CO2 吸収量の算定
意の内容を尐し進展させた部分もある。しかし、今後
方法を決める作業に入ったことである。附属書1国に
の交渉に委ねられた事項は尐なくなく、ダーバン会合
は吸収源の算定方法如何で、第一約束期間の削減目標
まで残された期間はあまりにも短い。
を容易に達成できる国々がアンブレラグループの中
にあった。このため吸収源を出来るだけ利用したいア
2.COP16 における吸収源としての森林の扱
いにおける合意事項(天野 正博:早稲田大学)
ンブレラグループと、吸収源の削減目標への活用を抑
気候変動枠組み条約で吸収源と呼ばれる「土地利用
そこで、次期約束期間においては、森林の CO2 吸収量
/土地利用変化及び森林(LULUCF)
」では、主に 2 つ
の大半を占める森林管理の算定方法の取り決めが、削
の課題が COP16 で議論された。一つは AWG-KP で
減目標設定より遅れるのは望ましくないということ
議論された京都議定書 3 条 3 項、3 条 4 項で取り扱う
は早くから認識されていた。カンクンにおいて森林管
国内の LULUCF についてである。他方は AWG-LCA
理による吸収量の算定方法が決まったことにより、今
で取り扱われた途上国における森林減尐・务化による
後の各国の削減目標設定における交渉バリアの一つ
温室効果ガス排出削減(REDD)である。COP16 で
が無くなったといえる。
はコペンハーゲンと異なり政治合意ができたが、その
(2) 森林を吸収源として活用する際の制約事項の軽減
中で森林関連の課題はもっとも着実に交渉が進んだ
第一約束期間における LULUCF でもっとも重要な
といえる。
制したい EU・途上国との間で、厳しい交渉が続いた。
決定事項は、森林管理による CO2 吸収量として、削減
COP15 から COP16 に至る吸収源の交渉経過を俯
目標達成に利用できる上限値の設定である。我が国の
瞰的に見ると、別々の AWG における交渉ではあるが、
場合は 1300 万炭素トン(1990 年排出量の 3.8%)が
附属書 1 国と非附属書1国の2つの課題が同時に議論
上限値であった。交渉で各国の上限値を自主的に決め
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る方式に到達するまでに、様々な方式についての議論
2011 年 2 月 28 日までに条約事務局に提出することに
があった。最終的にはそれまでの交渉経緯とは全く関
なっている。このように LULUCF では算定方法の厳
係ない形で、森林管理の上限値が決まった。吸収量の
格さよりも、各国が合意できることを前提とした緩や
上限を決めたことから目標達成に向けた過度の吸収
かな枠組みが優先された。これにより、LULUCF は
源の活用はないものの、より森林の吸収量を促進しよ
第一約束期間がトップダウン方式であったのに対し、
うというインセンティブもなくなり、3 条 4 項での基
ボトムアップ方式での算定基準となっている。
本合意であった追加性の視点も消えてしまった。
第一約束期間は 3 条 4 項の森林管理による吸収量の
COP16 での LULUCF における合意文書では、森林
上限値を定めたことから、森林管理による吸収量獲得
管理による CO2 吸収量の算定基準となる参照レベル
に多くの国はディスインセンティブな状況に置かれ
の設定が最大の交渉事項であった。各国は参照レベル
た。COP16 では参照レベルという下限値を設けたこ
より多い分の CO2 吸収量を削減目標に算入できる。参
とから、森林管理における吸収量は各国の努力がその
照レベルには以下の3つの考えが含まれている。
まま反映されることになり、森林管理を推進しようと
(i) 各国から提案されていた算定方法を包含
いうインセンティブが働くことになっている。
各国はネットネット方式、グロスネット方式、将来
(4) 不可抗力による自然攪乱
見通しベースライン方式などの算定オプションを提
カナダなどの森林資源国では、自然起因による森林
案し、どの方式が望ましいかで議論をしてきた。参照
火災の延焼面積など、自然攪乱による森林からの CO2
レベル方式では設定値の決め方によって議論されて
排出量の年変動がきわめて大きい。我が国でも数十年
いた各オプションの概念を代替できる特徴がある。つ
に一度、大型台風による大規模な風倒木被害が出てい
まり、参照レベル方式は一つの算定方式に統一すると
る。カナダは第一約束期間においては森林が大きな排
いうより、各国の主張する方式を尊重するという概念
出になるリスクを回避するため、3 条 4 項の森林管理
で決められている。
を選択しなかった。こうした人為的抑制が難しい自然
(ii) 追加性
攪乱について、LULUCF の合意文書では配慮するこ
従来の森林管理の活動や森林政策による CO2 吸収
とになった。これにより、広範な国が 3 条 4 項の活動
量を参照レベルの設定基準に含ませておけば、追加的
に参加することが可能となった。
活動を反映させることが可能である。
(5) COP16 における LULUCF 決定文書の評価
(iii) ファクタリングアウト
今後の運用規定の議論で紛糾する可能性のある部
森林の CO2 吸収量の増加には管理活動という直接
分は見られるものの、全体として LULUCF 決定文書
的な人為活動によるものと、地球温暖化という間接的
は合意を優先し、かつできるだけ多くの国が 3 条 4 項
な人為活動によるものが混在している。両者を切り分
の吸収源活動に参画できることに配慮している。これ
け直接的な人為活動による増加分だけを評価しよう
は第一約束期間での交渉経緯を反省し、トップダウン
というのが、ファクタリングアウトである。科学的に
で吸収源としての活動や吸収量の算定方式を規定せ
この切り分けは難しいことから、第一約束期間では導
ず、各国の意向を反映したボトムアップでの合意とな
入が見送られた。参照レベルに間接的な人為活動によ
っているのが、もっとも大きな特徴である。また、森
る吸収量増加分を組み込んでおけば、ファクタリング
林管理活動において、ディスインセンティブではなく
アウトの概念を吸収量に反映させることができる。
インセンティブを与えること形になったことも、評価
(3) 参照レベルの持つ意味
できる。
以上の 3 つの考え方を参照レベルという新しい方法
で包含できた。参照レベルの設定に共通の方式を決め
2)熱帯林の減尐及び务化の抑制(REDD プラス)
ず、一定の基準の下で各国はそれぞれの主張に基づい
バリ行動計画で「熱帯林の減尐及び务化の抑制
た参照レベルの値を設定し、それを決定文書に書き込
(REDD)」が緩和策の一つとして取り上げられた。
んでいる。各国の参照レベル設定方法については、
その際に森林減尐の抑止に成功している一部の途上
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国から、森林保全、持続可能な森林経営などを加える
の一環としての支援が可能となる。
ことが提案され、REDD プラスとして交渉が進められ
(iii) 炭素クレジットの算定方法
てきた。カンクン合意では LULUCF のような具体性
国単位、準国単位で参照レベルを設定し、それより
はないものの、おおまかな REDD の枠組みが決まっ
も排出量を削減した分をクレジット発行量とする。当
た。基本的には熱帯の木材を伐採して販売するよりも
初は過去の森林減尐・务化のトレンドで伸ばしたベー
樹木をそのまま維持した方がより利益になるという
スラインを設定するなど、追加性に基づいたクレジッ
仕組みを考えるのが REDD である。生物多様性条約
トの発行を考えていた。しかし、実際に追加性を証明
の COP10 でグリーン・デベロップメント・メカニズ
するためのデータを各国が用意できるとは限らない。
ムが否定されたことから、市場メカニズムを活用して
トレンド自体が複雑な国ではそれなりのモデルを開
熱帯林を守ろうという UNFCCC の仕組みは、より強
発しなければベースラインを設定できないなど、
い期待を持たれている。
REDD プラスに参加しようとする途上国には過大な
(1) REDD プラスとして決まったこと
負担のかかる可能性が出てきた。そこで、追加性を前
(i) 対象となる活動
提としたベースラインではなく、炭素クレジットを発
a.森林減尐からの排出削減
行する基準としての参照レベルを設定すればよいと
b.森林务化からの排出削減
いう考えに変わった。参照レベルの策定方法は
c.炭素ストックの保全(森林蓄積の保全)
SBSTA に作業が依頼されており、現段階では詳細な
d.持続可能な森林管理
議論はされていない。ただ、追加性を重視し多くのデ
e.炭素森林ストックの増進
ータを必要とするベースラインから、各国が有してい
当初の森林減尐、森林务化による排出量の削減だけ
る情報をベースに策定できる参照レベルに算定基準
を REDD の対象に限定すると、森林減尐を抑制する
が変更されたことにより、幅広く途上国が参加できる
ことに成功したインド、中国、タイなどが REDD に
状況を生んでいる。
参加できないことから、それ以外の活動をプラスして
(iv) 段階的アプローチ
REDD プラスとした。森林減尐の多い上位 5 カ国で世
REDD プラスは市場メカニズムを導入することで、
界の森林減尐面積の 8 割を占めることから、対象とな
効率的に森林減尐・务化の速度を緩和しようというの
る活動が増えたことにより結果的により多くの国が
が、大きな特徴である。しかし、各国が REDD のデ
REDD プラスに参加できる。
モンストレーションプログラムを実施していく中で、
(ii) REDD プラスの実施単位
森林減尐の人為活動を抑制し持続性のあるものにす
REDD プラスは CDM と異なりプロジェクト単位で
るには、政府や住民のキャパシティ・ビルディングが
はなく、国レベルあるいは準国レベルで実施すること
必要であること、政府のガバナンスも REDD プラス
になっている。交渉の中で強調されたのは、プロジェ
開始に当たって不可欠であることが解ってきた。そこ
クト単位で実施した際にはリーケージの評価が難し
で、準備、試行、市場メカニズムという 3 段階のアプ
く、それを避けるのに実施単位を広くし活動のディス
ローチを取り、市場メカニズムを導入する前の準備段
プレイスメントが REDD プラスの境界外で生ずるよ
階を設けた。
うな事態をなくすことであった。このアプローチによ
これにより、リスクの尐ない安定した市場メカニズ
り支援対象が相手国政府となり、ODA 予算が使いや
ムを REDD プラスに導入できるだけでなく、能力不
すい状況を生んでいる。つまり、森林保全の永続性を
足、ガバナンスの未整備で直ぐには REDD プラスの
高めるためやモニタリング、報告、検証(MRV)のた
市場メカニズムに参加できない国も、REDD プラスへ
めのキャパシティ・ビルディングも、プロジェクトレ
参加する機会を得ることができる。
ベルでの活動であれば特定の事業へのキャパシテ
(v) ファイナンスについて
ィ・ビルディングになってしまうが、国あるいはそれ
REDD プラスではキャパシティ・ビルディングやガ
に準じた広い範囲を対象にすることから、ODA 活動
バナンス、REDD プラス政策能力の確立など、準備段
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階に必要な経費を賄う基金と、市場から導入する投資
A/R CDM の運用規定ではリーケージや炭素固定の
の二つが想定されている。COP16 ではこの部分に関
永続性の問題を、クレジットの発行段階で考慮しよう
する議論は十分にできず COP17 に持ち越された。
としていた。それが A/R CDM を第一約束期間で殆ど
(vi) セーフガードについて
使えなくした原因であった。そこで、リーケージを配
COP16 での合意文書の特徴の一つにセーフガード
慮する必要性を排除するため、REDD プラスは国レベ
のリスト作成がある。COP15 までは合意文書の様々
ルを基準として議論してきた。合意では準国レベルで
なところに書かれていた留意事項をリスト化してい
も扱えることになったが、プロジェクトベースではな
る。これにより REDD プラス実施に当たって保護さ
いため活動の境界が広大になり、面倒なリーケージに
れるべきものが明確になり、REDD プラス活動の適格
配慮する必要性は薄められている。
性の議論が進めやすくなっている。
A/R CDM では森林が火災などにより焼失するリス
(2) 第一約束期間における植林 CDM の問題点と
クを避けるため、一つの約束期間だけ有効という暫定
REDD プラス
クレジットの概念が導入された。これが結果的に A/R
REDD プラスの合意事項を見ると、第一約束期間に
CDM からのクレジット発行が無い原因となっている。
実施されている CDM プロジェクトの結果への反省や、
段階的アプローチでは、リーケージや非永続性という
A/R CDM の運用規定への反省が多く活かされている。
森林プロジェクトがもつリスクを、キャパシティ・ビ
前者については、これまでの CDM プロジェクトの
ルディングやガバナンスの確立を目指すことにより、
ホスト国をみると、排出削減事業は工業化が進んだ一
事前に回避させることが目的の一つとなっている。
部の中進国にプロジェクトが集中している。REDD に
おいても議論が始まった頃は、炭素クレジットを効果
的に獲得できることを前提に、各国とも大面積での森
3)まとめ
吸収源における COP16 の合意文書を見ると、
林減尐が生じている一部の国に注目していた。しかし、
LULUCF、REDD プラスともに原則に必要以上はこ
議論が進むにつれ森林資源の尐ない国や、ガバナンス
だわらず、多くの国の主張を最大公約数的に妥協でき
が確立しておらず REDD を実施するにはリスクの高
る案での合意文書となっている。そして、第一約束期
い国にも目が向けられるようなった。段階的アプロー
間における議定書 3 条 3 項、4 項および A/R CDM の
チは UNFCCC の決定を待たずに実施され始めている
交渉過程や、その後の実施の現状へのレビュー結果が
が、国際機関の基金を積極的に活用することにより、
活かされた内容になっている。おそらく、各国の削減
二国間では目が向けられない小森林資源国での
目標が最終決定されていない段階での交渉であった
REDD プラスの実施を支援している。また、キャパシ
ことが、良い結果を生み出しているともいえよう。こ
ティ・ビルディングやガバナンスの確立を強調するこ
のことから、今後の具体的な運用規定を決める議論も、
とで、幅広い国を REDD プラスに参加させる効果が
各国の削減目標の決定に先んじて進める必要がある
見られている。
といえる。
後者の A/R CDM の運用規定への反省という点も、
REDD プラスの合意内容に影響を与えている。森林分
野への CDM 導入に当たって議論を始めた頃は、森林
減尐の防止も対象の一つとされ、世界銀行のバイオカ
ーボンファンドでもそれを推進していた。しかし、森
林減尐の防止は過大なクレジットを生む可能性があ
るとの危惧から、COP7 で認められたのは獲得できる
クレジットが尐ない植林 CDM のみであった。現在の
REDD プラスが森林減尐の防止を担うことになった
所以である。
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気候変動に関する意思決定ブリーフノートについて
本ブリーフノートは、環境省環境研究総合推進費E-0901(旧H-091)「気候変動の国際枠組み
交渉に対する主要国の政策決定に関する研究」の研究成果や、研究活動における議論を世の中に
いち早く、定期的に周知することを目的として発行されています。内容に関して、あるいは本研
究課題に関するお問い合わせは、課題代表者の亀山康子(独立行政法人国立環境研究所)にお願
いいたします。なお、内容に関するすべての責任は、上記代表者にあります。
〒305-8506 茨城県つくば市小野川 16-2 独立行政法人国立環境研究所
地球環境研究センター 温暖化対策評価研究室
電話:029-850-2430 ファックス:029-850-2960
Eメール:ykame@nies.go.jp
URL:http://www-iam.nies.go.jp/climatepolicy/index.html
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