患者満足度調査を活用した経営改善手法の実践 1.患者満足度調査の導入と病院経営 (1)患者満足度とは何か 病院経営改善を目指した患者指向経営を実現するためのツールとして、患者 満足度調査があります。 厚生労働省は、病院改善の軸として検討すべき項目として患者満足度を掲げ て、平成13年度に医療施設経営安定化推進事業における「患者満足度調査導 入による病院経営に関わる調査研究」を実施し、この報告書は同省HPに掲載 され公開されているので、これらを参考に自院で患者満足度調査を実施するこ とも可能であろうと思われます。 患者満足度とは、長谷川万希子氏によれば、 「受けた医療に対してどのような 点にどの程度満足できたかという患者の印象を表すもの」と定義されています。 しかし、医療関係者および医療職にとっては、プロである自分たちが実施し た医療に対して、患者が満足の印象で評価することにクレームを訴える向きが あります。例えば、自動車会社の決算に利益として現れているのは、単に当該 会社の車が良いという消費者の貨幣的な表現であると考えられます。決して、 自動車を分解し個々のパーツを精査しているはずはありません。市場での印象 の結果、つまり評価が利益として現れたのであり、これが最終的な印象の結果 なのです。病院経営をトータルに考えた場合においては、患者が抱く印象は重 要なポイントであると考えられます。 (2)患者満足度調査導入の留意点 患者満足度調査をめぐっては、 「この病院に満足しているか」という質問に対 して、8割方が「満足」という回答を得るという問題があります。しかし、こ の結果からはどのように分析・検討しても、問題点をピックアップすることは できません。これは例えば、老人対象調査研究における老人は「自分の人生に 満足しているか」という面接調査に対して、多くの回答が「満足」となります が、これは事実を反映しているものではなく、調査分析には留意が必要である とされています。つまり、他人の前で自分の人生を否定する発言はしないとい う理由によるものですが、病院の患者満足度調査にも同様の現象が見られます。 外来と入院を比較すると、入院患者の方が好印象を示す結果となります。こ の理由のひとつには病院内であることが挙げられ、外来は病院を離れるため概 して厳しい評価が現われるのですが、このような事情から患者の本心を計るの は困難であり、調査質問項目等に留意が必要であるといえます。 また、患者アンケート調査を実施した場合、最も満足度が低い病院が、実は 最も良い病院です。なぜなら、それでも患者はその病院を受診しており、調査 項目に記載されない部分を越えた何かがその病院にはあると考えられます。そ こで、「満足しているか」という質問を回避し、「問題を感じているか」という 表現に改めて、問題点を抽出できる工夫が求められます。 【調査項目例】 (2)患者が感じる問題と総合評価との関連(病院職員) 病院職員についての満足度に関する図表では、縦軸に問題率をとり、横軸に 相関係数を取って表します。ここでの相関係数とは、病院に対する総合評価と の関係性を重視し、より影響力のある個別項目を特定するため、個々の項目と の相関をみたものです。 これによると、問題率の相関係数が高いのは、医師の病状・治療方法に関す る説明であり、また問題率および病院トータルの評価と個々の項目の相関係数 がいずれも高く、この点を改善することにより病院全体の評価が向上するとい う項目を指標として、重要度という統計的処理を並べたものです。これを分析 すると、医師の病状・治療方法に関する説明や医師への信頼感、看護方法とい う項目が上位に、下位には薬剤師に関する項目が並んでおり、これは逆に言う と薬剤師は患者の評価対象にはなっていないことを意味します。また、受付・ 会計は、外来・入院を問わず、問題を感じる部分として常に挙げられる点であ り、金銭の授受は、評価のひとつの軸といえます。 接遇等も項目に挙げていますが、会計は常に高い数値を示すため、注意すべ き点であると共に、コ・メディカルスタッフに関しては評価の対象とならない ことも明らかになっています。 外来については、基本的には入院と同様の結果が見られ、上位には医師の病 状の説明、相談に対する応答があげられているほか、薬剤師における応答があ り、これは外来における特徴といえます。 (3)患者が感じる問題と総合評価との関連(病院設備) 外来における病院設備は、問題率から見ると、患者が最も問題を感じている のは、突出して待ち時間の長さであることがわかります。しかし一方で、病院 の総合評価との相関では、他の項目に比してそれほど高くはないことが明らか となっています。むしろ、送迎サービスや駐車場の利便性の方が重要視されて おり、仮に待ち時間が長くとも、また予約診療が円滑に運用されなくても、患 者はその病院での診療を希望していることが伺えます。問題率だけからも、待 ち時間の長さと病院アクセスの重要性が明示されています。 病院設備、アメニティに関しては、問題率で見ると病院内施設の快適性や療 養生活の快適性のほか、食事や退院後の支援が挙げられますが、相関係数から 見ると、療養生活における快適性、病院内施設の快適性の数値が大きくなり、 一方では食事に対する不満については、病院全体との相関は高くないといえま す。これは、入院時の食事に対する患者の期待が薄いためであると考えられ、 病院経営者として確認、チェックすべきポイントを提示しています。 個々の病院が行うサービスの評価によって、問題の所在を分析するためには、 患者満足度調査は有効な方法なのです。 2.患者指向経営の取り組み度合いと展開 (1)患者指向経営の取り組み度合いと経営状況 患者指向経営の取り組みを実施している病院の経営状況をみると、患者のア ンケートや投書を実施して、その結果を人事考課に反映している病院の9割近 くが黒字となっていることから、患者指向の取り組みが実施できれば、少なく とも経営は改善するといえます。最も進んだ取り組み体制として、人事考課へ の活用が実施されている病院では、既に他の経営改善策は取り組んでいるとい う実情もありますが、人事と賃金に手をつけない経営改善は困難であると共に、 人事と賃金に取り組める病院は全ての取り組みが可能なのです。 この点において、自治体病院は未だ取り組みが遅れており、例えば、厚生省 の国立病院での職能等級フレームでは、大病院の総婦長クラスが標準とされる 5∼6等級に、看護職の1%が該当するのみです。しかしある県の職員は6割 が相当するとされています。人事院規則では該当する対象を「婦長」と定めて いますが、その県ではこれに「および同等の能力を有する者」という規定を付 け加えているため、6割が当該等級に該当する結果になっているのです。 人事制度に患者の意向を反映することは非常に重要であり、こうした取り組 みなしに、患者が快く病院に自らの財を投入することはないと考えます。 (2)病院における本質サービスと表層サービス これからの病院経営を考えるとき、「本質のサービス」と「表層のサービス」 という2つのキーワードがあります。例えば銀行では、預金の安全性や確実性、 公平性という点に関して本質のサービスが求められる時代を迎え、淘汰される 機関が増加しており、同様の現象が医療機関にも生じているといえます。 本質である治療義務や病状説明、また表層サービスも重要な部分ですが、医 療技術や医師の質という点で選別される時代に入ったということです。重要な のは、表層サービスは充実すればするほど患者の満足は高まっていくものです が、本質サービスである治療の技術や病状の説明というものは、一定程度充実 するとそれ以上に患者満足は向上しないという点です。 このような関係に対して、治療や病状の説明についても、充実させればする ほどに患者満足は高まっていくはずであるという反論があります。しかし、表 層サービスの改善を訴えることはできても、本質サービスの内容は専門職が担 うものであるため、病院経営管理上は困難であるといえ、本質サービスである 治療技術や病状説明の充実によって、患者満足は向上するという点を訴えない 限り、患者はより医療資源を注入しようという動きにはならないという認識が 重要です。患者の満足の対象は、周辺のアメニティ等ではなく、コアとなるの はやはり医師や看護職であり、こうした点を再度検討し、患者満足を向上させ る病院作りに取り組むことが必要です。 例えば、薬剤のマーケティングにおいて、DTC(Direct To Consumer)広 告がなされると、4割の患者がこの広告を主治医に持参して処方変更の議論を し、さらにこのうちの3割が広告による新しい薬を希望するというアメリカの 調査結果があります。つまり、広告が市場の12%を動かしていることになり、 メーカー側としても、医師を対象としたマーケティングから直接消費者に対す る働きかけを検討し、広告費の支出はMRの人件費よりは低く抑えられるため、 医師は「中間加工業者」であって、最終消費者は患者であるという位置づけで 捉える向きもあります。こうした考え方が必ずしも良いとはいえず、また今後 においても日本の医療制度改革はまだ動きがあると考えられますが、患者を軸 にした見直しは必須事項であるといえます。 (3)CSのためにはESを 職員である医師を管理するためには、これら患者満足度に関するデータを数 値化する等により納得させることが必要になります。医療経営は、医師をどう 動かすかを考えることが求められると共に、医療はサービスであるため、良い 医者を気持ちよく働かせることが重要なのです。病院の経営改善を図るため、 患者指向型経営を目指すには、患者満足度(CS)は重要なポイントですが、 ここでキーになるのは、職員満足度(ES)です。職員が快適に働いている病 院においては、患者は必ず満足を得るものであり、そのための人事制度構築お よび環境整備等の対応や職員の意識改革を促し、職員満足度の向上を図る取り 組みが患者満足度の向上へ、そして経営改善へとつながることになるのです。 3.患者満足度調査を活用した経営改善例 医療提供サービスの受け手である患者を消費者と捉える視点において、病院 の経営改善を図るため、多様化・複雑化している患者ニーズを把握し、これに 対する対応の充実を目指して患者満足度調査を実施し、この結果を経営改善に 活用した事例をご紹介します。 (1)病院概要 開設後約30年余りのこの病院は、職員数約90名で40床余りを有する地 域における専門病院です。開院以来「医療の質」にこだわった病院づくりを目 指して、数年前に法人化を果たし、病院機能評価認定および認定更新を受けて いるほか、約15年前より患者満足度調査に取り組んでいます。 同院では、外来患者数の増加により分院を開設したことに伴って借入金・人 件費負担が増加し、収益が悪化する事態となったため、その対応策として患者 満足度調査を導入し、これによる経営改善に取り組み、成果を挙げました。 (2)病院の選択と戦略策定のプロセス 同院は、患者の満足を向上させることを通じて、職員の幸福を追求するため の病院マネジメントサイクルを組み立て、実践することとしました。医療の質 にこだわり、「高水準の専門医療技術」「患者のための医療」に対する評価の重 要性を認識したことがきっかけになっています。一般サービス業における顧客 満足には、顧客満足(CS)、職員満足(ES)、社会満足(SS)を含むとさ れており、病院におけるこれらの実現を経営理念に掲げ、患者の意識とニーズ の把握と病院の閉鎖性の改善、第三者評価の活用の必要性から、患者満足の達 成を目指す多様な戦略を策定しました。具体的には、TQC活動への取り組み、 病院機能評価の受審、CS活動の実践組織として医療サービス対応事務局の設 置、さらに患者満足度調査としてアンケートの実施等が挙げられます。 (3)患者満足度調査の内容 同院では、患者満足度調査を毎年1回実施しており、その評価項目は「診療 システム関連」「職員サービス関連」「設備関連」の3つの大項目で構成されて います。評価は5点満点(1.不満、2.やや不満、3.普通、4.やや満足、 5.)とし、各評価項目は、調査開始当初からほぼ固定しているため、結果の推 移が年次を追って把握できるほか、自由記述式として理由を詳細に記述しても らっており、また回収率は9割以上を常に維持しています。具体的な評価項目 は次のとおりです。 大 項 目 具 診療システム関連 職員サービス関連 設 備 関 連 体 的 項 ・休診日(診療日) ・診療時間 ・待ち時間(診療・投薬・検査) ・初診説明 目 ・検査日とシステム ・医師(病状説明・コミュニケーション・診療姿勢) ・看護師(看護サービス・応対姿勢) ・薬剤師(服薬指導・応対姿勢) ・放射線技師、臨床検査技師(応対姿勢) ・受付(窓口サービス) ・清掃 ・医療設備 ・照明設備 ・冷暖房設備 ・音響設備 ・病室設備(個室・大部屋) ・喫煙コーナー ・トイレ ・自動販売機 ・ロビー ・駐車場 (4)分析方法および結果の評価 調査によって得られた評価点から各項目の得点の総合計、満足率、普通率、 不満率を算出し、単年度ごとの各項目別比較および各項目の年次推移について 分析を行っています。 この分析結果については、当初は経営資料としてのみ利用していましたが、 調査に対する患者の関心および意見が寄せられ、職員が調査結果を把握した上 で業務をなす必要性から、調査結果の公表と開示を行うこととなりました。結 果はそれぞれ評価をなした上、公表に併せて、満足度の低い項目に対する改善 への取り組み内容を明記し、単なる数字の公開にとどまらず、患者の声を活用 しフィードバックする姿勢を示しています。 分析方法のひとつである年次推移は、次の大項目例のとおりです。従来低い 評価を受けていた課題項目が、対策により効果を発揮して向上を示した推移が 表示されています。 満足度年次推移(診療システム関連) 5.0 4.5 4.0 3.5 3.0 2.5 1987年 1990年 1992年 1994年 1996年 1998年 2000年 調査年度 診療時間 診察待ち 投薬待ち 初診説明 満足度年次推移(設備関連) 5 4.5 4 3.5 3 2.5 1987年 1990年 1992年 1994年 1996年 1998年 調査年度 医療設備 喫煙コーナー トイレ設備 駐車場 2000年 (5)経営改善への取り組み ∼ 効果と留意点 患者満足度調査を通じてCS活動を推進した結果、同院においては病院と職 員、そして患者が一体となってより良い病院づくりを目指す「好循環スパイラ ル」が機能し、収益率は10%となっています。また、CSを核とした新能力 給制度を実施し、看護職員からの理解を得て診療報酬上の看護配置2:1を実 現しました。さらに、ESの具体的な取り組みとして院内保育や病児保育の実 施により、平均勤務年数が長期化し、質の高い看護の提供につながると共に、 職員確保が容易となっています。 患者から評価される「患者のための医療」を実践することは、病院の努力に 対する患者の理解を得るために重要な役割を担っています。患者の意識やニー ズは、社会環境や生活様式の変化に伴って常に変わっていくものであり、こう した変化への対応策として、患者満足度調査の継続的な実施は有効であるとい えます。患者へのフィードバックなしに、負担を伴う調査は行うべきではない と同院では考えています。また、多くの病院において指摘されるような職員意 識の閉鎖性や業務の因習性は、病院の発展や経営改善・安定への大きな阻害要 因であるため、このような障害を回避するための取り組みとして、第三者評価 を受けることも有効であるとし、同院では機能評価認定を取得しています。
© Copyright 2024 Paperzz