人はなぜウイルスに恐怖し, 惹きつけられるのか

2014年12月9日
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Column
﹃ ウイルスと人類 ﹄の本棚
人はなぜウイルスに恐怖し,
惹きつけられるのか
この夏,
エボラやデングのニュースを不安な思いで追いかけていた人は多いはずだ。さま
用意ができていた江戸時代の蘭方医たち
アン・ジャネッタ『 種痘伝来』
ざまな病気の中でも感染症は強力に人心を脅かし,
しばしばパニックに駆り立てる。とりわ
むろん,人類はウイルスに負け続けてきたわけで
けウイルス感染症は,
その正体の分からなさも相まって,
人びとに嫌悪と恐怖,
忌避の念を抱
はない。人類が制圧したウイルス感染症としては,
かせ,
時に魅了してきた。実にさまざまな本が書かれ,
多数の読者をとりこにしてきたのもそ
痘瘡
(天然痘)
がある。古代エジプトのファラオから
のせいだろう。ウイルス関連の書籍を紹介しつつ,
この点を考えてみる。
孝明天皇まで,多くの命を奪ってきた天然痘の制圧
を可能にしたのは種痘である。英国人ジェンナーの
それを実践するのはさらに困難な課題なのだろう。
手で1796年に発明された牛痘接種が,いかに鎖国
うつる病気はやはり怖い。致死的ならばなおさら
の壁を乗り越えて日本の各地に導入されたかを,ア
だ。ラッサ熱がテーマの『 熱病−殺人ウイルスとの
ン・ジャネッタ『 種痘伝来』は生き生きと伝えている。
1700 日の死闘』,エボラ出血熱とマールブルグ病に
18 世紀末∼19 世紀初頭,欧州はナポレオン戦争
覚えておられるだろうか。2009 年の春から夏に
取材した『ホット・ゾーン』。いずれも古い本だが,衝
で混乱を極めていたが,それでも種痘は速やかに
かけて,日本は新型インフルエンザ(ブタ由来 H1N1
撃は薄れていない。単なる読者なら耳慣れないウイ
全 域に浸 透。植 民 地 政 策の 一環として,早くも
ウイルスによる)流行の渦中にあった。神戸と大阪
ルスの起こすパニックを楽しめばよいが,医療者は
1805 年に広東やフィリピンに到着する。しかし,日
の高校生に発症者が出て,私たちの社会はパニッ
『インフ
いつ関わらざるを得なくなるか分からない。
本に届いたのは半世紀近く後の1849 年だった。実
クに近い状況となった。厚生労働大臣が深夜に記
ルエンザ 21世紀』で印象的だったエピソードは,あ
はシーボルトも痘苗を携えて来日したが,ウイルスは
者会見を行い,マスクや消毒薬が売り切れ,関西へ
るシンポジウムで交わされた議論である。
「もし,こ
バタヴィアからの船旅で失活していたのだ。
の修学旅行や出張を禁じる例が相次ぎ,発症者の
のウイルスが高病原性であったら,医療者は対応し
江戸時代の蘭方医たちは,この半世紀を無駄に
学校や家族がいわれのない批判を浴びた。あの騒
ていただろうか」という問い掛けが,会場の猛反発
しなかった。師弟関係を軸に日本中に知のネットワ
ぎはいったい何だったのか。
『パラサイト・イブ』の
を招いたという。果たして医療者の責任と正しく怖
ークを巡らせ,文献を翻訳し種痘の知識を共有し
作家,瀬名秀明が,インフルエンザと闘ったさまざま
がることは両立するのか。難問だが,本書で見つけ
た。だからこそ,生きた痘苗が届いた途端,接種し
な立場の人びとを入念に取材した『インフルエンザ
た「でも,
患者さんを実際に診た先生は,もう病気
た子供をリレーするという面倒な方法で各地に種痘
21世紀 』
が,考える手掛かりを与えてくれる。
を恐れないんです」
という言葉に希望を託したい。
を根付かせることが可能となった。彼らは,
新技術
正しく怖がることの途方もない難しさ
瀬名秀明『インフルエンザ 21世紀』
を受容する用意ができていたのである。
この本では,寺田寅彦の言葉「ものをこわがらなす
ぎたり,こわがりすぎたりするのはやさしいが,正当
にこわがることはなかなかむつかしい」が何度も引
用されている。2009 年の新型インフルエンザは,最
強の鳥インフルエンザ襲来が何年間も警告されてき
たところに現れたため,当初の対応に
“怖がり過ぎ ”
の面があった点は否めない。瀬名は,感染症の数
理モデルを研究する理論疫学者に取材し,機内検
疫の効果はごくわずかだったという見解を紹介して
いる。感染症を正しく怖がるのは難しいし,政策で
人を変容させ,
進化させるウイルス
上橋菜穂子『 鹿の王』
人間が普遍的に持つ感染症への恐れ,ウイルスと
いう存在の不思議さ,環境破壊と新興感染症の関
が,ウイルスを体に宿したために変化を強いられ,民
係,バイオテロ…。
“ウイルスと人類”
で言及し,
本コ
族の反乱と弾圧の激動に巻き込まれる物語である。
ラムでも触れた論点のいずれについても深い示唆を
「架空世界の話か」と片付けないでほしい。作者は,
与えるファンタジーがある。上橋菜穂子の『鹿の王 』
英国の医師・進化生物学者フランク・ライアンの著書
である。
『 破壊する創造者−ウイルスがヒトを進化させた 』に
上橋は,
『守り人』
シリーズ,
『獣の奏者』
シリーズ
インスパイアされ,
「人の身体を侵す敵であるウイル
の著者で,2014 年の国際アンデルセン賞を受賞する
スが,時として,身体を変化させる役割を担う共生体
など,異世界ファンタジーの書き手として世界的に評
としてふるまうことがあるのではないか」と考え,本
価されている。その最新作『鹿の王 』は,狂犬病のよ
書を書いたという。人はなぜウイルスに惹かれるの
うな致死的な病いに罹りながら生き残った主人公
か。答はゲノムの中に潜んでいるのかもしれない。
瀬名秀明
(鈴木康夫監修)
『インフルエンザ 21世紀』
(文春新書,
2009)
● ジョン・G・フラー
『熱病­殺人ウイルスとの1700 日の死闘』
(立風書房,1976. 絶版)
● リチャード・プレストン
『ホット・ゾーン』上下(飛鳥新社,1994. 2014 復刊)
● アン・ジャネッタ
『種痘伝来­日本の
〈開国〉
と知の国際ネットワーク』
(岩波書店,2013)
● 上橋菜穂子
『鹿の王』上下(角川書店,2014)
● フランク・ライアン
『破壊する創造者­ウイルスがヒトを進化させた』
(早川書房,2011)
●
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Q&A 監修 「ウイルスを知る」Q1∼4
「ウイルスを利用する」Q8
西條 政幸
(国立感染症研究所 ウイルス第一部 部長)
「ウイルスと闘う」Q5
牧野 友彦
(国立感染症研究所 感染症疫学センター)
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ISSN 0288-3082
2014/12/10 16:50