医師-看護師間におけるコミュニケーションの問題に関する研究 ―看護師はなぜ医師の間違いを指摘できないのか?― ≪本研究の主題についてすでに知られていること≫ 1. 効果的な看護師と医師のコミュニケーションは看護師と患者にとって望ましい結果をもたらす. 2. 看護師のアサーティブさは看護師と医師のコミュニケーションをスムーズにする. ≪本研究がつけ加えること≫ 看護師と医師のコミュニケーションの別の部分に焦点を当て,効果的な看護師と医師のコミュニケー ションを妨げる医師の特性を報告する. 序 ≪看護師-医師の協同の重要性(Fagin,1992; Larson,,1999)≫ 1. 看護師-医師間のコミュニケーションは,看護師・医師の満足度の増加をもたらす.(Baggs et al.,1997) 2. 効果的な看護師-医師の協同は医療ケアの質に肯定的に働き,集中治療室での低死亡率にも反映され る.(Bagg et al., 1999; Knaus et al., 1986) 3. 介入プログラムや介護システムの変革は,看護師-医師間のコミュニケーションと協同を向上させる. (Boyle and Kochinda,2004; Devereux,1981a,b;Koerner et al., 1986) 4. 新人看護師の医療チームへの配属,医療指導者の指名,日々の専門的な巡回の制度化は,医師-看護 師間のよい協同やコミュニケーションによって実現されている. (Vazirani et al., 2005) ≪看護師-医師関係の歴史的背景≫ 看護師-医師の関係には,「看護師が医師に従属するもの」という階層的慣習があり,看護師-医師 の関係の質がこの 10 年で改善されてきたという研究者もいるが,看護師-医師の効果的な協同を妨げ る多くの障壁はそのままである.(Larson,1999;Sweet and Norman,1995) ≪日本の看護師-医師関係の特徴≫ 看護師-医師間のコミュニケーション障壁に関する,場面想定法を用いた質問紙調査 (大坪・島田・ 森永・三沢, 2003)の結果,医師・看護師ともに,より「年功や職階層に基づく関係」にコミュニケーシ ョンの困難さを感じる傾向が示された.そこで,看護師のためのアサーション訓練プログラム日本版が 開発された. (Yamauchi et al., 2003) ≪日本の病棟の現場観察からいえること≫ 1. 看護師はごく少数の医師としか良い関係を持たず,技術的な質問をすることが多い. 2. 良い関係にある医師には看護師が気軽に医師の潜在的エラーをときどき指摘している. 3. 看護師はある一定のタイプの医者とのコミュニケーションの困難を感じる傾向にある. *看護師がある一定のタイプの医師にはコミュニケーションの難しさを感じるが,全ての医師に対して ではない. リーダーの気質が下位の気質と同様にリーダーとメンバーの関係の質に影響を及ぼすという知見はリ ーダーシップに関する研究の結果と一致する (Allinson et al., 2000, Howell and Hall - Merenda, 1999). コミュニケーションの問題を解決するための介入プログラムは両者の特性を考慮して改善される必要 があり,医師の性格が看護師とのコミュニケーションの質に影響を及ぼすかどうかを検討することの意 義は大きい. 1 ≪本研究の目的≫ 「どのようなタイプの医師が看護師からコミュニケーションの困難さを感じられているか」を明らかに するために,以下の 2 つの研究を実施した. 1. 質問紙を用いた面接調査(予備調査):9 名の看護師に最近仕事場でコミュニケーションしづらいと 感じた医師を延べてもらった. 2. 質問紙調査:予備調査の妥当性を検証するために,予備調査を基に作成した質問紙調査を実施した. 予備調査 質問・指摘をしづらいと感じる医師の特性および,どの医師かによらず質問・指摘しづらいと感じる 状況について,2 病院の看護師 9 名を対象とした面接により探索的に調査した. Table1 予備調査の質問項目 1. 指示の曖昧さや間違いに気がついたときに声をかけづらい人はいますか (1) いるとすればその人の職業は何ですか(医師・同僚・薬剤師など) (2) その人はあなたより年上ですか (3) その人はあなたよりこの病院で長く働いていますか (4) 他の看護師もあなたと同じように感じていると思いますか (5) その人のどんな面が声をかけづらくさせていると思いますか (6) その人に声をかけて失敗した経験があれば教えてください 2. 指示の曖昧さや間違いに気がついたときに声をかけやすい人はいますか (1) いるとすればその人の職業は何ですか(医師・同僚・薬剤師など) (2) その人はあなたより年上ですか (3) その人はあなたよりこの病院で長く働いていますか (4) 他の看護師もあなたと同じように感じていると思いますか (5) その人のどんな面が声をかけづらくさせていると思いますか (6) その人に声をかけて失敗した経験があれば教えてください 3. 医師の性格・態度などに関わらず声をかけづらい状況はありますか (1) あるとすればどんな状況ですか (2) 声をかけねばならない緊急で深刻な状態になったらどうしますか (3) 問題が緊急でなければどうしますか 結果 質問・指摘をしにくい医師の特性として,多くの看護師から共通して得られた回答は,「指示が 一方的である」 「威圧的」 「気分にムラがある」 「怒りっぽい,怒られた経験がある」等であった.また, 質問・指摘をしにくい状況としてあげられたのは, 「処置中」 「手術の直前・直後」 「外来に出ている(電 話連絡が必要)」等であった. 質問紙調査 面接調査で得られた回答の一般性を確認するため,面接を行った病院とは別の 4 病院の看護師 310 名を 対象とした質問紙調査を実施した.質問紙の構造は以下のとおりである.まず,回答者には同じ職場の 2 中で最も質問・指摘のしづらい医師を思い浮かべてもらい,その医師に Table 1 の項目がどれくらい当 てはまるかを 7 件法で訊いた(項目 h は,予備調査で回答されなかった項目であり,項目 j は,1 人か らのみ回答された項目である).次に,同じ職場の中で最も質問・指摘のしやすい医師を思い浮かべて もらい,同じ内容の質問に回答してもらった(約半数の回答者は質問・指摘をしやすい医師について先 に回答した) . Table 2 医師の特性に関する質問項目 a. その医師はあなたより年上ですか b. その医師の性別は何ですか c. その医師とはどのくらいの間一緒に仕事をしていますか d. その医師は指示を出すときに丁寧に説明をするほうだと思いますか e. その医師は患者さんのことについて看護師に声をかけることはありますか f. その医師は気分にむらがあるほうですか g. その医師は看護師を下に見ていると感じられることはありますか h. その医師は医師としての自分の能力に自信を持っていると思いますか i. その医師は看護師に対して怒ったり,嫌味を言ったりすることがありますか j その医師は緊急時に動揺しやすいですか k. その医師はその医師と長く働けば,声をかけやすくなると思いますか 注:f, g は逆転項目であり,以下,点数を反転させて分析した. Table3 項目 d, e, f, g, i についての面接での回答の抜粋 d. 項目の説明 「こうしろ」と言われ「なぜですか,どうしてですか」と聞くと,や ればいいんだ」と何の説明もなかった. e. 医師による声かけ 声のかけやすい医師は私たちと関わろうとし,「私のいない間,患者 さんの様子はどうだった?」などと自発的に尋ねる. 医師のコミュニケーショ 処方箋を頼もうと待っていた時,まだ頼んでもいないのに「待って」 ンへの躊躇 と言われた. f. 医師の気分のムラ 医師が気分にムラがあると知っていると,声をかけてよいのだろうか と思う.注意深く機嫌を窺わないようにしないといけないので難し い. g. 看護師への尊敬の欠如 看護師を尊敬していないような医師には話しかけにくい.「そんなこ ともできないのか」などと言ったりする. i. 看護師への怒りっぽさ 状態の安定した患者が急変した時,医師は「どうしてこうなったんだ」 と怒鳴った. 結果 医師のタイプによって指示の仕方に差があるかどうかを検討するために,2(医師のタイプ:質 問・指摘しやすい医師 vs .質問・指摘をしづらい医師)×2(想定した医師の順序)の ANOVA を行った. その結果,①~⑦の全ての項目において,医師のタイプの主効果が得られた(Figure 1). 3 MEAN RESPONSE 7 5 4.85 4.38 5.42 5.29 DIFFICULT 5.57 5.11 4.63 3.28 3.08 2.96 2.91 d f g EA SY 4.10 2.71 3.00 3 1 e h i j ITEM Figure1. 質問・指摘がしやすい医師としづらい医師の特性の平均 項目 h は,面接の回答にはなかった項目で,この項目では有意差が出ないことが予想されたが,分析 の結果,この項目でも有意差が確認された.しかし,Figure 1 に見られるように,この項目での平均値 の差は,他項目の平均値の差より小さくなっている.以上の結果は,面接調査で 9 人の看護師から得ら れた回答が,他の病院の看護師にも広く共有されていることを示唆するものと考える. 「質問・指摘しづらい医師」の中には複数のタイプが存在するかどうかを検討するためにクラスター分 析を用いた検討を行った.そして,質問・指摘しづらい医師を 3 つのタイプに分類し,分類した医師の 特性を比較した(Figure 2).その結果,タイプⅠは,全ての項目において平均点が高く,タイプⅡは fiに対して中程度に高い平均値を示していたが,項目 d. e. j に関しては比較的低い平均値であった. タイプⅠの医師は 7 つの項目全てに該当し,自分から看護師に声をかけることがなく,怒りっぽく短気 であると看護師に見なされている.タイプⅡの医師は,自分から看護師に声をかけ,質問が丁寧ではあ るが,怒りっぽいなどの理由で看護師がコミュニケーションに抵抗を感じている.反対に,タイプⅢの 医師は怒りっぽいなどの感情的な問題はないものの,自分から看護師に声をかけず,指示・説明が丁寧 でないために,看護師からコミュニケーションに困難さを感じられている. MEAN RESPONSE Type I Type II Type III 7 5 3 1 d e f g h i j ITEM Figure2. クラスター分析により分類された医師の特性の比較 さらに,この 3 タイプの医師のそれぞれとどの程度の期間仕事をしているかを比較したところ,タイプ 4 III の医師において勤務歴 2 年未満の者が有意に多かった(χ2 (df=2) =16.52, p<.001)(Table 4).この結果 は,長く一緒に仕事をすることで感情的な問題を伴わない医師とのコミュニケーションは容易になるこ とを示唆している.これに対して,質問紙ではコミュニケーションが困難と想定した医師と今後長く仕 事をしていくことで,困難さが低減すると期待するかどうかも訊いていた.この質問項目への回答を分 析したところ,タイプ II の医師を想定して質問紙に回答した看護師が,他の二つのタイプの医師を想定 して回答した看護師より,コミュニケーション改善への期待が高かった. Table 4 医師のタイプによる勤務期間の関係 2 年未満 2 年以上 Total 注:( Type I Type II Type III 89 57 66 (.65) (.66) (.90) 47 29 7 (.35) (.34) (.10) 136 86 73 )内はタイプ内における比を示す. 考察 本結果より,看護師が質問・指摘をしづらい医師の特性および状況が明らかになり,さらに,質問・指 摘をしづらい医師には 3 つのタイプが存在し,タイプⅢの医師の問題については,一緒に働く時間が長 くなることで,それが解消される可能性が示唆された.また,看護師が医師に質問や指摘ができない要 因としては,2 つのカテゴリーが見出された.第一は医師からの説明や声かけの不十分さなど行動的問 題であり,第二は医師の不機嫌さや短気さなど情緒的な問題によるものである. このようなカテゴリー分けは医師のトレーニングプログラムの開発に有用である可能性がある. 行動的問題は,それほど看護師―医師コミュニケーションにとって深刻ではないと捉えてもいいかも しれない.看護師からコミュニケーションをとるのをためらっていると感じられている医師は,積極的 にそれを避けているわけではないが,しかしコミュニケーションを取りたがっているわけでもない.こ のような場合,未来の医師や研修医に,単に看護師とのコミュニケーションに積極的な態度を取るよう に教えれば,Type3 の医師に関して起こる事柄については問題を削減できる.同じく,専門家によって 看護師と医師がコミュニケーションの障壁に関する意見を交換するトレーニングを受けることで,看護 師―医師関係は改善されるだろう.より深刻な問題は,感情的特徴に関わるものである.これに関して は長い期間共に勤務しても改善の見込みが少なく,感情的な問題は行動的問題よりもコントロールが難 しいために,医師が自分自身の感情的特徴を変えることは難しいと予測される.よって,介入プログラ ムを開発しようとすれば,それは効果的に感情面の特徴に影響を与える方法を含む必要がある. 本研究の問題点として、標本抽出に関わる問題がある.この調査はわずか 4 つの病院を対象に行われ た.これはサンプルサイズとしては小さい.また,質問紙の配布を病院側に依頼したために,回答率や, それぞれの病院の母集団の大きさを見積もることができなかった.そして,看護師の中には同じ医師を 念頭において質問紙に回答した者がいる.よって,3 タイプの医師の相対度数が,必ずしもすべての母 集団の中での相対度数を反映していたわけではない.従って,調査結果を母集団からの推定であると解 釈することはできない. 5 これまでの議論を踏まえると,今日の職場環境においては,本研究で報告された医師の行動的・感情 的特徴は,多くの看護師にとって,コミュニケーションの障壁であると感じられる傾向にあると結論付 けられる. しかし,どのくらいの頻度や深刻さで,医師の特徴が看護師―医師のコミュニケーションを妨げるか は,まだ確認されていない.これは病院や国によって異なる可能性がある.しかし,参加した母集団に おけるそれぞれの特徴の頻度や深刻さについて同定できたならば,看護師と医師のための,より費用効 率のよい介入プログラムを開発することができると期待される. 6
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