酸化チタンの光触媒作用を用いた光カソード防食

酸化チタンの光触媒作用を用いた光カソード防食
篠原 正(独立行政法人 物質・材料機構)
○中村 優二(株式会社 熊防メタル)
金属材料の耐食性を向上させることを目的として、
PVD、CVD あるいはゾル−ゲル法などによる表面
の被覆が試みられている。しかし、従来の被覆材料
はセラミックスなどの絶縁体あるいは母材より貴な
金属であり、被覆膜中に母材まで達する欠陥が存在
すると、そこを起点とする腐食がさけられない。さ
らに、被覆膜が貴である場合には、異種金属接触電
池効果により下地金属の腐食が加速される。
一方、トタンのように、鉄の上により卑な金属で
ある亜鉛を被覆した場合、被覆膜中に母材まで達す
る欠陥が存在しても防食能は阻害されない。しかし
亜鉛が鉄より先に溶けることで防食効果が発揮され
ているので、亜鉛が溶解しきった時点で防食効果は
なくなってしまう。
ところで、
TiO2はn型半導体としての性質を持ち、
光照射時には非照射時と比較してかなり卑な電極電
位を示す。しかも、その表面でのアノード反応は本
多・藤島効果 1)と呼ばれる水の酸化反応であって、
それ自身の溶解あるいは劣化を伴わない。したがっ
て、それより貴な金属をカソード防食し、かつその
効果が半永久的に持続する非犠牲アノードとして使
用できる可能性(非犠牲・光カソード防食、以下では
単に光カソード防食という)がある。
平成 18 年度熊本県戦略的技術開発促進事業費補
助事業としてこの防食法について知見の深い (独)
物質・材料機構の篠原 正先生と共同で研究を行った。
以下に主に SUS304 鋼へのゾル−ゲル法による
酸化チタン被覆例を紹介する。
げ後に室温空気中で 10 分間の乾燥後、所定の温度
の雰囲気の炉中で 10 分間焼成を行った。
2‐2
電気化学的測定
試験液として、大気開放の 0.3%NaCl 水溶液また
は pH6.0 の中性りん緩衝液を用いた。500W の高圧
Hg ランプ(ウシオ電機製、USH-500D)の光源から、
石英ガラス窓と試験液を通し光を照射した。上記の
TiO2被覆試料を測定セル中に取り付け、暗状態にて
30 分保持後の電位を暗電位とする。その後、光照射
下で自然電位を 2 時間測定後の電位を光電位とする。
3.実験結果と考察
3‐1 バフ研磨後の SUS304 鋼上の光効果
バフ研磨後 SUS304 鋼(以下では単に SUS304 鋼
とする)および比較材料として ITO 被覆ガラス基板
上に 200∼600℃×10 分の焼成条件で、TiO2皮膜の
1 回施した試料における光電位と焼成温度との関係
を Fig.1 に示す。
光電位(mv vs.SCE)
1.はじめに
0
-100
-200
-300
-400
-500
-600
100
200
300
400
500
600
焼成温度(℃)
Fig.1SUS304 鋼と ITO ガラス上の酸化チタンの光電位
と焼成温度の関係
2.. 実験方法
2‐1
試料の作製
SUS304 鋼を 25×20mm の大きさに切り出した後、
粒計 0.05μm のアルミナでバフ研磨仕上げしアセ
トンにて脱脂を行った。その後、ゾル−ゲル・ディ
ップコーティング法により TiO2皮膜を被覆し試料
とした。TiO2 膜を作製するためのゾル溶液には、
Ti(O-i-C3H7)4、H2O、HCl、C2H5OH を用いた。ゾ
ル液からの基板引上げ速度を 0.15mm/s とし、引上
□:SUS304 鋼 ○:ITO ガラス
SUS304 鋼上に TiO2皮膜を被覆した場合、その
n型半導体としての光電気化学的特性は ITO ガラ
ス基板上の TiO2皮膜のそれには及ばない。
これは TiO2皮膜中に基板金属の元素が侵入したた
めと考えられる。SUS304 鋼の主成分である Ni、
Cr、Fe の各単元素基板上に同一の条件で TiO2皮膜
を被覆し、比較した場合 Cr 基板上に被覆したサン
プル(TiO2/Cr)が最も ITO ガラスと近い挙動を示し
た。
TiO2/Fe は基板からの多量の Fe の侵入および表面
付近の Ti の著しい欠乏からもはや皮膜中に TiO2
の層は存在しないため光効果は生じなかったと考
えられる。
TiO2/Ni は TiO2 領域が存在するものの、
ほとんど最表面のみに僅かに作製されていると考
え ら れ る 。 TiO2/SUS304 鋼 で も 不 純 物 濃 度 が
1at.
%以下の TiO2 の領域は僅か表面近傍に限られ、
n 型半導体としての挙動も僅かであった。TiO2/Cr
は TiO2/ITO に比べ僅かながら基板からの Cr の侵
入が見受けられるものの、不純物濃度 1at.%以下の
TiO2 領域が TiO2/ITO の約半分の厚さ存在している。
このことにより TiO2/ITO に次ぐ高い光効果を生じ
たと考えられる。
3-2
硝酸浸漬処理後 304 鋼上の光効果
3-1 の結果をふまえると TiO2 被覆前に酸化皮膜中
の Cr 濃度を高めることにより、TiO2 被覆過程にお
ける基板元素の TiO2 皮膜への侵入を防ぎ、より高
い光効果を生じる可能性を持つと考えられる。10%
の 40∼60℃の硝酸水溶液中にて 30 分間自然浸漬
行った後、TiO2を被覆した SUS304 鋼の光効果を
比較すると 60℃で処理したサンプルが最も高い光
効果を示した。SUS304 鋼上に TiO2皮膜を被覆し
たものと 60℃で処理したそれの XPS の深さ方向の
分析結果を Fig.2、3 に示す。
元素濃度(%)
80
60
40
20
Fig.2、3 を比較すると硝酸浸漬処理を施したことに
よる基板元素の TiO2皮膜への熱拡散による侵入を
抑制しうることを示せた。Cr 基板上の酸化皮膜、
および 304 鋼上の硝酸浸漬処理後の皮膜はそのよ
うな有効酸化皮膜である。実際に硝酸浸漬処理を施
したサンプルと SUS304 鋼の光効果を比較した場
合、硝酸浸漬温度にかかわらず光電位が約−450mv
となり、未処理サンプルの光電位約−250mv から
比較するとおよそ 200mv ほど卑化された。
3-3 今後の課題
ここまでは、20×25 のサンプルでの検討を行っ
てきたが、処理の実用化に向けて大物 SUS304 鋼
300×300、500×500 のサンプルへの TiO2皮膜の
被覆を試みた。TiO2皮膜を被覆したが、20×25 の
サンプル作製時には発生しなかった干渉縞が発生
した。外部からの振動、風および内部の振動を伝わ
らないように試みたが、干渉縞は解消できず実用化
に向けて今後更なる検討が必要となる。
4.まとめ
SUS304 鋼基板で高い光効果が得られないのは
主として基板構成元素の侵入によるものである。し
かしそれは、硝酸浸漬処理を施すことで基板表面に
Cr リッチな酸化皮膜を意図的に作製することであ
る程度低減させることが可能である。光カソード防
食の大型化の実用化は今後更なる検討が必要であ
る。
0
0
10
20
30
40
50
60
スパッタリング時間(分)
Fig.2
1)藤島 昭,本多 健一,菊池真一:工業化学雑誌,72,p.108(1969).
研磨まま 304 鋼上に TiO2 を被覆したサンプルの
2) 瀬尾真浩,佐藤教男:防食技術,27,172(1978).
深さ方向と元素濃度の関係。
400℃10 分間焼成、1dip.
《お問い合わせ》
株式会社 熊防メタル 技術課 中村
TEL:096−382−1302
FAX:096−382−2067
E−mail: y−nakamura@kb−m.co.jp
■:O2、●:Ti、□:Fe、○:Cr、△:Ni
元素濃度(%)
80
60
40
20
0
0
10
20
30
40
50
スパッタリング時間(分)
Fig.3
硝酸不動態化処理(60℃)後に TiO2 を被覆したサン
プルの深さ方向と元素濃度の関係。
400℃10 分間焼成、1dip.
■:O2、●:Ti、□:Fe、○:Cr、△:Ni
5.参考文献
60