財務報告に係る内部統制報告制度の現状と課題(PDF/268KB)

ビジネス動向レポート
財務報告に係る内部統制報告制度の現状と課題
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ビジネスコンサルティング部
次長
尾形 俊彦
財務報告に係る内部統制報告制度は、2回目の内部統制報告書の公表が進んでいる。制度が定
着しつつある一方で、金融庁の企業会計審議会内部統制部会では「内部統制報告制度の運用の見
直し」も議論されている。制度の現状と今後の課題を整理する。
(2008年)4月1日以後開始する事業年度であり、
1.内部統制報告書の公表状況
2009年3月期決算から2010年2月期決算までで、提
平成18年(2006年)6月に成立した金融商品取引
法により、上場会社を対象に、財務報告に係る内部
出日としては2009年6月から2010年5月末までの範
囲である。)
統制の経営者による評価と公認会計士等による監査
第2期は平成22年(2010年)11月29日公表分まで
が義務付けられた内部統制報告制度が始まった。こ
のデータであり今後1年間を通じて増えるとは思わ
の制度は、平成20年(2008年)4月1日以後開始す
れるが、制度の初回に比べれば、「重要な欠陥」と
る事業年度から適用されたので、現状2回目の報告
「評価不表明」の総数としては少ない傾向であると
タイミングになっている。一律に全ての上場会社に
言える。制度の初回に比べれば、会社としても監査
報告が義務付けられたため、1年間の提出総数とし
法人としても評価の観点が定まってきたので、総数
ては3,800近くになっている。その中でも一部の企
が減少するのは妥当なことだと思われる。
業が財務報告に係る内部統制における「重要な欠陥」
どちらの期においても期末後の訂正内部統制報告
を公表している。次の図表1は制度の第1期と第2期
書を公表した会社は存在している。期末時点の内部
の途中までにおいて「重要な欠陥」と「評価不表明」
統制評価では評価結果は「有効」と判断していたに
の公表状況を示している。(第1期とは平成20年
もかかわらず、その後の四半期レビューや中間決算
において、前期の会計処理の誤りが指摘され、内部
図表 1 「重要な欠陥」と「評価不表明」の状況
第1期(決算日が2009年3月から2010年2月まで)
内部統制報告書で「重要な欠陥」を表明した会社
期末後の訂正内部統制報告書により「重要な欠陥」ありと訂正
した会社
内部統制評価が実施できず「評価不表明」とした会社
合 計
統制評価も「重要な欠陥」があったと評価を覆すも
会社数
92
のである。繰延税金資産、棚卸資産、固定資産等の
8
評価の誤認などが見受けられる。また、訂正の場合
15
は不正が発覚し不適切な会計処理が明るみに出るも
115
のもある。そのような不正を原因とした訂正内部統
第2期(決算日が2010年3月からで、2010年11月29日までの公表分)会社数
内部統制報告書で「重要な欠陥」を表明した会社
25
制報告書の公表は、第1期では2社であったが、第2
期末後の訂正内部統制報告書により「重要な欠陥」ありと訂正
した会社
11
期では11社中8社に及んでいる。不正の内容として
3
は決裁権限者を含む架空売上、意図的な売上の前倒
内部統制評価が実施できず「評価不表明」とした会社
合 計
39
し、循環取引などがみられる。決裁権限者を含む意
01
財務報告に係る内部統制報告制度の現状と課題
図的な不正行為は、経営者評価を中心とした内部統
て訂正される可能性もあるので、影響が大きい可能
制では発見しにくいものであるが、内部統制報告制
性がある。今後年を重ねるごとに遡った訂正も一定
度の定着化により、監査が不正の事例等に対してよ
数は出てくるであろう。
り保守的に行われていることと、事例が公にされる
ことにより不正発見の着眼点が浸透してきたとみる
2.新興市場と内部統制報告制度
日本の内部統制報告制度で特徴的なことの一つ
ことができるかもしれない。
一方で、図表1に見られるように訂正内部統制報
に、全ての上場会社に一律で適用されたことがあげ
告書の公表数に関しては2期目の現在のほうがやや
られる。よく引き合いに出されるのが、同じような
増えている状況である。訂正内部統制報告書を公表
制度で先行した米国では移行措置が適用され、全上
する場合には、ほとんどの場合有価証券報告書の訂
場会社一律には実施されなかったことである。内部
正も行われる。開示情報も多くなる傾向にあり決算
統制という考え方そのものは、どのような規模であ
作業に従事している方々の負荷も高くなっていると
り上場会社には必須な観点であると思われるが、制
聞いている。経営者にとっては売上や利益拡大に直
度的な尺度を一律に当てはめることの是非は当初か
接はつながらない作業ではあるが、決算作業の効率
ら議論があった。次の図表3は図表1に新興市場の会
化や事務の見直しなどにも十分目を向けて、訂正作
社の数を明示したものである。
業など本来は必要が無い事務が発生しないような環
図表 3 新興市場と内部統制報告制度
境づくりを検討する必要があると思われる。
第1期(決算日が2009年3月から2010年2月まで) 会社数 新興市場 割合
制度が2期目になってきたことで目立ってきたこ
とがある。図表2に2期連続して有効でない結果を公
表した状況をまとめた。
図表 2 2期連続して「有効」でない公表をした企業数
内 容
会社数
2期連続で「重要な欠陥」を表明した会社
9
今期の期末後の訂正内部統制報告書で前期まで遡って2期連
続で「重要な欠陥」を表明した会社
4
前期の期末後に訂正内部統制報告書により「重要な欠陥」あり
と訂正し、今期に再び「重要な欠陥」を表明した会社
4
前期に評価不表明とし、今期に「重要な欠陥」を表明した会社
1
合 計
18
92
60 65%
8
3 38%
内部統制評価が実施できず「評価不表明」とした会社
15
12 80%
合 計
115
75 65%
内部統制報告書で「重要な欠陥」を表明した会社
期末後の訂正内部統制報告書により「重要な欠陥」
ありと訂正した会社
第2期(決算日が2010年3月からで、2010年11月29日までの公表分)会社数 新興市場 割合
内部統制報告書で「重要な欠陥」を表明した会社
25
13 52%
期末後の訂正内部統制報告書により「重要な欠陥」
ありと訂正した会社
11
5 45%
内部統制評価が実施できず「評価不表明」とした会社
3
3 100%
合 計
39
21 54%
新興市場とは東証一部、二部などの旧来からの市
場ではなくマザーズ、JASDAQなどの上場基準が
比較的緩い市場である。各市場の上場会社数から考
この数値を多いとみるか少ないとみるかは判断が
えると、表の割合が新興市場において高いことが分
分かれるかもしれない。1期目に「重要な欠陥」を
かる。特に内部統制の実務が満足に実施できずに
表明した会社も、ほとんどが1年以内に改善が終了
「評価不表明」と公表した企業においては、新興市
しているとみることが出来る。やはり、内部統制報
告書の公表が契機になり、改善が進んだ結果と思わ
れる。この表の中では、むしろ2番目の、遡って2期
分の訂正内部統制報告書を公表した会社のほうがイ
ンパクトは大きいかもしれない。内部統制報告書の
訂正は2期分で済んだが、決算の訂正はさらに遡っ
場の割合が非常に高くなっている。
内部統制報告書の評価結果の記載を個別に見てみ
ると、
¡適切な財務諸表を作成できるスキルを持った人
材が不足している
¡財務報告に係る内部統制評価を実施するに十分
02
な体制を構築できない。
ある。財務報告に係る内部統制が「有効」であった
¡連結子会社の決算を含めてチェックできる人材
も体制も無い。
としても、非上場会社となる場合もあるので、一律
に本制度による結果だとみることは出来ないかもし
というような問題点が考えられる。新興市場に上
れない。ただし、財務報告に係る内部統制報告制度
場している企業においては、まずは事業の売上や利
が上場のデメリットになるように感じられることは
益を拡大することが最重要になりがちなので、事務
制度の趣旨から考えても良いこととは思われないの
面での人材や体制面での脆弱性は現実的に存在す
で、新規上場会社には負担を軽減するような措置を
る。旧来からの市場に上場している企業に比べれば、
検討することも今後は必要ではないかと思われる。
規模や従業員数の差も明らかなので、新興市場の比
よく言われるのは「重要な欠陥」という用語自体が
較的規模も小さい企業に対しては、制度の運用面の
適切ではないという意見である。この点に関しては、
緩和措置は検討する必要がある。しかしながら、上
企業会計審議会で検討をしているようなので、次章
場して広く資金を調達しようと考えるのであれば、
で他の変更点の検討状況も含めて記載しておきた
事実を開示することは社会的に必要なので、上記の
い。
ような人材不足を理由にし続けるのも問題であり、
財務報告に係る内部統制の導入に消極的な経営者や
4.内部統制報告制度の見直しの状況
2010年5月21日(金)に金融庁が公表した「企業
企業は市場から淘汰される必要もある。
会計審議会第17回内部統制部会議事次第」に見られ
3.内部統制報告の結果
るように、「内部統制報告制度の運用の見直し」が
次の表については財務報告に係る内部統制の報告
議論されてから、2010年11月25日(木)の「第20
内容と関連付けていいのかどうか迷う資料である。
回内部統制部会」でほぼ見直しの枠組みは定まって
図表4は、評価結果が「有効」でないと公表した会
きた。金融庁のサイトで公開されている資料のうち
社をトレースして、2010年11月26日時点で非上場
「内部統制報告制度の見直しの主な内容(案)」から
となった会社の数を集計したものである。
抜粋したものを次に示す。
(1)企業の創意工夫を活かした監査人の対応の確保
図表 4 内部統制報告の結果
○経営者が創意工夫した内部統制の評価方法・
第1期(決算日が2009年3月から2010年2月まで)
内部統制報告書で「重要な欠陥」を表明した会社
期末後の訂正内部統制報告書により「重要な欠陥」あり
と訂正した会社
内部統制評価が実施できず「評価不表明」とした会社
合 計
会社数 非上場化
92
8
8
1
15
6
115
15
第2期(決算日が2010年3月からで、2010年11月29日までの公表分)会社数 非上場化
内部統制報告書で「重要な欠陥」を表明した会社
25
1
期末後の訂正内部統制報告書により「重要な欠陥」あり
と訂正した会社
11
1
3
1
39
3
内部統制評価が実施できず「評価不表明」とした会社
合 計
手続等について、監査人の理解・尊重
○中堅・中小上場企業に対する監査人の適切な
「指導的機能」の発揮
○内部統制監査と財務諸表監査の一層の一体的
実施を通じた効率化
(2)中堅・中小上場企業向けの効率的な内部統制
報告実務の「事例集」の作成
○中堅・中小企業向けを中心とした、運用ルー
非上場となった理由としては、それぞれの市場の
上場基準に抵触し上場廃止となったもの、MBOに
より自ら非上場化を選択したもの、親会社により完
全子会社化され非上場会社になったものなど様々で
03
ルの簡素化・明確化のための分かりやすい事
例集の作成
(3)内部統制報告制度の効率的な運用手法を確立
するための見直し
財務報告に係る内部統制報告制度の現状と課題
○企業において可能となる評価方法・手続等の
簡素化・明確化
対応できる形での有効な評価作業が可能になるよう
な制度の見直しが期待される。
(例)毎年、各業務プロセスごとに行われている
評価手続のローテーション化
○「重要な欠陥」の判断基準等の明確化
○中堅・中小上場企業に対する評価方法・手続
等の簡素化・明確化
5.まとめ
財務報告に係る内部統制報告制度は会社の財務諸
表等の開示の適切性を担保する仕組みとしては有効
であると考えている。ただし、形式的にならず外部
(例)必ずしも、組織内における各階層で内部統
内部の環境変化に適応できる弾力性も必要であると
制の評価を行わないことができること等を明
思うし、組織規模の違いなどによりメリハリをつけ
確化
た効率性も重要視されるべきだと思う。この点では、
(4)「重要な欠陥」の用語の見直し
企業会計審議会による運用の見直しの議論は歓迎す
○「重要な欠陥」の用語は、企業自体に「欠陥」
べきことである。見直しの議論が現場に反映される
があるとの誤解を招くおそれがあるとの指摘
ためには、経営者側の制度の本質に対する理解と自
があり、「開示すべき重要な不備」又は「重
らの評価の改善と、評価結果を判断する監査法人の
要な要改善事項」と見直すことを検討
理解が必須であると考える。この点の周知活動を当
上記の資料以外に、実施基準等の改訂案及び、事
例集(案)がサイトに掲載されている。(注1)
局としても進めてもらいたい。
内部統制報告書の公表に関しても、特に評価結果
各回の議事録を見ると、上場会社への一律適用と
が有効でない場合の記載については、より具体的な
いうことによる形式化を避け、弾力的な運用も許容
開示を義務付けるべきである。現状では2・3行で済
しつつも、制度の有効性を確保するためにはどうす
ませている会社もあれば、原因から改善策まで踏み
ればいいかが議論されている。この議論は平成22年
込んで記載している会社もあり様々である。「有効」
(2010年)6月18日に閣議決定された、<新成長戦
でない事例は開示する側には厳しいものではある
略∼「元気な日本」復活のシナリオ∼>の中にも
が、他の会社にとっては非常に参考になるものであ
「中堅・中小企業に係る会計基準・内部統制報告制
るので、記載事項の定義づけなども検討されると有
度等の見直し、四半期報告の大幅簡素化など、所要
効だと思う。
の改革を2010 年中に行う。」と明記されていること
これから国際会計基準の適用など、企業会計の世
からも具体的な成果が早急にまとめられるはずであ
界ではいくつかの制度変更が迫っている。このよう
る。
な状況においても、過度な負担にならず制度の有効
ただし、金融庁は今までも評価が形式的になるこ
性を保てるような改善が必要になっていると思う。
とを避けるために「Q&A」を数回にわたって公開
してきたが、実務的な現場においては監査法人がや
や保守的になると、経営者評価としても保守的にな
り、現場の負担が減少しないということがあると聞
注1
企業会計審議会第20回内部統制部会議事次第 資料
http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kigyou/siryou/
naibu/20101125.html
いている。適切な開示を行うための自己評価を行う
という点では、ある程度の負担も必要だと思われる
が、リスクが低減されているプロセスに対する毎年
度の検証作業など、形式的にならずに環境変化にも
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