ブルキナファソ、ビサ社会の既婚女性と禁制 浅野 史代 Married Women

スファタオ
ブルキナファソ、ビサ社会の既婚女性と 禁 制
浅野 史代*
Married Women and sιfɔ ta υ in Bissa Society, BurkinaFaso
ASANO Fumiyo
要旨
本稿では、ビサ社会における禁制と女性の関係性を考察する。人々は禁制をどのように捉え、禁
制の違反に対応しているのかについて、既婚女性の性にかかわる禁制とその災厄の回避方法を詳細
に示す。女性は禁制に規制されているものの、これらに違反しても災厄に見舞われることはない。
しかし、女性が違反した災厄が夫や子ども、母親に降りかかる恐れがあるため、彼らが災厄に見舞
われないよう、女性たちは禁制を遵守しなければならないという構図が成立している。そして、そ
の構図には女性の生殖能力を重要視する考え方が大きく関係していることを指摘する。
Abstract
In this paper, I will examine the relationship between prohibitions and married women in Bissa society. I
will show that how people consider their prohibitions and how they deal with disasters caused by breaking
prohibitions. Also I will clarify the prohibitions about the sex of married women and the way to evasive the
disaster. Women do not suffer disasters even if they are restricted by prohibitions. However, the disaster that a
woman breaks might befall her husband, her child, or her mother. Therefore, it is necessary for women to obey
prohibitions seriously. Finally, this article points out that this prohibitions system greatly relates to woman's
fertility.
キーワード
禁制、ジェンダー、家父長制、ビサ社会
はじめに
日常生活において独自の規則や禁制を規定する社会は世界各地にみられる。人類学では、特に機
能主義的な観点に立脚した場合、これらは当該社会の秩序を保つための装置であると解釈されてき
た(ダグラス 1985 など)
。規則や禁制に違反することは社会の秩序を乱すことになるため、それを
元通りにするために、違反に対して何らかの制裁が加えられる。制裁の加えられ方は社会によって
異なるが、近代的な法治国家では法律で定められた刑罰が違反者に課される。このようなシステム
が整備されていない社会でも、それらの法に代わり、災厄による制裁が与えられるとされることは
*
日本学術振興会特別研究員/名古屋大学大学院文学研究科 JSPS Research Fellow /Nagoya
University, Graduate School of Letters
1
少なくない。
そのような社会において、災厄をもたらす主体は誰/何であるのか、それらの災厄が誰/何に降
りかかるのかについて、いわゆる災因論においては様々に報告がなされているが1)、禁制の侵犯に
関する先行研究は乏しく、しかもそれらは事例をただ紹介するだけにとどまっている2)。それらの
先行研究においては、災厄をもたらす主体は神や精霊、死霊などの「超自然的なもの」であるとさ
れる。しかし、例えば浜本(2001)が警鐘を鳴らしているように、規則や禁制に違反したために、
「超自然的なもの」がその罰あるいは制裁をもたらすと安易に結論付けることには問題がある3)。
事実、各々の社会では災厄をもたらす主体が「超自然的なもの」であるか如何にかかわらず、むし
ろ規則や禁制に違反したということ自体が原因で災厄が降りかかると考えられている。筆者が調査
を継続しているビサ社会においても、人々にとっては、禁制に違反したため誰かに災厄が降りかか
るという事実が重大なのであり、その災厄は確かに死霊によってもたらされたと考えられてはいる
ものの、そのこと自体はあまり重要視されていないのである4)。この点に関して、阿部(1983:617)
が指摘しているように、災厄をもたらす原因はあくまでも違反者にあると捉え、禁制の侵犯は生者
が生者に災厄をもたらす要因の一つであると解釈することが妥当であると筆者は考える。
ところで、災厄に見舞われるのは禁制に違反した当事者である場合と、当事者以外の人や物であ
る場合が考えられる。違反した当事者に災厄が降りかかる場合、違反した者が罰を受けるのは当然
の結果法律に違反した者に刑罰を課されることと同等であると捉えることは可能であるが、禁制に
違反した当事者に直接的な結果が向かわず、第三者に結果が向かう場合、どのようにそれらの事象
を捉えるべきだろうか。
第三者に結果としての災厄が降りかかる項目には、規則や禁制の対象が女性であることが多い。
例えば、女性の経血を伴う月経や出産に関する規則や禁制、姦通などの性に関する禁制に違反する
と夫や子どもに災厄が降りかかり、その結果どちらかが病気になったり死に至る5)。ダグラスは、
第三者である夫が災厄に見舞われることで、夫が妻に直接的な罰を施す可能性があること、あるい
は第三者である夫が制裁を受けるのは道理に反することであると人々が社会的な非難を当該女性に
向ける可能性があることを鑑みると、結果的には当事者である女性が制裁を受けることになると分
析する(ダグラス 1985:254-257)
。また、オートナー(1987)は、災厄に見舞われるのが誰であれ、
女性の身体や性に関して規則や禁制を規定すること自体が、その社会で女性が劣位にあるという評
価を暗示的に下していることに他ならないと主張する。
このオートナーの主張のように、禁制は社会的に女性を劣位に位置づけるもの、換言すると、男
性優位の社会を維持するための装置として機能しているのだろうか。そもそも、人々はどのように
禁制を捉え、禁制の違反による災厄に対応しているのだろうか。結論を先取りしていえば、筆者は
アフリカ社会における禁制について、このオートナーの主張とはやや見解を異にしている。
本稿では、ブルキナファソ、ビサ社会で規定される様々な禁制と女性の関係性を考察する。まず、
参与観察に基づき収集したビサ社会の様々な禁止事項を項目別に分類・整理することから始める。
そして、既婚女性の性にかかわる禁制とその災厄の回避方法を詳細に示し、禁制に規制されている
女性が、実はその装置において重要な役割を担っている事実を指摘する。
2
Ⅰ. 調査地概要
調査はブルキナファソの中東(Centre-Est)地方ブルグ(Boulgou)州ザブレ(Zabré)県 B 村、お
よび近隣村でおこなった。B 村、および近隣村に居住するのはマンデグループのビサ(Bissa)で、
基本的に父方の祖先を共にする単一のクラン6)から成り立っているが、定住牧畜をおこなうフラー
ニ(Fulani)の屋敷もわずかながら存在する。村の人々は穀物と引き換えにフラーニにウシを飼育
してもらっている。
ビサ社会は一夫多妻制の父系社会である。クラン外婚で、同クランでの結婚はおろか、恋愛は固
く禁止されている。近隣の村との通婚は活発であり、近隣民族のモシ(Mossi)やクサーシ(Kusassi)
との通婚も強制結婚(Mariage forceé)の形式ではあるがおこなわれている。
この地域ではいわゆるアニミズムと呼ばれる祖先崇拝、精霊信仰を主とし、供犠を用いる慣習(マ
ンノバ mannɔba)を重んじる人が大半を占めるが、近年ではイスラーム mɔrɔ、カトリック、プロテ
スタント(wosozaa と総称)を信仰する人々も増加している。また、夫がイスラームの場合、妻も
イスラームに、マンノバの場合はマンノバに女性が改宗するべきであると認識されている。
ザブレの中心部に小売店を構える数名の男性を除くと、村に居住している人々は農耕で生計を立
てている。天水農耕のため、毎年の収穫量は不安定である。また、多数のウシを所有する屋敷はわ
ずかであるが、大半の屋敷は 1~2 頭のウシ、またはロバと数頭のヤギ、ヒツジ、ニワトリやホロホ
ロ鳥を飼育している。これらの家畜や家禽は婚資や供犠で用いられる他、現金稼得のため販売用に
飼育されている。
Ⅱ. スファタオの概要
ビサ社会は、
「~してはならない」という禁止と「~しなければならない」という義務によって日
常生活が成立しているといっても過言ではない。特に禁止に関する事項はビサ語で「スファタオ sιfɔ
ta υ」と呼ばれ、多岐にわたって人々の行動を規制している。sιfɔ ta υは動詞であり、名詞は sιfɔ(sιfɔrɔ
複)である。表記通りの発音であれば、動詞もシフォタオの音が近いが、人々の発音はスファタオ
の音に近く、また筆者がスファタオと発音しても、一度も発音を直されたり理解してもらえないと
いう場面に出会ったことがないため、本稿ではスファタオと表記する。また、名詞のシフォ/シフ
ォロは日常では使用されておらず、筆者が耳にしたのは通訳を介して聞き取りをおこなった 2 回の
み、それも通訳が「シフォロ」と使用したのみであった。通常、人々は、動詞のスファタオを「そ
れはスファタオだ」
、
「スファタオだからやめなさい」
、と名詞化して使用している。
、
「fɔ:物」
、
「ta υ:ある・存在する」であり、直訳すると
スファタオの語源は、
「sι:よくない」
「よくない物が存在する」となる。スファタオは禁止を指すが、フランス語ではどういう経緯から
か、totem(トーテム)と訳される。また、
「~しなければならない」という義務を表す単語は名詞・
動詞ともにビサ語にはなく、
「~する」という意味のアッバレ a barε が使用される。しかし、日常
3
生活で頻繁に耳にするのはアッバレではなく、圧倒的にスファタオである。
スファタオは、大人から子ども、特に母親から子どもへと伝承される。また、下記に挙げるよう
に、クランごとに異なるスファタオが存在するため、嫁いだ女性は義母から嫁ぎ先のスファタオが
伝授される。特に、スファタオの概念がない、あるいは大きく異なるモシやクサーシの女性は、婚
入後に一からすべてを覚えなければならず、
教授する側も教授される側も大変な労力を必要とする。
また、女性たちは躾の一環としてスファタオを子どもたちに教えなければならず、それらを破る行
為をしたときには体罰をもって覚えさせることもある。
スファタオに違反すると災厄が降りかかるとされており、たとえ出稼ぎのために村を離れていて
も、スファタオは遵守されなければならない。それらに違反した場合、違反した当事者が災厄に見
舞われることは少なく、大半は当事者以外、夫や子ども、母親、あるいは収穫物に降りかかり、病
気になったり死んだり、凶作になってしまうといわれている。
Ⅲ. スファタオの種類
スファタオには、近隣親族に共通の性別役割分業、恋愛・結婚、親族関係、食物や行動に関する
ものが存在する他、クランごとに薪に使用する木や食物に関するスファタオ、個々人が所有する呪
薬7)のスファタオがある。
(a) 近隣クランに共通するスファタオ
B 村を含め、近隣 13 村は慣習が類似していると人々に認識されており、唯一、ザブレだけが異な
る慣習を持つ。大きく慣習の異なるモシやクサーシも多く居住することから、ザブレにはスファタ
オが存在しないといわれているが、
実際にはザブレのクランにも 13 村のクランと同様のスファタオ
がある。
ザブレを含む 14 村で共通するのが、性別役割分業、夫婦・親族関係、その他行動などに基づいた
スファタオである(表 1)
。ただし、一部のスファタオはクラン独自のものもある。長期の参与観察
をおこなった B 村のクランのみ、独自のスファタオを聞き取ることができた。この B 村のクラン独
自のスファタオは、B 村内だけで遵守すればよく、生家や他のクランの屋敷では遵守する必要はな
い。他のクランが、性別役割分業、夫婦・親族関係などに関する独自のスファタオを規定している
かどうかは定かではないが、近隣 8 村から B 村に婚入した女性に尋ねたところ、自身のクランにあ
って B 村のクランにないスファタオは存在しなかった。そのこともあってか、
「B 村にはスファタ
オが多い」という声が幾人からも聞かれた。
これらはクラン内のみならず、地域の生活を秩序立てる、いわばビサ社会の倫理を規定するもの
であるといえる。また、これらのスファタオは等しく重大に受け止められているのではなく、特に
行動に分類されるスファタオの中には「作法」にあたるようなものが多い。
(b) 食に関するスファタオ
クラン独自に食に関するスファタオが存在する(表 2)
。この食に関するスファタオは、地酒に使
用する酵母を除き、すべて動物や生物に関連している。
4
上記した近隣クランに共通するスファタオは、なぜそれがスファタオに規定されたのかなどのい
きさつはまったく伝承されていない。しかし、食に関するスファタオはクラン独自のものというこ
ともあってか、いくつかスファタオに規定された経緯が伝承されている。例えば、B 村のスファタ
オである「ガーザーレ(ブッシュに生息する野鼠)を食べてはならない」は次のように伝承されて
いる。
昔、B 村の男たちがブッシュに狩りに出かけた際、大量の獲物を村まで運ぶのに思いのほか時間
がかかった。男たちはのどの渇きを覚え、水場を捜し求めた。しかし、水場を見つけることができ
ず朦朧とする中、1 匹のガーザーレが男たちの前を横切った。男たちはガーザーレが向かうところ
に水場があるかもしれないと考え、ガーザーレを追いかけると水場に行き着いた。男たちはのどを
潤すことができ、生きて大量の獲物を村に持ち帰ることができた。そのころクラン名を持たなかっ
た男たちは、ガーザーレこそが村人を救ってくれたという事実から、ガーザーレにちなんで B 村の
クラン名を決定した。
このように、人々を救い、クラン名の語源にもなっているため、B 村のクランではガーザーレを
食べることを禁じているのである。
食に関するスファタオに違反すると、違反した当事者が死ぬ、病気になるといわれている。スフ
ァタオで規制されるのはそれらの動物・生物を食べることのみであるが、実際にはその動物・生物
を殺すことも禁止されている。B 村のクランのある男性は、狩猟の名人で広く名が通っていた。い
つも通り彼は狩をおこなうためブッシュに入った。
通常は日暮れ時に帰宅するのであるが、
その日、
彼は戻らなかった。翌日、心配した村人たちが彼を探しに行ったところ、呆然とした状態の彼を発
見した。彼の側にはクランのスファタオである「ゲルタッペ(ブッシュにいるヤギに似た動物であ
るが、未同定)
」が横たわっていた。狩猟の名人である彼が誤ってスファタオであるゲルタッペを狩
ってしまったのである。その後、屋敷に戻ってから彼は部屋の中でひっそりと過ごすようになり、1
ヵ月後には以前の彼とは別人のように知能が低下した。
彼がスファタオを破ってから 6~7 年が経つ
現在でも、他人とコミュニケーションをとることができず、常に独り言をつぶやいて村内をぶらぶ
らと歩き回っている。通常であれば間違いなく死に至っていたであろうが、それまでに彼が狩った
獲物が多くの村人に恩恵をもたらしていたため、死に至るほどの災厄は回避できたのだろうと人々
は推測する。
(c) 木に関するスファタオ
木に関するスファタオもクラン独自のものがある(表 3)
。
「~の木を薪にしてはならない」とい
うものであり、食に関するスファタオとは異なり、木を切ること自体は禁止の対象ではない。しか
し、クランのスファタオである木を販売用の薪にすることは禁じられている。これらのスファタオ
に違反すると当事者、
あるいはその薪で調理された料理を口にした人に雷が落ちる。
これらの木は、
死者を埋めたところからはえてきたもので、死者が(魂が)宿っていると認識されているため、ス
ファタオに規定されている8)。
すべてのクランが木に関するスファタオを規定しているわけではなく、たとえば S 村には木に関
するスファタオがない。S 村から B 村に婚入した女性(彼女の母親もまた、木に関するスファタオ
5
がないクランの出身)は、初めてこのスファタオを聞いたときには驚いたという。結婚当初、薪拾
いで幾度となくスファタオの木を集めてしまい、ともに来ていた義母たちに大笑いされたこともあ
ったと振り返った。
(d) 呪薬に関するスファタオ
ある呪薬を持っている、あるいは呪薬を使用したことで規制されるスファタオがある(表 4)
。こ
れらは、呪薬を所有する特定の屋敷や人、使用した人のみが規制される。また、屋敷に関するもの
は、その屋敷を出ると遵守する必要はない。
個人的に所有する呪薬の多くは、所有すること自体が秘密であるため、呪薬のスファタオが他人
に明らかにされることはめったにない。夫婦間でも、呪薬を持つ夫がそのスファタオを妻に打ち明
けることはほとんどない。そのため、筆者が収集できた呪薬に関するスファタオは、多くの人が規
制されるスファタオのみである。
呪薬に関するスファタオには次のようなものがある。
「ワルコドロ」と呼ばれる、雨乞いに関する
呪薬は、B 村中心地区9)の 6 つの屋敷のみが所有している。6 つの屋敷はこのワルコドロを所有する
ために、雨乞いの儀礼10)がおこなわれるまで、バオバブの葉をソースに使用することが禁じられて
いる。あるいは、妊婦が流産を防ぐため、呪薬に浸した「バルモニ」という縄を腹に巻きつけてい
る間、部屋の中から外へ、外から中へ物をわたしたり受け取ってはならない。
(e) クランの長、あるいはクランの長の屋敷に関するスファタオ
上記のスファタオ以外に、クランの長やクランの長の屋敷の成員が規制されるスファタオ、ある
いはクランの長に関して人々が規制されるスファタオがある(表 5)
。クランの長はクランを代表す
る人であり、また人々から尊敬されるべき「特別な人11)」であるためにスファタオが存在すると考
えられる。例えば、クランの長は市場や葬式に行くことを禁じられている。近隣民族であるモシの
首長も同様に市場に出向くことが禁じられており、その禁制に対しモシの人々は、市場の秩序が乱
されるかもしれないためと説明する。例えば、首長が欲しいと思ったものを勝手にとったり、ある
いは市場の雑踏やほろ酔い気分の村人が首長に礼を失することによるものである(川田 2001[1976])
。
他に、クランの長の屋敷につく精霊(キャザ cε zaa)のため規制されるスファタオもある。例え
ば、クランの長の屋敷の成員が規制される項目に「ナマズを食べることの禁止」がある。また、ク
ラン内はおろかクラン外の人もクランの長の屋敷に赤い服を身にまとって入ることは禁じられてい
る。キャザがこれらを嫌うためにスファタオに規定されていると人々は説明する。
Ⅳ. 性とスファタオ
表 1 に挙げたとおり、ビサ社会においては恋愛・結婚に関する禁制が多数規定されている。
「クラ
ン内での恋愛・結婚の禁止」
はいわゆる近親相姦にあたり、
第一に遵守すべき禁制と認識されており、
違反するとクランが滅びることになりかねない。実際のところ、聞き取りによると B 村内で男女 2
組がこのスファタオに違反しており、両者ともに B 村から追放されている。だが、既婚女性にとっ
て、同クランの男性との恋愛や結婚は離婚しない限りあり得ることではなく、既婚女性たち自身も
6
このスファタオを第一に遵守しなければならないものであるとは捉えていない。彼女たちが重大な
スファタオであると認識しているのは、
「男性から現金や物を贈与されることの禁止」
「姦通の禁止」
、
である。
1. 男性から現金や物を贈与されることの禁止
ある日、筆者がインフォーマントの女性と市場から帰宅しようとしたとき、若い男性がインフォ
ーマントを追いかけてきて、持っていた包みを彼女に手渡そうとした。しかし、男性から物を贈与
されることはスファタオにあたるため、
受け取る前に彼女は男性に包みが何であるのかを質問した。
男性は包みの中のものを言い、
数日前、
彼女の夫に用立てるよう頼まれていたものであると答えた。
彼女はそれならば、夫が知るところのものなのかと 2 度ほど念を押し、納得してから包みを受け取
った。その当時、このスファタオの存在を知らなかった筆者は、インフォーマントの態度があまり
にも頑なであったため、彼女は包みの中に呪薬か何かが入っていると疑っているのだろうと推測し
たが、後にこのスファタオを知り、ようやくそのときの彼女の頑なな態度が納得できた。
夫に告げずに男性に贈与された現金で夫や子どものために何かを購入したり、贈与された物を調
理して夫や子どもがそれを食べると、夫もしくは子どもが災厄に見舞われるとされるが、女性が自
ら使用した場合、女性に災厄が降りかかることはない12)。ただし、ここで規制の対象となっている
のは、あくまでも閉経前の女性であることは注目すべきだろう。現金を得ることが困難である高齢
女性が夫や屋敷の成員以外の男性から穀物や現金を受け取っても、スファタオであると咎める人は
いないのである。もっとも、妊娠可能な年齢の女性であっても、夫に報告してから贈与された現金
や物を使用する分には問題はない。しかし、男性が女性に何かを贈与するということ自体が好意の
表れであり、女性が男性から現金や物を受け取ったのは生活苦のためだとしても、彼女がその男性
に対して好意を持っていないと完全に否定する方法はない。結局のところ、男性から現金や物を受
け取るという行為自体が、夫に疑念を抱かせることになりかねないため、報告せずに使用する女性
もいる。
20 代の女性マティーン(仮名)は、知り合いの NGO 男性職員から粉ミルクをもらった。この粉
ミルクは男性が購入したものではなく、NGO の月例ミーティングで会員と職員に分配されたもので
あった。しかし、男性職員は独身で子どもがいないことから、数日後に NGO 事務所で会ったマテ
ィーンに粉ミルクを贈与した。彼女には当時 2 歳になる娘がいて、男性職員が粉ミルクを所持して
いるのをみた娘が、自分も欲しいとダダをこねたためであった。マティーンは夫にこのことを告げ
ると、
夫は間違いなく男性職員との仲を疑い、
また娘を躾けていない自分を非難するだろうと思い、
報告せずに娘に粉ミルクを与えていた。しかし、約 3 週間後、娘は高熱を出し、診療所で治療を受
けなければならなくなった。それまで、娘はあまり病気らしい病気をした経験がなかったため、突
然の発熱に夫は疑問を抱き、マティーンを問い詰めた。彼女はしぶしぶ、男性職員にわたされた粉
ミルクを与えていたことを告白した。そのことを知った夫は、彼女が予期していたとおり、マティ
ーンの不貞を疑い、夫は 1 ヶ月間彼女に穀物を分配しないという制裁を与えた。
7
2. 姦通のスファタオ
夫に報告せずに男性から贈与された現金や物の使用を禁じるスファタオ以上に、既婚女性に重要
視されているのが、姦通を禁じるスファタオである。すべてのスファタオの中で、既婚女性が第一
に遵守すべきものがこのスファタオだと認識されている13)。
女性が姦通を犯した場合、無条件に夫に災厄が降りかかるとされ、女性が屋敷内に足を踏み入れ
ると屋敷の人々に降りかかる。
また、
姦通を犯したために婚家を追い出された娘を生家に入れると、
両親・生家の人々にも災厄が降りかかる。その他、親しい友人にも降りかかる恐れがあるされる。
友人にまで災厄が降りかかるのは、このスファタオのみであることからも、姦通が重大なスファタ
オだと認識されていることがわかるだろう。
しかしながら、
少なくない女性が姦通のスファタオに違反しているとされる。
断定できないのは、
生前に姦通を自白した女性がこれまでに一人も存在しないためである14)。多くの場合、姦通の嫌疑
をかけられ、下記に述べる回避方法をとることで対処される。身の潔白を主張する女性の意見が尊
重されないのは、最終判断として絶対視されている「ウォックレ/ウォクヤーオ wɔkure/wɔku yaa
υ15)」で姦通が判明したとされるためである。夫や屋敷の成員が占い師のもとに姦通の事実を尋ねに
行く場合と、葬式において、死者が姦通の災厄により死亡したことが明らかになる場合がある。筆
者が参加した 22 人の葬式のうち、3 人が姦通の災厄によって死亡したことが明確になった16)。この
ように、女性が自白しようがしまいが、一旦姦通の嫌疑をかけられ、ウォックレ/ウォクヤーオで
姦通を犯したことが明らかにされると、身の潔白を証明することは自身の葬式の時まで不可能なの
である17)。
少なくない女性が姦通を犯しているとされる最大の理由として女性たちが挙げるのが、女性の生
活の困難さである。姦通の見返りとして、相手の男性から現金や穀物をもらっていると考えられて
いる。姦通を犯した結果、妊娠した場合、自然分娩での出産はできず、死産になる可能性が高いと
される。仮に帝王切開を経て無事に出産できたとしても、子どもは健康に育たないと考えられてい
る18)。
3. スファタオの回避方法
上記した、夫以外の男性に贈与された現金や物の使用を禁じるものに関しては、それらを使用す
る前に、現金や物品の授受について夫に報告することでスファタオの災厄を回避できる。しかし、
スファタオに違反した場合、災厄は回避することができない。大半の項目では、スファタオに違反
すると災厄が降りかかるのを待つことしかできないが、
災厄を回避できる事項も存在する。
例えば、
男性が規制されるスファタオである、屋根を葺く際に使用する針を体に刺してしまった場合、母方
の生家に帰省することで災厄が回避できる。あるいは、屋敷の中で僚妻が大喧嘩した場合、妻たち
が生家に一定期間帰省し、
帰宅後に鶏やヒツジを供犠することで災厄を回避することが可能である。
8
また、
「乳児の歯は上顎から先に生えてはならない」というスファタオでは、母親が乳児をつれて下
あごの歯が生えそろうまで生家で暮らすことで、乳児が成長して父親を殺してしまうという災厄か
ら逃れることができる。この 3 事例から、女性の生家、あるいは母親の生家は、災厄を回避するこ
とと何らかの関係があるとみてよいだろう。しかし、下記に挙げる姦通のスファタオでは、災厄が
生家の成員にも降りかかる恐れがあるため、生家が回避場所にはならない。では、姦通のスファタ
オにはどのような回避方法が存在するのだろうか。
姦通のスファタオは次に挙げる 3 通りの回避方法がある。1 つのスファタオの災厄を回避する方
法が 3 通り存在するのは、この姦通のスファタオのみで、上記したスファタオには各々1 つの回避
方法が存在するのみである。
一つ目の回避方法は、ダグラス(1985)がいうところの「潔浄の儀式」にあたるものである。姦
通を犯した女性自身、あるいは女性の夫が占い師のところへ出向き、姦通したときに女性が着用し
ていた衣服や持ち物をすべて燃やし、
鶏を供犠してもらう。
この儀式により姦通の罪が取り除かれ、
夫やその他の人に災厄が降りかかる恐れは消滅する。夫が災厄を回避することができるのは、この
方法がとられたときのみである。しかし、前述したとおり、姦通の嫌疑をかけられている女性が自
白することはなく、この回避方法がとられるのは、出稼ぎに行っている夫を持つ妻が姦通を犯した
場合が多い。
二つ目は、屋敷を分離することで災厄が回避できる方法である。屋敷内の人々にとっては、姦通
を犯した女性と同じ屋敷に居住しているがために災厄の対象となる。そのため、屋敷を分離させる
ことで災厄が回避できると考えられている。B 村の中心地区 40 屋敷のうち、これまでに 4 屋敷がこ
の回避方法をとり、それぞれ屋敷を新たな土地に建築した。
また、生家では、姦通の嫌疑をかけられ婚家を追い出され出戻った娘に、新たに屋敷を構えさせ
ることでも、災厄は回避できる。ただし、その場合は下記に挙げる縁切りが条件となる。B 村に、
この方法で災厄を回避させた親子がいる。ある日、姦通を犯したとされる娘が、婚家を追い出され
て生家のある B 村に戻ってきた。しかし、娘が屋敷に入ってしまうと両親や他の成員に災厄が降り
かかってしまう恐れがある。娘が戻ってくることを聞いた彼女の父親は、屋敷内に入らせず、畑に
ある小屋で寝泊りするよう指示した。その間に、父親は屋敷周りの土地に娘のための小さな屋敷を
建築した。以後、娘は一人でその屋敷に居住している。
三つ目の回避方法は、姦通を犯したとされる女性との縁切りである。親子の縁、友人の縁を切る
ことで回避が可能となる。親子や友人の縁を切るための儀礼はなく、人びとに縁を切ったことを知
らせることで縁切りが成立する。ただし、夫は離婚しても災厄の対象から外れることはないため、
この回避方法をとることはできない。上記した父親が娘の屋敷を建築することで災厄を回避した例
では、縁切りが条件であるため、彼女の屋敷のすぐ側に両親や兄弟が居住するにもかかわらず、両
者が互いの屋敷を行き来することはなく、市場などで出会っても互いに声すらかけることはできな
い。
娘のために屋敷を建築しない時には、親子の縁を切らざるを得ないが、その場合、娘は村から追
放されることになる。これまでに、B 村の 3 人の女性が親子の縁を切られ、村から追放された19)。
9
村から追放されると、二度と村に立ち入ってはならず、両親の死に目にも会えないうえ、葬式に参
列することも許されない。
姦通のスファタオの対象となるのは女性だけであり、男性はその対象ではない。そのため、姦通
に対する疑惑の目は男性にではなく、女性にだけ向けられる。仮に姦通を犯したことが事実であっ
たとして、相手の男性が判明したところで男性が姦通相手の夫から制裁を受けることはない。むし
ろ、姦通を犯した男性は、英雄気取りで友人たちに姦通の事実を話すという。女性だけが罪に問わ
れ、縁を切られたり、屋敷を分離されたりして制裁を受ける現実を女性たちは非難する。見返り欲
しさに姦通を犯す場合もあるだろうが、多くは強姦に近い形でおこなわれているのではないかと女
性たちは推測しているからである。
男性が女性の飲み物に呪薬を仕込むことは頻繁に耳にする話で、
実際に「気がつくと今の夫と寄り添っていた。彼が呪薬を仕込んだために私は彼と結婚することに
なった。
」
と夫との馴れ初めを話してくれた女性もいる。
この女性は未婚の時に呪薬を入れられたが、
「男性は自分が気に入った女性であれば、既婚女性でも同じように呪薬を入れるだろう。
」と話す女
性が多い。このように、女性の意思に反して姦通がおこなわれた場合、その罪で夫や親族に災厄が
降りかかることは避けられるべきである。そのため、姦通のスファタオには 3 通りもの回避方法が
存在するのではないかと考える。しかし、裏を返せば、複数の回避方法が存在するため、女性が不
用意に姦通の嫌疑をかけられることになりかねないのである。
Ⅴ. 既婚女性とスファタオ
男性は自身に関係するスファタオのみを遵守すればよいが、
女性は自身に関するスファタオの他、
夫・子どもが属するクランのスファタオも熟知しておかなければならない。表 3 に挙げたように、
B 村のクランはイチジクの木を薪にすることを禁じている。B 村のクランに嫁いだ女性が、自身で
イチジクの木を使用する分には何も問題はない。しかし、その薪を使用し調理したものを夫や子ど
もが食べると、夫もしくは子どもが死んでしまうといわれている。自身の過ちで、夫や子どもを死
に追いやってしまうことになりかねないのである。ただし、村独自のスファタオや呪薬のスファタ
オなど、その屋敷を離れると遵守しなくてもよいスファタオを婚入先でも変わらず守っていると、
夫だけでなく義母たちからも離婚したがっているのではないかと疑われるため、それらのスファタ
オは早急に忘れてしまう必要がある。
女性たちはスファタオが既婚女性の行動全般を規制していると捉えている。
「スファタオが規制す
るのは女性だけで、男性は好き勝手なことができる」
、
「未婚女性は何をしても咎められないのに、
どうして私たちは咎められるのか」と、スファタオに対して批判的である。実際に、近隣村に共通
する(a)のスファタオでは、男女とも規制される項目、特定の人に規制される項目以外のうち、既婚
女性が規制される項目が圧倒的に多い。特に性別役割分業におけるスファタオは、14 項目中 13 項
目が女性を対象としたものであり、男性は屋根の葺き替えに関する 1 項目のみである。掃除や料理
に関して女性が規制されるのは、家事全般が女性の役割とされているためである。また、子どもが
思春期を迎えるころまでは、母親が育児全般を担う。自身の子どもであっても、男性が乳幼児を世
10
話することはない。そのため、育児に関するスファタオもすべて女性が規制の対象となる。耕作の
区分に挙げた 3 項目のスファタオも、すべて女性の役割である播種に関するものである。家事や耕
作では妻として、育児では母親として女性は規制の対象となっているのである。このように、家事
や育児、播種の作業を女性が担っているために既婚女性が規制されるのだが、男性の役割である家
畜の飼育や耕起に関するスファタオは存在しない。
恋愛・結婚の区分においては、恋愛の 2 項目で男性が規制されているが、夫婦関係では 5 項目と
もすべて女性が規制の対象となっている。未婚女性が規制されているのは、
「強制結婚を断ることの
禁止」と「アネが離婚した屋敷に嫁ぐことの禁止」という結婚に関するスファタオであり、同一ク
ラン以外の男性が相手であれば、未婚女性は自由に恋愛できる。女性たちがスファタオは自分たち
を規制するものであると捉えているのも、前述した「男性から現金や物を贈与されることの禁止」
や「姦通の禁止」のスファタオをはじめとし、既婚女性の性がスファタオに束縛されていると感じ
ているからである。夫となり父親となっても、男性の性は自身以外の誰にも管理されない自由なも
のである一方、女性は、結婚を期に性が夫所有のものとなる。それゆえ、夫以外の男性との関係は
厳しく規制されるのである。
では、スファタオは女性を規制しているという女性たちの意見に対し、男性の意見はどのような
ものであろう。多く聞かれたのは、
「男性が(日常生活において女性の)道標にならないと女性はど
こに進んでいいのかわからない」ために、女性の生活を秩序立てるスファタオが存在するという意
見、あるいは女性の性を拘束しているという批判には、
「女性が自由になると男性を探すことしかし
ない」という意見、また、スファタオ全般に対して、
「女性は規制されても災厄に見舞われることは
ない」という声も聞かれた。
女性に災厄が降りかかるのは、
「母親」のカテゴリーのみである。母親に災厄が降りかかるとされ
るスファタオには、
「作法」に値するものが多く、このスファタオを破ったために必ず母親が死に至
ったり病気になるとは考えられていない。ただし、規制の対象が既婚女性のみであり、その災厄の
降りかかる対象が彼女の母親であるような、例えば、
「生家に帰省している間に泣くことの禁止」や
「夫と性交した翌日、生家で母親とともに敷物に座ることの禁止」などのスファタオは重大に受け
止められている。
ところで、既婚女性の母親ともなれば、その多くは閉経後の年老いた女性である。彼女がスファ
タオの災厄によって死ぬことがあっても、妊娠・出産が不可能な彼女は婚入先のクランの繁栄には
何らかかわりがない。高齢女性は息子や娘の母親としてのみ婚家と関係しているのである。いうな
らば、彼女たちは婚家のクランにとって存在価値の低い女性であるといえる。こうしたことから、
これら閉経後の母親に災厄が降りかかりやすいと捉えることが可能である。そのため、既婚女性と
なった娘が、自らの過ちで母親を病気にさせたり死なせたりすることのないよう、それらのスファ
タオを遵守しなければならないのである。
11
おわりに
本稿では、ブルキナファソ、ビサ社会における禁制に焦点を当て、それらを項目別に整理すると
ともに、人々がどのようにスファタオを実践しているのかを、特に女性の性を規制する項目、性別
役割分業による項目から明らかにした。そこでは、結婚を期に自由な女性の性が夫所有のものとな
り、夫のみならず社会の秩序として既婚女性の性が規制されていることがわかった。しかし、既婚
女性は規制を受けてはいるものの、スファタオに違反しても自身に災厄が降りかかることはない。
それは女性の出産能力がクランの繁栄に欠かすことのできないものであるだめだと考える。実際の
ところ、
閉経後の女性は災厄に見舞われやすいと認識されているのであり、
既婚女性となった娘は、
自分の母親に災厄が降りかからないようにするため、スファタオを遵守しなければならないという
構図が成立している。
本稿の冒頭で述べたとおり、オートナーは女性の身体や性を規制すること自体が、女性が社会的
に劣位にあるとみなす装置であると主張する。しかしながら、ビサ社会の禁制においては、確かに
女性はスファタオに行動を規制されてはいるものの、夫や子ども、母親の生命はこれらの女性が掌
握している。ただし、姦通のスファタオで述べたとおり、一度姦通の嫌疑をかけられると女性が自
身の潔白を証明することは極めて困難であり、また、複数の回避方法が存在するために女性が安易
に姦通の嫌疑をかけられかねず、潔白な女性が制裁を受けることになる可能性もある。
これらのことから、女性たちがスファタオに対して、ある種の窮屈さを感じているのは確かであ
る。ただし、女性たちはスファタオに対して決して否定的な意見ばかりもっているわけではない。
スファタオを遵守していれば、よほどのことがない限り結婚生活が崩壊することはないことから、
「スファタオは(夫婦)生活を守ってくれる」という声も聞かれる。これは、特に年配の女性のあ
いだで多くみられる意見ではあったが、このようにスファタオを肯定的に捉えている女性も少なく
ない。
以上みてきたように、
ビサ社会における禁制は、
既婚女性と切り離すことができない関係にある。
また、女性にとってもスファタオを遵守することは、夫や子ども、母親を守るだけでなく、自身の
結婚生活を安定させることにもつながるのである。こうした禁制を、ただ社会的に女性を劣位に置
くための装置とみなすだけでは、私たちは禁制の社会的機能や位置づけを見誤ることになる。家父
長制という先入観を取り除き、
当該社会における禁制を人々がどのように捉え、
実践しているのか、
耳を傾け得られた語りを綿密に分析することからはじめれば、そのような状況に陥ることはないだ
ろう。
(追記)本稿は平成 20 年度文部科学省科学研究費補助金(特別研究員奨励費)による研究成果の一
部である。
12
註
1)
1983 年の『一橋論叢』では、呪術や死霊と災因の関係を分析する特集が組まれている。ケニア、
テソ社会の災因論を長島が分析しており、
当該社会で人々に降りかかる災いの原因を 10 に分類す
る
(長島 1983)
。
彼が収集した 428 事例のうち、
大半は死霊や邪術によるものである
(長島 1987:388)
。
2)
ケニアのギリアマでは、屋敷や畑に関する規則や禁忌が存在し、それらに違反した後に妻や夫と
性交すると災厄が降りかかる(上田 1997:132)とされるが、それらの規則や禁制が社会の中でど
のように位置づけられているのかについては分析されていない。
3)
浜本(2001)の論旨は次のようなものである。制裁とは本来、違反という事実に向かって発動す
るものであり、実行された行為そのものに対する反応やその単なる帰結などとは違うことに注意
する必要がある。そこでは、違反であることが問題なのではなく、その行為の危うさ自体が問題
となる。彼が扱う事例においては、違反と制裁に何らかの関係性が見られるのでなく、行為と結
果が直接的に第三者の媒介を伴うことなく帰結する。そのような状況において、
「神秘的」制裁と
いう言葉を使用することは妥当ではないと指摘する。
4)
もちろん、災厄をもたらす主体を重要視する社会も存在する。例えば、フィリピンのボントック
社会では、病気や死といった不幸は死霊と結び付けられており、不幸を招かないために死霊に対
する供犠が頻繁におこなわれる(森谷 2004:214-221)
。
5)
フィリピンのボントック社会では、妊娠期間中や出産後の儀礼にはさまざまな禁忌が課せられる。
ただし、それは女性に限ったことではなく、夫や双方の両親にまで及び、時として祖父母にまで
拡大されることがある。
それらに違反すると出産が困難なものになり、
妊婦に不幸がおこったり、
奇形児が生まれたりする。そのため、家族は常に細心の注意を払って禁忌を遵守しなければなら
ない(森谷 2004:375-377)
。また、かの有名なヌアーでは、妻の姦通の侵犯による災厄は潔白な夫
に降りかかり、夫の生命が危険に曝されることになる(プリチャード 1985)
。
6)
クランに該当するビサ語はないが、基本的に一族ごとに「姓」に値する名が異なる。
7)
呪薬そのものを指すビサ語はなく、
「薬」全般を意味する「ニシ nyιsι」が使用される。
8)
B 村では、死者を埋葬したところから生えてきた木のところで儀礼をおこなっている。
9)
各々地区名が存在するが、基本的には、クランの長の屋敷がある地区が村の中心であるとみなさ
れている。
10)
儀礼では鶏が供犠され、司式者の第一夫人がバオバブの葉とブッシュに生えているキノコでソー
スを作り、主食のトーとともにそのソースを供える。
11)
人々は「クランの長は私たちの法である」という。
12)
ただし、男性から贈り物をもらったことが夫の知るところとなったとき、離婚問題にまで発展し
かねないことを考慮すると、女性も「災厄」に見舞われる恐れはあるといえる。
13)
ただし、夫に妊娠能力がないことが明確である場合は、妻が夫以外の男性と性交しても姦通には
あたらない。妊娠能力のない夫を持つ妻は、鶏を一羽供犠し、夫との性関係を断ち切る。供犠後
は夫以外の男性と性関係を持つことができ、
夫以外の男性の子どもを出産することが可能となる。
夫にどの男性と関係したかを知らせる必要はないし、夫も問いただすことはしない。夫との生活
は変わらないが、鶏の供犠により夫との性関係を断ち切ったため、それ以後の夫との性交はスフ
ァタオにあたる。夫以外の男性との間に産まれた子どもは、夫の子どもとして育てられ、生物学
的父親が子どもに対して何らかの責任を負うことはない。
14)
ただし、出稼ぎに行っている夫を持つ女性が姦通を犯した事実はしばしば耳にする。夫が出稼ぎ
に行っているためであってもスファタオに違反した罪は同様であるが、人々は「しかたがない」
と同情する傾向にある。それらの女性が姦通を犯した場合、後述する「潔浄の儀式」をおこない
罪を取り除く。
15)
死者が占い師である「ボーザーbυυ zaa」を通じて依頼者が抱える問題の原因を明らかにする儀
式。
16)
22 人のうち 9 人のみの死の原因が判明した。姦通の災厄を除く 6 人の死因は自然死(老衰)が 4
人、呪術師による殺人が 1 人、死者に連行された者が 1 人であった。
13
17)
姦通を犯したとされる嫌疑に対し、潔白を証明した女性はいないが、生前、呪術師であると疑わ
れていた女性は、自身の葬式のウォクヤーオで呪術師でないことを明らかにした。
18)
姦通を犯した、あるいは姦通の嫌疑をかけられた結果の出産である場合、それが夫の子どもであ
ったとしても、夫は子どもの養育に責任を持たないであろう。その場合、女性自身の手で子ども
を育てなければならないが、寡婦以外の女性が穀物を耕作することは忌避される。穀物を耕作で
きない女性が一人で子どもを養育することは困難であることから、子どもが健康に育たないと考
えられているのだと推察する。
19)
村から追放されるのは、この姦通のスファタオとクラン内での恋愛・結婚に関するスファタオの
みである。
引用文献
阿部年晴(1983)
「ルオ社会の災因論における死者と妖術-邪術」一橋論叢 90(5):616-631
上田冨士子(1997)
「ギリアマの女性-一夫多妻制と女性たちの生活」綾部恒雄編『女の民族誌 2』
,
弘文堂, pp.119-142
オートナー, シェリー, B(三神弘子訳)
(1987)
「女性と男性の関係は、自然と文化の関係か?」エ
ドウィン, アードナー・シェリー.B, オートナー著(山崎カヲル監訳)
『男が文化で、女
は自然か?-性差の文化人類学』晶文社, pp.83-117
川田順造(2001[1976])
『無文字社会の歴史』岩波書店
ダグラス, メアリ(塚本利明訳)(1985)
『汚穢と禁忌』思想社
長島信弘(1983)
「テソ社会における死霊と邪術」一橋論叢 90(5): 599-615
(1987)
『死と病いの民族誌-ケニア・テソ族の災因論』岩波書店
浜本満(2001)
「対比する語りの誤謬-キドゥルマと神秘的制裁」杉島敬志編『人類学的実践の再構
築-ポストコロニアル転回以後』世界思想社, pp204-225
プリチャード, エヴァンス(長島信弘、向井元子訳)
(1985)
『ヌアー族の親族と結婚』岩波書店
森谷裕美子(2004)
『ジェンダーの民族誌-フィリピン・ボントックにおける女性と社会』九州大学
出版会
14
15
親族関係
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結婚
性別役割分
業(男性)
性別役割分
業(女性)
区分
スファタオ
赤ソルガムの儀礼がおこなわれるまでその年の収穫物で地酒をつくってはならない
他の女性に火を借りて男性の前を通ってはならない
月経中に地酒やカリテバター、スンバラを作成してはならない
各々の穀物の儀礼が行われるまで、収穫した穀物の実や茎を使用してはならない
赤ソルガムの房を箒代わりにしてはならない
暗くなってから部屋を掃いてはならない
子どもが歩き始めるころに別れ道に連れて行ってはならない
乳児を寝かせて他の子を抱いたり、負ぶったりしてはならない
乳児とともに出かけた母親が、乳児より先に帰宅してはならない
乳児が最初に公の場に出かけるのが埋葬や葬式であってはならない
1歳までの子どもの髪を特定の場所(穀物倉の下、排水口)以外に捨ててはならない
持ってきた種をすべて播いてはならない
赤ソルガムは5月15日以降に播いてはならない
播種のためにむしった鞘は薪代わりに使用してはならない
藁屋根を葺くときに使用する針を体に刺してはならない
男性
規制の対象
妻
妻
妻
妻
妻
妻
母親
母親
母親
母親
母親
妻
妻
妻
姻族
クラン
長男は父親とともに食事をしてはならない
長男は父親の服を着てはならない
子どもを死ぬまで殴ってはならない
夫と性交した翌日、生家に戻り、母親とともに敷物に座ってはならない
大きくなるまで育てた自分の娘以外の子どもを他の男性に嫁がせたとき、その娘が使用してい
た部屋はクランの成員は使用してはならない
双子のすぐ下の弟、妹は双子を抱いてはならない
双子の両親は双子より先に新穀物を食べてはならない
上の歯から生えてきた乳児と暮らしてはならない
義父は義娘の部屋に入ってはならない
婚資の一部を供犠する前に互いの屋敷の成員間で資金や物資のやり取りをしてはならない
娘の妊娠中に婚資を要求してはならない
姦通を犯してはならない
特定の人
特定の人
特定の人
義父
男女とも
両親
男女とも
長男
長男
親
妻
妻
兄弟や親しい友人間で女性をとりあってはならない
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強制結婚を断ってはならない
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離婚して出て行った女性の部屋に入ってはならない
生家に帰省している間、女性は泣いてはならない
妻
妻
屋敷の中で妻たちが叩きあいなどの大喧嘩をしてはならない
妻
夫以外の男性から贈与された現金や物を夫に告げずに使用してはならない
夫婦関係 夫が妻の所持品を外に出したら(離婚を言い渡されたという意味)、妻は屋敷に入ってはならな
妻
い
耕作
育児
掃除
料理
小区分
表1 近隣クランに共通するスファタオ
死ぬ
死ぬ
死ぬ
滅びる
死ぬ
死ぬ
死ぬ
事故に遭い死ぬ
死ぬ
滅びる
死ぬ
不明
死ぬ
死ぬ
死ぬ
死ぬ
病気になる
不明
災厄の内容
死ぬ
病気になる
病気になる
病気になる
病気になる
病気になる
悪影響を与える
死ぬ
病気になる
悪影響を与える
病気になる
凶作になる
凶作になる
凶作になる
双子
死ぬ
両親
病気(盲目)になる
父親
(規制の対象者が)殺す
当人
死ぬ
屋敷・生家の成員
死ぬ
娘、胎児
死ぬ
屋敷の成員
夫、屋敷・生家の成
員、友人
父親
父親
屋敷の成員
妻の母親
当人
当人
女性の夫
クラン
生家の成員
不明
未婚女性の母親
屋敷の成員
妻の母親
夫
夫、子ども
不明
災厄の対象
夫、子ども
夫、子ども
夫、子ども
夫、子ども
夫、子ども
夫、子ども
子ども
子ども
子ども
子ども
子ども
世帯の収穫
世帯の収穫
世帯の収穫
B村のみ
B村のみ
B村のみ
備考
16
食
分類
行動
死
鳥
不特定
母親
当人
子ども
生家
兄・姉
当人
両親
母親
母親
母親
母親
母親
母親
男女とも
男女とも
男女とも
男女とも
女性
特定の人
男女とも
男女とも
男女とも
男女とも
男女とも
男女とも
男女とも
男女とも
S村
動物の血液
酵母
鶏やホロホロ鳥を腹から切ってはならない
Zabre
「ザング」(動物)
「ギガドー」(ブッシュにいる鳥)
「サーロ」(ブッシュにいるリス)
「モコ」(おたまじゃくし)
ライオン
酵母
表2 食に関するスファタオ
屋敷の成員
男女とも
コーム(プルーンに似た味の小さな黒い実)の種を屋敷の中に捨てたままにしてはならない
ズンブルヤー(香辛料)を落としたり捨てたりしてはならない
生のパルキア豆の実を2人で持ってはならない
鶏が争っているところに遭遇したら、そのままにしてはならない
ラーレという鳥を殺してはならない
婚歴のある女性が実家の屋敷内で息を引き取ってはならない
兄・姉が生きているのに、その弟・妹の葬式を挙げてはならない
盗みを働いてはならない
昔話は太陽が沈む前にしてはならない
ひじをついてはいけない
足を組んではいけない
水瓶に座ってはならない
レフォ(土器作りや世帯作りのときに使用する硬い石)は手から手へと渡してはならない
屋根を葺く藁の上に座ってはならない
左手でひょうたん(コップ代わり)を持ち、水を飲んではならない
B村
「ガザーレ」(ブッシュにいる野鼠)
「ゲルタッペ」(ブッシュにいるヤギ)
鶏やホロホロ鳥を腹から切ってはならない
その他
食物
当人
子ども
不明
屋敷の成員
男性
母親
女性
男女とも
歓喜の叫び声や喧嘩の大声が発せられたときに調理中であった皿を食べてはならない
複数の子どもの前でマンゴーを食べてはならない
既婚女性はミレットの生の実を男性の前で食べてはならない
家畜・家禽などの肝を1つずつ別の人が食べてはならない
出典:筆者作成
G村
供犠した肉(独身男性のみ)
雌鳥(女性のみ)
「セペ」(呪薬、女性のみ)
出典:筆者作成
病気になる
病気(腹痛)になる
不明
死ぬ
種が蛇に変わり、世帯
の人々を食べる
死ぬ
死ぬ
蠍に刺される
死ぬ
滅びる
死ぬ
雷が落ちて死ぬ
死ぬ
死ぬ
死ぬ
死ぬ
死ぬ
死ぬ
死ぬ
17
S村
女性
6つの屋敷
男女とも
女性
女性
G村
B村
B村
B村
S村
S村
表5 クランの長、クランの長の世帯に関するスファタオ
規制の対象
男性、未婚の娘
呪薬を所持する村
出典:筆者作成
G村
「サーン」
スファタオ
市場へ入ってはならない
葬式へ行ってはいけない
クランの長
ロバ肉を食べてはいけない
「ゲンターレ」(葉)を食べてはいけない
クランの長の屋敷の成員 S村とともにおこなう儀礼で供犠された肉を食べてはならない
なまずを食べてはならない
クランの長の墓をクランの長の屋敷外につくってはならない
死んだと言ってはならない
人々
クランの長の名前を言ってはならない
クランの長の屋敷に赤い服を着て入ってはならない
規制の対象
Zabre
タマリンド
イチジク
「ゴントロ」
「ラマズク」
表4 呪薬に関するスファタオ
なし
表3 木に関するスファタオ
B村
タマリンド
イチジク
「マントル」
スファタオ
外で妻以外の女性と性交渉をしたとき、屋敷に入る前に前に誰と関係を持ったのかい
わなければ屋敷に入ることはできない
水を汲んだ壺(たらい)とカリバスを同時に持ち帰ってはならない
雨乞いの儀式がおこなわれるまで、バオバブの葉を料理に使用してはならない
縄を腰に巻いてはならない
調理のためにオクラを切るとき、十字に分けてから切ってはならない
トー(この地域の主食)を2つ重ねて出してはならない
木
分類
病気になる
不明
不明
不明
病気になる
出典:筆者作成
死ぬ
災厄の内容
キャザのため
出典:筆者作成
キャザのため
キャザのため
備考
屋敷の成員
不明
不明
不明
夫、屋敷の成員
当人
災厄の対象