量子細線の室温吸収スペクトル

量子細線の室温吸収スペクトル
高橋和、早水裕平、伊藤弘毅、吉田正裕、秋山英文、Loren N. Pfeiffer, Ken W. West
<要旨>
我々は 20 周期 T-型量子細線の吸収スペクトルを、導波路を用いた顕微透過測定により低温 5 K と室温 297 K で測定
した。低温での吸収スペクトルから、良質な 20 本の細線が導波路全体に形成されていることが分かった。室温での吸収
スペクトルから、量子細線の励起子吸収ピークの最大値は 160 cm−1 となることが分かった。細線の吸収には強烈な偏
光依存性があった。量子細線の吸収が室温でも十分大きいことを示した。
<序論>
量子細線はバンド端での状態密度の増大のため、更なる高性能を有する光デバイスとして期待されてきた。しかしこ
れまでに、室温における特性についての実験報告は数少ない。
我々は最近、導波路を用いた透過測定により、低温 5 K での単一 T-型量子細線デバイスの吸収スペクトルの測定に成
功した。それにより、体積の小さい細線 1 本だけでも、1次元基底状態励起子は、線幅 1.6 meV、最大値 80 cm−1 とい
う尖鋭で強い吸収ピークを持つことが明らかになった。しかし量子細線のデバイス応用を考えた場合、室温での吸収の
大きさと線幅が重要である。また室温デバイスでは多重細線構造が現実的である。
今回我々は、20周期 T-型量子細線デバイスの吸収スペクトルを、やはり導波路透過測定により 5 K と 297 K で測定
した。透過光の偏光には2つの直行する偏光を用い、細線の吸収に大きな偏光依存性を見出した。5 K においては、基
底状態励起子の吸収ピークの線幅から均一性の高い細線が 20 本作製されていることが確かめられた。297 K では基底状
態励起子による吸収がデバイス化可能(ピーク値 160 cm−1 )なほど大きいことが分かった。
<試料構造>
図 1 が多重量子細線デバイスの試料構造を示している。T-型量子細線はへき開再成長法を用いた MBE 成長により作
られる。20 本の量子細線は 20 周期 14 nm (001) 量子井戸 stem wells と単一 6 nm (110) 量子井戸 arm well とが直交し
た部分に形成される。T-wire のサイズは 14×6 nm である。20 本の細線は、Al0.5 Ga0.5 As と Al0.1 Ga0.9 As、stem wells
から形成される T-型導波路に埋め込まれている。試料の共振器長は 512 µm、キャビティ鏡にはへき開面をそのまま用
いている。T-型導波路からの発光・発振パターンは過去に顕微イメージ測定により調べられており、円形の基底モード
が観測されている。今回実験に用いた試料はこのときの試料と同一である [12]。
FIG. 1: T-型量子細線レーザ構造
導波路を 1.162 µm (001) Al0.28 Ga0.72 As、183 nm (110) Al0.1 Ga0.9 As、それを囲む Al0.5 Ga0.5 As と仮定して、既知
の屈折率を用いた有限要素法により導波路のモード計算をした。導波基底モードはモード屈折率 3.43 を持ち、光閉じ込
め率 Γ は 4.27 × 10−3 と単一細線に比べ 9.3 倍大きく、通常の多重量子井戸レーザに比べ 1 桁以上小さい。
<実験>
透過光には波長可変 cw-TiS レーザを用いた。透過光は duty 比 1 %にチョッピングされ、N.A. 0.5 の対物レンズに
より、T-型導波路に結合された。逆側の端面から T-型導波路を透過してきた光は、同じ N.A. を持つ対物レンズで集光
され、その強度は窒素冷却 CCD で測られた。入射光と透過光の偏光は同一にセットされ、[001] 方向の arm 偏光(arm
well に平行)と [110] 方向の stem 偏光(stem well に平行)の2つを用いた。T-型光導波路の共振器端面に入射するレー
ザ強度は、吸収飽和を起こさない強度にした。透過レーザの波長を少しずつ変化(0.025 meV)させながら透過率スペ
クトルを取得した。パワー透過率 T は次式で与えられる。
T =
(1 − R)2 ηe−αL
(1 − Re−αL )2 + 4Re−αLsin2 δ/2
(1)
T は透過率、R は反射率 0.3、η は透過レーザの導波路への結合効率、α は吸収係数、L は共振器長、δ は共振器を1往
復するときの位相差で波長の関数である。
実験から求まった結合効率 η は 40 %である。吸収が弱い波長では、透過スペクトルに振動が現れるが、透過率が最大
では分母の第二項は 0 となる。この波長で吸収係数を求めた。つまり、透過率スペクトルの最大値の包絡線から吸収係
数を求めたことになる。詳しい実験配置と透過率スペクトルから吸収スペクトルを求める方法は以前に記した。
<結果>
図 2 は、5 K での 20 周期量子細線レーザの吸収スペクトルである。実線スペクトルは arm 偏光時、点線スペクトル
は stem 偏光時のものである。Elasing と記したエネルギーが光励起下での T-細線からの発振エネルギー、EPL が励起子
発光エネルギーである [12]。Eedge と記したエネルギーが計算から求まっているバンド端である。T-細線による吸収が
ない 1.570 eV 以下での導波路損失は両偏光とも 1 cm−1 以下だった。arm 井戸の PL ピークは 1.603 eV なので、1.598
eV 以上の吸収の増加は arm 井戸によるものである。
まず arm 偏光での吸収ピークについて説明する。基底状態励起子、励起状態励起子、連続状態による吸収が図に示す
ように見られ、相対的なエネルギー差は単一細線と同様である。基底状態励起子による吸収は強すぎてピーク値が測定
できていない。今回の顕微透過測定では吸収 200 cm−1 以上では透過光が抜けてこないので測定できなかった。しかし、
半値幅は単一細線と同様に 2 meV 以下である。また、ピークの高エネルギーがわは、20 cm−1 以下まで小さく落ち込ん
でいる。更に、ストークスシフトは 0.5 meV 以下である。これらのことから、20本の多重量子細線が均一に導波路全
体に形成されていることが分かる。わずかな両端のピークは、arm 井戸の厚みが monolayers 異なる量子細線によるも
のである。大雑把に基底状態励起子による吸収のピーク値を見積もると 20 周期細線の Gamma は単一細線の 9.3 倍だか
ら、半値幅が同程度と仮定すると 740 cm−1 程度、吸収積分の値は、1770 meV・cm−1 となる。
発振エネルギーと基底励起子の吸収ピークとはは 5∼6 meV 離れている。発振エネルギーには相当する強い吸収ピー
クは見られない。このことは、T-型量子細線レーザの発振の起源が励起子や局在励起子ではなく電子・正孔プラズマで
あるという我々のこれまでの研究報告を強く支持している [16]。
連続状態付近の吸収は、単一細線に比べ明瞭に見ることができる。1.592 eV には他の励起状態励起子によるピークも
見られる。このピークは、PLE でも報告されている。連続状態付近の吸収の平均値は概ね 145 cm−1 となり、単一細線
の値の約 9.3 倍なり、計算による Γ の比と良く一致している。このことは、連続状態の吸収の値には、arm 井戸の吸収
の裾がほとんど影響していないことを示す。
stem 偏光では基底状態励起子、連続状態の吸収は極端に小さくなる。基底状態励起子による吸収積分は 100 meV・
cm−1 である。このことから T-型量子細線レーザは arm 井戸の特徴を反映した偏光依存性を持っていると言える [15]。
これは、T-型量子細線が [110] 方向の閉じ込めが大きいことに起因していると考えられる。これは stem 井戸と arm 井
戸のデザインによって偏光依存性がコントロールできると予測できる。強い偏光依存性の一方で、第一励起状態の吸収
が変化しないのは、励起ホールサブバンドの特性によるものと考えられ、今後の理論的な考察が必要だろう。
図 3 は、20 周期量子細線レーザの、室温における吸収スペクトルである。実線が arm 偏光、点線が stem 偏光であ
る。低エネルギーでの導波路損失は 5 K よりも若干大きい 3 cm−1 だった。arm 偏光では 1.4884 eV に基底励起子の吸収
FIG. 2: 吸収スペクトル 5 K
FIG. 3: 室温吸収スペクトル
ピークが半値幅 7.2 meV で見えている。基底状態励起子の吸収ピークのシフト量はバルク GaAs のバンドギャップエネ
ルギーの温度変化 5 K∼297 K と 3 meV ずれている。残念ながら第一励起状態、連続状態は熱分布による吸収ピークの
拡がりにより arm 井戸による吸収の裾と混ざり、識別出来なくなっている。このことから、厳密には 1.4884 eV のピー
クは基底状態励起子かどうかは分からない。もしかしたら、1 次元状態密度を反映した吸収なのかもしれない。よって、
更に閉じ込めエネルギーの大きな細線を作らないと、arm 井戸の影響が大きくて、1 次元性を議論できないだろう。
基底励起子の吸収ピークは、160 cm−1 であり、これは透過率が 512 µm 1 pass で 2.8×10−4 である。つまりデバイス
として充分用いれるだけの吸収が多重量子細線デバイスでは、細線と同方向に進む光に対して得られることが分かる。
今後重要なのは、この吸収の電流に対する応答がどうなるかである。逆にいえば我々の量子細線デバイスは、既にそこ
までの進歩を遂げたのである。
stem 偏光では 5 K では見えていた構造はブロードになり、arm 井戸の裾と一体化して全く見えなくなるが、3 つの傾
きが低エネルギー、励起子エネルギー、高エネルギー領域で見て取れる。1.500 eV 以上で arm 井戸の裾による影響が出
ているのだろう。励起子エネルギーでは 15 cm−1 しかなく、強烈な偏光依存性である。
<まとめ>
T-型量子細線レーザの吸収スペクトルを導波路を用いた透過測定により 5 K と 297 K で取得した。5 K での基底状態
励起子の吸収ピークから 20 本の細線が導波路全体に均一に形成されていることが分かった。297 K での吸収の最大値は
160 cm−1 となり、デバイス応用上十分な吸収が量子細線で得られることを明らかにした。量子細線の吸収には偏光依存
性があり、arm 偏光に対して強い吸収を示し stem 偏光に対しては弱かった。キャリア注入(電流、光励起)した時の吸
収ピークの変化を測定し、1 次元固有の光非線形性を解き明かす手前まできた。
<謝辞>
この論文は、CREST-JST, 文部省の援助により達成された。感謝します。
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