(千葉P25~39)を読む

②混声合唱の作品
「混声合唱+ピアノ」のための最初の作品は、1968 年の合唱組曲「五つの童画」であ
る。「混声合唱+ピアノ」のための作品は 1980 年頃まで殆ど作曲されず、1980 年代中
頃になり増え始めた。それまでは圧倒的に「女声合唱+ピアノ」のための作品が多かっ
たのだが、1980 年代中頃以降は「混声合唱+ピアノ」のための作品の方が増えていった。
混声合唱の作品には、様々な形態の作品がある。合唱が幾つかの群に分かれたり、2
台ピアノが用いられたりする。
「混声合唱+ピアノ」の特徴として作品の規模が大きい点
も挙げられる。
また混声合唱とピアノのための「カムイの風」(1996)では、ピアノにおいて半音階
クラスターや弦を指でこする内部奏法が見られる。アイヌ語をテキストとしたこの曲で
は、合唱はアイヌの文化や言葉の響きを、擬音や無声音、グリッサンド等の現代的な手
法で表現している。したがってピアノもアイヌの世界を表出するために現代的な手法が
用いられた。
○ 合唱組曲「五つの童画」より『風見鳥』(1968)
詩:高田敏子
この曲は三善において初の「混声合唱+ピアノ」の曲で、
「ピアノは実験的なモニュメントになっている。」(注 4)
と三善は述べている。
曲は、
「人間と地球全体をくるむ愛を歌う」というテーマに、想像上の寓意が挟み込ま
れている。合唱は音を連打し、リズミカルで弾性のある性格になっている。またリズム
や音域が共に一定したパターンで歌われるのは、以後の三善作品の特徴でもある。
ピアノは寓意が挟み込まれた世界を、広い音域で華やかに駆け巡り、一つ一つの「童
画」の世界を鮮明に描いている。メルヘンとしての「童画」ではないため、音の扱いに
鋭さや緊張感がある。
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【譜例 1】
風見鳥のぎこちなく動く様子が、3 連符で表されている。急激な cresc.や sf、休符な
どによって、より音が立体的になっている。硬質な音色で、3 連符一つ一つの響きを重
ねながら演奏していく。臨時記号による音の色の変化にも気をつける。
【譜例 2】
風見鳥が眺めている村の風景を歌った場面であるが、不協和音や臨時記号、リズム等
によって、滑稽な雰囲気を出している。なめらかに弾くのではなく、あえて音の響きを
ぶつけて、オーケストラのようなイメージでコミカルに演奏する。
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【譜例 3】
風見鳥が嵐に吹かれてぐるぐる回っている様子が描かれている。合唱も 3 連符で急き
立てるように sfff の頂点に向かって歌っている。
ピアノは合唱と縦のラインを合わせながら、畳み掛けていく。速いテンポだが、和音
をしっかり掴み、響きを考えながら、鋭くリズムを刻んでいく。
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【譜例 4】
風見鳥が落ちてしまった寂しさを表現している。Es と Gis のオクターヴの連打が、空
虚感を出している。アルト声部の旋律を淡々と演奏し、そこにオクターヴの響きを添え
ていく。poco sf は、何かに気付いたように衝撃的に演奏し、次の pp はエコーである。
そして合唱が嵐の夜明けの風景をア・カペラで歌い、曲が閉じる。
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○ 混声合唱と 2 台ピアノのための「交聲詩 海」(1987)
詩:宗左近
三善にはこの作品の他にも 2 台ピアノの作品が多数ある。2 台ピアノを用いることに
よって、詩の世界を幅広いく豊かな音響で、スケール大きく表現している。
この曲は、永遠の海に眠る魂への献歌であり、三善作品の中でも傑作の 1 つである。
6 章からなる詩を 2 章ずつ全 3 楽章にまとめている。各楽章は、朝日にきらめく静謐な
海、昼の日差しに弾み波立つ海、夕映えに燃え湧き上がる海を表現しており、その中に
息づく生と死が、波の呼吸によって歌われている。
ピアノは 2 台ということで、厚い音響が特徴である。ユニゾンで、時にはエコーによ
って海の波を表現している。
この曲に対を成して、混声合唱・童声合唱と 2 台ピアノのための「交聲詩曲 波」
(2001)が作曲された。この曲では、童声合唱による 8 小節の波を表す旋律が統一動機
として歌われる。
【譜例 1】
1st によって、穏やかな波が描かれる。冒頭で現れるモティーフを、音域を変え、リズ
ムを縮小しながら用いることによって、寄せては返す波を表現している。そして歌はピ
アノの響きの中から徐々に入ってくる。
硬質で透明感があり、伸びやかな音色で演奏する。微妙な音の変化による響きの変化
に気をつける。
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【譜例 2】
大きく押し寄せる波である。両パートの右手はオクターヴ・ユニゾンのスケールであ
る。2nd のバスに支えられながら大きなうねりを表現する。レガートで弾くのではなく、
一音ずつはっきりと浮かび上がらせ、2 台で大きな音の波を作り上げていく。
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【譜例 3】
冒頭の波のモティーフの発展型が、1st から 2nd へエコーのように受け渡される。リピ
ートによって dim.していくのは、波が消えていく様子を表している。1st から受け渡さ
れるニュアンスを受け継いで、一つの流れのように演奏していく。
【譜例 4】
2 楽章の核となるリズムのモティーフである。
【付点 8 分音符×2+8 分音符×1+付点
8 分音符×1】という変わったリズムである。リズムの特性を生かして、アーティキュレ
ーションに注意して演奏する。このリズムの箇所は、合唱もピアノも走りやすく、崩れ
やすいので、アクセント等を意識してしっかりとリズムを保つ必要がある。
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【譜例5】
3 楽章の後半、1st はソプラノと同じメロディーを 3 オクターブのユニゾンで演奏し、
2nd は 3 連符でハーモニーを作っていく。そして最後に合唱が ffff を出し、ソプラノがハ
イ C で出す中、1st、2nd 共に和音を畳み掛けていき、両パート ffff のトレモロで曲が閉
じられる。演奏する際は、和音のバランスに注意しながらも、ピアノを良く鳴らし圧倒
的な音圧で曲を締めくくる。
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○混声合唱曲集「木とともに人とともに」より
『-ピアノのための無窮連祷による-生きる』(2000)
詩:谷川俊太郎
この作品は、静かに打つ心臓の鼓動のように、あるいは寄せては返す波のように一定
のリズムで歌い続けるピアノと共に、
「いま生きている」こと、さらに「生きる」ことを
していた全ての命を慈しむように音楽が流れていく。長いリフレインは繰り返すことの
大切さと新しさを象徴し、最後の音の余韻の中に、再び新しい命の音を聴くことができ
る。三善自身は、1999 年大晦日から 2000 年元旦にかけて、逝った友人を思いながらこ
の曲を作曲した。
【譜例 1】
冒頭のリズムがこの曲のテーマである。この付点のリズムは曲全体に貫かれている。
ひたむきな祈り、命の鼓動などをイメージして、硬質で透明感のある音色で淡々と演奏
する。付点のリズムが跳ねすぎない様に注意する。テーマが出てきた際に、そのテーマ
がどの声部にあっても、浮き立たせるようにする。
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【譜例 2】
この箇所以降、31 小節までピアノのデュナーミクが合唱を上回る。合唱との音量バラ
ンスを第一に考えて演奏していく。また非常に音の多い箇所なので、凹凸が出来ないよ
うになめらかに演奏できるよう和音のバランスを考える。
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【譜例 3】
この曲の求心的箇所である。41 小節 4 拍目のアルトとテノールの、生きていることに
対するすべての思いを込めた「いま」というニュアンスに寄り添い、mf でより確かにテ
ーマを演奏し、次の場面に繋げていく。
【譜例 4】
高音のアルペジオの響きの中に、バスが下から湧き上がり G の音でテーマを歌う。そ
して曲は閉じるが、Fine と書いてあるだけで終止線が無い。ここに永遠に循環していく
という意味が込められている。
高音のアルペジオは、命の最後のきらめきを表している。クリアな音質で、音のきら
めきを空間に放つように演奏する。
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