平成 22 年 10 月 22 日 文化財保存修復学会 文化財の燻蒸についての注意喚起 平成 22 年 7 月に、リン化アルミニウムを有効成分とする製剤を用いた倉庫内テント燻蒸で、江戸末~ 明治初期の県指定絵画(屏風)5 点の変色事故が起きました。文化財燻蒸に対する理解不足から生じた歴 史資料の重篤な事故例です。理事会では事故の重大性に鑑み全国の会員に対して周知が必要と判断し、 緊急に状況をお知らせします。 事故の概略は以下の通りです。 当該絵画を県外の美術館に貸し出すこととなり、例年通り夏季のイベントに合わせて民家内で展示さ れたのち、通常の梱包方法で美術搬送されました。例年はイベント後、絵画管理団体が虫害等の発生状 況を監視しながら、必要な場合にのみ忌避剤による収蔵施設の処理を行っていましたが、展覧会出品の ための日程制約から、借用館側が生物被害対策を行うこととなりました。借用館は、輸送の過程に殺虫 処理を組み込み、美術搬送専門業者に殺虫処理も含めて一括委託しました。搬送業者は燻蒸業者に再委 託し、荷物倉庫内に設置した天幕内にてリン化アルミニウムを有効成分とする製剤で処理し、6 日間の処 理後に美術館に搬送し開梱したところ、絵画の緑色部分が黒色に変色していました。文化財の燻蒸を専 門知識のないものが行ったことによって起きた事例と考えられます。 リン化アルミニウムは特定毒物であり毒物・劇物取締法で厳しい管理が課せられている薬剤です。病 害虫防除のため、乾燥した穀物類の燻蒸や倉庫内の殺虫殺鼠の用途に対して使用が許可されています。 しかし、リン化アルミニウムが空気中の水分等と反応し発生する殺虫成分のホスフィン(毒物)は、森 八郎先生の報告によると(文化財に薬害の少ない燻蒸剤、『文化財の虫菌害』第 5 号、1982 年、文化財 虫害研究所)、金属の銅や銅を含んだ顔料に対して薬害が著しく大きいとされています。文化財燻蒸に 適した薬剤ではないので、公益財団法人文化財虫害研究所の認定薬剤ではありません。 また薬剤については常に諸省庁で検討が進められ、規制状況なども毎年変化しますので、最新情報の 入手をお願いします。例えば厚生労働省では、職場における安全性を確保するために「化学物質による 労働者の健康障害防止措置に係る検討会」を設けてリスクの評価を行っていますが、その評価結果を受 けて平成 20 年 3 月からホルムアルデヒドは特定化学物質第 2 類に指定されました。さらに先日公表され た報告書では酸化プロピレンなど4物質についても同様な規制が必要とし、健康障害防止の観点からこ れらの化学物質による曝露を減らすため、製造・使用者に必要な防止措置を義務付ける方向で制度の見 直しが進んでいることが公表されています。 当会会員におかれましては、文化財保存への正しい理解促進のためにより一層の広報と啓発活動をお 願いするとともに、ご自身の労働衛生環境を守るために最新の技術情報に基づいた化学物質の管理をお 願いいたします。 文化財保存修復学会理事会 http://www.kochinews.co.jp/ekin/index.htm 絵金屏風絵変色問題:高知新聞 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000ttrl.html 厚生労働省報道発表資料 2010 年 10 月
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