語学Eラーニング教材における手書き文字認識の 利用可能性について 亀山 太一 岐阜工業高等専門学校 一般科目 概要:コンピュータを利用した英語学習において、手書き認識機能を応用することの可能性につ いて検討するため、ペンタブレットを使用した手書き入力と、キーボードを使った入力方法を比 較し、それぞれの特性と学習効果に与える影響を検討した。 1.はじめに は十分に可能な段階に来ていると言ってよい。 コンピュータを利用した英語教育は、すで そこで本研究では、この手書き認識機能を に以前から普及しているが、これらのユーザ 応用した英語学習教材の可能性について検討 ーインターフェイスとして使用されているの するため、高専生が英語の文字入力手段とし は、いまだにそのほとんどが「マウスとキー てキーボードを使った場合と、手書き入力を ボード」である。しかし本来、キーボードや 行った場合とを比較し、その違いを明らかに マウスは入力の手間をできるだけ省くために する。 考え出されたものであり、学習記憶の強化と いう点では、必ずしも適しているとは言い難 2.方法 い面がある。たとえば、「手で書いて覚える」 2.1 被験者 ことは、記憶に対して一定の効果があること 著者が英語の授業を担当する、岐阜高専3 が明らかになっているが、キーボードを使っ 年生に対し、授業中の一部の時間を使って実 た学習ではそれが望めないという欠点がある。 験を行い、有効なデータを抽出できた 157 名 一方、PCの発達により、手書き文字を認 を分析対象とする。 識する技術はすでに実用段階に入っており、 最初に、被験者のタイピングスキルを測定 特に Microsoft 社の Windows 7 に標準搭載さ するため、インターネット上の2つのタイピ れている手書き認識機能(Tablet PC 入力パ ン グ 練 習 サ イ ト ( Ghost Typing 1 ) お よ び ネル)は、非常に高い認識性能を持つ。とり e-typing2))にアクセスさせ、それぞれの結 わけ、英語を入力する場合には、システム自 果として表示される数値(所要時間)を報告 身が辞書を参照しながら候補を絞り込むため、 させた。その結果を表1に示す。これら2つ 多少の筆跡の乱れや書き損じなどがあっても のタイピング結果の相関係数は 0.76 であり、 正しく認識される。したがって、これを語学 被験者のタイピングスキルの判定に利用可能 教材のインターフェイスとして利用すること であると判断できる。なお、本実験では,各 被験者のタイピングスキル指標として、表1 課題1として、画面に表示された日本語に に示された Skill Index(以下 SI)の平均値 対応する英単語を答える課題を設定した(図 を使用した。 1)。問題は全部で 20 題出題され、1 問につ き 15 秒の制限時間が設けてある。この課題は、 入力速度と語彙力が関係する。 表1:被験者のタイピングスキル別人数 Skill Index 5 4 3 2 1 所要時間(秒) ~80 ~100 ~130 ~150 150~ 人数(Ghost) 36 27 27 27 40 所要時間(秒) ~60 ~80 ~100 ~120 120~ 人数(e-typing) 26 28 36 33 34 2.2 方法 タイピングスキルを測定した後、全被験者 にペンタブレット (Wacom 社 Bamboo シリーズ CTH-460/K0) を配布し、 使い方を説明した後、 約 30 分、英語の授業課題をキーボードではな くペンタブレットを使ってやるように指示し、 図1 日本語から英単語を答える課題 手書き入力の練習をさせた。さらに、1週間 もうひとつ、課題2として、表示された英 後の授業でもう一度、 同様に約 30 分間の練習 単語をそのまま入力する課題を設定した。こ 時間を設け、その後に以下のような手順で実 の課題においては、語彙力の要素は含まれな 験を行った。 いことになる(図2)。 図2 英単語を書き写す課題 実験では、この課題1と課題2を、それぞ れキーボードとタブレットを使って行うこと で4種類の課題とし、各課題の完了までにか かった時間3)およびその正答率を記録した。 ペンタブレットを使った入力の様子 なおタブレットで行う場合は、手書き認識用 の Tablet PC 入力パネルが図3のように配置 表2 平均課題遂行時間(sec.) され、ここで手書きした単語が入力されるよ 課題1(単語テスト) 課題2(書写テスト) うに設定した。 HTS(n=50) LTS(n=56) HTS(n=50) LTS(n=56) キーボード 82.5 113.5 63.6 100.6 手書き 133.9 141.9 100.1 102.7 p値 <.01* <.01* <.01* >.6 表3 平均正答数(20 問中) 課題1(単語テスト) 課題2(書写テスト) 図3 タブレット入力可能状態 4つの試行において出題される単語は、す べて前年度以前の定期試験等の対象になった 単語で、被験者にとって完全な未知語ではな いことが前提となる。また、出題される語の 範囲は、4つの課題においてすべて異なって いる。 HTS LTS HTS LTS キーボード 14.8 12.6 19.1 18.7 手書き 12.7 11.2 17.8 17.9 * <.03* p値 <.04 * >.1 <.01 表2から、HTS 群、LTS 群とも、キーボード 入力よりも手書きの方が所要時間が長くなる 傾向が見られるが、これはタブレット入力の 練習不足によるものと考えてよいだろう。そ の中で、LTS 群の単語書写課題において、そ の所要時間に有意差が出ていないことは、特 にキーボードに慣れていない者にとって、手 3.結果 3.1 分析対象データ 分析は、2.1 で述べた被験者のタイピング スキル指標(SI)が4以上の者(高タイピン グスキル群;HTS 群)と、2以下の者(低タ イピングスキル群;LTS 群)に分けて行った (2<SI<4 の被験者は分析対象から除外した)。 書き入力が有効な入力手段になることを示唆 していると言えよう。すなわち、高専に入学 して2年強を過ごした学生のタイピングスキ ルと同じ早さでの文字入力が、タブレットを 使えばわずか1時間程度の練習によってでき るということである。 表3からは、手書き入力によって平均正答 率が下がる傾向が見て取れる。その理由もや 3.2 被験者群内の比較 HTS 群、LTS 群の各被験者がそれぞれの課題 遂行にかかった時間と、その正答率を表2、 表3に示す。 はり入力方法に対する慣れが不足しているこ とが考えられるが、LTS 群の単語テスト課題 でのみ有意差が見られなかった。その理由は 現時点では不明であるが、今後の研究課題と したい。 3.3 被験者群間の比較 表4、表5は、それぞれの課題における課 題遂行時間と正答率を、HTS 群と LTS 群の間 る。今後は、何らかの形でディスプレイ上で で比較したものである。 の手書き入力方式を利用した実験を行い、そ の効果を確かめたい。 表4 平均課題遂行時間(sec.) 課題1(単語テスト) 課題2(書写テスト) キーボード 手書き キーボード 手書き HTS(n=50) 82.5 133.9 63.6 100.1 LTS(n=56) 113.5 141.9 100.6 102.7 <.01* >.2 <.01* >.6 p値 注 1) http://neutral.x0.com/home/ghost/ index3.html 2) http://www.e-typing.ne.jp/ 3) タブレット入力枠の表示や配置にかかる 時間のロスを考慮し、第2問目が表示さ れたところからの時間を計測した。 表5 平均正答数(20 問中) 課題1(単語テスト) 課題2(書写テスト) 参考文献 キーボード 手書き キーボード 手書き HTS(n=50) 14.8 12.7 19.1 17.8 1) 亀山太一「語学教材における手書き文字 LTS(n=56) 12.6 11.2 18.7 17.9 認識の応用」高等専門学校情報処理教育 <.01* >.09 <.04* >.7 研究発表会論文集 第 30 号、2010 p値 表4、5から、手書き入力の場合は、いず れの課題についても、時間、正答率ともに HTS 群と LTS 群の間に差がないことがわかる。し かし、キーボード入力の場合、HTS 群の正答 率が有意に高いという結果が出ている。この ことは、キーボードを使ったEラーニング授 業では、タイピングスキルが成績を左右する 可能性があるということを示唆するものであ り、今後のEラーニングを考えていく上で留 意しなければならない点となろう。 3.今後の課題 PCにおける手書き入力は、今回の実験で 使用したペンタブレット方式の他に、いわゆ るタブレットPCと呼ばれる、ディスプレイ 上で手書き入力のできるタイプがある。今回 の実験は、予算の都合で前者を採用せざるを 得なかったが、後者の方式の手書き入力であ れば、より直感的な操作が可能になり、さら に手書き入力の効率が高まることが期待され
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