多様な価値観と反対意見の必要性

伊藤
隆がお届けする月刊創レポート~経営トレジャー~
≪2015 年 1 月号≫
その思い込み、先入観は危険!
多様な価値観と反対意見の必要性
◇◆◇ シリーズ「『攻め』と『守り』のバランス経営」 ◇◆◇
経営者の皆様と“個性的な経営”を考えるために!
☆☆☆☆☆☆《
目
次
》☆☆☆☆☆☆
【1】マインドセットって?
【2】A図書館には当たり前の光景
【3】納得がいかないBさん
【4】民間企業からの刺激
【5】生まれ変わったA図書館
【今月のハイライト】
思い込みや先入観は、誰しももっているものでしょう。ビジネスの
世界では「マインドセット」という言葉で、マイナスのイメージとし
て使われます。自らが常に正しいと思い込んでしまうと、限界を作っ
てしまうだけでなく、変化に際して危険でさえあるのです。そこで、
今月はマインドセットから解放された組織の変化を見ていきます。
【公認会計士・税理士
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【1】マインドセットって?
1》マインドセットとは?
マインドセットという言葉があります。
「思い込み、先入観、あるいはそれまでの経験や教育などによっ
て醸成された思考様式、特にそれまでの状態が正しいと思い込む
心理状態」のことです。
ただし、「価値観、信念」といった意味合いで使われることも
ありますから、悪い意味ばかりではありません。しかし、消極的
な意味合いで使われることが多いようです。
はっきりしているのは、このマインドセットが、
組織の文化を形作るのに大きな影響を及ぼしている
ということです。
2》マインドセットの具体例
具体的な例を挙げてみると、郵政民営化があります。長年低迷
していた「ゆうパック」をテコ入れしようと、日通のペリカン便
との統合計画が持ち上がりました。しかし、この計画は一度頓挫
しています。その大きな原因の一つが、
民間出身経営者と官僚出身経営者のマインドセットの違い
だと言われています。
つまり民間出身者は「統合後の収益構造」を考えたのに対して、
官僚出身者は「収益の下振れリスク(想定よりも下がるリスク)」
ばかりを気にしていたといいます。
(※2010 年には統合されました)
3》マインドセットと組織文化
なぜ官僚出身者が下振れリスクに執着したかというと、失敗し
たときの責任を取りたくないからです。
失敗をしないことが最重要であるとのマインドセット
が強固にでき上がっていたのです。
マインドセットが組織文化の醸成に影響を与えるというのは
こういうことです。文化が一度でき上がると、例えそれが好まし
あらが
くないものであっても 抗 うのは至難の業です。
今月は、ネガティブなマインドセットに凝り固まった組織が、
その呪縛から解き放たれていく過程を追った事例をご紹介いた
します。
シリーズ「『攻め』と『守り』のバランス経営」
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【2】A図書館には当たり前の光景
1》A図書館の現状
県立のA図書館が設立されて 40 年が経ちます。蔵書数は約 15
万冊の中規模の図書館です。A図書館は、来館者数が落ち続け、
本の貸出数も右肩下がりでした。
民間企業でいうなら
何期も連続して売上が落ちている状況
です。
しかしながら、職員に焦りの色はありませんでした。本の貸出
が減ろうが増えようが、給料は毎月決まった額が振り込まれ、よ
ほどの失態を演じない限り失職の恐れもないからです。
2》Bさんの初出勤
そんな時、このA図書館に赴任を命じられたのが、県立の中学
校で社会の教師をしていたBさんです。Bさんは初めての異動と
いうこともあり、不安の中にも新たな環境に胸をワクワクさせ、
A図書館に出勤しました。
しかし、A図書館の実態は、Bさんの想像していた図書館とは
かけ離れていたといいます。
A図書館は、来館者が極端に少なかったり、年齢層に偏りがあ
ったりと、何しろ閑散としていたそうです。
3》A図書館の実態
言うまでもなく、図書館の蔵書は老若男女のニーズに応えるべ
く取り揃えられています。にも拘らず、A図書館の来館者は子供
とお年寄りが多く、壮年者の来館者がとても少なかったこと がB
さんは気になりました。
さらによく、Bさんが来館者の様子を観察してみると、図書館
本来の機能を十分に生かしきれている利用者はほとんどいなか
ったといいます。
それは、図書館ならではの
膨大な知の集積とネットワークの利用
が少しもなされていないということでした。
Bさんが見た光景というのは、ちらほらと本を借りに来る人た
ち、そして閲覧スペースで気ままに昼寝する人たちの姿だった の
です。
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【3】納得がいかないBさん
1》当たり前の基準
数ヵ月後、Bさんは改めて、こうした状況に対する疑問を、親
しくなった同僚に話してみたといいます。
ところが、同僚の反応は案に相違したものでした。
「それがどうしたの?」という感じです。
これにはBさんは驚きました。
貸出が一日に一冊もないことや、朝から晩まで昼寝する人まで
もがいるということは、それがBさんの目には奇異に映っても、
同僚にとってはごく当たり前の光景だった
ということです。
両者は同じ風景を見ながら思うことはまったく違ったのです。
2》フェアの開催
それでもBさんは何とか現状を変えたいと思いました。
「せっかく赴任したのだから、活気あふれる職場にしたい、もっ
と図書館の良さを地域の人にわかってもらいたい 」と考えるよう
になっていたのです。
早速、同僚たちに働きかけて、もっと
図書館を利用してもらえるよう工夫することを提案
しました。
少々面倒くさそうにする者はいましたが、さすがに反対する理
由は見つからなかったようです。
Bさん主導で行なわれたのはフェアの開催でした。
近所の学校や施設、住宅にチラシを入れて集客し、絵本であっ
たり、ビジネス書であったり、あるいは人気作家にスポットを当
てたりして、特設コーナーを設けてフェアを開いたそうです。
3》その結果は・・・
しかし結果は、Bさんにしてみれば決して満足のいくものでは
ありませんでした。ほんのちょっと来館者が増えた程度です。
Bさんは、思うような結果が出なかったことにショックを受け
たといいます。
しかし、やはりここでも他の職員の反応は違いました。
フェアを開催したこと自体に満足してしまっていた
そうです。
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【4】民間企業からの刺激
1》セミナーを見学
もやもやした気持ちを抱えたままのBさんがたまたま目にし
たのが、中小企業経営者向けセミナーの案内チラシでした。
これまで民間の世界を知らなかったし 、そうした層にもっと図
書館に来てもらいたいと考えていました から、様子を窺いに行く
ことにしたのです。
図書館から近い公共の建物の一室を借りて行なわれていたそ
のセミナーはBさんを打ちのめしました。
事業発展のため必死になっている人々の姿
がそこにあったからです。
その後のBさんは、「図書館としてできることはいったい何だ
ろう」と考えるようになっていたといいます。
2》出張図書館
そしてBさんが思い至ったのが「出張図書館」でした。
セミナー会場に、テーマに沿った本を持ち込んで借りてもらう
というものです。
早速、他の職員達に提案してみました。
ところが、あまり良い反応は得られません。
元々図書館とは「本を借りたい人が訪れる施設」と考えている
職員にしてみれば、「どうしてそこまでするのか?」という疑問
が拭えないようでした。
3》やらずにはいられない
しかし、民間の懸命さを知ってしまったBさんはやらずにはい
られませんでした。
何度か周囲に訴えかけてみたものの、なかなかいい反応は得ら
れませんでした。それでも諦めなかったBさんは、何とか館長の
許可を取り付け、結局たった一人で行動に移したそうです。
その結果、
持っていった本がほぼ貸し出された
というのです。
以降出張図書館を続けていく中で、その成果を周囲が知るにつ
れ、Bさんへの態度は徐々に変化し始めました。協力を申し出る
職員がひとり、またひとりと増えていったといいます。
シリーズ「『攻め』と『守り』のバランス経営」
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【5】生まれ変わったA図書館
1》新たな試み
さらに借りた本を返しに来た機会に、「こんな本を探している
んだけど……」と新たに本を借りにくる人もいました。
その時のベテラン職員の対応にBさんは驚くしかありません
でした。お目当ての本を探し出し、関連書籍を2、3冊も挙げる
のです。本の内容や位置まで正確に把握しているベテラン職員だ
からこその光景でした。
図書館での「悩み相談コーナー」の開設をBさんが思いついた
のは、そんな光景を何度も目の当たりにしたからです。
2》図書館の本領
しかし、A図書館の悩み相談の主役は職員ではなく、
膨大な知の集積と図書館のネットワーク
です。
相談は多岐にわたりましたが、例えば離婚に関するものであれ
ば、法律的な面、経済的な面から心のケアにまで及びました。
そしてある日、シャッターを商品化したいというビジネス案件
の相談がありました。
しかし、職員は全員ビジネスには素人です。それでも知の集積
とネットワークがフル稼働しました。安全性や類似商品情報、研
究機関や特許取得、足りない部分は職員自ら国会図書館にまで足
を運んで情報を集めたといいます。そして2年後、シャッターは
商品化され全国に普及していったそうです。
3》マインドセット
A図書館の職員は当初、図書館の機能は『本を貸し出すこと』
というマインドセットに縛られていました。
自らが常に正しいと思い込んでしまうことは、限界を作ってし
まうのみならず、変化に際して危険でさえあります。マインドセ
ットが高じると、それは会社の文化にさえなり、会社を一色に染
め上げます。多様な価値観と反対意見があってこそ 、会社は健全
と言えます。
思い込みや先入観によって社員の思考に制限をかけたり、自社
の事業展開にブレーキをかけたりはしていないか、今一度思い返
してみてはいかがでしょうか。
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