何かどこかおかしい? 金融業界に対する素朴な疑問

2012 年 3 月 27 日
企業行動研究部会 峰内謙一
何かどこかおかしい?
金融業界に対する素朴な疑問
1.ゴールドマンサックス社と野村証券
別紙で 3 月 12 日のニューヨークタイムスに掲載されたゴールドマンサックス社の幹部だったグレッ
グ・スミス氏の内部告発状を紹介した。一方で日本においても、最近野村証券の社員がインサイダー情
報を顧客に漏洩していた問題、野村証券 OB がオリンパス社の不良債権「飛ばし」に関わった事件、AIJ
社による年金消失事件にこれも野村証券の OB が主導していた事件があった。それぞれ、世界最大の投
資銀行であり、日本最大の証券会社である。これらの不祥事が報じられるなかで、私が金融業界につい
てかねてから持っている疑問を思いだした。金融商品業界がしていることは何かどこかおかしい。
難しいが問題の本質は何だろう?
1.運用受託や投資信託など「金融商品」は何かどこかおかしいのでは?
①(どんなに、顧客に損をさせても責任はない?)AIJ 社の浅川社長の国会における答弁で損失が出た
ことは認めたが「だますつもりはなかった。
」と繰り返して云っていた言葉に象徴されるように年金な
ど資産の運用の受託の契約や一般の投資信託を含め顧客の資産の運用を受託する場合、基本的には「だ
ますつもり」が無ければ、顧客との間で金融商品取引法上の所定の手続きを踏んでおくと、「儲かる時
もあれば損することもある」全ては「自己責任」ということで、いくら損失を出しても一義的には責任
を問われないということのようだ。運用受託者は信託契約上忠実義務と善管注意義務は負っているが、
販売会社が顧客に目論見書を交付し受領印をもらい運用報告書を郵送しておくだけで、顧客と直接関係
の無い運用会社の忠実義務と善管義務を誰がどうしてチェックできるのだろうか?ゴールドマン社へ
の内部告発状の表現を借りると「保有していても利益が見込めないので何とか始末してしまいたい株」
などを投資信託に突っ込んでいるのではという以前云われていた疑惑は今はもう無くなっているのだ
ろうか?要は手続きさえ踏んでおけば販売会社も運用者も損は全て自己責任だからと客の負担、自分達
は「 暴 利 的 水 準 」 ( 山 崎 元 : ダ イ ヤ モ ン ド オ ン ラ イ ン 2011 年 11 月 2 日 ) の 手数料と受託
料は確実に受取れるという実質ノーリスクビジネスになっているように見えるところが何かおかしい。
②(自分でも訳の分からない金融商品を売っているのでは?)ゴールドマンサックスの内部告発状にも
「3 文字略語がついているような訳のわからない金融商品」といっているように、自分でも理解できな
いような複雑な金融商品が販売されている。理解できていることは自分達にとって利益率が非常に高い
という点だけなのかも知れない。一般向け投資信託もそうで、形式的には金融商品取引法上「適合性の
原則」で顧客の資産状況とか投資経験をチェックする義務があり、何でも売ってもよいことにはなって
いないが「わ け の わ か ら な い 高 齢 者 顧 客 に 、 通 貨 選 択 型 の 投 資 信 託 で 新 興 国 通 貨 の コ ー ス を
選ばせて、大きなリスクを持たせて手数料を巻き上げるような、詐欺師か泥棒のごとき現
在の証券会社のリテール営業」(山崎)がまかり通っているようだ。
③(金融商品は瑕疵担保責任の無い商品ではないか?)日経平均がいくらになったら、ドルの為替がど
うなったらといった償還時に「ノックイン」条件がついている所謂「仕組債」という債券がある。
「デュアルカレンシー債」など複雑な金融工学に基づいた一種のデリバティブが組み込まれたもので、
このような債券が一般個人顧客に広く販売されている。たいてい、表面利率が非常に高いので販売会社
に勧められるままに買ってしまい、償還時や売却時に元本が激減してしまった被害が多数報告され訴訟
にもなっている。普通この種の所謂「仕組債」は金融工学で自分達販売者・運用者が損をする確率を高
く、顧客の損失確率を低く設定しているとは考え難く、その逆と考えておくことが自然だろう。もしそ
うなら、これはもう顧客に損害を及ぼす可能性がある欠陥商品又は悪くいえば「詐欺商品」ともいえる。
悪評高い「仕組債券」、今般金融商品取引法で販売規制がかけられる「通貨選択型投資信託」だけでな
く、普通の投資信託も投資家だけが損失を被り、販売者も運用者も損失負担がないという意味では極論
かも知れないが一種の欠陥商品ではないかと思いたくなる。有形商品の場合商品に欠陥・瑕疵があれば
製造者・販売者が責任を負うことは有までもないことだが、不思議にも「金融商品」は、
「商品」とい
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いながら、瑕疵担保責任が問題にされることはない。全くおかしな話である。
2.金融商品の「製造」のためにこんな「道具」も使っている。
①(格付け会社を使って商品の信用を創りだす。:一民間会社が国家の命運をも左右できる?)
「ムーディーズも S&P も、破綻前のエンロンやリーマン・ブラザーズ・ホールディングスを投資適格
級としていた。 今回の分析で、ソブリン債格付けに関しては、ある国が債務不履行を起こすかどうか、
格付けがほとんど予想に役立っていないことがわかった。格付け会社が特に予想を誤りがちなのは、ソ
ブリン債がデフォルトする前の 12 カ月間、つまり投資家が最もガイダンスを必要としているときだ。」
(Wall Street Journal on line 2011 年 8 月 13 日)これら格付け会社は以前あったように、日本国債を
ボツワナ並みにすることも平然と行う。サブプライム・ローンに端を発する米国金融危機では格付け会
社が発行会者と癒着して証券化商品に過大な格付けをしていた疑いで米国司法当局が S&P の捜査を強
化している(Wall Street Journal on line 2012 年 4 月 3 日)。このような格付け会社が欧州の金融危
機で各国の国債の格下げを行いあたかも格付け会社という只の民間会社が国家主権よりも強大な力を
もっているかのように振舞っているのは何ともおかしな話である。
②(レバレッジ(梃子)と格付け会社を使って小さい資金で大きな相場をはる)
「自己資本の 30 倍の資金を借りて住宅ローン…カード債権などを買い取り、
証券化して切り売りする。
…プラスに働くと儲けを 30 倍にしてくれるが、マイナスに転じると損失も 30 倍になる。」(岩崎日出
俊-元リーマンブラザーズ幹部-「リーマン恐慌」廣済堂出版)というような手法が証券会社や投資銀行
で広く行われ、「レバレッジ経営」はゴールドマンサックス等主要な投資銀行のビジネスモデルである
(中谷巌「資本主義は何故自壊したのか」集英社)。レバレッジで調達した資金で組成した「証券化商
品」には高い格付けを取ると高く売れるのでここで格付け会社との不透明な関係が始まることになると
いわれている。さらに証券化商品にどのような債権をどう組み入れるか、ここで金融工学の出番がくる。
色々な証券を混ぜて、金融工学で調製することにより、鉛を金にする錬金術のような何ともおかしな話
になってくる。
③(「金融工学」を使って金融商品を設計し、資金を運用する)1997 年にノーベル経済学賞を受賞し
たマイロン・ショールズ博士は LTCM というヘッジファンドに参加し、自らの理論を駆使した投資活
動で急成長したが、1998 年のロシアの金融危機の損失から破綻し、その後米国政府により救済された
話はご存じの通りである。米国のゴールドマンサックス社などの「投資銀行の急速な業容拡大は金融工
学の発達によることが大きい。」(岩崎)とのことだが金融工学は素人にはなかなか理解できない。「そ
の考え方の基本はシンプルなものだ。一言でいうと、『金融商品の価格の動きは予測可能で、コントロ
ールできるものだ』そのための裏付けを数学モデルを使って構築する」(岩崎)ということらしい。ど
んどん金融工学が発達して売っている本人も訳が分からなくなるほどの複雑な金融商品が組成されて、
規制当局もついてゆけなくなり、「商品が先、規制が後というイタチごっこが繰り返され、時にして金
融市場は暴走して」(岩崎)という結果になってしまっているようだ。金融商品の価格の動きは予測可
能なら株価も予想可能ということだろうか? ノーベル賞博士の金融工学で資金運用していたヘッジ
ファンドが何故破綻したのか?何故、政府が救済したのかも本当におかしい話である。
3.あげくの果ては…
①(情報の対称性の不在)上記のように資産運用といい投資信託といいその方法と仕掛け、それに内容
はますます複雑になっており、情報開示しているから、投資家が同意しているから、あとは自己責任と
はますます云えなくなっているように思われる。複雑な金融商品の全ての情報が開示されているわけで
もなく、また例え開示されても、売っている本人も理解できないものを、理解できるはずはない。「一
部の人々や企業にとっては、情報とは単に受け取るだけのものではない。彼等にとって情報は『創り出
す』ものである。…自分達に有利な情報を創り出せる人たちにより多くの利潤機会があることは当然で
ある。」(中谷)ということで売る側と顧客の間に情報の対称性という点で今や顧客特に一般顧客は圧
倒的にといえるほど不利な立場にあると云わざるを得ない。いわば「自作自演」が可能だということで
はないか。「ソロスははたして他のマーケット参加者と対等で平等と云えるだろうか?」(中谷)とい
うことになる。
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②(モラルハザード)自分でも訳の分からない金融商品を売っていても、金融工学を駆使し、市場を自
分でコントロールできる情報を創りだし、情報の非対称性を利用して自分の利潤機会最も高くなるよう
にいろいろな仕掛けを使っていても、合法的にやっている限り、
「客の利益を脇に押しやって」(ゴー
ルドマンへの告発状)損をさせても責任は感じず、苦境に陥った際も米国金融危機の際にように、政府
の救済が期待できるということになると、もう倫理感は麻痺し「雑草のようにはびこっているこの会社
の道徳的破産者達を取り除いて下さい」(ゴールドマンサックス社に対する内部告発状)というような
ことになる。倫理感がなくなれればあとは抑えの利かない強欲だけが残り、市場の暴走を招く。
③(強欲を生む構造)AIJ 社のケースは高度な運用技術で他の追随を許さない運用成績を上げていると
口先三寸で年金基金に天下っている運用に素人である厚労省 OB を欺いてきたものだと報道されている。
それでいて自分の報酬だけはしっかり取っている強欲ぶりである。しかし、呆れたことにちゃんと運用
もしなかった AIJ の浅川社長が国会で年俸を 7 千万円と答弁している。しかし、呆れることはない。
「2007 年におけるゴールドマンサックスの全世界で働く従業員の平均年俸が何と 7 千万円にも達する
っことが同社の年次報告で分かる」(中谷)とのこと。リーマン恐慌後の世界的な低金利と過剰流動性
という環境のなかで、年金基金の資金運用もますます難しくなっている一方で、これを利用して上記の
ようなやり方で損は顧客、利益は自分というやり方がまかり通っており、儲かったからそれなりの報酬
をもらって何が悪いという理屈になってくる。
4.どうすればよいのか
①一般顧客(商品でいう消費者)保護の強化
●(「一蓮托生」の仕組みの導入)投資顧問会社、投資信託の運用会社の形骸化している「忠実義務」
が実質的に機能するような方法を考える。例えば、損失/利得が出た場合、運用受託者自身に痛みま
たは利得が生じるような仕組みを考える。 一方、現状「暴利」といわれている投資信託の手数料は
下げる。
●(「適合性の原則」の運用を強化)金融工学を使いデリバティブの手法を組み込んだ複雑な金融商品
は、顧客との間で情報の非対称性が高く、顧客に圧倒的に不利だと考えられるので「適合性の原則」
の運用を強化し不慣れな顧客に仕組債や通貨選択型の投資信託など、このようなリスクの高い商品は
販売させないよう規制を更に強化する。
●(法定開示書類を抜本的に平易にする)情報開示が形骸化しており、素人が理解できない難解な目論
見書や運用報告書を渡しておけばあとは自己責任といった現状のやり方を改善し、証券会社の甘い説
明を鵜呑みにしてしまうというようなことを防止する必要がある。特に、一般顧客に広く販売する債
券や投資信託などの金融商品の法定開示資料は金融の素人でも理解できるように全面的に変える。
さらに、証券会社が顧客から預かっている預り資産の評価報告書や取引報告書は現状素人には理解し
難いほど不親切な記載しかされていないので、素人でも元本または取得時時価と現状の評価がもっと
分かりやすい内容に全面的に改めるよう法的にこれを強制できる措置をとる。
②格付け会社の非営利組織化
リーマンショック後格付け会社の格付けに対する信頼性と格付けの恣意性が問題になり、EU などでそ
の規制が真剣に検討されていたが、最近はトーンダウンしているように見受ける。
一方で欧州のソブリン危機で格付け会社の国債の格付け行為が国家の命運まで左右しかねないような
ことが見られた。こんなことからか、今年一月、イタリアのミラノ財務警察は市場操作の容疑で格付け
主要 3 社(S&P、ムーディーズ、フィッチ)を家宅捜査したと報じられている。格付け会社の格付け根
拠の開示を強制する規制も検討されているようだが、このような情報の非対称性を利用すれば市場操作
も可能ということになる。民間会社に過ぎないところが国の命運を左右しかねない国債の格付け行為を
行うこと自体何かおかしい。資本市場がある限り、格付けというサービスは必要だろうと思うが、国債
の格付け会社を民間会社が行うのは問題があるのではないか。また米国の金融危機で見られたように民
間の営利会社である限り、ビジネスの要素が入り込み、ジャンク債を混ぜこぜにするとトリプル A 格の
証券に化けるなどのことが起こる。営利会社である限り今後も同じことが起こるだろう。従い、格付け
行為を営利企業が行うことは止め、例えば、会計監査法人のような公益組織化するといった形にできな
いものだろうか。
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以上