大腸菌を用いた有用タンパク質の 高効率分泌発現技術

活躍する三洋化成グループのパフォーマンス・ケミカルス
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大腸菌を用いた有用タンパク質の
高効率分泌発現技術
酵素をはじめとするタンパク質
は歴史が古く
(1970年初頭)
、種々
は、洗剤、バイオマス利用、食品
の関連技術の開発が進んでいるた
加工から医薬品まで幅広くわれわ
め1)、さまざまな種類のタンパク
れの生活の中で役立っており、そ
質の発現に応用されている。しか
の市場は拡大し続けている。
しながら、汎用的ではあるが分泌
タンパク質を産業利用するため
による発現ができないため、菌体
には、①目的に適したタンパク質
内部で発現したタンパク質は菌体
の探索・改変、②大量発現技術が
内に蓄積されてしまい、生産量に
必要である。①については各種生
は限界があった。
物のゲノム解析が進み、遺伝情報
一方、こうじ菌・Bacillus属菌
の蓄積が行われ、またそれを解析
などの分泌型の微生物は、菌体内
する関連技術の進歩が著しいもの
で発現させた目的のタンパク質を
の、②については汎用的で大量発
次々と菌体外に分泌するため、発
現できる技術が得られていないの
現量が多いという特長を有し、こ
が現状である。
の特長を生かして洗剤用酵素など
そこで当社では、汎用性が高く
のタンパク質の発現技術として利
タンパク質を高発現できる技術の
用されてきた。
完成を目標とし、当社基盤技術の
しかし、分泌型の微生物は、多
1つである界面活性剤を応用する
種のタンパク質を分泌するため、
アプローチで開発を行った。当社
目的とするタンパク質を取り出す
が見いだしたこの方法は、過去に
ための精製が煩雑である。また、
ほとんど検討されたことがない新
これら分泌型の微生物は、菌体外
しいアプローチであり、有用なタ
に存在するタンパク質を積極的に
ンパク質を産業利用するために非
分解して利用するという性質をも
常に有効な方法である。
っている。そのため、この発現方
本稿では、この当社独自のタン
法に適応できるタンパク質は、分
パク質分泌発現技術と今後の展望
解されにくいタンパク質に限定さ
について紹介する。
。つまり、幅広い種類の
れていた2)
タンパク質発現技術の現状
タンパク質が発現できる汎用性を
タンパク質の発現は、培養細
もちながら、分泌発現量も多い技
胞・大腸菌・酵母菌・こうじ菌・
術はこれまで存在していなかった。
Bacillus属菌などを用いて行われ
大腸菌を用いた分泌発現技術
ている。
大腸菌の菌体内に目的のタンパ
大腸菌を用いた発現技術の研究
ク質を発現させた場合、菌体内の
三洋化成ニュース ❶ 2014 秋 No.486
柳原芳充
当社新技術・プロセス開拓研究部
ユニットチーフ
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当社総務本部広報部
タンパク質濃度が高まり、発現抑
リプラズム)までしか移行せず、
用いる方法など外膜を欠落させる
制がかかると考えられている。一
外膜の内側(菌体内)にとどまり分
方法 3)で、菌が死にやすく実用的
方、分泌型の微生物を用いると、
泌発現ができない。
ではなかった。
タンパク質を菌体外に分泌させる
そのため、大腸菌からタンパク
筆者らは当社の界面活性剤技術
ため菌体内のタンパク質濃度は増
質を取り出すには菌体を壊す必要
を用いて大腸菌の外膜透過性を向
加せず、発現量抑制機構が働くこ
があった。しかし、菌を壊すこと
上させることで、外膜を欠落させ
とがなく、タンパク質の発現が継
により目的のタンパク質の中に大
ることなく、大腸菌内部に発現さ
続すると考えられる。
腸菌体構成タンパク質などのきょ
せた目的タンパク質を培地中に分
大腸菌が分泌発現できない理由
う雑物が多く混入するため、目的
泌発現させるアプローチを試みた。
は、大腸菌が内膜と外膜と呼ばれ
とするタンパク質だけを取り出す
分泌型界面活性剤について
る二重に存在する脂質二重膜を有
には煩雑な精製工程が必要であっ
目的とする界面活性剤には、外
[図1]
。一方、分
するためである
た。
膜の透過性を向上させるが菌の生
泌発現が可能なBacillus属菌など
これに対して、大腸菌を用いて
存へは悪影響を与えにくいことが
の微生物には外膜は存在しない。
分泌発現させるいくつかのアプロ
求められる。筆者らは外膜や内膜
この構造の違いからもわかるよう
ーチも試みられている。しかしな
への作用の弱さを考慮しながら
に、大腸菌の場合では、発現する
がら、それは細胞壁形成に異常を
HLB、疎水基の炭素数、親水基の
タンパク質は内膜と外膜の間(ペ
きたしている遺伝子欠損大腸菌を
種類、分子量などの観点でこれら
を満足する界面活性剤を選択した。
これらの界面活性剤を大腸菌に
菌が有する
分泌機構を利用
作用させた結果、培地中には大腸
菌の細胞質内のタンパク質が少な
ペリプラズム
タンパク質
細胞内部
界面活性剤を用い
外膜の透過性向上
れていたのはほぼ目的とするタン
内膜
外膜
(脂質二重膜)
(脂質二重膜)
パク質であったことから、筆者ら
が選択した界面活性剤を用いると、
外膜の透過性が向上し、目的のタ
図1●大腸菌の構造と分泌発現の概要
▲:乾燥菌体重量
ンパク質を分泌発現させることが
●:界面活性剤あり(上清画分)
■:界面活性剤あり(沈殿画分) ○:界面活性剤なし(上清画分) □:界面活性剤なし(沈殿画分)
わかった。筆者らは、これらの候
補をもとに界面活性剤を最適化し、
2.5
乾燥菌体重量
培養液の各画分中のセルラーゼ発現量
1,000
3
実験にはペリプラズムへ移行でき
(mg)
るようにしたセルラーゼを発現す
800
2
600
界面活性剤添加
1.5
400
1
200
0.5
0
0 く菌の生存に悪影響を与えにくい
ことが推定された。また、分泌さ
大腸菌
(g)
いことから、内膜への影響は小さ
10
20
30
40
0
50
大腸菌を用いたタンパク質の分泌
発現に成功した。以後、この界面
活性剤のことを分泌型界面活性剤
と呼ぶ。
分泌発現
目的タンパク質としてセルラー
ゼを使った結果を図2に示す。本
る遺伝子組み換え大腸菌を用いた。
分泌型界面活性剤を添加したのち
培養時間(h)
も菌体増殖し続けることから(▲)
、
図2●セルラーゼ発現検討の結果
三洋化成ニュース ❷ 2014 秋 No.486
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大腸菌を用いた有用タンパク質の高効率分泌発現技術
界面活性剤が大腸菌の生育に悪影
有用なタンパク質の産業生産に大
響を与えにくいことが確認できた。
きく貢献するものである。
また、菌体内発現(□)に比べて界
〈特長②精製が容易〉
面活性剤を添加した条件の上清
大腸菌を用いた通常の発現方法
(●)のほうが発現量が向上してい
では、菌体破砕により大腸菌体構
ることから、この大腸菌が菌体外
成タンパク質などのきょう雑物が
に、かつ従来法の何倍量ものセル
混入する。また、分泌型微生物を
ラーゼを発現していることがわか
用いた場合は、もともと微生物が
る。この例では、最終的に培養上
有している分泌性のタンパク質が
清中に6.2g/ℓのセルラーゼを発
大量に混入するので、どちらの方
現し、セルラーゼの酵素活性に対
法でも多くのきょう雑物を精製除
して界面活性剤が悪影響を与えて
去する必要がある。そのため、遠
いないことも確認できた。
心分離による菌体の除去に加え、
これ以外にも微生物から植物・
クロマトグラフィーなどの煩雑な
ヒト由来まで、また比較的大きな
精製方法が主流であった。
タンパク質からペプチドまでのさ
それに対して、本稿の分泌発現
まざまな分子量のタンパク質で高
技術は本来非分泌性の大腸菌を用
発現を確認できており、当初の想
いているので、ペリプラズムに存
定どおり汎用的な発現系であると
在しているのは比較的少量のきょ
[表1]
。また、
培養時に
考えている
う雑タンパク質のみであり、精製
界面活性剤を入れているので、そ
。いくつかの
が容易である[図3]
れにより酵素が失活することが懸
ケースでは、大腸菌を除去するた
念されるが、筆者らの検討の範囲
めの遠心分離と膜精製のみで95
ではほとんど問題になっていない。
%以上の純度で目的の遺伝子組み
当社で開発した分泌発現技術
換えタンパク質溶液を得ることに
の特長
〈特長①発現量が多い〉
成功している。
〈特長③応用範囲が広い〉
当社では、検討に使用した組み
遺伝子工学技術が進んでいる大
換えタンパク質のうち8割が、数
腸菌を用いるので、幅広い適用が
∼約20g/ℓと高効率に発現するこ
期待できる。また、前述のとおり
とを確認している。論文等で確認
分泌型微生物は外部に存在するタ
するかぎり、従来の方法では、発
ンパク質などの養分を積極的に分
現濃度はこれより一桁以上少ない。
解して利用するため、適応できる
これまで、高発現を実現するに
タンパク質の種類が限られている。
は、宿主・プラスミド・遺伝子配
列最適化・培養条件などさまざま
な検討を行わなければいけなかっ
表1●当社発現系で高発現が確認できたタンパク質の例
タンパク質 種 類
由 来
分子量
発現量
た。しかし、本稿で紹介した分泌
成長因子
ヒト
8kDa
20 g /ℓ
酵素阻害ペプチド
小麦
8kDa
10 g /ℓ
発現技術は、筆者らが開発した分
多糖分解酵素
微生物
59kDa
10 g /ℓ
泌型界面活性剤を培養液中に存在
多糖合成酵素
ウイルス
80kDa
10 g /ℓ
タンパク質分解酵素
マウス
48kDa
10 g /ℓ
糖リン酸化酵素
大豆
39kDa
10 g /ℓ
糖リン酸化酵素
微生物
41kDa
8 g /ℓ
糖異性化酵素
酵母
62kDa
6 g /ℓ
させるだけで、これまでは不可能
であった大腸菌を用いたタンパク
質の分泌発現が実現できるため、
三洋化成ニュース ❸ 2014 秋 No.486
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大腸菌を用いた有用タンパク質の高効率分泌発現技術
これに対して、大腸菌は本来非分
培養条件や用いる株などの最適化
泌型の微生物なので分泌されるタ
によって、よりいっそう発現量を
ンパク質分解酵素の活性が低く、
向上できる可能性がある。当社が
参考文献
分泌発現した目的タンパク質を自
開発した分泌発現技術を用いるこ
1)K.Terpe:Appl.Microbiol.Bio-
ら分解することが少ないため汎用
とで、これまでは有効性が判明し
性が高い。
ているにもかかわらず高発現でき
今後の展望
本技術はまだ開発途上であり、
業化に貢献できると考えている。
technol.,72,211(2006)
2)W . L i , X . Z h o u & P. L u:R e s .
Microbiol.,155,605(2004)
なかったため、商品化まで進んで
3)J . F. R o p p m a n n e t a l .:A p p l .
いないような有用タンパク質の産
Environ.Microbiol.,64,4862
A:当社法
(大腸菌による分泌発現)
B:従来の大腸菌法
①タンパク質発現(菌体内)
①タンパク質発現(菌体外)
当社の界面活性剤
培養工程
精製工程
大腸菌
大腸菌
大腸菌体構成タンパク質
〈特長①:発現量が多い〉
タンパク質を菌体外に分泌するので
菌体当たりの発現効率が高い
組み換えタンパク質の遺伝子 組み換えタンパク質
〈発現量が少ない〉 タンパク質を菌体外に分泌しないの
で発現量が限定される
②遠心分離:菌体を回収
②遠心分離・精密ろ過:培養上清を回収
〈特長②:精製が容易〉
組み換えタンパク質は培養上清に存在するため
分離精製が容易
〈精製が煩雑〉 • 菌体破砕が必要 • 増粘の原因であるゲノムDNAの除去工程が必要
• きょう雑タンパク質が多く存在するので精製工程数が多い
培養上清
③菌体破砕
菌体
③きょう雑タンパク質除去
④きょう雑タンパク質除去 ④製品化
⑤製品化
図3●当社タンパク質発現技術と従来法の比較
三洋化成ニュース ❹ 2014 秋 No.486
菌体破砕物
• ゲノムDNA