More than Moore

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第 110 回
More than Moore
小 林 正 治†
†東京大学 生産技術研究所
"More than Moore" by Masaharu Kobayashi (Institute of Industrial Science, the University of Tokyo, Tokyo)
キーワード: Moore の法則,スケーリング則,More than Moore,Beyond CMOS
まえがき
駆動力の源泉になっているのが
います.本稿では Moore の法則を復
Moore の法則です.近年ではこの
習し,新しい半導体研究開発の方向性
全世界で 30 兆円規模,日本では 3
Moore の法則に加えて,Moore than
としての Moore than Moore を説明
兆円規模の半導体産業は,現在も着実
Moore と呼ばれる新しい方向性が掲
し,その具体例を紹介します.
に成長しています 1).この市場成長の
げられ,半導体研究開発をガイドして
これまでの指導原理:
Moore の法則
り理論的に裏付けられています 3).し
産業への投資が起こり,さらなる微細
たがって,微細化による性能向上・コ
化が行われるというサイクルが形成さ
スト削減により市場が成長し,半導体
れ,半導体産業は発展してきました.
More than Mooreを知る前に知って
おかなければならないのが,Moore の
法則です.この法則は,半導体メーカ
10G
15 Core Xeon
6 Core i7
Core i7
8 Core Xeon
Core 2 Duo
最大手 Intel の創業者の一人である
済原理です.半導体デバイスを微細化
することでシリコンチップ上の単位面
積当たりのトランジスタ数が増え,ト
ランジスタ当たり,あるいは一つの
ディジタル回路当たりのコストが削減
できるというものです.事実,1970年
以降,2 年間でチップ当たりのトラン
ジスタ数はおよそ 2 倍に増加するとい
(図1)
.
うペースが保たれてきました 2)
経済原理とは別に,好都合なことに
微細化によってトランジスタの性能も
向上することが Dennard の法則によ
324 (124)
1G
1チップ上のトランジスタ数
Gordon Mooreが1965年に提唱した経
100M
Pentium IV
10M
Pentium I
80486
80386
80286
1M
100K
Pentium III
Pentium II
2年で約2倍の数の
トランジスタを集積
8086
10K
1K
8008
4004
4100
8088
8085
8080
Source: Intel
100
1960
1970
1980
1990
2000
2010
2020
年
図 1 一チップ上のトランジスタ数の変遷 2)
映像情報メディア学会誌 Vol. 70, No. 2, pp. 324 ∼ 327(2016)
知っておきたいキーワード
新しい半導体研究開発の方向性:
More than Moore
More than Moore
向性を指します.これまで PC ボード
化・高性能化に注力する More Moore
上に外付けされていた機能デバイスを
とは異なり,More than Moore はア
ディジタル集積回路と一緒にパッケー
プリケーションとの連携性が強く,情
Moore の法則に牽引されてきた半
ジングする技術(System-in-Package:
報通信,自動車,環境制御,ヘルスケ
導体産業でしたが,微細化が進むにつ
SiP),あるいはシリコンチップ上に直
ア,安全・安心,エンタテインメント
れて半導体プロセス技術の全体のコス
接集積する技術(System-on-Chip:
といった分野ごとの価値創造に貢献
トは増大する傾向にあります.そのた
SoC)などによって実現されると考え
し,多様性を求める方向性といえます.
め市場で価値の高い製品を有する企業
られています.集積する機能デバイス
ちなみに三つ目の方向性である
とそうでない企業とで選択と集中が
としては,RF 通信回路,パワー制御
Beyond CMOS とは,通常の集積回
2000 年に入り急速に進み,単純に微
回路,受動素子,MEMS センサ・ア
路が CMOS トランジスタをスイッチ
細化を追求して恩恵を得る半導体メー
クチュエータ等が挙げられ,これらを
ング素子として構成されるのに対し
カの数は減少してきています.そこで
ディジタル回路とともに集積化するこ
て,まったく異なる動作原理をもつ素
近年,半導体研究開発の新たな方向
とで,「1 + 1 > 2」となる新しい価値
子を用いて計算処理を行う可能性を探
性・指針が半導体技術ロードマップ委
を提供します.汎用 CPU の高集積
る,という方向性です.
4)
員会 で打ち出されています.大きく
三つの方向性からなり,それらは,
① More Moore, ② More than
拡張CMOS技術の進化
Moore,③ Beyond CMOS,と呼ば
既存のデバイス技術
れ,More than Moore はその中の一
ents
Elem
oore
M
n
a
Th
More
つと位置付けられています(図 2).
まず More Moore とは,これまでの
ル回路の高集積化・高性能化を図る技
Top-down
More Moore
術開発の方向性を指し,ハイエンド
Bottom-up
Beyo
nd CM
OS
サーバや PC,携帯端末などの高性能
化のために今後もこの方向性での研究
開発が必要であることは変わりませ
Beyo
nd C
MOS
ん.それに対して More than Moore
とは,高集積ディジタル回路をベース
Extended CMOS
e
Moor
Than
More
Moore の法則を推し進め,ディジタ
新しいデバイス技術
Elem
ents
ERD-WG in Japan
として,Moore の法則にもとづく微
年
細化とは異なる方法によって,価値の
図 2 半導体研究開発の新しい方向性 4)
高い集積システムチップを開発する方
CPU・GPU別チップ
More than Moore の具体例
More than Mooreは多様性を求める
方向性です,と述べたように非常にさ
CPU
1
CPU
2
CPU
N
まざまな技術があります.その中でも
代表的な具体例を見ていきましょう.
CPU Coherent Memory
GPU
PCI
Bus
GPU Memory
一つ目は CPU(Central Processing
Unit)と GPU(Graphics Processing
Unit)を一つの集積チップに集積化する
ヘテロジーニアスインテグレーション
技術です(図3)
.米国のAMD社等が積
CPU・GPU同チップ(ヘテロジーニアスインテグレーション)
CPU
1
CPU
2
CPU
N
GPU
極 的 に 技 術 開 発 を 行 っ て い ま す 5 ).
GPU とは画像や映像といった情報を
Unified Coherent Memory
高速に処理することに特化した超並列
処理ユニットです.従来 CPU と GPU
は別チップでボード上にマウントされ
図 3 CPU と GPU の構成(文献 5)にもとづき作成)
(125) 325
知っておきたいキーワード
2次元集積
ピ
ク
3次元集積
ピ
ク
セ
ピ
ピ
ピ
セ
ク
セ
ク
セ
セ
ク
セ
ル
セ
ル
ピ
セ
ク
セ
ク
セ
ク
ピ
ク
セ
ル
ル
ピ
ク
セ
ピ
ク
ク
ピ
ル
セ
ル
ピ
ル
ル
ピ
ク
セ
ピ
ピ
ピ
ク
ク
ル
ル
ピ
列並列処理
セ
ル
ピ
ク
ル
ピ
ピ
ク
ピ
ク
セ
ク
セ
ク
セ
信
処 号
回路 理
ル
ピ
ク
セ
ル
ル
ク
セ
ル
ル
ピ
ク
ピ
ク
セ
セ
ル
ピ
ク
セ
ル
ピ
ク
セ
信
処 号
回路 理
ク
セ
ル
ピ
ク
セ
ル
ピ
ク
ピ
ク
ウェハ
ボンディング
ク
セ
ル
ル
ピ
ル
セ
ピ
ル
ル
ピ
ピ
ク
セ
ル
セ
ル
信
処 号
回路 理
セ
ル
セ
ル
ル
信
処 号
回路 理
信
処 号
回路 理
信号
処
回路 理
信
処理 号
回路
ル
ピクセル並列処理
図 4 CMOS イメージセンサの構成(文献 6)にもとづき作成)
光源
光源
可動ミラー
反射光
反射光
支持柱
“1”
ラッチメモリー
“0”
“0”
“1”
図 5 ディジタルマイクロミラーデバイスの構成と動作(文献 7)にもとづき作成)
ていました.そのため CPU と GPU は
ダイオード,電気信号を処理する回路
メージセンサ技術として高い関心を集
異なるメモリー空間を有し,異なるデ
が集積されています.通常 CMOS イ
めています.
バイスとしてデータをやり取りするた
メージセンサのピクセルと信号処理回
め,レイテンシ(データを要求してか
路は同一平面状に形成されるため,面
ディジタルマイクロミラーデバイス
ら応答が返ってくるまでの時間)に課
積の制約から信号処理回路は共有さ
(DMD)を紹介します(図 5).Texas
題がありました.CPU と GPU をチッ
れ,1 ビットずつアドレスを切替えな
Instruments で発明されたこのデバイ
プ上に集積することで同じメモリー空
がら列ごとに信号を取出しています.
スでは,CMOS 集積回路,特に
間を共有でき,転送速度が向上し,さ
もし信号処理回路をピクセルごとに用
SRAM のようなラッチ型メモリー上
らにソフトウェアエンジニアは一つの
意できれば,ピクセルの信号を一斉に
に,10 μ m 2 程度の可動式アルミミ
プラットフォームとしてプログラミン
読出すことができ,スループットを飛
ラーが MEMS 作製技術を駆使して形
グできるためシームレスな開発ができ
躍的に改善することができます.この
成されます 7).ディジタル化した映像
る,といったメリットがあります.汎
ピクセル並列処理方式を新しい 3 次元
データをメモリーに入力すると,メモ
用 CPU とは一線を画す高性能化技術
集積技術で実現することを目指してい
リーノードの静電気力によりミラーが
6)
三つ目はアクチュエータの例として
るのが NHK です .Direct bonding
傾き,光源の光を偏向させることがで
二つ目はセンサの例として CMOS
技術により,フォトダイオードを形成
きるため,電気入力に対する空間光変
イメージセンサを紹介します(図 4).
したチップとリングオシレータ型 AD
調デバイスとして動作します.このデ
日本が世界をリードしているデバイス
変換回路を形成したチップを接合する
バイスにより非常にコンパクトなプロ
の一つです.CMOS イメージセンサ
ことでピクセルの真下に回路を形成で
ジェクタが実現できました.
には光を集光するレンズ,フィルタ,
きるため,ピクセルの並列読出しが可
光を検知し電気情報に変換するフォト
能になります.次世代の CMOS イ
として注目されています.
326 (126)
映像情報メディア学会誌 Vol. 70, No. 2(2016)
More than Moore
むすび
て解説しました.この方向性で成功を
を効率的に集積し,市場に製品を最速
収めるためには,新しいユーザ体験・
で提供することが不可欠です.日本の
本稿では新しい半導体研究開発の方
価値をもたらすアプリケーションをい
産学の半導体プレーヤの活躍が大いに
向性である More than Moore につい
ち早く見出し,そのために必要な技術
期待されます.
こばやし
参 考 文 献
(2015 年 11 月 30 日受付)
まさはる
小林 正治
1)世 界 半 導 体 市 場 統 計 ( W S T S ) 2 0 1 5 年 度 市 場 予 測 , h t t p : / /
semicon.jeita.or.jp/statistics/wsts.html
2)Intel corporation,http://www.intel.com/content/www/us/en/
history/history-intel-chips-timeline-poster.html
3)R. H. Dennard, V.L. Rideout, E. Bassous and A.R. LeBlanc: "Design
of ion-implanted MOSFET's with very small physical dimensions",
IEEE Journal of Solid-State Circuits, 9, 5, pp.256-268(1974)
米国スタンフォード大学電子工学
専攻博士課程修了.IBM ワトソン研究所勤務を経
て,現在,東京大学生産技術研究所准教授.半導体
デバイス技術,およびシリコンプラットフォーム上
へのナノエレクトロニクスの集積技術に関する研究
に従事.Ph.D(工学).
4)JEITA 半導体技術ロードマップ専門委員会,http://semicon.jeita.
or.jp/STRJ/STRJ/2009/
5)L.T. Su: "Architecting the future through heterogeneous
computing", 2013 IEEE International Solid-State Circuits
Conference, Technical Digest, pp.8-11(2013)
6)M. Goto, K. Hagiwara, Y. Iguchi, H. Ohtake, T. Saraya, M.
Kobayashi, E. Higurashi, H. Toshiyoshi and T. Hiramoto: "ThreeDimensional Integrated CMOS Image Sensors with Pixel-Parallel
A/D Converters Fabricated by Direct Bonding of SOI Layers",
2014 IEEE International Electron Device Meeting, Technical
Digest, pp.84-87(2014)
7)L.J. Hornbeck: "Combining Digital Optical MEMS, CMOS and
Algorithms for Unique Display Solutions", 2007 IEEE International
Electron Device Meeting, Technical Digest, pp.17-24(2007)
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(編集委員会)
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