換気制限下における密閉空間内の 火災挙動把握と火災予測 - J

日本原子力学会和文論文誌,Vol. 12, No. 1, p. 3242 (2013), doi:10.3327/taesj.J11.055
論
文
換気制限下における密閉空間内の
火災挙動把握と火災予測手法の検討
佐野 理志1,,†,白井 孝治1,服部 康男1,須藤
仁1,土野
進2
Comprehension of Limited Ventilated Fire Behavior
and Study on Fire Prediction Method in an Enclosed Space
Tadashi SANO1,,†, Koji SHIRAI1, Yasuo HATTORI1, Hitoshi SUTO1 and Susumu TSUCHINO2
1Central
2Japan
Research Institute of Electric Power Industry, 1646 Abiko, Abiko-shi, Chiba 2701194, Japan
Nuclear Energy Safety Organization, 4128 Toranomon, Minato-ku, Tokyo 1050001, Japan
(Received March 31, 2012; accepted in revised form September 5, 2012; published online February 8, 2013)
Ethanol pool ˆre phenomena were investigated in a real-scale enclosed space under limited ventilation
by a blower at an exhaust vent. From the experimental result, unlike a general compartment ˆre, it was
found that the enclosed space consisted of one layer, and there were extinguishing conditions under which
ˆre was naturally extinguished by insu‹cient oxygen. The conditions were determined using an equation
related to the amount of ventilation. Then, to carry out a computer simulation of ˆre with insu‹cient oxygen, we developed a method of determining analysis conditions. The analysis result obtained using a fire dynamics simulator (FDS) with this method agrees closely with the measurements.
KEYWORDS: nuclear fuel facility, ˆre analysis, enclosed space, compartment ˆre, limited ventilation ˆre, FDS, CFAST, force ventilate, combustible waste, ethanol, oil
I. 緒
素状態における燃焼挙動が含まれておらず,酸素不足に陥
言
る条件でも継続的な燃焼を考慮して高温側の評価結果とな
1. 原子力施設における火災現象の特徴
るように構築されている。これに対して既往の文献3) で
原子力発電所の火災防護については, JEAC4626 2010
は,貧酸素状態における火災試験が実施されているが,換
「原子力発電所の火災防護規程」によって,原子炉施設等
気回数が火源の燃焼挙動に与える影響を定量的には評価さ
の安全機能維持を目的として設計上考慮する要求事項につ
れていない。また,水野ら4)は強制換気される密閉空間に
いて規程されている。一方核燃料施設については,まだ火
おける火災について報告しているが,実験に使用した密閉
災防護の省令が存在しないので現状では発電所と同様の火
空間は 1 辺が 500 mm の立方体であり,密閉空間内の火
災防護に関わる規程が求められているが,合理的な設計を
災挙動の観察には小さ過ぎるものであった。したがって,
実施するためには密閉空間特有の火災現象の把握が急務と
密閉空間特有の火災挙動を把握し,貧酸素状態も考慮に入
なっている。
れた評価方法を確立することで,より合理的な安全設計を
これまでの原子力施設における火災に対する安全設計で
実施できるようになると考えられる。
は,主に大規模な閉空間での実験結果をもとに作成した実
験式を用いて空間温度を評価してきた1,2) 。閉空間におけ
2. 火災解析ツール
る火災の特徴の 1 つとして,燃焼の制限を受けない盛期
また,火災防護を目的とした評価手法としては,実験結
火災から換気による供給酸素量が律速となる換気支配型火
果をもとに導いた実験式を組み合わせ,スプレッドシート
災に移行する現象がある。しかし,前述の実験式では貧酸
等を用いて予測する手法がある。例えば,開口部の条件
(開放,密閉,換気)ごとに,様々な実験式5~7)が提案され,
1
財 電力中央研究所 地球工学研究所

2 
独 原子力安全基盤機構
Corresponding author, E-mail: tadashi.sano.hg@hitachi.com
† 現在,
株 日立製作所(Hitachi, Ltd.)
 2013 Atomic Energy Society of Japan, All Rights Reserved.
FDTs(Fire Dynamics Tools)8)などの簡易計算ツールに活
用されている。しかし,簡易計算ツールではすべて定常的
に火災現象が進行することを前提としており,発熱速度の
32
換気制限下における密閉空間内の火災挙動把握と火災予測手法の検討
変化などの影響を評価することができない。
これに対し,コンピューターシミュレーションである
CFAST9) や
33
法としての適用可否に必要な精度検証事例の蓄積はいまだ
 実規模
不十分であるため,本研究ではこれらを勘案し,◯
FDS10) は,各種計算条件の変化を含めた評価
における酸素供給が制限された密閉空間内での実験による
が可能なために火災防護設計を支援できる有用な解析ツー
 火災解析コード CFAST および FDS
火災挙動の把握,◯
ルとなっており,さらに実験結果等3)をもとに一般的な火
を用いた予測解析を実施し,精度検証事例の蓄積を進める。
災形態について開発もとが検証している11) 。しかし,開
II. 密閉空間火災試験
口部が存在せず,強制換気により流量がコントロールされ
た空間における火災形態についてはすでに検証した1,2)
1. 実験装置
が,火源に対する酸素の供給量が不足した条件について
( 1 ) 装置仕様
は,検証が十分であるとはいえない。例えば,換気量を送
Figure 1 と Table 1 に,密閉空間火災試験装置の概要
風機によってコントロールされた閉空間における貧酸素状
を示す。耐火室の内寸はルームコーナー試験( ISO 9705)
態での検証事例として, Audouin らの報告12) がある。こ
を 参 考 に , 底 面 が 2.4 × 3.6 m , 高 さ 2.4 m の 直 方 体 と
の報告内では,様々な解析ツール,様々な解析条件で実験
し,内部は耐火・断熱材である ALC (発泡コンクリート)
結果と比較しているが,いずれも解析条件として実験結果
を使用し,気密を確保する目的で 2.3 mm 厚の鉄板を用い
の HRR ( heat release rate 発熱速度)を与えている。本
来 HRR は酸素濃度や環境温度等などの燃焼に寄与する周
囲の条件を反映した結果として,実験結果もしくは解析結
果から得られるものである。したがって,事前に解析対象
の火災性状を模擬した HRR を用意しておくことは困難で
あるにも関わらず, FDS 等の解析ツールの解析条件とし
て HRR の入力が要求されているのが現状である。このよ
うな矛盾があるので,密閉空間における貧酸素状態の火災
形態を解析ツールで予測する上で,同条件での実験データ
を使用しない事例はまだない。
以上のように,火災解析ツールは火災防護策立案の有力
なツールであると考えられるが,密閉空間における検討手
Fig. 1
Experimental apparatus for ˆre in an enclosed space
Table 1 Speciˆcation of experimental apparatus for ˆre in an enclosed space
Fire-resistant room
ALC(Inside)
Thermal conductivity
Density
Speciˆc heat
Thickness
SS400(Outside)
Thermal conductivity
Density
Ventilation system
0.07 W/m/K
130 kg/m3
1.0 kJ/kg/K
0.05 m (ceiling and walls), 0.1 m (‰oor)
51.6 W/(m K)
7,860 kg/m3
Speciˆc heat
0.473 kJ/(kg K)
Thickness
0.0023 m
In‰ow channel
Inside diameter
Connecting height
102.3 mm
‰oor+300 mm
Out ‰ow channel
Inside diameter
Connecting height
Heat exchanger (HEX)
126.6 mm (Fire-resistant room to HEX)
102.3 mm (HEX to outlet)
‰oor+2,150 mm
Heat-transfer area
3.98 m2 (Inside)
Material
SUS316
Coolant
tap water
Blower
Type
Turbo, Inverter control
Motor power
0.85 kW
日本原子力学会和文論文誌,Vol. 12, No. 1 (2013)
34
論
文 (佐野,他)
て耐火室の全面を覆った。耐火室内の気密性については,
熱量(MJ/kg),DW は重量変化(kg/sec)とする。
HRR=HOC×DW
- 1 kPa で 1 分間保持し,圧力の変化が 0.5 以内である
(1)
ことを確認した。換気用の配管類は,流入口としては壁面
HOC は,コーンカロリーメーター試験で計測した値を使
の中心線上で下端から 300 mm の位置に内径 q102.3 mm
用した。火源の重量計測用のロードセルは,耐火室内中央
の配管を,その反対壁面の下端から 2,150 mm の位置に,
底部に 3 点支持となるように設置した。また,ロードセ
内 径 q126.6 mm の流 出口 を 設置 した 。流 出口 の 下流 で
ルの温度上昇防止のための断熱材を火皿とロードセルの間
は,ブロアーの保護を目的として排ガスを熱交換器により
に挿入し,試験時のロードセルの温度上昇を 5°
C以下に抑
水道水温まで冷却し,ブロアーで排気する仕組みとした。
えた。火皿の底面の高さは耐火室床面の高さと一致させ,
また,室内の状態を観察するために,耐火室の床面のコー
床面で発生する火災を模擬した。
(b) 空間温度
ナーにビデオカメラを設置し,常時火源の様子を確認し
た 。この カメラを 高温か ら保護す る目的 で, 50 mm の
火災による評価対象物の損傷を検討する上で,目的の位
ALC と 10 mm の耐熱ガラスで保護ケースを製作し,内部
置 におけ る温 度を把 握す る必要 がある 。火 源近傍 では
にカメラを設置した。
1,000 °
C 程度まで温度が上昇する可能性があるので,耐
( 2 ) 計測項目
熱・耐久性,メンテナンス性を考慮し,ステンレスシース
本研究では,火災挙動の把握を目的として, HRR ,耐
の K 型熱電対を使用した。閉空間内の温度分布は,給気
火室内温度,輻射熱,排出ガスにおける酸素濃度,外気の
口近傍や火源上部のプルーム内以外では,水平方向に対し
流入量,燃焼ガスの排出量,室内圧力を計測した。計測に
てほぼ均一の温度になることがわかっているため13,17),排
使用したセンサー類を Table 2 に,また,各計測項目に
気 口 か ら 水 平 に 0.6 m の 位 置 で , 床 か ら 0.2 m , 0.8 m,
ついて以下に示す。
1.4 m, 2.0 m の高さの 4 点で計測した。また,エタノール
(a) HRR
火災の場合,煤煙の発生量が少ないために上層と下層の温
HRR は,火災の規模の経時変化を表すものであり,火
度境界層をビデオカメラによって確認することは困難であ
災性状の把握に用いる指標の 1 つである。一般的な HRR
るため,境界層の位置の判定にも温度計測の結果を用いた。
(c )
の計測手段としては酸素消費法と重量減少法があるが,本
輻射熱
研究では応答性を考慮して重量減少法を選択した。これ
火災により密閉空間内に設置された機器類の損傷を評価
は,本研究の試験形態では発生した燃焼ガスは耐火室内で
するためには,温度上昇だけではなく輻射熱による入熱量
拡散し,平均化された後に排出されるので,排気管で捕集
の評価も重要である。使用した輻射センサー(Captec製
される燃焼ガス濃度の変化の応答性が悪くなるためであ
RF)は,耐熱温度が 200°
C であるため冷却用の銅製水冷プ
る。また重量減少法では以下の式を使用して算出した。こ
レートに固定し,火災試験時の結露の抑制を目的として,
こで, HRR は発熱速度( MW ), HOC は平均燃焼有効発
水冷プレートを 80 °
C で冷却しながら計測に使用した。設
Table 2 Measurement items
Measurement item
Spatial temperature
HRR
Sensor
K type thermocouple
Load cell
Speciˆcation
Sheath diameter
1.0 mm
Sheath material
SUS316
Sheath length
5m
Connection point to compensating lead wire
Outside of ˆre-resistant room
LUB5KB (KYOWA)
Model number
Rating capacity
Non-linearity
Radiative heat ‰ux
Oxygen concentration
Flow rate
Pressure
Radiant ‰ux sensor
Oxygen analyzer
Model number
5 kg
±0.03RO
RF (Captec)
Size
30 mm×30 mm
Upper temperature limit
200°
C
Cooling system
Model number
Water-cooling
ZAJ (Fujielectric)
Measuring system
Paramagnetic pressure type
Response time
2s
OR2001 (SHOWAKIKI)
GC62 (NAGANOKEIKI)
Oriˆce
Model number
DiŠerential-pressure meter
Model number
DiŠerential-pressure meter
Model number
Electrical data logger
Model number
GC62 (NAGANOKEIKI)
EDX2000B (KYOWA)
Sampling time
1s
日本原子力学会和文論文誌,Vol. 12, No. 1 (2013)
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換気制限下における密閉空間内の火災挙動把握と火災予測手法の検討
置位置は排気口と同じ壁面とし,火災時の影響評価対象物
施設内で使用される,紙タオル,防護服,防護シート等
が天井付近に設置されたケーブル類であることを想定し,
を想定し,ビニール紙= 6  4 とし,合計 2.7 kg となる
下端から 1.9 m の位置で計測した。
ように混合した。
プレス油+紙タオル(HOC=34.26 MJ/kg)
(d) 酸素濃度
燃焼ガスを含む上層内の酸素濃度の計測については,熱
メンテナンス中に誤ってこぼしたプレス油を紙タオルで
交換器による冷却後の排気管から排ガスの一部を取り出
拭き取った状態を想定し,プレス油 1 L に対し紙タオルを
し,煤煙,水分をフィルターによって除去したガスを,磁
10枚の割合で混合した。
気力式酸素濃度計(富士電機製ZAJ)に導き,排ガス中の
( 2 ) 火皿面積
酸素濃度を計測した。
火源の面積は発熱速度の影響を評価するために 0.057,
(e) 流量
0.13 , 0.24 m2 の 3 種の円形火皿を用意した。火源となる
換気の状態を計測するために,給気管にオリフィス差圧
式流量計を設置し,計測精度を維持する目的でオリフィス
エタノールの量は液面の高さがおおむね 20 mm となるよ
うに,それぞれ 1 L,3 L,5 L とした。
の前後にセンサー推奨値の直管部を設けた。
( 3 ) 換気量
(f) 密閉空間内圧力
一般的な核燃料施設の換気回数が約 3 回/ h であること
密閉空間における火災では,着火時に急激な温度上昇と
を念頭に,火災時のフィルターの目詰り等の発生を考慮し
燃焼ガスの発生により,空間内の急激な圧力変化が発生す
て, 2.9 回/ h , 1.5 回/ h , 0.75 回/ h の 3 パターンで実験を
ると予想できる。したがって,耐火室の壁面に床から 200
実施した。
( 4 ) 試験手順
mm の位置に配管を接続し,これを片方が大気開放となっ
ている差圧計に接続して耐火室内の圧力を計測した。
試験開始時の操作は,ブロアーの運転により換気を開始
して耐火室内が定常状態になった後,床から 200 mm の
2. 実験条件
位置の耐火室側面に設けた点火口から長さ 2 m のガス
( 1 ) 火源の種類
トーチを用いて着火し,着火後は耐火粘土で点火口を塞い
核燃料施設内にも様々な火源が存在するが,本研究では
で気密を保持した。
火災の原因となりやすい,以下の 3 種を選定した。また,
Table 3 に本研究における試験条件を示す。
3. 結果と考察
エタノール(HOC=34.26 MJ/kg)
上述の火源を用いて換気制限状態で実施した密閉空間に
様々な有機溶媒を用いるが,利用頻度が高い溶媒の 1
おける火災試験の試験結果を Table 4 に示す。火源の種
つであるエタノールを選定した。
類ごとに結果を比較すると,周辺への影響度が高い HRR
可燃ごみ(HOC=26.65 MJ/kg)
の大きな火源では,最高温度や盛期火災の継続時間は換気
Table 3 Experimental condition
Ventilation volume
[m3 h-1]
Ventilation frequency
[Times h-1]
Fire pan size
[m 2 ]
Fire source
[―]
Case 1
60
2.9
0.24
Ethanol
Case 2
60
2.9
0.13
Ethanol
Case 3
60
2.9
0.057
Ethanol
Case 4
30
1.5
0.24
Ethanol
Ethanol
Case 5
30
1.5
0.13
Case 6
30
1.5
0.057
Ethanol
Case 7
15
0.75
0.24
Ethanol
Case 8
15
0.75
0.13
Ethanol
Case 9
15
0.75
0.057
Ethanol
Case 10
60
2.9
Case 11
30
1.5
Combustible waste
Case 12
15
0.75
Combustible waste
Hydraulic ‰uid+paper
Combustible waste
Case 13
60
2.9
0.057
Case 14
60
2.9
0.13
Case 15
60
2.9
0.24
Case 16
30
1.5
0.24
Hydraulic ‰uid+paper
Case 17
15
0.75
0.24
Case 18
15
0.75
0.057
Hydraulic ‰uid+paper
Hydraulic ‰uid+paper
Hydraulic ‰uid+paper
Hydraulic ‰uid+paper
日本原子力学会和文論文誌,Vol. 12, No. 1 (2013)
36
論
文 (佐野,他)
Table 4 Experimental result
Max. Temp.
(Z=2.0 m)
[°
C]a)
Max.
HRR
[kW]
Max. radiative
heat ‰ux
[kW m-2]a)
Min. oxygen
concentration
[]b)
Duration of fully
developed ˆre
[Sec]
Elapsed time to natural
extinguishment
[Sec]
Case 1
224
112
1.61
11.4
335
336
Case 2
173
58
0.68
11.1
Case 3
119
18
0.25
16.1
1,380
―c)
1,582
― d)
Case 4
232
115
1.7
11.8
280
281
Case 5
173
59
0.81
11.2
Case 6
120
19
0.25
14.4
754
―c)
756
― d)
Case 7
218
110
1.33
12.1
301
370
Case 8
174
45
0.75
23.1
594
Case 9
124
21
0.31
12.9
596
― d)
Case 10
167
64
0.68
13.3
774
Case 11
166
60
0.71
12.7
575
Case 12
157
71
0.5
13.3
83
8
0.03
18.1
536
―c)
― d)
Case 13
Case 14
135
21
0.41
13.8
―c)
― d)
Case 15
159
47
0.72
13.5
―c)
― d)
Case 16
152
48
0.64
13.3
618
― d)
Case 17
167
50
0.81
12.6
Case 18
74
9
-0.02
17.7
513
―c)
917
― d)
a)
b)
c)
d)
missing data
819
― d)
― d)
In the case of an experiment without the local maximum value, the value when the examination ends (1,860 s) is described.
In the case of an experiment without the local minimum value, the value when the examination ends (1,860 s) is described.
Fully developed ˆre continued until the examination ends (1,860 s).
Combustion continued until the examination ends (1,860 s).
Fig. 2 Proˆles of pressure and in‰ow (Case 7)
Fig. 3 Proˆles of temperature and oxygen concentration
(Case 7)
回数への依存が小さく,火源サイズの影響が大きいことが
Table 4 に記載した盛期火災の継続時間については,急
確認できる。 Fig. 2 に Case 7 における空間内の圧力と換
激な温度,圧力の低減から判断したが, Case 9 について
気による空間内への空気の流入量を示す。また, Fig. 3
は,計測データを精査したところ,計測時間の不足が判明
と Fig. 4 には火源サイズの影響を比較するための Case 7
したので欠測とした。また,Fig. 3 に示した酸素濃度は,
と Case 9 における空間内の高さごとの温度履歴と酸素濃
鎮火時に耐火室内で急減圧が発生したために,分析機器へ
度を示す。火源サイズが大きな実験である Case 7 では,
のガス供給動作に不良が発生し,異常値を示している。
空間内の酸素を消費すると盛期火災が終了し,火源サイズ
( 1 ) 換気および圧力
が小さな場合の Case 9 では,換気による酸素供給によっ
Figure 3 では,着火直後に圧力,流入量の計測値がそ
て盛期火災を持続できるため,換気支配型火災へ移行しな
れぞれセンサーの上限値 0.8 kPa ,下限値 0 m3 / h を超え
い結果を示している。また,図示していない他の Case に
てしまい,正確な値を確認できない。しかし,着火直後に
於いてもほぼ上記と同様の傾向を示した。
火災により燃焼ガスが発生するとともに元々存在していた
日本原子力学会和文論文誌,Vol. 12, No. 1 (2013)
換気制限下における密閉空間内の火災挙動把握と火災予測手法の検討
37
区画火災では,上層(煙層)と下層に別れる明確な境界面が
形成され13,17),火災が発達すると上層が徐々に下降するの
で,境界面が熱電対を通過する際には急激な温度上昇を確
認できる。しかし Fig. 3,Fig. 4 では,このような境界面
の低下を示す温度上昇の変曲点が認められなかったので,
試験直後から高さ 0.2 ~ 2.0 m の間に境界面が存在しなか
ったことがわかった。また,他のケースにおいても同様
で,温度上昇を示す変曲点が認められなかったことから,
本研究の試験条件の範囲では,密閉空間内は典型的な 2
層構造とはならず,直ちに 1 層構造もしくは下層が非常
に薄い構造を形成したと考えられる。
Fig. 4
Proˆles of temperature and oxygen concentration
(Case 9)
この原因について以下のように考察する。通常の建築物
における一般的な区画火災では,気体が自由に出入りでき
る開口部が存在するために,開口部の中性帯を境として給
気と排気が起こり,2 層構造を形成する13,17)。しかし,本
空気が膨張し,流入口から空気が逆流していることが確認
研究の火災形態では吸排気を兼用できる開口部が存在せ
できる。したがって,核物質を取り扱う区画における火災
ず,かつ,換気回数が少なかったために,下層を持続する
を想定する場合,流入口にはフィルターもしくは逆止ダン
ために必要な常温の新鮮な空気がほとんど存在しない。ま
パの設置が好ましい。
た,火源からのプルーム発生量は換気量を大幅に上回るた
( 2 ) 自然鎮火
めに着火後直ちに境界面が下面まで到達し,計測した範囲
実験時にカメラを通して耐火室内の燃焼の様子を確認し
では 2 層構造を確認できない結果となった。また,火源
たところ,火源が自然鎮火する場合があった(Fig. 2,Fig.
の面積が 0.057 m2 ,発熱速度が 18 kW と小さな火源で,
3 )。また,自然鎮火したケースでは鎮火と同じタイミン
かつ盛期火災が十分継続可能な換気回数である Case 3 の
グで耐火室内が急減圧していたことから,圧力の測定によ
実験においても,境界面が認められないことから,密閉空
り鎮火が確認できることが判明した。換気があるにも関わ
間における火災は常温の下層を維持する 2 層構造にはな
らず自然鎮火する理由は,酸素の供給量よりも燃焼による
り難いと考えられる。
消費量が上回るためであり,密閉空間内の酸素濃度が低下
して燃焼限界酸素濃度を下回ったためと推測する。
2 層構造の場合では,上層内はプルーム直上を除いてほ
ぼ一様の温度分布を取ることが確認されており,この状況
( 3 ) 再着火
を踏まえた実験式や解析コードが提案されている。これに
Figure 2 に示した Case 7 においては,貧酸素状態にな
対し,本研究のような 2 層構造とはいい難い状態を形成
り361秒でいったん鎮火しているが,鎮火時の耐火室内圧
する場合,空間内の大半は縦方向に対して温度分布をもつ
力の急減によって流入した外気により酸素が供給されたた
ので,空間内の温度評価には注意が必要であることが判明
め,384秒で再着火している。この原因は,貧酸素状態で
した。
の燃焼時に大量に生成したエタノールガスは,常に耐火室
( 5 ) 燃焼に対する酸素濃度の影響
内の熱電対もしくは火皿等の高温部分と接触している状態
密閉空間内における火災は,上述のように空間内の酸素
であり,かつ,エタノールの発火点は363°
Cであるため,
濃度によって燃焼状態が大きく変化する。火災初期は十分
燃焼に必要な酸素が供給されればすぐに自己発火できる状
な酸素があるために,ほぼ開放空間と同様もしくは天井や
態になっていたためである。このように液体を火源とする
壁面からの輻射熱の影響によりやや発熱速度が高い盛期火
火災においても,その発熱量によっては過剰な可燃ガスが
災となる。この後,閉空間内の酸素をすべて消費する程
生成され,強制換気されている空間においても,バックド
HRR が大きい場合は,盛期火災から換気量に応じた換気
ラフトのような再燃焼が発生することが判明した。また,
支配型火災に移行する。盛期火災の継続時間(継続の有無)
このような再着火や自然鎮火が観察された条件で再試験を
について判定した Table 4 の結果について,最大 HRR お
実施したが,再現性が低かったため,液体を火源とする火
よび換気回数を用いて整理した結果を Fig. 5 に示す。こ
災では貧酸素状態での自然鎮火や再燃焼の発生予測は非常
の結果をみると,HRR が大きいほど換気支配型火災に移
に困難であることが判明した。
行しやすいことを確認できる。また,Table 4 に示すとお
( 4 ) 密閉空間内の層構造
り,最大 HRR が 60 kW 以上となった試験では,換気量
高さごとの温度履歴を示した Fig. 3,Fig. 4 では,一貫
の影響は小さく,特に HRR が 90 kW となった Case 1 ,
して計測位置が低いほど相対的に低い温度を示したままで
Case 4 , Case 7 では,換気量に関わらず,盛期火災が終
あり,その位置特有の変化が認められなかった。一般的な
了するまでの時間がほぼ一致していた。これは,盛期火災
日本原子力学会和文論文誌,Vol. 12, No. 1 (2013)
38
論
文 (佐野,他)
は,評価対象の温度と一致させるべきであるが,冷却式セ
ンサーの場合は基準温度が冷却温度に固定されてしまう。
ゾーンモデルの 1 つである CFAST には,輻射熱を出力
する機能が備えられているが,実現象での輻射熱を出力す
る仕様になっており,冷却式センサーを比較対象としてい
ないため,輻射熱の検証には向かない。一方 FDS では,
冷却式センサーを考慮した輻射熱を出力する機能も備えら
れているため,実験値との比較が容易である。したがって
本研究では,FDS が出力する温度,輻射熱の値,CFAST
が出力する温度,盛期火災の継続時間を中心に,密閉空間
の評価対象機器類に対する火災発生時の影響評価手法につ
いて検討する。
Fig. 5
In‰uence of ventilation frequency and maximum HRR on
duration of fully developed ˆre
( 2 ) 密閉空間における FDS 適用の課題
FDS では,与えた HRR に応じて火源の気化速度を算
出して仮想的な可燃ガスを強制的に発生させ,周囲の気体
と混合させながら燃焼させるモデルを使用している。この
の間は流入口からの酸素流入がない,もしくは流入量が減
ため,酸素濃度からみて実現不可能な HRR が与えられた
少するためであり,密閉空間内に存在する初期の酸素量が
場合,解析上では火勢が衰えても HRR に応じた可燃性ガ
支配的であるためである。
スが発生し続ける状態となり,密閉空間内が燃焼しなかっ
以上のことから,流入空気による酸素の供給量が燃焼に
た可燃性ガスで満たされる結果を示し,空間内の気体質量
よる酸素の消費量を下回る場合は,換気支配型火災に移行
や圧力,成分比率に対して悪影響を与える場合がある。し
すると考えられる。この条件は,空気中の酸素の比率を用
たがって, FDS により貧酸素状態における火災評価を実
いて理論的に以下の( 2 )式で算出できる。
施するには,酸素濃度の影響をあらかじめ含めた HRR を
(2)
入力することが重要である。
ただし,Q換気流量(m3/s),r空気密度(kg/m3),E
0.209Q・r・E<HRR
( 3 ) HRR パターンの作成
消費酸素量に対する発熱量(13.1
MJ/kg)15,16),HRR
は実
I 章で述べたように,火災解析の入力条件である HRR
験によって計測した最大発熱速度( MW )とし,供給され
は,燃焼状態によって変化する値であるので,事前に正確
る酸素はすべて消費され,煤煙の発生はないものとした。
な 値を知 るこ とはで きな い。し たがっ て, 本研究 では
この判定式は Fig. 5 内の実線で記載してあり,この実線
HRR パターンを独自に算出することとし,密閉空間火災
を境に換気支配型火災への移行の有無が明確に分かれてお
の入力用 HRR のパターンの構成要素を,(a)最大 HRR,
り,理論とよく一致することが確認できる。
(b)盛期火災継続時間,(c)換気支配型における HRR の 3
以上のことから,評価対象となる密閉空間の換気量が想
定する火災に対して不十分な場合では,HRR が大きいほ
要素にしぼり,算出方法について検討した。また,この算
出方法を Fig. 6 に示す。
ど酸素の消費が速くなり,酸素濃度の減少によって HRR
(a) 最大 HRR
が衰えることが判明した。したがって,判定式を用いて換
各試験ケースにおける最大 HRR は,火源の面積に対し
気支配型火災への移行を考慮することで,従来の評価手法
て大きな変化を示す。したがって,既往の研究14,17,18)を参
よりも合理的な安全設計を実施できることを明らかにした。
考に,HRRPUA(Heat Release Rate Per Unit Area単位
III. 密閉空間火災解析
面積当たりの発熱速度)は直径が約 1 m で最大となり,そ
れ以上では一定値を示すことに対し,1 m 以下では火皿の
1. 解析手法
直径の 1/2 乗に比例すると仮定して HRR を算定した。基
( 1 ) 評価項目
本となる最大値は,酸素が潤沢に供給される場合の基礎試
本研究では,盛期火災の継続時間の予測を目的として酸
験である,エタノールのコーンカロリーメーター試験の結
素 濃 度 の 低 下 に よ る HRR の 減 少 の 時 期 を 予 測 で き る
果(500 kW/m2)を用いた。
CFAST を用いる。また,輻射熱および温度の予測を目的
(b) 盛期火災の継続時間
として FDS を使用する。密閉空間に設置された機器類の
盛期火災は潤沢に酸素が供給される場合の火災形態であ
火災による影響評価を実施するためには,温度だけではな
る。しかし密閉空間内における火災では,火災の進展とと
く火源から直接放射される,輻射熱による入熱の評価も重
もに酸素は枯渇していき,また,温度上昇による気体の膨
要である。また本研究における実験では,水冷式のセン
張と燃焼ガスの生成によって,密閉空間内の気体体積が増
サーを使用している。輻射センサーの低温側の基準温度
加する傾向になる。これに伴い,密閉空間内に存在してい
日本原子力学会和文論文誌,Vol. 12, No. 1 (2013)
換気制限下における密閉空間内の火災挙動把握と火災予測手法の検討
た酸素の一部が火災発生直後から外部へ排出されてしま
39
合は,最大 HRR を維持することとした。
う。このときの気体体積の増加分は,空間内の温度履歴や
燃焼時間に依存するので,火源に供給される正確な酸素残
量把握の単純なモデル化は困難である。
2. 解析ケース
解析ケースは実験ケースと同等で, Table 3 に示した
したがって本研究では,盛期火災の継続時間の決定に
Case 1 ~ 9 , Case 17 について実施した。 Case 1 ~ 9 は,
CFAST を用いることとした。 CFAST は貧酸素状態での
エタノール火源の全実験ケースであり,Case 17 は換気支
火災の表現はやや不得意とされているが,貧酸素状態にな
配型火災に移行したプレス油+紙が火源の実験ケースであ
るまでの評価は実験と一致することが検証されている。
る。 FDS で使用する HRR パターンは上述の手法で決定
本研究では,解析条件としてエタノールの限界酸素指数
し,解析に用いた数値を Table 5 に示す。また, CFAST
を9.7に設定し,上記(a)で算出した最大 HRR を一定値
および FDS の解析条件をそれぞれ Table 6 に示す。特に
として CFAST に与え,境界条件を実験装置と一致させて
記載のないものは初期値,および実験条件値を設定した。
解析し,盛期火災の継続時間を取得した。
(c) 換気支配型火災における HRR
3. 結果と考察
換気支配型火災では,給気口から流入する外気中の酸素
( 1 ) 空間温度
量に依存した燃焼が起こるので,( 1 )式と同様に,設定
Figure 7 に Case 7 の解析結果と実験結果について上層
MJ / kg15,16)
の温度履歴を示す。FDS と実験値における上層温度は 2.0
を使用し,換気律速となった状態での HRR を推定した。
m の位置の値を用いた。また,Fig. 8 に各 Case における
また,この換気律速の HRR よりも最大 HRR が小さい場
解析結果と実験値の最高温度の比較を示す。Fig. 7 に示し
換気量と酸素消費法で使用される発熱量 13.1
たように CFAST では,実験と同様に鋭い立ち上がりを表
現できているが,オーバーシュートが大きく,最高温度が
高く予測される結果となっている。一方 FDS では,温度
Fig. 7 Proˆles of upper layer temperature (Case 7)
(CFAST : Upper layer, FDS : Z=2.0 m, Experiment : Z
Fig. 6
Flow chart of design HRR curve
=2.0 m)
Table 5 Designed HRR curve for FDS
Ignition
time
[S]
Max.
HRR
[kW]
Duration of
Max. HRR
[ S]
HRR in ventilation
controlled
[kW]
Case 1
60
89.7
269
Case 2
60
42.8
1,860
55
―
Case 3
60
14.7
1,860
―
Case 4
60
89.7
268
27.5
Case 5
60
42.8
576
Case 6
60
14.7
1,860
27.5
―
Case 7
60
89.7
268
13.8
Case 8
60
42.8
556
Case 9
60
14.7
1,860
13.8
―
Case 17
60
35.7
396
7.6
日本原子力学会和文論文誌,Vol. 12, No. 1 (2013)
40
論
文 (佐野,他)
Table 6 Analysis condition of CFAST and FDS
CFAST
FDS
Version
6.2.0.291
Analysis time (sec)
Ignition time (sec)
1,860
5.5.3a
←
60
←
Conˆguration, Materials
Initial temperature (°
C)
Equal to experimental apparatus
←
25
←
Flow rate (m3/h)
15, 30, 60
←
Ventilation system
Mechanical ventilation of the constant volume on the out‰ow side
HRR: Maximum HRR of Table 5 (constant)
←
Fire source
Plume: McCaŠrey
HRR: HRR curve of Table 5
LOL: 9.7
Ceiling Jet: Ceiling & Walls
LOL: 9.7
Fig. 8
Comparison of maximum upper layer temperature in
ethanol ˆre source
Fig. 9 Comparison of duration of fully developed ˆre in ethanol
ˆre source
の立ち上がりがやや悪いが温度履歴がおおむね実験結果と
が常温であれば,2 者の結果は一致するはずであるが,本
一致しており,最高温度もほぼ一致している。また,Fig.
試験結果では上述のように比較条件を一致させることが困
8 をみると CFAST では全体的にやや高温側の評価となっ
難であるために,誤差が生じたと考えられる。
ているが, FDS とともに実験結果とほぼ一致しており,
以上の理由で,排気側の流量に連動する吸気側の酸素の
誤差を含んだ評価手法を確立することで,有用なツールに
供給量が,解析上では小さく設定されたこととなり,盛期
なることが推測できる。
火災の継続時間が短縮される結果となったが,誤差は約
( 2 ) 盛期火災継続時間
10 程度であり,評価に与える影響は軽微であると考え
Figure 7 に示した Case 7 では,実験における盛期火災
られる。
継続時間の301秒に対し,CFAST では271秒とやや短い結
( 3 ) 輻射熱
果となった。Fig. 9 に,盛期火災が終了する全 Case につ
Figure 10 に,輻射熱の計測結果と FDS の出力値が最
いて,CFAST の解析結果と実験結果の継続時間を比較し
も 乖 離 し た Case 7 の 結 果 を 示 す 。 ま た , Fig. 11 に 各
た結果を示す。すべての結果においてよい直線性を示して
Case において輻射熱量について実験結果と解析値を比較
いるが,解析値がすべて実験値を下回り,盛期火災の継続
した結果を示す。 Fig. 10 において初期値が負の値を示す
時間が短く予測される結果となった。この原因は,以下の
理由は,冷却水温が 80 °
C に設定されているためであり,
とおり解析と実験における排ガスの温度差が影響であると
火災の初期段階ではセンサーが放熱していたことに起因す
説明できる。
る。双方の輻射熱の履歴を比較すると,値が上昇している
解析では,排ガス温度の指定はできず,体積流量のみで
間はおおむね一致した結果が得られていたが,ピーク付近
あるため,体積が膨張した高温の排ガスが体積流量一定で
でやや乖離する結果となっている。 Fig. 11 の結果におい
排出される。これに対して実験では,高温排ガス中の気体
ても, HRR の大きな火災ほど,解析結果と実験結果の乖
状態であった水分は液化して除去され,さらに残存した排
離が大きくなる。HRR が大きい場合,つまり温度が高い
ガスも室温まで冷却されて収縮し,密度が高くなった状態
場 合では 輻射 熱の影 響が 大きく なるこ とと ,全般 的に
でブロワーによって体積流量一定で排出される。排気ガス
FDS の温度がやや低く出力されたことも勘案すると,
日本原子力学会和文論文誌,Vol. 12, No. 1 (2013)
41
換気制限下における密閉空間内の火災挙動把握と火災予測手法の検討
Fig. 10 Proˆles of radiative heat ‰ux (Case 7) (Z=1.9 m)
Fig. 12 Proˆles of upper layer temperature (Case 17)
(CFAST : Upper layer, FDS : Z=2.0 m, Experiment :
Z=2.0 m)
示している。さらに, 100 °
C までの到達時間の差は 115 秒
であり,最高温度の到達時間差が156秒と,それぞれの時
間差が近いことから,実験結果と解析値の温度履歴が近い
結果を示していることを確認できる。輻射熱に関しても,
温度履歴の比較結果と同様の関係を示すことを確認した。
また,換気支配型火災への移行時における挙動は,エタ
ノール火源の場合とは異なり,実験結果と解析値の不一致
がみられた。これは,本研究における移行時の HRR の低
Fig. 11
Comparison of radiative heat ‰ux in ethanol ˆre source
減をステップ状に設定しためである。貧酸素状態の燃焼挙
動は,エタノールとプレス油でも異なるように,火源や環
境など様々な要因で変化するものであり,現時点では対応
FDS の結果が乖離した理由は,火源での発熱量を対流と
できる実験式がないため,事前の HRR の設定には難点が
輻射に分配する輻射熱比が輻射熱寄りの設定であったため
残る。
であると考えられる。本研究におけるこの比率は初期値の
上述のように解析による予測結果は,換気支配型火災へ
0.35を採用したが,この値は様々な燃焼環境によって変化
の移行時にはやや低い値を示し,また,盛期火災の期間が
するものであり,完全燃焼しやすいメタノールではこの値
前倒しになっている。しかし,火災の評価目的が検知シス
が燃焼条件に依存して0.15になるという報告19)もあるので
テムの検証用ではなく,空間内に設置されたケーブルや補
改善の余地が残る。しかし,全体的におおむね実験値と解
機類に対する損傷評価とするのであれば,着火からの時間
析値が一致していたことから,さらなるデータの蓄積によ
ではなく盛期火災付近の温度履歴が重要であり,この目的
り,本手法による FDS の利用で輻射熱の評価が可能にな
に限れば,予測可能であることを確認できた。
る見通しを得たと考える。
( 4 ) 換気支配型火災
( 5 ) まとめ
以上のように,密閉空間火災における対象機器類に対す
実験において換気支配型火災を長期間確認できた,プレ
る損傷評価を目的として,換気量を考慮した入力用 HRR
ス油と紙の混合物を火源とした Case 17 を用いて解析精
を構築し,検証データを積み重ねることで FDS が有用な
度を評価する。Fig. 12 に,Z=2.0 m の温度履歴について
ツールになると考えられる。
実験結果および FDS,CFAST の解析結果を示す。
IV. 結
CFAST では,最高温度の到達時間が実験結果の 612 秒
言
に対して456秒と早期の結果となった。また温度履歴は常
換気制限下における閉空間内の火災評価を目的として,
に高温側の予測となり,最高温度の比較でも167°
Cに対し
エタノール等を火源とした火災試験を実施しその火災性状
て 228°
Cと大きく乖離しており,過大な評価になることが
について検討した。また,防火対策の支援ツールとして
判明した。
FDS を使用する方法について検討し,以下のことを明ら
これに対して FDS では,実験結果よりも温度が下回っ
ている期間がある。しかし,最高温度の到達時間は必然的
に CFAST と同一になるが,最高温度が 186°
Cと近い値を
かにした。

◯
火災発生初期には,閉空間内の圧力上昇に伴い,給
気口で逆流が発生する可能性があるので,放射性物質を使
日本原子力学会和文論文誌,Vol. 12, No. 1 (2013)
42
論
文 (佐野,他)
用する部屋では必要に応じて給気口における逆止ダンパや
フィルターの設置が望まれる。

◯
HRR が大きなエタノール火災では,温度上昇によ
り限界酸素指数が低下するので,酸素濃度の低下により自
然鎮火する可能性が高い。

◯
密閉空間内で火源が鎮火すると,温度低下と燃焼ガ
ス生成の停止により,急激な圧力低下が発生する。このと
き,外気が大量に導入されるので,未燃焼ガスの発火点よ
りも高温の部分が存在すると再着火する可能性がある。

◯
自由に給排気できる開口部がない場合,プルームに
よる空間内の攪拌が支配的となり,上層と下層に明確には
別れずに 1 層となり,また,高さ方向に対して温度分布
をもつ構造となる。

◯
―参考文献―
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ˆre test data correlations,'' Fire Technol., 17[2], 98119
間の体積と火源サイズが支配的である。

◯
換気支配型火災への移行の有無は,最大 HRR と換
気量から判定が可能である。

◯
(1981).
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盛期火災の継続時間は,密閉空間内に存在する酸素
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tions for forced-ventilated compartment ˆres,'' Fire Saf. Sci.,
1, 139148 (1986).
体積増加を評価できる CFAST により推定可能である。

◯
コーンカロリーメーター試験による火源の発熱速度
の測定をもとに,換気量等を考慮した解析用の入力 HRR
パターンを決定し FDS の入力条件とすることで,密閉空
間における温度分布や輻射熱の予測が可能である。

◯
FDS による輻射熱の予測については,おおむね実
験と一致した結果が得られたが,入力 HRR が大きい条件
ではやや過大に評価する傾向があるため,さらなる改良が
必要である。
本研究の解析手法による火災性状の予測では,解析値が
実験値よりも低くなる点があり,直ちに安全設計に活用す
るには十分であるとはいえない。しかし,特殊な環境であ
る核燃料施設内の火災については,一般的な建築物内の火
災とはその挙動が異なり,また,実物で実験をすることは
非現実的であることから,定性的な判断が可能になったこ
とについては意味があると考える。また,本研究では核燃
料施設を対象としたが,発電所を始めとする原子力施設に
おいても基本的に換気量がコントロールされているので,
本研究のように酸素の影響を考慮した評価手法を構築すれ
ば合理的に安全設計を実施できると考えられる。
独 原子力安全基盤機構の委託研
本研究における実験は,
究「平成 22 年度コンポーネント火災」で実施したもので
ある。
本研究の実施に当たっては,建築研究所吉田正志氏に多
大なるご指導,ご協力を頂いた。ここに謝意を表します。
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Methods for the U.S. Nuclear Regulatory Commission Fire Protection Inspection Program, NUREG1805, (2004).
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