「話す能力・聞く能力」を高める指導法の研究 −スピーチの実践を通して− 教科研究室 【要 沖 田 浩 史 約】 生徒たちの「話すこと」への抵抗感が大きいこと、「話す・聞く」ことの学習時間が確保されていないことが、 意識・実態調査から分かった。話し手に適切な表現力、聞き手に的確な理解力が要求されるスピーチは、社会生活 に必要とされる言語活動である。スピーチの授業の際、グループで活動すること、視聴覚教材を活用すること、自 己評価、相互評価を繰り返すことなど、様々な指導の工夫によって、話すことへの抵抗感が小さくなった。 【キーワード】 1 話す・聞く スピーチ グループ活動 視聴覚教材 研究の目的 自己評価 表1 相互評価 国語の授業で一番好きな活動は(%) コンピュータや携帯電話によるメールが普及する一方、 その場にふさわしい言葉の選び方や話し方ができない若 者が増える傾向にある今、「話すこと・聞くこと」の指 導の必要性を実感する。就職試験や大学入学試験の面接 練習、授業中の発表の様子などを見ても、人の前で自分 表2 国語の授業で一番取り組みにくい活動は(%) の意見や考えを堂々と話せない生徒は増加している。自 分の考えを適切に表現できることは、社会に必要とされ る人材として欠かすことのできない大きな要素である。 目的や場に応じた言葉遣いで、自分の意見を相手に適 切に伝えること、真剣に人の意見に耳を傾け、的確に理 一番好きな活動が「話すこと」であると答えた生徒の 解することは、学校生活だけでなく、豊かな社会生活を 割合は、どの学年も、最も少ない。特に、中学生、高校 送る上でも、非常に重要である。人の前に立って行うス 生は、それぞれ3.6%、2.7%と極端に少なくなっている。 ピーチの実践を通して、「話すこと・聞くこと」の楽し 一方、一番取り組みにくい活動が「話すこと」であると さを味わわせることで、自分の考えを適切に表現する態 答えた生徒の割合は、中学生では最も多く、小学生、高 度や能力を育てることができると考えた。 校生も「書くこと」と並んで多くなっている。「話す」 本研究では、児童・生徒の「話すこと・聞くこと」に 「書く」など、自分の意見や考えを言葉に表すことへの 関する意識調査を踏まえ、スピーチの実践を通して「話 抵抗感は大きく、「聞く」「読む」など、受動的な学習 す能力・聞く能力」を高める指導法を研究した。人の前 への抵抗感は小さいことが分かる。 で声を出すことへの抵抗感を取り除く活動から始め、人 表3 今まで、人の前で発表や紹介をしたことがあるか(%) の前で堂々と自分の意見や考えを表現するスピーチへと、 段階を追って学習することによって、生徒たちが「話す 能力・聞く能力」を身に付けることを目的としている。 2 研究の内容 ⑴ 表4 今後、人の前で発表や紹介をしたいと思うか(%) 児童・生徒、教師に対する意識・実態調査と分析 ア 児童・生徒の意識・実態調査 国語科の3領域(A話す・聞く、B書く、C読む)の 学習活動について、県下の小学生、中学生、高校生が、 また、人の前で発表や紹介をしたことがあるという生 どのような意識を持っているかを調査した。 徒の割合は、小学生の79.9%に対して、中学生、高校生 調査対象:愛媛県下の小学6年生733名、 はそれぞれ約50%に減少する。人の前で話したことがあ る経験の減少に伴い、話そうとする意欲も学年が上がる 中学3年生273名、高校3年生442名 につれて小さくなっていくことが分かる(表3、4)。 調査期間:平成17年6月∼11月 イ まず、どの学年の生徒も、「話す」「書く」活動に大 教師の意識・実態調査 「生きる力」を育成することを基本的なねらいとして、 きな抵抗感を持っていることが分かった(表1、2)。 -1- 学習指導要領では、国語科の目標に、「伝え合う力を高 する指導時間を確保するとともに、「話すこと」への抵 める」ことが位置付けられている。文章や作品の読解学 抗感を小さくするような授業を計画・実践し、その成果 習が中心となっている現状を改め、「話すこと・聞くこ と課題について考察したい。 と」について、意図的、計画的に指導する機会が得られ 表6 どのような場面でスピーチの経験をしたことがあるか(%) るよう、「話すこと・聞くこと」に関する指導の配当時 間が、次のように定められた。 ①小学校……第1∼4学年までは年間30単位時間程度 第5、6学年は年間25単位時間程度 (複数回答) ⑵ ②中学校……各学年とも、年間の国語の授業時数に対し 授業計画及び実践 ア て、10分の1∼10分の2程度 指導のねらい どうすれば人の前で話ができるようになるかという問 ③高等学校…教科「国語総合」において、年間15単位時 いに、「書いたものを見ながら話せばよい」「短い内容 間程度 であればよい」という容易な方法を選ぶ児童・生徒の割 これらの配当時間が確保できているかどうか、また、 合は、学年が上がるにつれて減少する。一方、「人前で 教師はどのような意識を持っているかを調査した。 話せる意見や体験があればよい」「何度も練習すればよ 調査対象:平成17年度に県総合教育センターに研修 に来られた、国語を担当する教師 い」という方法を選ぶ児童・生徒の割合は、どの学年も 小学校30名、中学校12名、高等学校23名 高くなっている(表7)。前述の目標①②の達成のため 調査期間:平成17年6月∼11月 には、中学生、高校生に自分の意見を持たせること、そ 調査の結果、小学校ではほぼ全員の教師が、中学校で のために様々な体験をさせること、人の前で話す機会を も4分の3の教師が、「話すこと・聞くこと」に関する 増やしてやることが重要である。「スピーチ」という言 指導時間は学習指導要領どおりに確保されている、と答 語活動は、「説明」や「発表」と違って、自分の考えを えている。一方、高等学校においては3分の2の教師が 明確にして話すことが要求される。話し手には適切な表 不足していると答えた(表5)。 現力、聞き手には的確な理解力が必要であり、学校生活 だけでなく、社会生活にも欠かせない活動である。そこ 表5 「話すこと・聞くこと」の指導時間は確保されているか(%) で、高校生を対象に、「スピーチ」の授業(全5時間) を計画し、実践した。「話すこと」に対する抵抗感を取 り除くために、様々な指導の工夫を取り入れた。 高等学校の教師は、指導時間が不足している理由とし 表7 どうすれば人の前で話ができるようになると思うか(%) て、教材の量をこなす必要がある(5名)、考査の範囲 に追われてしまう(2名)、などを挙げている。「読解 学習が中心となっている現状を改め」という学習指導要 領の趣旨もあるが、「読むこと」の指導に時間を取られ ている現状が分かる。また、「話すこと・聞くこと」の (複数回答) イ 評価が確立できていない、指導者の工夫不足、などの理 (ア) 由も挙げられていた。 ウ 授業内容 上手な聞き手になろう 「聞くこと」に対する抵抗感は小さいので、本活動の 課題の分析 以上の結果から、「話すこと・聞くこと」に関する課 導入として、聞く活動を取り入れた。まず、俳句甲子園、 題、特に、中学生、高校生に顕著に見られる課題から、 県高校総合文化祭における弁論大会のVTRを視聴して、 授業実践の目標として、以下の2点を挙げる。 実際に審査をさせた。俳句甲子園、弁論大会ともに、高 ①「話すこと」に対する大きい抵抗感を取り除くこと 校生の模範的な「話す」活動であり、生徒たちにとって、 ②人の前で自分の意見や考えを話す機会を増やすこと 「話すこと」の好例になる。俳句甲子園は、ディベート スピーチの経験は、学年が上がるにつれて少なくなっ を聞いて、グループごとに勝敗を決めさせた。弁論大会 ている。国語の授業におけるスピーチの経験は、特にそ は、スピーチ評価表を使って、評価を記入させ、グルー の傾向が顕著である(表6)。①②の目標を達成するた プごとに順位を決めさせた。評価表の記入を通して、ス めに、国語の授業の中で、「話すこと・聞くこと」に関 ピーチの留意点に気付かせることを目的にしている。 -2- (イ) 声を出すのに慣れよう ようになりたい」などの感想が、生徒から聞かれた。 (エ) 生徒たちは、人の前で話した経験が少ないので、声を スピーチしよう 出すことに慣れさせなければならない。話すことに対す 「問答ゲーム」の話題の中から、自分でスピーチした る抵抗感を取り除くために、身近な古文をグループごと い題材を選び、スピーチをさせた。話題の選択の際には、 に暗唱させ、2グループずつの対抗戦形式で発表させた。 自分の進路希望を考慮に入れて、話題を選択するよう留 発表の際に、役割分担をしたり、体の動きを取り入れた 意させた。図3は、スピーチの留意点として生徒に配付 りしたグループがあり、生徒たち自身の工夫が見られた。 したものである。また、序論、本論、結論の構成で書か 暗唱させた古文は、いろは歌、方丈記(冒頭)、徒然草 せたり、説得力のある具体例、体験、現状などを入れさ (冒頭)である。「にほんごであそぼ(NHK教育テレ せたりして、原稿作りに取り組ませたが、それは「書く ビ)」から録画したVTRを活用した。 こと」の活動、特に、小論文を意識した活動である。 「暗唱」という言語活動は、中学校ではかなり多く行 われているが、高等学校ではあまり行われていない(表 8)。この活動では、声を出すのに慣れさせ、話すこと への抵抗感を取り除く目的のほか、話す速度や音量、言 葉の調子や間の取り方などに気付かせる目的もある。 表8 図3 スピーチの留意点 書いた原稿を覚えてスピーチし、友人のスピーチの評 国語の授業の中で、暗唱の経験があるか(%) 価もさせた。クラスを二つに分けて予選を行い、スピー チ評価表の得点を集計して、グループから代表を一人ず つ選ばせた。選ばれた代表は、決勝戦のスピーチをクラ (ウ) 「問答ゲーム」をしよう ス全員の前で行った。評価表の得点の集計により、優勝 者を決め、表彰した。生徒たちがスピーチの題材として 古文を暗唱し、声を出すことに慣れた後、ゲーム形式 選択したテーマの一部を、次に挙げる。 の活動を取り入れた。「問答ゲーム」は、スピーチと同 様に、自分の考えを明確にして言葉で表現しなければな ○京都議定書 ○少子・高齢化 らない。また、後でスピーチする際の題材を、このゲー ○市町村合併 ○経済摩擦 ムで使われる話題の中から選択させる。この2点から、 スピーチの際の留意点は、評価表に記入するときに目 スピーチの前段階の活動として取り上げることにした。 を通しているので、前を向いて堂々とスピーチする姿が ○フリーター ○アスベスト など 多く見られた。スピーチのテーマも社会問題がほとんど であり、事前に弁論大会の審査や「問答ゲーム」をした こと、進路希望を意識させたことの効果が見られた。 ウ 学習効果を高める工夫 (ア) グループ活動 「話すこと」に対する抵抗感が大きいので、全5時間 のうち、ほとんどの活動にグループ活動を取り入れた。 図1 グループごとに、順位を出したり、ゲーム形式で活動し 問答ゲームのルール たりする活動が多く、生徒たちは、楽しく主体的に「話 図1は生徒に配付した問 すこと」の活動に取り組んでいた。 答ゲームのルールである。 (イ) 選ばれた話題を知らない場 図2 使用したカード 視聴覚教材の活用 合でも、想像して答えなけ 音声言語はすぐに消えてしまう。そこで、聞く活動と ればならないところにゲー ともに、見る活動を通して、「話すこと」の模範を示し ムの要素がある。カードは た。使用した視聴覚教材は次の三つである。 指導者が作成し、生徒が志望している進路に関する話題 ①第8回俳句甲子園決勝戦の様子 も混ぜ入れた(図2)。生徒たちは、相手を困らせるよ ②第18回愛媛県高等学校総合文化祭弁論部門の様子 うなカードを選ぼうとするなど、楽しく生き生きと活動 ③「にほんごであそぼ」(NHK教育テレビより録画) (ウ) した。「もっと知識を身に付けたい」「機転を利かせる 自己評価・相互評価 自己評価を通して、自分のスピーチを客観的に評価す のが難しかった」「どの話題についてもすらすら話せる -3- ○これから入試の面接、小論文を控えているので、この ることで、話す能力を一層高めることができる。また、 学習で学んだことを活用していきたい。 相互評価を通して、自分の表現を理解すること、良好な ○おもしろかった。次はディベートもやってみたい。 人間関係作りにつながることを期待して、図4のような 「話すこと」の活動を中心とする授業の経験が少なく、 スピーチ評価表を作成し、繰り返し活用させた。 一連の活動が新鮮で楽しかったという意見が多かった。 さらに、別の言語活動に対する意欲を持った生徒もいた。 3 研究のまとめと今後の課題 ⑴ 実践の成果 授業の計画及び実践を通して、指導者の工夫が生徒の 学習意欲を高め、その結果、生徒の「話す能力・聞く能 力」が高まっていくことが分かった。指導者は、引き続 き指導上の工夫を続けていかなければならない。本活動 の成果として、以下の3点を挙げる。 ①「話す・聞く」に関する授業を、5時間確保できる活 図4 動をすることができた。 スピーチ評価表 スピーチ評価表には、スピーチする際に留意する点が ②グループ活動やゲーム形式を取り入れ、視聴覚教材を 示されているので、自分のスピーチに活用することがで 積極的に活用することで、生徒が主体的に活動するこ きる。また、それ以外に工夫した点が2点ある。一つは、 とができ、「話すこと」に対する抵抗感を取り除くこ スピーチの内容を簡単にまとめさせる点である。的確に とができた。 ③スピーチ評価表を活用し、自己評価、相互評価を繰り 聞き取る力を育成することが目的である。もう一つは、 スピーチした人にメッセージを記入させている点である。 返し行わせたことで、自分のスピーチを振り返ったり、 この評価表は話し手に見せることにしており、自分の表 相手に対して建設的な意見を与えたりするなど、互い 現の受け取られ方が理解できることと、良好な人間関係 に学び合う態度を育成することができた。 作りを図ることを目的としている。このメッセージのや ⑵ り取りを生徒たちは楽しみにしていた。 本研究の今後の課題について以下の3点を挙げる。 ⑶ 学習者の変容 ①今回の授業では、自己評価、相互評価ともに、「書く 本活動に取り組んだ後の、生徒の意識の変化は以下の こと」を通して行わせた。今後は、スピーチの後で、 通りである。 話し手に聞き返したり尋ねたりするような、「話す・ ○人の前で話すことへの抵抗感が、 聞く」活動を、評価の中にも取り入れる。 かなり減った 4.2% やや減った 45.8% 変わらない やや増した 45.8% ②スピーチや、そのほかの「話すこと」の活動に、学校 4.2% 図書館の活用や、様々な情報の活用を取り入れる。 ○この活動が、今後の面接や小論文に役立つと 思う 今後の課題 83.0% ③今回実践したスピーチの活動を、「書くこと」「読む 分からない 17.0% こと」の活動の中に取り入れる。 (調査対象:授業実践を行ったA高校3年生24名) さらに、児童・生徒たちが、人の前で自分の意見や考 スピーチの活動を通して社会の話題に目を向けられた えを堂々と話し、豊かな社会生活が送れるようになるた こと、様々な方法で調べてスピーチしたことで言語活動 めの、継続した指導を行っていく必要がある。 の経験が増えたことが、生徒に大きな自信をもたらした。 主な参考文献 人の前で話すことへの抵抗感が「変わらない」と答えた ○大槻和夫編著 生徒の中には、初めから抵抗感がなかったという生徒も 明治図書 含まれており、話すことへの抵抗感を取り除く目的で行 2001 ○上條晴夫編著 った実践は、一定の成果が現れたと評価できる。 版 また、生徒の変容が見られた感想の一部を紹介する。 1巻 アップになったと思う。 『新しい高校国語 『大村はま国語教室第2巻 すことの指導の実際』 -4- 学事出 指導の理論と実践第 話すこと・聞くことの指導』明治書院 ○大村はま ○すごく勉強になった。これから役に立つ感じがする。 『教室スピーチ実践事例集』 1998 ○田中孝一編 ○自分以外の人の考えなど知ることができ、自分の能力 『国語科重要用語300の基礎知識』 筑摩書房 1983 2001 聞くこと・話
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