高温超電導マグネットにおける局所的温度上昇の非接触計測および位置

高温超電導マグネットにおける局所的温度上昇の非接触計測および位置同定に
関する研究
岡山大学大学院 自然科学研究科産業創成工学専攻 助教
七戸 希
1.研究の目的
近年,電力機器の小型化・省電力化を可能とする高温超電導コイルの開発が進められているが,それを実用化
するためには局所的温度上昇への対策が必要とされている。従来の金属超電導に比べて,高温超電導線は熱的
安定性が高い,すなわち常電導転移が生じにくい反面,一旦生じてしまうと,運転温度の高さおよび材質に起因す
る熱伝導率の低さと比熱の高さが原因となって常電導部にて生じた熱の伝播が格段に遅くなるため,巻線に過大
な局所的温度上昇が生じ,それにより,巻線が劣化する,あるいは焼損などの厳しい事故が起こる場合もある。し
たがって,巻線全体を常時監視し,過大な温度上昇が生じた場合には保護措置をとるなどの対応が必要となる。
温度上昇計測は,一般的に熱電対,電圧端子などの計測線を多数取り付けることで実現できるが,高電圧が印加
される実用レベルのコイルの場合,計測線の取り付けおよび引き回しにより巻線の電気絶縁特性が低下し,かえ
って信頼性を損ねてしまう。そこで,高温超電導巻線の電気絶縁特性を低下させない電気的非接触型の温度上昇
計測法の開発を目指し,その基礎研究としてこれまでに「AE 信号の時間周波数可視化」技術を開発している。本
方法は,温度上昇に伴って生じる AE 信号を,電気的に非接触にて使用可能な AE センサと時間周波数可視化法
であるウェーブレット変換を用いることで高精度に計測できる方法である。本研究では,Bi2223 高温超電導コイル
および近年発展の目覚しい YBCO 高温超電導線材を巻線としたコイルに対して温度上昇を計測できるシステムの
構築を行うとともに,温度上昇発生場所の同定について検討を行った。
2.研究の内容
図 1 に提案法による温度上昇検出の原理を示す。同
図左のように,超電導巻線の一部が温度上昇するとそ
AE sensor
Temperature rise
Electric signal
の部分の巻線が熱膨張を起こし,その熱ストレスにより
Connector
弾性波が発生する。弾性波は 3 次元的に伝搬するので,
ボビンの適切な位置に AE センサを取り付けることによ
り検出することができる。AE センサとは同図右のように,
圧電素子により弾性波を電気信号に変換して検出する
Piezoelectric element(PZT)
Elastic wave
Receiver
Superconducting coil
図 1 温度上昇検出の原理
センサである。このように,本方法は,温度上昇を熱ス
トレスによる弾性波として検出する方法である。AE センサはコイルと機械的にさえ接触していればよく,電気的に
接触させる必要はない。これにより,コイルの電気絶縁特性を劣化させることなく温度上昇を計測することができる。
しかしながら,一般的に AE 信号は非常に微弱な信号であり,ノイズに埋もれやすく,SN 比が非常に小さくなりや
すい。よって,正確に AE 信号を計測するためには,SN 比の向上が不可欠である。そこで提案法では,ウェーブレ
ット変換を用い,AE 信号とノイズを時間周波数空間にてダイナミックスペクトラムとして分離を行う。本研究にて適
用したウェーブレット変換の定義式を(1)式に示す。
(Wψ f )(b, a) =
a = 1/ 2π f
∞
2
2
1
1 t −b
e −t / σ e −it ・・・・・・・(1)
ψ(
) f (t )dt , ψ (t ) =
a
2 πσ
−∞ a
∫
(f : frequency): scale parameter,b:translate parameter, σ=8 (arbitrarily defined)
同式前者がウェーブレット変換の定義式(重み関数は 1/a),後者がマザーウェーブレット(Gabor)である。後者は
時間周波数空間での局在性が最良の関数であり,信号の周波数を探り出すのに適しているため,本研究ではこれ
53
を採用した。なお,後述の実験では,ウェーブレット変換は 10-50kHz の周波数範囲にて 2kHz 刻みにて行った。
図 2 に実験で使用したサンプル超電導コイルの概略を示
AE sensor
Screws
す。実験はBi2223 およびYBCO超電導コイルにて行った
FRP bobbin
が,紙面の都合上YBCO超電導コイルについてのみ説明
をする。表 1 に示すYBCO高温超電導線をGFRPボビンに
6 ターン巻きつけることによりサンプルコイルを作製した。同
Bi2223 or YBCO winding
表にて,ICとは臨界電流,TCとは臨界温度である。意図的
Damaged position
に局所的な温度上昇を発生させるために,巻線の一部(5
mm長)のICを低下させ(健全部 87 A,劣化部 6 A),その臨
Voltage taps
界電流以上の電流を通電することにより劣化部のみを温
Thermocouple
図 2 サンプルコイル
度上昇させた。劣化部分での温度上昇の計測と常電導転
表1
移の有無を観測するために劣化部に熱電対
YBCO サンプルコイルの諸元
を巻線両端に電圧端子を取り付けた。AEセン
サはボビンの天面にネジ止めによって取り付
けた。計測システム全体の概略を図 3 に示す。
両端電圧,熱電対の熱起電力,AE信号およ
びCT(Current Transformer)により計測され
た電流はディジタルオシロスコープにより観測
およびデータとして収集される。なお,熱起電
力は 100 倍のアンプで,AE信号は 1000 倍の
アンプにて増幅されている。ウェーブレット変
換はディジタルPCにて実行される。なお,電
源からの通電電流は 90A/sの上昇率にて増
加させ,90 A程度に達した後,その電流値を
保持することで温度上昇を生じさせた。また,
サンプルコイルの冷却は液体窒素浸漬冷却
または冷凍機冷却にて行った。
図 4,5 に実験結果を示す。
図 4 は液体窒素浸漬冷却における実験結
Amplifier
果である。同図(a)は通電電流とコイル両端
Bi2223 or YBCO winding
電圧の波形であり,通電電流がICを超えた
Damaged position
Voltage taps
時点より電圧が発生しており,コイルが常
Digital oscilloscope
電導転移したことがわかる。同図(b)は劣化
PC
Thermocouple
部の温度であるが,常電導転移後もほとん
ど温度上昇が発生していないことがわかる。
これは,コイルが液体窒素に浸漬冷却され
ているため,劣化部における発熱が周辺の
Amplifier
Power
Source
CT
図 3 計測システム
液体窒素により抑制されたことによる。同
図(c)はAE信号の波形であるが,約 1.0 s以降から振幅が増加し始めていることからAE信号が発生したと推測さ
れるが,多量のノイズが重畳していることから,正確な発生時間と大きさを判断することは難しい。
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100
0.010
80
0.008
0.006
Voltage
40
0.004
20
0.002
103
Temperature (K)
Current
60
Voltage (V)
Current (A)
110
0.0
0.5
1.0
Time (s)
1.5
89
82
0.000
0
96
75
0.0
2.0
0.5
1.0
1.5
2.0
Time (s)
(a) 電流・電圧波形
(b) 温度
×10-3
5
4
×10-3
5
AE signals (a.u.)
0.06
AE signals (mV)
0.04
0.02
0.00
-0.02
4
3
3
2
2
1
0
-0.04
-0.06
0.0
0.5
1.0
1.5
1
2.0
0
Time (s)
(c) AE 信号
(d) AE 信号のダイナミックスペクトラム
図 4 液体窒素冷却における実験結果
Current
60
110
0.24
103
0.18
Voltage
Temperature (K)
Current (A)
80
0.30
Voltage (V)
100
96
40
0.12
20
0.06
82
0.00
75
0
0.0
0.5
1.0
1.5
89
2.0
0.0
0.5
Time (s)
1.0
1.5
2.0
Time (s)
(a) 電流・電圧波形
(b) 温度
×10-3
5
×10-3
5
AE signals (a.u.)
AE signals (mV)
0.06
0.04
0.02
0.00
-0.02
0.5
1.0
1.5
2
2
1
1
2.0
Time (s)
(c) AE 信号
3
3
0
-0.04
-0.06
0.0
4
4
0
(d) AE 信号のダイナミックスペクトラム
図 5 冷凍機冷却における実験結果
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同図(d)はウェーブレット変換により得られたAE信号のダイナミックスペクトラムであり,信号の強度は階調表示も
している。同図より約 0.8 sから約 10 kHz以上の周波数帯域で発生している信号と,30 kHz以上の周波数帯域で
常時発生している信号の二種類の信号が発生していることがわかる。すなわち,前者がAE信号,後者がノイズで
ある。したがって,ノイズと重複していない 10kHz-30kHzの周波数帯域に発生しているAE信号のみをウェーブレッ
ト変換により時間周波数空間にて抽出することで,AE信号とノイズが明確に分離され,ノイズに干渉されることなく
AE信号のみを抽出することができる。本実験では温度上昇が生じていないにもかかわらずAE信号が発生してい
るが,これは,劣化部の発熱により周辺の液体窒素が沸騰し,その沸騰による振動がAEセンサによって検出され
たと考えられる。したがって,本実験の場合,冷媒の沸騰により超電導巻線の発熱がAE信号として検出されたと
言える。図 5 は冷凍機冷却における実験結果である。同図(a)は通電電流と両端電圧の波形であり,通電電流が
ICを超えた時点から電圧が立ち上がっていることから常電導転移が発生したことがわかる。その発生電圧は図
4(a)と比較すると二桁程度大きく,電流が一定値に保持された後も上昇を続けているが,これは図 5(b)の温度波
形と図 4(b)を比べると温度上昇が大きい(最大約 30 K程度)ことから,この温度上昇による巻線の抵抗率の増加
と常電導部の伝搬・拡大により抵抗が増加していることによるものである。図 5(c)はAE信号であるが,図 4(c)と同
様に約 1.0 s以降から振幅が増加し始めていることからAE信号が発生したと推測されるが,ノイズの重畳によりそ
の発生時間と大きさを正確に判断することは難しい。図 5(d)はウェーブレット変換により得られたAE信号のダイナ
ミックスペクトラムであり,図 4(d)と同様の方法でAE信号を抽出できることがわかる。また,AE信号の発生時間帯
は図 5(b)の温度上昇が発生している時間帯とほぼ一致している。このことから,本実験でのAE信号発生要因は
熱ストレスであると推測される。したがって,本実験の場合,超電導巻線の温度上昇がAE信号として検出されたと
言える。
以上の結果より,浸漬冷却では冷媒の沸騰,冷凍機冷却では温度上昇を AE 信号として検出することができたこ
とがわかる。紙面の都合上省略したが,Bi2223 超電導コイルでも同様の結果を得ている。これらより,提案法が高
温超電導コイルの保護に有効であることが示唆されたと言える。
3.研究の結論、今後の課題
Bi2223 高温超電導コイルおよび近年発展の目覚しい YBCO 高温超電導線材を巻線としたコイルに対して著者
が提案する AE 信号の時間周波数可視化法にて,液体窒素浸漬冷却環境では液体窒素の沸騰を,冷凍機冷却
環境では局所的温度上昇を検出することに成功し,その有効性が示唆された。本方法は電気的に非接触で使用
できる AE センサにて計測を行うためコイルの電気絶縁特性を低下させず,ウェーブレット変換により一般的に微
弱かつノイズが重畳しやすい AE 信号を高い SN 比で抽出できる特長があり,信頼性の高い温度上昇計測システ
ムになり得る。
なお,温度上昇発生場所の同定については現在も継続して研究中であり,外径 160mm,高さ 190mm のサンプル
コイルによる実験データの取得と結果の検討を行っている。
4.成果の価値
4.1.社会的価値
本研究で提案する温度上昇検出法を用いることで安定性・信頼性を低下させることなく超電導マグネットを常電導
転移による焼損等から保護することが可能となり,高エネルギー密度を持ちエネルギー効率の高い超電導マグネ
ットの実用化が促進され,電力機器の小型化・高効率化,ひいてはエネルギー資源の枯渇問題に貢献できると考
えられる。また,AE センサは一般的に建材やガス・水道の配管などの劣化診断によく用いられている。しかしなが
ら,AE 信号は非常に微少であるため,ノイズに埋もれやすく,診断を正確に行うことができない場合があるが,本
方法により,時間周波数空間にて AE 信号とノイズを明確に分離することが可能であり,高精度に AE 信号を計測
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することが可能となる。これにより,劣化診断を始めとした AE 信号の応用分野へ大きく貢献できると考える。
4.2.学術的価値
本研究のポイントは,「温度上昇を熱ストレスとして検出」することであり,この成果公開により学術的インパクトを
与えられたと考えられる。すなわち,温度上昇を電気的および熱的に非接触で検出する技術は国内外を通じてほ
とんどなく,AE センサの温度検知センサとしての研究や関連した非破壊検査等に関する研究への波及効果が期
待できる。また,一般的に微小信号計測・処理は多くの分野にて重要な技術であり,本成果は特に計測・制御分野
へも波及効果を及ぼすことが期待できると言える。
4.3.成果論文
口頭発表
[1]七戸 希, 村瀬 暁,AE 信号の時間周波数可視化による高温超電導巻線の局所的温度上昇検出,2008 年度
春季低温工学・超電導学会講演概要集(2008/5),p. 92.
[2]N. Nanato, Detection of temperature rise in YBCO coil by time-frequency visualization of AE signals,
Abstracts of ISS2008(2008/10), p. 350.
学術論文
[1]N. Nanato, Detection of temperature rise in YBCO coil by time-frequency visualization of AE signals,
Physica C, accepted.
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