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第四章
運動の国民化と上告審
一九五三年一二月から五九年八月まで
第四章運動の国民化と上告審
二審判決直後
有罪判決の反動
朝日、毎日、読売をはじめとする一般新聞は、
Q
一審判決とは比較にならぬほど、二審判決を大きく報道した
新聞や論者によって露骨さの程度はいくぶんちがっても論旨は大体似たりよったりであった。
Q
そ
の論調は、若干の投稿、寄稿をのぞいては、判決を支持し、判決に対する抗議や批判をはばもうとする態度をしめ
していた
Q
Q:
・
﹁判決があった今日以後も被告を
d について争うだろうが 、松川事件に
しかし控訴審は、外部の騒音にいささかもわずらわされないかのような態度をもって判決をくだした
まず、朝日新聞は社説で﹁この事件は何か特殊な思想団体の闘争目標として取上げられたかの感すら呈したので
ある
:被告側、弁護側は上告審においてグ判決に 影響及ぼすべき重大な事実誤認
からむ事実認定問題はようやく峠を越えた感を否めない﹂といい、毎日新聞は、
かばうの余り、政治的裁判だといったことで論難攻撃する団体があれば断乎として反対せざるをえない Q :・:::単
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I
1
Q
Q
阿部真之助は﹁裁判は
にヒューマニズムから裁判に対して不満を覚え、これを論評し行動するものも、自己の言動に責任をもってもらい
Q
応援団により鼓舞され威圧されるべき性質のものではなかった。:::・:私はともかく、第二
一部ではあったが、知名の人士も鈴木判決に信頼を表明し、裁判批判に反対した
たい﹂と主張した
また、
野球の試合ではない
審の裁判が公正に行われたと信じたい。多少の誤りがあり、多少の疑わしき点があるのは神の裁きでないかぎり、
やむをえない﹂ (二了二四、毎日新聞) といい、吉田首相の長男、英文学者吉田健一は﹁鈴木裁判長は政治的な圧
Q
Q
しかるが故に、ぼくはこの判決を信頼し支持
また、慶大教授池田潔氏は﹁法治国民は現在その
カに負けず司法の独立を守ったと思います。たしかにこの事件には不公平を感じていたのですが、無罪の人も出た
ことはうれしいと思います。﹂(一二・二三、時事新報﹀ と語った
国に施行されている法律のみを尊重し、これに服従する義務をもっ
Q
﹁裁判批評が、なすべきものでない以前に、
とうていできないものであり、せいぜい、謙虚に疑問を提出する程度に止むべきであることを悟られるであろう
Q
する。﹂(一・二ハ、河北新報) といい、東大法学部助教授平野竜一は、
﹃松川さわぎ﹄の遺産は大きいといわなければならない﹂ (一・一五、ジュリスト) と説いていた
それだけでも、
Q
事件捜査の第一線指揮にあたった玉川警視は、捜査にあたった一人と
Q
一二月二八日、無罪が確定した ο起訴当時、
だが、公訴の維持には絶対の確信があると 言 い、武田ら
佐藤検事総長は、納得できる判決だ、鈴木裁判長が泰然自若として信念をもって判決を下した態度に敬意を表す
る(二了二二、産経新聞) と、鈴木判決をほめたたえた
に死刑を求刑したはずの検察側は、武田ら三名の無罪に敢て上告せず、
Q
安西検事正ら検察側の確信表明は、国民の目をごまかすためのものであった
確信を語る者は検察側だけではなかった
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第四主主運動の国民化と上告審
Q
最高裁にいったとしてもこの線は崩れまい。﹂
﹁この事件の重要な証拠は赤間供述である。私は絶対的に確実な心証
して確信をもっていた。つ::::無罪三名はやむを得ないだろう
ご・二三、河北新報) 一審裁判長、長尾信は、
を持っている﹂(二一・二三、河北新報) さらに起訴前の証人尋問調書をつくった唐松判事は、 ﹁被告たちは最高裁に
裁判の前途を予言し
上告するだろうが、事実審理は二審で確定的となり、最高裁では憲法違反・判例違反などの法律問題が争点となる
から、 有罪の線は動かないだろう﹂(二了二一二、時 事新報 )と、 それぞれ確信のほどを語り
た。前述のように、鈴木裁判長も判決にあたり異例の確信を表明した。松川裁判をめぐる 警察 ・検察・裁判所のい
﹁週刊読
﹁仙台市 警本部警備部の某幹部 ﹂という ものの言葉をカ コミにして﹁:::﹁あの被告 の顔
Q
ちれんの﹁確信﹂発言は、真実からうける内心の抵抗を、言葉によっておぎなおうとする努力の現われでもあった。
ハ一月一 O 日号)は、
二審判決を楯として、広津 、宇野らをはじ めとする知識人の裁判批判にたいする中傷攻撃が開始された
草刈﹄
Q
また、
文士たちは実際どのようにして、その
をみると絶対に罪を犯したとは思われない﹄といった文士がいたが、これは文士の印象記にすぎない。印象や感じ
で、本当のことがわかるなら判事も検事も、われわれ 警察官も必要はない
Q
﹁:・:::こんどの判決が あると、新聞報道陣はだれよりも先にこの両作家を追い
真実を調べたのか、文士捜査の方法や段取りをきかせてもらいたいくらいだ﹂と公然とのさばり出してきた
﹃読売新聞﹄一二月二八日号は、
まわした。世間はこの両作家から手きびしい批判がきけるものと、期待した。なぜかというと、この両作家がちょ
Q
広津はいく
っとした仙台散策の気ばらしであれだけのセンセーショナルな報告を﹃でっちあげる﹄ほど無 責 任 だ と は 思 っ て い
﹃判決についての感想は何もなしだ﹄とある
一向にキゼンとしてたたかうと いう気勢を示そうとはしていなレ
なかったからである。ところで、宇野は何といったか、
ちか奥歯に物のはさまったいい方はしているが、
3
2
1
、
f
のである
Q
われわれのようにこの両君にふかく期待していたものからすると全くキツネにつままれたという感じで
(赤白黒)
Q
Q
しかし宇野は後日、
﹁何もなしだ﹂という
また広津は後日、﹁直後に発言しなかったのは、
と、榔撒中傷した
あり、これこそ﹃世にも不思議な物語﹄である。宇野、広津の御両君、もしゾラのにせものでなかったら、このと
﹂ろこそ立ちあがってほしいのである。﹂
Q
ことは﹁アキレかへって何も言えない﹂ということだと発表した
判決全文を読んでから発言するということだ﹂と発表した
Q
これは、
岩田宙造(元司法大臣、第一東京弁護士会)を会長とする日本弁護士連合会理事会(一九五四・一・二ハ)は、松川事
件に対する一部文壇人等の言動に関する遺憾声明を提案したが、仙台弁護士会等の反対により撤回された
国民をして司法裁判に対する信頼をつなぎ、この公正を認識せしめるためと称して、在京理事会から提案されたが、
Q
その理由とするところは、付裁判を神聖化する虞がある
QO
民主裁判に対する国民の批判の自由を制限する
Q
多数の弁護人を出した 地元仙台弁護士会は 、常 議員会を招集討議した結果、声明を発する要なしとの意見を決定し
た
Q
Q
さらに、この理事会に仙台弁護士会から成田篤郎、菊地養之輔らが出席し、文壇人等の
倒判決の下った今日文壇人等の言動の当否は既に一般社会が認識しており問題は一段落して時
同日誤った著作論述の発表は往々あることであるが、今回の文壇人等の批判が社会に与えたことの善悪についてはに
わかに判断し難い
期既に遅い、等であった
一段落した 静池に波澗を呼ぶ結果となり、もし上告審で無罪と
批判も単たる推測ではなく相当な論拠もあり我々としても疑念を持つ事実もある。連合会が不用意に声明するとき
は文壇人等も相呼応して一矢を酬ゆることとなり、
なった場合、連合会の責任を如何にするか(成田三地元弁護士会は三O余名の弁護人を出しているが、少なくとも
大部分の弁護人は白を確信しており、私も斯く信ずる。弁護人は社会、自由、改進各党を間わず、イデオロギーを
3
2
2
第 四 章 運 動 の 国 民 化 と 上 告審
超えて努力しており、これら所属弁護士の立場も考慮せられたい。文壇人等も恐らく役員諸君よりは事件記録を精
読しており、且つ批判の権利も有する。国民良識は裁判官、検察官、弁護人と同様それぞれの立場で関心を持って
おるのみならず批判の自由を有する。連合会が斯る声明を発することによって黒であるとの印象を社会に与えるお
それがあるので声明の発表は差し控えられたい(菊地)。等の反対意見を開陳した。また土井美弘(神戸﹀理事から、
社会の疑惑を招き裁判所に加担したような印象を与える声明には反対するとの意見もあった。結局、全会一致でな
Q
ければ声明は出すべきでないとの意見が大勢をせいし、提案を撤回するにいたった。その撤回された声明案は次の
ようなものであった
司法裁判は、社会正義の最後の保障として国民的信頼のつながるところである。そうして我々はわが国の裁判
一部文壇人等の聞に十分根拠を示すことなく、裁判の公正を疑わしめるよう
が公正なものであることを確信している。
最近、いわゆる松川事件につき、
な言動が行われているが、これは司法に対する国民の信頼を動揺せしめ、裁判に不当な影響を及ぼすおそれが
ある。
Q
一五対二ニで不
一二月二六日の平市議会は、副議長大嶺庫(松
我々はこれを遺憾とし、司法裁判に関する言動がより慎重であるべきことを要望するものである
Q
hH
あちらさん(アメリカのこ
これは、国民救援会石城支部主催の松川事件真相発表会で、大嶺は批判演説を行ない、その中で
一一月中ごろ平市で催された松川事件真相発表会で行なった挨拶を理由に、
判決を機会に、政治的な言いがかりをうけた松川弁護人もいた
Q
川・平事件弁護人)が、
信任を可決した
平事件をひっぱりだし、平事件は官憲の不当弾圧であり、駅前掲示板問題について、
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2
3
と﹀と組んでやった
占領下にあることを幸いに
HHHH
d など暴力事件を肯定し、市民に不安感を与えるような議長と
してあるまじき発言をした、という理由であった。これは、大嶺が、松川・平事件の弁護入、平和や日中貿易の活
動などを行なっており、常磐炭鉱と結びつき、私腹をこやすために市会をあやつっている一派の策謀に反対してた
たかっていることなどから、判決を機会に言いがかりをつけて不信任を強行したものであった。
Q
一二月二四日、岡林、大塚両弁護人の帰京をまって合同会議を聞い
)のように、判決にカを得た支配権力は、 マスコミを動員し、弁護士会を動かし、地方ボス政治家をもおどらせ、
裁判批判を封じようとカサにかかってきた
新たな決意
たかが報告討議され、次の結論をえた。
無罪を確信していた人は非常に憤慨し、同時にこれまで力の入れ方が足りなかったことを反省した
を深めた人とがある。仙台市内のある職場でも議論が二分し、その数は半々であった
Q
なお﹁自白﹂につい
深めた人と、あれほど慎重にやられた裁判であるから、やっぱり被告たちがやったのではないかという疑い
公正裁判要請の運動に賛成した人びとの中に、期待はずれの判決に失望し、ますます裁判に対する疑惑を
Q
た。そこでは、判決の特徴、判決が行なわれた状況などが報告されるとともに、大衆がどのように判決を受け取っ
松川対策委員会ならびに日本国民救援会は、
2
(
2
) (
1
)
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2
4
第四主主運動の国民化と上告審
ては﹁やらないのになぜ自白をしたのだろうか ﹂ という疑問をもっ人は相当に多い
Q
全然真相を知らない 一般国民は新聞ラジオの大宣伝によって 、裁判が公正に行なわれたものと信じ、ゃっ
ぱりあの連中がやったのだと思い込まされた。
また、今後の対策については、
Q
無罪 三名 、保釈四名を出したことは、これまでの救援運動と公
今回の判決が第 一審よりももっとひどいものである こと、しかもそれが戒厳令に近い状況の下で行なわれ
たことを広く国民大衆に知ってもらうこと
正裁判要請運動の大きな成果であることを 十分に宣伝し 、今後の長期にわたる最高裁に対するたたかいには
必ず全員無罪をかちとれるという確信を深めることが必要である。
Q
﹁やらないのになぜ自白したか ﹂ の問題については、 警察や検察庁の取調べがどんな 状 況の下で、どんな
具合に行なわれたかを被告自身の生なましい体験談によって 十分納得ゆくまで説明すること
Q
Q
第一審も不公正であった。第 二審はもっと不公正であった。松川事件に限らず現在の裁判がま
今後救援運動の目標 としてはあくまで ﹁不公正な裁判のやり直し ﹂ と ﹁真実にもとぞついた公正な裁判﹂の
要求である
すます不公正になってゆく傾向が強く、憲法が無視され、人権康問が平気で行なわれるようになっている
だから一一層 ﹁公正裁判﹂ を要求し ﹁人権を守る ﹂ 運動をつよめなければならない。それはあたかも、平和が
Q
おびやかされ、戦争の危険が迫っている時ほどますますつよく平和を叫び 、平和を守る運動をつよめなけれ
ばならないのと同じである
このために 、被告 ・家族の全国遊説活動をもっと計画的に行なうこと、弁護団を拡大すること、科学的-証
3
2
5
(
3
)
(
1
)
(
2
)
(
3
)
住)
拠の問題﹁パ!ル・スパナ﹂ ﹁身体障害﹂等の論争を学界に提出し、真に科学的な結論を出してもらうこと、
一二月二七日、
﹁アカハタ﹄に﹁怒りを総ての国民の怒りにするため、真実を一人一人に語れ﹂と主
幻灯、映画、 カベ新聞等を再検討、家庭の主婦や農民にもわかるようなものにすること、などが話し合われ
た
。
共産党は、
J
全員を無罪に,ノ
と訴えた
Q
その頃、佐
張をかかげ、不正義、暴力、占領裁判粉砕のため国民的抗議に立ち上がろう、工場で、町で、村で、集会を聞き、
即時、抗議の運動を起こそう、松川の無実の人たちの処刑をゆるすな,
﹁ちかごろの職場における職制の圧迫とか、労働組合にたいする干渉、た
藤代治被告は、全自動車労組本部をおとずれ、おりから開催されていた日産、トヨタ、いすず、 の三社共闘会議で
訴えたが、全自動車労組福田書記長は、
とえば秋の日産自動車の争議の場合などにもいえるのですが、日産の経営者の背後にある権力と、松川事件の裁判
長をあやつっている権力とは、当然おなじものだということは、わたしたちには、わかっているのですが、おおく
の職場にいる労働者はよく理解していない。そのつながりをムリにこじつけようとする宣伝のやり方は、かえって
労働者をわからなくしてしまう。あくまで事実を根気づよく、親切に全国民にしらせることが、松川事件の場合に
救援会で発行した﹁この人々を殺すな﹂ (パンフレット)をかき、
﹁真
も、やはり必要ではないでしょうか、まだまだ、松川の真相をよくしっている人は全体的にいえば少ないと思うの
Q
で、この点に努力されることをのぞみます。﹂と注意した。
二審判決は多くの知識人をおどろかした
Q
﹁火のないところに煙
実は壁を透して﹂の編集にもあたった、作家・徳永直は、公正判決要求運動の新しい段階について、こう語った
松川控訴審の判決について、私も意外な組の一人であった。私は刑をもっと甘くして、
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2
6
第四主主運動の国民化と上告審
はたたぬ﹂というほどの俗な常識のうちに国氏を迷いこませておこう
Q
四、五人つかまえておけば、真犯人追
求はおこらずにすまされる。有期刑ばかりなら疑問は消えなくとも国民の追求はやわらぐ、というところで判
決をだしてきゃしないか、というのが私の危倶だった。だから意外だといっても甘かったとばかり思わぬが、
本質的には第一審判決よりもっとストリップ的な判決にはやはりおどろいたのである Q::・::ファシズムの陣
列は統一されている。それにくらべると国民の側の統一はじっさい容易でない。松川に関する文書など読んで
﹁こりやどうもおかしい、無実らしいナ﹂とか﹁いやたしかに無実だ、真犯人は他にいる﹂と考えたり信じた
りしている人々は今日までの経過で、数万ではけっしてなく、少くとも数十万には達していると考えられるが、
Q
この距離
これを組織することが容易でない。総評も国鉄も日教組も、その他各団体が﹁公正判決要求﹂の決議をしただ
けでも数百万はいるわけだけれど、これが実力行動として打ちだされるまでには若干の距離がある
Q
ファシ
をどう克服すればいいのかここがむつかしい。モタモタしているうちに、新聞、ラジオの方が先手をうって、
ひっかきまわすのである。
ファシズムは力だけでくる。国民の側は理が通り、真実がたしかめられねば力となることが出来ない
ズムの側はわずかの数の支配者の打ちあわせがすめば、あとは権力と金力とでおしまくるから、 スピードで負
ける Q しかしスピードで負けても、国民の側では理を通し、真実をたしかめる行き方しかないのである Q:::
あるところで、ある人が﹁もはや第二審判決によって、国民はファッショ化した資本主義国家の裁判なるもの
Q
汽車を
がいかなるものかを知ったであろう。公正判決要求はもはやその段階でなく、階級裁判としてうったえるべき
だ﹂という意味の意見があったが、私はそうは思わない。松川事件の問題は、世界観の問題ではない
3
2
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ひつくりかえしたのが鈴木信以下の労働者たちであるが否かの問題なのである。それが彼らであるという国民
の大多数をなっとくさせる証拠が何物もないのに、それだけでなく、犯人ではなかったという証拠が沢山でて
きて、加えて赤間以下を脅迫、拷問して調書をつくったという事実がでてきた、それにもかかわらず、死刑無
期 な ど の 重 罪 を 科 し た の は ど う い う わ け か ? というところにある。そこに国民全体の、独立をうしなってい
Q
私は
ると自覚しつつある国民全体の不安と疑問がかかっているのである。世界観の相違をこえた国民共通の問題な
のである。ここから国民各自の世界観が発展変化するならそれはそれで自由であり、結構なことである
まだまだいやますます ﹁公正判決要求 ﹂ でなければならぬと思うが 、さて、何故それが公正でないかを説くこ
Q
国家機構の中枢で
とは難しくないが、どうすれば国民大衆のうちにもっともっと広く宣伝することが出来るかというのがむずか
しいと思う。松川公正判決要求の個人署名は、今日まだ五O万そこらであるのでもわかる
ある裁判所とか警察とかいうものに対してわが国民は世界無比の永い封建制に生きてきたせいか、本能的な怖
Q
Q
幸徳事件でさえこんなに国
つまり闘いは容易でないのであるが、しかし 一方からみれば、
れと無条件的屈伏(信頼とはいえない)性をもっていて 、私の経験では他の署名とくらべてひどくおっくうがる
平和署名などとちがった受取方をするのである
この種の問題でここまで国民の中に発展拡大した事件は前例がないのではないか
民大衆に拡がらなかったのではないか。その意味では今日までもっとも重大な音山義ある国民の前進となったと
独り合点を私はしているのであるが、もちろん問題はこれからである。
Q
超党派的な国民的な松川事件委員会をつくって、全国民に真実をうったえる仕
松川事件の公正判決要求、真犯人を出せ、という闘争は、日本国民の独立、国民統 一戦線のキイポイントの一
つとなる可能性をもっている
Q
328
Q
( 一 月 四 日 ) 八 早 稲 田 大 学 新 聞 ・ 一 月 六 日 号V
私 た ち は あ わ て ず に 、 根 気 よ く 宣 伝 す べ き で は な か ろ う か ? 真実は一度知ったら二度と忘れる
事を根気よくやることだと思う Qji---日本国民のこの事件に関心をもちはじめつつある速度はおどろくべき
ものがある
﹂との出来ないものだということに確信をもちたい。
判決をさかいに、獄中の被告は、鈴木、二宮、阿部、本田、赤問、高橋、杉浦、太田の八名となった。判決の夜、
被告たちは監一房の壁を叩きあいはげましの戸をかけあった。豪胆な鈴木信は、ちくしょ l、ちくしょ l、 とこの一
つの言葉が脳中をかけまわって、ひと晩中寝返りをうっていた。その怒りの声は監房の壁をったわって響きあった
Q
そ
悲憤、無念さはたとえようもなかった。二宮豊は、判決に裏切られ、帰った監房の暗さのなかに体中の力が畳にし
みこむように坐っていた。だが、どの被告も、判決に破れた悲しみを心の隅で味わう余裕など少しもなかった
れはにえくりかえる胸の中の憤りが、仕事、仕事とけしかけてもいるからだった。まず、判決を受けた翌々日の二
Q
四日から二七日までの四日間に、 つぎのような通信活動を行なった。公正裁判を決議してくれた団体へ一人三O カ
所、文化人へ一人で三O名、返信を一人四O ないし五O通、そのほか外国への通信もあった
そのころ、獄中に多くの激励電報や手紙が毎日のようにきたが、そのなかに次の一通があったQll前略、手紙
Q
心ある国民は火だるま雪だるまのようになって貴方がたをきっと守ります
Q
ほんとにが
をこれで二度も三度も書き直しましたが、何も書けませぬ。憤激と興奮のなかから、先ず自分たちに出来ることを
考えて金をつくりました
llと書かれ、六万 一五OO円の金が添 えであった。これは、横浜市の玉木清雄、植村収、植村
んばって下さい。
Q
鈴子、池上徹、栗原八重子、川口開子、川口ふくえら、が財布をはたいて送ったものだった。これは横浜市のネオ
γのきらめく一角に働く人たちだった
Q
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運動の国民化と上告審
第四主主
被告たちは、このような励ましに支えられながらも、時には夜中の一二時頃までいろいろと考えあぐねては、ぽ
Q
ただ一つ真実の光
その重さに悲しみをますだろう
僕らのスクラムを
友よl iたえてゆこ
平和の光で支えて
いらいらする気持もおさえかねて
レ
﹂ Iレ、
考え見つめ発見してゆ
。
最後の出発を開始し よう
生命あるうちに勝てるのかを
ただひとつたたかいを広汎にするためにしのんでゆこう。
五いたいこともののしりたいことも
ともすればよろめく
苦しみは日ましにつのり
つんと壁によりかかって半ば眠ったようになっていることもしばしばであった。阿部被告は当時、次のようにうた
っている
今日も明日もあさっても
汽JF
・
現実の重み時代のきしみに
ゆこう。
なにかにぶちあたりたい思いの中で
強いするどい言葉もでるだろうが
今日はただ悲しい現実に耐え。
身体にきをつけて
そしてどうすれば本当にこのたたかいを勝てるのかを
よノ
-r)
再びやりなおす以外にはないのだろうから
﹁云いたいことを云おう﹂
この阿部被告の一篇の詩が、東京・南部文化集団の丸山照雄におくられた。丸山は言っているQll
この詩を読み終えて、私は、 ともすれば﹁なにかにぶちあた﹂ ろうとし、
Q
私は第二審判決のあった日に、
﹁云いたいこと﹂でしかなかった
Q
﹁するど
被告阿部君の落ちついた、
一篇の詩を 書いたのであるが 、それはあきらかに﹁強い﹂
﹁ののしりたいこと﹂をののしろうとした、心の 激情を、逆に獄中の同志から、詩によってたしなめられたの
である
い﹂言葉をつらねただけの﹁ののしり﹂であり、
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第 四 幸 運 動 の 国 民 化 と 上告審
この勇気と理知、あたたかい人間の心こそ、文学者やその他の人々を動かさずにはおかなかった﹁すんだ瞳﹂
であり、真実を守り、真実を勝利に導こうとする戦士の、魂の豊さであると考え、私は、私の心のまずしさをは
﹁どうす れ ば 、 本 当 に こ の た た か い を 勝 て る の か ?﹂を﹁ 考え、見つめ、発見し﹂
じねばならなかった。:::・:今日から、私たちは、真実を殺し、真実を埋葬しようとする、人間の歴史にはむ
かう野獣らの群をけちらし、
Q
﹁命あるうちに﹂ ﹁命あるうちに﹂この一一一旦莱はいかほどの重みを持っているであろうか
てゆかねばならない。阿部被告は﹁どうすれば、本当にこのたたかいを勝てるのか﹂ ﹁生命あるうちに 勝てる
のか﹂といっている
われわれは、勝利を、太陽と花束とで迎えねばならないのである。
G
(五四・一・一五)
歴史は、真実は必ずや勝利することを約束している。だが、命記きあとに、何をもってこの勝利をかざる
﹂と、ができようか,ノ
この願いと祈りは、 ひとり丸山だけでなく、松川を思うすべての人びとの願いと祈りであった
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つ