仏像の髪形

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仏像の髪形
髻(もとどり)は時代によって流行がありました。
髪形
特徴
1.
螺髪(らほつ)
如来の髪形で、小さな右回りの渦巻きが巻貝のような形になって並んでいる形で、
並び方は幾通りかの並び方が有ります。
如来の中には螺髪になっていない像も多くあります。仏相に肉髻相(にっけいそ
う)というのがありますが、これは頭頂部の盛り上がりで、髪形ではなく、頭の
形と考えられます。
2.
宝髻(ほうけい)
髪を結ったもので、結い方の違いで多くの種類が有ります。主に菩薩の髪形です
が、大日如来や天や明王等にも見られます。髻(もとどり)、髷(まげ)の一種
と考えられますが、区別される場合もあります。結い方の違いで幾つかの種類が
有ります。宝髻は主に菩薩の髪形ですが、大日如来や天部像、明王や童子、等に
も見られます。
単髻
双髻
三山髻
1.
単髻(たんけい)
髪を頭頂部で一まとめにし、根元で紐で結んだ形
2.
双髻(そうけい)
左右2ケ所で結ったもので、髻が2つある形。左
右がくっついているものもあります。
3.
五髻(ごけい)
五ケ所を結って髻が五つある形、さらに六ケ所を
結った六髻、八ケ所を結った八髻があります。
4.
三山髻
(さんざんけい)
単髻を三条に分け、三つの山型に形づけたもの。
5.
五山髻
(ござんけい)
単髻を五条の山型に形づけたもの。さらに七条の
山型の七山髻があります。
6.
垂髻(すいけい)
髪を頭頂部で束ね、根元とそのいくらか上部の2
ケ所を紐で結い、さらにその上部を幾条かに分け
て下へ垂らしたもの。垂らした部分が一段、二段、
三段になったものがあり、分け方や垂らし方で何
種類かの形があります。
7.
高髻(こうけい )
高垂髻
(こうすいけい)
垂髻の上部の結び位置を高くとり、髻の高さを高
くした形。
8.
螺髻(らけい)
単髻または、垂髻の垂れた部分を渦巻き状に巻い
た形。(注:螺髪の事を螺髻と言う場合も多い)
9.
焔髻(えんけい)
焔髪の中で頭頂部で、根元で結った形のもの。
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髪形
特徴
3.
焔髪、炎髪(えんぱつ)
怒髪(どはつ)
明王像や神将像に見られる髪形で髪が逆立ち、炎のようになった形で忿怒
(ふんぬ)相を現わすのに用いられます。烏枢沙摩明王(うすさまみょう
おう)の例があげられます。
4.
剃髪(ていはつ)
髪を剃って坊主頭にしたものです。僧形像、や祖師像、羅漢(らかん)等
に見られる髪形です。
5.
総髪(そうはつ)
不動明王の)不動明王の髪型で全ての髪を左耳上に集める髪型のことでそ
の先を左胸上まで垂らすのを辮髪(べんぱつ)です。他に巻髪(けんぱ
つ)があります。頭上には開蓮か莎髻(しゃけい)が頂上にあります。ま
た、日蓮宗で特に祀られる鬼形の鬼子母神像は総髪です。
6.
垂髪(すいはつ)
髪を両側で束ねて肩に垂らしたもので、肩で幾条かに分れた形になります。
菩薩や大日如来等に見られます。
7.
弁髪、辮髪(べんぱつ)
索髪(そくぱつ、さくはつ)
不動明王の髪形。左側に髪を束ねて耳の前に垂らした形で、束ねて垂らし
た部分の事をいいます。編んだものや、何ケ所も結ったもの等、幾通りか
の形があります。
8.
開蓮(かいれん)
莎髻(しゃけい)
不動明王の中で、小さく髪を結った形のもので、結った部分の事を言いま
す。
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仏像のご利益
如来の部
薬師如来以外は、かなり高尚で庶民にはわかりずらい
釈迦如来(しゃかにょらい)
仏智悟入(ぶっちごにゅう)。悟りを開かせる。
薬師如来(やくししょらい)
病気平癒、とりわけ眼病。合わせて12の大願がある。
阿弥陀如来(あみだにょらい)
極楽への往生。敬愛。重病人の延命祈願。
毘盧舎那如来(びるしゃなにょらい)
全ての仏尊のご利益の本源。
大日如来(だいにちにょらい)
一切成仏。密教における最高仏であり、全ての仏尊のご利益の本源。
阿閃如来(あしゅくにょらい)
病気平癒。
菩薩の部
身近な願いを聞き入れてくれる
聖観音(しょうかんのん)
除災。また阿弥陀如来の脇侍(きょうじ)であることから、臨終には
極楽から 迎えにきてくれる。
十一面観音(じゅういちめんかんのん)
除災、除疫。あらゆる方向からの願いを聞き入れてくれる。
千手観音(せんじゅかんのん)
敬愛、除病、破地獄。(地獄からの救済)
不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん)
難事成就(難しいことでも叶えられる)、美容。
如意輪観音(にょいりんかんのん)
福徳、良縁、子授け、安産。
馬頭観音(ばとうかんのん)
畜類救済、息災、降伏。
准胝観音(じゅんていかんのん)
安産、延命、夫婦和合、聡明。
文殊菩薩(もんじゅかんのん)
知恵、学問。
普賢菩薩(ふげんぼさつ)
滅罪。
勢至菩薩(せいしぼさつ)
阿弥陀如来の脇侍(きょうじ)であることから、直接のご利益よりも、
如来の救済力を盛んにするとされている。家内安全、除災招福。
虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)
記憶力増強、福徳、知恵、学問。仏智悟入(ぶっちごにゅう)
地蔵菩薩(じぞうぼさつ)
無仏時代(現代)の守護。子授け、子育て、滅罪。夜明け直前に拝む
とご利益があるとされている。
弥勒菩薩(みろくぼさつ)
釈迦の後継者なので、未来を救済する。
日光月光菩薩
(にっこうがっこうぼさつ)
除病。日光菩薩は病根を焼き、月光菩薩は苦熱を除くとされている。
薬王薬上菩薩
(やくおうやくじょうぼさつ)
薬をもって病苦から救う。
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明王の部
如来の知恵を伝える
五大明王(ごだいみょうおう)
息災延命、調伏。
不動明王(ふどうみょうおう)
煩悩・悪行を滅する。
降三世明王(ごうざんぜみょうおう)
悪霊・怨敵(おんでき)を降伏させる。
軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)
除災。
大威徳明王(だいいどくみょうおう)
一切降伏。
金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)
悪を打ち砕き調伏する。
烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)
不浄を除く、病患、渇水。「トイレの仏様」。
愛染明王(あいぜんみょうおう)
敬愛(左手に意中の人の名を書いて持たせれば、恋
愛が成就する)、 息災、降伏。
太元帥明王(だいげんすいみょうおう)
護国、怨敵降伏。
孔雀明王(くじゃくみょうおう)
祈雨、天変地異、蛇除け、解毒
天の部
人間界のすぐ近くにあり、親しみやすいが、怒らせると怖い
梵天(ぼんてん)帝釈天(たいしゃくてん)
仏法守護、戦勝
四天王(してんのう)
仏法守護
吉祥天(きっしょうてん)
福徳、滅罪、天下泰平、五穀豊穣
歓喜天(かんぎてん)
夫婦相愛、子授け
摩利支天(まりしてん)
戦勝
荼吉尼天(だいきにてん)
福徳、敬愛
伎芸天(ぎげいてん)
芸能成就
毘沙門天(びしゃもんてん)多聞天(たもんてん)
福徳、戦勝
弁才天(べんざいてん)
学問、技芸、戦勝、福徳
鬼子母神(きしもじん)
子授け、安産、子育て、除病、除災、商売繁盛
大黒天(だいこくてん)
衣食守護、戦勝、除災
福禄寿(ふくろくじゅ)寿老人(じゅろうじん)
長寿
布袋(ほてい)
寛容な精神
恵比寿(えびす)
商売繁盛
金剛力士(こんごうりきし)
執金剛神(しゅこんごうしん)
仏法守護
その他の部
八部衆(はちぶしゅう)
仏法守護
薬師十二神将(やくしじゅうにしんしょう)
薬師如来の大願成就
二十八部衆(にじゅうはちぶしゅう)
千手観音の本誓守護
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仏像の変遷
時代
飛鳥
奈良
(白鳳)
特徴
鎌倉
時代背景
・止利様式(とりようしき)が主流
(抽象的・神秘的)
・ほとんどが銅と木で造られる
・宝珠形光背(宇宙や自然を象徴)
が流行
・元興寺釈迦如来坐像
(飛鳥大仏)
・法隆寺金堂釈迦三尊像、
四天王像、百済観音像
・中宮寺如意輪観音像
・広隆寺如意輪観音像
・仏教伝来(538)
・蘇我、物部両氏の対立も
崇仏派の蘇我氏が勝利
・聖徳太子が仏教の浸透、
定着をすすめる
・人間的な生命感を持った表現
・金銅仏が中心、塑像もあり
・東京深大寺釈迦如来倚像
・当麻寺弥勒仏坐像
・法隆寺阿弥陀三尊像、
夢違観音像
・国が仏教保護、奨励
国家・貴族中心
・写実主義
・金銅、乾漆、塑像と様々
(乾漆像は最盛期)
・法隆寺五重塔維摩居士像、
文殊菩薩像、涅槃像
・東大寺毘盧舎那仏坐像
(奈良大仏)、法華堂不空羂
索観音像、梵天像、帝釈天像、
四天王像
・薬師寺金堂薬師三尊像
・興福寺阿修羅像、十大弟子像
・唐招提寺鑑真和上像
・中国唐の影響
(遣唐使の再開)
≪前期≫
・密教の浸透により明王像が多く造
られる
・木彫(一木造り)が中心
・迫力ある肉体表現
・全国各地で仏像が造られる
・東寺五大明王像
・大阪観心寺如意観音坐像
・福島勝常寺薬師三尊像
・神護寺五大虚空蔵菩薩像
・室生寺釈迦如来像、
文殊菩薩像
・新薬師寺薬師如来像
・最澄、空海の出現
(密教が宮廷を中心に急速
に浸透)
≪後期≫
・浄土信仰に伴い阿弥陀如来像を
中心とした造仏
・優美で柔和な表現
(和様彫刻の完成「定朝様」)
・寄木造りが主流となる
・法華経信仰に伴い普賢菩薩像が多
く作られる
・平等院鳳凰堂阿弥陀如来像
・浄瑠璃寺九体阿弥陀如来像
・三千院阿弥陀三尊像
・大覚寺五大明王像
・醍醐寺薬師三尊像
・藤原氏王朝文化築く
貴族中心の国風文化
・浄土信仰広まる
・法華経信仰広まる。
女人往生を説く
・末法思想が広まる
鎌倉新仏教台頭の要因
・リアルな表現手法
・写実的かつ高品格を備えたデリ
ケートな作風(運慶)
・優美で理性的な写実(快慶)
・玉眼(水晶)が流行
・東大寺南大門金剛力士像、
地蔵菩薩像、僧形八幡神像
・高徳院阿弥陀如来坐像
(鎌倉大仏)
・六波羅密寺空也上人像
・興福寺天燈鬼、竜燈鬼
・鎌倉幕府成立により関東
地方の造仏が盛んになる
・庶民的仏教が中心
・東大寺、興福寺焼失によ
る復興事業が活発化
・運慶、快慶の出現
・中国宋の影響
奈良
(天平)
平安
主な仏像作例
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・鎌倉時代の様式を形式化し、
技巧的にした作風
・長谷寺十一面観音立像
・新潟宝生寺如意輪観音像
・北山、東山文化の開花
・禅宗の台頭
・浄土系、禅系など必ずし
も仏像を必要としない新
興宗教が広まり大規模な
造仏が激減
・般若寺文殊菩薩像
・比叡山焼打ち、
高野山攻略(信長)
・本願寺分割(家康)
・仏教が為政者の権力に屈
服し、その保護のもとに
存続
・宝山寺五大明王像
・檀家制度、寺社奉行の設
置などにより仏教の形骸
化すすむ
室町
安土桃山
江戸
・決まりや伝統にとらわれない自由
な作風(円空・木喰)
・廃仏毀釈運動により貴重
な仏像、寺院を消失
明治
仏像の制作技法
制作技法
特徴など
金銅仏
(こんどうぶつ)
溶かした青銅を型に流し込んで造る鋳造像で、表面には、鍍金(ときん=金メッ
キ)を施します。型には、ろう・土・木などがあり、金銅仏が最も流行した飛鳥
~天平時代はろうが主流でした。土で原型を作り、その上にろうをかけ、彫刻を
施します。このろう型を土で覆って焼くと、ろうだけが溶けて、空洞ができ、そ
こに溶かした銅を流し込みます。冷却後に外側を壊すと彫刻が現れるというもの
です。青銅以外の、金・銀・鉄仏も同様の方法で造られます。
金や銅が高価なため費用や歳月、高度な技術が必要で、奈良時代末期以降はあま
り作られなくなりましたが、鎌倉時代に入り多く作られるようになりました。
乾漆像(かんしつぞう)
漆を厚く塗り固めて造ります。2種類あります。
日本の乾漆像の大半は7~9世紀に集中し、その他の時代にはほとんど制作されて
いません。漆が高価で制作に手間がかかることが、作例の少ない理由とされてい
ます。写実的で質感表現に富むのが最大の特徴です。
●脱活乾漆
(だつかつかんしつ)
脱乾漆ともいう
粘土の型の上に麻布を漆で十数回塗り固めて、造形します。乾燥後に像を割り、
なかの土を取り除いて新たに木芯を入れてふさぎます。空洞部分が多いので、軽
量なのが特徴です。
●木心乾漆
(もくしんかんしつ)
木で原型を造った上に麻布を漆で張り固めたものです。重くてがっしりしており、
作業工程も少なくて済み、また高価な漆も少なくて済むという利点があります。
塑像(そぞう)
粘土で造るものです。盛り上げて造形する技法の代表で、白鳳~天平時代に流行、
鎌倉時代に入って再び作られるようになりました。木を組んで心木を作り、縄を
巻いてから土を2~3層に分けて盛り、造形します。最後に彩色して仕上げます。
写実的表現に優れ、制作費が安いのが利点ですが、壊れやすいのが最大の欠点で
す。
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制作技法
特徴など
木彫像(もくちょうぞう)
一本の木材から造る一木造と、干割れを克服した割矧造、数本の木材をを組み合
わせて造る寄木造に大別されます。日本の仏像の大半は木彫像です。
●一木造(いちぼくづくり)
奈良末期から平安前期に多く作られ、文字通り一本の木材のみで完成させる方法
です。充分に乾かさないと、乾燥による収縮差から表面に干割れが出るのが最大
の欠点です。この欠点を克服するために、内刳り(うちぐり)といって、仏像の
内部を空洞化しましたが、完全に刳り抜くことは不可能で、干割れの問題は残り
ました。
●割矧造(わりはぎづくり)
一木によりほとんど完成された像を楔(くさび)で頭上から足底までを縦に前後
の二つに割り、割った断面から内刳りすることで、均一な内刳りができます。そ
の後に木目に合わせて再度接合します。こうすると、表面の干割れを完全に止め
ることが可能になりました。しかし、この行為は大胆で畏れ多い手法ということ
もあり、次第に敬遠されてきます。
●寄木造(よせぎづくり)
いくつかの木を組み合わせて完成させる方法で、干割れを完全に克服できます。
合理的に巨大な像を短期間に完成させることが可能となりました。宇治平等院鳳
凰堂の阿弥陀如来は定朝がこの手法を完成させた代表的な例として、あまりにも
有名です。寄木造りは日本彫刻史に残る画期的なものとして評価されています。
石仏(せきぶつ)
石で造った仏像で、その場所にある岩や石に直接彫刻する場合と、切り出してき
た石を彫刻する場合の2通りあります。
時代別の制作技法・材質の使われ方
●:主に作られたもの ○:作られたもの
乾漆像
技法・材質
金銅仏
飛鳥時代
●
奈良(白鳳時代)
●
奈良(天平時代)
●
平安時代前期
○
平安時代後期
○
鎌倉時代
○
室町時代
○
安土桃山時代
江戸時代
○
脱活乾漆
木心乾漆
塑像
木彫
(主な木材)
石仏
●楠
●
●
○
○
○
●
○
○
●萱、栴檀
○
●檜、萱、楠、桂、栴檀、桜
●
○
●檜
○
○
●檜
○
●檜
○
●檜
●
○
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主な仏師
鞍作止利
(鞍作鳥、くらつくりのとり)
飛鳥時代
山口大口費
(やまぐちおおくちのあたい)
飛鳥時代末期~白鳳時代初期
日本最初の本格的仏師。中国北魏様式に新様を加
えた神秘性の高い様式を確立して、7世紀前期の造
仏に影響を与え、いわゆる「止利様式」の基礎を
作りました。代表作に飛鳥寺如来像、法隆寺金堂
釈迦三尊像など。
勅命で千仏像を刻んだといわれ、特異な形式を持つ飛鳥仏、
法隆寺金堂広目天像を造りました。
国中連公麻呂
(くになかのむらじきみまろ)
?~774年
康尚
(こうしょう)
平安中期
奈良時代を代表する仏師。東大寺大仏の鋳造を指
揮。また東大寺法華堂の諸像など多くの造仏に関
与しました。
藤原道長らに重用され、同聚院不動明王坐像など、均整の
とれた優美な和洋彫刻の完成に尽力しました。
定朝
(じょうちょう)
?~1057年
康慶
(こうけい)
平安後期~鎌倉前期
寄木造りを完成させ、巨像制作を容易にしました。
平等院鳳凰堂阿弥陀如来坐像などに代表される優
美な様式は、日本各地の造仏の規範となり、いわ
ゆる「定朝様」の基礎を作りました。
また、定朝の孫院助(いんじょ)にはじまる院派、
定朝の弟子長勢(ちょうせい)の系譜を継ぐ円派
の仏師が派生していきました。
運慶の父で、慶派の祖。興福寺南円堂不空羂索観音坐像な
どを造りました。
運慶
(うんけい)
?~1223年
湛慶
(たんけい)
1173年~1256年
鎌倉前期の慶派仏師。奈良の諸大寺や東国の造仏
など精力的に携わりました。たくましい生命感の
表現、迫真的な写実を目指し、力強い鎌倉新様式
を確立した、日本仏師を代表する一人です。
運慶の長男。慶派を引き継ぎ、運慶様式に宋朝様式を加え、
洗練された作風を展開しました。蓮華王院(三十三間堂)
千手観音坐像が代表作。
快慶
(かいけい)
鎌倉前期
円空
(えんくう)
1632年~1695年
康慶の弟子で、東大寺復興などで活躍しました。
写実を基礎に、藤原様式や宋朝様式を織り交ぜ、
「安阿弥様(あんなみよう)」と呼ばれる整った
装飾性の高い新様式を創出し、後世の造仏に大き
な影響を及ぼしました。
全国を行脚し、諸国に木彫像を遺した天台宗の僧。荒々し
いのみあとを残す大胆な彫法と、素材を活かした素朴な作
風で、江戸時代に特徴的な仏像を遺しました。
木喰
(もくじき)
1718年~1810年
その他
江戸後期の遊行僧で、北海道から九州までを転々
とし、全国各地に自由奔放な木彫仏を遺しました。
椿井(つばい)仏所
鎌倉後期~室町初期
宿院仏師
室町後期
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日常の仏教語
言葉
意味
阿吽(あうん)
阿吽は仏教の真言の1つです。インドの梵字に於いて、阿(あ)は口を開いて最初
に出す音、吽(うん)は口を閉じて出す最後の音であり、そこから、それぞれを
宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされました。お寺の狛犬や仁王、沖縄のシー
サーなど、一対で存在する宗教的な像のモチーフとされ、口が開いている方を阿
形、閉じている方を吽形と言います。
転じて、2人の人物が呼吸まで合わせるように共に行動しているさまを「阿吽の呼
吸」「阿吽の仲」などと呼びます。
阿修羅(あしゅら)
梵語の「asura(アスラ)」の音訳語です。修羅ともいいます。インド神話では悪
神とされ、インドラ神と争う悪魔・鬼神とされました。仏教では、仏法を守護す
る天竜八部衆の一つで、帝釈天と戦争をしてはいつも負けていました。
日本語では、争いの耐えない状況を修羅道に例えて修羅場(しゅらば)と呼ぶ場
合もあります。激しい闘争の行われている場所、あるいはそのような場所を連想
させる状況を指します。
阿弥陀(あみだ)くじ
「あみだくじ」の「あみだ」は、阿弥陀如来(あみだにょらい)に由来します。
あみだくじは、室町時代から行われていましたが、現在のあみだくじと違い、真
ん中から外に向かって放射線状に人数分の線を書き、それを引いたものでありま
した。これが阿弥陀仏の後光に似ていたことから、この名がつきました。今日の
あみだくじとは違ってますが、名は今でも継承されています。
因縁(いんねん)
仏典翻訳語としてさまざまに用いられましたが、大別すれば、1)因(原因)、2)
因と縁(直接的・間接的な原因)、3)縁(条件・理由・由来)の意味で使われま
した。日本では昔から3)の意味で使われ、因縁話とは前世に由来する現世の話、
因縁をつけるとは無理やりつけた理由の意味です。
縁起(えんぎ)
縁起は全ての物事が原因であり結果であり互いに作用しあう関係の中にあるとい
う仏教独特のものの見方で、中国語に対応する言葉がない為「縁(よ)」って(プ
ラティートゥーヤ)「起」こる(サムトゥパーダ)と造語されました。縁起の語
は「因縁生起」(いんねんしょうき)の略で、「因」は原因、「縁」は条件のこ
とです。
しかし徐々に原因に重点が移り、転じて前兆の意味になりました。
往生(おうじょう)
もとは輪廻転生すること、生まれ変わることの意味でした。やがて浄土に生まれ
ること、とくに阿弥陀仏の西方極楽浄土に生まれることをいうようになりました。
日本では江戸時代に一般語に転じて単に死ぬこと、諦めること、閉口することの
意味になりました。
愚痴(ぐち)
愚痴とは佛教用語では本来は「目の前にある現象をとらわれ惑わされて、正しく
理解できず、ものごとの真実をわきまえられない、或いは、わきまえようとしな
い頑迷な状態」をいいます。
愚痴の語源は梵語の「moha(モーハ)」であると言われており、このモーハの語
音を「莫訶」と漢字に写し、あるいは「馬鹿」という漢字に訳されたといわれて
います。
後生(ごしょう)
本来の中国語の意味は後輩で、後から生まれた者ということです。仏典翻訳に当
たり後の世で生まれ変わることの意味にあて、「こうせい」ではなく「ごしょ
う」と呉音読みするときは仏教用語です。現在ではかなり意味が多様化して使わ
れています。現世で死んだあと、生まれ変わった時の一生を言います。来世、も
しくは来世の幸福。
三昧(ざんまい)
もともとは瞑想して雑念を離れ、心が澄んでいることですが、日本では一点集中
の喩えに使われ、念仏三昧、読書三昧、ゴルフ三昧などと使います。また、三昧
=入定=死の連想で、火葬場や墓場を三昧(場)と呼ぶようになりました。三昧
聖とは瞑想中の聖者のことではなくて墓守の下級僧のことでした。
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言葉
意味
四苦八苦(しくはっく)
四苦とは、生・老・病・死の苦しみ。八苦はこれに、愛別離苦(あいべつりく)
「愛しい人と別れる」、怨憎会苦(おんぞうえく)「憎い人に会う」、求不得苦
(ぐふとくく)「欲しいものが得られない」、五陰盛苦(ごおんじょうく)「人
間存在そのものが苦しみ」の四苦を合わせたものです。四×九=三十六と八×九
=七十二を足した百八つが煩悩の数といわれます。
殺生(せっしょう)
本来は殺すことと生かすことですが、仏教語殺生は生き物を殺すという意味です。
「殺生禁断」は鳥獣魚類捕獲禁止の慈悲行で、江戸時代にはこの立て札がお寺の
池などに立っていました。転じて酷いことを殺生だというようになったようです。
奈落(ならく)
梵語でナラカの音写語が奈落、地獄の総称です。インド人の宇宙観、文学的構想
力はスケールが大きく、地獄の数は100を超えます。その後は転じてどん底や底知
れぬ深い場所という意味で使われるようになりました。また、劇場の舞台や花道
の床下のことも奈落といいますが、これは回り舞台やせりなどの仕掛けが置かれ
た場所が真っ暗なために奈落の底に喩えられ使われるようになりました。
涅槃(ねはん)
梵語ニルバーナ、俗語ニバンの音写語です。元の意味は「火を吹き消した状態」
ということです。煩悩の炎を消し去って永遠のやすらぎが示されたことを意味し
ます。つまり、涅槃をわかりやすくいうならば、むさぼり・いかり・おろかさなど、
すべての迷いの心、煩悩が消滅した理想の境地のことなのです。