環境を考える経済人の会 21 2003 年度第7回千葉商科大学寄付講座 地球環境時代の企業 ・人・政府 馬塚丈司氏 宮崎緑 2003.11.12 本日の講師である馬塚先生は、静岡県浜松市のご出身で、NPO の理事長、ボ ランティア団体の代表として自然保護を中心にさまざまなご活躍をされて、中日文化 賞、朝日森林文化賞等々を受賞されています。お子様の頃の思い出 が活動のきっかけ になったというお話も聞いております。今日は馬塚先生にウミガメについてのたいへ ん興味深いお話を伺えると思います。最後に質疑応答の時間がありますので、議論を 展開していただければと思います。それでは馬塚先生よろしくお願い 致します。 馬塚丈司 みなさん、こんにちは。ご紹介いただきありがとうござい ます。静岡県浜 松市から来ました。皆さんは浜松市というと何を思い浮かべられるで しょうか。例え ば、5月の連休に行われている浜松祭りでは、非常に大きな凧を揚げてお祭りをしま す。それも有名ですが、企業で言えばヤマハ発動機や日本楽器、スズキ自動車、本田 技研などがあります。最近特に有名になったのが、ノーベル賞を受賞 した方の後押し をしたとい うことで浜松ホトニクスという企業があります。ですから、そのような意 味では有名なところもあります。また、テレビでは高柳健次郎さんという方がテレビ の発祥の地ということで、1926(大正 15)年 12 月 25 日に「イ」の字 をブラウン管に 映し出しています。私が勤めている静岡大学工学部は、高柳先生がいた大学の同じキ ャンパスの中に研究所があり、私たちの正門のところには高柳健次郎 先生の銅像が建 っています。 「添加物を入れたものは食べ物ではない」という父親の一言が人生を変えた 私は静岡大学の工学部に勤めている国家公務員です。来年春からは独立行政法人に なるために法人の職員ということになりますが、今は国家公務員として 働いています。 私は環境保護をしているので、その話をしていくわけですが、なぜそ のようなことを しだしたのか、今どのような状況なのか、これから何を目指している のかというよう なことを皆さんにお話できればと思います。ただ、今日の講師の紹介の写真では、私 の髪の毛は真っ黒ですが、今は真っ白になっていて詐欺だと思われるかもしれません が、当時写真を撮ったときには確かに黒かったということです。ウミガメの保護活動 を始めたお陰で頭が白くなっていくのです。決して玉手箱を開けたわけではありませ んが、今は白くなり顔がやわらかくなったのではいかと思います。若い頃には非常に 厳しくて行政の人も怖がっていたのですが、黒い髪よりも白い髪のほうがソフトに映 るので、活動家としてはこの方がいいのではないかと自分では思っています。子供も 黒い髪の私の写真を見ると、「お父さんかつらをかぶっているの?」と言うのですが、 © B-LIFE21 1 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 今はこれが自然のかたちですので「写真に偽りあり」ということで弁解 しておきます。 さて、今からお話することは今まで見聞きしたことのないお話だと 思います。そし て、 「そのような生物がいたのか」という話になるのではないかと思いま す。また、な ぜそのようなことをそんなに力を入れてやるのだということをお話したいと思います。 先ほどご紹介していただいた時に出ていましたが、私は小さい頃勉強が 大嫌いでした。 今でもそんなに好きなほうではないので大きなことは言えませんが、 自分では高校に 進学するつもりもありませんでしたし、大学に行くつも りもありませんでしたし、そ して町工場で生活できる程度に働いていればいいと思っていました。ところが、今思 えば自分の人生を変えたのは父親の一言だと思います。 小さい頃から我が家は父親が製麺業としてうどんをつくっていまし た。当時冷蔵庫、 テレビが出始めて、合成洗剤ができ始めて、スーパーマーケットが営業 を始めました。 我が家もスーパーマーケットにたくさんの麺を卸すことができ、経済 的にもゆとりが 出てきました。ところが、我が家でつくった麺はカビが出てしまうの です。添加物が 入っていないので1日で腐ってしまうのです。スーパーマーケットでうちのうどんを 買った人が、その日に食べればいいのですが、次の日に食べようとす ると腐っている ので、たくさんの苦情がスーパーマーケットにいきました。その時に 親父が言った言 葉は、 「添加物を入れたものは食べ物ではない」というものでした。そ の一言で私たち はどうなったか。親父の女房も苦労しましたし、その子供も苦労しましたし、そして ついには廃業に追いやられました。そういう時代でした。もし、30 年前が今だったな らば、きっとグルメの人は遠くても我が家にそのうどんを買いに来た のではないかと 思います。時代が少し早かった。私たち はそのような親父と生活していたので、 「嫌な ことは嫌と言おう。何があっても嫌なことはやらない」と育ちました。そして、子供 や女房を困らせても意地を張り通す親父は、一体 どんな親父なんだ。甲斐性もなく本 当に悪い親父だと家族みんなで罵っていました。今思うと、申し訳ないと思います。 お墓参りをするときには、 「悪かったな、親父。見直しているんだよ、今は」と言うの ですが、子供の頃はそのような思いをしました。 「水俣病問題を解決したい」という思いで続けた勉強 当時、私が中学生になって社会に非常に関心を持った頃、テレビがどこの家庭にも あり水俣病という現実を見ました。その凄まじさ。なぜこのようなこ とが世の中で起 きているのだろうかと思った時に、親父の防腐剤を入れないうどんを つくりたいとい う気持ちが重なり、自分の中でも、企業という社会的責任がありなが らそれを全うし ない企業がある。それをきちんと表明して解決の方向に向かわない政府がある。それ に対して日本国民があまり立ち上がらないという事実があることが、非常に腹立たし く思いました。しかし、私は勉強が嫌いでした。親父がそのような調子ですので、ど うせ高校にも行かせてくれないと思っていました。ですから、中学を卒業して働きに 出ようと決心していましたので、高校受験の願書も出していませんでした。兄貴は高 校に行っていましたが、兄貴は私と違って勉強をしっかりやる。予習、復習して人の いうことをよく聞き、学校の先生の言うことをよく聞くという良い子でした。私は親 の言うことも、先生の言うことも聞かないし、人に言われたことは絶対にしない。自 © B-LIFE21 2 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 分でやりたいことをするという人間だったので、せめて高校ぐらいは 兄と同じように 行きなさいとおふくろが泣いて言いましたが、間にあわなかったので 夜学に通いまし た。地元にある浜松工業高校という高校に通いながら、昼間は会社に勤め ていました。 朝8時から夕方5時まで働いて、それから 30 分で作業着を着替えてから学校に行って、 5時半から9時まで授業を受けてというように4年間そうして通いま した。 なぜ高校に行ったのかというと、水俣病を解決したいためだったの です。自分とし ては勉強するつもりは全くなく、ただ水俣病問題でこんなに理不尽な ことが通るのは よくないと思い、これは私が解決してあげようと勝手に自分で思い込んでいました。 そして、高校に行ったのですが、高校の勉強だけでは何もできませんでした。そして、 大学に行けば何かわかるかもしれないと思いました。当時夜学ですので 19 歳になって いて、国家公務員の試験が受けられたので、私は国家公務員の試験を 受けて公務員に なり大学に勤めました。そして、その大学の夜学に通いながら勉強を しました。そし て、化学を選び、就職先も化学物質を 分析できる研究室に就職できるようにお願いし て、そこに入れてもら う ことができました。昼間は公害分析をしたり、水銀の分析装 置を開発したりしながら、夜はそこで学生をして化学を学びました。 そして、職場で 一生懸命水銀の分析装置をつくっていました。 すると化学だけではだめなのではないかという気がしました。一番 嫌いな電気を勉 強しようと電気科にも入り、27 歳まで勉強嫌いの私が学生をしていました。化学のほ うでは水銀の分析装置を作り、水俣の人が来てそれを実際に使って、髪の毛から水銀 を分析することが可能になりました。いわゆる民間でつくるすばらしい 機械ではなく、 私たちが部品を集めてきてつくるような品物ですが、正確に測ること ができて、それ が水俣の人たちに使われたという事実があります。そこで私は思いま した。自分が思 えば、そのことを一生懸命やれば必ず通じることがある。少なくとも何か結果が出る はずだと思いました。14 歳のときに思い描いた夢が 25∼26 歳で解決するわけです。 それは私の青春にとってはすごいことでした。やはり「『思う』という ことはすごいこ とだ」、そして実行するということ。まずそれは思わなければ何事も始 まりません。で すから、いかに自分がそのようなものに出会うかということが大事だ と思います。皆 さんもこれから自分の人生を決めていくと思いますが、私は学生に授業で言います。 「君たちの人生を変えるのは絶対に企業に就職したときでも、結婚したときでもない。 結婚が上手くいかないと旦那のせいにしたり、女房のせいにする。仕 事が上手くいか ないと企業のせいにする。ところが、自分の中に選択肢があるのです 。そして、誰と 出会ったか、どんな本を読んだか。何をしたか、何を食べたか、どん なテレビを見た かでも、自分の人生は変わっていくのだ。君たちがこれから結婚しようと思うと、ど んな人を選ぶかというのは自分の毎日の食生活や、何が好きか、どんな色が好きかと いう毎日の積み重ねが自分の人間形成になっていくので、プロポーズをするときには その女性を好んだということは、自分の日々の生活をずっと足したものの結果が出て きたわけです。しかし、それは時として失敗するかもしれませんが、失敗したらもう 一度やり直せばいいのです。いいですか、誰かと結婚して、それを結婚相手のせいに してはいけませんし、企業の責任にしてもいけません。自分の選択肢があるというこ とです。」 © B-LIFE21 3 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 馬込川の埋め立てに反対して「5分間ください」運動 私はその後何をしたかというと、水俣の問題もそうですが、地域に は必ず自分たち で抱えている問題があるということに気づき、自分も地域の自然に目をやりました。 当時はまだ公害が盛んな頃でした。ですから、企業の垂れ流しなどが 非常にあり、い ろいろなところの川、海、湖に水や大気を取りに行って分析もしてい ました。ところ が、 「あそこの川の水がこのように汚れている」、 「あそこの田んぼには これだけのカド ミウムが出て汚染米に近い」と言っても、あまり見向きをする人がいないのです。残 念ながら自分の専門で話をしても聞いてくれる人もいないし、それに関心を持ってく れる人もいません。ところが、川や湖に行ってみると野鳥がいます。 そして、そこに はいろいろな植物も昆虫もいます。そこの自然の大切さを今までは PPM で言っていま した。「重金属がどのくらいあるから」、「リンがどうだ」、「COD がどう だ」というか たちで水質の分野から言っていたのですが、そのときには何の反 応もしなかった市民 に、「野鳥の観察をします」と言ったら大勢詰めかけて来るのです。私はそのときに、 いやなことをいっぱい言っても人は耳を傾けない。しかし、 「きれい、美しい 、珍しい」 などという言葉を発した時に、人々は興味を持つということがわかり ました。 やがて、私は浜松の中田島砂丘のすぐそばの馬込川の河口の自然保 護をすることに なりました。昭和 54 年にそこを静岡県と浜 松市がコン クリートで護岸をして、空いた 土地を遊園地にしよう、野球場やサッカー場などの運動公園にしようということを計 画していることを知りました。そこにはたくさんの野鳥がいるのだか ら、そんなこと をするのではなく、ここを守れば将来非常にすばらしいところになる から是非守って ほしいという提案を始めました。しかし、昭和 54 年、55 年の頃はま だ環境保護など ということは誰も口に出して言わなかった頃です。ですから、それをやり始めた私の ことを「圧力団体の長だ、非常に危険分子だ」という扱いでみんなが見るようになり まし た。非常に残念なのは、自分の友達、同僚、地域の人たちが白い目で見るように なったことです。去っていくのがわかりました。私と話すと病気が移 るかのようにみ んなが散っていきました。それは非常に寂しかったです。しかし、私 の中には水俣病 の教訓もありましたし、是非これは言わなければいけない。誰かが言わなければいけ ない。そして、気付いてくれた人と一緒になってやりたいと思っていました。ですか ら、一方的にいつも情報を出して、なおかつ観察会等をやって皆さん に伝えていきま した。 その努力の仕方を紹介したいのですが、今の私にはおそらくできま せん。しかし、 その当時はブルドーザーが走り回って、いろいろな測量が始まって、埋め立てが始ま ってしまった。そこを守ろうと思っている時には自分の中にたいへんな危機感があり ましたので、私はこのようにして市民に「市民活動だ」と始めました。地域に行くと 公民館や市民会館などがありますが、そういうところに行くとボードにその会館の予 定が書いてあります。 「今日は6時から婦人会の○○がある」、 「7時からは企業の○○ がある」。そこに行って「すみません、今日の担当の方はどなたですか」と聞いて担当 者のところに行き「すみません、5分だけ下さい。5分でこのような話をしたいので す」と言ってパンフレットを持っていき、馬込川というのはこのような川で、県と市 © B-LIFE21 4 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 がこのようなことをしようと思っているけれども、市民ももちろん議 員も誰も見たこ ともない。そこを開発されてしまうのだという話をしました。議員が そこにいったこ とがあって、そこを開発したほうがいいと思うのならばともかく、県 会議員も市会議 員も誰も行ったことがないところを、議会だけで決めてしまうのはおかしい。是非皆 さん見てほしい。見た上で決定したことならばその時代に生きている 人がしたことで すので仕方がありません。しかし、知らないうちに決められてしまっ たということで は、市民は「俺たちは知らなかった。あれは県や市が悪い」では通り ません。ですか ら、私は皆さんに伝えたいということで「5分下さい」という運動をしました。仕事 が終わると公民館などへ行き、案内板を見て時間のありそうなところ、こちらに5分、 あち らに5分、こちらに5分というように浜松市内を駆け回りました。そうしてみん なの中に運動を知ってもらうという展開をしました。今ではとても恥ずかしくてでき ません。しかし、その時には自分の中に危機感が ありましたのでそうして走り回りま した。 ボランティアが毎朝午前3時半から 70 キロの海岸調査 やがて、市民活動がだんだん活発になってくると、みんなのほうか らそういう会に 入れてくれないかという話が出てきましたが、会員組織ではなかった ので入れること ができませんでした。そこで、いろいろ考えて皆さんと一緒に活動したほうがいいの ではないかということで「浜松サンクチュアリ協会」という、浜松にサンクチュアリ (野生生物が安心して住める場所)をつくろうという会をつくりまし た。しばらく運 動していた成果があり、発足した当時、350 人程度の会員が一気にで きました。まだ 浜松には市民活動をするグループが一つもなかった頃です。ですから 、1年でつぶれ るだろうと言われていました。それがいいのです。1年でつぶれるだろうと言われる と、「つぶさないぞ」と思うのです。 話が戻りますが、私が夜学に行った時に、同級生は「お前が夜学になんて行っても、 働きながら勉強なんかできるわけないじゃないか。今まで勉強もしな かったやつがど うしてできるんだ」と言い、先生方は「あんな根気のないやつに何が できるか」と言 いました。私はそれを聞いたときに燃えました。 「絶対に4年間休まずに行くぞ」と思 いました。私は交通事故で松葉杖をついていてもタクシーに乗って学校には行きまし た。それで、ついに4年間無遅刻、無欠席、無早退をやり遂げ、自分 に「見ろ、俺だ ってやればできるじゃないか」と言ったものでした。 そのような性格の私ですので、その会が1年でつぶれると言われる と逆に発憤する のです。このような運動や、何かをやり遂げようという時には、壁がなければ人間と いうのはだめです。例えば、私が市役所にいって「実はこれはこうなのですが、どう でしょう」と言うと「そうですね、わかりました。そのようにします」とうことはあ りえません。壁があるから乗り越えようと思うのです。話を聞いてもらえないから、 聞いてもらえるようにするのです。どのような話をすれば聞いてくれるのか。何をす ればみんなが来てくれるのかということを常に考えます。ですから、自分の中でいろ いろなアイデアを考えて、それを社会にぶつけていくわけです。そのようなことで、 企画の段階でもおもしろいことを考えながらやっていかなければ続きません。 © B-LIFE21 5 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 そして、1985 年につくった会が 2003 年で全国組織になり、今は約 1,640 人の会員 がいます。皆さんの中で「サンクチュアリ・ジャパン」を知っている 方はいるでしょ うか。ここには残念ながらいないようです。私はよく中学校、高校、 大学にも講演に 行きますが、せめて1人くらい会員になってから講義を聞いてくれればもっと話がわ かるのではないかと思うのです。これを機会にこれから入会する人が たくさんいると 思うのでご連絡を待っていますが、会員が多くなってくるとたいへん なことが起きま した。会員が増えて組織がどんどん大きくなってくると、運営がたいへ んになります。 私は自分で作った「サンクチュアリ・ジャパン」の代表をしています。今は大きくな りましたが、いつまでも代表をしているのは、私の会の規約の中に代表を変更する規 約がないからです。そんなことでいいのかとも思うのですが、皆さん には会則として 渡した上で会員になってくれているので、会員は認めているというこ とになります。 それはなぜかというと、私は多数決の原理が大嫌いだからです。10 人が集まってア イデアを出して多数決をすると、少数の意見でどんなにいい思いがあ っても、多数決 で否決されるとだめになってしまうのです。ですから、私は多数決で物事を決めたく ないのです。そして、私は自分の初心を貫くために会をつくったのだか ら、 「もし違う 思いのある人は自分で会をつくってやりなさい」ということなのです 。これは私の初 心をもとにつくられた会なので、この初心を貫くために会があるのだ から、これを全 うするためには続けますということです。また、他の人がやりたがらないという理由 もあります。朝は毎朝3時半や4時に起きる。毎日、海岸の調査があるので、まずそ の時間に起きられるかどうか。毎日それを続けられるかどうか。意志と 体力があるか。 そして、活動資金が何千万円もかかるので、そのお金 を調達できるかどうかです。今 この中で私の会をそっくり差し上げてもいいのは、私以上に活動がで きて、私以上に お金の調達能力に優れた人がいたら、そのままお渡ししたほうがいいと思います。し かし、私以上にやる人がまだいないので、 「代表をやろう」、 「代表を変わったほうがい い」と誰も言わないのだと思います。ですから、もしそれ以上にやっ てくださる方が いたら、私はまた新しい会をつくりますのですぐお分けします。 私は人から物を教えてもらうということが少なく、常に自分で勝手 に考えて、勝手 に制度をつくり、それを社会に提案するということをやってきたので、人の話を聞い たことがないのです。ですから、自分で何かをつくって、自分で提案していくという かたちを取っています。ところが、時代です。ボランティアというの は無償で働く、 手弁当で働くという意識があります。ですから、私たちは深夜や、夜 間ずっとパトロ ールをやったり、朝方の3時半、4時から調査が始まりますので、ち ょっとしたお弁 当を買うにも会のお金で払うと、活動をしていない人はどう思うかというと、 「何で手 弁当でやらないんだ、食料費が入っているじゃないか。何で調査員の弁当を出すんだ」 と言います。 「しかし、よく考えて下さい。この人は朝3時半に起きて海岸に来てパト ロールをして、明け方また観察会をやってお弁当も買いに行く時間がないので出して いるのです」と説明するのですが、そのようなことは日本人は認められないのです。 もう一つは、ボランティア活動も組織的に大きくなると毎日活動するようになりま す。訪れる人も大勢来るのです。多い時には1日に 1,000∼1,500 人の人が来ますので、 それをさばいていかなければいけないという時には、たくさんのボランティアが必要 © B-LIFE21 6 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 になります。そうすると、ボランティアというのは土曜、日曜と早朝 と深夜しか活動 できないので、ウィークデイが手薄になってしまうのです。しかし、 「 野生生物を守ろ う、環境をチェックしよう」とする時には土曜、日曜だけチェックし てもだめなので す。ですから、月曜日から金曜日までをどうしたらいいかということで、私は今3人 の専従を使っています。 遠州灘は世界最大のアカウミガメの産卵地 私は公務員ですのでボランティアなのですが、うちには3人の職員がいます。その 職員が四六時中そのようなことで、行政に行く、学校を回る、いろいろな地域へ行く などして許認可の問題、あるいはいろいろな調査をしています。私の ようなボランテ ィアは朝7時までしか海岸にいられません。7時まで海岸にいて、急 いで家に帰って シャワーを浴びて朝食を食べて、8時までに勤め先に行かなければい けないのです。 そうすると、もし何か事故があったり、その時に調査が終えられなか ったらどうする か。調査の範囲は毎日 70km あります。車で 70km の直線を時 速 70 km で走っても1時 間かかります。それを毎日調査するということはたいへんな作業です 。しかし、朝3 時半や4時にみんな起きられるとは限りません。若い人は寝坊してし まったという人 もいますし、出張がある、お腹が痛い、風邪をひいたなどありますの で、その時どう するか。即対応できなければ困るのです。実は、私たちは交代制ではなく、70km を 分担しています。ですから、1人でも休むとその地域が調査ができなくなってしまう。 そうすると、その隣りの人がやるしかない。隣りの人も7時までに帰 らなければ勤め があるので困ります。そのような時に専従に電話をして、今日はここ が調査できない ので、ここの埋め合わせをしてもらうようにという連絡を入れれば、 専従が自分のと ころが終わった後に、そこのところに入って調査をするということができます。です から、土曜日に何かイベントをしようなどという時に、行政に金曜日のうちの許可を もらって土曜日にはボランティアを受け入れられるようにするために NPO 法人をつ くりました。しかし、サンクチュアリ・ジャパンとの活動に関わりが 深いので、サン クチュアリという言葉を無くしてしまうと何の NPO かわからなくなる ので、「サンク チュアリエヌピーオー」という法人をつくりました。一方はボランティア団体、一方 は3人の専従職員が働いている NPO 法人なのです。 もし皆さんが浜松に来たら、浜松駅から真っ直ぐ南に進むと中田島 砂丘というとこ ろにぶつかります。日本三大砂丘の一つと言われていて、浜松祭りで有 名な場所なの ですが、是非ここに来て下さい。中 田島砂丘の入り口に私のつくった「ネイチャーセ ンター」があります。この「ネイチャーセンター」で3人の職員が働いています。そ こに行くと、1、2階に資料があり自由に見ることができます。私たちはこれを活動 の拠点にも使っています。私たちの「ネイチャーセンター」の前を通らなければ中田 島砂丘へは入れません。ですから、必ず場所もわかりますので、よければ是非来て下 さい。私は今日ここでお話をしたり、写真を見せますが、本来の目的は現地に来てい ただきたいということなのです。現場を見ることがどれほど大切かということを知り、 是非ご覧になっていただきたいと思います。 話を戻しますが、馬込川の保護活動を始めましたが、なかなか思うようにいきませ © B-LIFE21 7 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 ん。行政との話し合いもうまくいきませんでした。 「この青二才が何を 言うか」という かたちでいつも一笑に付されてしまいました。しかし、ある時新聞に 中田島砂丘にア カウミガメが上がったという記事を見ました。私は「これはいい。こ の新聞記事はい いかもしれない」と思い、その新聞記事を持って市やいろいろな団体を回りました。 ここにアカウミガメが来ているならば、これを調査してみよう。これ を保護しようと いう話をしたのですが、全く反応はありませんでした。しかし、私は 1頭だけ来てい るのはおかしいという気がしたのでこれを調査してみたいと思い、約 1km の砂丘を 1ヵ月間調べてみました。そう した ら、何と1頭だけではなく 33 頭も上がってきたの です。浜松の 15km の海岸を全部調べたらすごい数だろうと思い調べたら、約 200 頭 上がってきました。遠州灘海岸全域の 115km を調べたらすごい数だろ うと思い調べた ら 600 頭近く上がってきました。世界の大産卵地の発見です。ですか ら、根気をもっ てこつこつやるということの大切さを身をもって証明してそのような 産卵地を発見し ました。アカウミガメの産卵地を発見したら、こちらは飛躍的な情報 合戦でみなさん に広くその情報が広がりました。 「アカウミガメがいるんですってね」、 「ウミガメが産 卵するんだってね。すごいところだね」。野鳥のたくさん生息している場 所を守ろうと いう時には、こちらが必死に呼びかけなければ来なかった市民も、ウ ミガメのいるこ とを 伝えたらみんなから来るようになりました。そして、サンクチュアリ・ジャパン はウミガメの保護団体のように思われるようになりました。しかし、私たちはウミガ メの保護団体ではありません。しかし、そうして皆さんから「ウミガメ」「ウミガメ」 と言いながら海岸に来てもらったことによって、海岸をよく見てもら うようになりま した。 海岸法の改正でも進まない車の締め出し 残念ながら日本には海岸の社会学というものはありません。海岸についての本を探 そうと思っても、書店に行って1冊あればいいほうです。ほ とんどありません。2冊 出ていれば、おそらく同じ人が書いているか、同じようなグループの 人が書いている と思います。それくらいありません。昨日も環境省に行ったので書店に 行きましたが、 そこには2冊ありました。その2冊はやはり同じ人が書いていました。私は全国のい ろいろなところに行った時には、必ず書店に行って海岸についての本を探すのですが、 ありません。つまり、日本には海岸の社会学がないのです。というこ とは、海岸はど うなっているのかというと、法治国家でありながら無法地帯と同じで す。 海岸は誰でも自由に入ることができるという通達があり、この「自 由に入ることが できる」という言葉で何が起きているかというと、海岸に車で入ってもいい自由、歩 いて入ってもいい自由、無断で入ってもいい自由、そして、何をやってもいい自由と いうのがあります。海岸法はあります。今までの海岸法は、海岸を海から、波から国 土を守るということであって、護岸やテトラポットを投入するということしかありま せんでした。ですから、そこで何をしようとかまわない。ある人はゴルフをやる。あ る人はビーチバレーをやる。ある人は薪を持ってきて燃やす。花火をやる人、ソフト ボールをやる人、そしてハングライダーの離着陸をしている人、釣りをする人。サー ファー、車でドライブをする人、いろいろな人が使っています。しかし、全く秩序が © B-LIFE21 8 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 ないわけで、無秩序にそれらがなされていました。そのような現場を 見た時に、最初 は、車は走っていなかったのですが、もしかして四輪駆動車が一般の 方に普及したら 海岸を走る人が出るのではないかと思いました。そこで、国や、県や 市に海岸法を改 正して車の入れない海岸法をつくろうということを訴えたのですが、車がないので取 り締まれない、車がないから対象にならないということでした。犯罪 が行われないと 取り締まれないというのと同じことなのです。 そして、ある時突然ブームがやって来ました。海岸には土曜、日曜 になると 1,000 台、2,000 台という単位ではなく、もっと多くの車が走り回るようになりました。そ うすると、やがて海岸の植物は枯れて、砂浜はどんどん少なくなっていって海岸が痩 せていくのです。どういう構造かというと、植物が砂浜に生えている と、西風で砂が 舞って植物が隠れてしまうのです。植物が隠れてしまうと、生きてい くためにそこか ら芽を出します。そうすると、そこにまた砂が寄って障害物があるの でそこにまた砂 が溜まります。そうすると、植物はまたそこから芽を出します。これ を何十年も積み 重ねていくと、今までゼロmのところがだんだん上がってきて5m、6m、7m、8 m、という堤防よりも高い砂浜ができて砂丘ができます。砂丘の下は だんだん低くな っていきますが、やがて波打ち際まではゆったりとしたスロープで海 岸ができ上がり ます。 ところが、車が走る時には植物のあるところが走りやすいので、一番大切な一番高 いところを車が走ります。そうすると、海浜植物が枯れてしまいます。枯れるとそこ が崩れます。崩れると、その前も崩れます。その前も崩れて、その前 も崩れて、やが て波打ち際がグッと下がってしまいます。そして、海抜は変わりませ んので、どんど ん奥に水が入ってくるようになりました。私が提案した時には 200m 以上あった海岸 が、今ではなんと 50m程度しかない海岸がたくさん出てきてしまいました。そして、 これには国土交通省も国会議員の人もたいへんだと思ったと思います。海岸法の改正 が徐々に動き始めて、2000 年についに海岸法が改正されました。これ は海岸法ができ て以来 40 年ぶりの、初めての改正です。その中には国会議員に宛てた 私の要望が読上 げられるなどして、ずいぶん取り上げられていました。それは何かとい うと、 「車を走 らせない。海岸のゴミを埋めない。海岸でものを燃やさないこれだけは最低限守って ほしい」ということです。 今トピックス的なことをお話すると、ここに来る前にテレビ局の取 材を受けてきま した。どのような取材かというと、私が海岸の運動をする前、サンク チュアリ・ジャ パンができる数年前に、浜松市は海岸に産業廃棄物を埋めました。それ は6万m 2 程度 あります。今海岸がどんどん侵食されて、ついに産業廃棄物を埋めた砂浜が今波で削 られているのです。そうすると、どうなったでしょう。当然のことながら埋めた産業 廃棄物が今海岸一体にたくさん出てしまったのです。海岸にゴミを埋めるとこのよう なことになるという悪い事例なのです。浜松市は「手の付けようがないので仕方がな い」と言っていますが、そうではない。もし税金でお金をかけられなかったら市民に お願いしてもいいではないかと思います。 「 二十数年前に私たちは過ちを犯してしまっ たけれども、国民的財産を守るためにはみんなで協力してほしい」と呼びかければ、 きっと応援してくれる市民もいるだろう。行政も 20 年前に間違えたことをやり直さな © B-LIFE21 9 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 ければいけない。 もしそうでなかったら、浜松市から出た遠州灘海岸のゴミが他の市 町村に行ってし まいます。特にこれからお話するウミガメは黒潮に乗ってアメリカ西 海岸を通って赤 道の近くまで行きます。つまり、ゴミ(特にプラスチック)も黒潮に乗って他の国ま で行ってしまうのです。ですから、ゴミが出たという事実があり、困 っているという 事実があるな らば、いち早く対応して市民にその実態をあらわにして協力をあおいだ ほうがいいのではないかということをテレビで言ってきたのですが、 皆さんもそう思 うことでしょう。 中田島砂丘はとてもいいところだというのに、今、そこの一帯だけはゴミだらけで 見るも無残です。ですから、帰ったら早速そのことについて要望書を 出すなどしよう と思っています。ただ、こうした事態になったときにどのように対処 したらよいかを 判断できるのは、自然とコンタクトを取れる人だと思います。つまり、 自然の中に身 を置いて何かを感じることができる人。その人でなければ運動はでき ません。ですか ら、環境保護や、自然保護活動をしている、野生生物を保護している人は必ずフィー ルドワークを一生懸命やっています。そのフィールドに関しては一番よ く知っている。 今あの海岸に行けばどこにどんなゴミが落ちているかということを私 たちは知ってい ます。現場を知ることが提案にもつながるのですが、 その提案をする必要があるとい うことを感じる心を持たなければいけないのです。そのためにはフィールドに出たり、 自然観察をしたり、野生生物の観察をしたりすることがその人の心を育てることにな ると思いますので、本を読ん だり、絵を見たりするだけではなく現場に行ってみると いうことが、きっと皆さんの心を動かすことになると思います。 遠州灘の亀瞰図と天竜川の地図を作成 ゴミ問題はずっと続くので、それはそれとして対応していきたいと思いますが、ウ ミガメの話に入りたいと思います。 ウミガメというのは、この地球上で最も古い四つの足を持った生物で す。ですから、 恐竜よりはるかに古い生物です。その生物が今まだ静岡県の遠州灘海 岸にはたくさん やってきています。ここで皆さんに見ていただきたいものがあります。遠州灘海岸は 115km あります。愛知県の伊良湖岬から静岡県の御前崎まであるのですが、それを3 mの地図につくりました。遠州灘海岸 115km を守ろうと思った時に、これを写真で見 せようと思っても難しい。 「みんなで歩い てみましょう」というのも難しい。それなら ば手に取るようにわかる絵で描いたものがいいということで、3年か けてつくりまし た。 「遠州灘海岸絵巻」といいます。これは特別な名前が付いていて、普通このような 図は鳥瞰図(鳥が上空から見た絵)といいます。しかし、私たちは絵描きのプロに頼 んで、絵を書く人を漁船に乗せて海から海岸を見ました。ウミガメがどうやって私た ちを見ているのだろうかと思いながら地図をつくりました。ですから、 「亀瞰図」とい います。これは日本にはこれ1冊しかありません。 「 亀瞰図」という言葉もありません。 この遠州灘海岸を見ていただきたいと思います。 地図をつくったのは 115km の海岸をよく知ってもらうためです。これだけで終わら ず、またつくりました。今度は遠州灘海岸をつくった天竜川という一級河川です。天 © B-LIFE21 10 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 竜川は遠州灘海岸からどこまであるかというと、上流は諏訪湖(長野 県)まであるの です。ということは諏訪湖から端を発した水は延々と 213km という長 さを流れてくる のです。その 213km を知ろうと思うと、やはり地図にするしかない。伊能忠敬が日本 地図をつくったということで有名ですが、 「平成の伊能忠敬」とは私のことです。とい うことで、これも見ていただきたいのですが、長さがやはり3mあり ます。この諏訪 湖から水が出ています。天竜川の周辺にはたくさんの山があって、そ こからの水がど んどん入ってきます。山から入ってくるたくさんの川がたくさん描か れています。こ の水がどんどん集まって太平洋に注いでいきます。河口に行くとすごいのですが、上 のほうは小川のような感じです。しかし、それがやがて天竜川として洋々たる河口を 持って流れてくるのです。天竜川を知らなかったら遠州灘が語れない ということで、 これをつくりました。 この中には道路だけではなく、どこに行くとどんなおいしいものが 食べられるか、 どこに行くとどんな鳥がいるか、どこにどういう植物があるかなどと いうことが、び っしり入っています。1日かかってもこの情報を全て見ることはできません。2∼3 日かけなければ全部読めないと思います。そのくらいたっぷりと凝縮 されているので す。特にカラーできれいなところは、天竜川の流域には平家や源氏時 代から続く非常 にたくさんのお祭りがあるのでそれが描いてあります。川は水と砂を 運ぶだけではな く文化も運んでくるのです。もちろんゴミも運んできます。その文化が運び込まれた 浜松に、たくさんの長野県の人が住んでいたり、廃棄物が流れてきているのです。で すから、長野県の人は「私たちは海を持たない」と言いますが、天竜川 は海とつなが っているのです。最近は長野県から浜松に訪れる人が多くなりました。それは私が「あ なた方は海がないと言っているけれども、あなた方が流したものが全 部天竜川の河口 に来る。だから遠州灘海岸を知ることが天竜川を知ることなのだ」と言っているので、 最近ではバスツアーが結構来るようになりました。 こうしていろいろな資料をつくっていくのですが、実は1年に一つつ くっています。 これは私の会の方針です。ボランティア活動というのは確かに無償で 動くのですが、 これを 20 年間続けようと思ったら、20 年間その人に強い思い込みを させなければい けない。 「このボランティアをしたい。このボランティアを続けたい。このボランティ アをやったら絶対にやめない」という思い込みをボランティアにさせなければいけな いのです。代表の私としてはそれが仕事なのです 。そのためには毎日変わらずコツコ ツやっているだけではなく、その中にもやはりアクセントが必要です 。企画を出して 会員やボランティアを喜ばせるのです。これを持っていくと、 「あ、私 買ったわ」、 「い い地図ね」などとどこかで聞くと、わが身のようにうれしいのです。これが新聞やテ レビで取り上げられると、自分も関わっているので、ボランティアの人はわが身のこ とのようにうれしいわけです。 思いがあっても行動が伴わなければ何もないに等しい ところで、2004 年に浜名湖で国際園芸博覧会が開かれます。国際園芸博覧会という ことは世界から大勢の人が来る。しかし、私たちは園芸種を守っているわけではなく、 野生生物を守っている会ですのであまり関係がありません。しかし、浜名湖の自然を © B-LIFE21 11 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 知ってもらうためにはいいチャンスです。そこで、浜名湖の地図をつ くってしまいま した。すると浜名湖は丸いじゃないかという人がいます。浜名湖が丸 くても、浜名湖 を一周した人はぐるぐる回りながら歩いた人は誰もいません。みんな 真っ直ぐに歩く のです。 「それならば地図は真っ直ぐでいいじゃないか」と真っ直ぐな地図をつくりま した。ところが、どうしても丸でなければだめだという人もいます。 この地図の中に は三角のところがあります。その三角のところを折り曲げると丸くな るようにしてあ るのです。丸くなくては嫌だという人がいるから、私はこのようなこと を考えました。 ですから、そのようなことを言ってもらったほうが私は次のアイデアが出せるという ことです。こうして自然環境を守ろうと思った時には、いい資料をつくろうと思いま す。浜名湖を守ろうと思ったら、浜名湖の環境が一番よくわかるよう なものをつくろ うということです。それは冊子であったり、このような地図であった りすることもあ ります。この中には非常にたくさんいろいろなものが凝縮されている ので、おそらく 見ればほしくなると思います。ほしくなると、皆さん「いくらですか 」と言います。 それで「いくらですよ。買いますか?」と聞いて「ほしいです」と言えば売れるわけ です。そうすると、買ってもらったものが活動資金になるのです。こ れはただ見せて いるだけではないのです。私の言いたいことは、皆さんはこうして話を 聞いても「ウ ミガメを守ったほうがいいな」、「海岸を守ってくれているんだな」、「 大切な海岸だか ら守ろうよ」というだけではだめだということです。思いはあっても行動が伴わない ことは全くゼロに等しい。ですから、皆さんは何をするかというと、明日から3時半 に起きられないのですから、この地図を買って帰るしかないということ になるのです。 そのようなことを言いながらこの地図を販売しています。その利益 が私の活動資金 になってくるのです。この浜名湖の地図を含めて 四つがベストセラーです。活動とい うのは自分の熱意だけではできるものではないものです。個人の熱意と、大勢の熱意 と、そしてそれをバックアップする資金力がなければだめなのです。その資金力をい かに生み出すかというのが NPO、あるいはボランティアのこれからの 課題だと思いま す。もちろん、私のところも十分なお金があるわけではないので汲々と していますが、 だからこそアイデアを出してやっていこうと考えるのです。 今年つくったのは海岸・水辺ウオークガイドです。皆さん自然観察会に行った時に、 何冊かの図鑑を持っていきます。私のフィールドは湖と川と海岸なのですが、それだ けで図鑑は約5冊です。植物、貝、魚、鳥、そして自然の情報を持っ ていかなければ いけないのでたいへんです。 「たいへんだな、図鑑が重たい」と言って くれる人がいる から、私は過去 20 年近くに渡る自分が観察したもの、写真に撮ったものを全 部この中 に入れました。ということは、フィールドの地図が付いていて、トイレ、駐車場がど こにあるかが書いてあって、公衆電話の位置まで書いてある。そして、そこで見られ る鳥、貝殻、植物、カメ、そのようなものがみんな入っているので、これを一つポケ ットに忍ばせるだけで図鑑がいらないのです。すると、 「いいですね、それはおいくら ですか」、「ほしいですか、お分けしましょう」となります。それで、私としては「ど うだい、いいだろうこのパンフレット。これを持てば観察会ができるよ。いい資料で しょう」ということを言いながら、活動資金も一緒に手にするということです。 © B-LIFE21 12 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 最低5万円で取引されるウミガメの赤ちゃん 私は商売人としては不向きだと思うのですが、少しずつアイデアを 出してやってい ます。言いづらい話ですが、ここに子ガメが います。この子ガメ1匹いくらだと思い ますか?皆さんならいくらで買いますか? 学生 1,000 円くらいで買います。 馬塚 それはミドリガメです。ペットショップに売っているミドリガメは 1,000 円程 度かもしれません。では、そ この女性の方、これ1匹いくらくらいすると思いますか? 学生 5,000 円くらいでしょうか。 馬塚 それでは足しか買え ません。アカウミガメの子ガメですよ。どのくらいすると 思いますか? 会場 私は買わないと思います。 馬塚 買わない人は買わないのです。買う人が買うのです。それでは、買う人はいく らくらいで買うと思いますか? 会場 それは生きていた場合でしょうか?それなら 500 円くらいです。 馬塚 今 500 円で何が買えますか?命は絶対に買えません。では、最 後に決めて下さ い。 学生 5万円くらいでしょうか。 馬塚 いいところです。1匹最低5万円です。10 万円でも 20 万円でも買う人はいま す。ウミガメは今世界的に絶滅危惧種です。ワシントン条約で輸出入が禁止されてい る動物です。ですから、普通では手に入りません。静岡県の海岸では卵を触れる許可 を私しか持っていません。これが5万円からです。この写真のようにして卵が産まれ © B-LIFE21 13 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 るのですが、この卵1個はいくらすると思いますか? 学生 7万円。 馬塚 あてずっぽうですね。カメが5万円なのに、卵が7万円ですか? 学生 2万円くらい。 馬塚 あなたならこの卵1個2万円で買いますか?だれが買うと思い ますか?カメは 何と呼ばれていると思いますか?ウミガメではなく、カメは長寿の象徴で海の神様な のです。長寿の象徴ですので、 お正月の飾りには鶴と亀がつかわれるのです。カメの 好きな人は全国的に多く、爬虫類の好きな人がいるのです。そうすると 、 「このカメの 卵を食べれば長生きできる」と思う人がいる。ですから、これを買い に来る人がいる のです。つまり、買えるということは売れるということです。売れるということは盗 めば大金持ちになるということです。 私が保護しているカメを全部売れば、毎年 20 億円は下りません。そ うすると、経済 界の大物社長よりも大金持ちになったはずです。私は、なぜ最初売らな かったのだろ うと思いました。あの新聞を見た時に「これは大儲けができるぞ」と 思わなかったと ころが、私のいいところです。 このカメの卵が1個1万円で売られます。1回の産卵で産まれる卵は約 120 個です。 一穴見つければ 120 万円です。これは皆さんに盗めと言っているわけで はありません。 盗む 人がいるということです。子ガメにすれば5万円から 10 万円で取引されてしまう。 オーストラリアに行けば 50 万円でも 100 万円でも売れるかもしれませ ん。そのような 値段がついている動物が、日本の国内法で売買が禁止されていないのです。ですから、 昨日、ここに来る前に環境省に寄って「なぜ売買ができるのだ。何とか売買ができな いようにしてほしい」ということをお願いしてきたのですが、現在の日本の国内法で は売買できてしまうのです。ウミ ガメは、環境省の担当ではなく、水産庁の担当なの です。 海の中に主にいるので陸に上がってもウミガメは水産庁の管轄なのです。ですから、 環境省は手が出せないということなのです。では、水産庁と環境省が一緒になって守 ればいいと思うのですが、そうもいかないらしい。そのために日本ではアカウミガメ は民間団体が守っていることが多いのです。 自然を守ることは文化活動 実は私は環境を守りたくてこの活動をしています。ですから、鳥、カメ、植物を守 ることはしますが、それは本来の目的ではありません。本来の目的は海岸環境を守る © B-LIFE21 14 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 ことなのですが、それは二次的なことで、もっとやりたいことがあり ます。それは環 境教育です。つまり、自然とコンタクトが取れる人をいかに育ててい くか。そして、 その人が自然の中に身を置く ことによって自然の大切さを知り、それを次の時代に受 け継いでくれなければ困るのです。 私にも寿命はあります。今 52 歳ですので、順調に行けばあと 20 年位 です。しかし、 そのあとは誰が守ってくれるのでしょうか。自分の息子に後を継いで ほしいと思って いますが、どうなるかわかりません。私の子供は私に「お父さんは自 然を残して、借 金を残す」と言います。つまり、プラスの遺産は自然だけれども、僕には負の遺産を 残すと言うのです。私は退職しても払いきれないほどの借金があるのですが、自然保 護、環境保護というのは住宅ローン方式でやらなければだめだと提案 しています。つ まり、自分の持ち家を建てようと思った時に、退職してから退職金で 建てても自分の 住む時間がないではないですか。ですから、私も借金をして建てました 。そうすると、 今自分の持ち家に住めるのです。自然もそうなのです。 「お金がなかっ たから守れなか った」では困るではないですか。ですから、借金をして先に投資をするのです。残し ておけばやがて時代が変わったときにそれを受け継いでくれる人が出 てきて、それが つながっていくということです。これが私は文化だと思います。文 化というのは継続 することが文化なのです。途中で切れてしまったら文化ではなくなる のです。ですか ら、自然保護活動、環境保護活動、野生生物の調査も私は文化活動だと思っています。 ですから、自然を守るということは文化活動なのだ。圧力団体ではないのだから、提 案なのだから、是非文化という捉え方をしてほしい」と子供にも伝え ています。 そのようなことで、冗談も言いました が、全部本気です。本気ですので、今からス ライドを見ながら話していきたいと思います。 【スライド使用】 これが私が守ろうと思った馬込川です。今でも護岸工事がされてい ません。そのま まの状態で残っている日本でも数少ない川です。 ツバメがキーワードなのですが、ツバメというのは巣を人間の出入 りする場所につ くります。こうして台 を つくってあげてもこちらの戸が開かなければ巣はつくりませ ん。それは、ここに巣をつくることによってツバメは人間に守られているということ です。もし、隣りにつくるとカラスやスズメ、ヘビにいたずらされてしま うからです。 このようなところで繁殖したツバメは、1回だけ繁殖するわけでは なく1ヵ月する とヒナは飛び立ってしまいますので、空になった巣にまた卵を産みま す。また1ヵ月 して飛び立って空になったらまた卵を産むのです。最初に生まれた子供はどこに行く かわかりませんでした。昭和 54 年にそれが発見されました。この馬込川の芦原にツバ メがたくさん入ることがわかりました。調べてみると、なんと 10 万羽近く来ていまし た。全国を調べてみると、ここが一番大きいということがわかりました。ツバメのね ぐらで最大規模です。ここをつぶしてしまおうというのが当時の行政の考えでしたが、 今でもこのまま残っています。ですから、浜松は私が生まれて本当に幸せです。もし、 私がいなければ浜松は非常に変わっていたと思いますが、やはり神様は見捨てなかっ たのです。 © B-LIFE21 15 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 これがツバメが集まって来る場所です。このような風景のことを何と言いますか? 学生 夕焼け。 学生 夕暮れ。 馬塚 それでは夕焼けの歌を 歌っていただきたいのです。 学生 夕焼け小焼けで日が暮れて。 馬塚 これだけ大勢の前でよく歌えましたね。今出てきた「夕焼け小焼け」の「小焼 け」とは何かわか りますか? 学生 わかりません。 馬塚 「小焼け」という言葉は子供のときから聞いていますね。 学生 やや薄暗くなった状態。 馬塚 なるほど。皆さん「小さな夕焼け」と言うことですね。 「夕焼け 小焼け」の「小 焼け」というのは自然現象を見たこ とのある人はよくわかりますが、昔の人は夕焼け を二つに分けていました。つまり 、太陽が西 の空にある時は夕焼けと言うのです。太 陽が沈んで 15 分 するともう一度赤くなるのです。今日から西の空を見て下さい。それ が「小焼け」です。です から、夕焼け小焼けで日が沈むのです。 「夕焼け小焼けの赤と んぼ」もありま すし、 「夕焼け小焼けで日が沈む」というのもあります。これを聞いて 本当に感激して 涙するような人もいました。 これはツバメが集まってくる状態です。 これが観光地で有名な中田島砂丘です。実は、この中田島砂丘のコウボウムギが砂 丘を守っています。 これは ハマボウフウです。 ハマボウです。 ハマニガナです。 ハマエンドウです。 ハマヒルガオです。 さて、このような花が咲く頃になると、いろいろな人が遊びに来るようになります。 今サーファーや釣り人が来ていますが、ちょうどこの頃になるとアカウミガメがやっ て来ます。 これがアカウミガメです。この地球上で最も古い四つの足を持った生物です。恐竜 は化石しか見られません。ウミガメは本物がまだ来ているのです。このウミガメは、 © B-LIFE21 16 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 足に指がないので歩けません。陸に上がってきた時にはハイハイをし て上がってきま す。そして、ウミガメは冬眠をしません。ウミガメは海の中に住んで いますが、1時 間に1回呼吸をしに海上に上がってきます。そして、また下がってい くのです。です から、暖かいところに住んでいるので冬眠する必要がなく、甲羅の中に頭や足が引っ 込まないというのがウミガメの特徴です。体長は約 1.2m、体重は 20 0kg 前後ありま す。このような大きなカメが自分の目の前に現れたら本当に助けたく なります。しか し、中にはノコギリを持ってきて甲羅を取ろうという 人もいますし、持って帰っては く製にしようとする人もいます。車が走った跡と上陸してきたカメの足跡だけしかな いものもあります。それは車で連れて行かれたということです。 カメは、浜松の場合は夜の9時頃になると上がってきます。そして 、自分の気に入 った場所を見つけると穴を掘って卵を産み始めます。 これが産卵しているところです。本来は卵は見えないのですが、カ メにお願いをし て砂を取らせてもらって、中を見ました。卵はピンポン玉程度の大き さですがブヨブ ヨしています。後ろ足で穴を掘り、後ろ足で砂をかけて海へ帰っていきます。それを 公開して調査しています。ですから、朝5時に海 岸に来ればどなたでも産卵調査に参 加できます。写真でもわかるように車が走り回っています。人もこう して歩いていま す。 次代を担う子供たちを育てるジュニアレンジャー制度 その調査で何を探すかというと、足跡です。足跡を探してたどって いくと卵があり ます。本来は砂がかかっていて見えないのですが、砂をどけるとこのように卵 がびっ しり詰まっています。 これをこうしてみんなで掘り上げます。これは、私がついていたり、うちの調査員 が一緒ならば捕まりませんが、皆さんが勝手に来て、勝手に掘れば 50 万円以下の罰金 ですので気をつけて下さい。しかし、50 万円以下の罰金でも 120 個も 卵があれば 120 万円になるので、まだ罰金を払っても余って しまうので罰金が少ないと思います。 保護するために、卵は海岸に建てたこのような小屋の中に入れてあり ます。海岸で盗 まれたものは2回捕まらなければ現行犯逮捕されませんが、この小屋は私の家と同じ ですので破るだけで器物破損、中に入れば家宅侵入、盗めば窃盗になります。この中 に卵を入れることによって現行犯逮捕しなくても逮捕できるのです。 ですから、この 中に囲うのです。もちろん、カメに悪影響を与えるといけないので、 太陽や、風、雨 が全部入るような小屋をつくっています。 この小屋の中にこうして埋めるのですが、私たちは次の時代を担う子供たちを育て ようということで、ジュニアレンジャー制度というものをつくっていて、これを子供 たちに体験してもらおうと1回来ると1単位、76 単位を取るとうちのレンジャーにな れます。レンジャーになると、活動必要経費が会から出ます。ですから、オーストラ リアや、屋久島などいろいろなところに研修に行きますが、その交通費を出したり、 研修費をうちが負担してこの子供たちを育てていくのです。全国に今約 170 人のジュ ニアレンジャーの参加者がいますが、実際にレンジャーになったのは現在 28 人です。 ネイチャーセンターで働いている 21 歳の女性も、このレンジャーの第1期の卒業生で © B-LIFE21 17 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 す。 これは私の子供です。どうりでかわいいと思ったと思いますが、なぜ この写真を出 すかというと、講演会に来て家族を置いてきている身としては何かホッ とするのです。 もう一つは、この子がとても良いことを言ったので、それを紹介したいと思ったから です。この子が小学校1年生に上がった時に、七夕祭りがありました。 「短冊に好きな ことを書きなさい」ということで願いを書きました。そうしたら、そ のときにわが子 は何と書いたかというと、 「浜松市民が幸せになれますように」と書い たのです。これ は学校で良い意味で問題になってしまいました。 「なぜ、こんな1年生に上がってきた ばかりの子供がこんなことを言うのだ」ということで、先生が聞いてみると、 「お父さ んが家で毎日言っているから、お父さんの希望をかなえてあげたいと 思った」と答え たらしいのです。それが学校新聞に載るなどして本人は照れくさかっ たらしいのです が、その話を聞いた時に、私はすぐに学校に電話をしました。 「 なぜ子供 を褒めたんだ。 褒めるのは子供じゃないだろう。それを言った父親じゃないか。 『君の お父さんはとて もすばらしい人だ』と褒めてほしかった。そうすると、子供はお父さんが褒められて うれしいと思うじゃないか。それが教育というものだ」と言っておき ました。 皆さ んに海岸ウォークをやってもらっています。海岸を歩くと 、いろいろなことがわかり ます。これはゴミです。海岸はこのような状態なのです。この人たち はみんな足元を 見ているのです。ゴミのないきれいな海岸を歩いている人は「きれいだな」とこっち を見ています。これは波打ち際で波と楽しそうに遊んでいる子どもたちです。場所に よって人間とい うのは目の位置が変わってくるということが大切です。 子供たちに伝えようということで、公開で調査をしていますので、これは今ウミガ メが穴を掘る深さと同じくらいの穴を、体験 的に掘ってみてもらっているところです。 かなり深く掘ります。 これが卵です。これを女の子が持っていますが、このようにたいてい買い物袋にい っぱいになります。 子供に伝えたい4K。好奇心・行動・感動・継続 夜のパトロールもやっているのですが、とても人気があり1回に約 400 人の人たち がこの講座に来ます。夜間のパトロールで私が説明をしているスライドですが、たま たまこの日はテレビ局が取材に来ていたので明るい画面になっていま す。 これは何をしているのかというと、花火をしに来る人がいて、それ を注意している のです。この子供たちは気の毒に、深夜突然テレビカメラと 400 人の 人たちに囲まれ るのです。それで私が「すみません、ここはウミガメの産卵地だから花火を止めても らえるとカメが上がってこれます」と言うと、「はい、わかりました、わかりました」 としゃがみこんでしまっています。それはそうです、テレビ局も来ていますし、これ だけの人たちに抵抗するということは難しいです。その子供たちがそこで聞いてくれ ました。 「ほう、ここでカメが卵を産むんですか」それからが神がかりなのです。本当 にカメがそこで卵を産み始めたのです。子供たちは私に何と言ったか。 「おじさんてす ごいね。言ったとおりになったよ」私はその時に子供に言いました。 「おじさんがここ で注意しただろ、花火を止めると卵を産めるって。そうしたら海の向こうで聞いてい © B-LIFE21 18 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 たカメが『誰か行ってこいよ』と言ったんだよ。それで、代表で来て くれたのがこの カメな んだ」と言うと、深夜にもかかわらずこの子供たちはずっと卵の産卵を見てい ました。 「子供たちが見てしまった」ということは、子供たちにはいいチャンスだったので す。普通は産卵を見せないのですが、それを見せるということによっ て良い効果も悪 い効果もあります。そっと見たい、卵を触ってみたい、盗んでみたい という気持ちも 起きますが、私としては良いほうの効果を狙いたいのです。それはな ぜかというと、 そのようなものに出会って感動した人が、それを伝えていこうと思うのです。子供の 頃は誰でも好奇心があります。好奇心があるからすぐに行動するのです。しかし、行 動する時に大人や勉強がそこを遮断してしまうことがあります。子供が「行こうかな」 と思っても、 「やめなさい、塾があるでしょう。部活があるでしょう。そ んなところに 遊びに行かなくたって、あなたは大切なやることがあるでしょう」な どと言って親か ら遮断されてしまいます。そうすると、子供は行動できなくなってしま います。もし、 うまく行けば好奇心(K)を持った子供が行動(K)します。行動した子供が感動(K) します。感動した心は継続(K)につながる。これは私が提唱してい る「4K」とい う子供に対する教えなのですが、これも私が勝手につくりました。です から、是非覚 えておいて下さい。朝日新聞の人が、 「君がつくったのなら載せてあげ る」と新聞に載 せてくれて、 「 これでお前がつくったということが証明できたぞ」と言ってくれました。 三橋先生は「99 対1」の原則を提案していますが、そのようなことは言った人がどこ かに書いておか なければ、いつかどこかで使われてしまいます。「4K」というのは、 好奇心、行動、感動、継続です。 「3K」という悪い言葉がありますが 、悪いことがあ るから、それを良く してしまおうということで「4K」をつくりました。 次のスライドに移りますが、浜松にはコアジサシという鳥がやって来ます。オース トラリアから渡ってくるのですが、この鳥もここで繁殖しています。その鳥もお見せ したいと思います。 これはカメが海に入るところです。カメは世界に8種類あります。 アカウミガメは そのうちの1種類です。 良い海岸を後世に残すためにも発達させたい海岸の社会学 これはウミガメの涙です。これは決して辛くて涙を流しているので はなく、エサと 一緒に海水を飲み込んだために塩分を出します。このような大粒の涙 を出したのは私 と出合ったためで、感激の涙です。カメはたいてい暖かいところにい て、黒潮が日本 に近づいた春から夏にかけて卵を産んで、子供は黒潮に乗ってアメリカ西海岸を通っ て赤道まで帰っていきます。そして、20 年後にまた戻って卵を産みにやって来ます。 産んだ卵は2ヵ月すると殻から出てきて、頭の上の砂をどんどん掻き落として穴を埋 めながら出てきます。 これは放流会です。小屋の中で子ガメが生まれますので、それを海岸の近くに持っ ていって海に流していきます。これを見た子供たちは絶対にカメに対して悪いことを することはないと思います。車で走り回ったり、カメを売ろうとは思わないと思いま す。自分の名前を付けてもらって放流します。ですから、 「頑張って帰ってきてね」と © B-LIFE21 19 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 言いますので、 「 君たちに残された海岸を、カメのためにも残そうね」と 伝えています。 これはカメが海に帰っていくところですが、手を振っているのでは なく足を振って います。これには理由があり、 「馬塚さん、どうもありがとう。あなた のご恩は一生忘 れません」というメッセージが隠されているということをお伝えしたいと思います。 海岸は夏になるとサーファーや釣り人などの車が入り込んで駐車さ れたり、走り回 っている状態です。この状態を何とかしなければいけないのです。な ぜかというと、 轍(わだち)の中 にカメが落ちると登れないからです。轍は一つだけではなく、ずっ とたくさん付いているので、これが解消できない限りはアカウミガメの自然繁殖は無 理だということです。 こうして海岸の車が通ったところがどんどん崩さ れてしまうのです。そうなると親 ガメも歩けなくなります。 これがコアジサシの繁殖ですが、この繁殖地は海岸が増殖している良 い海岸ですが、 車が通って卵やヒナがひかれてしまうために囲ってあります。 私は結婚前の人たちに言いたいのですが、自然を愛する人と結婚すれば自然豊かな 場所で生活できます。コアジサシならお花畑のようなところに卵が産 めます。そうで ないと、 先ほどの写真のように木枠の中に適当に産卵するしかないのです。どちらが 雰囲気がいいかというと、ハマヒルガオの咲くお花畑のほうがいいわ けで、それは自 然が大好きな人と結婚すると、良 い雰囲気に なるということです。 これは生まれてきたヒナです。ウズラの卵程度の大きさで、砂と同じような柄をし ています。 これがコアジサシの親がヒナにエサをあ げているところです。アジを刺す、イワシ を刺して取るのでコアジサシと言います。 こうして囲ってあっても、それを切ってまで入っていく人たちもいます。 轍の中に姿を隠すのですが、その鳥たちは車にこうしてひかれてしまいます。 私は、鳥が休んでいて、子供たちが砂浜で遊んでいて、そして車が 通っている。そ の車を消 そうということでこの活動を始めました。 これは釣り人です。釣りは悪いことではないのですが、そこでゴミ を捨てられるこ とが残念だと思います。 ゴミ捨て禁止で、 「ゴミを捨てると罰せられます」と書いてあるところにもゴミが捨 てられています。クリーン作戦は一生懸命やるのですが、クリーンに しても1週間し か持ちません。クリーン作戦をしてもなかなか海岸はきれいにならな いという現状が あります。 これが中田島砂丘に波が打ち寄せられるところですが、うちのネイチャーセンター の前の浜もこのような状態です。どうしてこのようなことが起こるのかというと、海 岸の入り口に自動販売機がたくさんあり、そこの自動販売機で買った人たちが中に入 って缶を捨てて帰っていくのです。ですから、今のような状態が起きています。この ゴミ問題もウミガメ問題も、海岸を守るためにはどうしても解決しなければいけない 問題です。このような問題に取り組むためには、そこに生息しているカメの存在を皆 さんに伝えることがその海岸を守ることになると思っています。日本ではまだ海岸の 社会学ができていませんが、是非海岸の社会学を発達させて、良い海岸を後世に残せ © B-LIFE21 20 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 るようにしたい。私の活動がそのことの一端になればいいと思っています。どうもあ りがとうございました。 宮崎 馬塚先生、たいへん感動的なお話をありがとうございました。それでは是非質 疑応答を行いたいと思います。質問のある方はせっかくの機会ですので手を挙げて下 さい。 会場 とてもおもしろかったです。環境教育ということで今やられていると思います が、子供を育てるということに今重点を置かれているようですが、成人の方に対して は別の専門的なことはやらせていないのでしょうか。 馬塚 「子供を育てる」といっても、子供だけで来られるわけではないので、やはり 親子で来るようになります。子供が取り組むとそこに親もついて来て、一緒に取り組 んでくれるというかたちです。特に、大学生以上の人たちは、子供が たくさん来ます のでそのための手伝いをしてもらうかたちで環境ボランティアをしてもらっています。 会場 今教育の世界では NPO や株式会社が学校をつくることができ るという案が出 ていますが、それについてはどうですか。 馬塚 私としては、現在二足のわらじをはいて いるので、そこまでなかなか考えられ ませんが、とりあえず今活動している課題がたくさんあって、政治に関わること、地 域に関わること、法律にかなり複雑に関わりあっているものがあるので、それをもう 少し整理しなければ、責任を持った経営に至らないという現状です。 会場 房総半島にはこのような環境はないのでしょうか。 馬塚 実は静岡県の御前崎までが産卵地なのです。ただ、伊豆のほうや、静岡市の海 岸にも、千葉県の海岸にもアカウミガメが若干来ます。そして、コアジサシも繁殖し ています。ただ、それがどのくらいのレベルかという問題だと思います。黒潮という のは1本の本流が流れているだけではなく、たくさんの支流が流れていて、その支流 に乗ったカメは、数は非常に少ないのですが、房総半島のほうまで行って卵を産んで いるはずです。そして、カメの死体も黒潮に流されてそちらのほうに行っていると思 います。 © B-LIFE21 21 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 宮崎 今の方は、 「房総のほうに あれば自分が代表になってやろう」という心意気では ないかという気がします。 馬塚 カメに一度会うと本当に感動しますので、是非会っていただきたいと思います。 会場 40 年ほど前ですが、ある観察会で秋に上総一ノ宮へ行った時、カメの死体を海 岸で三つか四つ見ました。ですから、たぶん来ているのだと思います 。 馬塚 すでに死んでしまったカメは泳げませんので、波に乗ると乗った波で移動して いきます。ですから、死体が上がっていても必ずしも産卵地というこ とではありませ ん。カメがなぜ死ぬのかというと、混獲といって漁船が網を流します 。流していると その網に引っ かかってしまうのです。引っかかった網は2時間も、3時間も引っ張り ます。先ほど言いましたが、カメは1時間程度経つと呼吸をするために一度上がって くるので、網に引っかかっていると呼吸ができません。例えば、59 分経ってそろそろ 上に上がりたいという時に、網にかかってしまえば1分でも、2分で も死んでしまう ことになります。 ですから、アメリカのフロリダではカニを捕る人たちの網には、カ メを逃がす網が 前に一つ付いています。どういうことかというと、カメ は 入ると苦しくなってもがい て上に上がりますので、そこにトラップが付いていてパカッと開くようになっている のです。網 の前に一つ網を付けておけば、魚は全部小さいので中に入ってきます。で すから、50cm ですとカメは絶対に入れませんので、50cm 以下の網であればそれでカ メは通らないのです。手前の網の中でカメがもがいて苦しくなって上 に上がると、上 に上がった時にそのトラップが開いて助かるということで、それが約 70 万円するので すが、それを付けなければ操業禁止になっています。そのような国もありますが、日 本ではそれは全くありません。 会場 子供たちに孵化した子ガメを渡して放流すると書いてあるのですが、自然に孵 化した子ガメたちが海まで行くのに、海鳥などに食べられてしまって海まで帰ること ができるものがわずかしかいないということを聞いたことがあるのですが、この放流 の目的、例えばアカウミガメが絶滅の危機に瀕しているからそうなのか、しかしそう すると、海鳥がウミガメを食べるという自然の摂理はどうなるのでしょうか。 馬塚 本当に良い質問です。次のスライドからはそのようなことを用意していました。 残念ながら見せられなかったのですが、私たちはウミガメの調査を始めて気がついた © B-LIFE21 22 2003-2004 千葉商科大学寄付講座 ことがあります。子ガメが生まれてなぜ海に向かうのか。子ガメは夜 の6時半くらい から生まれてくるので、7時から放流会をやって小屋からカメを出し て海へ放してい ました。ところが、朝の3時半、4時に行くと砂浜がカメだらけなの です。カメが海 に帰っていないのです。一端海に入ったにもかかわらず、帰ってきてしまうのです。 なぜこのようなことが起きているのかということでよくよく調べて みると、蛍光灯 や水銀から紫外線が出ていて、その紫外線に向かって海だと思い歩い ていくのです。 遠州灘海岸の浜松地域は非常に明るく、街頭もありますし、ホテルやガ ソリンスタン ドなどいろいろな照明があり、その照明が夕方6時半から7時に点くのです。そうす ると、カメは一端海に入りながらその光を見ると全部また上がってきてしまうのです。 そのために卵を保護せざるを得なくなってしまったのです。自然のま まにしておくと たいてい7時から生まれ始めますので、遠州灘海岸のあちこちで生ま れたカメは海に 向かわずに陸に向かってしまうのです。その危険性があって、卵を保護して、 一定の 時間に放流するしかないということになったのです。そのために、夕方生まれるので できるだけ放流も夕方で、なおかつ明るいうちにしています。黒潮が約 200mの沖合 いにありますので、そこに出るまでにカメを放そうということで活動 しています。 宮崎 ありがとうございました。自然と人間との関わりということで、実はこれから がもっと大切でおもしろい話が出るというところでいよいよ時間がきてしまって非常 に残念なのですが、今日はすばらしいお話をいただき本当にありがとう ございました。 最後に一言、先ほどの資金源になる地図を買う、うちわを買うなどど のようにすれば いいかというインフォメーションを一言伺いたいと思います。 馬塚 今日お配りした資料の中にある「ネイチャーセンター」というところにありま す。このパンフレットのところに電話をかけていただければ、先ほど写真に出てきた ジュニアレンジャーだった女性が電話に出ますので、 「話を聞きました。是非私は環境 を進めたいので1冊購入したい」と言っていただければ、優しく対応していただける と思います。このチラシを便りに連絡をいただければと思います。ありがとうござい ました。 © B-LIFE21 23 2003-2004 千葉商科大学寄付講座
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