文化財建造物修理の現状とその考え方について

1.文化財修理用資材調査及び需要予測
1)文化財建造物修理の現状とその考え方について
A.定期的な修理の必要性
現在、約3600棟強の建造物が国宝・重要文化財に指定されている。その約90パーセ
ントが木造であり、また、約23パーセントの屋根が檜皮葺きで、約12パーセントが柿葺
葺き、約10パーセントが茅葺きである。したがって、重要文化財建造物のほとんどが木造
であり、約半数近くの屋根が植物性材で葺かれていることになる。また、重要文化財建造物
は通常野外に建っており、これらの木造建物や植物性材で葺かれた建物は、風雨による風蝕
や腐朽を避けることができない。常に雨に濡れる屋根材などはその材種によって耐久期間が
決まっており、周期的に葺き替える必要がある。したがって、木造の重要文化財建造物はそ
れぞれの建物の耐久度に従って常に周期的に修理を行う必要がある。
文化財建造物の計算上の年間修理必要件数は、指定された全体棟数と修理周期によって求
めることができる。しかし、現状では予算が十分でないために理想的な周期で必要棟数を修
理するには至っていない。現在、全国で毎年平均約120件(約240棟)以上の修理が行
われている。これらの修理には、単年度で工事が終了する屋根葺替だけの修理や、継続工事
で数年間続く大規模な修理がある。毎年4~50件の修理が終了し、また新たに新規の修理
工事が加えられていく。現在行われているこのような定期的な修理は文化財建造物の保存に
とって必要不可欠であり、今後も絶えることなく続けていく必要がある。そして、定期的に
確実に修理を行っていくためには、必要な修理体制を常に整えておかなければならない。現
状においては、その体制造りのためには、特に修理技術者の育成と修理用資材の確保が急務
であり、その検討と具体的な施策が必要とされる。
以下には、文化財建造物修理の方法と体制について現状を説明し、保存及び修理方法の目
的や考え方について概観し、修理用資材の確保を中心に今後の修理の体制のあるべき方向性
について説明したい。
B.文化財修理の方法
文化財建造物の修理は大別して維持修理と根本修理の二つに分けられる。維持修理は比較
的周期の短い修理で、屋根葺替、塗装修理、部分修理などが行われる。根本修理は半解体修
理と解体修理に分けられる。以下にこれらの修理について概説する。
a)維持修理
維持修理の中でも、最も重要な修理が屋根葺替修理である。屋根葺替修理は、植物性材一
般が雨などの水に弱く、屋根材の腐朽が建物全体の耐久性に大きく関わっているという理由
から、文化財建造物の修理の中でも優先的に修理が行われる。通常は茅材であれば約25年
から30年、檜皮またはこけら材であれば約30年から40年毎に周期的にそれぞれの材の
耐久性に合わせて修理工事が行われている。但し、これらの周期は、近年の材の品質の低下
や職人の技術の低下などによって年々短くなる傾向にある。また、屋根の耐久性は普段の維
持管理である茅屋根の差し茅などのような維持のための小修理に大きく影響され、傷んだ部
分について頻繁に小修理を行うことによって、その耐久性を数年間延ばすことが可能である。
しかし、最近は、その維持管理が着実に行われないことが多く、周期は益々短くなっている。
塗装修理は、洋風建築のペイント塗装や日本の伝統的な塗装である漆塗装、建造物彩色、
障壁画などがある。外部のペイント塗装は剥離や剥落によって通常は6・7年で塗り替える
必要がある。漆塗装は、紫外線に弱く、外部と内部の場所によって著しくその耐久年限が異
なる。外部で直接日の当たるところでは通常約20年、軒裏であれば約40年の耐久性があ
る。内部であれば、江戸初期の塗装が未だに光沢を失っていない所も少なくない。漆塗装の
場合、布着せをして塗装を厚くするため木部の呼吸が出来ず、漆の劣化よりも内部の木部の
蒸腐れによる被害が少なくない。
これらの塗装修理は、古くなった部分を掻き落として再び塗り直す修理が行われることも
あるが、古い部分を如何に残すかが今後の修理には要求され、特に壁画の修理などはオリジ
ナリティーを保存する修理が要求される。
部分修理は、腐朽した木部などの部分的な修理で、常に雨による腐朽を避けられない縁周
りや外壁等の外部の修理が主となる。縁周りは、常に雨に濡れる縁板や高欄に被害が多く、
外壁は直接雨に濡れる部分または雨落ちの跳ね返りなどによる被害が多く、木部修理は勿論
のこと,土壁の下地の剥落の修理などがある。
屋根修理以外の維持修理は屋根修理時に合わせて行われることが多い。屋根修理は屋根材
の耐久力が限界に達すれば修理を先に延ばすことができないが、塗装の剥落や木部の部分的
な腐食は、多くは直接建物全体の腐朽や崩壊につながるわけではないので、屋根修理が必要
となる時期まで修理工事を待つことがある。これは、屋根修理のために建物周囲に組まれた
足場を利用して建物の外部の塗装修理や部分修理ができ、同時に工事を行うことによって工
事の規模を縮小して、できるだけ工事を効率よく行おうとするためである。
b)根本修理
地盤の変動や地震や風の影響によって引き起こされる軸部の緩みや建物の傾き、虫害など
による構造材内部の破損の修理など、約100年から300年毎に解体を伴う規模の大きな
修理が行われ、これらを根本修理と呼ぶ。根本修理は修理する建造物の被害の程度によって、
半解体修理と解体修理に分けられる。半解体修理は軸部を残してその他の部材を解体して修
理するもので、地盤の変動や軸部の歪みなどが少ない場合に採用され、解体修理は地面の上
のすべての部材を解体して修理する方法で、地盤改良や虫害などによって多くの軸部材の取
り替えが必要な場合に採用され、修理工事の中で最も規模の大きな修理となる。
根本修理は、ほとんどの部材を解体するため、各部材がもっている古い痕跡などの情報を
数多く収集することができる貴重な機会となる。そのため、根本修理では、文化庁が認め修
理経験を十分に積んだ文化財修理技術者が現場に常駐し、解体に伴って詳しい調査が行われ
る。調査は部材一つ一つが丁寧に解体され、釘一本に至るまで調査が行われている。近年に
おいては、地盤の発掘調査が細かく行われ、出土品の特徴から建物の創建年代や変遷が確定
されることもある。それらの調査による情報によって、創建当初の形式やその後の建物の変
遷が判明し、その後に最終的な修理方針が決定される。判明した内容によっては、修理時の
現状形式を変更してある時代の姿に復原する修理が行われる。文化庁では、これらの現状の
一部を変更する行為を現状変更と呼び、現状変更は文化庁長官の許可を必要とする文化財保
護法に定められた法的行為でもあり、文化財としての価値を大きく変更するため国の審議会
にかけて慎重にその是非が審議される。
根本修理に伴う調査によって判明した内容は後世への学術的記録としてまとめられ、修理
報告書が作成される。現在、昭和5年以降、約1600冊の修理報告書が作成されている。
修理報告書には、修理の過程は勿論のこと、材などの変更の内容や理由、技法などが細かく
記述され、後世の修理に役立てられている。
C. 文化財建造物修理の体制
a)文化財修理の援助
文化財保護法上、文化財の修理は所有者が行うことになっている。しかし、その修理は通
常の修理工事とは異なり費用がかかることと、専門的な知識を必要とすることから、国の援
助と技術的指導が得られることになっている。国の援助の一つは、修理用工事費の援助で、
総工事費、工事期間、所有者の種別、所有者の収入等によって差があるが、国から総工事費
の50%から85%の範囲で補助を得ることができ、その残りを県及び市町村が更に援助し
ているのが通常である。また、国の技術的指導は、修理方針の決定や部材の一つ一つの修理
方法にまで至り、文化庁建造物課の技官または調査官が現地に行くなどして行っている。
文化財建造物の修理は、所有者の修理希望が市町村及び県を通して国(文化庁)に伝えら
れ、国はその希望に基づいて技官または調査官を現地に派遣し各物件を実査し、一応の修理
方針が決定され、主に修理の緊急性に応じて補助による修理物件を選定し、修理の必要な建
造物については国の補助金による修理工事が開始される。また、このほかに修理費をすべて
所有者が用意する自費修理がある。国の補助を得る修理も自費修理も、共に国の技術的な指
導を得ることが可能で、特に現状変更を伴う工事は、国の審議会及びその下部組織である専
門調査会において工事方針等が慎重に審議され、現状変更の内容が決められる。その前の審
議会案を作成するまでにも建造物課修理部門、建造物課内、在京委員会など、それぞれのレ
ベルで慎重に検討される。この現状変更の内容と修理しなければならない部分によって全体
の工事の修理方針が最終的に決められ、修理工事が進められる。
b)文化財修理の組織体制
実際の工事の設計監理は、修理工事の経験を積んだ修理技術者(修復建築家)によって行
われる。特に、国の補助による工事は、文化庁が認めた主任技術者が設計監理を行うことが
必要で、修理工事を行う建造物の規模や重要性によって主任技術者のレベルが二段階(普通・
上級)に分けられている。現在、このような主任技術者は全国で延べ約180人を数え、1
00人以上(平成12年1月現在114人)が財団法人文化財建造物保存技術協会(略称、
文建協)に所属し、そのほか、京都府、奈良県、滋賀県、和歌山県においては県の教育委員
会等に配属されている。従って、上記の4府県については各県の主任技術者が設計監理を行
っている。上記以外の県については、主に文建協の技術者が設計監理を行うことになってい
る。これらの修理技術者は最終的な実施設計を作成する前に、建物の念密な調査を行い、彼
らは技術者としての能力だけでなく研究者としての能力をも要求されている。彼らの行った
調査の結果が修理工事の成否に大きく関わっており、現状変更や最終的な工事方針は、彼ら
の調査した情報に基づくところが大きい。
また、修理工事には、大工や左官などの技能者が必要である。文化財保護法では選定保存
技術の制度を定めて、これらの技能者の育成に努め、伝統的な修理技術の保存を図っている。
文化庁では、これらの修理技術者や伝統技能者などの育成事業を行っている。修理に必要
な技術を選定保存技術として選定し、保存団体や個人を認定し、現在、建造物関係では、建
造物修理(文化財修理技術者の育成)
、建造物木工(修理大工の育成)
、屋根瓦製作、本瓦葺、
檜皮葺・こけら葺、茅葺、鋳物製作、錺金物製作、建造物彩色、建具製作、竹釘製作、檜皮
採取、左官、規矩術(古代、近世)
、建築模型製作などを選定保存技術として選定し、技能の
向上、後継者の育成、記録の作成などの事業を行い、高度な技術を持った技術者、技能者の
育成と伝統技術の継承を図っている。特に、修理技術者、建造物木工、檜皮葺き・こけら葺
き、茅葺き、建造物彩色については国の援助によって毎年研修会が行われている。また、屋
根瓦製作、本瓦葺き、左官についても、芸術文化振興基金などの援助によって文化庁の指導
のもとに毎年研修会が開催されている。
D.文化財修理の目的
1950年に制定された文化財保護法の目的には、
「文化財を保存し、且つ活用を図り、も
って国民の文化的向上に資するとともに、海外の文化の発展に貢献する」とある。文化財建
造物の修理はこの大目的を以ってなされるが、具体的には主に以下の3つを目的として行わ
れる。
・文化財的価値の維持・継承及び向上
・安全性の確保
・建築性能の向上
a)文化財的価値の維持・継承及び向上
文化財的価値の向上は、修理前よりも文化財としての価値を上げるための修理を行おうと
するもので、基本的には現状変更をすることによって現在以外のある一定の時代の姿に復原
修理することが該当する。復原修理は、建物が建立された時の姿に復原する当初復原やその
後に改築されたある時代の姿へ復原することなどがある。いずれも根本修理時の調査によっ
て建造物の変遷が明らかにされることによって、指定時の価値以外の文化財としての潜在的
な価値が明らかになり、その潜在的な価値を人々の眼前に現すためにその建物が文化財とし
て最も価値を向上すると考えられる時代に復原がされることになる。
復原の考え方についてはこれまでに何度と無く議論されてきたが、当初に復原する方法と
建築後から現在までの途中の時代に復原する方法があり、共に現在の形式を変更して修理す
るものであるが、その肯定的な理由として以下のような観点をあげることができる(注2)。
当初復原については、当初の建築の形式が建築物を造った人の意図を最もよく表わしてい
ると考えられ、当初以後の形式は複数の人の手が入り、形式として混乱していると考えられ
る。オリジナルの形式が最も純粋で整った形式として価値があり、また、歴史資料として、
できるだけ古いものの方が価値があるという考え方もあり、当初に復原することの肯定的な
理由となっている。
それに対して、当初の形式が必ずしも建築的に最も優れたものではなく、場合によっては、
当初には完成していない建築もあり、途中であっても所有者が最も興隆した時期など建築が
最大に充実した形式を完成する時期があり、必ずしも建築当初の形式が最も優れたものでは
ないという考え方がある。
それらの復原的な修理方法に対して、現状修理の肯定的な考え方は次のようなものである。
現状の建築の状態は、その建築が経てきた過去の歴史をすべて蓄積しており、建築が改築さ
れてきた経過も貴重な歴史であり、その歴史の蓄積こそ失ってはならないものである。その
歴史を守るためには現状修理が最も好ましいとする考え方である。また、復原的な修理方法
では、後世に付加された材を取り除き、取り替えられる材を補わなくてはならず、復原され
る材はほとんど新材となり、材として歴史的経過をもたないものである。つまり本物ではな
い。文化財は極力歴史的経過をもった本物であるべきであるとする考え方があり、現状修理
が最も正しい修理とする考え方がある。
さて、以上のような、当初及び途中の時代への復原も、現状の修理も完全な修理方法では
ない。復原による修理も、現状修理でさへも、厳密には修理によっていかなる変更も加えな
いということは実行不可能である。復原による修理は、厳密にはすべてが完璧に復原できる
訳ではない。少ないが推定による部分が必ず残る。木造であればどんな修理によっても、取
り替えざるを得ない部材が出てくるから、完璧に同じ部材が使用されることにはならない。
傾いた柱を垂直に戻せば、後世の柱が傾いた時期に取り付けた部材などは、それまで納まっ
ていた継手・仕口などの部分はそのままでは納まらなくなり、変更を加えざるを得ない。ご
まかして納めざるを得ない。ごまかしによる修理部分は決して一箇所には止まらず、現状修
理といっても完璧な修理はできないことが分かる。
文化財の修理は何が何でも復原的な修理を行うものではない。文化財として指定された時
の指定説明を尊重して、その価値付けが最も明確になる修理方法として復原という方法を選
択しているのである。
それぞれの文化財建造物が持つ文化財的価値は、一つ一つに個性があり一様な方法で修理
はできない。その建物が一番活かされるかたちで修理が行われることが文化財としての価値
をより一層高めると考えられ、文化財建造物の修理は、決して過去への回帰を求めるもので
はなく、極めて現代的な課題である。
このような復原によって現状変更されるものについては、先に記したように、所有者の申
請に基づいて開かれる国の文化財保護審議会において慎重に審議され、価値の向上になると
判断されたものについて復原が決定される。
また、根本修理によって建物の解体をすることによって、過去の継手、仕口の手法や工法
が明らかになり、修理においてその技法や技術が再現されること、また、報告書などの記録
に残されることは、それまでに知られていなかった文化財のもつ価値を再現したり記録とし
て明らかにすることによって保存が図られ、全体として文化財的価値の向上になると考えら
れる。
b)安全性の確保
文化財に指定されている歴史的建造物は、現在の一般の建築物の耐震の基準からするとか
なりその基準からはずれているものがある。これらの建造物は文化財であって、一般の建造
物とは価値の基準が異なり、歴史的な構造や形式などに価値があり、耐震的な意味から問題
があっても、現在における文化財としての価値には無関係である。しかしながら、文化財の
活用を図ろうとするとき、中に人が入ることも当然考えなくてはならない。その時に、活用
によって文化財建造物が万が一にも地震などの災害で人に害を与えることがあってはならな
い。そのためには、文化財建造物といえども、その活用によって多くの人が内部に入る場合
など、耐震的な考慮をしておかなければならない場合がある。現在、そのような建物には建
物の構造とは別に一定の耐震性が得られるような構造を付加している。その場合、付加した
構造が、できるだけ外から見えないこと、いつでも撤去でき建物そのものは原形に復旧でき
ることなどを原則としている。
また、構造とは別に、火災の危険がある町中の茅葺き民家などは、防火構造とするために
茅葺きを施工した上から屋根全体を鉄板で覆う工事が行われることがある。大勢が集まるよ
うな施設では二方向避難などを考慮して、文化財建造物に元々ある通路以外にも避難用の通
路を確保しなければならない場合も出てくる。このような、後補による補強や耐震の設備、
避難施設等については、その建物の活用の方法と密接に関係がある。利用方法を制限する事
によって、耐震の設備等の設置を避ける場合も考えられ、文化財的価値の減少をできるだけ
避ける方法が取られている。
c)建築性能の向上
建築は本来の建築目的に合った使い方をされている時が、最もその本来の存在価値を認知
することができる。また、使うことによって戸の開け閉めがなされ室内の空気が流れ、結果
的に建築の耐久性が増すことになる。従って、建築物はその保存のためには使用することを
原則とする。住宅であれば住むこと、銀行は銀行として使われることが望まれる。しかしな
がら、昔の社会的状況や生活様式に従って建てられた建築物は現在ではそのままの状況で使
うことができないものもある。例えば、銀行を銀行として使う場合も、現在の執務状況から
は建物の構造も面積も必要な状況とは大きく異なっている。昔のまま使おうとしても不可能
である。また、建築当初は無かったが、現在では極当たり前になっているエアコン(暖冷房
設備)など、現在の生活様式から考えれば極一般的に使われているものもあり、それを否定
して、文化財といえども、所有者に昔のままに住むことや使うことを強要することはできな
い。文化財にかける負担を最小限にして建物に変更を加え、それらの建築における性能を向
上させることは、文化財の保存にとっても必要なことである。但し、性能を向上させるため
に付加される設備等は、やはりいつでも撤去できるもので建物を原形に復帰できるものでな
くてはならない。
また、近年における復原は、必ずしも、建物すべてを旧規にもどすのではなく、公開に供
する一部を復原するという現状変更も行われている。たとえば、住宅を修理する場合、生活
する部分を残して、その他の部分について復原する修理も行われている。
E. 特に大径長大材の交換について
上記のような修理目的に対して、特に大径長大材の修理において考慮しなければならない
点について以下に記す(注3)
。
日本の歴史的建造物で、大径長大材が使われているのは、主に社寺建築や城郭建築の柱や
梁で、民家の梁や大黒柱や木造の橋桁などにも使用されている(注4)。柱や梁などの軸部構
造材において腐朽や破損が発見された場合、それらの欠陥は地震や風などの外力によって建
物全体の被害につながることが考えられることから、通常はその欠陥が拡大する前に修理さ
れる。軸部構造材の腐朽や破損による修理の場合、交換される材積も大きく、加工方法など
を含めて失う材が最小限になるように特に慎重に扱われなければならない。
柱の破損の場合、破損が柱全体におよんでいることは少なく、多くは柱の根元が腐朽して
いるだけの場合が多い。日本の古い歴史的建物は礎石立ちであることが多く、地中から礎石
を伝ってくる水分や、礎石の結露などによって、柱の根元が腐朽することが多い。この場合、
その腐朽部分からやや上方で柱を切断し、下方の腐朽部分を取り替える根継ぎ修理とする。
補足材にはほとんど同質の材が使われ、多くの場合、古材は木目の詰んだ材が多く、同等の
ものが望まれる。また、構造的な耐力を十分確保することが望まれると同時に、その材の継
ぎ方によって失う材積が異なり、継手の形式や位置の検討が慎重になされる。
柱の上部や梁などの破損の場合、雨漏りによるものや白蟻による被害が多い。木材が完全
に乾燥している場合には蟻害を受けることは少ないが、風通しが悪い状態や雨漏りによって
木材が湿気ている状況などでは被害を受けることが多い。蟻害の場合、発見が難しく被害の
範囲が大きくなることが多く、材全体の取り替えに至る場合が少なくない。表面は健全であ
るが木材の内部に被害が及んでいることが多い。大径材の場合、同じ形の材の確保は極めて
困難であり、そのように外部全体がある厚さで残る場合などは、少しでも多く修理前の材を
残すという考え方からや、内部をくり抜いて新材に取り替え、外部の形態だけを残す修理の
方法も取られる。漆塗りの柱なども、柱表面を布着せして漆を塗るため、外形を残して内部
の木部が蒸れ腐れを起こしている場合があり、この場合も腐朽の範囲が外部から確認できず、
修理が遅れ、柱一本全体の取り替えが必要となることがある。
さて、文化財の修理の場合、工期が決まっているため、乾燥期間を十分とれないことがあ
るが、太径材の修理の場合、十分な乾燥期間をとることを怠ると、後で材が変形して暴れ、
特に軸部材の場合、建物の傾きや全体の変形を引き起こすことがある。化粧材では変形は勿
論のこと、割れが入る場合があり注意を要する。取り替えの必要な太径長大材の修理におい
ては、工事の初期段階における材の確保の手配が必要となる。
F.文化財修理の今後
a)修理技術者の確保と養成
部材の変更がやむを得ないとすると、取り替えられた部材は元の技法や工法によって修理
することによって、可能な限りの文化財としての価値を残すことが必要となる。そのために
は、伝統技術を持った経験のある技術者や技能者が必要である。しかしながら、現代の建築
業界には伝統技術を十分に経験できる十分な仕事量が確保されていない。技術を磨くには経
験が不可欠である。従って、一定の職人などの技能者が常に修理の仕事を経験できるような
修理の体制を造ることが肝心である。そのためには、文化財建造物の修理費を確保すること、
修理に必要な一定の職人を常に確保し育成することが必要である。後者の問題については、
先に記した選定保存技術の制度があり、現在、団体と個人が認定されて、小規模な研修会が
行われている。現状では、建築の業種に比較してその数はあまりにも少ない。さらに、選定
技術の数を増大することが必要であり、また、研修会を拡大し、カリキュラムの内容を充実
し、常に高度な研修を行うことができるようにすることが必要である。
b)材料の安定供給
近年の木造建築の減少による木材の需要状況の悪化、また海外からの安い外材の流入等に
より、木材の値段の下落が進み、日本の木材生産の体制が経済的に破綻しつつある。一般市
場に出回る木材は、規格材の生産に止まり、経済効率の悪い規格外の太径長大材や現在一般
には使用されないような特殊な材種や材質の特殊材などは生産がほとんど行われていない。
また、短期の育成が望まれ、成長率が良い木材の生産が行われ、そのため文化財修理に必要
な木目の細い、木目の詰んだ材は一般市場では既になかなか確保が困難な状況となっている。
文化財修理に使用される木材は、木材業者に発注され、そのほとんどは一般市場で確保さ
れる。しかし、太径長大材や特殊材は、一般市場には流通せず、木材関係業者が独自に備蓄
していたような材を探して購入することになる。これらの木材は探すのに時間がかかり、値
段がかなり高額となり、文化財建造物の円滑な修理を妨げる状況になっている。
これらの状況に対処するためには、第一に、現在使用されている大径長大材を失わない努
力をすることが必要となろう。勿論、文化財建造物の使用部材すべてを可能な限り残す努力
が必要であるが、今後、特に確保が困難になりつつある大径長大材については特別な保護が
必要であり、破損を最小限に押さえる工夫が必要である。同時にまた、破損した部分の修理
についても、科学的手法や技術的工法の開発によって、できるだけ健全な部分を失わない修
理方法を確立し、残せる部分を拡大する努力と工夫が必要である。
また、止むを得ず取り替えに至った古材については、何らかの方法によって保存が望まれ
る。特に、大径長大材は小材に比べて年輪など多くの情報をもっており、当初材から建築年
代が明らかになるなど、将来それによって判明する事実も少なくないと考えられる。
万が一失った大径長大材については、材の供給の体制を確保する必要があるが、前述した
ように、今後、それを一般市場に依存することは望めない。従って、新たに文化財に使用す
るための木材の安定的な供給体制を造ることが望まれる。そのためにはまず、自然林等にお
いて供給可能な大径長大材用の立木の存在を確認し、その供給の体制を整える方法が考えら
れる。そして更に、将来的にはそれらの立木を育成できる森林を確保し、育成方法を含めて、
供給の全体のシステムを整備する必要があると考えられる。
注
1
国宝及び重要文化財指定基準
建造物の部
建築物、土木構造物及びその他の工作物のうち、次の各号の一に該当し、かつ、
各時代又は類型の典型となるもの
(一)意匠的に優秀なもの
(二)技術的に優秀なもの
(三)歴史的に価値の高いもの
(四)学術的に価値の高いもの
(五)流派又は地方的特色において顕著なもの
国
宝
重要文化財のうち極めて優秀で、かつ、文化史的意義の特に深いもの
注
2
宮澤智士「日本の文化財建造物修復の一側面」(建築医 vol.2 no1 1994.1)参照
注
3
この章は、以下の文章の一部を引用している。拙稿「文化財建造物の修理に必要な大
径長大材と檜皮の確保について」(日本住宅・木材技術センター『住宅と木材』1999
年
12月)
注
4
拙稿「文化財建造物修理における大径長大材の使用と確保について」
(木造建築研究
フォラム第36回公開フォラム(大阪国際フォラム)
、1999年10月)参考