規制緩和により高成長が期待される医療機器業界

ア ナ リ ス ト の 眼
規制緩和により高成長が期待される医療機器業界
【ポイント】
1. 我が国の医療機器は、診断系では強いが治療系では欧米企業に依存している。医療機
器の貿易収支は、構造赤字といえる状況が続いている。先端技術、モノづくりノウハ
ウは高いものの、薬事法の規制、医工連携などが課題との指摘は多い。
2. こうした中で政府は、医療産業を成長戦略の一つと位置づけて、規制緩和、各種支援
に取り組み始めている。医療機器についても、従来の課題を解決する具体的な施策が
2013 年 6 月発表の「健康・医療戦略」に織り込まれるなど急速な進展がみられる。
3. 世界医療機器市場は 2 ケタ近い成長が続き、市場規模 30 兆円超となっている。特にア
ジア地域の成長率は高く、日本企業にとっては、大きなビジネスチャンスといえよう。
医療産業(医療品・医療機器)はアベノミクスの成長戦略の一つに位置づけられている。と
りわけ、医療機器については、規制緩和により業界が活性化し、国際比較での競争力アップが
期待できる分野である。また、アジアを中心に高成長が確実視されている市場であり、日本企
業にとっても大きなビジネスチャンスといえる。我が国の医療機器業界の現状と政府の取り組
み、そして今後の成長ポテンシャルについて考察してみたい。
1.我が国の医療機器業界の特徴
薬事法において、
「医療機器」とは、人若しくは動物の疾病の診断、治療若しくは予防に使用
されること、又は人若しくは動物の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことが目的とされ
ている機械器具等、と定義されている。医療機器は、人命にかかわる機器であり、安全性、品
質の確保のために薬事法で規制されている。
医療機器は、大きくは治療系と診断系に分けられる。治療系は、患者の治療に直接に使用さ
れ、代表的な機器としてはカテーテル、ステント、レーザー治療器などがあげられる。診断系
は、患者の状況を把握するために利用される機器であり、X 線 CT 装置、超音波画像診断装置、
内視鏡、臨床化学分析器などである。我が国の医療機器については、診断系では強いものの、
治療系では輸入依存度が高いのが特徴であり課題といえる。
図表1.国内医療機器分類別出荷金額
単位:億円、%
国産品 輸入品 輸出
分類
国内出荷 構成比
代表例
比率
比率 比率
1 処置用機器
5,732
24%
59%
41% 21% カテーテル、殺菌済み注射器
2 生体機能補助・代行機器
5,223
22%
41%
59% 19% ステント、人工股関節
3 画像診断システム
2,400
10%
62%
38% 46% X線CT装置、超音波画像診断装置
4 生体現象計測監視装置
2,312
10%
75%
25% 19% 電子内視鏡、血圧計
5 眼科用品
2,078
9%
23%
77%
3% コンタクトレンズなど
6 歯科材料
1,392
6%
79%
21%
7% 歯科鋳造用金銀パラジウム合金
7 治療用、手術用機器
1,116
5%
36%
64%
8% 手術用電気機器、レーザー治療器
8 家庭用医療機器
1,086
5%
74%
26%
8% マッサージ、補聴器
9 医用検体検査機器
541
2%
83%
17% 68% 免疫反応測定装置、臨床化学分析器
10 その他
1,645
7%
59%
41% 33%
合計
23,525
100%
55%
45% 27%
(資料)厚生労働省「薬事工業生産動態統計年報」より富国生命投資顧問作成
アナリストの眼
図表2.国内医療機器市場と輸出入の推移
例えば、カテーテルを代表とする処置
用機器では、国内出荷に占める輸入比
(億円)
30,000
輸入
輸出
率は 4 割強、輸出は 2 割強であり、生
25,000
貿易収支
国内出荷
体機能補助代行、治療用、手術用機器
20,000
などの治療系医療機器は、いずれも輸 15,000
入依存度が高いことがわかる(図表 1)
。 10,000
過去 20 年間の国内医療機器出荷、
5,000
輸入及び輸出をみると一貫して貿易収
0
支(輸出-輸入)は赤字が続いている ‐5,000
(図表 2)
。また、国内医療機器出荷の ‐10,000
1992
1994
1996
1998
2000
2002
2004
2006
2008
2010
(暦年)
輸入依存度は、5 割近い水準が続いて
(資料)厚生労働省「薬事工業生産動態統計年報」より富国生命投資顧問作成
いる。我が国は輸出国といわれている
が、
医療機器については、
構造的な赤字であり欧米からの輸入に頼っているのが実状といえる。
2.規制緩和による効果は絶大
我が国の医療機器開発が欧米に比べ劣勢な理由としては、①薬事法による規制、②医工連携
が不十分、などが指摘されている。優れたモノづくり技術には定評がある一方でこうした課題
により開発が遅れているとの見方が、業界では一般的となっている。
現行薬事法の規制で、問題点と指摘されているのは、①承認審査が欧米に比べて長
いデバイスラグ、②規制下での価格体制、である。デバイスラグは、承認審査が複雑
で製品実用化が遅れているという問題であり、一昨年ごろまでは、欧米に比べて平均
すると 1 年半近く長いと見られていた。最近では審査機関である PMDA(医薬品医療
機器総合機構)の人員を増員するなど対策を打っているが、さらなる改善が必要との
意見は強い。医療機器の価格体制については、分類や材料ごとに定められており、本
来の付加価値である性能での価格差が反映されていないという問題である。企業から
すると付加価値の高い製品を開発し製造するというインセンティブが働きにくい構造
となっている。業界団体は、医療機器が医薬品と同じ薬事法として規制されているこ
とが問題として、具体的に薬事法の改正を提言している。
一方で、医工連携や産学官連携が欧米に比べて不十分という課題もあげられる。先
端技術、「モノづくり」ノウハウについては、高い定評がある。これらの技術と医療機
関のニーズ、医大、研究機関等での研究開発の融合が実現できれば、欧米に比べ遅れ
ている最先端医療機器を開発できる可能性は高まると考えられる。
3.国家の成長戦略として医療改革を実施へ
政府はすでに医療産業を成長分野と位置づけて、前述した課題の解決にむけた取り
組みを始めている。2012 年 6 月には「医療イノベーション 5 か年戦略」が提示され、
この中で医療機器の施策についても具体化。そして、安倍政権下では、2013 年 6 月
発表の「健康・医療戦略」として引き継がれ、実行力ある一層の強化策が打ち出され
ている。
医療機器については、技術の融合、医療現場ニーズ、審査承認、保険適用そして市
場拡大と全方位的に施策が展開される構想となっている(図表 3)。具体的には、①医
工提携の医療機器開発支援、②業界団体から提言のある医療機器の特性を踏まえた薬
事法の改正、③迅速に審査できる体制の強化、④保険適用についても製品性能・イノ
アナリストの眼
図表3.医療機器の主な国家施策
図表4.日本版 NIH の骨子
次の取り組みにより医療分野の研究開発の司令塔(日
本版NIH)を創設するため、法整備を行う。
① 司令塔の本部として内閣に総理大臣、関係閣僚か
らなる推進本部を設置
② 一元的な研究管理の実務を担う中核組織を創設
③ 研究を臨床につなげるため、国際水準の質の高い
臨床研究・治験が確実に実施される仕組みを構築
● 以上の①~③を有機的・一体的につなげることで、
司令塔機能発揮に万全を期す
(資料)健康・医療戦略室資料より富国生命投資顧問作成
ベーションを評価、⑤海外展開の支援と推進である。
さらに、総理自らの指示により、日本版 NIH(National Institutes of Health、米
国立衛生研究所)及び一般社団法人 MEJ(Medical Excellence JAPAN)の設立が決
定している。この日本版 NIH は、我が国の医療分野の研究開発の司令塔であり、研
究・予算が縦割りで、開発もバラバラという課題を一元化して戦略的予算配分、戦略
的な開発を実現することを目的と
図表5.一般社団法人 MEJ の活動内容
している。また、一般社団法人
MEJ は、国際展開の推進のため、
政府支援のもと、医療機関と医療
機器メーカーが連携した海外展開
支援、人材育成等の事務局機能を
果たす組織である。すでに総理が
医療機器企業のトップと海外へ訪
問するなど具体的な活動も展開さ
れている。
4.アジア中心とした成長ポテンシャル大
政府が成長戦略として医療機器に注力するのは、グローバルでの市場規模が大きく、
高成長が見込めることも理由といえよう。2012 年の世界医療機器市場は約 3,000 億ド
ルと世界半導体市場を上回る規模となっている。過去 5 年間(2007 年~2012 年)の
年平均成長率は 2 ケタ近い成長、今後 5 年間でも年率ベースで 8%レベルの成長が予
想されている。とりわけ、アジアについては、過去 5 年平均成長率は+22%、今後 5
年でも年率+16%と高成長が見込まれている。今後 5 年間で新たに約 3.7 兆円の医療
機器市場が創出されることになり、魅力的な市場といえる。すでに、多くの日本の医
療機器メーカーは、中期計画を発表、海外展開をベースに急成長を実現させる戦略を
打ち出している。
我が国の医療機器を強い産業に育成し、世界に輸出することは、我が国の活性化だ
けでなく、各地域発展に貢献することにつながる。安倍総理は、継続審議となってい
る医療関連法案などについて、次期国会において、
「健康・医療戦略」に基づく、規制
緩和を進めるとしている。医療機器業界にとっては、飛躍のチャンスといえ、注目さ
れよう。
(富国生命投資顧問(株) 株式運用部調査グループリーダー 山﨑 総一)