報告: Open Source Brain Kickoff Meeting 山崎 匡 電気通信大学 大学院 情報理工学研究科 情報・通信工学専攻 NumericalBrain.Org 2013 年 5 月 17 日 2013 年 5 月 13–15 日に、イタリアのサルディーニャ島、アルゲーロで開催された表題の会議に参加したの で、内容を報告する。会議のプログラムはウェブサイト [1] に掲載されているので、詳細はそちらを参照され たい。 Open Source Brain[2](以下 OSB) は UCL の Angus R. Silver のグループが中心となって開始した新しい タイプのモデルデータベースである。従来、モデルのデータベースは ModelDB[3] や INCF 日本ノードの各 種プラットフォーム [4] に代表されるように、モデルのソースコードやスクリプトを ZIP ファイルにまとめた ものを掲載し、ユーザはそれをダウンロードして利用してきた。一方、OSB はリポジトリのバックエンドと して GitHub[5] を採用し、単なるファイル置き場ではなくコードの再利用や共同開発を促進する場となって いる。また今どきのモダンなテクニックを駆使した美しいサイトに仕上がっているのも魅力である。 OSB の背景にあるのは、精緻化・大規模化・複雑化するモデルの開発を複数の研究者が協働して行えるよ うにしたいという要求である。単一の神経細胞のモデルでさえ、形態・チャネル・シナプス・電気生理・可塑 性等、異なるプロパティ全てを一研究者あるいは一研究室でモデル化するのは、現時点で既に不可能である。 OSB はこの構造的な問題に取り組む。また、EU の Human Brain Project がトップダウン型のクローズドな プロジェクトであるのに対し、OSB はボトムアップでオープンを標榜する。 Silver によると、OSB の長期目標は、“building accurate and accessible models for health & diseases” である。現状の問題点として、 • not transparent or accessible • building on existing models is rate • difficult to reproduce • no models used generically が挙げられ、そのための解決策として、 • standard description • building on past work with tracking • collaborative development • reproducible, robust, generic models が OSB の方針として挙げられた。ファンディングは Wellcome Trust で、予算の継続が決まったとアナウン スがあった。 1 今回の会議は OSB の記念すべき第一回目の会議ということで、テーマを小脳のモデリングとした。小脳は 最も良くモデルの仕事が進められている脳部位であり、Silver ラボが小脳の電気生理の大御所であることか らも妥当である。その流れで、たまたま既に GitHub を使って小脳モデルを公開していた*1 私のところにも 声がかかったというのが参加の経緯である。会議は総勢 40 名程度のコンパクトなもので、全員が小脳関係者 かつほとんどが知り合いと言うこともあり、質疑を含め会議は非常に盛り上がった。7 月の CNS Paris では Egidio D’Angelo がオーガナイザー代表を務める小脳のモデリングのワークショップが開催されるが、私を含 めた今回のスピーカーのほぼ全員が次のワークショップにも参加することになっており、OSB と小脳の深い 関連を示唆している。 1 日目は、まず Silver から OSB 設立の経緯・目的・概要が説明された。内容は上に書いた通りである。その 後 OSB で深く利用される技術として NeuroML2 とその周辺、NeuroUnit 等の紹介がなされた。NeuroUnit とはソフトウェア開発でいうところのユニットテストを神経細胞のモデリングにも適用し、バリデーションを 行うための仕組みであり、個人的に興味深く感じる技術である。 2 日目は、前半は Egidio D’Angelo, Stéphenne Dieudonné, Paul Dean, Christian Roessert, Jesus Garrido, Angus Silver らの研究発表があり、私も我々が開発している Realtime Cerebellum[6] について発表を行っ た*2 。後半は OSB ウェブサイトの説明と GitHub のチュートリアルがあった。 3 日目は、午前中に Chris De Zeeuw, Volker Steuber, Sergio Solinas, Arnd Roth らの研究発表があり、午 後は総括と今後の計画についての討論がなされた。OSB については既に Erik De Schutter がその効用を疑問 視する論文 [7] を書いているが、私見では、ModelDB に代表される従来のデータベースはモデルの置き場所 を提供する善意の第三者という立ち位置であるのに対し、OSB は自分達のモデルを自分達で共有・再利用し ようとする当事者の集団であるという点において優位性があり、モチベーションの圧倒的な違いから、従来の データベースを脅かす存在になり得ると考えている。 OSB に参加するには、モデルを GitHub に登録・公開して、OSB ウェブサイトにアカウントを作ってリポ ジトリを登録すれば良い。共同開発にあたっては、研究者は同じ仕組みの上で開発することが暗黙のうちに期 待されており、NeuroML, PyNN, neuroConstruct 等を用いることになるので注意が必要である。このよう に、単に開発するだけでなく、開発のための枠組み作りや標準化 (とそれに基づく囲い込み) は、EU の人達は 本当にうまいと感じる。またこういった仕事を、いわゆる理論家が先導するのでは無く、Silver や D’Angelo といった実験の大御所が理論家を雇って進めているところが彼らの強みであると思う。 最後に、サルディーニャ島はリゾート地として有名で、私を含めた多くの参加者は奥様を同伴されていた。 天気が良く過ごしやすかったし、料理は地中海の幸が大変美味しかったので、会議のモチベーションが数段上 がったのは言うまでも無い。 参考文献 [1] Open Source Brain Kickoff Meeting. http://opensourcebrain.org/projects/osb/wiki/Meetings [2] Open Source Brain Initiative. http://opensourcebrain.org/ *1 *2 https://github.com/neuralgorithm/ ところでサルディーニャ島は Monty Python’s Flying Circus 第 3 シーズンのスケッチ “World Olympic Hide-and-Seek” の 舞台であり、この会議に参加するまで、これがこの島に関する唯一の私の知識だった。発表スライドにこのスケッチの写真を何 枚か使って導入部分を構成したところ、参加者の多くがイギリス人だったせいか良い感じに笑いを取ることに成功した。さすが Monty Python、いつになっても色褪せない。 2 [3] ModelDB. http://senselab.med.yale.edu/modeldb/default.asp [4] INCF 日本ノード. http://neuroinf.jp/ [5] GitHub. http://github.com/ [6] Tadashi Yamazaki, Jun Igarashi. Realtime cerebellum: A Large-Scale Spiking Network Model of the Cerebellum That Runs in Realtime Using a Graphics Processing Unit. Neural Networks, In Press. [7] Erik De Schutter. Collaborative Modeling in Neuroscience: Time to Go Open Model? Neuroinformatics 11:135–136, 2013. 3
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