今、真に必要なファンダメンタルとは

[特集]
――コーチによって異なるファンダメンタル観
今こそ選手たちに教えるべきこと――
今、真に必要なファンダメンタルとは
バスケットボール・マガジン提供(2005年7月号
P16∼19)
①
高校生指導の現場より
最も重要なのは 目 場面理解力を高める中で自分なりの ナイスプレー の基準を作る。
解説◎山崎純男 [長崎県/長崎女子高校監督]
② ファンダメンタルの指導の中では、キーワードを利用して感性に訴えるのも一つの方法と語
る山崎監督。合同練習に訪れていた近隣のミニバスチームの選手たちにも、キーワードでの指
導は理解しやすかったようだ
③ 場面理解力が何より大事というのが山崎監督の持論。その力を高めることができれば、後は
状況に応じて取り組むべき内容は自然に見えてくるものだという。
<世代に関わらず必要な場面に対する理解力>
テーマであるファンダメンタルについてお話しする前に、私の指導観について簡単に触れてお
きます。
私は、指導を行なう際、相手は人間であるということを常に意識するようにしています。例え
ば、人というものは緊張することもあるし、前のプレーを引きずってしまうこともある。強気に
なれるときもあれば、弱気になってしまうこともある。そういったことが分かり合えた者同士の
付き合い、その積み重ねが指導者と選手の間の根底になければならないと私は考えています。
ファンダメンタルの指導というのもまた同じだと思います。技術の巧拙や理解度など、人それ
ぞれに違います。それを物理的な、あるいは表面的な事象としてのみ捉えてしまうと、どこかで
間違ってしまうと思うのです。
例えば「空いているのにシュートを打たなかった」ということを考えてみましょう。そのプレ
ーにつながった原因が、ボールを握りそこなった、あるいはシュートが届かない位置だった、と
いうような技術的・体力的な問題かもしれないし、或いは、直前に大切なシュートを落としてい
たので、それを気にして少し弱気になっていたのかもしれないし、交代出場したばかりでまだゲ
ームの流れに乗れていなかったのかもしれません。
そのいずれもが、ともすれば「ファンダメンタルができていない」という言葉で片付けられて
しまう可能性があります。私は、技術的な指導や体力(トレーニング)的な指導を行なうことだ
けでなく、それ以前の、人間としての性格や気持ちなどまでを含み考えた指導を行なっていきた
いと考えているわけです。
そこで本題に入っていきたいと思いますが、ファンダメンタルとは場面理解力だと私は思いま
す。そしてそれを磨くために重要なのが目(見抜く力)です。逆に言えば選手の目が悪く、場面
を理解する力もないというのでは、どんな技術を教えても体力的にいくら鍛えても、結局はその
選手の持てる力を十分に発揮させることはできないと思います。優れたドリブルの技術を備えて
いても、ドリブルすべきではない場面で使っては、その技術は生きてこないわけです。
最近、近隣のあるミニバスチームが鶴鳴に練習に来ました。彼女たちはたくさんのメニューを
次から次へとこなしますし、技術的にも決して未熟ではありませんが、5対5の場面になるとそ
れらが活かされてこないのです。技術は知っているけれども適切な場面理解ができていないから
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うまく使えないのです。知っていても使えないのでは技術を習得した意味がありません。
実は、かく言う私も以前は同じようなパターンにはまっていました。モーション・オフェンスを
やりたいのだけれどもどうしても上手くいかない。だからついつい動きを決めてしまうパターン
オフェンスになってしまう。この繰り返しが数年続きました。
しかし、モーションオフェンスでもパターンオフェンスでも、ちらの動きを先回りして相手が
それを防ごうとしてきます。そんな時には、その瞬間に逆が取れるかどうかという閃きが出てこ
なければならないわけです。「こうやって、こう攻める」と決まっているはずのプレーでさえも、
決まっていることを正確にやればうまくいくのではなく、結局は場面理解力からの閃きが必要な
のです。それに気付いてから私は、技術や体力云々以前に、まず場面を正しく理解し、判断する
ということに取り組むようにしています。
<たくさんある正解の中から自分の好む形を確立する>
試合中にミスが起こると、多くの場合「ファンダメンタルができていない」と言われるわけで
すが、では、「ファンダメンタルが身に付いている」というのはどういうことでしょうか。私は、
どんな状況にも対応できる技術を身に付けている状態であると考えます。つまり、その瞬間瞬間
に判断して、適切な技術を選択して、プレーすることができることが「ファンダメンタルが身に
付いている」と言えるのだと私は思います。
しかし、どこで、どんな技術が必要になるかは分かりません。試合中には、様々な技術が必要
になることでしょう。それらすべてを逐一ファンダメンタルとして抽出し、指導していくことは
現実的には無理があります。だからこそ、場面を理解する力を付けるのです。もちろん技術を増
やし、高めていくことは大切ですが、そうすることでそのときに持っている技術の中から、その
場面にもっとも適した技術を選択することができます。今持てる技術の中で、どんな状況にも対
応しようとすることができるという意味でも、場面理解力が必要なのです。
例えば「ドリブルはこうやってつく」ということを教えるのがドリブルのファンダメンタルの
指導かと言えば、私はそうとは限らないと思います。それより 、
「今ならこのドリブルでもっと先
まで進める」とか「これ以上ドリブルをし続けると危ない」という間隔を身につけさせることの
方が重要だと私は思うのです。
「まだ行けるとか「危ない」が分かれば「じゃあそんな時どうする?」となり、その場面をイ
メージしながら練習することができ、試合に役立つドリブルの技術を身に付けることができます。
しかし、その場面をイメージできなければ、せっかく取り組んだドリブルの練習も、場合によっ
ては時間の浪費にしかなりません。だからこそ、ファンダメンタルの指導とは、実際に技術を教
えるという部分以前の理解力を高めることだと私は思うのですが、いかがでしょうか。
私が、この考え方に行き着いて以来、練習で取り組むメニューの数はどんどん減ってきていま
す。それは、技術を習得するためだけ、あるいは場面を抽出するためだけのドリルが減ったから
です。場面を理解する、そして正しく判断し、選択するということに重点を置くと、Aというメ
ニューとBというメニューを整理し、統合できるようになる。ある意味で、私の指導法というも
のが、ここで確立されたと言えると思います。
そもそも、バスケットボールの正解はひとつなのではなく、たくさんあるのです。その中から、
自分の好む形を確立し、自分にとっての「ナイスプレー」あるいは「バッドプレー」の基準をは
っきり持つということが、自分なりのファンダメンタル、あるいはバスケットボール観を持つと
いうことだと思います。場面理解力を養った上で、自分の「ナイス」を実現するためにはどうす
ればいいか考える。それがファンダメンタルの指導の原点だと私は思います。
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<勝つために絶対的に必要なことが技術的なファンダメンタル>
ではここで、実際の技術という視点から少し考えてみたいと思います。
選手たちの育成ということについて自分なりの理想を持っているとか、選手の成長を第一に考
えるということは、どんな指導者でも同じだと思います。一方で、指導者がなぜ毎日選手を指導
しているのかと言えば、勝ちたいからであることもまた事実だと思います。ですから例えば、ミ
ニバスの指導では将来のことを考えてマンツーマンでディフェンスするのが理想的であるとは言
えますが、あるチームが小さなゾーンで守って相手のシュートが落ちるのを待ち、速攻を仕掛け
て勝ったとしても、そのことは誰からも批判されるものではないと私は思います。
ところで、バスケットボールにとって最も大切な技術は何かと言えば、当然シュートです。シ
ュートを狙わない選手、シュートを打っても見ていてまったく入る気がしない選手、そのような
選手が相手にとってなんの脅威にもならないことにどの指導者も異論はないでしょう。では、そ
の次に大切な技術は何かと言えば、ボールキープ力を高める技術です。相手がボールを持たせて
くれなかったり、ボールを持ったとしても強いプレッシャーを与えられてシュートもパスもでき
なかったりすることが試合の場面ではしばしば見かけられます。シュートの次にはこれを解決し
なければなりません。
ボールキープ力と言えば、多くの人がピボットやスイング(リップ)を思い浮かべるかもしれ
ませんが、それは違います。ドリブルです。2人がかり、3人がかりで追い掛け回されてもキー
プできるドリブル力。これがあって初めて、堂々と顔を上げて、気持ちにも余裕を持ってプレー
できるようになります。誤解してもらっては困るので補足説明をしますが、私はドリブルに頼っ
たバスケットボールを展開すべきだと言いたいのではありません。バスケットボールの試合の理
想的は形はパッシングゲームです。
しかし、そのためにパスの練習をすればいいのかといえばそうではありません。うまくパスが
できるためには、「周りが見える」ということと「気持ちに余裕がある」ということが両立してい
なければならず、どちらか一方でも欠ければ、良いパスは出せません。それは、
「少々相手がうる
さくてもボールをなくさない」という気持ちで常にプレイできることが絶対必要条件で、その技
術がドリブルだと私は思っています。
以上のようなことを考えると、技術的にはチームを勝たせるために絶対的に必要なシュートと
ドリブルがファンダメンタル。それ以外のものは、余裕が有れば付け足していくものであるとい
う捉え方で私はいいと思います。しかし、それは私の考え方であって「いやいや勝つためにはま
ずディフェンス力ですよ」というコーチが居るでしょう。ならばそのコーチはディフェンスの練
習を自分にとってのファンダメンタルと捉えればいいのです。
つまり、Aということを徹底して勝たせることができるなら、そのチーム、その指導者にとっ
てのファンダメンタルはAであり、BやCに無理して取り組む必要はないということです。一方、
Aだけでは勝てない、勝つためにはBもCも必要だと思うのであれば、そのチームにとっては、
それもファンダメンタルと位置づけて取り組めばいいだろうということです。
例えば、スクリーン・プレー。今では非常にポピュラーなプレーですが、スクリーンを使わな
いチームだってあるし、スクリーンをしつこいほどに利用するチームもある。では、スクリーン
はファンダメンタルか否かということになった場合、前者のチームにとっては、とりあえずは必
要のないものだし、後者にとっては、まさにチームの核をなすファンダメンタルであると言える
のです。
とは言うものの、いずれにしても、同じバスケットボールをプレーしているわけで、その基本
的な考え方に天と地ほどの開きがあるわけではないでしょう。要は、自分の「ナイス」
「バッド」
を確立するのと同様、勝つために徹底すべきことを自分なりに見つけ、それを信じて行なう。そ
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してそれを継続するということではないでしょうか。
参考までに言いますが、私は選手たちの力を見るときに、まずハーフコートの3対2をやらせ
ます。なぜなら、3対2の中には、バスケットボールの要素がすべて盛り込まれているからです。
オフェンスだけの練習ではなく、ディフェンスだけの練習でもない攻防がそこにはあるのです。
ディフェンスをつけないで動きだけを確認しようとする練習は、ある程度以上バスケットボー
ルを理解し、プレーできるようになってからやるべき練習だと私は思っています。なぜなら、そ
のような練習はディフェンスの状態がイメージできるレベルの選手たちでなければ意味がないか
らです。
ディフェンス(ダミー)を付けない練習では、こちらの動きに対して相手がどう反応するか分
からない。イメージ能力が低いレベルでの練習では、そこに攻防があるということが非常に重要
なのです。攻防といっても2対1ではあまりにも攻防が簡単過ぎて簡単に勝負がついてしまいま
す。対して、3対2はオフェンスの方が人数が多く、基本的にはオフェンスが有利で、気分的に
もゆとりがある状況でプレーできる一方で、ディフェンスが2人存在しますから、効率的にスペ
ースが使えなかったり、タイミングが合わなかったり、技術が未熟でだったりすれば、なかなか
スムーズな攻撃はできません。ですから、3対2の練習は選手たちのバスケットボール理解度や
基礎的な技術の習得度を測るには、非常に適していると言えると私は思います。
練習を見ながら私が注目するのは、ある一つのプレーだけではなく、その前や全体の流れです。
例えば、シュートが落ちたとします。その事象だけを見れば 、
「シュートのファンダメンタルが足
りない」となってしまうわけです。しかし、シュートが入らなかった本当の原因は、その前のパ
スにあるかもしれない。もしかすると、さらに前の人のプレイに問題があるかもしれません。一
つの事象を点ではなく線で見る。指導者に必要な場面理解力の一つであると言えるでしょう。
<キーワードの利用で早い段階から磨きたい感覚の鋭さ>
先ほど、ミニバスチームを話題にしましたが、私は、特に小学生から、遅くとも高校生くらい
までの若い時期に、感覚的なものを鍛える必要があると思っています。理論的にどうこうという
ことはまだ十分には分からないことがあっても、例えば、
「あそこに突っ込んでいくのはダメなよ
うな気がする」とか、「ここでパスをすると取られるような気がする」といった感覚です。それを
できるだけ早いうちから磨いてほしいと思います。
その感覚をイメージしやすいように、私はいくつかの言葉や短文をキーワードのようにして、
繰り返し使うようにしています。例えば、ミニバスの選手たちにドリブルでボールを運ぶことを
指導する際には、「まだいけそう」「もうダメみたい」という言葉を繰り返し使います。また選手
にもそれを心の中で言い続けるように仕向けます。そうすると 、「まだいけそう」だからいく。
「もうダメみたい」だから何か別のこと、例えばパスするとかストップしてピボットをするなど、
適切な行動をとろうとする習慣を付けさせることができるのです。
このことは、実は浜口典子選手(元日本代表)が入学してきたときにその効果を実感し、それ
以来変わっていない方法です。中学生から高校生になった彼女に、高校生プレーヤーとしての場
面理解力を身に付けさせようとしてポストアップなどの練習を繰り返し行ないました。その際に、
「あそこは混雑しているから、ちょっと(入るの)待とう 」
「ここが観雑してきたから別のところ
に移動しよう」「あそこが空いているから行ってみよう」といったフレーズで彼女とやりとりを繰
り返したのです。すると彼女は、メキメキとその力を向上させていきました。当時の彼女は、技
術的には決して傑出していたわけではありませんでしたが、最終的にはインターハイ優勝の原動
力にまで成長してくれました。
これらは一例ですが、どんな言葉で伝えられたかによって、選手のイメージの膨らみ方は違っ
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てくると思います。伝えたいイメージや感覚を、それぞれの年代に適した、適切な言葉に置き換
えて、選手たちの中に残していくことで、練習では抽出し切れなかった、それと似たような場面
にも対応できるようになることでしょう。コーチ自らの場面理解力・イメージ力を高め、また選
手たちにとって適切なキーワードを模索する、そういった指導法についても、研究していくこと
が必要だと思います。
そしてもう一つ、「なぜ、どうして」という気持ちは常に忘れてはならないでしょう。指導者だ
けでなく、もちろん選手たちもです。「なぜあの人はあんなプレーができるのか」、「なぜあそこで
ダメになったのか」、「なぜあの選手はできるのに、この選手はできないのか」ということを、常
に考えていくことで自分の引き出しが増えていくし、次の考え方や考察へと発展させていくこと
ができます。その積み重ねが真に自分の財産となっていくのだと思います。
これは、専門書を読んでいるだけでは決して身に付かない力です。コートの中の選手を観察し
続けることで初めて身に付くのです。最初は脚だけしか見られないかもしれません。でも次は脚
と手を見られるようになり、その次はその選手の頭からつま先まで、さらにはその選手と他の誰
かを、最終的にはチーム全体、コート全体を見られるようになった、という具合に進歩していく
ものなのです。そして、形だけでなくその選手の心の中までが見えてくるようになる。そうなれ
ば、技術的にも精神的にもきっと適切な指導ができるはずです。
結局は、万人に共通のファンダメンタルなどないのだと私は思います。それがあるくらいなら、
誰も苦労しません。大切なことは、その選手にとって、今必要なことは何かということです。そ
れをどうやって見抜いていくか。技術的にも考え方としても、指導するべきことはいくつもある
でしょう。しかし、その根底にあるのは、人間として選手たちを見続けていくということだと思
いますし、その結果選手の中に「そうか」「なるほど」を植え付けていくことができれば、ファン
ダメンタルを身につけさせたと言えるのではないかと思います。
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