工学院大学研究報告第 112 号 平成 24 年 4 月 氏 名(本 籍) 橘 弘一郎(岐阜県) 学 位 の 種 類 博士(工学) 学 位 記 番 号 博甲第 118 号 学位授与の要件 学位規則第 4 条第 1 項 学位授与年月日 平成 23 年 6 月 20 日 学位論文題目 ナイロン 4 の生分解挙動と熱安定化に関する研究 論文審査委員 主査 今 村 保 忠 副査 五十嵐 哲 南 雲 紳 史 岩 田 忠 久 伊 藤 雄 三 矢ヶ﨑 隆 義 橋 本 和 彦 論文要旨 クとして位置付けられる可能性が出てきた. しかしナイロン 4 はそのままでは融点と分解点が近接 プラスチックが様々な環境問題と密接に関わっている しているためこれまで工業化されてこなかった.そのた という状況から,使用時の利便性のみならず,自然への めナイロン 4 を工業的に生産するためにはその熱的安定 影響,環境への配慮,野生動・植物の保護などを念頭に 性を改善する必要があるが,これまでの研究報告による おいた「環境にやさしいプラスチック」への関心が世界 とある程度の効果を見出しているものの不明瞭な点も多 的に高まり,多くの研究が進められるようになった.環 く,ナイロン 4 の熱安定化に関してはさらに詳細な研究 境にやさしいプラスチックは大別して二つのカテゴリー が必要であると思われる. に分類できる.1 つは,生分解性プラスチック(グリー 本研究ではナイロン 4 の生分解機構を解明すること, ンプラ)であり,もう 1 つはバイオマスプラスチックで そしてナイロン 4 の熱的安定性を改善することを目的と ある.グリーンプラは,自然界に生育する微生物によっ した.尚,本論文は六章から成る. て分解され,最終的には水や二酸化炭素になるプラス 第一章では緒言としてプラスチックと環境問題との関 チックである.一方,再生可能資源である植物資源を原 連,環境負荷低減を目的としたプラスチックの開発経緯 料とするバイオマスプラスチックに対する関心も, 「カー と現状,そして当研究室の成果も含めたナイロン 4 に関 ボンニュートラル」の概念に沿って高まっている. する研究の経緯について総括した. これまでグリーンプラ,またはバイオマスプラとして 第二章ではナイロン 4 を生分解する微生物を堆肥入り 盛んに研究されているのは主にポリ乳酸のようなポリエ 土壌中から単離し,その分解活性を評価するとともにナ ステルであるが,一般に合成ポリアミド(ex.ナイロン イロン 4 の分解挙動について調査した.初めに名古屋大 6,ナイロン 6,6)は,相当するポリエステルに比べて優 学農学部付属農場から採取した堆肥入りの土壌中からナ れた機械的性質をもっている.しかし大部分のナイロン イロン 4 を分解する微生物をスクリーニングし,最終的 は未だ石油由来の非生分解性プラスチックとして用いら に 2 種類の微生物を単離した.単離した微生物をそれぞ れており,バイオマス,または生分解性ナイロンの開発 れPseudomonas maltophilia(KT−1),Fusarium sp.(KT−2) が望まれる. と同定し,続いてナイロン 4 の分解活性を水中でのナイ そんな中,ナイロン 4 のモノマーである 2−ピロリドン ロン 4 フィルムの分解と BOD 試験によって評価した. が植物資源由来に成り得るとの報告がなされ,近年ナイ ナイロン 4 フィルムは微生物の存在下でのみ重量が減少 ロン 4 がバイオマスプラスチックとして認識され始めて していき,試験開始約 5 週間後には消失した.また試験 いる.さらに当研究室では以前にナイロン 4 が土壌中で 途中のフィルム表面を SEM 観察すると,微生物の存在 分解されることを初めて見出し,ナイロン 4 は合成ポリ 下でのみ表面の損傷が観察できた.さらに残存フィルム アミドとして初めて植物資源由来の生分解性プラスチッ の分子量に変化がないことから,ナイロン 4 は主鎖の加 92 工学院大学研究報告 水分解は起こらず,その末端から分解されていると推測 の開始剤を合成した.得られた開始剤を用い,重合が副 した.続いて BOD 試験から微生物のナイロン 4 分解活 反応もなく定量的に重合した場合に得られるナイロン 4 性を評価した.結果,KT−1 株,KT−2 株はナイロン 4 を の理論分子量を,モノマーと開始剤のモル比を用いて 分解,資化するにあたり約 6 ∼24h の誘導期を有し,そ 3000,8000,そして 30000 に設定して,2−ピロリドンを の後約一週間でナイロン 4 を 30%程度分解し,3 週間後 重合した.その結果,理論分子量が 3000 と 8000 の場合 の分解率は 60%程度まで達した.上述のフィルムの分 は共に重合時間は約 5 分以内,収率は約 80%と短時間, 解試験と合わせると,KT−1,KT−2 株のナイロン 4 分解 高収率でポリマーが得られた.しかし理論分子量が 活性は高いと評価できる.次に KT−2 株を用いてナイロ 30000 の場合系内は固化せず重合率は低かった.モノ ン 4 の分解機構を調査した.分解前のナイロン 4 は一方 マーの精製を簡略化しても理論分子量が 10000 程度であ の末端にベンゼン環を,もう一方の末端にアシルラクタ れば高収率でポリマーが得られることが判明したが,よ ムを有する.この末端アシルラクタムをカルボキシ基, り高分子量のナイロン 4 を得るためにはモノマーをより アミノ基,そしてアルキル基へとそれぞれ化学変換した. 精製するか,合成後にカップリングする必要がある. これらの異なる末端基をもつナイロン 4 を生分解試験す 第四章では熱的に安定なナイロン 4 を得るために必要 ると,末端がアシルラクタムの場合が最も分解し,カル な末端変換の簡略化と分子量の増加について検討した. ボキシ基のナイロン 4 も幾分か分解したが,アミノ基ま 第三章から末端基の変換は熱安定化に有効であるが,そ たはアルキル基の場合は分解しなかった.生分解試験中 れは溶液プロセスであるため実用的には不利であり,ま のナイロン 4 の構造を MALDI−TOF Mass により分析す た簡略化した重合プロセスでは高分子量体が得られない ると,末端にベンゼン環とアシルラクタムをもつナイロ ため,これらの改善策を検討する必要がある.そこで末 ン 4 と,末端にベンゼン環とカルボキシ基をもつナイロ 端アシルラクタムを簡易に変換する方法として,加工時 ン 4 の 2 種類が検出された.重要な点は観測された構造 に添加剤を加えて変換する反応押出を想定した.アミン はどちらもベンゼン環をもつことであり,従って KT−2 を添加して加熱すると,末端アシルラクタムの分解は進 株によるナイロン 4 の生分解はベンゼン環をもたない末 行するが末端へのアミンの付加反応が競争して起こり, 端付近のアミド結合の切断によって進行していると推測 熱分解は抑制されると考えた.さらに両末端官能性ナイ した. ロン 4 へ,末端基と等モル量のジアミンを添加すること 第三章では末端基を変換したナイロン 4 の熱分解挙動 で鎖伸長も期待した.実験手法として両末端アシルラク を調査し,熱分解を伴わずに溶融成型が可能な条件につ タムのナイロン 4(Mn=8100)と各種ジアミンを等モル いて検討した.また合成プロセスの簡略化も検討した. 量混合し,それらを TGA または DSC 装置を用いて加熱 片末端アシルラクタムのナイロン 4 の熱分解温度はその した.添加剤を加えると顕著に熱分解速度は減少し, TGA から約 230−240℃であり,DSC で融解ピークは見 280℃まで加熱した時の重量は添加剤の非存在下では られなかった.一方,末端がカルボキシ基,アミノ基の 50%程度まで減少するのに対し,p−キシリレンジアミン ナイロン 4 は,熱分解温度が共に約 280℃まで上昇し, 存在下では 90%程度に止まり,添加剤による熱分解の 融解ピークが約 260℃に観測された.この結果はナイロ 抑制は十分効果的であることが示された.さらに残存ナ ン 4 の熱分解が末端アシルラクタムからの分解(解重合) イロン 4 の GPC 測定から,分子量は元の 2 ∼ 3 倍まで増 により進行することを支持している.以上からナイロン 加していた.これらの結果から,ジアミンを添加剤とし 4 を溶融加工するためには末端基の変換が効果的である て用いた反応押出により,末端アシルラクタムの変換と と実証された.次にナイロン 4 の合成プロセスの簡略化 同時にそれに伴う鎖伸長により分子量を増加できること を検討した.高分子量ナイロン 4 を得るためにはモノ が示された.さらに両末端カルボキシ基のナイロン 4 に マーの十分な精製が必要であるが,従来の方法では時間 ついても検討した結果,ジアミンとの縮合反応に伴う水 と熟練したガラス細工の技術を要するため実用上はそれ の副生を懸念していたが,同様に添加剤として p−キシ らの簡略化が求められる.現法では,再結晶,共沸,蒸 リレンジアミンを加えると加熱後の分子量は約 2 倍に増 留,そして簡易真空ライン上での乾燥と手間がかかるた 加していた.末端アシルラクタムを用いると少なからず め,今回はモノマー精製を蒸留のみとし,その他は全て 重量の減少が起こるため予め末端変換したナイロン 4 を 省略した.またそれによる重合率の低下を解消するため, 用いるのが最善ではあるが,添加剤を加えバルク状態で より活性の高い二官能性の開始剤を用いた.初めに市販 加熱する方法が非常に効果的であることはこの結果から のイソフタル酸クロリドと 2−ピロリドンから二官能性 明らかである.さらにカルボキシ末端のナイロン 4 はア 本学において授与された博士論文の要旨 93 シルラクタム末端の場合よりは劣るが生分解性も認めら 目的とした. れるため,本研究で見出した手法により,バイオマスで 第一章ではプラスチックと環境問題との関連,環境負 あり生分解性のナイロン 4 が実用化に一層近づいたと思 荷低減を目的としたプラスチックの開発経緯と現状,そ われる. して当該研究室の成果も含めたナイロン 4 に関する研究 第五章は総括とし,第六章は今後の展望である. の経緯について総括した. 本研究の前半はナイロン 4 の生分解性に関し,単離し 第二章では堆肥入り土壌中からナイロン 4 を生分解す た微生物の生分解能やナイロン 4 の分解挙動について推 る 微 生 物 を 単 離 し, そ れ ぞ れ Pseudomonas maltophilia 測した.また後半ではナイロン 4 を実用化するために基 (KT−1),Fusarium sp.(KT−2)と同定した.続いて単 本的な事柄であるが非常に重要な問題である熱安定性に 離した微生物の存在下でナイロン 4 フィルムが約 5 週間 ついて詳細に調査し改善策を検討した.本研究はナイロ で完全に分解消失することを確認した.また試験途中の ン 4 の生産から処理されるまでを視野に広く研究したも フィルム表面の SEM 観察結果,および残存フィルムの のであり,そのため各分野で深く探求できなかったこと 分子量に変化がないことから,ナイロン 4 はその末端か は否めないが,本研究がナイロン 4 の実用化に貢献でき ら分解されていると推測した.BOD 試験からも微生物 れば幸いである. のナイロン 4 分解活性を評価した.次にナイロン 4 の末 論文審査要旨 端アシルラクタムをカルボキシ基,アミノ基,そしてア ルキル基へとそれぞれ化学変換し生分解試験を行った. プラスチックは人間生活を豊かにしてきたが,近年は 末端がアシルラクタムの場合が最も分解し,カルボキシ 使用時の利便性のみならず,自然・環境への配慮を念頭 末端のナイロン 4 も幾分か分解したが,アミノ基または においた「環境にやさしいプラスチック」への関心が高 アルキル基の場合は分解しなかった.生分解試験中のナ まっている.環境にやさしいプラスチックは大別すると, イロン 4 を MALDI−TOF Mass により分析し,開始剤由 生分解性プラスチック(グリーンプラ)とバイオマスプ 来末端基に変化はなく,他の末端はアシルラクタム基と ラスチックに分類できる.前者は,自然界に生育する微 カルボキシ基の 2 種類が検出された.従ってナイロン 4 生物によって分解され,最終的には水や二酸化炭素にな の生分解は後者の末端付近のアミド結合の切断によって るプラスチックであり,後者は,再生可能資源である植 進行していると推測した. 物資源を原料とし, 「カーボンニュートラル」の概念に 第三章ではナイロン 4 の熱分解挙動に及ぼす末端基の 沿ったプラスチックである. 影響を調べ,アシルラクタム末端基を,カルボキシ基, これまでグリーンプラまたはバイオマスプラとして盛 アミノ基,およびアルキル基に変換すると熱安定性が改 んに研究されているのは主にポリ乳酸のようなポリエス 良されることを明らかにした.すなわち,ナイロン 4 を テルである.一般に合成ポリアミド,いわゆるナイロン 溶融加工するためには末端基の変換が効果的であると推 は優れた機械的性質をもつが,大部分のナイロンは未だ 測できた. 石油由来の非生分解性プラスチックであり,バイオマス, 次にナイロン 4 の合成プロセスの簡略化を検討した. または生分解性ナイロンの開発が望まれる. 高分子量ナイロン 4 を得るためにはモノマーの十分な精 そんな中,ナイロン 4 の原料(モノマー)である 2−ピ 製が必要であるが.今回はモノマー精製を蒸留のみとし, ロリドンが植物資源由来に成り得るとの報告が近年なさ より活性の高い二官能性の開始剤を用いた重合を行い, れ,ナイロン 4 がバイマスプラスチックとして認識され モノマーの精製を簡略化しても平均分子量が 10000 程度 始めた.さらに当研究室では以前にナイロン 4 が土壌中 であれば高収率でポリマーが得られることを見出した. で分解されることを初めて見出し,ナイロン 4 は合成ポ しかし,実用上必要なより高分子量のナイロン 4 を得る リアミドとして初めて植物資源由来の生分解性プラス ためにはモノマーをより精製するか,合成後にカップリ チックとして位置付けられる可能性が出てきた. ングする必要がある. しかしナイロン 4 はそのままでは融点と分解点が近接 第四章では熱的に安定でかつ高分子量のナイロン 4 を しているためこれまで工業化されてこなかった.ナイロ さらに簡便に得るために,溶媒を用いないで成形加工時 ン 4 を工業的に生産するためにはその熱的安定性を改善 に添加剤を加える方法を考案した,両末端アシルラクタ する必要がある. ムのナイロン 4(Mn=8100)に各種ジアミンを等モル量 そこで,本研究ではナイロン 4 の生分解機構を解明す 混合し,それらを TGA または DSC 装置を用いて加熱し ることおよびナイロン 4 の熱的安定性を改善することを たところ,特に p−キシリレンジアミン存在下では,顕 94 工学院大学研究報告 著に熱分解を抑制できた.さらに残存ナイロン 4 の GPC に一層近づいたと思われる. 測定から,分子量は元の 2 ∼ 3 倍まで増加していた.こ 以上のように,本研究は,ナイロン 4 の生分解に関わ れらの結果から,ジアミンを添加剤として用いた反応押 る微生物を単離同定して,生分解挙動を明らかにすると 出により.末端アシルラクタムの化学変換と同時にそれ 共に,ナイロン 4 の熱安定性を詳細に調査し改善策を検 に伴う鎖伸長により分子量を増加できることが示され 討したものであり,バイオマスで生分解性も期待できる た.さらに両末端カルボキシ基のナイロン 4 についても ナイロン 4 開発の礎になると考えられる.よって,本論 同様にジアミンを添加して加熱すると平均分子量は約 2 文は,博士(工学)の学位請求論文として十分の価値が 倍に増加していた.本手法により,ナイロン 4 の実用化 あると認められる.
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