中村:有機薄膜トランジスタ―基礎と現状― 解 1 説 有機薄膜トランジスタ―基礎と現状― 中村 雅一 (2006.1.7 受理) Organic ThinFilm Transistors―Fundamentals and Current Status― M asakazu NAKAMURA Fundamentals and research trend of organic thin-film transistors (OTFTs)are presented. Basic characteristics of a typical TFT are determined by how the carrier accumulates in the semiconducting material of gate/insulator/semiconductor-layered structure. Output current increases as the channel width and carrier mobility increase and channel length decreases. Accordingly, investigation of higher mobility materials and study of simple fabrication technique to obtain higher channel width/length ratio are the major research trends. For the quest of high mobility materials, the progress is currently being saturated and a thorough break-through is desired. When organic semiconductor is used as a TFT under the present circumstances,its performance is about the same as that of amorphous silicon. For the fabrication process, a study in our group is introduced as an example of vertical-type transistors having short channel length. 有機薄膜トランジスタ(OTFT)に関して,動作の基本原理と研究の流れを紹介する.有機に限らず,典型 的な TFT では,ゲート電極/絶縁体/半導体層状構造の半導体側にゲート電圧によってどのようにキャリアが蓄 積するかによって基本的な動作が決まる.チャネル幅やキャリア移動度は大きいほど,またチャネル長は小さ いほど,出力電流が多く流れる.従って,キャリア移動度が高い半導体材料の探索,ならびに,チャネル幅/チ ャネル長をいかに簡単なプロセスで大きくするかが研究の主要な流れである.前者については,現在飽和傾向 であり,根本的なブレークスルーが待たれる.現状で TFT として用いる場合,アモルファスシリコンと同程度 の性能である.後者については,短チャンネルデバイスの例として,我々のグループで研究している縦型トラ ンジスタの作製法とそれによって得られた素子を紹介する. さに有機・バイオ 科会 設と前後して,しかも日本において 1. は じ め に 有機 EL 素子の研究が発展し,部 研究が始まっている 的ではあるが実用化され てきたことを受けて,エレクトロニクスの 野でも有機半導体 . 歴 を語りついでにもう少し脱線をお許し頂きたい.地球の 進化 とエレクトロニクスの進化 を比較すると興味深い類似 を った素子に抵抗感が薄れてきたようである.有機 EL が注 点に気づくのである.46億年前,太陽系の形成初期に地球が 目を集めるきっかけとなった Tang らによる論文 よりも以前 出来上がる過程で,まずはニッケルと鉄が融けて沈み込み核が の 1985年より,応用物理学会において「有機 形成された.その外側にはケイ酸塩やアルミニウムなどの酸化 レクトロニクス 子・バイオエ 科会」 が活動を始めているが,初期には少 物などからなるマントルができた.やがて地 が形成される 人数の集まりであったと聞いている.それが現在では,年会に が,この主成 おける講演数が最も多い 科となっており,その双璧が EL と は,そこから何億年もの時間をかけて,単純な有機物質から原 も酸素,ケイ素,アルミニウムである.地表で 薄膜トランジスタ(TFT)のセッションである.近年の盛り 始生命体を経て様々な生物が進化し,発展してきた.一方,エ 上がりにより,隣接 野の研究者にも「有機トランジスタ」の レクトロニクスの最初の発展は 1900年前後の真空管の発明に 存在が広く知られるようになったかと思われるが,この有機ト よる.それがやがて固体素子であるトランジスタに置きかえら ランジスタにしても決して最近現れたというわけではなく,ま れて小型化し,LSI に進化して高集積化・高機能化を果たし, エレクトロニクスなしではなにも動かない時代に至るのであ 千葉大学 工学部 電子機械工学科 〒 263-8522 千葉市稲毛区弥生町 1-33 Chiba University Department of Electronics and M echanical Engineering 1-33 Yayoi-cho, Inage-ku, Chiba 263-8522, Japan る.これらエレクトロニクスを牽引してきたデバイスの主構成 元素を見ると,真空管を形作る鉄などの重金属に始まり,LSI ではアルミニウムやシリコンおよびその酸化物である.そうす ると,今は地球がおよそ惑星としての形が形成された時期に相 (1 ) 日本画像学会誌 第 45巻 第1号(2006) 2 当する.この次にエレクトロニクスにおいて進化するのは必然 層を横切る電界を 的に有機物であると思えてくるのである.人工的な構造材料 も,重金属∼軽金属∼ポリマーという変遷をたどっていること から,この進化はあながち偶然ではないかもしれない. ,半導体/絶縁層界面における電位を ,チャネル蓄積層に誘起される単位面積当たりの電荷 (キャリアとしてのホール.参 このように,次世代のエレクトロニクスの進化を担うと期待 される(少なくとも筆者は期待している)有機半導体デバイス 面密度の 1/10∼1/100である. )を − = = スタにちょっと興味があるが実際にトランジスタを扱ったこと ジスタの現状をおおまかに展望する.なお,トランジスタとい は避けるべきであるとの筆者の するということに限定せずに話を進めるつもりである. = れている限りは,基本的な動作原理や優先的に えなければな らない技術課題は無機半導体と同じである.TFT は電界効果 トランジスタ(FET)の一種であり,FET の動作は,金属/ 絶縁層/半導体(MIS)構造キャパシタの半導体側に蓄積する εε − = と書け,よく知られた 界 っていても,TFT として用いら を って書き直す と, 誘起された電荷 2. 有機薄膜トランジスタの基本原理 たとえ有機半導体材料を を,単位面積当たりの絶縁層静電容量 い道を限定するような流れ えから,特に EL 素子を駆動 (1) εε ,ε は,それぞれ絶縁層の膜厚と比誘電率である.これ はない」という方を読者と想定して話を進める.まずトランジ スタ動作の基本原理の簡単な説明から入り,その後有機トラン とすると,ガウスの 法則から次式が成り立つ. の研究がより盛んになることを願い,本稿では「有機トランジ う汎用素子であるにもかかわらず までに,典型的な有機 TFT において誘起されるキャリア面密度は最大でも有機 1 子層の − = (2) の関係になる.次に,ここで が今度はソース―ドレイン間の横方向電 =− (この場合,ドレインに負電圧を印加す るのでこの図において >0となるはずである. )でドリフト し,ドレイン電流となることを える.チャネル幅を ャネル中の電子の移動度を μとすると,斜線部に横方向に流 れるドレイン電流(電流の向きが通常のトランジスタ特性とは 逆なので注意)は =− 電荷が動作の鍵である.これを解析的に理解する際には,まず μ =−μ − Fig. 1に表されるような「緩やかなチャネル近似」が用いられ る .この近似では,チャネル長 や絶縁層厚より十 1次元的に これで大 長い(つまり がチャネル蓄積領域の深さ と を独立にそれぞれ くっきり (3) となる.ここで,電流連続の条件から 定であるので, えることができるということで,大抵の TFT は かれているということ),キャリア移動度が電界に を用いて,次の = を運ぶキャリアのみという仮定のもとに解析を始める.これだ TFT の特性をそれなりに近似する.ここでは,有機半導体が 得意な P チャネル型の TFT を えて, , および が 負の値を取る動作状態について解析を行う. まず,チャネルを図の斜線で示されるような微小部 デンサーとして蓄積する電荷を える.位置 における絶縁 (4) − μ 0 =0, = 特性が得られる. − (5) 2 実際には,絶縁層と半導体の界面において界面準位が存在し たり,絶縁層内に電荷が存在したりするために, しきい電圧 が特定の を超えてはじめてチャネルが形成される.この 効果を取り入れて,より一般的に = に切り け,この区間における絶縁層の上下の電位差に対して,コン まで積 すると が成り立つ.この条件および境界条件 よらず一定,ゲート電圧に対する蓄積領域側の応答電荷は電流 けの近似が入っているにもかかわらず,その解析結果は実際の )を =0から は場所によらず一 = 夫である),蓄積領域の境界が急峻(つまり図のよ うに電流を良く流すチャネル部とほとんど流さない空乏領域が ,チ μ − − (6) 2 と表されることが多い.この式を見ると, 放物線を描くことがわかり, − による は に対して の増加は, = となる電圧(ピンチオフ電圧)から減少に転じる.この 点ではドレイン近傍のチャネル部電位 が − と等し くなり,キャリアの蓄積層が消失する場所(ピンチオフ点)が 生じる.実際には,これ以降ドレイン電流が減るわけではな く,およそ一定値で飽和する.ピンチオフ以降印加された余剰 ドレイン電圧は,もっぱらピンチオフ点∼ドレインまでの空乏 領域を広げるために消費され,流れるドレイン電流は,ピンチ オフ電圧 い実効的な = − およびほんのわずかずつしか変化しな によって式(6)で決まる電流(飽和電流 ) となるためである.このとき,ピンチオフ点∼ドレインまで は,キャリアが極めて少ないにもかかわらず,これまでよりは Fig. 1 Schematic sectional structure of thin-film transistor and the gradual channel model. (2 ) るに高い横方向電界によって電流連続条件が満たされる. 中村:有機薄膜トランジスタ―基礎と現状― はピンチオフ電圧を式(6)に代入することで得られる. μ = 2 − く用いられている. (7) まず,線形領域については,式(6)の両辺を で偏微 し て整理すると, 以上の解析式から得られる FET の理想的出力特性を Fig. 2 に示す.この図の 3 は Fig.1とは逆向きであることにご注意 μ= (8) いただきたい.この図から,ドレイン電圧が十 小さい間は, となることから, − 電流が直線的に立ち上がる線形領域が現れ,逆に十 大きいと がわかる.一方,式(7)の平方根をとって両辺を きには,電流が一定となる飽和領域が現れることが かる.良 し,整理すると, くできた TFT であれば,実験値もこのグラフにかなり近いも のとなるが,線形領域から飽和領域に至る遷移状態においてこ μ= 特性の傾きより μを求められること 2 で偏微 (9) の放物線からややずれることと,飽和領域でも徐々に電流が増 となることから,飽和領域では 加する傾向が見られるはずである.より正確に特性を再現する 求めることができる. − 特性の傾きから μを ためには,有機半導体特有のキャリア移動度の電界強度依存性 ただし,実際の有機 TFT ではソースおよびドレイン電極と なども取り入れた 2次元以上の半導体デバイスシミュレーショ 有機半導体との間に電荷注入障壁が存在したり,少なからぬ接 ンを行う必要がある .しかし,ここで説明した緩やかなチャ 触抵抗が生じていることがあるので,注意を要する.例えば, ネル近似による解析は,その式の単純さから,実験的に得られ Fig.2の点線で示された特性は,チャネル抵抗と同レベルの接 た素子特性より半導体層の電界効果移動度を算出するために広 触抵抗がソース/有機およびドレイン/有機接合部に存在すると 仮定したときの出力特性である.このような場合,特に線形領 域において特性が変化し,ここから半導体層の移動度を求める と材料物性値としては過小評価することになる.さらに,電 極/有機界面にキャリア注入障壁が存在する場合,キャリア注 入部(ソース側)に大きな電位ドロップが生じるためにチャネ ル部の電位がドレイン側に偏ることになり,式(2)において と の差が得られなくなる.そうすると,ゲートに電 圧をかけているにもかかわらず,MIS キャパシタには電圧が かからないという事態に陥り,飽和領域においても見かけ上移 動度が小さくなったように見える.また,電極先付けの場合 (ボトムコンタクトと呼ばれる)も後付の場合(トップコンタ クトと呼ばれる)においても,電極端付近で有機膜に構造的な 欠陥が生じて見かけ上の移動度を大きく低下させる場合がある ので注意を要する .このような場合に,電極の影響を排除 して有機半導体材料そのものを評価するためには,電圧参照用 Fig. 2 Ideal output characteristics of a thin-film transistor (solid line)without and (dotted line)with series resistances. の電極を用いた四端子測定や四探針法が用いられる .なお, いかに電極の影響を排除しても,トランジスタの電界効果測定 から得られる移動度は,飛行時間法などの他の方法による値よ Fig. 3 Typical semiconducting materials used in organic thin-film transistors. (3 ) 日本画像学会誌 第 45巻 第1号(2006) 4 り小さいことが多い.そこで,電界効果測定から得られた移動 は,有機 TFT の電界効果移動度としてはこのあたりが限界で 度を特に電界効果移動度と呼ぶこともある. はないかと思われる.この点を踏まえて,有機 TFT の現時点 での性能や構成を見ると,ちょうどアモルファスシリコン(a- 3. 有機薄膜トランジスタの現状 TFT の出力( − )特性や伝達( − (6)および(7)を見ると,μ, )特性を表す式 意であるのに対して a-Si は N 型のほうが得意であるというほ さいほうがより低い動作電圧でより多くの電流を流せることが か に は,似 た 状 況 で あ る.従 っ て,た だ 有 機 半 導 体 材 料 で わかる.また,動作速度の点では,キャリアのドリフト速度を TFT を作っただけでは,a-Si に対するアドバンテージすらあ 決める μは大きいほうが,走行長である は小さいほうが有 まりないことになる.有機 EL のような電流駆動型の発光素子 利である.LSI 中の Si MOS-FET では,スケーリング則に従 をドライブすることを目的とするには,移動度(より小さな素 い に関するゲート絶縁層厚を小さくする方 子で大きな電流を流すため)と素子の安定性(駆動側と負荷側 向で高集積化,高速化がなされてきた.有機半導体の場合,そ の両方で閾電圧シフトがあると制御困難である)の両面で課題 もそもキャリア移動度 μが Si などの無機半導体結晶よりも が多いのが現状である. および は大きい方が, Si TFT の特徴を比較したものである.有機 TFT は P 型が得 は小 , , Si)と似通っていることに気づく.Table 1は有機 TFT と a- 2∼3桁低いことから,高速動作や高集積化を競ってもメリッ そこで,フレキシブル,低温プロセス,大面積対応が容易と トはない.従って,アプリケーション的なメリットを活かすた いう無機半導体材料に対するメリットを活かして,ポリマーフ めには,なるべく低コストのプロセスで特定の用途に えるも ィルム上に roll-to-roll 対応プロセスで能動素子を形成するこ のを作らなければならない.そのために,低いなりになるべく とが必要で,かつ低移動度でも差し支えない用途が有機 TFT μの大きい材料の探索やそれを活かす成膜プロセス,ならび のアプリケーションとして模索されている.例えば,電気泳動 に,高コストな加工技術に頼らずに 型の「電子ペーパー」 (EPD)では,アクティブマトリックス を小さくする方法が えられてきた.後者のアプローチについては,次節で詳しく述 回路をフレキシブル基板上に形成するメリットも大きい上に, べる. 表示素子が電圧駆動であることから on 抵抗がそれほど低い必 高移動度材料の点では,一時期の競争的な研究が収まり,数 cm /Vs を上限として落ち着いているようである.Fig. 3に, 有機 TFT 用半導体材料の代表格と えられるいくつかの物質 を示す.比較的高い移動度が得られる材料は,環状共役系を持 ち結晶化しやすいものになる.有機 EL において,極薄膜にお ける平滑性を重視してアモルファス化しやすい材料を うのと は対照的である.この中で,近年最も研究が盛んに行われてい るペンタセンについて,電界効果移動度の論文発表値の推移を まとめたものを Fig. 4に示す.2000年までに電界効果移動度 のチャンピオンデータを競う段階が終了し,その後は興味がよ り実用的なプロセスや素子の動作メカニズムに移っているため に,0.1∼1cm /Vs の範囲で推移している.図中の直線は,単 結晶についてではあるが,これまでのところ最も高い電界効果 移動度が報告されているルブレンの値である.高 子系では低 子系よりやや低い値の報告が多く,また,N 型半導体材料 では報告された最大のもので 0.6cm /Vs 程度である.従っ て,今後なんらかの 子設計上のブレークスルーが無いかぎり Fig. 4 Vicissitudes of the field-effect mobility of pentacene reported in literatures. Table 1 Comparison between organic and a-Si TFTs. Organic TFT a-Si TFT N-type: ∼0.1 P-type: ∼1 N-type: ∼0.5 P-type: ∼0.01 150℃ 300℃ Channel formation Accumulation type Accumulation type Photo degradation Exist(Decomposition ? Oxidation ?) Exist(Si-H bonds) Bottom gate Bottom gate Top contact or Bottom contact Top contact Ohmic? owing to defect or impurity Ohmic owing to highly doping to a-Si Field effect mobility Highest process temperature Gate electrode Source/drain electrode (4 ) 中村:有機薄膜トランジスタ―基礎と現状― 5 要がない.また,印刷プロセスで IC タグを作ることができれ タが研究されている ば,様々な包装に「高機能なバーコード」を付加することがで 在研究を進めている微細孔を用いた有機 SIT(OSIT あるいは きる. Organic Triode と言うべきかもしれない)について概要を説 このような背景から,無機 TFT と比較して多様性に富んだ が,ここでは,我々のグループで現 明する. TFT 作製プロセスが研究されている.まず,電極について OSIT の動作は横型の OTFT とは異なることから,まず動 は,蒸着やスパッタ法とそれをパターニングするためのマスク 作原理について説明する.Fig.5はソースからグリッド状の埋 蒸着あるいはリソグラフィー法が,ゲート絶縁膜にはゲート基 め込みゲートを経てドレインに至る電位 布を 3次元表示した 板の全面熱酸化(専ら研究用途),スパッタ法,ゲート金属の ものである.ゲートは有機半導体とショットキー接触となって 陽極酸化法,有機絶縁膜の蒸着やスピンコート成膜が,半導体 おり,その逆バイアス側に電圧を印加することで,図のように 活性層には,蒸着法,蒸着後重合法,スピンコート,インクジ ポテンシャルの山を形成する.ソース側に熱平衡状態で蓄積し ェット,LB などのウェット法,別の場所で成長させた薄膜や ているキャリアがグリッド状ゲートの 間(ゲートギャップ) 結晶を転写する方法などが用いられている.素子の封止につい のポテンシャル鞍部を通ってドレインに流れ込むことによって ても,無機膜のフィラメント CVD 法,有機膜の蒸着や蒸着重 出力電流が流れる.このとき,ゲート電極によって鞍部点ポテ 合法,ポリマーのスピンコート法やラミネート法などが行われ ンシャルを上下すると,ソース側のマックスウェル=ボルツマ ている.重合の熱処理を除けば,いずれの方法もプロセス温度 ン は室温からせいぜい 100℃であり,基板温度が一番高くなるの が変わるため,ドレイン電流がおよそ指数関数的に変調され 布に従うと えられるキャリアが乗り越えるべき障壁高さ は金属などの蒸着時の受動的な温度上昇によるものであると思 われる.従って,自ずから低温プロセスであり,フィルム基板 との相性は良い. 4. 新構造トランジスタ開発の試み 材料探索による高移動度化に限界があるのであれば,素子の 動作電圧を小さく on 電流を大きくするためには, を小さく を大きくすれば良い.ところが,Si M OS-FET のように高 度のリソグラフィーに頼る方法は,例え研究用試作素子で良い 結果が得られても,有機半導体材料の特徴を活かした大面積フ レキシブルエレクトロニクス応用には適しているとは言い難 い.そこで,通常のトランジスタのように横方向に電流を流す の で は な く,縦 方 向 に 電 流 を 流 す 素 子 が 研 究 さ れ て い る .縦型トランジスタとしては,込み入った構造が不要 という点で静電誘導型トランジスタ(SIT)が有機トランジス タに適応容易である.この素子のそもそもの発想は真空管(三 極管,Triode)の固体素子版であり,西澤らによって無機半 導体デバイスとして 30年ほど前に提案 され,一部実用化し ているものである.他にも,異なる動作原理の縦型トランジス Fig. 5 Schematic potential diagram in a working organic triode (or static-induction transistor). Fig. 6 Illustration explaining organic triodes fabricated using colloidal lithography for large-scale roll-to-roll electronic devices. (5 ) 日本画像学会誌 第 45巻 第1号(2006) 6 る.横型の TFT と特に異なる点は,電流を制限する鞍部点ポ 付着する.次に,(ⅱ)その上から下部電極,Al O 膜などの絶 テンシャルがドレイン電圧を増加することによってより on 側 縁層,ゲート電極を逐次蒸着する.その後に,粘着テープによ に変化するためピンチオフ現象が現れないことで,TFT で見 って粒子のみを除去する.これによって,Fig. 8に示されるよ られるような飽和特性にならずドレイン電圧上昇に従ってドレ うな多孔質の膜が出来上がる.この上から(ⅳ)銅フタロシアニ イン電流は単調に増加してゆく.無機 SIT と共通する作製プ ン(CuPc)などの有機半導体層と上部 Au 電極を蒸着すると, ロセス上の問題点としては,グリッド状埋め込みゲートの作製 素子が完成する. プロセスが難しいことが挙げられる.鞍部点ポテンシャルを効 この方法によって作成した OSIT の出力特性の一例を Fig. 9 果的に制御するためには,ゲートギャップとソース―ドレイン に示す.このときの素子サイズは 2×2mm であり,この中で 間隔が同程度である必要があるが,有機 SIT のメリットとし 約 2800万個の SIT セルが並列動作している.ドレイン電圧, て期待されるキャリア走行長の短縮化を目指す場合,ゲートギ ゲート電圧共に数ボルトという低電圧で動作していることがわ ャップも数百 nm 程度になる.従って,有機トランジスタの目 か る.蒸 着 プ ロ セ ス の み で 形 成 さ れ る 指すところである低コスト,roll-to-roll 対応プロセスの範囲 TFT では動作電圧が数十ボルトであることと比較して,十 において,いかにこのゲートギャップを制御性良く作製できる 低い値である.また,スイッチとしての性能指標である on/ かが作製プロセス上の鍵である. off比は 470, が数十 mの横型 で表される相互コンダク タ ン ス は 約 2 そこで,我々のグループでは,直径のそろったポリマー微粒 子を静電相互作用などで基板表面に吸着させ,それを蒸着マス クとして用いるコロイダルリソグラフィー を利用して,膜 厚と同程度の横方向構造を制御性良く作製するプロセスを研究 している .Fig. 6にそのコンセプトを示す.roll-to-roll プロセスであっても,数マイクロメートルの精度であれば印刷 プロセスやマスク蒸着によってパターン加工が可能である.そ こ で,配 線 パ タ ー ン や ト ラ ン ジ ス タ 外 形(も ち ろ ん EL や EPD などの表示デバイスも可)は印刷やマスク蒸着によって 形成し,個々の縦型トランジスタの内部に微細構造を付与する ためにコロイダルリソグラフィーを用いる.1mm サイズの縦 型トランジスタ 1個の中には 100万∼1000万個の微細 SIT セ ルが詰まっており,それが並列動作することで低電圧大電流動 作を行うのである.並列縦型動作によって大電流に耐える素子 を作るという点では,Si のパワー M OS-FET や絶縁ゲートバ イポーラトランジスタ(IGBT)と同じ思想である. コロイダルリソグラフィーの具体的な過程 を Fig. 7で説 明 す る.ま ず,(ⅰ)直 径 数 十∼数 百 nm の ポ リ ス チ レ ン (PS)微粒子 散溶液にガラスやシリカコートポリマーフィル ムなどの基板を浸漬する.PS 球の表面は正に帯電するように 官能基が付与されており,負に帯電した基板表面との間に働く 静電引力と粒子間に働く斥力によって,凝集せずに表面に 散 Fig. 8 (Top)surface profile and (bottom)AFM image of a porous Al/CuPc/Au film fabricated by colloidal lithography. Fig. 7 Illustration explaining fabrication process of nanoporous films and organic triodes. (6 ) Fig. 9 Output characteristics of an organic triode. 中村:有機薄膜トランジスタ―基礎と現状― mS である.この相互コンダクタンスは,有機トランジスタと しては極めて大きい値である.最大電 流 密 度 は 50mA/cm で,超薄膜に大きな電圧を印加して全面に電流を流す有機 EL 素子と比較するとまだ高電流密度とはいえないが,その他のフ レキシブル表示素子のドライブには十 かと思われる.これ以 上の電流を流す回路では,特にフレキシブル基板上での配線抵 抗が問題になってくるのも事実である.また,この特性から, 数 kΩ以上の負荷抵抗で電圧増幅器としての利得が 1を超える ことになり,Si LSI と同程度の供給電圧で論理回路を構成す ることも可能である.このトランジスタの歩留まりは,現時点 で約 90%程度であり,クリーンルームを っていない大学の 研究室としては立派な値であろう.今後,さらに研究が進展す れば,より高性能な素子が高い収率で得られるようになると期 待している. 5. お わ り に 以上,有機 TFT に関する基礎的な解説と新構造トランジス タ開発例の紹介を行った.ここでは十 に紹介しきれなかった が,有機半導体デバイスにおける研究課題としては,有機/金 属界面の電子状態,有機/誘電体界面における電荷移動やトラ ップ準位形成,多結晶膜の結晶粒界の特性とその制御,デバイ ス設計のための移動度やキャリア注入の物理モデル,高移動度 材料や安定な N 型半導体材料の合成など,さまざまな課題が 山積みである. 「さて,どれから取りかかろうか」という状況 は,研究者としてはありがたいのであるが,実用化を急ぐ方々 には頭の痛いところであろう.しかし,有機トランジスタに限 らず,有機エレクトロニクス全般において「 える/ えない」 という結論を急がないよう願いたい.なにしろ,有機エレクト ロニクスがいずれ花開くのは歴 Appl. Phys. Lett. 86, 122112(2005). 8) M . Nakamura, H. Ohguri, H. Yanagisawa, N. Goto, N. Ohashi, K. Kudo, Proc. Int. Symp. Super-Functionality Organic Devices, IPAP Conference Series 6, 130(2005). 9) 中村雅一, ”有機トランジスタ材料の評価と応用:第 2章 3節 局 所 電 気・電 子 物 性”, 工 藤 一 浩 監 修, シ ー エ ム シ ー 出 版 (2005) 10) D.X. Wang, M . Iizuka, S. Kuniyoshi, K. Kudo, and K. Tanaka : Trans. Inst. Electr. Eng. Jpn., Part A 118, 1166 (1998). 11) K. Kudo, D.X. Wang, M . Iizuka, S. Kuniyoshi, and K. Tanaka : Thin Solid Films 331, 51(1998). 12) D.X.Wang,Y.Tanaka,M .Iizuka,S.Kuniyoshi,K.Kudo, and K. Tanaka : Jpn. J. Appl. Phys., Part 1 38, 256(1999). 13) K. Kudo, D.X. Wang, M . Iizuka, S. Kuniyoshi, and K. Tanaka : Synth. M et. 111, 11(2000). 14) K. Kudo, M. Iizuka, S. Kuniyoshi, and K. Tanaka : Thin Solid Films 393, 362(2001). 15) S. Zorba and Y. Gao : Appl. Phys. Lett. 86, 193508(2005). 16) Y. Watanabe and K. Kudo : Appl. Phys. Lett. 87, 223505 (2005). 17) J. Nishizawa, T. Terasaki, and J. Shibata, IEEE Trans. Electron Devices 22, 185(1975). 18) N. Hirashima, N. Ohashi, M . Nakamura and K. Kudo, Proc. Int. Symp. on Super-Functionality Organic Devices, IPAP Conference Series 6, 158(2005). 19) K.-I. Nakayama, S.-Y. Fujimoto and M . Yokoyama : Appl. Phys. Lett. 82, 4584(2003). 20) P. Hanarp, D.S. Sutherland, J. Gold, B. Kasemo, Colloids and Surfaces A. 214, 23(2003). 21) C.M . Joseph, N. Hirashima, M.Nakamura,M .Iizuka and K. Kudo : Appl. Surf. Sci. 244, 603(2005). 22) K. Fujimoto, T. Hiroi, M . Nakamura : e-J. Surf. Sci. Nanotech. 3, 327(2005). の必然なのであるから.今世 紀半ばには,身の回りのいたるところで有機半導体デバイスが 人知れず働いているという状況になることを信じている. なお,第 4節において紹介したコロイダルリソグラフィーを 用いた OSIT は,経済産業省「機能性カプセル活用フルカラ ーリライタブルペーパー」プロジェクトにおける藤本潔博士と の共同研究の成果である.ここに謝意を表します. 参 7 文 献 1) C.W. Tang. S.A. VanSlyke: Appl. Phys. Lett. 51, 913 (1987). 2) http://annex.jsap.or.jp/support/division/M andBE/ 3) K. Kudo, M . Yamashita and T. Moriizumi: Jpn. J. Appl. Phys. 23, 130(1984) 4) A. Tsumura, H. Koezuka and T. Ando : Appl. Phys. Lett. 49, 1210(1986). 5) 半導体デバイスのバイブルとして,例えば S.M.Sze: Physics of Semiconductor Devices (Second Edition),John Wiley& Sons (1981). 6) N. Ohashi, N. Hirashima, N. Goto, M. Nakamura and K. Kudo : Ext.Abst. 2005 Conf.Solid State Device and M aterials, 820-821(2005). 7) M. Nakamura, N. Goto, N. Ohashi, M . Sakai, K. Kudo, 中村 雅一 1990年 大阪大学大学院基礎工学研究科博 士前期課程物理系専攻修了 1990年から(株)東レリサーチセンターにお いて,二次イオン質量 析および走査型プ ローブ顕微鏡などを用いた受託 析および 研究,特に半導体中のドーパント 布評価 に 関 す る 研 究 に 従 事.ま た,そ の 間 (1994∼1997年)アトムテクノロジー研究体 (JRCAT)に出向, 子線蒸着法および基 板表面原子配列制御による有機薄膜の配向 制御,および,走査型プローブ顕微鏡を用 いた有機薄膜の構造および物性評価に関す る研究に従事 1997年 博士(工学) (大阪大学) 2000年より千葉大学工学部助教授に就任, 有機薄膜トランジスタの作製法と物性研究, および,走査型プローブ顕微鏡による局所 電気物性評価に関する研究に従事 (7 )
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