母娘消費において同伴者(アドバイスをする主体)が 意思決定プロセスにどのような影響を与えるか ①―――はじめに ①―――はじめに ②―――序論 1.問題意識と問題設定 皆さんは「母娘消費」という言葉を知っているだろう 2.母娘消費の定義 か。 「母娘」と書いて「ははこ」と読む。母娘消費は皆 3.対象となる財 さんにとって身近な購買行動である。例えば、女性であ (1)対象となる財の定義 れば母親と一緒に買い物に行ったことが一度くらいは (2)現状分析―市場動向― あるのではないだろうか。また、男性も母親と娘が一緒 (3)現状分析―消費者意識― に買い物をしている姿を目にしたことがあるのではな (4)まとめ いだろうか。そこでは互いに褒め合ったり、商品につい ③―――本論 て議論したり、積極的なコミュニケーションがなされて 1.既存研究のレビュー いる。それが母娘消費である。母娘消費の市場はここ数 (1)購買行動における同伴者の影響 年で拡大の一途をたどっており、今後も成長が見込まれ (2)感性指向製品の購買における意思決定プロセス る市場である。しかし、母娘消費について言及された研 モデル 究はほとんどなく、そのプロセスについては具体的に明 2.新モデル及び仮説の提唱 らかになってはいない。そこで我々は、母娘消費におけ 3.新モデルの検証・考察 る意思決定支援が従来の意思決定プロセスにどのよう (1)調査手法と調査内容 に影響を与え、どのように購買に結び付くのかを解明す (2)分析方法と手順 ることで、最終的に母娘の購買促進に寄与するような提 (3)分析結果 言をすることを本研究の目的とする。本研究によって、 ④―――新提案 母娘の購買が促進され、本年度の関東 10 ゼミ討論会の ⑤―――今後の展望 テーマである「未来に向けた日本活性化」に繋がってい ⑥―――おわりに くことを願う。なお、分析手法には主に共分散構造分析 参考文献 を使用し、そのデータは 40~69 歳の娘を持つ親へのイ 補録―――アンケート調査票 ンターネットによるアンケート調査から得た。そこから、 注釈 最終的に仮説モデルの妥当性を検討し、母娘消費に即し たアプローチを提言していく。 宮本万由香 小長祐介 小松麻華 仲田篤輝 ②―――序論 慶應義塾大学 清水ゼミ 宮本班 1 1.問題意識と問題設定 る5。 2 点目は、単身女性の急増により、母娘市場自体が急 成長しているということがあげられる。表 1 より、現在 本節では「母娘消費」に焦点をあてた動機を述べ、そ では 20 代半ば~30 代半ばの女性のうち、3 人に 1 人が れに伴う問題設定を行う。 現在の日本の経済状況は非常に厳しい局面に瀕して 未婚である。また、都内での割合はさらに高い。そこに いる。それは世界的不況という外部要因に大きく起因し 女性の平均賃金の伸び悩み6や防犯に対する意識7など ている。 も相俟って、現時点で親と同居している 30 代未婚女性 は全体の約 75%にも及ぶ(表 2)。 経済力のない者や信用力のない者に、高利子で資金を 貸し出すサブプライムローンの破綻は、リーマン・ブラ ■表―――1 ザーズやゴールドマン・サックスのような証券会社が開 発した金融商品を紙くずにしてしまった。それによって、 25~39 歳女性の未婚率の推移 2008 年にはリーマンショックが起こり、国外需要に頼 っている日本経済では需給のバランスが崩れてしまっ た。また、日本の基幹産業である製造業の売り上げが落 ち込んだため、日本経済自体が大きな打撃を負う結果と なった1。2010 年の実質経済成長率予測は 1.7%の上昇 と多尐の上昇をみせたものの、依然厳しい状況が続いて いると言える2。2009 年の家計調査報告家計収支編でも 前年を下回っていることから、この不況は今後も続くと 考えられる3。 (総務省『平成 17 年国勢調査』より) さて、ここで考えるべきなのは「どのようにしてこの 不況に歯止めをかけるか」ということである。100 年に 一度の大不況と呼ばれる現状において、閉塞感と不安感 ■表―――2 に日本経済は苛まれている。そこで、不安感がもたらす 消費者の節約志向を改善することが、不況に打ち勝つた 親と同居する娘の割合 めに我々が行える最大の打ち手であると考えた。 そこで我々は「母娘消費」 、すなわち母と娘の 2 人で 一緒に行う消費に着目した。その理由としては以下にあ げる 2 点がある。 1 点目は、母娘が一緒に出かけることでお金が落ちる ということである。20~30 代の母親と同居している単 身女性が食費や家賃として家庭に納めている金額は、ひ と月当たりの平均でたったの 3 万 2 千円であるため、通 常の単身者よりも可処分所得が高い4。実際の例として、 90 年代前半に「死にブランド」という汚名を着せられて (国立社会保障・人口問題研究所『2005 年第 13 回出生動向基 いたバーバリーは、母娘の消費によって復活を遂げてい 2 定支援によってどのように変化するか、及びそれに対す 本調査』より) る満足を解明し、それに即したアプローチを探ることに また表 3・表 4 より、同居する母娘において娘は「良 よって、消費を拡大させることができるのではないか」 き相談相手」 の第 2 位(63%)に母親を、 母は第 1 位(62%) これによって、最終的に母娘の購買促進に寄与するよ に娘をあげていることから、同居すると母娘の関係はよ うな提言ができるのではないかと考えられる。また、母 り深く、強固なものとなることがわかる。多くの娘が母 娘消費に関する特集や記事は多くみられるが、実際にそ 親と同居している現状は、母娘消費を狙うのに十分な要 れを深く研究した事例はほとんど存在しておらず、新た 因となり得るのではないだろうか。 に理論を構築する意義は大いにあると考えられる。 ■表―――3 2.母娘消費の定義 娘の良き相談相手 母娘消費という購買行動は通常の購買行動では説明 しきれないものであると考える。なぜならニーズを感じ る主体、購買を行う主体、財を使用・消費する主体全て が、母と娘どちらになるか不確定である上に、互いに対 する口コミ的なアドバイスが相互に影響し合った結果 が購買に結び付くと考えられるからである。このように 母娘消費は複雑な購買行動であるため、その定義は様々 な文献で異なっている。その中でも、本研究では先行研 究の 1 つである「マーケット・アナライズ(2)母娘市 ■表―――4 場」 (SC JAPAN TODAY[2009])における母娘消費 母の良き相談相手 の定義を引用する。その理由としては、現時点における 定義をあげることで、現在の定義の問題点が明確にし、 母娘消費を再度定義する際にわかりやすくするという こと、そして従来の母娘消費の定義を利用することで母 娘消費という特殊なフィールドでの汎用性を高める、と いうことがある。以下に定義を示す。 ⅰ.母と娘の組み合わせが〈45~50 歳〉と〈20 代前半~ 後半〉 、 〈団塊世代〉と〈団塊世代 Jr〉 、 〈25~35 歳〉と (表 3-4 積水ハウス『2004 年シングル女性に関する住意識調 〈就学前〉のいずれかであること 査』より) ⅱ.win-win の関係であること ⅲ.一緒に消費すること 以上のことから、非耐久財を対象とする我々は、消費 この定義を基盤として、後に母娘消費を再定義する。 者行動論からのアプローチで現状を打開するため、下記 3.対象となる財 のような問題設定を行った。 「消費における母の意思決定プロセスが娘の意思決 3 (1)対象となる財の定義 我々は母娘消費について研究するにあたり、対象とす る財として「スキンケア化粧品」及び「メイクアップ化 粧品」を採用した。その理由は 2 つある。 まず「化粧品」を採用した理由として、母と娘の間で 化粧品に関するアドバイスが実際になされている点が あげられる(表 5・表 6)。我々は本研究において「意思決 定支援」に注目しており、アドバイスは意思決定支援機 能を有すると考えられる。母と娘でお互いにアドバイス をしあうものとしては、表 7・表 8 よりファッションと 化粧品が多くみられるが、我々は非耐久財を研究対象と ■表―――6 するため、化粧品を採用した。また、 「化粧品は多品種 小ロットの市場であるため、消費者が市場にある多様な 娘とお互いにファッション、化粧などでアドバイスをし 製品に関して完全な知識を得ることは非常に困難であ あうことがある母 り、情報収集が重要となる」と、山本(2006)が述べて いることから、アドバイスも情報収集の 1 つとして重要 な役割を果たすと考えられる。このことからアドバイス の効果を測定するために化粧品を研究対象とすること は意義があると考えた。 次に「化粧品」の中でも「スキンケア化粧品」及び「メ イクアップ化粧品」を採用した理由として、多くの女性 にとって身近なものである点があげられる。化粧品は、 財団法人流通システム開発センターの「JICFS 商品分類 基準」によって「基礎化粧品」 「メイクアップ化粧品」 「ボ ディケア化粧品」 「フレグランス」 「インバスヘアケア」 「ヘアメイク」 「その他ヘアメイク」 「男性化粧品」 「化 粧小物」 「その他化粧品」 の10項目に分類されているが、 ■表―――7 この中でも化粧品としてのイメージが相対的に強く、よ り多くの女性が関心を持っているであろう「基礎化粧品 娘として母と具体的にアドバイスし合うもの (=スキンケア化粧品) 」及び「メイクアップ化粧品」を採 用することとした。 ■表―――5 母とお互いにファッション、化粧などでアドバイスし合 うことがある娘 4 レグランス市場が 1.2%、男性用化粧品市場が 4.4%、そ の他が 7.3%という構成比になっている(表 10)。 次に価格帯別化粧品市場の動向について言及する。ま ず高価格帯市場においては、同市場の約 60%を占めるス キンケア市場が前年比 2.2%減、約 20%を占めるメイク アップ市場が 3.8%減と縮小した。続いて化粧品全体の 40%を占めている中価格帯市場では、スキンケア化粧品 やメイクアップ化粧品において低価格帯商品への乗り 換えが進み、2004 年以来となる 1 兆円割れに陥ってい る。その大きな要因としては、カウンセリングのブラン ドで「ノープリントプライス」と呼ばれるメーカー小売 希望価格が表示されない方式が各メーカーで普及しつ ■表―――8 つあり、店頭での割引や値引きによる販売が訴求できな くなったことがあげられる。一方で低価格帯市場は上述 母として具体的にアドバイスし合うもの したような理由から同市場の需要が高まり、活性化に繋 がると期待されたが、消費者が更なる低価格商品や買い 控えへ走ったため、 同市場規模は前年比1.2%減の98.8% に縮小し、2010 年も減尐が見込まれている。 このように、景気後退による消費者の低価格志向及び 買い控えが深刻化する一方で、 「ロクシタン」や「スカ ルプ D」といった高価格帯市場のボディケア用品、ヘア ケア用品、男性用化粧品は大幅な伸びを見せている8。 以上から、消費者は低価格・買い控え傾向にあるもの の美容に気を遣わなくなったわけではないと考えられ る。従って、メイクアップ・スキンケア化粧品の需要を 掘り起こせば市場が拡大し、化粧品業界の活性化に繋が (表 5-8 リビングくらし HOW 研究所[2008]『母と娘の関係』 ると考えられる。 より) ■表―――9 (2)現状分析―市場動向― 化粧品市場規模推移 化粧品市場は不景気に強いと言われているが、2009 年度の化粧品総市場規模はブランドメーカー出荷金額 ベースで前年度比98.7%の2兆2840億円であり(表9)、 2008 年秋以降、景気後退の影響を受け続けている。製 品カテゴリ別の市場規模では、スキンケア市場が 46.1%、 メイクアップ市場が 22.5%、ヘアケア市場が 18.5%、フ 5 の比率が高いのに対して中高年層においてはあまり重 視されていないことがわかる。同様に表 13 ではスキン ケア行為の重視度を、表 14 ではメイク行為の重視度を 表しているが、やはり中高年層においてあまり重視され ていないことが明らかである。つまり中高年層はスキン ケアやメイクに対するモチベーションが若年層と比べ て低いと言える。 ■表―――11 生活の中で重視する事がら_スキンケア化粧品 ■表―――10 2009 年度製品カテゴリ別市場規模 ■表―――12 生活の中で重視する事がら_メイクアップ化粧品 (表 9-10 矢野経済研究所『化粧品市場に関する調査結果 2010』より) (3)現状分析―消費者意識― スキンケア及びメイクアップ市場の縮小は景気後退 が主な原因と考えられているが、実際の消費者のメイク に対する意識の変化も大きく影響していると考えられ る。表 11・表 12 はスキンケア化粧品、メイクアップ化 粧品がそれぞれ生活の中でどの程度重視されているか を年代別に表したものである。どちらも若年層の重視者 6 ■表―――13 生活の中で重視する事がら_スキンケアを行うこと ■表―――14 ■表―――16 生活の中で重視する事がら_メイクを行うこと 1 か月のメイクアップ化粧品購入金額 (表 11-14 ポーラ文化研究所『女性の化粧行動・意識に関する 実態調査スキンケア・メーク編 2010~基本編』より) (表 15-16 ポーラ文化研究所『女性の化粧行動・意識に関する 次に、消費者の金銭感覚について言及していく。表 15・表 16 は 1 カ月のスキンケア化粧品及びメイクアッ 実態調査スキンケア・メーク編 2010~基本編』より) プ化粧品購入金額(中央値)について年代別に表したも のである。調査対象者全体のスキンケアの購入金額は また、中高年層においては友人や知人からの情報より 2250 円、メイクアップ化粧品の購入金額は 1750 円であ も家族からの情報を信頼する傾向があることから、中高 るが、どちらにおいても中高年層の金額は全体と同じ、 年層に当たる母親は娘からの情報を信頼するものと考 又はそれ以上の金額である。つまり、中高年層は若年層 えられる(表 17)。 と比較して化粧品に対する出費を控えてはいないと言 従ってターゲットに中高年層を採用し、需要を掘り起 える。 こすことで高価格帯をはじめとするスキンケア化粧品 ■表―――15 及びメイクアップ化粧品の売り上げが伸び、市場は拡大 すると考えられる。 1 か月のスキンケア化粧品購入金額 ■表―――17 7 化粧品を購入する傾向にあることから、ターゲットを母 口コミでの信頼度(女性) 親に設定することで市場拡大の可能性がより高まると 考え、本研究では意思決定の主体を母親とすることとし た。従ってアドバイスをする主体は娘ということになる が、化粧品は多くの場合、店舗内に美容部員が存在し、 消費者にアドバイスを与えると考えられるため、アドバ イスをする主体を娘又は店員とおくこととした。 以上の流れを踏まえて、次章以降は母娘消費に関する 先行研究の考察とその問題提起から新たなモデルを提 示し、仮説検証を通じてスキンケア市場及びメイクアッ プ市場の可能性を示唆していく。 (Microsoft Advertising[2008]『インターネットと口コミに関す る調査』より一部抜粋) ③―――本論 (4)まとめ 母と娘の間では化粧品に関するアドバイスがなされ 1.既存研究のレビュー ている。化粧品は JICFS 商品分類基準によって 10 項目 に分けられ、我々はその中でも「スキンケア化粧品」と 「メイクアップ化粧品」に注目した。これらの化粧品は 本章では、我々が研究を進めていく上で参考にした既 景気後退による影響で市場規模が縮小傾向にあるが、他 存研究について述べていく。そして既存研究では説明で カテゴリの市場は維持・拡大していることから、消費者 きない部分を補足しつつ、我々の研究結果を反映した新 の美容意識は決して低くはないと言える。ここで母娘消 しいモデルを提唱する。 費の視点から女性のスキンケア及びメイクに対する意 (1)購買行動における同伴者の影響 識を捉えると、若年層にあたる娘はスキンケア及びメイ クアップ化粧品に対する関心が高いため、これらの化粧 まず、購買時点における同伴者の影響を母娘消費の観 品についての情報を多く保有していると考えられる。対 点から述べたものとして井上の研究(2005)をあげる。 して中高年層にあたる母親はスキンケア及びメイクア 井上は、これまでに購買時点において同伴者の存在が個 ップ化粧品に対する関心が低いため、その情報量も尐な 人の意思決定プロセスにどのように影響しているかを いと言えよう。よって、より多くのスキンケア化粧品や 突き詰めて研究している事例がほとんど存在しないこ メイクアップ化粧品に関する情報を持つ娘から、情報量 とを問題点として捉えた上で、購買時点に同伴者が存在 の尐ない母親に対してアドバイスがなされると考えら し、さらにそれが母娘という組み合わせの場合に消費者 れる。また、母親は家族からの情報を信頼するため、娘 の購買行動にどのように影響するのかを検証している。 からのアドバイスが母親の意思決定に大きく影響して その結果、同伴者が存在する場合と存在しない場合とで いる可能性が高い。従って、スキンケア市場及びメイク は、購買の動機から結果までの間に 4 点の違いが見られ アップ市場活性化の糸口として母娘消費を取り上げる ると述べている。 その1点目として 「同伴者がある場合、 ことは妥当であると言える。さらに中高年層が高価格帯 購買や支出が促進される可能性が高い」ことがあげられ 8 ている。続いて 2 点目に「同伴者がある場合、買い物以 摘するコミュニケーションを取り上げ、その効果を検討 外の周辺的な需要が発生しやすい」こと、3 点目に「同 することには大きな意味があると言えよう。 伴者がある場合、協調性の必要性もあり、ひとりのとき に重視していた項目とは違った項目を買い物において (3)感性指向製品の購買における意思決定プロセスモデ 重視する」こと、そして 4 点目に「同伴者との関係性、 ル 同伴者の役割への期待により、当事者の意思決定の仕方 意思決定支援モデルの1つとして、我々が注目したも に違いが生じる」ことを述べている。これらの点につい のに庄司(1997)の「感性指向製品の購買における意思 ては、本研究においても例外ではないと言えよう。また、 決定プロセスモデル」(以下、「庄司モデル」とする)があ 1 点目で述べられていることからも、母娘消費は今回の る(表18)。 テーマである「未来に向けた日本活性化」に即している ■表―――18 と言えよう。 感性指向製品の購買における意思決定プロセスモデル (2) 購買を抑制する対人コミュニケーション 消費の文脈における他者の影響力を直接的に示す方 法としては、他者からのコミュニケーション、つまり対 人コミュニケーションによって実際に商品を購入した かどうかを検討すれば良いとされている9。対人コミュ ニケーションについてはいくつか先行研究がなされて いる。まず、対人コミュニケーションには肯定的な内容 と否定的な内容があり、肯定的内容は購買を促進し、否 定的内容は購買を阻害するといった特徴がある (Arndt[1967])。 また、消費者は否定的情報の方を重視 するという研究結果もある(Mizerski[1982])。さらに否 定的情報は肯定的情報よりも覆しにくく持続しやすく、 対象となっている商品の善し悪しを判断する時に、より 重みのある情報として影響を及ぼすと考えられてもい (庄司裕子[1998]「感性指向製品の選択過程における他者の役 る(堀内[2001])10。他者が消費や購買に与える効果につ 割」より) いては、 「商品を買わせる」という促進的な方向性での 効果にのみに長らく焦点があてられてきたが、実際に日 このモデルは、庄司が感性指向製品の1つである衣服 常で生じているコミュニケーションとしては「買わせな を例として、購買行動の観察と分析を行いモデル化した い」効果も重要な効果である。また、一般的な広告が、 もので、その意思決定において他者とのインタラクショ 当然ながら購買を促進するためにのみ行われるのに対 ンが重要な役割を果たすことを示している。 し、購買を抑制する方向性でのコミュニケーションの効 まず、感性指向製品とは趣味に大きく依存する製品の 果は、身近な対人関係特有の効果といえる。このように、 ことであり、洋服や家具等があてはまる。感性指向製品 相手の買おうとしているものや利用しようとしている に対をなすものとして、性能に重点を置くスペック指向 ものに対して、 「よくない」 「やめた方がいい」などと指 製品があり、これにはシャンプーや洗剤等があてはまる。 9 2.新モデル及び仮説の提唱 我々が対象とする化粧品は、使用することによる効果だ けでなくパッケージのデザインやカラーバリエーショ ン等が購買に大きく影響すると考えられることから、本 これまで概観してきた井上の研究と庄司モデルには 研究では化粧品はスペック指向製品と感性指向製品の 我々の研究に応用できる部分と問題点が存在した。 両側面を併せ持つ財として定義づけることとする。 まず、井上の研究では、同伴者が存在する場合と存在 次にモデルについて述べていく。このモデルには消費 しない場合とでは、購買の動機から結果までの間に違い 者の意思決定プロセスとして要求、候補発見、検討、評 が見られることは証明されたが、具体的に同伴者の何が 価そして決定、保留があり、そこにアドバイザの候補提 購買に影響するかということが示されていない。 示、補足情報付与が関わってくる。 庄司モデルでは、第一に「検討」の段階の前段階に「要 庄司はアドバイザを店員とし、調査手法としてプロト 求」 「候補提示」 「候補発見」というプロセスが存在する。 コル法を用いて購買行動を観察し、以下の結論を導き出 しかし、我々はあくまで購買時点の母の意思決定に娘の している。まず消費者は店員に自分の欲しいものについ 意思決定支援がどのように影響するか、という「プロセ ての情報を伝え、両者とも要求に対して適当な候補を探 ス」に焦点をあてている為、庄司モデルにあるような「候 す。ここで多くの場合、店員側が何らかの候補を提示す 補発見」に至るまでに購買主体(我々の研究では母)がど る。消費者は提示された候補について自分の感性や知識 のような「要求(=ニーズ)」を感じて購買に出かけるか を用いて検討し、アドバイザは検討に役立つ情報を付与 といった母の『動機』の部分は我々の問題意識とは異な する。そして消費者は検討事項をもとに判断し、自らの っている。つまり同伴者がいる場合の意思決定は、購買 評価をもとにその商品の購買を決定するか保留するか 時点の「プロセス」でどのような意思決定支援が行われ 決める。 ているかで決まるという立場を我々の研究ではとって ここまでの庄司モデルの説明を踏まえて、このモデル いるため、検討段階以前の前段階となる動機の部分はす は我々の研究をモデル化する際に大変あてはまりがよ べて削除し、事前の「購買意図の有無」を場合分けする いと考える。その理由は 3 点ある。まず 1 点目は、アド ことに留めた。 バイザを考慮した購買プロセスがベースとなっている 次に我々は庄司モデルの「検討」と「評価」という項 点である。我々は購買時の意思決定支援の影響を明らか 目の不明瞭さを問題意識とした。庄司によると「検討」 にしたいと考えているため、購買時にアドバイザが存在 とは「自分の感性を用いて、提示された候補について検 することは大前提となる。2 点目は、検討と評価のプロ 討する」ということを意味し、 「評価」とは「検討事項 セスがあるという点である。検討と評価があることによ をもとに、ある基準で判断する」とある。しかし先述し って、 「本来の購買に関する意図の状態」と「アドバイ た通り動機の部分である候補提示の項目を削除したた スを受けた後の購買に対する意図の状態」を比較できる め、 「検討」を説明している「提示された候補」という と考える。3 点目は、購買における意思決定プロセスモ 定義ではあてはまりが悪くなってしまう。同時に「評価」 デルを示している点である。購買における意思決定プロ の説明に「検討」という言葉が含まれてしまっている以 セスであることによって、我々が焦点をあてている購買 上、 「評価」の定義まで曖昧になってしまう。さらに「評 時に言及しやすいと考えた。以上 3 点の理由から、我々 価」の説明の「ある基準で判断する」という説明も曖昧 の研究には庄司モデルを応用することが適していると であるため、これら「検討」 「評価」の 2 項目を「態度」 言えよう。 という項目でまとめることで簡素化を図った。清水 (1999)によれば「態度」の定義は「対象物、問題、そ 10 れに人に関する貯えられた評価」とある。我々は「態度」 た場合との比較、事前の購買意図の有無、さらには、情 という項目に作り変えることで庄司モデルの「検討」に 報付与が肯定的か否定的かどうかを精緻に区別するこ 対して「情報付与」がなされ「評価」が形成されるとい とで、よりアドバイスそのものの持つ影響力を精査する う流れを、 「態度」に「情報付与」が影響を与えるとい ことが可能になったと言える。 ここで、新たなモデルを以下に提示する(表 19)。 うよりシンプルな構図に組み替えた。モデルを簡素化す る一方で、我々が問題意識とする意思決定支援、つまり ■表―――19 は「情報付与」段階をより精緻にみていく必要があるた め、先に述べた既存研究の購買を抑制する対人コミュニ 母娘における感性指向製品の意思決定プロセスモデル ケーションの理論を組み込み、 「情報付与」は肯定的支 援と否定的支援を区別した。 続いて「決定」と「保留」という項目である。これら の説明は「評価をもとに、採用するか否かを決定する」 「評価基準を越えないが、最後まで越えるものがない場 合に備えて否決を留保する。あるいは、評価基準を越え たが、よりよいものを期待して、決定を留保する」であ る。この「決定」の説明では最終的に採用つまりは購買 したのかどうかはわからず、また「保留」の説明も最後 まで評価基準を越えず保留していたものを購買するケ ースが含まれている。これでは我々の研究である「意思 決定支援が直接的に購買に影響を与えているかどうか」 を示すことは難しいため、これらに訴求するために「情 報付与(意思決定支援)」によって結果として「購買」し たか「非購買」であったかに変更した。 さらに、意思決定支援に対して満足したかを観測する 「支援に対する満足」と「次回購買時の支援希望」の項 以上の流れを踏まえて、先述した母娘消費の定義11を 目を付け加えた。これによって、購買を決定付けた要因 改めて本研究と照らし合わせてみると、いくつかの問題 が意思決定支援によるものであったのかどうかを、より 点や改善すべき点が存在する。そこで以下では現在の母 直接的に意思決定支援の影響力を図ることが可能にな 娘消費の定義を基盤に、より我々の研究に沿った形に再 った上、次回も意思決定支援を求めたいかどうかを図る 定義することを試みる。 まず、母娘消費の定義の 1 つ目である「ⅰ.母と娘の組 ことで母娘消費が正のスパイラルになり得る可能性を 示唆できると考えた。 み合わせが〈45~50 歳〉と〈20 代前半~後半〉 、 〈団塊 世代〉と〈団塊世代 Jr〉 、 〈25~35 歳〉と〈就学前〉の 以上のモデルの修正によって既存研究での「消費者」 を本研究では母とし、アドバイザ、つまりアドバイスを いずれかであること」だが、これに関する問題点として、 する主体を娘とすることで、より母娘消費に即した「意 「65 歳の母とその娘など、 この定義の母娘の年齢で補完 思決定支援の影響力に着目したモデル」の構築に成功し しきれていない年齢がある」というものがあるため、母 たと言えよう。また、アドバイスをする主体を店員とし 親に関しては、 「40~60代の母親とその娘の組み合わせ」 11 仮説 1-5:購買意図がない場合、SA は購買を通じて支 に変えるほうが好ましいと考えた。 また、2 つ目の定義である「ⅱ.win-win の関係である 援に対する満足に正の影響を与える こと」については、母のお金、母のアドバイス、娘のア 仮説 1-6:購買意図がない場合、支援(SA)に対する ドバイスなどがその関係性を構築する要素として考え 満足は次回購買時の支援希望に正の影響を与える られるが、本研究は娘の支援による母の意思決定に注目 大仮説 2:娘と一緒に購買を行う場合 しているため、 「娘が母にアドバイスを与える関係であ 仮説 2-1:購買意図がある場合、SA は購買に正の影響 ること」というものに変えることとした。 そして 3 つ目の「ⅲ.一緒に消費すること」という定義 を与える に関しては、我々の研究対象が非耐久財の化粧品である、 仮説 2-2:購買意図がある場合、SA は購買を通じて支 ということに着目した。先述した母娘消費の定義におい 援に対する満足に正の影響を与える て、特定の財は定義されていない。そのため、この定義 仮説 2-3:購買意図がある場合、支援(SA)に対する における一緒に消費する財とは、エステ、外食といった 満足は次回購買時の支援希望に正の影響を与える ような無形財、あるいはそれに近い性質を持つ耐久財や 仮説 2-4:購買意図がある場合、PA は購買に正の影響 化粧品以外の非耐久財の可能性がある。また、購買時に を与える 注目したいと考えている我々の研究では、購買後の消費 仮説 2-5:購買意図がある場合、PA は購買を通じて支 という観点は不要であると考えた。そこで我々はこれを 援に対する満足に正の影響を与える 「一緒に購買すること」という形に変更することとした。 仮説 2-6:購買意図がある場合、NA は非購買に正の 以上の点から、本研究における母娘消費の定義を以下 影響を与える に示す。 仮説 2-7:購買意図がある場合、NA は非購買を通じ ⅰ.母と娘の組み合わせが〈40~69 歳〉とその娘である て支援に対する満足に正の影響を与える こと 仮説 2-8:購買意図がある場合、支援(娘のアドバイス) ⅱ. 娘が母にアドバイスを与える関係であること に対する満足は次回購買時の支援希望に正の影響を与 ⅲ.一緒に購買すること える 仮説 2-9:購買意図がない場合、SA は購買に正の影響 ここで、母娘消費の定義及び上記のモデルから以下の を与える 仮説 2-10:購買意図がない場合、SA は購買を通じて 仮説を提唱する。 支援に対する満足に正の影響を与える 大仮説 1:一人で購買を行う場合 仮説 2-11:購買意図がない場合、支援(SA)に対する 仮説 1-1:購買意図がある場合、SA は購買に正の影響 満足は次回購買時の支援希望に正の影響を与える を与える 仮説 2-12:購買意図がない場合、PA は購買に正の影 仮説 1-2:購買意図がある場合、SA は購買を通じて支 響を与える 援に対する満足に正の影響を与える 仮説 2-13:購買意図がない場合、PA は購買を通じて 仮説 1-3:購買意図がある場合、支援(SA)に対する 支援に対する満足に正の影響を与える 満足は次回購買時の支援希望に正の影響を与える 仮説 2-14:購買意図がない場合、NA は非購買に正の 仮説 1-4:購買意図がない場合、SA は購買に正の影響 影響を与える を与える 仮説 2-15:購買意図がない場合、NA は非購買を通じ 12 て支援に対する満足に正の影響を与える ■表―――21 仮説 2-16:購買意図がない場合、支援(娘のアドバイス) パス図 2:娘からのアドバイスの場合 に対する満足は次回購買時の支援希望に正の影響を与 える 大仮説 3:各場合を比較すると強弱に違いがみられる 仮説 3-1:娘の PA の方が SA よりも購買に強く影響す る 仮説 3-2:購買意図がある場合とない場合では、購買 意図がある場合の方が、SA が購買に強く影響する 仮説 3-3:購買意図がある場合とない場合では、購買 意図がある場合の方が、PA が購買に強く影響する 仮説 3-4:購買意図がある場合とない場合では、購買 意図がない場合の方が、NA が非購買に強く影響する ここで、 仮説 1-1 から仮説 2-16 までをパス図に示す。 3.新モデルの検証・考察 なお、表 20 は店員からのアドバイスを受けた場合のパ ス図を表し、表 21 は娘からのアドバイスを受けた場合 のパス図を表す。 本章では、上記で提示した仮説の概念モデルの有効性 ■表―――20 を調査・分析を通して実証していく。なお、調査につい てはインターネットによるアンケート、分析については パス図 1:店員からのアドバイスの場合 多変量解析を用いた。 (1)調査手法と調査内容 我々は仮説の概念モデルを検証するために、株式会社 JMR サイエンスの協力でアンケート調査を実施した。 調査対象は定義した対象の中でも意思決定の主体と なる、娘を持つ 40~69 歳の母親とした。また、対象と した財についてもスキンケア化粧品・メイクアップ化粧 品に限定した。詳しくは第二章第三節第四項を参照して ほしい。期間は 10 月 22 日から 11 月 5 日で、有効回答 数は 200 名であった(表 22)。 ■表―――22 アンケート調査の概要 13 調査手法 ージ「Amos 18」を使用し、共分散構造分析(SEM: インターネットリサーチ Structural Equation Modeling)を行う。 ・全国の 40~69 歳女性 共分散構造分析とは、観測変数から直接観測できない ・大学生(短大・専門含む) 、社会人の 調査対象 女性のお子様のいる方 潜在変数を導き出し、潜在変数と観測変数との間の因果 ・お子さまと一緒に化粧品(メイクア 関係を理解するための分析手法である12。本研究では大 ップ・スキンケア)を買いに行くこと 仮説 3 で示したように、購買意図がある場合と購買意図 がある方 がない場合の各アドバイスの効果の比較、店員からのア サンプル数 300 名 ドバイスと娘からのアドバイスの効果の比較を行う。従 有効回答数 200 名 って、6 つの状況それぞれのモデルを検証し、各状況に 調査期間 10 月 22 日~11 月 5 日 おけるモデルの因果関係の強弱を比較するため、多母集 対象とする財 メイクアップ・スキンケア化粧品 団同時分析を用いる。同時に、第 3 部のアンケート項目 である自由回答も用いることで、モデルの解釈・考察を 行っていく。 また、調査内容の構成要素は大きく三部に分かれてい る。 第一部は、化粧に対する意識と回答者の性格や考え方、 (3)分析結果 及び化粧品の購入場所に関する設問である。 サンプル数 共分散構造分析を行う前に、各場合のサンプル数につ 第二部は、購買に至るまでのプロセスに関する設問で いて検討する。 ある。ここでは、一人で化粧品の購買を行った場合と娘 と一緒に購買を行った場合の 2 つに場合分けし、それぞ まず、一人で化粧品の購買を行った場合の購買意図の れの場合における購買意図の有無で母集団を分割した 有無によって母集団を分類した結果、 「購買意図があっ 上で、各種アドバイスに関する設問を用意した。この場 た上で購入したことがある人」が 173 名、 「購買意図は 合分けから 6 つの状況を導き出し、状況別で購買行動へ なかったが、購入したことがある人」が 27 名であった の影響の違いを解明することを試みた。加えて「支援に (表 23) 。一般的に、10~15 の観測変数を持つモデルを 対する満足」 、 「次回購買時の支援希望」に関する設問も 共分散構造分析にかけるには 200~400 名ほどのサンプ 加えることで購買促進への足がかりをより強固なもの ルが必要とされている13。従って、後者の 27 名という にした。 サンプル数で共分散構造分析を試みるのは困難である また第三部では、検証したモデルの解釈・考察や提案 と判断し、購買意図がない場合についての検証を断念し への手がかりのために娘の年齢や情報探索の方法、娘と た。よって、一人で化粧品の購買を行った場合について の買い物時のエピソードといったような設問を設定し は、 「.事前の購買意図があった場合の店員からのアドバ た。娘の年齢、エピソードといった設問に関しては自由 イス」についてのみ検証することとした。 次に、娘と一緒に購買を行った場合の購買意図の有無 回答形式にしている。詳しくは巻末のアンケート調査票 によって母集団を分類した結果、 「購買意図があった上 を参照してほしい。 で購入したことがある人」は 135 名、 「購買意図はなか ったが、購入したことがある人」が 65 名であり、ここ (2)分析方法と手順 仮説段階で設定した概念モデルを検証するための方 でも後者のサンプル数が尐ない結果となった(表 24)。 法として、日本アイ・ビー・エム株式会社の統計パッケ 加えて、一人で化粧品の購買を行った場合において購買 14 意図がなかった場合を検証しないこととしたため、店員 分析を試みることとした。 からのアドバイスについては購買意図があった場合の ⅰ.事前の購買意図があった上で、一人で化粧品を購入し み検証することとした。一方で、娘からのアドバイスに たときの店員からのアドバイス ついてはサンプル数が尐ないながらも検証を試みた。そ ⅱ.事前の購買意図があった上で、娘と一緒に化粧品を購 の理由は、我々が本研究において娘からのアドバイスの 入したときの店員からのアドバイス 影響力を精査することを目的としているためである。よ ⅲ.事前の購買意図があった上で、娘と一緒に化粧品を購 って、娘と一緒に購買を行った場合については、 「事前 入したときの娘からのアドバイス の購買意図があった場合の店員からのアドバイス」と ⅳ.事前の購買意図はなかったが、娘と一緒に化粧品を購 「事前の購買意図があった場合の娘からのアドバイス」 、 入したときの娘からのアドバイス 以上 4 つの場合の検証に加えて、母集団が同質である そして「事前の購買意図がなかった場合の娘からのアド バイス」の 3 つの場合を検証することとした。 ⅱとⅲのパス係数を比較することで、店員と娘のアドバ ■表―――23 イスの影響力の差異を検証していく。また、ⅲとⅳにつ いては多母集団同時分析を行い、事前の購買意図の有無 一人で化粧品の購買を行った場合の購買意図の有無 で娘のアドバイスの影響力に違いがみられるかを検証 する。 一人で化粧品を購買する場合 店員からのアドバイスモデルには、 「SA」 「購買」 「非 購買」 「支援に対する満足」 「次回購買時の支援希望」と いった 5 つの潜在変数があり、各潜在変数を規定する観 測変数を表 25 のように指定した。また、表 26 は店員か らのアドバイスモデルの全体像を示している。 ■表―――24 娘と一緒に購買を行った場合の購買意図の有無 以上を踏まえて、我々は次の 4 つの場合で共分散構造 15 ■表―――25 店員からのアドバイスモデルにおける潜在変数と観測変数 ■表―――26 店員からのアドバイスモデル(修正前) 16 共分散構造分析におけるパス係数の推定に最尤法を 用いて分析した結果、反復回数が限界に達し、モデルが 不適解とされた。その原因としては、e7 が-51.509、e10 が-0.010 と誤差変数の分散が負の値であったこと、 「非 購買」から「支援に対する満足」及び「きっかけ(非購 買) 」へのパス係数の有意確率が高いことが考えられる。 このことは、 「非購買」という潜在変数があまり意味を 以下に、修正後モデルのパス図とアウトプットについ なさないことを示していると考えられるため、 「非購買」 から「支援に対する満足」へのパスだけでなく、 「SA」 から「非購買」へのパスも外し、 「非購買」という潜在 変数、及びそれに関する観測変数を削除した。このよう に、有意確率が高いパス係数、及び分散が負である誤差 変数の修正を繰り返すことで適合度の高いモデルを導 くことを試みた。 修正後モデルを共分散構造分析にかけるにあたって は、パス係数の推定に最尤法が用いられ、反復 12 回で 最適化計算は正常に終了した。モデルの全体的な評価に 関しては、表 27 に示されているような結果となった。 まず、モデルの全体的な妥当性の評価に関しては、 CMIN が 36.285、DF(自由度)が 32 となり、CMIN/DF は 1.134 という数値となった。よって、Bollen の提唱す る 5.00 よりも低い数値が得られたことから、全体的な 妥当性の評価は高いことが示された(Bollen[1989]) 。ま た、モデルの適合度に関しては適合度指標 GFI が 0.978 と 0.9 以上の値となり、修正適合度指標 AGFI も 0.949 であることから、これら 2 つの値に大きな差がなく、好 ましいモデルであると考えられる。RMSEA についても 0.019 と、モデルのあてはまりが良いとされる 0.05 未満 に達したため、適合度は高いと考えられる。 ■表―――27 店員からのアドバイスモデル修正後アウトプット 17 て示す(表 28)とともに、設定した仮説を検証していく。 ■表―――28 事前の購買意図があり、一人で化粧品を購入する場合の店員からのアドバイスモデルのパス図とアウトプット 表 28 に示した結果から、仮説を検証すると以下のよ 0.932×0.926=0.863032 うになる。 従って、仮説立証とする 大仮説 1:一人で購買を行う場合 仮説 1-3:購買意図がある場合、支援(SA)に対する 仮説 1-1:購買意図がある場合、SA は購買に正の影響 満足は次回購買時の支援希望に正の影響を与える を与える 仮説立証(0.1%水準) なお、仮説 1-4 から 1-6 については購買意図がない 仮説立証(0.1%水準) 仮説 1-2:購買意図がある場合、SA は購買を通じて支 場合の仮説のため、検証不可とする。 援に対する満足に正の影響を与える 「SA」から「購買」へのパス係数×「購買」から「支 娘と一緒に購買する場合 援に対する満足」へのパス係数より 店員からのアドバイス 18 はじめに、店員からのアドバイスについて検証してい 修正を繰り返すことで適合度の高いモデルを導くこと く。 を試みた。 店員からのアドバイスモデルには、一人での購買と同 様に「SA」 「購買」 「非購買」 「支援に対する満足」 「次 回購買時の支援希望」といった 5 つの潜在変数があり、 各潜在変数を規定する観測変数を表 29 のように指定し た。また、表 30 は店員からのアドバイスモデルの全体 像を示している。共分散構造分析におけるパス係数の推 定に最尤法を用いて分析した結果、反復 17 回でモデル が不適解とされた。その原因としては、e6 が-1.037、 e10が-0.004と誤差変数の分散が負の値であったこと、 「SA」から「非購買」と「非購買」から「支援に対す る満足」へのパス係数の有意確率が高いことが考えられ る。このことは、 「非購買」という潜在変数があまり意 味をなさないことを示していると考えられるため、 「SA」から「非購買」及び「非購買」から「支援に対 する満足」へのパスを外し、 「非購買」という潜在変数、 及びそれに関する観測変数を削除した。このように、有 意確率が高いパス係数、及び分散が負である誤差変数の ■表―――29 店員からのアドバイスモデルにおける潜在変数と観測変数 19 ■表―――30 店員からのアドバイスモデル(修正前) 修正後モデルを共分散構造分析にかけるにあたって 店員からのアドバイスモデル修正後アウトプット は、パス係数の推定に最尤法が用いられ、反復 12 回で 最適化計算は正常に終了した。モデルの全体的な評価に 関しては、表 31 に示されているような結果となった。 まず、モデルの全体的な妥当性の評価に関しては、 CMIN が 16.996、DF(自由度)が 16 となり、CMIN/DF は 1.062 という数値となった。よって、Bollen の提唱す る 5.00 よりも低い数値が得られたことから、全体的な 以下に、修正後モデルのパス図とアウトプットについ 妥当性の評価は高いことが示された。また、モデルの適 て示す(表 32)とともに、設定した仮説を検証していく。 合度に関しても、適合度指標 GFI が 0.972 と 0.9 以上の 値となり、修正適合度指標 AGFI も 0.936 であることか ら、これら 2 つの値に大きな差がなく、好ましいモデル であると考えられる。RMSEA についても 0.022 と、モ デルのあてはまりが良いとされる 0.05 未満に達したた め、適合度は高いと考えられる。 ■表―――31 20 ■表―――32 事前の購買意図があり、娘と一緒に化粧品を購入する場合の店員からのアドバイスモデルのパス図とアウトプット 表 32 に示した結果から、仮説を検証すると以下のよ 0.933×0.898=0.837834 うになる。 従って、仮説立証とする 大仮説 2:娘と一緒に購買を行う場合 仮説 2-3:購買意図がある場合、支援(SA)に対する 仮説 2-1:購買意図がある場合、SA は購買に正の影響 満足は次回購買時の支援希望に正の影響を与える を与える 仮説立証(0.1%水準で有意) なお、 仮説 2-9 から 2-11 については購買意図がない場 仮説立証(0.1%水準で有意) 仮説 2-2:購買意図がある場合、SA は購買を通じて支 合の仮説のため、検証不可とする。 援に対する満足に正の影響を与える 「SA」から「購買」へのパス係数×「購買」から「支 援に対する満足」へのパス係数より 娘からのアドバイス 次に、娘からのアドバイスについて検証していく。 21 娘からのアドバイスモデルには、 「PA」 「NA」 「購買」 修正を行った。修正方法としては、まずパス係数におい 「非購買」 「支援に対する満足」 「次回購買時の支援希望」 て有意確率が高い値を示した「PA」から「非購買」への といった 6 つの潜在変数があり、各潜在変数を規定する パスを外して分析を行った。次に、得られたアウトプッ 観測変数を表 33 のように指定した。また、表 34 は娘か トを参考に「意見対立」という観測変数を外し、 「非購 らのアドバイスモデルの全体像を示している。 買」という潜在変数を「きっかけ(非購買) 」という観測 変数に置き換えた。さらに、PA と NA に共分散を仮定 共分散構造分析におけるパス係数の推定には、最尤法 が用いられ、 反復12回で最適化計算は正常に終了した。 した状態でモデルを修正した。 モデルの全体的な評価に関しては、表 35 に示されてい るような結果となった。まず、モデルの全体的な妥当性 の評価に関しては、CMIN が 146.556、DF(自由度)が 49 となり、CMIN/DF は 2.991 という数値となった。よ って、Bollen の提唱する 5.00 よりも低い数値が得られ たことから、全体的な妥当性の評価は高いことが示され た。しかし、モデルの適合度については適合度指標 GFI が 0.893 と、一般的に推奨されている 0.9 に届かない値 となった。また、RMSEA も 0.100 という値であり、モ デルのあてはまりが良いとされる 0.05 未満と乖離する 数値となった。よって、適合度を上げるためにモデルの ■表―――33 娘からのアドバイスモデルにおける潜在変数と観測変数 22 ■表―――34 娘からのアドバイスモデル(修正前) 関しても、適合度指標 GFI が 0.912 と 0.9 以上の値とな ■表―――35 り、修正適合度指標 AGFI も 0.843 であることから、こ れら 2 つの値に大きな差がなく、好ましいモデルである 娘からのアドバイスモデル修正前アウトプット と考えられる。RMSEA についても 0.052 と、0.05 に至 らないまでも高い数値となり、適合度は高いと考えられ る。 ■表―――36 娘からのアドバイスモデル修正後アウトプット 修正後モデルを共分散構造分析にかけるにあたって は、パス係数の推定に最尤法が用いられ、反復 24 回で 最適化計算は正常に終了した。モデルの全体的な評価に 関しては、表 36 に示されているような結果となった。 まず、モデルの全体的な妥当性の評価に関しては、 CMIN が 228.004、 DF(自由度)が 111 となり、 CMIN/DF 以下では、修正後モデルに基づいて母集団ごとのモデ は2.054 という数値を得られたことから全体的な妥当性 ルの分析結果を提示し、設定した仮説を検証していく。 の評価は高いことが示された。また、モデルの適合度に 23 【事前に購買意図ある場合の娘からのアドバイスモデル】 ■表―――37 事前に購買意図がある場合の娘からのアドバイスモデルのパス図とアウトプット 表 37 に示した結果から、仮説を検証すると以下のよ 援に対する満足に正の影響を与える うになる。 「PA」から「購買」へのパス係数×「購買」から「支 仮説 2-4:購買意図がある場合、PA は購買に正の影響 援に対する満足」へのパス係数より を与える 0.784×1.058=0.829472 仮説立証(0.1%水準で有意) 従って、仮説立証とする 仮説 2-5:購買意図がある場合、PA は購買を通じて支 仮説 2-6:購買意図がある場合、NA は非購買に正の 24 0.970×(-0.220)=-0.2134 影響を与える 仮説立証(0.1%水準で有意) 従って、仮説棄却とする 仮説 2-7:購買意図がある場合、NA は非購買を通じ 仮説 2-8:購買意図がある場合、支援(娘のアドバイス) て支援に対する満足に正の影響を与える に対する満足は次回購買時の支援希望に正の影響を与 「NA」から「非購買」へのパス係数×「非購買」か える ら「支援に対する満足」へのパス係数より 仮説立証(0.1%水準で有意) 【事前に購買意図がない場合の娘からのアドバイスモデル】 ■表―――38 事前に購買意図がない場合の娘からのアドバイスモデルのパス図とアウトプット 25 表 38 に示した結果から、仮説を検証すると以下のよ 仮説棄却 うになる。 次に、 「購買」から「支援に対する満足」へのパス係 仮説 2-12:購買意図がない場合、PA は購買に正の影 数が店員の場合は 0.90、娘の場合は 1.06 となり、娘の 響を与える 方が高い値となった。しかし、それぞれのアドバイスが 仮説立証(0.1%水準で有意) 満足にどの程度影響しているかを算出した結果、店員か 仮説 2-13:購買意図がない場合、PA は購買を通じて らのアドバイスに対する満足は 0.837834、娘からのア 支援に対する満足に正の影響を与える ドバイスに対する満足は 0.829472 となり、店員からの 「PA」から「購買」へのパス係数×「購買」から「支 アドバイスの方がわずかに高い数値となった。 援に対する満足」へのパス係数より さらに、 「支援に対する満足」から「次回購買時の支援 0.512×0.852=0.436224 希望」へのパス係数については、店員の場合が 0.91、娘 の場合は 0.95 となり、娘の方が高い数値となった。こ 従って、仮説立証とする 仮説 2-14:購買意図がない場合、NA は非購買に正の こで自由回答を検討すると、「(娘は)いろいろとアド 影響を与える バイスしてくれるから、いつも買い物に行くときは頼り 仮説立証(0.1%水準で有意) にしています」「自分では似合っているつもりでも、娘 仮説 2-15:購買意図がない場合、NA は非購買を通じ に似合わないといわれると正しいとおもう」「販売員よ て支援に対する満足に正の影響を与える りも、はっきりアドバイスしてくれるので参考になる」 「非購買」から「支援に対する満足」へのパスが棄却 といった回答が見られた。 されるため、必然的に仮説棄却とする 以上の考察から店員と娘のアドバイスについてまと 仮説棄却 めると、母親は購買については専門的知識を豊富に持つ 仮説 2-16:購買意図がない場合、支援(娘のアドバイス) 店員からのアドバイスを参考に購入するが、店員からの に対する満足は次回購買時の支援希望に正の影響を与 アドバイスだけでなく、娘からの的確かつ信頼できるア える ドバイスも求める傾向にあると考えられる。 仮説立証(0.1%水準で有意) 各場合の比較 店員からのアドバイスについて、事前の購買意図 の有無での比較 「大仮説 3:各場合を比較すると強弱に違いがみられ 店員からのアドバイスについては、サンプル数の問題 る」について、順を追って検証していく。 から事前の購買意図がない場合について分析すること ができなかった。従って、仮説については以下のように 店員と娘のアドバイスの影響力の比較 ここでは、母集団が同質である「事前の購買意図があ なる。 った上で、娘と一緒に化粧品を購入したとき」の店員と 仮説 3-2:購買意図がある場合とない場合では、購買 娘の分析結果を比較する。まず、 「SA」から「購買」へ 意図がある場合の方が、SA が購買に強く影響する のパス係数は 0.93、 「PA」から「購買」へのパス係数は 検証不可 0.78 であり、店員からのアドバイスの方が購買に強く影 響していると言える。従って、以下の仮説は棄却された。 仮説 3-1:娘の PA の方が SA よりも購買に強く影響 娘と一緒に化粧品を購入したときにおける事前の 購買意図の有無での比較 する 事前に購買意図がある場合とない場合とでは、差に対 26 する検定から以下のような結果が得られた。 ある) まず、 「NA」から「きっかけ(非購買)」へのパス係数 また、娘からのアドバイスにおいて、事前の購買意図 において 5%水準で有意な差が見られた。購買意図があ の有無で共通に見られることとして、ポジティブアドバ る場合のパス係数が 0.97、購買意図がない場合のパス係 イスよりもネガティブアドバイスの方が母親の意思決 数が 0.77 であることから、 購買意図がある場合の方が、 定に大きく影響し、非購買に至りやすくする傾向にある 娘からのネガティブアドバイスが非購買に強く影響す と言える。従って、娘にネガティブアドバイスをさせな ると言えよう。次に、 「支援に対する満足」から「次回 いことが化粧品販売の上で鍵となると考えられる。 購買時の支援希望」においても 5%水準で有意な差が見 以上の検証と測定したモデルの結果から、表 39・40 られた。しかし、購買意図がある場合もない場合もパス に示す各モデルを「店員からのアドバイスモデル」 「娘 係数は 0.95 と等しい値となっている。これは、購買意 からのアドバイスモデル」として提示するとともに、次 図の有無でサンプル数が約2倍程度異なることが影響し 節で化粧品市場活性化に向けた具体的な方策を提言し ていると考えられる。 ていく。 従って、購買意図の有無での比較は厳密なものとは言 い難いため、以上の 2 点において差異がある可能性があ る、という表現にとどめる。 このことから、仮説を検証すると以下のようになる。 仮説 3-3:購買意図がある場合とない場合では、購買 意図がある場合の方が、PA が購買に強く影響する 仮説棄却(5%水準で有意でない) 仮説 3-4:購買意図がある場合とない場合では、購買 意図がない場合の方が、NA が非購買に強く影響する 仮説棄却(ただし、サンプル数に大幅な差異が ■表―――39 店員からのアドバイスモデル 27 ■表―――40 娘からのアドバイスモデル ④―――新提案 というフラットな立場でアドバイスをすると考えられ、 母親は「店員のアドバイス(製品情報や売れ筋など)を娘 本節では、これまでの分析結果をもとに母娘消費にお の非商業的なアドバイスで補いながら利用している」と ける化粧品の購買を促進するための戦略を「プロモーシ 解釈することができる。その為提案を考える際にも、娘 ョン戦略」に絞り新提案を行う。なぜなら、分析によっ の存在を無視することは出来ないだろう。よって、 「い て店員からのアドバイス、つまりは店員による人的購買 かに娘を巻き込むことができるか」もしくは「いかに娘 促進が購買に深く影響を及ぼすことが、示されたためで が母の購買を促進しやすい状況をつくりだせるか」を新 ある。また、プロモーション戦略が購買時に最も近い消 提案のコンセプトとする。 費者に対するアプローチ方法であることからも、プロモ 具体的な提案に移る前に、我々が新提案をするにあた ーション戦略の新提案を行うことが我々の研究成果と ってのポジションを明示しておく。本研究では、我々は マッチングしているといえる。 ある化粧品ブランドの立場で新提案を行う。なぜなら、 分析結果より、店員からのアドバイスが大きな影響力 多品種小ロットという化粧品の特性上、個々のブランド を持っている一方で、娘のポジティブアドバイスも購買 力を発揮することは難しく、その中で競争力を持つ為の に強い影響力を示し、娘のアドバイスに対する満足も高 プロモーション戦略を考えることは大変意義があると い。つまり「母は店員のアドバイスを重視する一方で、 考えられるためである。 娘のアドバイスも信頼している」ということがわかる。 では、決定したコンセプトを実現するためにはどのよ この結果は、店員のアドバイスは「商品を購入してもら うな条件を揃える必要があるだろうか。当人の購買では いたい」という半ば当然ともいえる商業的な意図が含ま なく母親の購買に対して娘が積極的かつ前向きに関与 れることに対して、娘のアドバイスは商業的な意図が含 するためには、母はもちろん娘にもメリットを感じる必 まれていない。そのため、娘は「購入するべきかどうか」 要があるだろう(相互利益性)。また、そのプロモーショ 28 ンがそのブランドを選ぶ理由になり得るか、つまりはブ ランドに付加価値をもたらすか(競争優位性)、娘も母親 プランニングシートの例 の購買を楽しめるかどうか(娯楽性・イベント性) 、さらに 娘を飽きさせず巻き込み続けることができるか(継続性) 等も条件としてあげられるだろう。 以下、具体的な案を2つあげていく。 娘と美容部員が連携した母のプロデュース 娘を巻き込む具体案の一つめは、 「娘と美容部員が連携 した母親のメイクアップのプロデュース」のキャンペー ンである。これは、娘とブランドの美容部員が協力体制 で母の化粧品購入からメイクの仕方までを包括的にプ ロデュースすることで母の購買を促進する狙いがある。 ポイントカードを用いた新提案 母親と店員とが相談する二者間のやりとりに、非商業的 次に我々は「母と娘で使えるポイントカード」を用い なアドバイスをする主体である娘が加わることによっ たサプライズ企画を提案したい。概要を以下で説明する。 て、母は三者間で購入の検討をすることが可能になる。 まず、 「MoDa」というポイントカード(表 42)を用意 三者間で母の肌質や似合う色味などのカウンセリング する。MoDa は既存のポイントカードとは異なる点がい に加え、母のなりたいイメージ・娘がなってほしいイメ くつかある。まず母娘はそれぞれのポイントカードを所 ージを共有するためのヒアリングを行い母のプロデュ 有する。母が貯めたポイントと娘が貯めたポイントを合 ースを協力してプランニングする。例えば、 「母親が流 算した状態で、データベースで一元管理する。さらに母 行の化粧品を揃えることで、綺麗に若返り、父親を驚か 娘一緒に来店し買い物をした場合、ポイントのレートが せる」プランを考えてみよう(表 41)。結婚記念日や誕 通常の2倍になるという仕組みになっている。またポイ 生日に向けて、段階をつけて母親が徐々に華やかに若返 ントカードを作る際には、母娘は貯めたポイントと引き りをしてゆき、母の外見の変化に父親を驚かせるという 換えることのできる商品のカタログ(表 43)から、お互 プランならば、娯楽性・イベント性という点でも娘は母 いにあげたい商品を選び、所定の申し込み用紙(表 43) 親の購買に対して楽しみながら参加できるだろう。また、 を店頭に提出する。商品はポイントが一定数たまった時 母の美容への関心が高まり綺麗になっていくことは娘 点で、次のカタログと申込用紙と共に自宅に届けられる もメリットを感じることができ、相互利益性のあるプロ (別居の場合はお互いの自宅に届けられる) 。この一連の流れ モーションであると言えるだろう。また、アンケートの を通じて、ブランドを継続的に使い続けてもらう狙いが 自由回答において「一人では絶対にできないが、娘がい ある。 たら化粧品売り場でメイクをしてもらう気持ちになる」 さらに、この提案にサプライズ感を演出し、娯楽性・ 「自分では似合わないと思っていた色が実は似合って イベント性を持たせるために いたり、自分で気付かなかった点に(娘は)気づかせて ⅰ.相手に贈る商品は互いに「秘密」にする くれる」といった回答を得られたことから、本キャンペ ⅱ.現在溜まっているポイントがカードに表示されない ーンの有効性は高いと考えられる。 (結果として商品が突然家に届くという形となる) ■表―――41 といった工夫を凝らした。ポイントのレートに関しては 29 100 円で 3 ポイントとし、885 ポイントで商品と引き換 えることとした。これは 885 が hahako という文字を表 わしているのに加え、あえて 885 という半端な数字とす ることで現在何ポイントたまっているかを予測しにく くさせる狙いがある。また 885 ポイント貯めるために必 要な金額は 29,500 円であり、これは継続性を持たせる 上でも適当であると考えた。29,500 円というのは序論に あげた娘の可処分所得(約 32,000 円)や化粧品の値段を 考えた場合に、1 度に使う金額としては多く、何度かの 12月号 購買を経て達する額として適切なポイント設定であろ う。この新提案は、先にあげた「いかに娘を巻き込むこ とができるか」の 4 つの条件のうち継続性、娯楽性、ま たお互いに商品が届くことによる相互利益性の3つを満 たしていることからも有効なプロモーション戦略と言 える。 ■表―――42 ポイントカード「MoDa」のイメージ図 カタログナンバーを 入れたら、シールを 貼って、お互いに見 えないようにする。 B1 1 2 切り取り線で切れるように なっている。同居でなけれ ば切れた状態で届く ⑤―――今後の展望 本研究にはいくつかの反省点が存在する。 第一に、事前の購買意図がない場合について十分なサ ■表―――43 ンプル数が得られなかった点である。よって、事前の購 買意図の有無でアドバイスの影響力に違いが存在する 商品カタログ及び申込用紙のイメージ図 か、ということを検証することができなかった。しかし、 このことは同時に「化粧品の購買においては、多くの人 30 が事前に欲しい商品のイメージをある程度持った状態 想定した研究を行ったが、その逆として、意思決定の主 で店舗に訪れている」とも解釈できると考えられる。従 体を娘とし、アドバイスをする主体を母親又は店員とし って、事前の購買意図形成に関する設問を充実させるこ た研究を行えば、母娘消費の実態をより詳細に解明でき とで、より良いモデルの構築が可能であったと考えられ ると考えられる。 る。 第二に、各モデルの潜在変数を導くための設問項目数 が 2 から 3 項目になってしまった点があげられる。本研 ⑥―――おわりに 究においては恣意的に定めた尐数の観測変数で潜在変 数を説明することとしたため、因子分析や信頼性分析は 我々は、 「母娘消費」に着目して本研究を行い、さま 行わなかったが、より適合度の高いモデルを構築する上 ざまな特徴を持つ母娘消費の中でも、娘による「意思決 では、個々の潜在変数を導くために複数の質問項目を設 定支援」の部分に焦点をあて、意思決定の主体である母 定し、因子分析及び信頼性分析を介して適切な観測変数 親の購買行動の解明を目指した。しかし、既述したよう を選択するべきであったと言える。アンケート項目数に に、母娘消費とは必ずしも意思決定の主体が母親である 制限があったとは言え、より精緻なモデル構築及び検証 わけではない。アンケートの自由回答で「娘は、私のア をするためには、不十分であったと言える。 ドバイスを参考に購入することが多い」という回答を得 第三に、従来の母娘消費の定義に示されている られたように、娘の買い物に対して母親がアドバイスを 「win-win の関係」に触れることができなかった点が挙 する光景は日常で多く見られる。つまり、娘が意思決定 げられる。本研究は意思決定支援に焦点をあてるもので の主体となり、母親がアドバイスをする主体となって行 あったとは言え、この関係性は母娘消費特有のものであ われる購買も多々あるということである。また、本研究 るため、触れるべき要素であったと考えられる。 で触れることができなかった母娘関係も、母娘の購買行 以上のような反省点はあるものの、得られた成果は大 動に大きく影響を及ぼすであろう。さらに、対象とする きいと考えられる。 財によっても本研究とは異なる知見が得られることで まず、 「娘からのネガティブアドバイスは購買を阻害 あろう。従って、本研究は母娘消費という購買行動の一 する方向に大きく影響する」という結果は、大きな収穫 部を解明したにすぎない。だが、我々は本研究を通じて であったと言えよう。既存研究のレビューにおいても述 「母娘消費」の実態だけでなく、 「母娘の絆の深さ」を べたが、コミュニケーションには購買を促進する効果だ 改めて知ることができた。アンケートの自由回答には けでなく、購買を抑制する効果も存在する。娘とのコミ 「(娘との買い物が)楽しい」 「安心できる」といった回答 ュニケーションにおいて購買を抑制する効果が大きく が多く見られた。また、他の同伴者であればおそらく得 働くことを示せたことは、今後の母娘をターゲットとし られないような回答も得ることができた。これらは、 「家 た戦略を立てていく上で大いに役立つ結果であると考 族関係の希薄化」が問題視されている昨今において、貴 えられる。 重な関係性であると言えよう。この関係性があるからこ また、母娘消費に関する既存研究が尐ない中、本研究 そ母娘消費は行われ、逆に母娘消費が行われることで、 においていくつかの知見が得られたことは、母娘消費と 母娘関係が維持、あるいは強化されるのであろう。その いう消費実態をより研究していくべきであることを示 ような役割を果たす母娘消費を研究したことは、意義の 唆できたと考えられる。我々は、意思決定の主体を母親 あることだったと言えよう。 とし、アドバイスをする主体が娘又は店員という状況を 最後に、我々の研究が今後マーケティング研究及びマ 31 富士経済『化粧品市場の調査結果』 〈https://www.fuji-keizai.co.jp/market/10087.html〉 (最終アク セス:2010 年 10 月) ポーラ文化研究所『女性の化粧行動・意識に関する実態調査~ スキンケア・メーク編 2010~基本編』 〈http://www.po-holdings.co.jp/csr/culture/bunken/report/pdf/ 100924research.pdf〉 (最終アクセス:2010 年 10 月) Microsoft Advertising『インターネットと口コミに関する調査』 〈http://advertising.microsoft.com/japan/research?Adv_Resea rchReportID=739〉 (最終アクセス:2010 年 11 月) 日本アイ・ビー・エム株式会社『共分散構造分析』 〈http://www.spss.co.jp/software/analysis/412.html〉 (最終アク セス:2010 年 11 月) 日本アイ・ビー・エム株式会社『Vol.19 Amos の活用 マーケ ット・リサーチにおける構造方程式モデリング』 〈http://www.spss.co.jp/kwo/column/001014.html〉 (最終アク セス:2010 年 11 月) ーケティング実務での飛躍的な発展の礎となることを 願うとともに、母娘を対象としたアプローチが増えるこ とで、より良い母娘関係の構築に貢献できれば幸いであ る。 参考文献 牛窪恵[2006]『新女性マーケット Hahako 世代をねらえ!』ダ イヤモンド社 『SC JAPAN TODAY 2009 年 4 月 1 日号』社団法人日本ショ ッピングセンター協会 山本昌[2006]『顧客間インタラクションがサイト・ロイヤルティ に与える影響―インターネット視聴率データの分析』消費者行 動研究 vol.12,No.1 井上淳子[2005] 『購買行動における同伴者の影響―母娘ショッピ ングの観点から―』産研アカデミック・フォーラム 13 庄司裕子[1998]『感性指向製品の選択過程における他者の役割』 川村学園女子大学紀要第 9 巻第 2 号 宮田加久子・金宰輝・繁桝江里・小林哲郎・池田謙一[2008]『ネ ットが変える消費者行動』NTT 出版 宮田加久子[2007]『消費者行動において重層化するオンライン とオフラインの対人コミュニケーション』明治学院大学社会学 部附属研究所年報 37 号 清水聰[1999]『新しい消費者行動』千倉書房 Bollen,K[1989],Structural Equations with Latent Variables: Wiley-Interscience e-news〈http://ee-news.seesaa.net/article/127946292.html〉(最 終アクセス:2010 年 11 月) NET IB NEWS『2010 年実質経済成長率』 〈http://www.data-max.co.jp/2009/07/imf201017.html 〉 (最終 アクセス:2010 年 10 月) 総務省『家計調査』 〈http://www.stat.go.jp/data/kakei/index.htm〉 (最終アクセ ス:2010 年 10 月) 国税庁『2005 年民間給与実態統計調査』 TOKYO FM[2004-2005]「若者ライフスタイル分析」 〈http://www.tfm.co.jp/wakamono/2004data/2_5.html〉 総務省『平成 17 年国勢調査』 〈http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2005/index.htm〉 (最終ア クセス:2010 年 10 月) 国立社会保障・人口問題研究所『2005 年第 13 回出生動向基本 調査』 〈http://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou13_s/Nfs13doukou _s.pdf〉(最終アクセス:2010 年 10 月) 積水ハウス『2004 年シングル女性に関する住意識調査』 〈http://www.sekisuihouse.co.jp/company/newsobj518.html〉 (最終アクセス:2010 年 10 月) リビングくらし HOW 研究所『母と娘の関係』 〈http://www.kurashihow.co.jp/modules/news/article.php?stor yid=399〉(最終アクセス:2010 年 10 月) 財団法人流通システム開発センター〈http://www.dsri.jp/〉 (最 終アクセス:2010 年 11 月) 矢野経済研究所『化粧品市場に関する調査結果 2010』 〈http://www.yano.co.jp/press/pdf/693.pdf) (最終アクセス: 2009 年 10 月) 32 補録―――アンケート調査票 33 34 35 36 37 NET IB NEWS『2010 年実質経済成長率』による 総務省『家計調査』による 4 積水ハウス『2004 年シングル女性に関する住意識調 査』による 2 3 1 e-news 〈http://ee-news.seesaa.net/article/127946292.html〉に よる 38 5 牛窪恵[2006] 『新女性マーケット Hahako 世代をねら え!』ダイヤモンド社 による 6 国税庁『2005 年民間給与実態統計調査』による 7 TOKYO FM[2004-2005]「若者ライフスタイル分 析」による。防犯に不安を抱える女性は 30 代未婚で 65% いる。 8 富士経済[2010]『化粧品市場の調査結果』による 9 宮田加久子・金宰輝・繁桝江里・小林哲郎・池田謙一 [2008]『ネットが変える消費者行動』NTT 出版 による 10Arndt[1967]、Mizerski[1982]、堀内[2001]に関する記 述は、 宮田加久子[2007]『消費者行動において重層化す るオンラインとオフラインの対人コミュニケーション』 明治学院大学社会学部附属研究所年報 37 号 による。 11 『SC JAPAN TODAY 2009 年 4 月 1 日号』社団法人 日本ショッピングセンター協会 による。 12 日本アイ・ビー・エム株式会社『共分散構造分析』 〈http://www.spss.co.jp/software/analysis/412.html〉に よる。 13 日本アイ・ビー・エム株式会社『Vol.19 Amos の活用 マーケット・リサーチにおける構造方程式モデリング』 〈http://www.spss.co.jp/kwo/column/001014.html〉によ る 39
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