クーデター未遂後のトルコ情勢 2016年9月25日 在トルコ日本国大使館 1 1.クーデター未遂の概要 (1)過去のクーデターに見られない特異性 ① 政権・首相交代を引き起こした4度のクーデター(1960年、71年、80年、97年)は、 ⅰ)軍の指揮によって実行され、ⅱ)市民に犠牲が出ない無血クーデターであり、 ⅲ)政治・経済の混乱の収拾を目的とし、国民も評価。 ② 今次クーデター未遂は、 ⅰ)軍の指揮系統に拠らず軍の一部(1.5%)が実施し、ⅱ)国会、大統領府、警察・ 情報機関等が攻撃され、死者242名、負傷者2,200名(大半が市民)が発生。 ⅲ)クーデター未遂前の政治・経済は、混乱状況ではない(2015年4.0%成長)。 (2)特筆すべきは、国民、与野党が反対しクーデターが速やかに頓挫 ①TV報道が中断せず、エルドアン大統領の国民への呼びかけを実況放送。 ②国民が文字通り、戦車の前に立ちはだかってクーデターを阻止。 ③民主主義意識の浸透、AKP政権下での経済成長(GDP3倍)に対する国民の信認。 ④クーデター未遂以後、エルドアン大統領の人気は上昇(47%→68%)。 (3)トルコ政府は、実行主体を「フェトフッラー・ギュレン運動」と断定 =エルドアンに批判的な政治勢力の結集(ギュレン運動+ケマリスト)ではない (4)安倍総理は,クーデター直後にトルコの民主主義への支持を表明 また,G20及びNYでの首脳会談の際に,トルコ国民の団結と連帯に敬意を表明。2 2.クーデター未遂後の状況 (1)内政 (1)内政 ①憲法に基づき、議会の承認を得て「非常事態宣言」の発出(7月20日、三ヶ月間) 目的は、(i)ギュレン運動関係者の迅速な取締りと排除 (ii)軍が二度とクーデターを行ないための軍改革の迅速な実施。 (i) 政府機関・メディア等からのギュレン関係者の一掃 政府機関内へのギュレン運動関係者の浸透の広がりを反映し、公務員の停職・ 解職(4万人,2/3は教育省)、拘束(約4万人)・逮捕者(約2万人)は多数。 ギュレン運動を支援したメディア機関を閉鎖、関係ジャーナリストを逮捕。 この機に乗じた政敵排除の事実は現状では見られない。 (ii) 軍に対する文民統制(シビリアン・コントロール)の強化 従来、陸海空の各軍種は国防大臣ではなく参謀総長に下に置かれていたが、 文民統制強化の観点から、各軍種を国防大臣直轄の下に配置。 軍の人事を決定する機関に、新たに、外務・法務大臣等の文民大臣を追加。 ② 「非常事態宣言」下での措置は広く国民の支持あり 政府による非常事態宣言下での措置(ギュレン運動関係者の一掃、クーデ ター再発防止のための軍の文民統制の強化)は、与野党で方向性が一致し、 広く国民の支持あり。 8月24日付:ニューヨークタイムズ紙 『クーデターを経て、トルコで稀なことに、国民の一体感・連帯が醸成・維持されている。エルドアン大統 領の支持率は47%から68%に上昇し、民主主義を守ったことで国民が自信をつけてる。』 3 2.クーデター未遂後の状況 (2)外交 (2)外交 ①従来の宗派色の強い外交から、6月の首相交代を機に現実的外交を推進 スンニ派色の強い従来の外交は、「アラブの春」後の中東での宗派対立の中でトルコの影 響力を狭めているとの認識から、宗派色を薄め、現実主義の外交へ転換。 ア首連と大使交換(5月)、イスラエルと関係正常化(6月)、トルコ外相イラン訪問(8月)。 ロシアとの関係改善(8月)。ロシア観光客を乗せた初のチャーター便が到着(8月)。シリ ア北部でのトルコの対ISIL掃討作戦にロシア側の妨害無し(8月)。 ②対米、対EU関係の維持・改善 米国とは、ギュレン氏の引渡しを巡りぎくしゃくしていたが、バイデン米副大統領のトルコ 訪問、トルコへの支持・連帯の表明により改善。トルコはNATOの一員であり、コアリション の一員として、米と連携しつつ対ISIL軍事作戦を継続。 EUに対しクーデター後の対応を巡って不信感が増大するも、EUはトルコの最大の貿易相 手国。また、EUにとりトルコの安定は、難民・テロの欧州への波及阻止にとり不可欠。トル コ・EU双方が互いを必要としている関係(シリア難民に関するトルコEU合意)。 ロシアとの関係改善は、欧米との関係を代替するものではない。 ③国際社会からトルコに対する支持・連帯の表明 欧米等から各国要人が相次いでトルコを訪問し、支持・連帯を表明(米、EU、NATO、 国 連、独、蘭等、30カ国以上から外相等の閣僚がトルコ訪問)。 日本からは鶴保内閣府大臣がアンカラでユルドゥルム首相他と会談(9月8-9日)。またNY での首脳会談の際に,安倍総理は,世界最大数のシリア難民を受入れ,ISILとの闘いを 推進していることにつき,エルドアン大統領に敬意を表明。 4 2.クーデター未遂後の状況 (3)治安 (3)治安 ① 昨年7月より、PKK及びISILによるテロが発生。クーデター未遂後、テロは一 時鎮静化していたが、8月中旬からテロが南東部・東部で再発。また、8月20日 には南東部ガジアンテップにてISILと思われるテロが発生。 ② トルコは昨年央より対ISILのスタンスを明確化 米の等コアリション各国と連携し、トルコ南部の基地より対ISIL空爆を継続。 また、トルコ国境に接するシリア北部地域からISIL戦闘員を排除する作戦(ユーフ ラテスの盾)を実施中。 さらに、テロリストの侵入防止のために、シリア国境沿いに壁を建設(240キロ完 成、200キロ計画)。 ③ PKKに対しては、昨年夏のPKKによるテロを受けて対話路線を停止。テロ対 策を最後まで継続し、テロが継続する間は和平路線は再開しないとの立場。 ④ クーデター未遂後の軍・警察からのギュレン運動関係者一掃は、治安維 持能力に直接の影響は大きくないとの見方あり。 5 2.クーデター未遂後の状況 (4)経済 (4)経済 ①クーデター未遂への評価 もしクーデターが成功していたならば、トルコ経済・日本企業のトルコビジネスに深刻な悪影響。 クーデターが短時間で未遂に終わったことは、トルコ経済・日本企業にとって僥倖。 ②トルコ政府による対応 クーデター未遂直後の国内経済の混乱は、ほぼ無し。経済面での初動対応は成功。 事件後の一ヶ月半、政権ハイレベルで外国投資家のケアに腐心。 →日本企業への特別の対応(日本は10位(2014)、11位(2015)の対トルコ直接投資国) ・シムシェッキ副首相(経済担当)と在トルコ日本企業との対話実施(ドイツに次ぎ2番目))。 ・シムシェッキ副首相が訪日(8月末)し、麻生副総理・財相と会談、日本企業に直接説明。 ・在京トルコ大から日本企業への定期的な経済状況説明資料の送付、 これまでのところトルコ経済への影響は限定的。今後の主要経済指標の発表に要注視。 →大型インフラ・プロジェクトはスケジュール通り実施。 ③今後の留意点 非常事態宣言下でのギュレン系企業・企業関係者の追及がビジネスに及ぼす影響の有無、 「格付け」変更の有無、外交関係の変化による経済面(ビジネス機会等)への影響の有無、 日本側の過度の萎縮 トルコ経済のファンダメンタルズの強みは不変(欧州、中東・アフリカ、中央アジアへの好いアク セス、非産油国ながら中東最大の経済規模で旺盛な消費市場、EU関税同盟、若く勤勉な労働 力、健全な金融・財政)。 6 3.今後の視点 与野党の団結、国民の一体感の維持 →2019年の大統領選挙、議会選挙までエルドアン政権が継続する中で、クーデター 未遂後の与野党の団結、国民の連帯が維持されるかどうか。 ギュレン運動関係者の取締り・一掃の行方 →ギュレン関係者一掃のための作業が迅速に進捗し早期に平常への復帰ができるか どうか。また、こうした作業が治安・経済・社会にどの程度影響を及ぼすかどうか。 「非常事態宣言」解除の時期 →3ヶ月経過後(10月20日前後)に解除になるかどうか。 欧米との関係 →欧米との関係の改善基調が継続するか。EUとはビザなし渡航に向けた交渉が今秋に 大詰め。また、EUとは年明けから関税同盟の拡充交渉を開始するとの発表あり。 ISIL動向を含むシリア情勢へのトルコ政府の対応 →ロシアとの関係改善はシリア問題についてのトルコの立場を改善。米等と連携しつつ 進めている対ISIL作戦の今後の展開とISILの動向、また、政治プロセスの前進の有無。 PKKへの対処 →PKKがテロを継続している現状下では,対話路線の再開は不透明。 トルコの安定は、中東の安定に不可欠 7 (参考1) 過去1年間の政治出来事 2015年 7月 ISILによるテロ(20日), PKKによるテロ(22日),トルコ軍による対ISIL,PKK作戦(24日) 10月7-8日 エルドアン大統領訪日 10月10日 アンカラ駅前での自爆テロ 11月 1日 再選挙,与党AKPの勝利 11月14日 安倍総理イスタンブール訪問 11月16日 G20サミット (於:トルコ・アンタルヤ) 11月24日 トルコ・シリア国境における露軍機撃墜事件 11月30日 第64代ダーヴトオール内閣発足 12月14日 EU加盟交渉の再開 2016年 1月12日 イスタンブール観光地区(スルタンアフメット地区)での自爆テロ 2月17日 アンカラ空軍司令部付近での自爆テロ 3月13日 アンカラ中心部(クズライ地区)での自爆テロ 3月18日 難民に関するトルコ・EU間合意(→土からギリシャに渡航するシリア難民が激減) 4月14-15日 イスラム協力機構サミット開催(於:イスタンブール) 5月22日 AKP臨時党大会開催。ダーヴトオール首相兼AKP党首が辞任。 5月23-24日 世界人道サミット開催(於:イスタンブール) 5月29日 第65代ユルドゥルム内閣発足 6月28日 イスタンブール・アタテュルク空港での自爆テロ 6月28日 トルコ・イスラエルによる関係正常化に向けた覚書への署名 6月30日 イズミット大橋(オスマン・ガージ橋)開通 7月15日 クーデター未遂事件 8月 9日 トルコ・露首脳会談(ロシアとの関係正常化) 8 (参考2)クーデター未遂後から9月上旬までの各国閣僚等の訪土 (1) ジョージア :7月19日,クヴィリカシヴィリ首相,8月26日,クムシシヴィリ副首相兼経済持続可能開発大臣 (2) 英国 :7月21日,ダンカンEU相(外務閣外相) (3) カタール :7月30日,アブドゥルラフマン・アルサーニ外相, 9月8日, ハリーファ首相 (4) 米国 :8月1日,ダンフォード米統合参謀本部議長,8月24日,バイデン副大統領 (5) 欧州評議会 :8月3~4日,ヤーグラン欧州評議会事務局長,9月1日,アグラムント欧州評議会議長 (6) 中国 :8月3~6日,張明中国外交部副部長 (7) カザフスタン :8月5日,ナザルバエフ大統領 (8) ドイツ :8月7~8日,エーデラー外務次官,8月25日,ロート欧州担当相 (9) パレスチナ自治政府:8月11~12日,マーリキー外相 (10)イラン :8月12日,ザリーフ外相 (11)ベネズエラ :8月19日,ロドリゲス外相,ピノ石油天然資源相 (12)リトアニア :8月22日,リンケビチュウス外相 (13)モルドバ :8月22日,ガルブル副首相兼外務・欧州統合相 (14)ハンガリー :8月23日,シーヤールトー外相 (15)エストニア :8月24日,カリユランド外相 (16)ポーランド :8月25日,ヴァシチコフスキ外相 (17)ルーマニア :8月25日,コマネスク外相 (18)スロバキア :8月25日,ライチャーク外務・欧州問題相 (19)EU :8月25日,ブロク欧州議会外務委員会委員長,ピリ欧州議会トルコ・ラポルトゥール, 8月31日-9月1日,シュルツ欧州議会議長及びアヴラモプロス欧州委員, 9月9日,モゲリーニ欧州委員会副委員長外務・安全保障政策上級代表 (20)ブルガリア :8月26日,ボリソフ首相 (21)バーレーン :8月26日,アル・ハリーファ・バーレーン国王, (22)マケドニア :8月26日,イヴァノフ・マケドニア大統領 (23)ボスニアヘルツェゴビナ:8月26日,イゼトベゴヴィチ国会議長 (24)セルビア :8月26日,リャイッチ副首相, (25)オランダ :8月28-29日,クーンデルス外相 (26)国連 :8月31日-9月1日,グランディ難民高等弁務官,フェルトマン国連事務局政務局長 (27)イラク :9月1日,エル・ジュブリ国会議長 (28)日本 :9月8-9日,鶴保内閣府特命担当大臣 (29)NATO :9月8日,ストルテンベルグNATO事務総長 9
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