学びへのいざない も う 一 度 学 び た い 社 会人 の た め の 自 習 ガイダ ンス 5 時間目 1 2 5 4 3 哲学 ナビ ゲ ー タ ー 土屋賢二 哲学者 Kenji Tsuchiya 何やら神秘的で深遠な感じがするが、実態はよく分からない哲学。はたして哲学とは何なのか。 一般社会人でも哲学を学ぶことはできるのか。会社を辞めて森の洞窟に籠らなくても哲学は理解できるのか。 ユニークな著作の多い土屋賢二さんが、哲学の勉強法をナビゲートする。 取材・構成/橋本淳司 誰もが “哲学の問題”に直面している 「いかに生きるべきか」なんて考えなくても、楽しく生きられれば いい、 という意 見もあるでしょう。でも、 「いかに生きるべきか 」が 哲学とは、 “哲学の問題”を解決する学問です 。哲学の問題と 分からないと、楽しく生きられないのではないでしょうか 。自分の は、実験や観察を通じて事実を明らかにすることができない、つま 生き方が正しいと思えなければ、心から楽しめないでしょう。いか り、科学的手法では解決できない問題のことをいいます 。例えば、 に生きるべきかを知らずに生きていくということは、 目的地が分か 「 私とは何か 」 「 人 間はいかに生きるべきか 」 「 人 生には意 味が らないままでたらめに船を進めているようなものです 。そういう一 あるか 」 「 時 間とは 何 か 」などは 、代 表 的な哲 学 の 問 題 です 。 生を送るのは悲惨なことだとプラトンも言っています 。 米国で起きた同時多発テロの解決を考えるときも、最終的には 学 問をするうえでいちばん大 切なのは問 題 意 識を持つことで 「人間はいかに生きるべきか」という哲学の問題にぶつかります 。 すが 、哲 学の問 題は身の回りに転がっていますし、 「 昨日の私と また、臓 器 移 植の是 非 、 クローン人 間の是 非なども、最 終 的には 今日の私がどうして同じ人間だと言えるのか」など、子供の頃か 哲学の問題にぶつかります 。哲学の問題は身近にあふれている ら不思議だと思っているようなことが多いんです 。ですから、誰で のです 。 も比較的簡単に哲学の出発点に立つことができるでしょう。 FIND Vol.19 No.6 2001 3 えが見つかるものだと想像している人は多いでしょう。ですが、哲 学はいかなる直 感も許さない厳 密さを持っています 。少しでも論 理が飛 躍していると、 どうしてそういうことが言えるのかと批 判さ れます 。書店に行くと、哲学と宗教の本が同じ棚に入っているの で、哲学は宗教の一種だと思っている人もいるようですが、 まった く違うものです。宗教家が「自分は神の子だ」と言ったとしましょう。 宗 教においてはその発 言は認められますが 、哲 学ではとうてい に複製 相手にされません。哲学と宗教は正反対です 。 きます 哲学的な考え方を身に付けるために、 まずは自分の問題意識 こう に答えてくれそうな書 籍を読みましょう。できるだけいろいろな本 う出発 をたくさん読むとよいでしょう。 1冊だけだと偏る可能性があります。 的な解 哲 学 者によって、 ものの考え方は大きく変わります 。問 題は共 通 哲学 でも、論理の積み重ね方や解決の方法、何をもって解決と見なす かは、人によってまったく違うのです 。 難しい本を読む必要はありません。ちょっと読んで、難しいと思っ ある たら読むのをやめましょう。哲学は難しくなければならないと思っ しょう ている人もいるようですが、そんなことはありません。難しいものに たら喜 取り組んで、 「ああ、いま私は哲 学をやっているんだ… 」と酔いし 自分の Profile れてはいけません。哲学は誰もが認めることを出発点として、誰も 実 土屋賢二(つちやけんじ) が認めるような手続で、論理的に説明するものです 。ですから哲 の奥 1944年岡山県生まれ。東京大学文学部哲学科卒。現在お茶 学書は本来誰にでも理解できなくてはならないのです 。しかし現 ります の水女子大学教授。アリストテレスの心の哲学、 ヴィトゲンシュ 実には、 「 哲 学 入 門 」と題していても、 とても入 門を許してくれな います タインの言語哲学を研究 。著書に、ユーモアエッセイ集「われ いような難 解な本がたくさんあります 。どんな名 著であっても、理 議 笑う、ゆえにわれあり」 「われ 大いに笑う、ゆえにわれ 笑う」 解できなければ意味がありません。 ぱいあ 「ツチヤの 軽はずみ」 「 棚から哲 学 」 「 汝みずからを笑え」 ( 文 藝 春 秋 )、 「 哲 学 者かく笑えり」 ( 講 談 社 )、哲 学 論 文 集 「猫とロボットとモーツアルト」 ( 勁草書房 )などがある。ほかに 姉妹編「われあらず、 ゆえにわれ笑わず」と「土屋賢二著作集 全30巻( 別巻「土屋賢二学術論文集」全5ページ)の出版を 希望。さらに「家庭生活円満の秘訣」と「哲学の問題の簡単 私の問題は「ものが存在するとはどういうことか」だったので、 なく批 まずハイデッガー(ドイツの哲学者・1889∼1976 )の『存在と時間』 ません を読みました。しかし、 まったく分かりませんでした。 1ページ目か そ議論 ら理解できないのです 。専門書を理解するようになるには時間が で かかります 。段階を踏みながら読んでいきましょう。 しれま ないか な解き方」を誰か出版してくれないかと願っている。 出発点を探し 論理を丁寧に積み重ねる 活字 わせ、 えます 哲学的なものの考え方に慣れたら、 自分自身の問題を解決す 私は大学生の時に、 「ものが存在するとはどういうことか」とい るための出発点を探します 。哲学は誰もが認める所から出発しま うことが、すごく不思議に思えました。とても深遠な問題だと思い す。デカルト (フランスの哲学者・1569∼1650 )の有名な言葉「わ ました。それを無 視して一 生を終えることはできない 。収 入のい れ思う。ゆえに我あり」は、誰もが認める出発点を示した言葉です。 い仕事に就くとか 、幸せな家庭を持つということより重要なことだ これが「われ歩く。ゆえに我あり」では、 「そんなことを言っても夢 と思いました。私は法律を勉強していたのですが、それから哲学 のなかで歩いているのかもしれない」などと反論されます 。 の道に入ることになったのです 。 誰もが納得する出発点というのは意外に難しいものです。例え それは 学び ば「 私は人 間である」というのも、出発 点としては疑えます 。日常 問題意識に答えてくれ そうな 書籍を読む 何 気なく使っている「 私 」にしろ「 人 間 」にしろ、何を意 味してい るかを厳 密に考えると難しいのです 。 例えば、一生のうちに1分間だけカエルになった人がいるとしま 4 哲 学の問 題を解 決 する唯 一の方 法は、論 理 的な思 考を積み す 。他の点では完 全に人 間であっても、それを「 人 間 」だと言う 重ねることです 。誰もが分かる言葉で、誰もが納得する論理を丁 のは抵抗があるでしょう。また、私とは何でしょうか 。心なのか 、体 J・ホス 本体 2 「分析 寧に積み重ねていきます 。例えば、 「これは机である、ゆえにこれ なのか、その両方なのか 。例えば、腕を切断しても私であることに は物体である」というような、当たり前の論理を積み重ねて、最終 は変わりないが、その要領で肉体すべてが消滅してしまっても私 的な答えにたどり着きます 。 と言えるのか。どこまで残っていれば私なのか。心が私だとしたら、 され、緻 哲学は神秘的なものだとか 、宗教家が悟りを開くように突然答 心があるといわれる脳が私なのか 。脳が私だとしたら、脳を完全 かが分 FIND Vol.19 No.6 2001 主張の れに対 学びへのいざない も う 一 度 学 び た い 社 会人 の た め の 自 習 ガイダ ンス 哲 1 2 5 4 3 論 さ グローバル化で哲学が求められる の た 。 一 般 的に日本 人は議 論が苦 手だと言われます 。人の言うこと に複製すると私は2人になるのか、 などといろいろな疑問がわいて を一 切 排 除 するか 、あるいは妄 信してしまうかという極 端な傾 向 きます 。 もあります 。 識 こうした疑問を一つひとつ解決しながら、誰もが納得するAとい 一方、 アングロサクソン系の人たちはたくさん議論します 。論理 本 う出発点を見つけます 。そして「AだからB」 「BだからC」と最終 的に話 すことが 得 意で、理 屈を主 張します 。相 手が 理 屈で迫っ 的な解決に向って論理を積み上げていきます 。 てきたら、 こちらも理屈で対抗できないといけません。ですが日本 哲学のおもしろさは 議論にある 人は理屈が苦手で、あまり大切だと思っていません。しかし、 ビジ い 。 通 す ネスにしろ個 人 の 関 係にしろ、理 屈で勝 負が つくことは多いで しょう。 っ ある程度、 自分の答えが見えてきたら、 それを友達に話してみま 理 屈で負かされたら、それに従うしかありません。理 屈を考え っ しょう。どんなに考え抜いた答えでも大抵批判されます 。批判され る能力は、人間が行動を決めていくうえで非常に重要です 。 に たら喜びましょう。そして、 「そう言うけれど、 こうならどうだ」と再度 アングロサクソン系の人々は、理屈を展開する訓練を日常から し 自分の論を展開します。このように議論することがとても大切です。 積んでいます 。誰でも納得できるようなところから出発して、緻密 も 実 際 、哲 学のおもしろさは議 論にあります 。哲 学 者というと、森 に論 理を積み重ねて、 「だからこうなんだ」と主 張してきます 。こ 哲 の奥の洞 窟で1 人 静かに瞑 想にふけっているようなイメージがあ れはまさに哲学の手法です 。 現 りますが、そうではありません。大抵は口角泡を飛ばして議論して 日本人は情緒的な部分が多く、物事を決める時に感情に流さ な います 。 れることが多いのですが 、 グローバリゼーションが進み、 アングロ 理 議論をしていると、 どんなに緻密に考えたつもりでも、弱点がいっ サクソン系の人々とのコミュニケーションが増えてくると、 ますます ぱいあることが 分かってきます 。歴 史に残る哲 学 者でさえ、例 外 理屈が重視されるようになり、その能力が求められるようになるで 、 なく批判されているんです 。人間は理屈に頼らないわけにはいき しょう。 』 ませんが 、不 完 全な理 屈の能 力しかもってないんです 。だからこ 外国では哲学が実践的な学問と見なされることもあっ か そ議論によって誤りを探すことが必要なんです 。 て、 「自分は哲 学を勉 強してきたからこの会 社で雇 が ですが日常 生 活の中では、議 論 する相 手を見 つけにくいかも ってくれ」と自分を売り込む学生も多いのです 。 しれません。その場 合は、哲 学 書を読む時に、 これは違うのでは 日本の場合、そんなこと言ったら相手にされな ないかという批判的な視点を持ちながら読み進むとよいでしょう。 いでしょう。それだけ理 屈 が 重 視されていな す 活 字にツッコミを入れながら読むのです 。自分の常 識に照らし合 いということなのです 。しかし、厳 密に考えて論 わせ、 これは明らかに違うと思ったら、 なぜ納得いかないのかを考 理を展開したり、議論するということは、生きていくう えます 。これこれこういう理由だからと言えるところまで考えれば、 えでとても大切なことです 。この機会にぜひ哲学的なも それは議論しているのと同じです 。 のの考え方に触れてみてください。 (談) ま わ 。 学びのためのブックガイド 夢 え 常 い ま う 「分析哲学入門」 「ソクラテスの弁明/クリトン」 「回想のヴィトゲンシュタイン」 「われ笑う、 ゆえにわれあり」 体 J・ホスパーズ著/法政大学出版局 プラトン著/岩波文庫 N・マルコム著/法政大学出版局 に 本体 2000円 本体 400円 本体 1648円 主張の仕方、 それに対する反論、 またそ ソクラテスが裁判に際し、 自己の初心を 人に知られることをきらい、財産は人に分 「不幸とは何か」 「幸福になるにはどうし 私 、 全 01 土屋賢二著/文春文庫 本体 448円 れに対する反論など哲学の議論が紹介 力強く表明した姿を描く。ソクラテスの かち、 きびしい思索の緊張をつづけた天 たらいいか」など哲学を題材にしたエッ され、緻密に考えるとはどういうことなの 偉大さとともに、論理的な主張の方法が 才哲学者ヴィ トゲンシュタインの言動、 行動 セイ。笑いながら読み進むうちに、哲学の かが分かる。 理解できる文学的にもすばらしい作品。 について弟子のマルコムがまとめたもの。 何たるかがおぼろげながら分かってくる。 5
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