森からの クリスマス・プレゼント

風水樹花徒然記 ☆ 6
キャンドルなど,クリスマスに必要な用品などを
森からの
クリスマス・プレゼント
最近は工業生産の安価な衣料品やプラスチック
おお
ば
ひで
売る小屋がけの店が広場にところ狭しと並ぶ。
製品もみられるが,伝統的な品物も多く売られて
いる。それらの多くは地元の農民や林業に携わる
人たちやロマ(ジプシーなどの移動型民族)たち
が作るものだ。クリスマス・ツリーを飾る農具や
あき
大 場 秀 章
生活用具のミニチュア,チーズ切り用のまな板,
柄杓,簡単な椅子やテーブルなど木製品は多い。
(東京大学名誉教授)
ミニチュアに使われる色白の柔らかそうな木は
木々の存在は大きい。空気や水のようにとまで
ヤナギだろう。もち重りのするまな板はオウシュ
はいかなくても,日本や温帯圏では木がない都市
ウブナらしい。
は皆無であろう。木そのものや樹冠や梢,葉など,
こうした多様な木製品を目にしていると,かつ
その存在のもつ癒し効果も大きい。文化のことを
ての日本でも実に多くの生活用品が種々の木材か
英語では culture という。ラテン語の cultus から
ら作られていたことを思い起こす。私の年少時に
派生した言葉だが,これはサンスクリット語で車
はまだそうしたものの多くがプラスチック製には
輪を意味する語に起源をもつ動詞 colo に由来す
置き換わってはいなかった。台所用品では竹製が
るらしい。意味は「耕作や耕作すること」をいっ
幅をきかせていた。節のある中空の稈を切って容
た。それが次第に開墾や培養だけではなく,訓練
器にする用法に加え,細かく裂いてつくるひごを
や教養,洗練をも意味するようになったらしい。
編んだ笊や籠,篩,筅など,実に様々だ。木製の
もともと草木も生えない原野を耕作地にしたと
ものでは漆かけをした椀や皿,盆,重箱,匙,箆,
ころで作物は育たない。木々が立派に育つ森を開
甑 ,まな板,桶や升などこちらも様々ある。こ
ざる
ふるい
ささら
さじ
へら
こしき
墾して耕作地にしたことが文明化の始まり,すな
れに農機具や漁労用具などが加わる。それに家や
わち文化と考えた姿勢をここに読み取ることがで
橋,杭,薪炭など用途は枚挙しきれないほどだ。
きよう。
用途に応じて樹種を選択していたのはいうまで
もない。カマツカの材は硬く粘り気が強く,容易
☆ クリスマス・マーケット ☆
には折れない。和名が示すように鎌の柄に愛用さ
12月の声を聞くと,ヨーロッパの諸都市ではク
れたほか,ハンマーなどの工作具の柄や傘の柄,
リスマス・マーケットが始まる。リースやツリー,
艪臍などに使用された。カマツカにはウシコロシ
ろ べそ
写真1
写真2
クリスマス・マーケット(オーストリア南部クラーゲンフルト,
2011 年11 月撮影)
クラーゲンフルトのマーケットで売られていた品々
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の別名があり,この名は牛の鼻輪に用いたことに
目立つようになった。ツリーを飾るには狭すぎる
因む。国産では最も軽く,木目の美しいキリは家
住居が増えているのは世界の都市に共通していよ
具に細工物,経木,漁具の浮などに欠かせなかっ
う。日本でも本格的な門松が減り,枝だけを飾り
たし,同様に軽くて狂いの少ないホオノキは指物,
付ける家が増えたのに通じよう。
裁縫台,木地,曲物,版木,下駄歯(朴歯),ピ
アノなどの鍵盤など,広い用途があった。
木材といえば,建築材のヒノキ,スギの植林に
押され,多様な樹種の材が入手難となり,代用品
に頼らざるをえなくなったものも少なくない。弓
道で用いる弓はマダケとハゼノキを合着してつく
るが,良質なハゼノキがなく,廃業に追い込まれ
もくろう
た生産者も少なくない。かつては木蝋を生産する
ためにハゼノキは広く多量に植栽されていたので
ある。
写真3
私はここ10年近く,オランダのライデンにある
クリスマス用に売られるオウシュウモミ(クラーゲンフルト)
博物館に収蔵されているシーボルトが日本で収集
したコレクションを研究している。彼が滞在した
モミとトウヒは外形がよく似ているが,相違す
江戸時代の文化・文政時代は文化の爛熟期であり,
るところも多々ある。葉先が針状に尖るトウヒに
多様な物品が使用されていた。シーボルトはそれ
対しモミでは多少は尖るが針状にはならない。葉
らを網羅的に集めた。もはや現在の日本では見る
の落ちた跡が盛り上がり枝上にはっきりと刻印さ
ことのできない物品も数多い。このタイムカプセ
れているトウヒに比してモミでは目立たない。さ
ルともいえるシーボルト・コレクションがクリス
らに松かさがあれば一目瞭然で,モミのそれは枝
マス・マーケットに重なる。
上に直立し,成熟するとばらばらになって,中心
の軸だけが残っているだけだが,トウヒのそれは
☆ クリスマス・ツリー☆
下垂し,最後は形崩れせずに松かさのまま落ちる。
七夕には笹に願いごとを書いた短冊などを吊る
モミもトウヒも
したことを思い出す。飾り付けされたクリスマ
針葉樹の仲間であ
ス・ツリーは外見上,これに似ていないだろうか。
る。樹木は大きく
それとも比較すべきは門松だろうか。
針葉樹と広葉樹に
モミノキ,モミノキ・・・と唄われるドイツ民
大別される。前者
謡(Oh Tannenbaum)は日本でも広く唄われて
は大半が針状の葉
いる。Tannenbaum はヨーロッパのモミをいう
をもつが,後者は
ドイツ語の標準名であることから,日本ではドイ
楕円形や卵形など
ツを始めヨーロッパでのクリスマス・ツリーはモ
をした幅広の葉を
ミノキ(モミ)だと思っている方が多い。確かに,
もつ。しかし相違
オウシュウモミ(学名は Abies alba)など,モミ
する点は葉だけに
の仲間の幼樹が利用されることもあるが,広範囲
あるのではない。
に利用されているのはトウヒの仲間(Picea)の
写真4
一種であるドイツトウヒ(学名は Picea abies)
ドイツトウヒの松かさで造ったクリ
スマス・ツリー(ドイツ南部のドナ
ウヴェルトのクリスマス・マーケッ
ト,2006年12月)
の幼樹である。
最近,トウヒやモミの枝を売るブースが市場に
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針葉樹は種子をつ
くるが,果実はま
だない。すなわち,
雌しべ(子房)が
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未発達であるため,広葉樹の種子のように収納す
子の周囲は粘液質の物質に包まれ,発芽すると根
る果実ができず,裸出するか珠皮や松かさなどの
は寄宿の内部に侵入して,養分と水分を吸収する。
果実以外の構造物に被われている。
よく分枝し,葉を落した梢に鳥の巣にも似た球形
広葉樹では通年樹上に葉を生じている常緑広葉
のかたまりをつくり目立つ。
樹と,一定期間落葉する落葉広葉樹を区別するこ
日本のヤドリギに似るが葉にある5本の脈が目
とができる。クリスマスの季節,中部ヨーロッパ
立つなどのちがいがあり,亜種として区別され,
では梢に分厚い雪を冠った針葉樹に目を奪われる
和名をセイヨウヤドリギ(学名は Viscum album
ことが多い。
subsp. album)という。
ヨーロッパ中部では針葉樹林
寄生という特殊な暮らしぶり
はめずらしくないが,多く樹種
と,とくに冬になると目立つ存
は日本のアカマツによく似たオ
在から,ヤドリギはヨーロッパ
ウ シ ュ ウ ア カ マ ツ(Pinus
各地の民話や民間伝承,さらに
silvestris)とドイツトウヒであ
は北欧神話,キリスト教などの
る。ときに松林やトウヒ林が何
伝説やその他の神事にも登場す
10キロに渡って連綿と続くこと
る。
もある。ドイツの有名な黒森は
キリスト教ではヤドリギが異
トウヒが卓越する一大樹林地帯
教的な色彩を強くもつことから
である。針葉樹のなかで松脂の
クリスマスにこれを飾ることを
含有量が少なくパルプ材として
禁じていると聞くが,信者も家
利用されるほか,用材ともし,
庭ではヤドリギを天井から吊る
観賞用に庭園に植えられること
したり,赤い実をつけるホー
もある。広葉樹の大半では小鳥
リー(セイヨウヒイラギ)と一
が果実(実)を啄んで,排出物
として種子を親木から離れた場
所に放出するが,果実のない針
緒にして室内を飾ったりする。
写真5
樹上のヤドリギとマーケットのヤドリギ
大地に根を張ることもなく,
盛んに成長するヤドリギは植物
葉樹ではこういうことはまず起きない。水源地に
学の知識が普及する以前にはさぞや奇怪な植物だ
植林で育成された人工林も,単に水源涵養を図る
と思われたことであろう。もともとヤドリギはと
だけでなく,動物を含む種の多様性を維持する場
ても大きくなる大木だったが,この木でキリスト
として活用するべく,植栽する樹種も以前とは異
を磔にした十字架をつくったがために,その祟り
なるものになってきている。手短にいえば,針葉
として無根の寄生植物へと貶められたという伝説
樹が減らされ,広葉樹が増える傾向にあるのだ。
もある。
実(果実)のなる広葉樹は多様な鳥類の生息を可
* * * *
能とし,ひいては捕食関係を通じて他の動物相も
取り上げたクリスマス・マーケットやクリスマ
豊かになると考えられているからだ。
ス・ツリー,それにヤドリギなどの装飾への利用
は,人類が様々な野生樹種を目的に応じて選抜し,
☆ ヤドリギ☆
結果として豊かな生活を実現したことを暗示して
私の限られた経験でいうと,ドイツやオースト
いる。文化的には,開墾とは異次元のこうした森
リアのクリスマス・マーケットでよく目にするの
林活用の方が一層大きな意味をもつように思える
がヤドリギだ。
のだ。森を伐って耕地に変えるだけが文化の発祥
ヤドリギはナラ(オーク)やその他多くの落葉
と発展に寄与したわけではないことを力説してお
広葉樹の梢に寄生して暮らす木本植物である。種
きたい。
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