燃料電池車いすの開発

論 文・ 報 告
燃料電池車いすの開発
Development of fuel cell powered wheelchair
山室成樹 *
Shigeki Yamamuro
高齢化社会を目前に控え、高齢者の自立を支援し、しかも環境にやさしい燃料電池を搭載した小型移動体の開
発は重要と考えられる。従来品より長距離走行が可能な燃料電池搭載型電動車いすを台湾の燃料電池メーカー、
APFCT社(Asia Pacific Fuel Cell Technologies)と共同で開発した。本論文ではその概要について報告する。
Standing on the verge of an aging society, the development of a small eco-friendly fuel cell system for mounting small speciality
vehicles has much importance toward making aged people more independent. A fuel cell powered wheelchair that can travel longer
distances than conventional wheelchairs was, therefore, developed in collaboration with fuel cell manufacturer Asia Pacific Fuel
Cell Technologies (APFCT). This report describes the fuel cell powered wheelchair.
1. はじめに
次世代エネルギーとして注目されている燃料電池は、
高効率で環境にやさしい発電システムである。経済産業
省・資源エネルギー庁は2005 年度から家庭用コージェ
ネレーション向けに400 台をモニタ導入し、自動車関連
向けには導入を支援し業界を活性化させる計画である。
また携帯電話やパソコンなどのモバイル電源関係も本
格的に研究開発が進められ、国際基準・規格作りも各国
で活発化している。燃料電池には、規模や用途によって
いくつかの種類がある。10kW 以上の大規模発電向けに
は固体酸化物形、溶融炭酸塩形、リン酸形が、数10W
までのモバイル向けにはダイレクト・メタノール形など
がある。当社では小型移動体(電動車いす、スクータ、
電動自転車等)向けには、小型ながら高出力が得られ、
反応温度が80 ℃以下程度と扱いやすい固体高分子形燃
種類
料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)を採用した。
近年、活発に開発が進められている自動車及び家庭用
コージェネレーション向けと同じ種類のものである。図
1に燃料電池の種類と利用分野について示す。
当社では、小出力の小型移動体向けの燃料電池コン
ポーネントを、APFCT 社の技術を導入して開発に着手
し、その用途として電動車いすを選んだ。日本で販売さ
れている電動車いすはバッテリーで駆動し、連続走行時
間は5時間程度以内と短く、これを燃料電池に置き換え
ると、10 時間以上の連続走行も可能となる。これは、
車いす利用者の生活範囲やライフスタイルが一変するこ
とを意味し、ユビキタス社会に向けた移動電源、地震な
どの災害時の非常用電源としても有効に機能するもので
ある。図2に現状の電動車いすに対しての燃料電池車い
すの位置づけを示す。
出力
10 万 kW
図1 燃料電池の種類と利用分野1)
Fig.1 The kind and use field of fuel cell
*
40
事業企画室 FC プロジェクト 兼 技術開発室 研究開発部
大容量発電
1 万 kW
小規模分散発電
1000kW
オンサイト
100kW
携帯・可搬
10kW
家庭用コージェネ
クリモト
FC小型移動体
自動車用
ダイレクトメタノール形
リン酸形
溶融炭酸塩形
固体酸化物形
固体高分子形
1kW
用途
クリモト技報 No.52
120
重量型
電動車いす
100
重量(kg)
80
60
標準型
電動車いす
40
20
0
クリモト燃料電池車いす
長距離の走行が可能
簡易型
電動車いす
0
10
20
30
40
50
60
70
走行距離(km)
図2 燃料電池車いすの位置づけ
Fig.2 Positioning of fuel cell powered wheelchair
2. 燃料電池車いすの特性試験
2.1 電動車いすについて
電動車いすは、下肢などに障害を持つ方の移動手段で
あるだけでなく、自立して生活するための手段であり、
時に体の一部分ともなる。このため、電動車いすはユー
ザ一人一人に合わせて調節できることが望まれるため、
各パーツごとに組み立てることが容易なモジュール形式
が一般的である。一般的な車いすは、鋼やアルミのパイ
プなどでフレームを組立て、これに回転自在の前輪、駆
動用のモータとギアを左右独立に取り付けた後輪、ジョ
イスティックなどを備えた操作ボックス、電池、シート
から構成される。電動車いすのサイズ、強度、性能など
は JIS T 9203「電動車いす」に規定されており、道路交通
法では歩行者として扱われ、最高速度は6km/h と規定
されている。
2.2 電動車いすの動力性能値
燃料電池車いすを設計するにあたり、まず市販の電動
車いすの走行特性を調査した。速度は JIS に規定されて
いる6km/h とし、使用者体重は被験者に合わせて80kg
とした。この時の移動体の動力は下式(1)に表される。
P=Fν=(F r +F a +F st)ν・・・(1)
P :走行に必要な動力(W)
F :総合走行抵抗(N)
F r :転がり摩擦(N)
F a :空気抵抗(N)
F st :坂道走行抵抗(N)
ν :車速(km/h)
なお、各走行時の抵抗は(2)(3)(4)式より求めた。
F r =μ r × W ×9.807・・・(2)
=0.036 ×168 ×9.807 =59.3
μ r :転がり抵抗係数(実測値より0.036 とした)
W :車両重量、88(車)+80(人)(kg)
1
F a = ρ×C d × A ×ν2・・・(3)
2
2
1000ν =0.0132
=0.5 ×1.205 ×0.35 ×0.812 ν2
3600
〔
ρ
Cd
A
ν
〕
:空気密度、1.205(kg/m3)
:空気抵抗係数、0.35
:全面投影面積、0.58 ×1.4 =0.812 m2
:車速(km/h)
F st =W g sin α W g tan α・・・(4)
=168 ×9.8 ×0.279 =459
g :重力加速度(m/s2)
α :勾配角 15.6 °の坂を試走した
全走行抵抗(N)に対して、走行に必要な出力(W)との
関係は、Pが1秒当たりに費やされる仕事であることか
ら、走行に必要な動力は抵抗に等しく、動いた距離は速
度(ただし単位は m/s)に等しいから(5)式が成り立つ。
また(5)式をもとに動力理論値を求めることが可能であ
る。
ν×1000
P = F ν=(F r +F a +F st) ・・・(5)
3600
=0.278(59.3 +0.0132 ν2 +459)ν
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燃料電池車いすの開発
実験値(W)
計算値(W)
線形(計算値(W))
線形(実験値(W))
1600
1400
出力(W)
1200
1000
800
600
400
200
0
0
2
4
6
8
10
12
速度(km/h)
図3 速度と出力の関係
Fig.3 The relation of velocity and power
12800
上階段
踊場
15.6 °
上層道路
中階段
14.6 °
踊場
13500
下層道路
下階段
14.6 °
14200
図4 急な勾配の歩道橋の略図
Fig.4 Sketch of slope with a steep pitch for pedestrian bridge
90
電圧
電流
速度
出力(W)
2000
1500
70
60
1000
50
500
40
30
0
20
10
-500
0
-1000
16:28:48
16:28:51
16:28:54
16:28:56
16:28:59
16:29:02
16:29:04
16:29:07
16:29:10
16:29:13
16:29:15
16:29:18
16:29:21
16:29:23
16:29:26
16:29:29
16:29:31
16:29:34
16:29:37
16:29:40
16:29:48
16:29:50
16:29:53
16:29:56
16:29:58
16:30:01
16:30:04
16:30:07
16:30:09
16:30:12
16:30:15
16:30:17
16:30:20
16:30:23
16:30:25
16:30:28
-10
時刻
図5 車いすの走行特性、登坂
(max)
時の電池電圧、電流特性、斜度:約15 °
Fig.5 The characteristic of an elctric wheelchair running on the slope, data are the battery voltage
and current. The degree of slope is about 10 degrees.
42
出力(W)
電圧(V)、電流(A)、速度(km/h)
80
クリモト技報 No.52
2.3 動力性能の理論値と実験値の比較
(5)式より得た動力理論値の計算結果と実験値を線形
近似し、図3にプロットしたところ、実測値は計算値と
良く一致した。
JIS では10 °の坂道を登ることが必要であり、これを
(5)式を用いて計算すると最大900W 程度が必要である
と想定される。走行試験では1kW 程度が必要であった
ため、システムは最大出力1kW とした。また同様に、
平地での走行は200W 程度が必要となるため、定格出力
は200W とした。さらに、図4の急勾配の歩道橋を走行
した結果を図5に示す。図5によれば、急勾配走行で
は、平地でも坂道でも走行時の出力が変動するため、後
述するハイブリッド制御により、走行時の変動を吸収す
るシステムが妥当であるといえる。
3. 燃料電池車いすの試作
ミ製とし、車いすのシート直下には APFCT 社製燃料電
池モジュール、その更に下に水素燃料ユニットを搭載し
た。
システムは24V、250W の燃料電池スタックと、Ni 水
素電池からなるハイブリッド制御で駆動し、エネルギー
効率を高め、かつコスト低減を狙った。燃料ユニット
は、安全かつ単位体積あたりの搭載量が多い水素吸蔵合
金ボンベ4本から構成され、1MPa 以下の圧力で充填さ
れた純水素を使用する。しかし、水素吸蔵合金ボンベは
4.5kg/1本と重いので、取替えの負担を考慮して、ユ
ニットからボンベ一本づつ取り外し可能とし、重心を下
方に設定することで走行安定性を重視した。
図6に燃料電池スタック、図7にシステムブロック
図、図8に燃料電池車いす、図9に燃料電池車いすの走
行試験結果を示す。平坦な道を走行する場合の負荷変
動にも十分対応し、緩い坂では出力電流の上昇に伴い、
出力電圧が降下している。よってシステムが大きな負荷
試作した燃料電池車いすは、市販の電動車いすを改造
したものである。フレームは軽量で高強度の一体型アル
図6 車いす向け空冷式250W 燃料電池スタック
Fig.6 Air cooling 250W fuel cell stack for wheelchair
図8 燃料電池車いす
Fig.8 Fuel cell wheelchair
制御回路
バックアップ・
バッテリ
DC/DC
コンバータ
空気
フィルター
送風機
加湿器
空気
温風
冷却ファン
冷却空気
燃料電池
スタック
駆動
モーター
S
S
水素ボンベ
水と不燃物を
含んだガス
図7 システムブロック図
Fig.7 Block diagram of fuel cell
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論 文・ 報 告
燃料電池車いすの開発
0.16
0.14
40
0.12
30
0.1
20
0.08
圧力(MPa)
電圧(V)、電流(A)、速度(km/h)、温度(℃)
50
0.06
10
出力電圧(V)
出力電流(A)
速度(km/h)
水素ボンベ温度1
水素ボンベ温度2
水素ボンベ温度3
水素ボンベ温度4
水素ボンベ圧力
0.04
0
0.02
0
11:16:38
11:17:25
11:18:12
11:18:59
11:19:46
11:20:33
11:21:20
11:22:07
11:22:54
11:23:41
11:24:28
11:25:15
11:26:02
11:26:49
11:27:36
11:28:23
11:29:10
11:29:57
11:30:44
11:31:31
11:32:18
11:33:05
11:33:52
11:34:39
11:35:26
11:36:13
11:37:00
11:37:47
11:38:34
11:39:21
11:40:08
11:40:55
11:41:42
11:42:29
11:43:16
11:44:03
11:44:50
11:45:37
11:46:24
11:47:11
11:47:58
11:48:45
-10
時刻
図9 燃料電池車いすの走行試験結果
Fig.9 The running test result of fuel cell wheelchair
に対しても十分対応できることが解る。これらの結果よ
り、ハイブリッドシステムは有効に動作していることが
確認できた。試作した車いすは重量72kg(水素ボンベ除
く)、最高時速6km、登坂角度10 °、連続走行時間は目
標の10 時間を達成できた。
会の実現に向けて燃料電池の普及啓蒙活動を通じて微力
ながら貢献し、日本から世界へ、夢の製品を発信してい
きたい。
参考文献
1)本間琢也:燃料電池のすべて、工業調査会、2003.
4.おわりに
試作した燃料電池搭載型電動車いすは、技術的な課題
が山積している。商用化までには、既存の国内規制もク
リアしていかなければならない。また水素インフラの整
備や、都市のバリアフリー化などは、政府や関係機関、
関連企業の協力なしでは解決するのが困難であり、国家
レベルの対策と支援が強く望まれる。当社では、水素社
44
執筆者
山室成樹
Shigeki Yamamuro
昭和63 年入社
吸音板の研究・開発、
燃料電池車いすの研究・開発に従事