No.043 - 医療ソフト総合研究所

医療ソフト総合研究所
2008.6.29
頑張れ管理職 No.043
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顧客満足と質の向上
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はじめに
6 月 20、21 日名古屋で第 10 回日本医療マネジメント学会学術総会が開かれ、稲垣春夫会長(トヨタ記念
病院長)が「病院のマネジメントは CS(顧客満足)から」をテーマに、会長講演されました。その記事を
中心に、
「顧客満足と質の向上」について私流の考え方で解説したいと思います。その結果、CS とか組織
横断的管理体制といった言葉に翻弄されず、読者の方々のこれから歩むべき道を少しでも明るく照らせた
ら幸いです。
━━━━━━━━トヨタ記念病院の取り組み [Japan Medicine 2008 年 6 月 27 日より] ━━━━━━━━
稲垣会長は急性期病院にとっての CS の対象に、<1>患者とその家族<2>周辺医療機関、療養型病床や回復期病床、老
人保健施設など<3>従業員−を位置付けた。そしてこの 3 種の「顧客」が同時に満足できるような取り組みを進めるこ
とが、自院にロイヤルティーをもたらすとの持論を展開した。同院ではこれらの考えに基づき、
「医療の質向上」
「お客
さま満足度の向上」
「地域とのパートナーシップ向上」
「働きがいのある病院」を基本方針に掲げている。
稲垣会長は、
「質の高い医療を提供している病院で働くことが働きがいになる。自分たちが満足していなければ患者の満
足にまで気が回らないだろう」と述べ、職員の働き方や教育も重視する姿勢を見せた。さらに、CS の定義は、顧客の持
つ問題を発見してそれをいち早く解決することと説明。
「患者は苦痛や不安を抱えて病院に来る。その抱えている問題を
解決するのが医療の目的」であることから、
「患者は顧客」と明言した。一方、医療の質向上が顧客満足には重要で、患
者が気に入るように振る舞うことが CS ではない点を強調した。
組織横断の活動展開 内部指標は 60 以上
稲垣会長は、CS マネジメントの具体的取り組みとして、医療安全の組織横断的グループの活動を紹介した。この医療安
全グループでは医療過誤ゼロを目標に掲げ、全職員に対して研修を実施。また、
全死亡症例のカルテをチェックし、2000cc
以上の出血を伴う手術、予約の倍以上の時間を要した手術を対象に、内容を検証するピアレビューを行っている。
同院ではまた、診療の質向上を図るため、組織体制の見直しも行った。縦割りの病院組織に「横軸を刺して縦の壁に穴
を空ける」ため、組織横断的な多職種参加型の業務を増加。地域医療連携室、医療安全グループ、CS 向上委員会、ガン
ケアチームなどを手挙げ方式で設置し、さまざまな立場の職員に権限を与えた。診療科間の壁については、臓器別セン
ター制を採用。医師同士が「切磋琢磨(せっさたくま)してくれる」ようになったほか、看護師の習熟度向上につなが
っているという。
電子カルテについて稲垣会長は、
「コストに見合うかどうかということを別にすれば、情報の共有化という点では組織横
断的なプロジェクトを進めていく上で非常に役立つ」と評価。あらゆる場所ですべての職種がカルテを閲覧できるよう
にしたことで、医療ソーシャルワーカーの活動を後押しした。
このほか、医療の質向上のための臨床指標として、プロセス指標を設定していることにも触れた。この指標は、職員の
活動成果を測り、仕事内容改善の手だてにするもの。現時点で 60-70 の指標を設けており、すべて電子カルテで確認で
きるようになっている。稲垣会長は指標の 1 つとして、クリティカルパス適応率の推移を提示。同院では適応率向上に
力を入れてきており、2008 年 3 月には全入院症例の 62.7%がパスで管理されるようになった。4、5 月も 60%を超えて
おり、稲垣会長は「価値があるもの」と自信をのぞかせた。
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顧客満足は働く上での基本
このトヨタ記念病院の取り組みは、成熟した基盤の上に成り立つものです。一朝一夕に実現できるもので
はありません。顧客満足とは、
「あなたは誰のために仕事しているのですか」の問いかけの答えに過ぎない
のです。要するに、新しい経営手法ではなく、極めて原則的なものなのです。この点を間違えないことで
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す。顧客満足は、働く上での基本原則なのです。言い換えれば、目標管理思考とも言えます。顧客満足を
目標管理的な思考で説明すれば、次の三つの質問で表現できます。
質問① あなたは、誰のために仕事をしていますか
質問② その人は何を望んでいるのですか
質問③ あなたは仕事を通じて、その人を満足させられましたか
誰のため仕事をしているのか
仕事の上での対象者を限定することになります。記事では稲垣会長は(1)患者と家族、(2)周辺医療機関・介
護施設、(3)従業員と言っています。医療・介護におけるサービス提供と考えると、患者・家族となりますか
ら当然です。(2)の周辺の機関や施設は、
「地域医療連携による協働体制の構築」と考えれば、それも当然で
す。(3)は従業員ですが、これは「多職種協働」という観点と「医師の業務の軽減化」と捉えることができ
ます。
このように、
「誰のために仕事しているのか」と考えると、様々な切り口が出てきます。ここで、重要な人
物を忘れています。それは「あなた自身」です。このことは「動機付け(やる気)
」の面から非常に重要な
要素となります。
「あなたは、何のために今の仕事をしていますか」という質問に明確な答えが出せるなら
ば、今のあなたは「とても良い仕事をしている」と言えます。その次に重要な動機付けは「あなたの家族
のため」です。これは、生活費と密着し、家族を支えていくという社会人としての責務につながります。
相手が望んでいることを把握する
まず右の「不満・満足・感謝の原則」をご覧下さい。相手の要求と提供されるサービスが一致した時に、満
足となるのです。感謝は、要求以上に行った場合です。ここで注意することは、
「要求は無限大である」と
いうことです。言い換えれば、人によって要求内容が違うと
いうことになります。そこで、稲垣会長が「顧客満足は重要
だが、患者が気に入るように振る舞うことではない」といっ
ているのです。無限大の要求をかなえるために行動するので
はないということなのです。
具体的には、
「相手が何を望んでいるのかを知ること」が必須
となります。そして、要求事項を知った後が重要となるので
す。何をするのかと言いますと、
「こちらの提供するサービス
レベルに相手の要求レベルを一致させること」です。
「何でも
やってくれるだろう」という意識を「これをやってくれる」
というように、具体的にイメージさせることが重要なのです。
サービスと要求の関係
右の図表は、医療サービスにおける要求とサービスの関係を
模式的に表したものです。元は診療内容・治療内容(診療計画)
となります。介護ではケア・プランとなります。計画は、適切
なスクリーニングとアセスメントにより作成しなくてはなり
ません。
その内容を患者さんやその家族には「説明と同意」で的確に
伝えることになります。この時に上記の「要求レベルを把握
して、提供できるレベルに合わせること」となるのです。い
かにインフォームドコンセントが重要なのかがお分かりだと
思います。もう一つ重要なことが、その計画を適切に実施する「業務基準」となります。業務マニュアル
でも業務手順でも構いませんが、適切に実施することで、サービスレベルが保証されるのです。
質の向上の前に必要な「質の均一化」
稲垣会長は「病院マネジメントは、質を高めるため」と言っています。確かにその通りです。しかし、質
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を高める前に「提供するサービスは均一化すること」が絶対条件であることを忘れてはなりません。これ
は、一般企業では常識的なことなのです。例えば、3 人の職員が同じ業務に従事していたとします。Aさん
の質は 90 点、Bさんは 80 点、Cさんは頑張って 65 点とします。同じサービスをあなたが受けたらどのよ
うに感じますか? Aさんの 90 点のサービスを一度受けた患者さんは、B さん、C さんのサービスには不
満を感じてしまうのです。これが人間の心理なのです。提供する質の合格点を 60 点と設定したあったら、
3 人とも合格なのに、このような状況となってしまいます。
このような場合は、その業務の提供するサービスレベルを C さんの 65 点レベルで統一することが重要なの
です。全員が 65 点のサービスを提供すると、不満はでなくなります。同時に「我々は 65 点のサービスを
提供することを約束します」と公示することです。これが顧客満足の最も重要な原則なのです。
質の向上に関する捉え方
質を向上するとは、65 点を 70 点に上げ、80 点に上げることなのです。どのような内容が質を上げること
になるのかは、それは「相手の要求レベルを下げた時の情報」がヒントなのです。この時に、
「患者さんに
提供できなかった要求内容は何だったのか」を把握しているのです。この内容を業務基準・手順に展開でき
れば、質を上げることが出来るのです。
相手を主体に質を考えてきましたが、ここで原点に戻る必要があります。それは「業務自体の目的」即ち
「責務」です。当院がどのような医療を担うのか? これが病院の責務(使命)であり、この責務を果た
すために運営体制(業務体制)があるのです。従って、提供するサービスの質とは、病院の責務を達成し
た時の成果物となるのです。確実に成果を得るために提供するサービスのレベルが「質」となり、そのサ
ービスが適切に顧客に提供されていたかを確認するのが、
「顧客満足度調査」なのです。
満足度調査の押しと穴
このようにサービスの質を捉えると、患者さんが満足できたかどうかを確認するためには、サービスの質
を具体的にすることが重要となります。抽象的な表現で質を捉えていると、的確な調査はできません。そ
の結果、調査した結果は質の向上には繋がらないのです。要するに、
「満足度調査をすることが目的」とな
ってしまうのです。
満足度調査は、病院機能評価の要求事項にあるから実施するわけでもありませんし、CS が病院経営の新し
い手法だからではないのです。自分たちが提供したサービスが、相手に通じていたのかを確認する手段に
過ぎないのです。満足度調査という言葉にに振り回されず、質の向上に繋げるためには、提供するサービ
スの達成目標を明確にし、達成するためのプロセスを業務基準・手順に具体的にすることです。
質の維持から向上に繋げる方法
業務には必ず目的(何のためにおこなうのか)があります。そして、その目的を確実に達成するために業
務プロセス(基準・手順)があります。これに基づいて、日常業務が行われているのです。言い換えれば、
日常業務を的確に実施することで、目的を叶えていることになるのです。サービスを提供する上で重要な
ことは「サービスの質の均一化」であることは説明しましたが、均一化するためには、業務基準・手順を文
書化し、それを関係者に周知徹底することなのです。
それでは、
「質を向上するにはどうするか」が問題となります。その答えは、
「新たな目的」をその業務に
追加することなのです。上記の仕組みで業務が構築されていれば、新たな目的が追加されたことにより、
それを達成するための業務プロセスを修正することになります。要するに、新しく設定された日常業務を
関係者に周知徹底して、その業務を遂行すれば「結果的に質が向上する」ことになるのです。
これからの管理業務体制とは
「組織横断的な管理体制」と表現すると難しく聞こえますが、実はそれほどのことではないのです。管理
とは「責務が確実に達成できているかを、簡単に確認し、不備があったら是正すること」とも言えます。
上記の「目的から達成プロセスの設計、関係者への周知徹底」が図られていれば、達成できているかを確
認することも、不備を発見することも簡単に出来ます。このレベルは「現場の業務管理者」なのです。病
院ならば、リーダーか主任クラスの業務となります。
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しかし、上記の仕組みではなく、それぞれの管理者の力量で「質の維持と向上」を行うとなると、かなり
大変となります。通常の能力ではとても管理することはできないのです。仕組みがあるから、管理できる
という考え方からすると、仕組みのないところでは管理は出来ないとなりますから、どのような能力の持
ち主でも管理できないのです。
仕組みを一言で表現すれば、
「目的−運用−管理のトライアングル」です。
「何のためにやるのか」と考え
て、目的を設定し、
「目的を叶えるためにはどうするか」と考えて運用(業務)を設定し、
「目的が達成で
きているかをどう見るか」と考えて管理業務を設定することです。このトライアングルが設定され、適切
に実施され、しかも検証することを要求しているのが、病院機能評価であり、ISO なのです。昨年施行さ
れた安全管理体制でもこの仕組みが要求されています。今回の診療報酬改定の「回復期リハビリ病棟の成
果報酬」もそうですし、4 月から施行された新地域医療計画も 5 年サイクルで検証する仕組みなのです。
実践的な解説
もう一度、稲垣会長の記事をお読みください。最初に読まれた時とは、精神的にかなり違うと思います。
具体的な行動がイメージできたとは言えないでしょうが・・・・そこで、少し実践的な部分を書きますの
で、参考にしてみてください。
業務の目的に「医療安全面で適切に責務を遂行する」と設定してみます。要するに、
「安全面での質の向上」
となります。まず、
「今の業務において、安全面で不備なところはどこか」と探すことになります。そして、
その不備を是正するために、業務の中で何を追加すればよいかを考え、日常業務を修正して関係者に周知
徹底します。後は、今までの不備が原因で発生したミスの発生を検証することになるのです。
これが、
「安全管理体制の実践版」です。法的に要求されている「改善に対する施策」の実施をしているこ
とになりますし、管理者はミスの発生状況を管理することになるのです。ミスが発生しなければ、
「改善の
効果あり」となり、それを安全管理委員会に報告することになります。もし、ミスが発生していれば、そ
の原因が新しく設定した業務基準・手順に問題があるのか、周知徹底に問題があるのかを見極めることが出
来ます。これが、仕組みの力なのです。
地域医療連携も注目されていますが、これは「他の施設と責務を共有化すること」なのです。地域連携パ
スを利用することが目的では決してありません。入院中から退院後までの患者さんの生活が円滑に移行す
ることが目的なのです。そのために必要な業務が「地域医療連携業務」となるのです。連携が適切に実施
されているかどうかは、他の施設と共に検証する必要があるのです。そのために「地域連携室」があるの
です。患者さんの紹介窓口の責務は、一つに過ぎないということです。
稲垣会長は電子カルテをかなり重視した講演だったようですが、電子カルテのシステムを導入されていな
ければ、質は向上できないわけではありません。上述したように、質の向上とシステムは無関係なのです。
しかし、医療の質となると DPC といった客観的な取り組みも必要となります。ここでは、診療情報管理士
の責務が大きく影響してきます。
「情報の整理」がその主たる責務ではないのです。当院が目指している医
療が提供できているかどうかを検証するのが、診療情報管理士の責務であり、それを是正するのは経営管
理者の責務となるのです。
以上のように、安全管理にしても、地域医療連携にしても、診療情報管理にしても、そこには病院のライ
ン命令(院長や上司からの組織的な命令指示)の流れではなく、院内での各組織での責務の遂行が適切に
実施されているのかを検証する「組織横断的仕組み」として、各種の委員会やプロジェクトが必要となる
のです。しかし、国が医療機関に法的に要求されている「委員会」の概念が、今の医療機関の組織横断的
な要素を付加できない状況の原因となっているのは事実です。
終わりに(管理者への応援メッセージ)
働き甲斐とは、成果を検証することで実感できるのです。上記の仕組みが無いところでは、働き甲斐を実
感することはできません。管理者も同じで、
「何をすることが管理業務なのか」を明確することで、管理者
としての働き甲斐を実感できるのです。
私の独特の考え方かもしれませんが、人間には無限大の能力が秘められているのだと思います。ちょうど
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「火事場の馬鹿力」と同じで、火事になったときに自覚していなかった力が出てくるものです。これが潜
在能力と呼ばれているのだと思いますが、この潜在能力を引き出すには、
「本気で取り組むこと」です。い
かに本気になれるかが重要です。
「私はそんな能力がないから」という言葉を耳にしますが、私には「自分を誤魔化して、自分を粗末にし
ているだけ」としか感じられません。完璧にやることが正義ではありません。他人の目を気にせず、形振
り構わず自分なりに精一杯の本気を出すことが正義なのです。そして、そんなに頑張っていることは、誰
も分かってはくれません。元々、あなた自身が「本気でやろう」と決めたから行ったことなのですから、
他人の目は関係ないのです。そして、最期を迎えた時に「よく頑張ったね」と自分自身を褒めてあげれば、
それだけで良いのです。
1. やることは、自分のこととして捉えること(言われたことでも、やることは自分が決める)
2. やる時は、本気で取り組むこと(やると決めた自分自身との真剣勝負)
3. 最後までやり切ること(「自分は限界までやった」と、胸を張って言い切れること)
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