「生」と「死」をみつめて

優秀賞
「生」と「死」をみつめて
て、初めて正面から向き合うことにな
ったのです。この本に出会ったことと、
大 好 き な 祖 父 が 余 命 一 年 と 宣 告さ れ た
ことで……。
夏 休 み の 始 め に 、偶 然 手 に し た 「 高
瀬舟」。この本を初めて読んだ時、衝撃
的 な 内 容 に 驚 い た も の の 、 死 を選 ぶ し
か な か っ た 美 し く も 悲 し い 兄 弟愛 を 理
解したつもりでした。
喜助を慕っていた弟は、自ら死を選
ぶことによって、大切な兄を結果的に
殺 人 犯 に し て し ま い ま す 。治 る 見 込 み
の な い 病と 、 そ の 日 の 暮 ら し さ え ま ま
な ら な い貧 困 が 、 弟 に 「 自 殺 」 と い う
悲しい決断をさせてしまうのです。
「病
の苦し みから逃れ たい 」という思いも
あったでしょうが、
「兄にこれ以上負担
香川県立小豆島高等学校一年 根本 明佳
「どんな人間も、いつかは必ず死ぬ」
そ ん な 当 た り 前 の こ と が 、 今 更 の よう
に心に重くのしかかります。いつかは
死ぬのなら、人は何のために生きてい
くのでしょう。また、いつかは死ぬの
なら、なぜ死に急ぐ人がいるのでしょ
う。この本は私に「生」と「死」に関
す る 様々 な 疑 問 を 突 き つけて き ま し た 。
私は今十五歳。
「死」について知って
いるつもりでも、それはどこか遠くに
ある、自分とは関係のないものでした。
この世でかけがえのないそれぞれの命。
命 は 一 番大 切 な も の 。 子 ど も の 頃 か ら
繰り返し教えられてきたことですが、
今まで実感としてその重みを感じたこ
とはありませんでした。
ところがこの夏、私は「死」につい
をかけたくない」という思いの方が強
かったのではないでしょうか。兄思い
の心優しい弟。
一方、喜助はどうでしょう。弟を「殺
す 」だ な ん て い う 意 識 は みじ ん も な か
ったと思います。
「苦しみから救ってや
りたい」という一心だったはずです。
弟 を 楽 に し て や る た め に 、 喉 に刺 さ っ
た刃を抜いた……。ここでもまた、弟
思いの優しい兄の姿が浮かびます。
「こ
の状況じゃあ、しかたなかったよね。
きっと私もそうするだろうなぁ。」と、
兄 が選 んだ 安 楽 死 と い う 選 択 を 受 け 入
れ、自分なりに納得したつもりでした。
そん なあ る日、私 の家族に予期せ ぬ
悲しい知らせ が届き ま した。あん な に
元気ではつらつとしていた祖父が、だ
れよりも長生きしそうだった自慢の祖
父が、突然病魔に冒され、はっきりと
死を宣 告さ れ た ので す 。 初めて そ れ を
聞 い た 時 、 私 は 頭 が真 っ 白 に な り ま し
た。驚き 、不安、悲し み……。何と表
現すれ ば よいのか分 か らない 気持ち が
どっと渦巻き、涙がこみ上げてきまし
た 。 今 で も 、 そ の 時 のこ と を 思 い 出 す
度に息がつまりそうになります。
少 し 冷 静 さ を 取 り 戻 し た 後 、私 は 再
びこの本を手に取りました。いつもは
能天気な私も「生」と「死」について
深く考えずにはいられなかったのです。
そうして 読 み返して み ると、 以前とは
まるで感じ方が違っていました。
どんなに生きることが辛くなっても
自ら命を絶つなんて絶対にあってはな
ら な い 。 最 後 の 最 後 ま で 、迷 惑だ な ん
て思わないで「生」を全うしてほしい。
そんな思いが心に湧き上がり、喜助や
弟の考えがどうにも浅は かに思えて 、
無性に腹が立ってきました。
人 が 自 ら 死 を 選 ぶ と き 、 そ れ は 「自
分 のた め 」 な の か 、 そ れ と も 「 愛 す る
人たちのため」なのかと、この本を初
めて読んだ時にはそう考えてもいまし
たが、その考えの根本的な間違いには
っきりと気付いたのです。死とは「選
ぶ」ものではありません。選んで生ま
れて来ることができないように、選ん
で 死 ぬこ と も 許 さ れ な い は ず だ と 思 う
のです。人は生まれてきた以上どんな
に辛くても生き抜かなければならない
のです。天寿を全うするまで。
森鷗外がこの「高瀬舟」を発表して
から 九 十有 余 年、 安楽 死や尊 厳 死 の議
論は、ますます重視されてきています。
しかし今の私には、安楽死の是非では
なく、それ以前に、そもそも「死」は
決して「選ぶ」ものではないとしか考
えられないのです。弟は死を選んでは
いけなかったし、兄も最後の最後まで、
弟 の 命 を あ き ら め て は い け な かっ た 、
と思うのです。
死 を 宣 告 さ れ た 祖父 に 抗 が ん 剤 治 療
を 行 う かど う か 、 今 ま さ に 、 私 た ち 家
族 も 選 択 を 迫 られ て い ま す 。 何 も し な
け れ ば 確実 に 死 ぬ 。 し か し 、 延 命 治 療
は 苦 し みを 伴 う … … 。 祖 父 に と っ て ど
ち ら が い い の か 、 家 族 の 中で も 意 見 は
真っ二つです。でも、この本を読んで
以来、おじいちゃんの「生きていたい」
という心の叫びが、私にははっきりと
聞こえる気がしてならないのです。
命 の 「 重 さ 」 と 「 は かな さ 」 を 思 い
知ったこの夏。森鷗外の「高瀬舟」は、
私 に 難 問 を 突き つ け 、 魂 を 揺 さ ぶ り ま
し た 。 し か し 、 だ か ら こ そ 、 与 え られ
た 人 生 を 命 の限 り 自 分 ら し く 精 一 杯 輝
かせたいと決意を新たにすることがで
きました。限りがあるからこそ大切に
しなければ ならな い命 。限り があ るか
らこそ、人は、より良く生きたいと願
うのでしょう。いつか必ずやってくる
「死」に向かって、決して焦らずゆっ
くりと、生きる喜びを味わいながら、
存分に生きていこうと決意しました。