路面電車の混空情報提供による利用者行動変化に関する研究* A Study of Users` Behavior Changes by Congestion Information* 松田 博和**・轟 朝幸***・松本 修一****・伊藤 健史***** By Hirokazu MATSUDA **・Tomoyuki TODOROKI ***・Shuichi MATSUMOTO ****・Takefumi ITOU ***** 1.はじめに 2.混雑情報提供社会実験 ラッシュ時における鉄道の過剰な混雑が長年の問題 となっている。これは路面電車においても同様に問題と なっており、多くの都市の路面電車は後乗り前降り方式 のため、混雑した車内では後方から前方まで移動し、料 金を支払うまでに時間を要する。このことは混雑時の車 内では利用者に不便を強いるばかりか、電車の運行に遅 延を生じさせる一因となっている。 一方で、次々に到着する電車には混雑にばらつきが みられる。このばらつきが平準化されることで、利用者 の快適性が向上するほか、電車の定時運行確保にも有効 と考えられ、いわゆるダンゴ運転を防止できる可能性も (1)社会実験の概要 本実験は平成18年10月11日~11月2日の約3週間、平 日の午前7時~9時の時間帯で社会実験を行った。 実験場所と対象列車は、混雑のばらつきや列車の本 数を考慮して、土佐電気鉄道ごめん線県立美術館通電停 のはりまや橋方面の列車(35本)とした。実験の構成を図 -1に示す。 ある。また、既存研究 1)~3)より、リアルタイムの混雑 情報を利用者に提供することにより次発電車、もしくは 別車両への乗車変更を促し、混雑を分散させる可能性が あることが分かっている。しかしながら実際に混雑情報 (以下、「混空情報」と記す)を提供したときの利用者 意識や行動の変化は明らかになっていない。 そこで本研究では、利用者に混空情報を提供するこ とによって、混雑している電車から混雑していない電車 への移動を喚起することなどにより、混雑の平準化を促 し利用者の快適な電車利用の促進を目的に、実際に電停 において混空情報をリアルタイムに情報板で表示させ、 利用者に提供する社会実験を行った。 また本実験に併せて利用者の乗車行動調査とアンケ ート調査を実施し、混空情報の活用状況および利用者の 乗車意識の変化を把握し、混空情報提供の有効性を検証 した。 *キーワーズ:列車混雑、情報提供、利用者行動 、混空情 7月、 10月前半 社会実験の流れ 調査の流れ 基礎データの取得 (混空率、発着時刻など) 利用者行動観測調査(1) ヒアリング調査 社会実験の実施 利用者行動観測調査(2) アンケート調査 10月中旬 ~11月前半 利用者行動観測調査(3) 11月後半 12月、1月 12月、1月 調査結果の分析・考察 図-1 実験の流れ 本実験では実験対象の混雑具合が首都圏の鉄道とは異 なることなどを考慮し、混雑指標として混空率を提案し、 図-2のような指標を用いた。 50% 半数程度 100% 全席 200% 全てのつり革を 着席している状態 着席している状態 利用している状態 図-2 混空率のイメージ 報 **学生員、学(工)、***正員、博(工) 、*****非会員、学(工) 日本大学理工学部社会交通工学科 (千葉県船橋市習志野台7-24-1、 TEL047-469-5239、FAX047-469-2581) ****正員、修(工)、高知工科大学総合研究所 (高知県香美市土佐山田町宮の口、 TEL0887-57-2078、FAX0887-57-2778) (2)混空情報提供システムの流れ 混空情報を提供する手段として情報板には先発電車 と次発電車の混雑状況を「空席あり」、「満席」 (100%)と 100%~200%以上まで 20%刻みで 5 段階 の指標を、7段階ランプ数で表示し、これを見た利用者 に先発電車と次発電車の乗車選択を検討してもらうとい うものである。利用者への情報伝達の流れは図-2に示 す。また図-3 にあるように上流の新木電停または文珠 通電停で計測した混空率に県立美術館通電停までの平均 乗車人数から換算した補正値を加算した値を混空情報板 に表示させた。 なお混空情報の取得については簡便性、廉価性の観 点 4、5)から目視による観測によって混空情報を取得した。 また社会実験中の様子を写真-1、2に示す。 混空情報の入力 混空情報板 混空表示コントローラ 送信機 混空情報を連絡 混空情報を連絡 調査員B 調査員C1、C2 調査員A 混雑状況を観測 混雑状況を観測 後免方面 200 木 写真-1、2 社会実験中の光景 新 須 介 良 通 文 珠 通 高 (1)調査概要 電車利用者の乗車行動を把握するために、県立美術 館通電停で乗車客数、降車客数、見送り客数(先発電車 に乗らず次発電車を待つ客数)、混空率を計測した。調 査は実験前、実験中、実験後の3期間で行った。 (2)調査結果 社会実験中の利用者行動調査結果のうち、一例とし て 10 月 27 日分を抜粋して乗車客数、見送り客数、混 空率について電車別にまとめたものを図-4に示す。 ほとんどの電車は調査時間帯、1~2 分程度の遅れが 出ており、中には4分以上の遅れがある電車もあった。 このため先発電車との間隔が開き、次に到着する電車に 利用者が集中するため、電車が混雑すると考えられる。 また先発電車との間隔が1分以内のダンゴ運転状態 時の後続電車は先発電車に利用者が偏るため混空率が低 いことが明らかになった。さらに文珠通電停始発の電車 は県立美術館通電停までの運転距離が短く、他の列車よ りも平均で 60%も混空率が低い現状が確認できた。 以上のことから県立美術館通電停では混雑している 電車と混雑していない電車が混在しており、電車ごとに 混空率にばらつきがみられ、最大で 120%も混空率が離 れていることが分かった。 また図-5 に見られるように利用者の見送り行動を見 ると混空率が 160%を超えると見送り客数率(=見送り 客数/乗車客数)が増加していることから、利用者は混 空率が高くなるほど空いた電車への利用意向が高いこと が分かった。 25 乗車客数 見送客数 混空率 20 150 15 100 ) 50 5 0 予定 到着時刻 7:057:05 7:127:12 7:147:14 7:177:17 7:217:21 7:267:26 7:287:28 7:337:33 7:357:35 7:387:38 7:427:42 7:447:44 7:457:45 7:477:47 7:497:49 7:507:50 7:527:52 7:567:56 7:587:58 8:018:01 8:038:03 8:058:05 8:068:06 8:108:10 8:158:15 8:208:20 8:248:24 8:318:31 8:338:33 8:388:38 8:468:46 8:528:52 8:578:57 9:019:01 9:069:06 実際の 到着時刻 0 ⑦②③④⑤②⑤②③④②①②②①②④②③②②①④⑤⑤④⑦②⑤⑧⑥⑤④⑤ 到着時刻 :4分以上遅延電車 :5分以上間隔の空いた電車 :間隔が1分以内の電車 図-4 電車別乗車・見送り客数と混空率の推移 人 ) 10 % 先発との 0 間隔 (分) 間隔(分) 客 数 ( ( 混 空 率 文珠通始発 7:02 7:08 7:12 7:15 7:19 7:22 7:26 7:29 7:33 7:36 7:39 7:41 7:42 7:45 7:47 7:49 7:51 7:54 7:56 7:58 7:59 8:04 8:03 8:07 8:11 8:17 8:21 8:27 8:31 8:35 8:42 8:51 8:55 9:00 9:04 県立美術館通 はりまや橋方面 図-3 混空情報伝達のイメージ 3.社会実験利用者行動観測調査 4.アンケート調査 40 (1)調査概要 利用者行動調査だけでは得られない混空情報の提供 による利用者行動および意識の変化の把握を目的として アンケート調査を実施した。またアンケート内容に混空 情報の活用可能性や混空情報の表示方法への要望も調査 した。アンケート調査概要を表-1に示す。 表-1 アンケート調査概要 ( 見 送30 り 客 数20 率 ) %10 内容 項目 0 ~80% 100% 120% 140% 160% 混空率(%) 180% 200%~ 図-5 混空率別見送り客数 次に見送り客数の変化と先発電車と次発電車の混空 率の差(以下、「混空差」と記す)の関係を図-6に示す。 見送り客数について事前調査と比較すると社会実験中、 大きく減少していたことが分かった。 当初は、混空情報の提供により次発を待つ見送り客 数の増加を期待していたが、実験中の見送り客数は逆に 減少した。特に先発・次発電車間の混空差 が20%以内 と次発電車が混雑していた場合の乗車変更が減少してい た。これは情報板を見て次発電車との混空差が低い、ま たは混雑していると判断したために先発電車に乗車する 利用者が増えたと考えられる。当初の期待とは逆であっ たが、次発が混んでいる場合は、電車混雑の平準化を促 す結果であった。 調査期間 調査場所・ 調査対象者 回答方式 回収状況 調査項目 配布期間:平成18年10月27日(金) 7時~9時 回収期間:平成18年10月27日~11月10日 (2週間) 土佐電気鉄道ごめん線 県立美術館通電停 はりまや橋方面の乗車客 郵送回答方式 配布部数:147部 (調査日利用者の94%) 回収部数:88部 (配布部数の60%) 有効回答:75部 (配布部数の51%) 質問意図 質問項目 個人属性 性別・年齢・職業 利用目的・降車電停・待ち時間 調査日の行動 電停までの交通手段 実験期間中 情報版の利用状況 の乗車行動 情報版への要望・感想 利用頻度・利用目的・降車電停・ 実験期間前 電停までの交通手段・待ち時間・ の乗車行動 乗車電車の決定要因・乗車変更行動 (2)調査結果 アンケート結果より、7時~9時のアンケート回答 者の約7割が女性であり(図-7)、ほとんどが通勤・ 通学客であった(図-8)。中心市街地を目的地として いる人が多く、乗車時間は10分~25分が多い電停であ ることが分かった。 未回答 60代 20代 15% 3% 2% 50代 30代 9% 7% 6% 40代 13% 40代 男性 女性 68% 30代 15% 50代 10% 32% 60代 6% 10代 20代 11% 17% N=75 図-7 性別・年代 図-6 平均見送り客数と混空差 実験前における利用者の見送り経験の有無、及び見 送って後悔した経験の有無についての回答結果を図-9 に示す。約6割の利用者が先発電車を見送った経験があ り、その中の約7割が次発電車の方が混んでいて後悔し た経験があると回答を得た。また、乗車変更したことが ないと回答した中の約2割の利用者は次発電車の混雑が 分からないことを理由に乗車変更を避けていた。このよ うに、経験や憶測により従来は乗車変更を行っていたた め後悔することがあった。しかし、リアルタイムで混空 情報を提供することで、このような利用者は効果的な乗 車変更が可能となったため、混空情報の提供は利用者に とって有効である。 実験中の情報板の参考の有無と乗車変更の頻度を図 -10に示す。約8割の利用者が混空情報板を一度は参 考にしており、その中の約7割は社会実験中に乗車変更 をした経験を持っていた。このことから混空情報提供の 利用頻度の高さが示された。また乗車変更の経験がない 利用者は目的地に早く到着することを優先していること が最大の理由であることも分かった。 見送った 経験がない 後悔した 37% 経験がある 見送った 46% 経験がある 63% 後悔した 経験がない 17% N=72 図-9 実験前の行動 実験中の乗車変更 行動の経験あり ほぼ毎回 7% 参考にしなかった 21% 未回答 6% 週に3~4回 9% 参考にした 79% 乗車変更の 経験はない 24% 49% 混空情報板については、約5割の利用者が今回採用 した表示方法でよいと回答した。また現在の混空率の他 に追加してほしい情報として「出発までの待ち時間」 「行先」のニーズが多かった。今後、これらの情報を付 加することにより利用者の利便性が上がると考えられる。 5.おわりに (1)まとめ 本研究は、混空情報を提供することにより乗車変更 を促す目的で行われた。その結果、利用者は混空情報を 参考にすることで、利用者にとって効果的な乗車変更を 行う効果があった。またアンケートから約8割の利用者 が混空情報を参考にしており、約9割の利用者が今後も 情報提供を活用したいと答えており、混空情報のニーズ は高いことが分かった。 このことより混空情報の提供は無駄な乗車変更を減 少させ、効率的な乗車変更を促すための有効な手段であ り、利用者の利便性の向上につながるといえる。 (2)今後の課題 本研究では調査員の目視で混空情報を把握したが、今 後情報取得システムを高度化し、リアルタイムな情報を 常時提供するようシステム改良を行いたい。また混空情 報だけでなく、次発電車の到着時間や行き先と組み合わ せることでより効果的な情報提供ができる。そして混空 情報板を複数の電停で設置することで混雑の平準化、さ らには電車の遅延の防止に寄与できるかどうかの検討が 今後は必要である。 謝辞 本研究を行うにあたり、国土交通省四国地方整備局土 佐国道事務所、高知県庁、土佐電鉄株式会社など多くの 方々の支援を頂いた。ここに感謝の意を表します。また 本研究は実践的ITS研究委員会の研究成果の一部である。 週に1~2回 18% それ以下 15% 参考文献 N=71 1)社団法人 日本鉄道電気技術協会:「高密度輸送の快適 化の研究」事業 研究報告書,1998. 混んでない 19% 早く着きたい 62% 混雑差がない 13% 次発表示がない 6% 2)青木俊幸、大戸広道、山本昌和:「リアルタイムな誘 導案内による旅客流動の最適化手法」,鉄道総研報告, Vol.17 No.3,pp.47-52,2003. 3)松田博和、轟朝幸:「列車車両の混雑情報提供による 混雑緩和の可能性の検討」,平成17年鉄道技術・政策 連合シンポジウム講演論文集,pp.143-146,2005. N=17 4)財団法人 運輸政策研究機構:「都市鉄道における混雑 率の測定方法に関する調査」報告書,2005. 図-10 実験中の行動 5)財団法人 運輸政策研究機構:「新たな混雑率指標に 関する調査」報告書,2006.
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