ボストン遠征記 〜海外から見た日本柔道〜

ボストン遠征記 〜海外から見た日本柔道〜
金沢大学医学部柔道部
尾崎猛智
2008/03/23 から約2週間、Harvard Univ.の関連病院である MGH(マサチューセッツ・
ジェネラル・ホスピタル)での研修を主な目的としてボストンに滞在した。MGH では金沢
大学医学部神経内科の山田教授の紹介で、神経内科の病棟見学・Research Meeting へ参加
させていただいた。この場をかりてお礼を申し上げます。また別に移植外科を見学する機
会に恵まれ手術見学を行った。世界的に見ても最高峰の病院であり、医師・患者ともに世
界各国からここに集まる。研修医の何人かと話す機会が会ったが、国籍が全く異なる医師
ばかりで、世界の頭脳がより高いレベルの病院を求めてここにやって来ると語っていた。
この人的流動のダイナミズムがアメリカの原動力になっていることを実感した。今回は大
学・病院についての話は割愛し、研修の合間に行った柔道での国際交流について述べよう
と思う。
Fig.1 Harvard Univ.創設者
この銅像自体が観光名所になっている
Fig.2 Harvard Univ.医学部
世界中からエリートがここに集結します。
大学構内の建造物は個人の寄付で建造されたも
のが多く、数億円の寄付は当たり前の世界です。
日本とはけたが違うよ
滞在中に指導・合同練習したのはマサチューセッツ工科大学
(以下 MIT)と Harvard Univ.
の学生、そして地元の THOHOKU JUDO CLUB である。MIT と Harvard Univ.は言わず
と知れた世界最高峰の学術レベルを誇る大学であり、ノーベル賞受賞者も多数輩出してい
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る。そこで学ぶ学生、研究者は世界各国から集結しており研究の Activity は相当に高い。
Times 紙が出した 2006 年世界大学ランキングによると Harvard Univ.(1位)、MIT(7位)
となっている。因みに日本の大学では東大(16 位)京大(29 位)である。そんな大学にも
柔道部が存在しているのは不思議なことであったが、彼等は限られた時間の中で集中的に
稽古に励んでいた。世界的なエリートであるが故の向上心の高さを伺い知れた。彼らと練
習して気づいたこととして、その力の強さが挙げられる。特に上半身の強さは日本人のそ
れと比較するべくもなく、体幹の強さ・堅さは特記すべきである。技は日本のような指導
者がいるわけではないのでまだ未熟な部分もあったが、あの力に技のキレが加われば日本
人には脅威となるであろう。今回の北京オリンピックを観戦して気づいたが、日本人選手
といえどもまともに組んでも実力的に負けている試合が多々あった。以前なら組めば勝て
ると言われていたが、現実的にはそれすらも難しくなって来ているのではないだろうか?
また柔術や他の寝技を用いる格闘技系のクラブも人気があるらしく合同練習も頻繁に行っ
ていた。実際足の利きが良く容易には勝てない選手も数人いた。話を聞くと立ち技は指導
者がいないと上達も難しいが、寝技はある程度は誰でも努力で上達できるという理由で力
を入れているとのこと。日本国内においてすらルール改正などで近年は立技偏重・寝技軽
視の傾向が強いので見習うべきであろう。実際に英語で指導するのは難しく、英語能力の
稚拙さを実感した。面白かったのはさすがに頭脳明晰な理系学生だけあって、説明の際に
「vector」
、「moment」、「scalar」などの人間工学的な単語を用いると大喜びしていた。完
全に理系病ですね。MIT で
は道場といっても畳は高
価で予算が下りないとの
ことで、レスリング部と共
用のマット道場であった。
決して恵まれている訳で
はないが、彼らの情熱は日
本人以上のものである。今
後も頑張ってもらいたい。
Fig.3 MIT 柔道部員力強い選手が多いです。白帯の選手でもパワーはすごいです
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Fig.4 MIT 柔道部員(David)と今回の練習参加のセッティングをしてくれた方です
東京にいたこともあり、講道館で練習した経験もあるとか
Fig.5 MIT 柔道部 嘉納師範の写真
THOHOKU JUDO CLUB はボストンでの有力な道場である。館長は京都大学留学中に
同志社大学柔道部や京都府警で稽古していたとのことで、ご夫婦で道場を経営される熱心
な指導者である。一昨年には慶応大学柔道部も遠征している道場である。そこでの練習は
幼児から大人までが集いその中には日系人の方・ハーバード大学の学生も汗を流しており、
日本でもよく見かける光景であった。ただ、子供たちにはできるだけ楽しませようという
考えがあるのか、絵を使って技の説明をしたり遊びを取り入れたりして無理に厳しい練習
はさせていなかった。しかし、挨拶・礼法に関してはしっかり躾られていた。生涯柔道を
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考える上では大切な方針である。最近は減っていると思われるが、指導者が勝利至上主義
(意図的ではないにせよ)になってしまい、本質を見失った指導をしている道場が日本に
も存在していた。柔道をする人間にとっては勝つことが至上命題ではなく、そこで学んだ
ことを実社会において生かすことが重要なのである。そこには当然厳しさも必要であるが、
単に強いことのみを強要するのであればそれは間違った指導であろう。ここが他の格闘技
とは一線を画す部分であるので、日本の柔道家は世界の柔道の見本となるべく努力しても
らいたい。
成人の部では地元で
も屈強の選手が数人お
り、日本でも十分通用す
るレベルであった。比較
的柔道の人気がある欧
州ならともかく、米国で
これらの選手と遭遇し
たのは予想外のことで
あり、「柔道」の普及
ぶりには驚かされた。
Fig.6 THOHOKU JUDO CLUB
左端は MGH の移植外科医である河合助教授。
免疫抑制分野の研究でも世界的な権威です。
右端は Harvard Univ. Doctor course に所属の橋本君。
東海高校柔道部出身で、私が京大柔道部時代にお世話になった沖田さんとも知り合
いだそうです。世の中狭いです。
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Fig.7 THOHOKU JUDO CLUB
Fig.8 THOHOKU JUDO CLUB
ここでも嘉納師範の写真が
絵を用いての説明は子供には人気だった
Fig.9 THOHOKU JUDO CLUB 日本語が所々で見られました
今回訪問した二つの道場で気づいたのは、嘉納師範の写真が飾られていたことである。
日本の大学・道場ですら存在しないこともあるのにも関わらずである。練習前後の礼法も
当然のごとく指導されていた。極力日本語を用いた練習であることにも驚かされた。組み
手、技等の細部については改善すべき点は多々見受けられたが、根本的な部分は日本と何
ら変わることはなかった。米国柔道はまだまだ発展途上ではあるが、身体的な能力は非常
に高く、根本的な芯の強さの違いを実感した。これらのことを鑑みれば日本国内レベルの
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指導を受ければ強敵となる可能性は十分ある。これが柔道の盛んな欧州ならば尚更であり、
近年の日本柔道の世界での苦戦ぶりも当然のことであろう。今回のボストン訪問は非常に
有意義であり、両柔道部の関係者の方々には感謝している。最後に、いつか講道館を訪問
したいという選手が多数いたことも付記しておく。
付記
今回の訪問中に柔道部 OB の萩原先生とお会いすることができました。
先生は Harvard
Univ.の関連病院で研究されていま
す。近くのステーキハウスでこれで
もかと言わんばかりの肉をご馳走に
なり、血中コレステロール上昇に一
役買ってくれました。
異国に行ってもこういった人との
つながりは非常に重要になってきま
す。部活を行う意義の一つはこの人
脈にあると言っても過言ではないで
しょう。特に他民族国家であるア
Fig 10 柔道部 OB の萩原先生と
メリカでは自分のルーツが重要に
Harvard Univ.の関連病院で研究されています
なります。ですから同じ国の同じ
ステーキをご馳走になり、ありがとうございました
大学、部活などのつながりは重要
になります。また当然日本国内でも当てはまります。このことは京大柔道部時代に強く感
じました。京大柔道部には全国知事会会長である麻生福岡県知事、元国土交通省の佐藤事
務次官などの先輩がおられます。また他大学でも石原慎太郎 東京都知事(一橋大)、東海
大創始者で元参議院議員の松前重義氏(東北大学)などの一流の方々がおられます。金沢
からも元読売新聞社社主 正力松太郎氏、直木賞作家の井上靖氏などを輩出しております。
柔道を通したつながりは意外なところで関わってきます。こういった人脈を生かすのも自
分の能力になります。現役部員はこのことを念頭においてもらいたいです。
今後の予定としては、米国では西海岸の Stanford Univ.,UCSF の柔道部を訪問してみた
いです。シリコンバレーでの IT 産業に非常に興味があるので。欧州では Oxford,Cambridge
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ですね。両大学柔道部は来日したこともあり、東大、京大柔道部と親善試合を行っていま
す。当然研究レベルは世界トップ10に入ってます。
Fig11 肉
でか過ぎ。
(指三本位の厚さ) そりゃ肥満人口ふえるわな・・
監修
尾崎猛美
(元桐蔭学園柔道部会長)
尾崎猛朗
(京都府警察、同志社大学柔道部コーチ)
参考文献
京大柔道 平成18年度号
東北柔道 平成10年度号
News Week 06/09/27 号
参考サイト
http://www.timeshighereducation.co.uk/hybrid.asp?typeCode=142&pubCode=1&navc
ode=105
http://grad-schools.usnews.rankingsandreviews.com/grad
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