音のデザイン ∼感性に訴える音をつくる

音のデザイン
∼感性に訴える音をつくる∼
岩宮眞一郎
九州大学 大学院 芸術工学研究院 音響部門
聴く価値があるのは「音楽」だけではない
音楽の世界では,かつては,音楽と環境音(騒音)は厳格に区別されていました。
しかし,20世紀以降の「音楽」においては,調性の崩壊,素材音の拡大といった志
向の中で,「音楽」と「音楽」以外の音の境界があいまいになってきました。
「4分 33 秒」で知られるジョン・ケージの音楽(偶然の音楽)においては,その
差を論ずること自体無意味です。ジョン・ケージの影響をうけたマリー・シェーファ
ーは,「音楽」だけではなく,環境の音に対しても美的な態度で接する必要性を主張
します。その主張を言葉にしたのが,「サウンドスケープ」です。
現代の音楽においては,楽器の音だけでなく,環境の音,生活の音など,意図して
出した訳ではない音を積極的に取り入れます。日常生活でも,音楽と環境音の区別は
あいまいです。音楽が環境の一部と化し,音環境が音楽としての機能を担うようにな
ってきたのです。「音楽」以外の「音」にも,その美的性質,機能を認識すべき状況
が生じているのです。
「音」に価値があるのは,音楽だけではありません。ケージやシェーファーが教え
てくれるように,我々の回りにあるすべての音が意味を持ち,聞く価値があるのです。
音にも「デザイン」がある
今日,
「デザイン」は様々な分野を包含します。一般に認知されている分野として,
プロダクト・デザイン,サイン・デザイン,ランドスケープ・デザイン,パブリック・
デザイン,コンテンツ・デザイン(あるいはマルチメディア・デザイン)などがあり
ます。
これらデザインとして成立している分野は,いずれも視覚に関わるデザイン分野で
す。聴覚に関わる部分がある場合でも,一般には,視覚デザインとして認識されてい
ます。視覚デザインにおいては,美的感性へのアピールに対する重要性や価値は広く
認められています。これに対して,音が美的感性へアピールするチカラは,決して視
覚情報に劣るものではありません。しかし,音の価値はあまり高く評価されていませ
ん。ほとんど,意識されたことすらないのが実情でしょう。
上述の視覚に関するデザイン分野に相当し,音のデザインが必要な分野として,機
械音のデザイン,サイン音のデザイン,サウンドスケープ・デザイン,公共空間の音
環境デザイン,映像の音のデザインといった分野が存在します。
音をデザインする各種の取り組み
自動車業界では,高級感のある自動車であることを感じさせるために,ドアの開閉
音にも注意を払っています。オートバイのエンジンの排気音にこだわるライダーも少
なくありません。ある製品のデザインを考えるとき,製品から発生する音にも気を配
ってこそ,美的感性にアピールすることができるのです。マリー・シェーファーも自
動車業界が音にこだわった製品作りをしていることに,関心を持っているようです。
彼は,そのことを,「近頃は,企業が音を所有しようとしている」と多少皮肉っぽく
表現しています。
危険を知らせる警報とか,電話の呼出音とか,洗濯機や電子レンジの終了音のよう
に,メッセージを伝える音もきちんとデザインする必要があります。こういった音は
「サイン音」といわれています。かつては,サイン音はただ鳴っていれば良いという
認識でした。しかし,最近では,用途に合わせた最適なデザインが求められるように
なってきています。緊急性の高いサイン音以外は,快適感も求められます。高域が聞
き取りにくいという高齢者への配慮も必要です。視覚障害者にとってサイン音の存在
はより重要で,ニーズをきちんと把握しておく必要があります。マリー・シェーファ
ーも,サイン音(信号音)は古くからどこの社会にも存在するものとして,サウンド
スケープの重要な要素と考えています。
視覚デザインの分野でのパブリック・デザイン,ランドスケープ・デザインに相当
する音のデザインの分野として「サウンドスケープ・デザイン」も有望です。音を使
って演出するデザインが空間の魅力をアップしています。そこにある音を生かしたデ
ザインも,サウンドスケープ・デザインです。
公共空間では各種の音が混在し,混沌とした状況が生じています。公共空間の音環
境をトータルな視点でデザインすることも必要です。マリー・シェーファーが,しば
しば語っているように,我々の手で魅力あるサウンドスケープを作り上げる必要のあ
る空間でしょう。公共空間の音環境の状況には,我々の感性が反映しているのです。
今日の社会的要請として,すべての人が快適に暮らせるように,バリアフリーな環
境づくりに対して様々な取り組みがなされています。「音」に関しても,ユニバーサ
ル・デザインの考えが必要とされる時代になってきました。高齢者にも聞こえやすい
音の提供,視覚障害者のニーズに応えた音響案内などの取り組みも始まっています。
マルチメディアとか言われる新しい映像メディアでも,「音」のチカラは欠かせま
せん。最近は,メディア・アートと呼ばれる,ディジタル技術を駆使した新しい映像
芸術が注目を集めています。しかし,メディア・アート作品の多くは,音抜きでは,
訳の分からない,つまらない存在になってしまいます。「音」が加わることで,映像
表現がより効果的になるのです。もっと音のチカラを認めて欲しい分野です。
最近になって,ようやく「音のデザイン」「音の感性的側面」に対する関心が高ま
ってきました。
「音のデザイン」に積極的に取り組む企業も少なくありません。1998
年に World Forum for Acoustic Ecology が開催した国際会議「Stockholm, Hey
Listen!」では,
「Sound Design Day」が設けられていました。このシンポジウムは,
マリー・シェーファーの強い意向により実現したものだそうです。
「音のデザイン」の魅力を伝えたい
私も,学会,講演会等いろいろな機会を捉えて,「音のデザイン」の重要性を訴え
てきました。日本サウンドスケープ協会においても,
『サウンドスケープ5巻』
(2003
年)で,「音のデザイン」特集を組ませていただきました。いろんな方に興味を持っ
ていただいたようです。いくつかの機会をとらえて,「音のデザイン」に関する講演
もさせていただきました。
さらに広く「音にも,デザインすることがあるのだ」ということ知ってもらうため
に,本稿と同じタイトルの『音のデザイン
感性に訴える音をつくる』(九州大学出
版会,2007)を出版致しました。ちょっとだけ,宣伝させてください(お値段は 2,520
円です)。
この本では,製品の音のデザイン,サイン音のデザイン,映像の音のデザイン,サ
ウンドスケープ・デザイン,公共空間の音環境デザイン,音環境のユニバーサル・デ
ザイン,音楽のデザインなどの多彩な「音のデザイン」について紹介しています。ま
た,音のデザインを考える基礎としてサウンドスケープの立場から音の文化的側面に
ついても論じています。さらに,音のデザインに取り組むサウンド・デザイナーの必
要性,また音に対する感性を磨く方法についても解説しています。
「音のデザイン」は,感性に訴える音のチカラを生かす術です。本書は,感性に訴
える音のデザインの方法論を築くために,取り組まれた各種の研究成果を総括した書
籍です。
「音のデザイン」の将来性に託したい
「音のデザイン」というのは,非常に大きな可能性を秘めたデザイン分野です。視
覚にかかわるデザイン分野も,多くは何らかの聴覚的要素を含んでいます。「音」も
デザインの対象に取り入れることで,より魅力的なデザイン効果を期待できるはずで
す。「音」がもたらす付加価値は,小さくないはずです。
「音のデザイン」の広まりは,世間がサウンドスケープの思想を(「無意識」にか
も知れませんが)認識し始めたことの表れではないでしょうか。「音」の時代をつく
りたいものです。