TBS テレビの報道について 2013 年 4 月 12 日 公益財団法人放射線影響研究所 理事長 大久保 利晃 TBS テレビが「知られざる放射線影響研究所の実態を初取材」と題する番組を全国 放送したのは、昨年(2012 年)の 7 月 28 日 17:30 からの「報道特集」の中のことでし た。この番組は、当研究所の調査によって解明された放射線によるがんなどのリスクデ ータが広島・長崎の被爆者をはじめ世界の放射線被曝者医療ならびに放射線防護に多大 な貢献をしてきた事実を軽視し、放影研が内部被曝を調査しなかったという事実誤認の 主張を行い、また、放射線リスク計算において内部被曝データを使用していないことを 強調するあまり、「内部被曝のデータが欠落した放影研にリスクを解明できるのか疑問 です」 「放影研の調査は決して被爆者のためではありませんでした」 「福島の人々の不安 に応えられない放影研」などと、視聴者に対し誤った印象を与える番組内容になってい たことから、私たちは同月 31 日に、TBS テレビへ抗議文を送付いたしました。その中 で「これまでの放影研が達成した放射線の健康影響に関する科学的研究業績を正しく紹 介するために同等の放送範囲である全国放送で至急放送すること」を求めました。 数日後、TBS テレビから回答文書が届きましたが、抗議は受け入れられず、訂正放 送の要請には応じかねるとの回答でした。 こうした状況に鑑み、今後の対応すべき方法を顧問弁護士とも相談し、テレビやラジ オの放送によって名誉、信用などの人権を侵害された人を救済する BPO 放送倫理・番 組向上機構放送人権委員会に対し 10 月 19 日、名誉毀損及び信用失墜に関する申し立 てをいたしました。 このほど、同機構放送人権委員会において、申し立ての審理入りの可否について検討 が行われました。これは、団体である当研究所の申し立てを委員会として受け付けるか どうかを検討するもので、申し立て内容に踏み込んだものではありません。その結果、 同委員会では取り扱わない旨の回答が本年 3 月 27 日に寄せられたところです。これに よれば、放送人権委員会は、個人からの苦情申し立てを原則としており、「団体からの 申し立てについては、委員会において、団体の規模、組織、社会的性格等に鑑み、救済 の必要性が高いなど相当と認めるとき」に取り扱うこととされており、 「貴研究所(放 影研)は、その組織や活動において高い公共性を有し、かつ、一定程度の情報発信力も 備えているものと認められます。こうした貴研究所の団体としての組織や社会的性格等 に鑑み、上記運営規則に照らして、本件申し立ては、当委員会が例外的に救済する必要 性が高い事案とは認められないとの判断に至りました」というのがその理由でした。 私たちとしては、TBS テレビの報道が放影研及び同役職員の名誉を傷つけていると 1 考え、責任者の誠意ある謝罪とテレビ番組の訂正を求める立場に変わりはありません。 そこで、附1に放送人権委員会に送付した申立書の本文を掲載いたしました。 また、この番組は、私たちの名誉を傷つけたという問題にとどまらず、福島における 原発事故により福島県民をはじめ多くの国民が放射線の健康影響に不安を感じている 最中に、公共性の高い電波放送を行う報道機関が、客観的な事実の裏付けなく、国民の 不安をかえって助長させかねないような報道をしたことを見過ごすことはできないと 考え、関係者の猛省を促すべく、放送倫理・番組向上機構の放送倫理検証委員会にも同 時(2012 年 10 月 19 日)に問題提起をしています。こちらの方の進捗状況はつかめて おりませんが、この機会に提起内容をまとめた「報道の倫理に関する放射線影響研究所 の見解」を附2に掲載いたしました。 私たちは世界の放射線リスク及び放射線防護基準の主要な科学的根拠とされている 広島・長崎の原爆被爆者調査を実施する研究機関として、特に現在関心が高まっている 放射線リスクに関する正しい知識の普及を図っています。当研究所の内部被曝に関する 調査研究については、当研究所ホームページの「調査研究活動の『残留放射線』に関す る見解」および、福島への貢献については「福島第一原子力発電所事故に関する放影研 の対応」をご覧ください。 最後に、報道各社におかれましては、事実に基づく公正な報道についてご協力をいた だきますようお願い申し上げます。 以上 2 附1 放送人権委員会への申立書本文(抜粋) 1~3は省略 4.番組の問題部分 4.1 本番組は、ひとつの重大な事実誤認に基づき全体が構成され、これをもとに 1) 「放影研の調査は決して被爆者のためではありませんでした」、 2) 「福島の人々の不安に応えられない放影研。その原因は、放影研のデータに決定 的に欠落した部分があるからだ」、 3) 「内部被曝のデータが欠落した放影研にリスクを解明できるのか疑問です」 などと事実無根の放影研批判を繰り返し、放影研及び同役職員の名誉を傷つけた。 4.2 ひとつの重大な事実誤認とは、放影研が内部被ばくを調査しなかったという、番組の主張 である。番組では「内部被ばくの予備調査が 1953 年から約1年ほど続けられた。(中略)しかし、 アメリカ人上司は衛生状態の悪化が原因だと一蹴し、この調査を打ち切ったという。ABCC か ら放影研に変わった後も、内部被ばくの調査が再開されることはなかった。」と述べられている。 しかし、1969、1970、1971 各年には ABCC 調査において、1981 年には放影研調査において、 長崎西山地区住民の内部被曝線量(セシウム 137)がホールボディカウンターで測定された。 これらの調査の結果をまとめた論文が公表され、さらに残留放射線に関する放影研の代表的 な出版物 DS86の第 6 章の内部被曝に関する記述に反映されているというのが事実である。そ れにもかかわらず、番組は、「ABCC から放影研に変わった後も、内部被ばくの調査が再開さ れることはなかった。」と断定した。これは、放送番組の編集に当たっての放送事業者の責務 「報道は事実を曲げないですること」(放送法第 4 条第 3 号)に違反するうえ、放送法第 5 条に 基づき TBS テレビが自ら定めた「TBS 放送基準」の「事実を客観的かつ正確、公平に取り扱う」 との規定(第 8 項)を履行していない。 4.3 本番組は、次のとおり、番組の随所で誇張した表現を用い、放影研が内部被ばくを調査 しなかったという重大な事実誤認の主張を視聴者に印象づけ、放影研及び同役職員の名誉 を傷つけた。 1) 番組キャスター「今日は広島から福島につながる重大な闇の部分をめぐって特集で お伝えします」、同「しかし、歴史を探ってみますと、福島の原発事故で、今、最も懸念さ 3 れている内部被ばくをめぐって、広島から福島につながる重大な深い闇の部分があるこ とが、JNN の取材で明らかになりました」 2) 番組キャスター「ここは関係者以外立ち入り禁止という、非常に特殊な場所ですけれ ど、今日は特別な許可を得て、生中継のカメラで中に入ってみます。」、 3) ナレーション「頂上にある施設に、市民は無断で立ち入ることが許されない。」 注記:関係者以外立ち入り禁止という措置は他の多くの施設でもとられているにも かかわらず、これを理由に「非常に特殊な場所です」と表現している。 4) 画面タイトル「葬られた内部被ばく調査」 4.4 本番組は、放影研が内部被ばくを調査しなかったという重大な事実誤認の主張をさらに 展開し、次のとおり、放影研が将来構想で内部被ばく調査に再着手する方針転換を決めたと いう事実無根の主張を行い、放影研及び同役職員の名誉を傷つけた。 1) ナレーション「内部被ばくを調査の対象から外した放影研。福島の原発事故から1年 がたった今年3月、大きな方針転換を決めた。それは、内部被ばくを調査の対象から外 した放影研が新たな方針を定めた。取り扱い注意と記された放影研の将来構想。内部 被ばくを含む低線量を含む低線量のリスクを解明することを目標に掲げていた。」 2) 番組キャスター「3.11 の大震災と原発事故を契機に、ようやく 1 年以上たってから、 放影研が内部被ばくの研究に再着手するという、そういう方針転換をしたわけですよ ね。」、放送記者「そうですね。」、同「放影研は将来構想で、内部被ばくを含め低線量 被ばくのリスクを解明することを目標に掲げました。しかし、その研究はいま福島で生き る人のためにはなりませんし、そもそも内部被ばくのデータが欠落した放影研に、リスク が解明できるかは疑問です。なぜ内部被ばくの問題を過去に葬り去ったのかその検証 も欠かせません。」 前記のとおり、放影研が内部被ばくを調査しなかったという主張は重大な事実誤認であ るから、「内部被ばくを調査の対象から外した放影研が新たな方針を定めた。」という主張も 事実誤認である。また、「放影研は将来構想で、内部被ばくを含め低線量被ばくのリスクを解 明することを目標に掲げました。」と主張するが、「放射線影響研究所将来構想 2012」は、 4 「内部被ばく」については全く言及していない。「放射線影響研究所将来構想 2012」は、LSS 疫学研究の個別テーマとして「低線量被曝」を明記しているが、これは LSS 集団に含まれる 低線量の直接放射線被曝者の追跡調査とそのデータ解析を意味し、内部被ばく調査を意 味していない。それにもかかわらず、「将来構想で、内部被ばくを含め低線量被ばくのリスク を解明することを目標に掲げました。」というのは事実誤認であり、意図的な虚偽事実捏造の 疑いもある。これは、放送番組の編集に当たっての放送事業者の責務「報道は事実を曲げ ないですること」(放送法第 4 条第 3 号)に違反するうえ、放送法第 5 条に基づき TBS テレビ が自ら定めた「TBS 放送基準」の「事実を客観的かつ正確、公平に取り扱う」との規定(第 8 項)を履行していない。 5 附2 報道の倫理に関する放射線影響研究所の見解 去る 2012 年 7 月 28 日(土) 17:30 から放映された、TBS 報道特集「知られざる放射線影響 研究所の実態を初取材」は、報道の倫理に反する不適切な内容であったと考え、ここにその 問題点を指摘するものです。 この報道では、放射線影響研究所(以下放影研と省略)の原爆放射線のリスクに関する研 究は、内部被曝の情報が「欠落」し、あるいは「抜け落ち」ているので、福島原発事故による健 康不安の解消には「役立たない」と主張されていますが、これは科学的に間違った前提(次ペ ージ説明①を参照)に基づいています。また、その前提を組み立てる要因として、原爆傷害調 査委員会(以下 ABCC と省略)時代に「内部被曝を調査の対象から外し」、「放影研に変わっ た後も再開されることはなかった」と説明し、内部被曝に関する調査を中止したという事実に反 する主張(説明②)を行っています。 その上で、客観的なデータによる裏付けもなく、「内部被曝への不安」、「不安に応えられな い放影研」という全く根拠のない説明を繰り返すことによって、福島県民の不安をいたずらに 煽りました(説明③)。そして、「重大な深い闇の部分」、「葬られた」などという表現と巧みな番 組構成の手法を用いて、ABCC/放影研が内部被曝の調査を中止し、それを現在まで隠蔽し 続けたかのごとく視聴者に印象づけました。このような虚偽の事実を「JNN の取材で明らかにな った」として、「報道特集」という事実に基づく内容を多くの視聴者が期待するであろう番組で放 映したのです(説明④)。その結果、多くの時間と労力を費やして取材に協力したことが無意味 なものとなり、われわれはテレビ取材に対する不信感を募らせるに至りました(説明⑤)。 ABCC/放影研による大規模集団を対象にした長期的縦断調査は世界で他に類をみない もので、そこから得られた信頼性の高い放射線リスクの研究成果は、国際機関や放射線影響 研究に関わる国際学会などから高い評価を受けてまいりました。国際放射線防護委員会 (ICRP)は、その結果を参照して放射線防護基準を勧告し、各国政府はそれに基づいて放射 線の防護基準を策定・運用しております。我が国もその例外ではありません。このたびの報道 は、そうした事実を無視し、科学的な根拠もなしに国際社会や我が国の放射線防護基準に対 する信頼性に疑義を挟もうとしたものに他なりません。 時あたかも、福島における原発事故により、多くの国民が放射線の健康影響に大きな不安 を感じており、国中の放射線防護の専門家は、これに応えるべく正しい放射線リスクの知識普 及に日夜苦慮しているところです。放影研も市民公開講座や施設の一般公開などを通じ、広 く一般社会に対し放射線の影響を正しく理解してもらうための努力を積み重ねてまいりました が、このたびの番組はそういった方向性とは真逆の結果に繋がりかねない内容であり、我々に とって甚だ迷惑極まりないものだといえます。 6 我が国がこのような国難にある中、公共性の高い電波放送を行う報道機関が、客観的な事 実の裏付けなく、国民の不安をかえって助長させかねないような報道をしたことは重大な倫理 違反であり、その責任を看過することはできません。 【説明】 ① 科学的に間違った前提 この番組では、放影研の放射線リスク解析に用いられた放射線被曝線量に、内部被曝が考 慮されていないことから演繹して、「福島で役に立たない」、「不安に応えられない放影研」とい うことを強調した。最も顕著な例としては、番組最後の番組キャスターと放送記者との会話部分 で、「ABCC と放影研の調査は決して被爆者のためではありませんでした。内部被曝の影響が 抜け落ちているのに、国はその不完全なデータを根拠に被爆者の救済の訴えを切り捨ててき ました」、また「放影研は将来構想で、内部被曝を含め低線量被曝のリスクを解明することを目 標に掲げました。しかし、その研究はいま福島で生きる人のためにはなりませんし、そもそも内 部被曝のデータが欠落した放影研に、リスクが解明できるのか疑問です」と言っている。 放影研は純粋な研究機関であり、そもそも「救済の訴えを切り捨てる」などの行為に関与す るものではない。放影研の研究は、世界で初めて放射線被曝とそれによる健康影響(主として がん)の関係を数量的に明らかにするなどの成果を挙げてきた。その研究成果があったからこ そ、原爆症認定制度における放射線被曝関連疾患の認定が可能になったのであり、「決して 被爆者のためではありませんでした」という上記の批判は的外れであると言わざるを得ない。更 に、福島の事故対応に従事する労働者の被曝放射線量の管理基準、また住民の避難計画の 目安になった放射線防護基準の数値も、このリスクデータに基づいて設定されたもので、既に 放影研の研究結果はこの事故対策に重要な役割を果たしてきている。番組の別の部分にお けるナレーションでは「被爆者調査で得られたこのデータから国際的な線量基準が生まれ、福 島原発事故の対応にも適用されている。国が避難指示などを行う基準も、この放影研のデー タに基いている」と言っておきながら、「福島で役に立たない」ということは自己矛盾である。 放送で指摘している「内部被曝データの欠落云々」の問題は、本来、放影研の放射線リスク 推定精度に関わる議論で、これに関しては十分な検討の結果、原爆は初期放射線の影響が もっとも大きく、内部被曝の欠落が放射線リスク推定値に及ぼす影響は大きなものではないこ とが既に示されている。したがって、上述のとおり、原爆放射線の健康影響調査で得られたリス ク推定値は、放射線防護基準を通じて放射線障害の予防に役立っているのである。それだけ ではなく、被曝線量さえ判明すれば、今回の福島原発事故でもその他世界中で起こり得る放 射線被曝に対しても、放射線被曝のリスク推定に役立つのである。このように原爆被爆者調査 7 における「内部被曝の欠落」をそのまま福島に結びつけ、「福島で役に立たない」、「放影研に、 リスクが解明できるのか疑問」と主張することは、根拠がなく短絡的である。 ② 「内部被曝」の研究が中止されたという事実に反する主張 ABCC/放影研において過去に「内部被曝」の研究を「調査の対象から外した」という事実は ない。原爆放射線影響の研究で、初期放射線に加え、内部被曝を含む残留放射線の影響を 考慮する必要があることは言うまでもないことである。しかし、内部被曝のもとになる放射性降 下物の地理分布がもともと一様でないことに加え、地表に到達した後の風や地表水などによる 移動の結果、分布がさらに複雑になる。したがって、空気中の粉じん吸入や飲食物を介する 放射性降下物の体内摂取量(内部被曝量)の推定もほとんど不可能だといっても過言ではな い。ゆえに、ABCC/放影研の大規模な調査対象集団について、「内部被曝」による個人別被 曝線量を推定するための体系的情報収集は、一度も着手されなかったというのが事実である。 しかし、ABCC/放影研ではその代わり、「内部被曝」の個人別線量推定に及ぼす影響の大き さを検証する研究を精力的に続け、その結果として、リスク推定に及ぼす影響が少ないという 報告を線量評価システム DS86 に掲載した。その後もこの検証作業は続けられている。このこと から、内部被曝の研究が中止されたというのは事実ではない。 ③ 福島県民の不安をいたずらに煽る 更にこの番組では、他の経路からの被曝には 1 回しか言及していないにもかかわらず、わず か 20 分ほどの放映時間のナレーションやテロップで、34 回も「内部被曝」を繰り返すなかで、 「福島の人々の不安に応えられない放影研」というくだりに結びつけている。しかし、そもそも、 「福島で内部被曝が不安」という主張の根拠は何か。国を初めとする関係機関は、住民の不安 に応えるため、子供の甲状腺の放射線量の測定や、ホールボディカウンターによる内部被曝 量調査をしているが、大部分は検出限界未満であり、過度な心配は不要であることが実証され ている。このような事実には目を向けず、視聴者の不安にかこつけて「内部被曝が不安」という 報道によって視聴者の関心を引こうとする姿勢は、放射線の影響に怯えている福島住民の不 安をいたずらに煽るばかりである。 ④ 番組制作上の問題点(虚偽の報道) 番組では冒頭から、「ここは関係者以外立ち入り禁止という、非常に特殊な場所ですけれど、 今日は特別に許可を得て、生中継のカメラで中に入ってみます」、「最も懸念されている内部 被曝をめぐって、広島から福島に繋がる重大な深い闇の部分があることが JNN の取材で明ら 8 かになりました」と、これまで普通の人が入れない研究所へ JNN のカメラが特別に入り、内部被 曝の情報が欠落した放影研の研究が福島で役に立たないことを明らかにしたという、番組の ねらいを説明している。しかし事実は、放影研にはほぼ毎日のように見学者が訪れ、毎年 8 月 5、6 日に開催する広島での施設一般公開には約 1,000 人の見学者が訪れている。また、記 者会見も年に少なくとも 4 回以上は開催し、それ以外にも、過去1年間だけで 18 回にも及ぶテ レビ取材が行われている。「内部被曝の欠落」についても、上述のように ABCC/放影研では 以前から検討されてきたことである。したがって、これらをもって、「重大な深い闇の部分がある ことが JNN の取材で明らかに」なったというのは、全くの虚偽である。 目で読むだけの新聞、あるいは耳で聴くだけのラジオと違って、テレビは映像と音の総合効 果によって、ひとつ、ひとつのナレーション、字幕、カットを組み合わせることで「情報集合体と しての虚偽」を構築し、視聴者を特定の方向へ誘導できる。この番組でも、「重大な(深い)闇 の部分」、「放影研の知られざる実態」、「知られざる放射線研究機関」、「知られざる研究施設 の実態」「過去に葬り去った」、「葬られた内部被曝調査」、「隠語」、「山」、「立ち入り禁 止」、・・・など、公益財団法人として日夜透明性を高める努力をしている放影研を説明するに は不適切な語句を連用した。それらは、個別には、放送倫理上の問題にならない言葉かもしれ ない。しかし、5 カ月間もの取材による放影研の研究活動を紹介する一連の映像から、当初申 し出のあった取材目的とかけ離れたほんの一部分だけを切り出した映像や作為的効果を狙う 施設の部分映像などと、これらの語句を含むナレーションとを巧みに組み合わせることにより、 「ABCC/放影研には何か不透明な部分があり、信用できない・・・」という雰囲気を虚構したの である。このような映像により誤った印象へ誘導する手法は、学術研究所の活動を紹介する報 道番組の制作には絶対に用いてはならないものである。放影研の研究活動がこのように不当 に扱われたことは極めて遺憾である。この番組は、放影研への信頼を著しく傷つけただけでは なく、長期間にわたる調査研究に継続的に協力してこられた多くの被爆者やその家族にまで も不快の念を与え、ひいては、世界的に高い評価を得た放影研の社会的な研究基盤を揺さ ぶったのである。 ⑤ テレビ取材への不信感 放影研は RCC の取材要請に対して、数カ月間にわたり誠意を持って協力を行った。その時 間と労力は、放影研の担当者による取材対応記録を見れば明らかである。その長期にわたる 取材では、再三にわたって数多くの質問に答え、可能な限りの説明を行ったつもりである。「内 部被曝」や「残留放射線」の影響については、特にその科学的解釈を十分に説明した。それ にもかかわらず、取材担当者は放影研の調査研究の主旨を理解できなかったのか、あるいは、 9 理解したにもかかわらず、それを曲げてこの番組の筋書きを組み立てたのであろうか。もし、後 者であれば、それは明らかに事実を歪曲したもので、放送倫理に反する。また、取材時の説明 と異なる報道をしたことは背信行為でもある。 特に問題なのは、放送では何度も「JNN の取材」、「放影研の内部に JNN のカメラが入る」等 の表現が使われたが、われわれは取材過程で JNN の取材を受けたという認識を持っていない。 なぜなら、今回の取材は、そもそも RCC が 8 月 6 日に放映する開局 60 周年番組として制作 するという申し入れに応じて協力してきたからである。後日、TBS で全国放映されることを知ら されたが、その時点でも同じ内容のものが放映されると理解していた。しかし、実際には放映 時間も内容も異なるものだった。同じ場面の取り扱いについて TBS と RCC とを比較してみると、 説明の仕方や主張内容に乖離がみられ、両者は似て非なるものと言える。本番組が実際に取 材していない人の手によって編集されたとすれば、「報道特集」である以上、取材しないで番 組を作成するということは倫理違反ではないかと考える。同一人が編集制作したのなら、同一 材料で異なる主張をしたことになる。取材に関する責任の所在と編集に関わる倫理基準を明 確にすべきである。 10
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