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3.観光
(1)概観
イスタンブールは、ボスポラス海峡によってヨーロッパ側とアジア側に分かれている。両側は、第
1及び第2ボスポラス大橋で結ばれている他、フェリーが運航している。また、ヨーロッパ側は金
角湾を挟んで北側が新市街、南側が旧市街に分けられる。新旧市街は、ガラタ橋など4本の橋で
結ばれている。
主な観光名所は、旧市街に集中しており、健脚な人は徒歩でも充分観光が出来る。また、市内の
主な名所を効率良く回るバス・ツアーが数多く運行されており、これらのツアーは各旅行会社、主
なホテルで予約が出来る。新市街は、ビジネスの中心になっており、近代的なビルや高級ホテル
が立ち並んでいる。
(2)主な名所
旧市街
金角湾の南側のビザンチン時代に築かれた城壁に囲まれた区域。昔の町並みが残っており、多
くの名所・旧跡がある。
【トプカプ宮殿 (Topkapı Sarayı)】
開館時間:09:00~19:00(入館は18:00まで) 火曜日休館
コンスタンティノープルを征服したメフメット2世の命により建設され、1467年に完成、1856年に
アブドゥルメジト1世がドルマバフチェ宮殿に居を移すまで、オスマン帝国の歴代スルタンの居城
であり、行政の中心であった。
ボスポラス海峡と金閣湾、マルマラ海を一望できる丘の上に位置し、外壁は全長約5㎞、敷地面
積は約70万㎡に及ぶ。ここにはスルタンとその家族をはじめとして、多いときには約4,000人も
の従者らが暮らしていたといわれる。トプカプの名は、海峡に面した場所に大砲(トプ)を据えた門
(カプ)があったため。
内壁の中には、「ハレム」と呼ばれる、スルタンとその家族の居所及び、政治行政が行われた中
枢部分がある。歴代のスルタンが増改築を重ねたため、いくつもの建物や部屋が連なり、庭園や
離れ家などもある複雑な構造になっている。
宮殿内の「宝物殿」では歴代スルタンが収集した宝物が展示されており、中でも、漁師が拾った
原石をスプーン職人がスプーン3本と交換したといわれる86カラットのダイヤモンドや、イランの
ナディル・シャーに贈るために造られたが、反乱によりシャーが処刑されたために残ったエメラル
ドの宝剣(トプカプの短剣)等が見もの。
*ハ
ハレム 開館時間:09:00~最終入館時間17:00 ハレムを見学するには別料金が必
要。
【アヤ・ソフィア (Aya Sofya Müzesi)】
開館時間:09:00~19:00(入館は18:00まで) 月曜日休館
325年、キリスト教を国教と定めたコンスタンティヌス1世が建てた木造の礼拝堂を、360年、コ
ンスタンティヌス2世が大ドームを持つ聖堂として完成させたが、404年、東ローマ帝国時代に起
こった主教追放の騒乱によって焼失。テオドシウス2世が415年に再建するが、532年、競馬場
での揉め事から始まったとするニカ(勝利)の暴動により再び焼失する。
現在の寺院は、ユスティニアヌス1世が自身の威信にかけ、焼失から1ヶ月以内に再建着工を命
じたといわれ、537年に完成した。完成時には盛大な献堂式が執り行われ、アヤ・ソフィアはギリ
シャ正教の総本山となった。この時、ユスティニアヌス帝は「ソロモンよ、余は汝を超えた」という
1
言葉を残したとされ、以後約千年の間、これを超える大きさの聖堂が築かれることはなく、現在で
も世界第4位の規模を誇る。
アヤ・ソフィアはその後も地震によるドームの崩落や、第4次十字軍の略奪等の災難に見舞われ
た。1453年、オスマン帝国のメフメト2世によりコンスタンチノープルは征服され、イスタンブール
と名を変え、アヤ・ソフィアもイスラム寺院へと姿を変える。
アヤ・ソフィアとは、「神の聖なる知識」という意味をもっており、この呼び方は、イスラム寺院にな
ってからといわれている。(ビザンツ帝国時代は単に「大聖堂」と呼ばれていた。)歴代スルタンに
より、数々の増築、改修が加えられ、18世紀には壁のモザイク画やフレスコ画も漆喰で覆われて
しまう。
1934年、トルコ共和国成立後に初代大統領ムスタファ・ケマル・アタテュルクによって、宗教的施
設としての使用は禁止され、博物館として開放されることとなった。
アヤ・ソフィアの大ドームは高さ56m、直径は32m と31m の楕円形で、16年前から修復が続い
ている。内部はキリスト教時代ビザンチン美術の傑作と称されるモザイク画や、イスラム寺院改
修後に施された装飾などを観ることができ、アヤ・ソフィアの歴史を物語っている。
【ブルーモスク (Sultan Ahmet Camii)】
開館時間:随時(1日5回のお祈りの時間帯は入れない)
1616年完成。スルタン・アフメト1世が建築家メフメト・アーに「黄金(アルトゥン)のミナレット(尖
塔)を持つモスクを造れ」と命じたが、メフメト・アーが「6本(アルトゥ)のミナレット」と聞き違えたた
め、世界でも珍しい6本の尖塔を持つモスクが完成したといわれる。(黄金では費用が嵩むため、
機転を利かせたとの説もある。)
中央にある大ドームは高さ43m、直径は23.5m であり、象の足と呼ばれる4本の巨大な大理石
の柱で支えられている。内部は、ブルーモスクと呼ばれる所以となった青色を基調とした16~17
世紀のチューリップ、カーネーション等植物の柄が描かれたイズニック・タイルで飾られている。ま
た、モスクの260個ある窓から差し込む自然光が荘厳な雰囲気を醸し出している。
【考古学博物館 (Arkeoloji Müzesi)】
開館時間:09:00-19:00(入館は18:00まで) 月曜日休館
トルコ人考古学者ハムディ・ベイにより、1881年に開設されたトルコで最初の博物館。当時、欧
米列強がトルコの考古学的遺物に注目し、遺跡からの発掘品を数多く国外に持ち出していた。そ
の散逸を惜しみ、遺物の収蔵施設として博物館を開設した。
考古学博物館は、3つの建物からなっており、それぞれ、古代オリエント博物館、考古館、タイル
博物館から成っている。
考古館には、1887年現レバノンのシドンで発見された古代フェニキア王室の石棺が納められて
おり、特に、アレクサンダー大王が馬に乗って狩りをする場面等見事な彫刻が施された石棺は大
王自身のものではないかと目されたが、その後の研究により、セレウコス朝の君主のものであっ
たことが判っている。
古代オリエント博物館は、バビロニアとアッシリアからの出土品を中心に、アナトリア、エジプト、メ
ソポタミア、シュメール、アッカド、ヒッタイト、ウラルトゥなど古代王国の文明遺産を数多く収集、展
示している。
ヒッタイトの出土品では、紀元前1295年からヒッタイトとエジプトの間で始まったカデシュの戦い
の後、紀元前1269年にヒッタイト王ハットゥシリ3世とエジプト王ラムセス2世の間に取り交わさ
れた世界最古の平和条約「カデシュの条約」と呼ばれる粘土版文書が有名である。
タイル博物館の建物は1472年にメフメト2世によって建造されたもの。17~18世紀のイズニッ
ク・タイルや陶器のコレクションが収められている。
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【地下宮殿 (Yerebatan Sarnıcı)】
開館時間:09:00-18:30(入館は18:00まで) 無休
6世紀に造られた地下の大貯水池。コンスタンティヌス1世が建設し、ユスティニアヌス1世が増
築した。幅70m×奥行き142m×高さ8約8万立方メートルの水が貯水可能だったといわれる。
336本あった柱は周辺のギリシャ神殿から運んできたといわれ、そのほとんどがコリント式の柱
頭を持っている(現在は一部壁に埋もれている)。一番奥にはギリシャ神話に登場するメデューサ
の頭部像が台座として使用されている。
ここに貯められた水はビザンチン時代からオスマン朝時代までアヤ・ソフィア、トプカプ宮殿のた
めの重要な貯水施設として、有事の際にも利用された。
天井を支える柱が整然と並ぶ様を宮殿になぞらえ、「地下宮殿(地下に埋もれた宮殿)」と呼ばれ
るようになった。
【ロ
ローマ競技場跡 (ヒポドロム) (Hippodrome 'At Meydanı')】
ローマ時代に戦車競技が行われていた大競技場跡。現在は公園になっており、3本のオベリス
が残っている。その内の1本は、エジプトのカルナック神殿から運んで来た物で、高さが26mの
柱には、ヒエログリフが、土台部分にはテオドシウス帝の偉業や、オベリスクを運んだ当時の様
子が刻まれている。もう1本は、コンスタンティヌス帝の時代に、ギリシャのデルォイのアポロン宮
殿から運んできたものと言われている。
【ヴ
ヴァレンス水道橋 (Bozdoğan Kemeri)】
378年ヴァレンス皇帝時代に完成。橋の上に溝が掘られており、ローマ時代からオスマン朝時
代の19世紀後半まで長年にわたり、黒海に近い森(ベオグラッドの森)の水源から約20㎞に渡
りイスタンブールへ水を供給し続けた水道橋の一部。現在は長さ約800m×高さ26m が残る。
【グ
グランドバザール (Kapalı Çarşı)】
08:30-19:00
日曜定休
グランドバザールは1461年メフメト2世により建設され、スレイマン大帝によって拡張されたが、
その後、再三にわたり火災や地震で壊れ、18世紀になって現在の石造りのものになった。トルコ
語で、「カパル・チャルシュ」(屋根付き市場)と呼ばれている。迷路のような敷地内には、約5,00
0弱の店舗があると言われている。
貴金属、宝石類、骨董品、絨毯、トルコタイル、陶磁器の皿、海泡石のパイプ、銀製品、民族衣装
皮革製品など、ありとあらゆる物が売られている。
また、中心部にある最も古い一角は、オールド・バザール(イチ・ベデステン)と呼ばれ、骨董品、
金銀細工を売る老舗が並んでいる。
【エジプシャンバザール (Mısır Çarşısı)】
08:30-19:00
無休 (※店によっては日・祝日定休)
ガラタ橋の旧市街側のたもとにあるイェニ・モスクと同じ基盤に作られた香料市場がエジプトバザ
ールである(トルコ語では、ムスル・チャルシュスという)。かつてここで売られていた商品の多くが、
エジプトのカイロ経由で輸入されたことから、この名が付いたものである。取り扱う商品は、ハー
ブなどの香料が多かったことから別名スパイス・バザールとも呼ばれている。
グランドバザールに比べて、食料品や雑貨など、庶民の日常の暮らしに関係が深い商品が多い
のが特徴である。土産になるカラスミやキャビア、サフランなどの香料、ピスタチオなどのナッツ類
などが手に入る場所として、訪れる日本の観光客が多い。
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【カーリエ博物館 (Kariye Müzesi)】
開館時間:09:00-19:00(入館は18:00まで) 水曜日休館
413年に建設されたビザンチン時代の教会で、その後オスマン帝国時代は、モスクとして使われ
ていた。特に、聖書に基づくキリストと聖母マリアの一生を表した大小約100個のモザイク画が
有名である。
【ス
スレイマニイェ・モスク (Süleymaniye Camii)】
オスマン帝国が最も栄えた時期に君臨したスレイマン大帝の命により、1557年当時トルコ随一
の建築家といわれたスィナンが建てたもの。アヤソフィアを模して設計されたと言われる。
【イ
イェニ・モスク (Yeni Camii)】
新ガラタ橋のたもとに見えるモスク。メフメット3世の母の発願により16世紀に建設が始まり、そ
の後建築家の死去等の事情で一時建設が中断したが、1660年にメフメット4世の母により再開
され、1661年~63年に完成したと言われている。
【ベ
ベヤズィット・モスク (Beyazıt Camii)】
イスタンブールにあるモスクの中で最も古いモスク。1506年、ベヤズィット2世によって建立され
た。ビザンチン建築様式を模して建設された最初のモスクとして知られている。
【新
新ガラタ橋 (Yeni Galata Köprüsü)】
金閣湾河口近くの、新市街と旧市街を結ぶ交通の要衝。最初の橋は1845年に架けられ、その
後、数度にわたり改修・増築された。現在の橋は、1992年、旧橋の横に架けられた新しい橋で
あり、旧橋は現在の橋の完成直後に焼失したが、現在は復元され、橋は2階建てになっている。
下部はレストランが並ぶ。
ガラタ橋周辺は釣りのポイントとして有名であり、連日多くの釣り人が釣り糸を垂らしている。橋の
袂のエミノニュ港はアジア側とヨーロッパ側を行き来する人々を乗せた連絡船が発着し、イスタン
ブールでも活気のある場所のひとつである。
【シ
シルケジ駅 (Sirkeci Tren İstasyonu)】
1883年10月、パリからイスタンブールまでの国際列車、オリエント急行の終着駅として建設さ
れた。現在は、イスタンブール郊外への短距離列車やヨーロッパの近隣国への国際列車の発着
駅になっている。
【テ
テオドシウス城壁 (Teodos Surları)】
413年、東ローマ帝国のテオドシウス2世によって建造された城壁。マルマラ海から金角湾まで
約6kmにわたって建てられていた。建設当時は2重のしっかりした城壁であった。現在も一部当
時の姿を残している。
【イ
イェディクレ (Yedikule)】
「7つの塔」を意味する。テオドシウス城壁のマルマラ海近くにある要塞。オスマン帝国時代は、
虜収容施設として使われた。
新市街
金角湾の北側に展開する市街。かつては、城壁に囲まれ、ジェノヴァ人の居住区となっていた。
金角湾の水辺から北に向かうにつれて街の雰囲気が変わり、高級ブティックやファッション店が
並ぶイスティクラル通りを経て、タクシム広場へ通じている。なお、この周辺には、各国の総領事
館や航空会社、銀行、高級ホテルが立ち並んでいる。
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【ドルマバフチェ宮殿 (Dolmabahçe Sarayı)】
開館時間:08:30-16:00 月曜日、木曜日休館
完全ガイド制(英、独、仏語等)
オスマン帝国後期のスルタンが、旧市街のトプカプ宮殿から移って居城にした宮殿。1854年、ア
ブドュル・メジト1世の時代に埋め立て地に建設された。当時の西欧化思考を反映して、フランス
のバロック様式が取り入れられた宮殿として知られ、家具類の多くもフランスから調達された。
最も見事なのは、大サロンにあるイギリスのビクトリア女王から贈られた重さ4.5トンの大シャンデ
リア。
トルコが共和制に移行してから、初代大統領のアタテュルクが官邸として使用していたが、同大
統領は1938年11月10日、午前9時5分、執務中に同宮殿で逝去した。このため、宮殿内の時
計は、故人を偲び、今も9時5分を指したまま止められている。
【軍事博物館 (Askeri Müze)】
開館時間:09:00-17:00 月曜日、火曜日休館
軍楽隊演奏:15:00-16:00
トルコの軍隊、戦争に関する資料、武器、軍服、遺品などが展示してある博物館。
建物は元軍学校で、アタテュルクもここで学んでいる。午後のオスマン軍楽隊(メフテル)の演奏
は、一見の価値がある。
【ガラタ塔 (Galata Kulesi)】
開館時間:09:00-20:00 レストランについては後述
東ローマ帝国時代からこの地に住み着いたジェノヴァ人が、居住地の城壁の守りと陸・海の見張
りをかねて建てた塔。一時は牢獄として使われていたこともあったが、最後は火の見の塔として
使われていたといわれる。
内部にエレベーターがあり、最上階はレストラン/ナイトクラブになっている。なお、最上階は回廊
になっているので、イスタンブールを様々な角度から眺めることが出来る。
【ルメリ・ヒサル (Rumeli Hisarı)】
公開時間:09:30-16:30 水曜日休館
コンスタンティノープル征服を図ったオスマン帝国のメフメト2世が、その足場にするため1452年
に4ヶ月という短期間で建設した要塞。壁づたえに階段を上がり屋上に立つと、第2ボスポラス大
橋やボスポラス海峡を一望することが出来る。
なお、「ルメリ」とは「ヨーロッパ」を意味し、対岸には「小アジア」を意味する「アナドル」要塞があ
り、対を成している。またこの辺りは、ボスポラス海峡の最狭部に当たりその幅は698m。
【イ
イスティクラル(独立)通り (İstiklal Caddesi)】
新市街の中心であるタクシム広場から西に伸びる通りで、イスタンブールでも大きな繁華街にな
っている。ブティック、レストラン、銀行、映画館などが並んでいる。
車の通行は禁止されているが、タクシム広場とトゥネル(メトロ乗り場)を結んで、路面電車(トラ
ム)が走っている。
【オ
オルタキョイ (Ortaköy)】
オルタキョイは第1ボスポラス大橋近くのヨーロッパ側の海辺の地区。アクセサリーやおみやげ物
を中心としたお店や、カフェが並んでいる。オルタキョイ名物のクンピル(バターとチーズを混ぜた
マッシュポテトにピクルス、ソーセージ、コーンなどをトッピングしたもの)は試してみる価値あり。
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アジア側
ボスポラス大橋を渡ったアジア側は、ヨーロッパ側に通う勤め人の住宅地になっており、観光場
所は少ない。
【ベ
ベイレルベイ宮殿 (Beylerbeyi Sarayı)】
開館時間:09:00-17:00 月曜日、木曜日休館
第1ボスポラス大橋のたもとにある宮殿。1865年、スルタン・アブドゥルアジス帝により建設され
た夏の離宮。対岸にあるドルマバフチェ宮殿の小型版という意味を込めて、キュチュク・サライ(小
宮殿)とも呼ばれている。船をモチーフにした豪華な内装は、船が好きだったスルタンの趣味を反
映したもの。
【チ
チャムルジャの丘 (Çamlıca tepesi)】
イスタンブールで最も標高が高い丘で、名前は「松の木のある丘」という意。頂上はしゃれた庭園
風の展望台になっており、ボスポラス海峡、イスタンブール市街が一望の下に見渡せる。週末は、
ピクニックを楽しむ家族連れで賑わう。
【ウ
ウスキュダル (Üsküdar)】
「ウスクダラはるばる訪ねてみたら・・・」という日本の歌で有名なこの地区は、古いトルコの面影を
残す木造家屋が並ぶ閑静な住宅街。この辺りから眺める対岸のアヤ・ソフィアやブルーモスクの
日没時のシルエットは、幻想的で美しい。
【ハ
ハイダルパシャ駅 (Haydarpaşa Tren İstasyonu)】
1903年、バクダット鉄道のアジア側の起点として、ドイツ帝国により建設された駅。今は、イスタ
ンブール郊外への短距離列車やアナトリア方面の列車の発着駅になっている。
(3)ボスポラス海峡 (Boğaziçi)
ボスポラス海峡は、長さ約30キロ、最も幅が狭いところは698m、広いところは3,600m。海峡
の流れは、黒海とマルマラ海の水位と塩分の関係で、通常表面の流れは黒海からマルマラ海へ、
底流はその逆になっている。
19世紀以来、国際海峡問題といえば、ボスポラス海峡と、南下してマルマラ海からエーゲ海に抜
けるダーダネルス海峡の国際管理問題を指していたほど、国際戦略上重要な海峡で、主要国が
その支配権を狙って躍起となっていたもの。
現在、ボスポラス海峡は、1936年のモントルー条約に基づいてトルコの主権下に置かれ、原則
として一定の条件下で、全ての国の船舶の自由航行が認められている。
【第
第1及び第2ボスポラス大橋】
イスタンブールは、有史以来東西交通路の要衝の地であり、現在もヨーロッパ・ハイウエイ(E-
5)が市内を貫いている。このE-5とアジア大陸を結ぶために、1973年第1ボスポラス大橋(1,
074m)が建設された。しかし、その後イスタンブールの人口増加もあって、橋の交通量は予想を
上回って急速に増加したため、1988年、日本の援助(円借款計616億円)により、日本の企業
(IHI、三菱重工、日本鋼管)が参加して、第2ボスポラス大橋(1,090m)が建設された。尚、 第1
ボスポラス大橋は建設時90,000台/日の通行量が予想されていたが、現在は 205,000台
/日の車両が通行している。第2ボスポラス大橋においても、建設時120,000台/日の通
行量の予定が、現在は 210,000台/日と予想通行量を大幅に上回っている。
6
【ボ
ボスポラス海峡クルーズ】
ガラタ橋の旧市街側のたもとにある船着き場(エミノニュEminönü)から、ボスポラス海峡を北上す
る定期観光クルーズ船が運航されている。一日2回の運航で、終点のアナドル・カヴァウ
(Anadolukavağı)まで片道約2時間の船旅を楽しむことが出来る。夏期には、旅行代理店やホテ
ルのプライベートボートも運航されており、高級ホテルが催すディナー・クルーズも人気が高い。
(4)イスタンブール近郊
【プ
プリンセス諸島 (Kızıl adalar)】
イスタンブールの約20km南東のマルマラ海に点在している6つの島々で、うち5つの島に人が
住んでいる。ビザンチン時代の初期には、これらの島には僧侶や修道女だけが住んでいたと言
われる。
これらの島々は、観光地として賑わっている他、夏期はリゾート地として利用されている。特に最
も大きいブユック島(Büyükada)は、景色が素晴らしくまた海水浴も出来るので、別荘やホテルが
建ち並んでいる。島内では静寂を保つために自動車の乗り入れが禁止されており、今でも自転
車や馬車が交通の手段として使われている。
【黒
黒海沿岸】
キリオス(Kilyos)
イスタンブールから車で約1時間半、キリオスは黒海沿岸有数の海水浴場であり、ホテル、レスト
ラン、貸し別荘がある。辺りは緑が多く、近くにはベルグラッドの森と呼ばれる広大な森林公園が
ある。
シレ(Sile)
アジア側のウスキュダルからバスで約1時間半。キリオスよりも少し大きな町で、黒海に面した断
崖上にあり、海水浴場は砂浜が長く、奇岩もある景勝の地。シレ・ベジという木綿布の生産地とし
ても有名。
【ブ
ブルサ】
イスタンブールからバスで約3時間のところにあるオスマン帝国の最初の首都となった町で、グリ
ーン・ブルサと呼ばれている。美しい緑色のモスクや、歴代スルタンの廟がある。また、温泉保養
地としても知られ、冬期にはウル山(Uludağ)のスキー場の基点になっている。
【エ
エディルネ】 (ギリシャ、ブルガリアとの国境に近い)
イスタンブールからバスで約3時間の距離にあり、旧名をアドリアノープルというローマ時代に建
設された町。1453年、オスマン・トルコがイスタンブールを征服し首都にするまでの90年間、オ
スマン・トルコ帝国の首都となっていたところ。当時建設されたモスクが数多く残っている。毎年6
月頃、オイル・レスリング(トルコ式レスリング)の大会が開かれることでも知られている。
(参考)
トルコでは国内の長距離バスが発達しており、便数が多く値段も安いので、国内旅行にはバスを
利用するのも一案。切符は町中にあるバス会社で購入出来るので、その際に発着時間なども調
べておくと良い。また、町の中心部からメイン・バス・ターミナルへは無料送迎バスが運行されて
いる場合が多い。
また、旅行会社のツアーを利用するのも効率的。イスタンブールから日帰り、または1~2泊で近
郊の都市・遺跡を巡るツアーが数多く運行されている。
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(5)トルコの代表的な祭り
ラクダ・レスリング祭り 1月中旬
2頭の雄ラクダを戦わせて競うトルコ独特のスポーツが、祭りとして発展したもの。エーゲ
海側の各都市で行われているが、エフェスの遺跡内で行われるものが有名。
国際セルチュク・エフェス祭り 4月中旬-5月中旬
エフェスの町の祭り。伝統的なトルコ舞踊、海外から招いた民族舞踊などが披露される。こ
の期間には色々な催し物も見られる。
エディルネ・クルクプナル・オイル・レスリング大会 6月中旬-7月中旬
トルコの国技でもあるオイル・レスリング大会の選手権大会。摩擦を無くして掴みどころを
無くすために、選手は体中にオリーブ油を塗って闘う。
国際イスタンブール・フェスティバル 6月中旬-7月中旬
毎年イスタンブールで開催される祭り。民族舞踊、演劇、ジャズやポップ・ミュージックのコ
ンサート、映画などが上映される。イスタンブールの文化や芸実事業の促進が目的。
チャナッカレ・トロイの木馬祭 8月中旬
シュリーマンが発掘したトロイにまつわるギリシャ神話の「トロイの木馬」にちなむトロイの
歴史に基づく祭り。
メブラーナ旋舞教団の儀式 12月中旬
イスラム神秘主義哲学者メブラーナを教祖とする教団の儀式で、中部アナトリアの古都コ
ンヤで行われる。僧侶は踊りによって、メブラーナの哲学とその生き方を表現する。
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