若者のコミュニケーション能力の低下とデジタル化

神戸大学発達科学部・社会環境論コース 卒業論文概要
若者のコミュニケーション能力の低下とデジタル化
-高校生・大学生の「ケータイ」を中心に-
指導教員:澤 宗則
亀田 祐樹
【章構成】
はじめに
第1章 コミュニケーション進化史とケータイ
1)コミュニケーションとは
2)コミュニケーション手段の進化史
3)コミュニケーションのデジタル化
第2章 若者のケータイ利用およびコミュニケーションの実態
1)アンケートの概要
2)高校生のアンケート結果の概要
3)大学生(18~20 歳)のアンケート結果の概要
4)大学生(21 歳以上)のアンケート結果の概要
5)小括
第3章 コミュニケーション能力低下現象の検証
1)コミュニケーション能力の定義
2)疑問点の検証
第4章 若者のコミュニケーション能力の低下とデジタル化
1)デジタル化によって発現したコミュニケーション能力格差
2)未来のコミュニケーションのために
参考文献・図表・資料
【目的】
現在、
「若者はコミュニケーション能力が低い」ということがしきりに社会で叫ばれているが、本当に若者のコ
ミュニケーション能力は低いのだろうか。もし低いとしたら一体何が原因なのだろうか。若者の間でも年代の違
いによって、その能力の差はどんどん広がっているのではないだろうか。
このような数々の疑問の答えを探っている中で、私はこの「コミュニケーション力不足問題」と時を同じくし
て、携帯電話の普及ならびに所有の低年齢化が起こっていることに気づいた。携帯電話は、今や単なる「携帯で
きる電話」としての枠組みを超越し、様々なコミュニケーション手段や、便利かつ実用的な機能を兼ね備えた“携
帯型万能インフラ”として「ケータイ」と呼ばれるようになった。そして現在、小学生の 3 割、中学生の 6 割、
高校生の 9 割がケータイを所有していると言われ、ケータイ所有の低年齢化がますます進んでいる。
このように、若者のコミュニケーション力低下現象と、ケータイの普及ならびその所有が低年齢化しているこ
とに私は着目した。その上で、本論文の目的は、上述の①若者のコミュニケーション能力低下の真偽、②低下の
原因、③世代間格差の有無、という3つの疑問の答えをアンケート調査や文献を用いて導き出すことにある。
【論文要旨】
4つに大別されるコミュニケーションと「情報」
○言語コミュニケーション・・・・言葉や文字といった「言語情報」で行なわれるコミュニケーションのこと
○非言語コミュニケーション・・・身振り手振り(ボディーランゲージ)や表情、話すスピードや抑揚のつけ方
などの「非言語情報」で行なわれるコミュニケーションのこと
○対面コミュニケーション・・・・
「言語情報」と「非言語情報」の両方を動員して行われ
るコミュニケーションを指す
○非対面コミュニケーション・・・
「言語情報」のみに依存したコミュニケーション(例:メールや電話でやり
とりすること)を指す
◆コミュニケーション手段の進化におけるケータイの意義◆
ボディーランゲージに始まり、言葉や文字、固定電話やインターネットなど、人間は様々なコミュニケーショ
ン手段を生みだしてきたが、そのどれもが時間や空間などの制約(限界)に縛られていた。しかし、その進化の
最先端にあたるケータイは、
①空間的制約からの解放(持ち運びが可能)
②時間的制約からの解放(メッセージの保存が可能)
③人的制約からの解放(生活必需品と呼べるレベルの普及率の高さ)
④コミュニケーション手段の融合(電話やメール、インターネットといった、それまでは個別に存在していたコ
ミュニケーション手段が1つになった)
を実現し、コミュニケーションに一大革命を起こした。
コミュニケーションのデジタル化とは
○コミュニケーション(伝達する情報)が単純化・短縮化・合理化されること。
○“Face to Face”のコミュニケーションから、
“Face to Tool”のコミュニケーションへの移行を意味する。
→Tool の代表格がケータイであり、インターネット端末としてのパソコンである。
→これにより失われるものは、
「非言語情報」を理解・表現する機会や過程である。
◆高校生・大学生を対象に行なったアンケートの分析から見えてきた若者の実態◆
・ケータイ所有の低年齢化が起こっていること
・高校生はメールを多用し、大学生は電話を多用していること
・年齢の上昇に比例して、
「直接会って伝える」ことにこだわりを持つ者が多いこと
・年齢の下降に伴って、
「感情」を伝える意思のない者が増加していること
・若者にとって親友とは、親や家族と同じくらい親密度の高い存在であること
・悲しみや怒りなどのマイナスの感情を伝えられるかで親密度の高低が決まること
※アンケートの回収数は高校生が 265、大学生が 179(うち 18~20 歳が 115、21 歳以上が 64)だった。
コミュニケーション能力とは
○相手の言いたいことや感情などを正確に理解・把握する能力
○それに対しての自分の考えをわかりやすく、かつ論理的に話せる能力
→これらの能力の基礎として、
「言語情報」と「非言語情報」を理解する力・表現する力があり、それには、自分
のことを誰かに聞いてもらおうとする意思も含まれる。
→すなわち、
「コミュニケーション能力が低い」とは上記の能力が欠けていることである。
◆疑問点の検証◆
若者のコミュニケーション能力低下の真偽
アンケート結果から、対面でのコミュニケーションに自信のない者、つまり相手の伝えたい真意を「言語情報」
だけでなく、表情や話し方などの「非言語情報」も含めて総合的に理解し、かつそれを踏まえて自分の主張も構
築し、わかりやすく伝えることに苦手意識を抱き、自分にはコミュニケーション能力が不足していると感じてい
る若者が 3 人に 1 人いることがわかった。また、その中には実生活よりもネットに自分という存在を見出し、現
実世界からネットの世界に引きこもっている者もいることが判明し、これらから判断して、若者のコミュニケー
ション能力の低下は真実であったと言える。
能力低下の原因
アンケートや文献調査の結果から考えられる原因は3つある。1 つめは、ケータイやインターネットの登場に
よって、コミュニケーション能力を高める機会(時間)が減尐したこと。2つめは尐人数の仲間同士とばかりコ
ミュニケーションをはかり合うことが可能になったこと。そして、3つめは、ケータイやインターネットの普及
によって、現代においては付き合いたくない人や苦手な人との煩わしい人間関係を排除することが非常に容易に
なってしまったことである。
年代間格差の有無
アンケート結果からわかったことは2点あり、それは、①年代が下がれば下がるほど、とりとめもないことや
重要な相談ごと、喜怒哀楽の感情などといった人間が日々抱く知覚や感情、自分の主張や意思などを、誰かに聞
いてもらおうとする者の割合は尐なくなる傾向にあること、②年代が上がるほどコミュニケーションに対して、
「直接会って伝える」というこだわりを持っていることである。これらのことから、若者の間においても、その
年代の違いによってコミュニケーション能力は低下していると言える。
◆結論-デジタル化によって発現したコミュニケーション能力格差-◆
ケータイやネットの普及によってコミュニケーションがデジタル化したことで、対面コミュニケーションの機
会が減尐して、人間は「非言語情報」の理解と表現の過程を喪失し、また、尐人数の親密な人とのコミュニケー
ションに安住したり、煩わしい人間関係を容易に排除できることで、確実に若者のコミュニケーション能力は低
下した。そんな中、その能力の差は年代(年齢)が下がれば下がるほど顕著になっており、ここに「コミュニケ
ーション能力格差」が発現しているといえ、いずれこの格差は経済格差や所得格差のように、社会問題の1つと
して認識されるようになるだろう。
◆提言-格差の広がりを食い止め、未来のコミュニケーションを明るくするためには-◆
年齢に応じた機能の制限とネットへのアクセス制限を設けること
→子どもたちの健全な育成を考えたとき、夢中になりやすいゲーム(アプリ)機能を制限したり、ウェブサイト
への閲覧の制限をかけるべきである。
ケータイ所有を通して“対面コミュニケーション”を持つこと
→ケータイ所有の是非をめぐって、親子間で激しく論争を繰り広げることで、対面コミュニケーションの機会が
設けられるとともに、子どもに「説得する」というコミュニケーション能力の真髄を身につけさせることもでき
る。
<主要参考文献>
◆尾木直樹 (2009) :『
「ケータイ時代」を生きるきみへ』 岩波書店 224p.
◆小此木啓吾 (2005) :『
「ケータイ・ネット人間」の精神分析』 朝日新聞社 332p.
◆藤川大祐 (2008) :『ケータイ世界の子どもたち』 講談社 217p.
◆正高信男 (2005) :『考えない人-ケータイ依存で退化した日本人-』 中央公論新社 196p